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『世界史に消えた海賊』(武光 誠,青春出版社)
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歴史の流れを一つの物事を通してみるのはすごく面白い。教科書では事実の羅列で何が何だか判らなかった歴史の流れが,一つの「物」にこだわる事で,当時の人間の息遣いまで感じられる「生きた歴史」として感じ取れるようになる。
これもそういった一冊だ。
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海賊と言えば要するに海の泥棒である。常識的に言えば悪党どもである。しかし,海賊は何となく格好いい。船を操って七つの海を駆けるその姿は魅力的であり,その姿はヒーローそのものだった。実はそのように感じるのに確かな理由があったのだ。
今,人気のマンガ,アニメと言えば『ワンピース』(尾田栄一)だろう。麦わら帽子をかぶったルフィとその仲間達が活躍する冒険物語だが,これも海賊団の話だ。この『ワンピース』だが,実は当時の海賊に関するかなり正確な知識を元に書かれているらしい。そしてルフィ達の掟は,実際の海賊団の掟そのものである。
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16世紀から18世紀にかけて活躍した海賊とは何だったのか。それはヨーロッパの社会制度の変化が生んだ必然の存在だった。権力者たちにとっては必要悪であり,合法と非合法の狭間に生きた無頼の徒であり冒険家だった。
ヨーロッパでは14世紀始めに封建制度が崩壊し,ルネサンス時代を経て絶対王制国家が誕生する。しかし,中央集権化が進むにつれ,貧富の各差は拡大しそれが固定化するようになる。当時の最下層の人間は奴隷のような扱いを受けていたのだった(封建制度崩壊により農奴が開放されたはずなのに,農奴と境遇は変わらなかった)。当然,彼らの不満は強まってくる。
また一方で,大航海時代を一歩先んじたスペインは広大な植民地を手にいれ,莫大な富を手中に納めた。当然,植民地争奪戦に遅れをとったフランス,イギリスは面白くない。なんとかしてスペインにひと泡吹かせ,富を自分のものにしたいと考える。
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民衆の不満を解消し,同時にスペインが一人締めしている富を横取りするうまい方法,それが海賊を利用する事だった。
古来から,民衆の不満を解消するのに使われてきた方法がある。「敵はあいつらだ。あいつらがいるからこの国はうまくいかないのだ」と,外部に敵を作る方法である。この場合の敵とはもちろんスペインである。
あとは「悪のスペイン帝国から財産を奪うのは正しい行為だ」と国家がお墨付けを与えてくれれば怖いものなし。実際,フランスでは国王の名で「スペイン船からの略奪は正当な戦闘行為と見なすからどんどん盗んでね」という許可証が出されている。こうなると公的使命を帯びた私掠船である。
このように1650年頃まではフランスの海賊が席巻するが,ユグノー戦争(フランス国内での宗教戦争)のあおりを受けてフランス海賊船が激減し,以後はイギリス海賊が中心となる。何しろ,国内を統一したエリザベス一世がの海外進出政策と一致しているから,これも「国家公認の海賊」である。よく知られているようにイギリスはアルマダ海戦でスペイン艦隊を滅ぼすが,この時の作戦は海賊の常套手段である「焼き打ち作戦」だった。
これ以後,イギリス海賊は新大陸のスペイン植民地を荒らし,年平均80億円の分捕り品を奪ったと言うから,これはもう立派な産業である。
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16世紀までの海賊は,ヨーロッパ本国との繋がりを持っていたが,17世紀の海賊達はいわば,本国から見捨てられた貧民達だった。生活のためにアメリカに住むようになったが,学問もなく技術もなく,生きる手段として海賊になった人達だった。
人生の敗残者のハキダメ,それが17世紀の海賊だった。彼らは失うものもなく,命知らずに戦い,仲間同士の強い連帯感を持っていた。だから彼らは強かった。
この頃,ヨーロッパ下層民たちの間では「新大陸で海賊になればいい生活ができる」と言う話が広まり,海賊は憧れの存在となる。
そして,18世紀に入り,北アメリカを拠点にした海賊達はさらに太平洋にも進出し,大金を手にいれては金持ち紳士のような生活をするようになる。金離れがよく,気前がよく,気風のいい彼らは民衆の英雄となった。シルバー船長,海賊キッドは彼らの姿を理想化したものと言われている。
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しかし,民衆の海賊人気の過度の高まりは権力者にとって厄介なものとなる。海軍の下級兵士達(ほとんど人間扱いされていなかった。入港のたびに下級船員の脱走を防ぐために足枷をはめられるのが普通だった)が海賊側について連合すれば,海軍が,そしてやがて国家体制の基盤そのものが崩壊する危険性があるからだ。
やがて国家権力が海賊撲滅作戦にでる。そうなると海賊は所詮は寄り合い所帯の烏合の衆に過ぎない。国家の絞めつけとともに,海賊は伝説を残して歴史から姿を消してゆく。
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力もなく地位もない敗残者たちが寄り集まって生きていくために泥棒となり,国家に利用されて持ち上げられて英雄となり,その後,国家に邪魔者扱いされ消えていった。それが海賊である。そんな彼らへのオマージュが本書である。
何より感動するのが,海賊船(海賊団)の掟だ。あの時代,これほど民主的な社会があったのかとびっくりするはずだ。例えば,海賊船リヴェンジ号の規則の一部はこうなっている。
船長,航海長,ヒラの水夫の取り分は1.5:1.25:1.0とする。
仲間を殴ったものには処罰を与える。
戦闘で関節を失ったものには400,1肢を失ったものには800の金を与える。
思慮分別のある女と出会った場合,当該人の同意なく手出ししようとしたものは即刻死刑。
現実のヨーロッパの中央集権国家は最下層民たちへの抑圧と搾取で成り立っていたが,この海賊船の掟にみる富の分配は,その時代をはるかに突き抜けて今日的な意味においても民主的だ(船長とヒラの水夫の取り分が1.5倍しか違っていない!)。
抑圧された者達が集う理想の地,それが海賊船だったのかもしれない。
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