01. 2013年1月03日 17:11:06
: GVYsLuFuCE
フランスは1958年〜1973年のドゴール時代、「奇蹟の15年」と呼ばれる驚異的な経済成長を記録した。労働力不足を移民でまかない、積極的な移民受け入れ政策を採用した。ところが1973年10月の第四次中東戦争に端を発するOPECの石油価格大幅引き上げにより、安い石油の時代が終焉。経済の低迷が始まった。それから40年が経過し、「失われた40年」は今なお続いている。オイルショック http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF オイルショックから立ち直ろうとした時に、日本の工業の製品が大規模に輸出され(註 これによって日本経済は復活した。)、フランスをはじめとする西欧諸国の工業製品(自動車や電気製品など)の市場が奪われていった。これが貿易摩擦問題である。1981年のフランス大統領選挙はジスカールデスタン現職大統領が社会党のミッテラン候補に敗れると言う波乱があったが、ジスカールデスタン陣営が目新しい政策を打ち出せなかったためである。ミッテラン陣営は、ORTFに独占されていたテレビ・ラジオ放送を自由化し、民放も参入できるようにして放送局を増やし、雇用を増やすことを公約にして当選した。 しかし効果は微々たるもので、むしろ外国から音楽の流入が増えてフランスの音楽産業は世界的なヒットを出せなくなった。若者の失業問題は1980年代でも深刻であり、フランスに移り住んだアラブ系の住民(イスラム系が多い。)の出生率が高く、生まれた子供達が成人しても仕事がない悪循環が続いているのである。 2010年に発生した、若者の暴動の動画です。 http://www.youtube.com/watch?v=mFEUr2zNvF8 移民亡国フランス。2本続けてご覧下さい。 http://www.youtube.com/watch?v=LaRUAA5nwX8 http://www.youtube.com/watch?v=oN7XvYPYU_U 秀逸なコメントを紹介します。 ●ヨーロッパを数ヶ月旅して分かったこと。 観光客は歓迎し、「移民は徹底して排斥すべき」だということ。 政治家には是非、ヨーロッパを貧乏旅行してもらいたい。 あれが、日本の数年後の未来です。気軽に外を歩けない街がそこにあります。 発展している国々の街の方が、治安が悪いのです。 問題を起こしている人の出身の国の治安は良いです。 つまり、犯罪者が集まってくるのです。 この国がシナ人やコリアンに支配される前に排斥しましょう。 差別主義者と批判する方は、ヨーロッパを旅してから言ってください。 日本語が通じない日本になる前に、国民は気が付くべきです。 ●スウェーデンはもっと深刻になりつつある。 スウェーデンのマスコミが隠すスウェーデンの真実(グロ注意) http://www.youtube.com/watch?v=ssi7guuAC4Y 崩壊するスウェ−デン 既に低強度の内戦状態に突入 http://www.youtube.com/watch?v=KeLL6hNVrwc ●フランスの北に位置するベルギーでも、問題は深刻だ。 やがてベルギー人のいなくなる町 ベルギーの首都ブリュッセル http://www.youtube.com/watch?v=eXKSQ8lxwDU 秀逸なコメントを紹介します。 ●私はブリュッセルに住んでいるベルギー人です。昔から外国人が多い町で、20年位前までそれが問題だと一度も思ったことがありません。問題が始まったのは、イ スラム教徒が来て非常に早く増えてからです。イスラム教徒、只「外国人」だか ら問題になる訳ではない(純ベルギー人のイスラム教徒もいます)。問題は、その 国の法律や習慣を守って順応しないで、反対に地元の人にアッラーの定めを押し 付けて、自分の規則にイスラム教徒ではない人を無理矢理に順応させることです。 アッラーの定めというのは恐ろしくぞっとさせるものです。ヨーロッパはもう取 り返しがつかないでおしまいです。20年前は、そんな事になると思ってもみませ んっでした。そういう観点からすれば20年前は、ベルギーは今の日本と同じでし た。 ★結局のところ、最後は宗教問題に行き着く。一神教は妥協しないから、他の価値観を認めず、それで衝突になる。やはり、宗教からの解放しか人類を救う方法はないのである。 |