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[時論] 2014年、世界秩序の行方は
米は生まれ変わる過程 エマニュエル・トッド氏(仏歴史人口学者)
見通しの利かない2014年が明けた。国際政治では米国の優位が一段と後退するなか、アジアでは中国が勢力伸長を狙う。欧州は債務危機からの立ち直りをめざし、中東やアフリカでは紛争がやまない。旧ソ連崩壊や米国衰退といった世界の潮流変化を的確に予想してきたフランスの歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏に変わりゆく世界秩序をどう読むかを聞いた。
――世界で最も注目している動きは何ですか。
「米国とイランの関係の変化だ。イラン核開発問題を巡る協議の合意=キーワード参照=は大きな転換点だといえる。イランではすでに新たな市民社会が出現しており、劇的な変化はむしろ米国の方だ。金融資本に立脚した米国型の民主主義を押しつけたブッシュ前政権と違い、オバマ政権は理性的で寛容的な外交姿勢をとる。戦争や暴発的な紛争のリスクはゼロ近くにまで低下した」
――オバマ大統領の存在感も低下したのでは。
「オバマ氏の1期目の大統領選出は米国が金融崩壊を忘れるためのトリックだと考え、重視しなかった。だが2期目は違う。医療保険制度改革法(オバマケア)のような社会保障の議論の変化は重要だ。(大統領に反発する)草の根保守運動『ティーパーティー(茶会)』の存在もあるが、主な支持層は高齢者だ。たぶん米国は生まれ変わる過程にある。歴史の転換点を見逃してはならない」
ソフトパワー上昇
――世界の「無極化」は心配ではないですか。
「第2次世界大戦後の1980年ごろまで、ソ連の脅威もあって米国の支配は自由主義の世界に必要だった。冷戦終結後に米は産業基盤の喪失を軍事の拡張で埋め合わせるようになり、それがブッシュ前政権時代のイラク戦争での失敗につながった」
「世界は米国の強すぎる軍事力に嫌悪感を抱いていたが、米国という帝国が自ら世界の支配者でないと認めると、米軍のいない世界を心配し、米国が必要だと気づく。これは大いなる逆説だ。米国がハード面の軍事や経済力の低下を受け入れることで、そのソフトパワーは高まる」
「最近の日本とロシアとの接近は非常に好ましい。内政でのプーチン政権の体制は非常に強硬だが、外交は国際社会の中で穏当で有益な役割を果たしている。バランスを取り、特定の国を敵視することもない。ロシアが主導したシリアの化学兵器廃棄を巡る米ロなどの国際合意が端的な例だ」
――代わりに中国の影響力が増すと思いますか。
「そうは思わない。人口学者で中国の輝かしい未来を信じる人はいない。人口構造の転換や出生率=キーワード参照=の低下があまりにも早い。一人っ子政策の転換も手遅れだ。小国なら人口構成の不均衡を移民で調整できる。だが13億や14億人を抱える大国がこのような事態を迎えたことはまったく経験がない」
「ロシアと同様に中国は兄弟内での平等を重んじ、その家族観が共産主義革命を可能にした。内陸部と沿岸部の間ですさまじい不平等が広がっており、経済発展は輸出と外国からの資本流入に支えられている。中国は世界のワークショップ(工場)で、国の行方を決めるのは国内の特権階級と西側の資本家だ。中国共産党はロデオで荒馬に食らいつくカウボーイに見える」
中国は1900年の欧州
――中国の海洋への進出で日米との安全保障面の緊張も強まっています。
「近隣の日本としては不快だろう。13年12月に京都での討論会でも話したが、中国は国内の不満を鎮めるために外との摩擦を使っている。中国は精神面では1900年の欧州に近い。急速な経済成長と並行して伝統的な宗教、ここでは共産主義の崩壊も進んでいる。相手を過度に刺激し非常に国家主義的な態度をとる傾向がある。日本と米国が緊密に協力すれば問題はない。中国の軍事力を恐れるのはばかげている」
――アラブ諸国やイスラム圏の民主化で混乱も目立ちます。
「アラブでは家族の中で特に兄弟の結びつきを重視する社会だ。国家の存在は弱い。出生率の低下で男女の役割や関係が変わる転換期にきており、混乱は避けられない」
「チュニジアやエジプトの混乱、シリア内戦などの事態は起きているが、劇的な事態はフランスやロシアの革命、ナチズムやファシズムなど欧州の歴史にもあった。イデオロギーを巡る欧州の殺し合いは今の中東やアフリカの混乱よりもずっとひどかった。シリアの現状はかつての欧州に匹敵するほど悲惨だが…」
強いドイツ、欧州に影
――欧州の債務危機は収まったといえますか。
「中国と並び、欧州は世界が抱える重大な問題だ。世界的な自由貿易の浸透で賃金が上がらず、格差拡大と不況が進んでいる。ユーロ圏では為替安を使って自国経済の保護策をとるのが難しい。欧州は貿易や社会の保護を好む経済だったが、いまや自由貿易戦争とデフレの影響が最も強く及ぶ地域となってしまった」
「ドイツの産業がフランスや南欧の産業を壊している。ドイツ人は魅力的だが、彼らの問題は能率が良すぎることだ。カフカの小説『変身』の物語のように、欧州は自由で平等な連合体を求めて眠りについたが、目覚めると毒虫のようになっていた。フランスの指導層はドイツの支配を受け入れ、イタリアやスペイン、ギリシャやポルトガルに対する非常に厳しい政策が正当化された。欧州はもはや民主主義の大陸ではない」
ユーロから逃れよ
――フランスの影響力の低下も指摘されます。
「私は『帝国以後』という著書で欧州の米国からの独り立ちを予言し、それは正しかった。当時はドイツとフランスが国連安全保障理事会の常任理事国を分け合い、共同で指導力を発揮する体制を想定した。ところが単一通貨を最初に発明した仏エリートはドイツへの劣等感にさいなまれている。西側世界の指導者で最も強い権限を持つ仏大統領は金融政策で手も足も出ない。オランド大統領はまるでドイツの副首相だ」
「南欧の状況は悪化の一途だ。社会システムや民主主義が崩壊を始め、暴力も起きている。まるで神への犠牲を強いられたように、経済が通貨を守るために回っているようだ」
――ユーロは崩壊間近だとの主張をされています。
「十中八九、正しさが証明される時が来る。それが数年後なのか、もっと先なのかはわからない。エリート層はユーロが崩壊すると非常な災厄が来るというが、それはありえない」
――自由貿易批判を展開されていますが、国際分業が徹底した世界で、保護主義が通用するでしょうか。
「大陸欧州で保護主義を敷けば、賃金の上昇を促し、世界の需要を喚起できると考えた。だが独仏の態度からみて、それは不可能だ。欧州各国がユーロ体制から逃れ、為替を動かせるようにして部分的な保護を敷くというのが今の私の考えだ。自由貿易は一種のイデオロギーにすぎない。米国は軍事、フランスは映画産業を保護している」
アベノミクス支持
――日本の経済政策「アベノミクス」への評価は。
「私は欧州の中道左派に属する人間だが、右派の自民党政権が進めるアベノミクスは支持する。一般国民の幸福を目指す態度が潜在的に込められているからだ。欧州にもこのような政策が出ないものかと望んでいる」
「日本とドイツは男性優位の家族体系、産業の伝統、技術の重視といった多くの共通点を持つが、最近の両者の違いに深い興味を持つ。輸出に依存するドイツは自由貿易派に転じ、東欧の労働力と西欧の消費市場を使って欧州大陸の中心で力の政治を展開する」
「(周辺のアジアで)支配も拡張もできない日本は機動的な金融政策を試す。より柔軟になった日本と、ますます融通が利かないドイツは正反対の方向だ」
――環太平洋経済連携協定(TPP)も支持するということですか。
「直観的にいえばTPPには否定的な考えだ。TPPは政治的な性格が強い。自由貿易というよりも地域貿易の枠組みで、中国を蚊帳の外に置く。イデオロギー目的の交渉だと思う。TPPよりはるかに大事なのは出生率の低下と高齢化が進む人口構造にどう対処するかだ。フランスやスウェーデンと違い、日本では女性が働く際に子育てとの両立が難しく、問題の解決を一段と難しくする」
ソ連崩壊を予言
Emmanuel Todd フランス国立人口学研究所の研究員でフランスを代表する左派の知識人。作家ポール・ニザンの孫として生まれ、パリ政治学院を卒業後、英ケンブリッジ大で歴史人口学の博士号を得た。25歳だった1976年の著書「最後の転落」でソ連の崩壊を予言。米同時テロから1年後の02年、米国が衰退期に入ったと指摘する「帝国以後」を著し、いずれも世界的なベストセラーとなった。
歴史人口学と家族人類学の見地で人口統計の推移や家族構造の違いを分析し、世界の潮流を論じる独自の手法が持ち味。出生率の低下からイスラム圏の近代化を論じ、最近は自由貿易主義と民主主義の二者択一を迫る指摘をするなど、時代の先端を行く論議を次々と提起している。62歳。
[キーワード]「イラン核開発問題を巡る協議の合意」 「出生率」
イラン核開発問題を巡る協議の合意 イランによる核開発で生じた緊張の緩和へ、米国と英仏独ロ中の6カ国がイランと昨年11月の協議で合意。包括合意への第一歩と位置付けられる。イランは高濃縮ウランの製造を止め、米欧などはイランの在外資産凍結などの経済制裁を一部解除する。一時はイランを「悪の枢軸」の一角と敵視した米とイスラム圏の大国であるイランの対立の雪解けを象徴する。
出生率 女性1人が一生のうちに産む子供の数で、一般に合計特殊出生率を用いる。人口の維持には約2.1の出生率が必要とされる。経済発展の進んだ先進国では発展途上国より低くなる傾向があり、日本は1.4と世界で最も低い水準。アラブやアフリカの出生率も年々低下し、トッド氏は出生率低下に伴って民主化が進むと指摘する。
米外交を再評価 興味深い世界観
「外れた予想もかなりある」とトッド氏は謙虚に話す。だが出生と家族という人間の行動の原点から深い潮流を見渡す手法は世界の転換点を数多く言い当ててきた。そのトッド氏がいま熱い視線を送るのは、本人の予想通りに支配力が衰えた米国の再評価なのだという。
米国の一極支配から「極のない世界」への移行は不安定をもたらす懸念材料と捉えられがちだ。トッド氏自身もかつてイラク戦争後の米国の衰退をそう位置づけていた。だが2期目のオバマ政権が展開する「リーズナブル(理性的)な外交」に、世界秩序の新たなバランス作りに向けた期待感がにじむ。
対照的にドイツ支配色が強まる欧州への憂慮は深い。ユーロ崩壊を有力視し、自由貿易が苦境の元凶と明言する議論には違和感も覚える。だが規律優先の「我慢の哲学」に対する欧州内の摩擦はなお強く、域内の力関係の再調整は不可避だろう。
中国の台頭に懐疑的で、ロシア外交の巧みさを評価する。イスラム圏への洞察も興味深い。定説と一線を画す世界観に、大局をつかむ大切さを感じた。
(欧州総局編集委員 菅野幹雄)
[日経新聞1月5日朝刊P.9]
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