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『from 911/USAレポート』第649回
「アメリカ政治の変質、危機回避のその先は?」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第649回
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先週の金曜日、10月11日の時点では「ベイナー下院議長の調整で週明けには早
々に合意か?」という空気が流れたのですが、その後、週末には下院議員が一斉に選
挙区に戻る中で、真っ二つに割れた下院共和党としては調整が難しいことが明らかに
なりました。これが、一つの転回点であり、結果的には全ての交渉は上院の与野党に
委ねられました。
ここで、エミイ・クロブシャー上院議員(民主党、ミネソタ州選出)、スーザン・
コリンズ上院議員(共和党、メイン州選出)など女性超党派議員グループ(セネット
・シスターズ)などが調整を行い、最終的にはリード(民主)、マコーネル(共和)
の両上院院内総務が「上院案の一本化」に漕ぎ着けたのです。この時点では、17日
の「債務上限に達する期限」までに危機を回避するには、この上院案を下院は呑むし
かなくなりました。
それが、今回の合意です。念のために内容を確認しておきますと、(1)「債務上
限は2014年2月7日」まで、そして「政府閉鎖に関しては1月15日まで」とい
う期間限定での危機回避、そしてこの「暫定合意」以降について(2)中長期での財
政規律を実現するための国家戦略を考える超党派の「スーパー委員会」を設置する、
また(3)健保改革(オバマケア)に関しては政府補助の新しい保険制度(アフォー
ダブル・プラン)への「加入条件審査の厳格化について議論を継続」という条件が入
っています。
この内容で、16日の夕刻からまず上院での議決が行われ、こちらは「賛成81、
反対18」という圧倒的な大差で可決されました。問題は下院で、共和党から相当数
の「造反」が出ないと可決はできないのですが、結果は「賛成285、反対144」
となり、共和党保守派としては、この長い政治闘争に完全に敗北した形となりました。
さて、この「政府閉鎖+債務上限バトル」の顛末ですが、一連の政争を通じて「ア
メリカ政治に変化が起きている」ということが言えると思います。今回の「バトル」
に加えて、シリア危機の問題まで含めて、ここ数ヶ月のアメリカ政治に起きている
「変質」について考えてみたいと思います。
一つは、政治的に「荒っぽい手法」が横行しているということです。
今回の「政府閉鎖」にしても、政治的な戦術としては極めて荒っぽいものです。確
かに1995年から96年の「ギングリッチ対クリントンの対決」という前例がある
と言えばあるのですが、あの「ギングリッチ版」の政府閉鎖というのは、戦術という
よりも、与野党が全議員団を挙げて対決した、しかも争点としては均衡財政をどう実
現するかという政治の中心的課題に取り組んだという点で、今回とは違います。
今回は、動機が「オバマの健保改革が気に入らない」という小さな争点に過ぎず、
政府閉鎖に関しても「やむを得ずに突入した」というより、テッド・クルーズという
一人の上院議員のスタンドプレーに共和党議員団が引きずられての結果です。この一
連のエピソードは「荒っぽい」としか言いようがありません。
もう一つの「債務上限バトル」にしても、前回2011年夏の「バトル第一章」も
確かに荒っぽい衝突ではあったわけです。ですが、この2011年夏の場合は、非常
に長いストーリーの帰結でもあります。というのは、2010年11月に中間選挙で
ティーパーティー系が躍進し、オバマが惨敗した時点で、「中長期的な財政規律の確
保」という課題は、与野党として最優先課題という認識ができたのです。
そこから「超党派のスーパー委員会」ができ、その報告書が「軍縮と福祉カットを
含む歳出抑制と、増税による歳入増」という非常に辛口かつ超党派的であったために、
与野党の合意ができずに宙ぶらりんになっていったというプロセスがあるわけです。
2011年夏の政争は、この延長上にあるわけで、まだ「純粋かつ全力での衝突」だ
ったということが言えます。また、この夏の政争に対しては、S&P社から米国債の
格付けを1ノッチ下げるという大変な「お灸」を据えられたということも指摘できる
と思います。
今回も同じ「債務上限への接近」という問題であり、デフォルトが懸念されたとい
うことでも同じです。ですが、2011年夏の政争と比べると、衝突は非常に荒っぽ
いものだと言えます。何よりも、中長期の財政規律について議論する枠組みはなく、
声の大きい議員が引っ掻き回す中で、共和党サイドは「米国債のデフォルトと世界経
済への影響」を人質に取り、民主党側は「そうした危険を冒した相手を罵倒すると共
に、政府閉鎖問題の解決に債務上限を使うということでは共犯」の立場でもあったわ
けです。同じ種類のバトルであっても、前回より荒っぽい政争だということが言えま
す。
シリア情勢への対応にも、同じような荒っぽさが見て取れます。アサド政権の化学
兵器使用という状況を受けて、オバマ政権は、当初は英仏と協調しての空爆を真剣に
考えていたわけです。ですが、英国が議会の反対で腰が引けると、まるで「民主主義
のレベル合わせ」をするかのように、判断を議会に投げる一方で、諜報の世界では宿
敵であるはずのロシアとの協調で平和的解決を模索した、このプロセスは「ブレて」
いたかと言えば、確かに「ブレて」いたわけですし、何とも荒っぽいものでした。
シリアに関して共和党はどうだったかというと、こちらは完全に分裂しており、軍
事外交タカ派的な長老は「シリアの反政府勢力に武器供与を」という間接的に地上戦
に関与せよという主張、その一方で「ティーパーティー的もしくはリバタリアン的な
若手」は「一切の関与に反対」という具合でした。この両者の主張もまた、落とし所
からの外れ方ということでは、相当に荒っぽかったと言えます。
では、どうしてアメリカの政治は「荒っぽく」なったのでしょうか? これは与野
党のポジションが左右に離れていっている、つまり共和党の重心はより右寄りに、民
主党の重心はより左寄りになっており、合意形成が難しくなっているということの反
映だと思われます。特に上院共和党では、多くの穏健中道派の議員が去っており、ネ
ゴをしようにもするチャネルがないということが言えます。
実現可能な「落とし所」は真ん中あたりに存在しているにしても、議論を前に進め
るためには、与野党ともに左右に極端な方向に議論を振らないと前へ進まないのです。
そのような構造の中で、どうしても「非現実的な左右の極論」を激しく衝突させて、
時間切れもしくは「隠密作戦での既成事実化」などの不可抗力を使って何とか落とし
所に落とす、それが最終的には真ん中あたりにある最適解に落とすためには仕方がな
い、そのような政治的状況があるように思われます。
二点目は「前例の無視」ということが多くなっているということです。
今回の「政府閉鎖」に関しては、そもそもテッド・クルーズ上院議員(共和党、テ
キサス州)が延々と21時間もかけて「オバマの健保改革への反対演説」を行ったこ
との結果です。こうした「長時間の演説」という議会戦術に関しては、米上院の場合
は「フィルバスター」という「悪習」があって、多数派が過半数は取ったものの10
0議席中の60票が取れていない場合は、長時間演説を行って法案を廃案に持ち込む
ことができるのです。
今回のクルーズ議員の行動は、廃案狙いの「フィルバスター」に似せたものですが、
予算を人質にとって「時間切れでの政府閉鎖が起きるように」という悪意に満ちた戦
術であったわけで、完全に議会慣行に反するものだと言えます。
問題の入り口が前例無視であるならば、最後の解決劇も前例を突き崩すものとなり
ました。16日の晩に妥協案が上院を通過して下院に回った時点で、下院の共和党で
は「賛成が少数」であったのです。下院共和党の議員団には、「ハスタート・ルール」
というのがあって、党内での過半数が賛成していない法案は、自分たちが議長を出し
ている場合に、その議長は「採決にかけない」ことになっているのです。
そうではあるのですが、そんなことを言っていては本当にアメリカ国債は「デフォ
ルト」になってしまうので、ベイナー議長は採決を行いました。ちなみに、この決定
に当たって下院共和党は議員団の総会を行っていますが、賛成派・反対派に関わらず
ベイナー議長には拍手が贈られたのだそうです。それはともかく、「ハスタート・ル
ール」という党内ルールはこれで崩れてしまいました。
前例の無視ということでは、オバマ大統領の「健保改革案に関しては一切妥協せず」
という強硬姿勢は「ホワイトハウスの対議会姿勢」としては異例でした(実際は微妙
に譲歩はしていますが)し、その際に「寝技と妥協のプロ」であるバイデン副大統領
は一切交渉の窓口に立たせなかったというのも、この政権の運営方法としては異例で
した。
オバマがシリア情勢に関して空爆の是非を「議会に問うた」というのも、一種の前
例の「ひっくり返し」に見えます。憲政上確立していた大統領の交戦命令権を崩した
ものとして、以降のオバマ政権が機動的に軍事力・抑止力を行使できなくなるのでは
という懸念を持つ向きもあると思います。
こうした政治的な行動では、確かに前例が無視されています。ですが、こうした変
化については、「新たなルール」や「新たな行動パターン」によって古い前例が上書
きされたわけではないのです。オバマも共和党も、その時その時の「複雑な状況に対
応するため」に柔軟な対応をしている、そのように見るべきだと思います。
確かにクルーズ議員の「21時間演説」は感心しませんが、ベイナー議長が「ハス
タート・ルール」を崩したこと、オバマが「シリア攻撃に関して議会の意向を聞く」
として時間を稼いだというようなことは、これからも色々な形で起きてゆくと思いま
す。それぞれに複雑な事情があり、入り組んだ文脈の中で政治的な決定を行い、それ
を有効なものとしてゆくには、従来の政治的な慣行に従っているだけでは難しい、そ
のような時代であるということだと思います。
三点目は「本質的な解決が難しく、暫定的な解決の積み上げることしかできない」
ということです。
今回の合意ですが、一時は「6週間だけの債務上限緩和」という短期的な合意でデ
フォルトを回避するという動きがあり、それではダメだということで3ヶ月プラスと
いう猶予期間を設けたわけですが、例えば財政規律の問題について、そもそもこれか
らの中長期の連邦政府の財政をどうしてゆくのか、といった中長期の方針に関しては
合意はできていません。
この問題に関しては超党派の「スーパー委員会」方式などで継続して審議して行く
のですが、前回の2010年の年末から2011年初頭にかけてがそうであったよう
に、現在の左右対立構図の中ではそうした「本質的な合意」というのは難しいわけで
す。どうしても暫定的な解決を積み上げて行って、その中から大きな流れができてく
るのを待つしかないようです。
中長期的な課題を意識しつつ、とにかく個別の短期的な解決を積み上げていく、そ
の中で中長期的な課題に関しての「未解決状態」に耐えながら、現実が変化するのを
見てゆく政治、そのような政治も現代では必要なのだと思います。
そのような時代にあって、次世代のアメリカのリーダーとしてはどのような人材が
考えられるのでしょうか?
一つ象徴的なのは、今回の「危機回避劇」と同時進行で行われていたニュージャー
ジー州選出の連邦上院議員補選で、ニューアーク市長のコリー・ブッカー氏が圧勝し
たというニュースです。このブッカー氏は、民主党の次世代リーダーとして期待され
ている人物の一人です。ニューアークの貧困地区に隣接した地域の出身、アフリカ系
に加えて欧州やアメリカ原住民の祖先も持つ家庭に生まれ、高校ではフットボールの
選手として鳴らして、西海岸のスタンフォードに進学しています。
その後、スタンフォードの学生委員長を務め、ローズ奨学金でオクスフォードに留
学後は、地元のニューアークで市議から市長を務め、NY近郊にあって貧困・格差・
犯罪に悩む地域の再建に尽力してきた人物です。歯に衣着せぬ言動も有名で、カリス
マ性もITによる発信力もあり、今回の上院入りで一気に中央政界で注目を浴びるこ
とになるでしょう。
そのブッカー市長の政治的なポジションですが、「中道新世代」ということができ
ます。例えば、2012年の大統領選ではオバマ陣営が相手のロムニー候補のことを
「ベンチャー・キャピタルを経営して失敗した投資案件では多くの会社を潰して雇用
を奪った」という批判キャンペーンを張ったのですが、これに「噛み付いた」という
エピソードが有名です。
ブッカー市長は「ベンチャー・キャピタルを経営していたからダメだというのは、
オバマが(黒人急進派の)ライト牧師と親しかったからダメだというのと同じだ。両
方共吐き気がする。もう十分だろう。」と吠えて大いに物議を醸しました。リスクを
冒して投資した案件が失敗したら、投資先の会社から解雇が出るのは仕方がないし、
それを「雇用の敵」だと批判する民主党は、オバマが急進派の牧師と親しかったから
ダメだという共和党の中傷戦術と同じだというのです。
このトラブルは、民主党本部が「利敵行為」だとして激しい圧力をかけたのでブッ
カー市長は最終的には黙りましたが、「もう十分だろう("Enough is enough!")」
というフレーズは一躍有名になりました。このエピソードは、無内容な中傷合戦を批
判したカッコ良さだけでなく、ブッカー市長のある種「中道新世代」というイメージ
にもつながっています。
同じニュージャージーでは、共和党のクリスティ知事も「将来の国政を担う人物」
だとして期待が集まっています。クリスティ知事も、1年前の大統領選投票直前に起
きたハリケーン「サンディ」被災に当たっては、オバマ大統領と手を取り合って被災
地への激励を行い、これも自分の共和党のロムニーには失点になったとして敗戦後に
色々なことが言われました。
そのクリスティ知事は、事あるごとに「ティーパーティー批判」を強めており、今
回の一連の騒動では、全国的に大きく点数を稼いだと言われています。そのクリステ
ィ知事ですが、中道派と言っても、州政にあたっては組合との対決や議会との対決で
は「べらんめえ調」の弁舌を駆使して強硬ですし、例えばオバマ政権の「高速鉄道網
構想」などには「ムダな公共投資」だとして全面的に反対するなど「共和党的な小さ
な政府論」から逸脱しているわけではありません。
ですが、ブッカー市長の場合は、民主党の政治家でありながらニューアークの貧困
対策については公的資金だけに頼るのではなく、例えば「フェイスブック社」創業者
で大富豪のザッカーバーグ氏をスポンサーに引っ張ってきて、教育再建プロジェクト
を進めています。こうした手法は、従来の民主党政治家の限界を突き破る新感覚を感
じます。
一方でクリスティ知事の場合は、ハリケーン被災に対して「徹底した連邦政府から
の援助」を引き出すロビイングを展開しています。危機に当たっては「小さな政府の
イデオロギー」には束縛されない行動力、これも中道新世代の政治姿勢と言えるでし
ょう。そのクリスティ知事は、来月の知事選で再選を目指しますが、中道票から民主
党支持者まで食い込んだ有利な選挙戦を展開していると言われています。
こうした柔軟で超党派的な行動力というのを、最近のアメリカ政治の傾向の第四に
挙げてもいいかもしれません。超党派的な調整というのは、昔は「長老議員」の老獪
な交渉力に頼っていたわけですが、現代のそれは「実務的な最適解を持った新世代」
が率先して行動しているということに、新しさがあります。ちなみに、今回の騒動で
知名度を上げた前述のエミイ・クロブシャー上院議員(民主党)の名前も、期待され
る新世代リーダーの一人でしょう。
ところで、2016年の大統領選という観点からすると、現時点での話題の中心は
ヒラリー・クリントンであることは間違いありません。ですが、彼女につきまとう
「80年代から90年代のフェミニズムとリベラルの闘士」というイメージ、そして
「2000年代からオバマ一期目までの、上院議員や国務長官としての軍事外交通の
イメージ」というのは、現在は「余り流行らない時代」なのです。
今回の政争で明らかになった新しい時代の政治、つまり「時には荒っぽく」「時に
は前例を無視した柔軟性を発揮し」「時には本質的な解決にこだわらず短期の対策を
積み上げるしかなく」「また時には超党派的、中道的な位置で最適解の場所に立つ」
といった「複雑な現代に対応する政治家」というイメージと比較すると、ヒラリーは
今のところは「旧世代」に属しているように見えます。
そのヒラリーは今回の政争では特に動くことはなく、無傷でしたが、これから20
14年の年初に予想される「財政規律バトル」そして2014年11月の中間選挙な
どでは、新しい政治の流れが恐らくは強まってくると思われます。ヒラリーがこれに
どう対応してゆくのか、注目されます。その一方で、ここニュージャージーの生んだ、
ブッカー(民主党)、クリスティ(共和党)という政治家がどれだけ国政レベルで通
用するか楽しみでもあります。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空
気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』『チェンジはどこへ
消えたか〜オーラをなくしたオバマの試練』。訳書に『チャター』がある。 最新作
は『場違いな人〜「空気」と「目線」に悩まないコミュニケーション』(大和書房)。
またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。
◆"from 911/USAレポート"『10周年メモリアル特別編集版』◆
「FROM911、USAレポート 10年の記録」 App Storeにて配信中
詳しくはこちら ≫ http://itunes.apple.com/jp/app/id460233679?mt=8
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●編集部より 引用する場合は出典の明記をお願いします。
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JMM [Japan Mail Media] No.762 Saturday Edition
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】101,417部
【WEB】 ( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )
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