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愛でさえあればすべての課題に勝てる!
イラン人にとって結婚は何か
2013年10月17日(木) エッテハディー・サイードレザ
結婚と宗教は密接な関係を持っています。多くの宗教――特にイスラム教――は婚姻関係にない者が性関係を持つことを禁じているからです。
イスラム教における結婚の重要性を象徴しているのは預言者であるモハンマッドの伝承です。モハンマッド預言者は「結婚した人は、信仰の半ばを達成した」と語るぐらい、結婚を重視しました。残りの半分は「敬虔さ」を通じて達成することができるとモハンマッドは言いました。ちなみに、2回結婚したからといって信仰が完成するわけではありません。
現在も、多くのムスリム国に「一夫多妻」制が存在しています。これを理由に、女性権利運動家がイスラム教を批判しています。イランは、一夫多妻制度を法律で禁じているわけではありません。法律上、一夫多妻を認めているケースがいくつがあります。妻が病気になり主婦や妻としての役割を果たせない時。夫が他の女性とも結婚することを、妻が許可する場合などです。
しかし、実際に複数の女性と結婚している男性は多くはありません。上の例はあくまでも法律上の話で、現実は異なります。
現在のイランでは、複数の女性との結婚はもとより、婚姻率でさえ下がりつつあります。特に若者の婚姻率が低下しています。80年代生まれの若者は人口の49%を占めます。彼ら・彼女らの婚姻率が2年前から、前年の実績を割り込むようになりました。さらに、若者の離婚率は上昇し、0.2%となっています。
イランでは宗教が日常生活の至る所まで影響を与えています。であるにもかかわらず、イスラム教が重視している「結婚」が減っているのはなぜでしょうか。
その理由として次のことを挙げることができます――婚姻関係にない男女の性関係が許容されるようになった、結婚式にかかる費用が高い、失業率が高くに経済的に不安。失業や経済的な不安については「産め、産むな、産め…もう子供なんか欲しくない!」の回で紹介したので、今回は婚姻関係にない男女の性関係とイランの結婚式について紹介します。
愛だけですべての壁を乗り越える!
世界の他の国と同様に、イランも昔から愛を大事にしてきました。それは文学の中によく表われています。
イランの文学に登場する恋愛は結局結ばれずに終わります。「シリンとファルハド」そして「レイリーとマジュヌン」は純粋な愛を育んだ恋人同士として知られています。「シリンとファルハド」の物語で、男性のファルハドは愛する女性シリンに会うためにいろいろな努力をしたものの、最後にシリンの死の噂を聞き、自殺しました。このようにイラン人は、、「愛」のためにすべてを捧げるという考えを大事にしていました。
イスラム教の影響が強まるとともに、イラン社会は結婚していない男女が関係を持つことを認めなくなりました。特に79年革命以降、政府も男女関係を制限するようになりました。例えば、およそ5年前、独身の人にはアパートを貸さないように決めました。未婚の男女が一緒に住むのを懸念しての規制です。
ただし、この社会の動向は最近変化してきています。グローバル化の影響を受け、イラン社会は結婚外の男女関係をだんだん認めるようになっています。政府が規制しているにもかかわらず、若い男女は手を繋いで町を歩いています。
大都市では、未婚の男女が同居するケースが増えています。10年前まで、愛する相手と一緒に住むためには、結婚しか手段がありませんでした。しかし現在は、恋人同士が同居すると聞いても、びっくりする人はそんなに多くありません。彼らにとって「愛」がすべてです。結婚しなくても、一緒にいるだけで満足しているのです。
こうした動向に不満を抱く人も少なくありませんが、それでも、若者の意図に強く反対してはいないように見えます。場合によっては「指導警官」が手をつなぐ男女を捕まえることもありますが、政府もグローバル化の波には勝てないようです。
複雑で、高価な結婚式を避ける若者
次に結婚式について。イランは多民族国家です。地域や民族ごとに異なる結婚式の風習を持っています。これから紹介する結婚式はある1つの地域――イランの中心部に位置するイスファハン県の北西部――の風習です。私が20年前にこの農村で見たことです。ただし、他の地域や他の民族の結婚式にも同じ要素が含まれています。
結婚はふつう3つの段階を踏みます――お見合い、結婚式、同居。
すべては「お見合い」から始まります。お見合いはペルシア語で「ハステガリー」と言い、「求婚」を意味します。昔は、結婚適齢期になった男性の母や姉が、息子や兄弟にふさわしい女性を探していました。男女が互いに会う機会が少なかったからです。
お見合いと言えば、日本では男性と女性が2人きりで話をしますが、イランのお見合いはそうではありません。男性の両親、兄、姉、祖父、そして、場合によって叔父、叔母も一緒に女性の家を訪ねます。もちろん、女性側もできる限りたくさんの人数を集めて待ちます。そして、皆揃ったら最も年長の人、もしくは一番影響力のある人が結婚についての話を始めます。
この時点で、女性はまだ台所にいます。男性だけが、両方の家族と一緒に静かに座り、最年長者の話を聞いて時々尋ねられる質問に答えます。両方の家族が「互いに信頼できる」と感じた時にはじめて、女性を呼びます。
女性はお茶を持って入室します。この時が男性と女性の初対面となります。男性は茶碗をお盆から取る際に女性の顔を見ます。恥しがりやの男性は、女性の顔を見る結婚前の貴重な機会を逃すことになります。
この後、男性と女性が2人で話し合えるように、ほかの人は部屋を出ます。しかし、すべての人が退出するわけではありません。通常は、女性に付く小さい子供がそのまま同席し、男性と女性のそばにじっと座ります。男性と女性は将来の夢など自分についての基礎的な情報を伝え、互いに希望している条件を言って、最初の面談は終わります。
次の段階では、両家それぞれの最年長者が男性と女性の意見をそれぞれ聞き、気に入ったかどうかを相手方に伝えます。ただし、どんなに気に入っても、それをストレートに伝えることはしません。お見合いの第3の段階として待っている交渉を有利に進めるためです。だから、いくつかの条件を付けて、諾否を相手に知らせます。
もし、両家ともに相手を気に入っていれば、第3の段階に進みます。しかし、どちらか一方でも「気に入らない」と伝えれば、男女は新しい相手を探すことになります。
お見合いの第3番段階は「メフルボラン」と呼ばれます。「費用」についての話をする場です。今度は、男性と女性の双方から交渉力の強い者が参加します。
結婚に際して花婿側は花嫁側に対して「シールバハ」と「メフル」を支払います。「シールバハ」は「乳の価格」という意味で、花嫁の両親に対して払うお金です。通常、そんなに高額ではありません。しかし、花嫁側はこのお金の金額によって、花婿側が気前が良いかケチかを判断します。シールバハを支払った後、花婿の母が「白いチャドル」を花嫁にプレゼントします。ここから、交渉が始まります。
最初の交渉は「メフル」の額です。「メフル」はイスラム社会における「結納金」のようなものです。と言うわけで、実際に払うわけではありません。
ただし花婿と花嫁が離婚する場合に、一定の条件に応じて、男性が女性に支払うことになります。この万一の状況を考えて、花婿側はできる限り少なくなるよう、花嫁側はできる限り高くなるよう決めようとします。現在は一般に、金貨の枚数を決めます。その数は1枚から数千枚までの範囲で、交渉力によって決まります。
メフルの額に合意できない場合、結婚そのものがご破算になることもあります。
メフルの額が決まると、今度は、婚約式――アグドコナン――の費用を交渉します。通常、花嫁側が婚約式の費用を、花嫁側が結婚式――アルセィ――の費用を負担します。これについて合意したら、婚約式の時期を決めます。
男女別の式場で盛り上がる来客
婚約式では、両方の親戚が集まり、花婿花嫁が正式に婚約します。しかし、この段階では、同居はしません。結婚式が行われるまで、花婿と花嫁は別々の場所に住みます。ただし、婚約式が済むと、花婿は花嫁の家に泊まることができるので、最初の性関係が結ばれます。2人は正式な夫婦だから、一緒に出かけたり、互いのことをもっと知ったりするようになります。ただし、残念ながら、この時期に離婚するカップルもいます。
婚約期間が無事に終われば、最終的に結婚式を挙げます。両家はできるだけ多く人を招待しようとします。それによって、それぞれの家の社会的位置を相手の家に誇ることができるからです。
結婚式は3日間から1週間にわたって行われます。例えば、3日間にわたり、毎日異なる行事を行います。
最初の日には、両家の女性代表が新婚夫婦の家を訪ね、家具などを確認し、家具のリストを作ります。家具の大部分は花嫁の家族が買います。特に台所と寝室の用品は、花嫁側が買うのが一般です。花婿側はテレビやカーペットなどを買います。
そして、夜になると、花嫁の両親の家で小さいパーティーを開きます。花婿の親戚は「鏡」と「燭台」といくつかのプレゼントを持参し、踊りを踊りながら花婿を花嫁の家に連れてきます。この夜を「ハナバンダン」と呼びます。「ヘンナ染料」という意味です。なぜなら、花嫁と花婿の掌をヘンナで染めるからです。
2日目の夜に、結婚式を行います。宗教的な理由で、男性側の式場と女性側の式場は別れています。例えば、2階建てのアパートの1階には女性用の会場、2階は男性用の会場という具合にしたりします。参列者はそれぞれの会場で踊りを踊ったりして、花婿と花嫁の到着を待ちます。通常は午後3時に始まり、深夜まで続きます。
結婚式が始まっても、花嫁はまだ両親の家にいます。花嫁は化粧をし、ドレスを着て花婿を待ちます。
花婿は多くの人を連れて、花嫁の家に行きます。そこで、みんなでたっぷりダンスを披露します。この後、花嫁は泣きながら自分の両親と別れの挨拶をします。そして、参列者と一緒に式場に向かいます。会場では、みんなでダンスと遅い夕食を楽しみます。ちなみに花婿は女性会場に入ることができますが、花嫁が男性会場に入ることはできません。
そして、結婚式が終わると、いよいよ新生活が始まります。参列者たちは花婿と花嫁を連れて、新しい家に行きます。もう既に家具が整っている家に、何より先に「コーラン」と「鏡」と「燭台」を運び込みます。それに続いて、花婿と花嫁が家に入ります。
3日目の午後、花婿と花嫁双方の女性たちが集まって、新夫婦に贈るプレゼントを発表します。プレゼントは日常生活に必要な用品だったり、現金だったりします。そして、ここでも欠かせないのはダンスです。
いかがでしょうか。実際にかかる費用の額は、地域や家族の人数などによって様々です。しかし、3日間にわたる式の費用は決して安いものではありません。伝統は今日の生活スタイルに合うものではありません。このためイランの若者の多くが結婚そのものをしないか、もしくは結婚式を簡易な形ですませるようにしています。
私も、この伝統には則りませんでした。まず恋人を家に連れて行き、家族に紹介しました。そして、タテマエの求婚をしてから、一晩だけの結婚式を行いました。家具なども同居し始めてから、徐々に買いそろえました。
このコラムについて
100%イラン視点
イラン人コラムニスとのエッテハディー・サイードレザ氏が、日本ではほとんど知られていない「イラン・イスラム共和国」を生きる人々の暮らしや、日本に住むイラン人の視点で見た“日本”について、楽しく、分かりやすく紹介する。世界のメディアは「イランの脅威」を報道するばかりで、イランのユニークな自然や、世界に誇れる由緒ある文化や遺跡などをほとんど伝えていない。たとえイランに興味があっても、「イランは危ない」というイメージが渡航をためらわせる。そこでサイードレザ氏がビジネスやレジャーの対象国として再認識してもらえるよう、母国で実際に起きていることの真実を明らかにする。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20131015/254572/?ST=print
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