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■ 『from 911/USAレポート』第600回
「CIA長官スキャンダル、深まる一方の謎」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第600回
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大統領選から一週間が過ぎ、本来であればホワイトハウスも議会も「財政の崖」問
題に専念していてもいいはずだったのです。ですが、今週前半はそうした「本来の仕
事」は放ったらかしで、議会もメディアも「ペトレイアス・スキャンダル」一色とな
りました。そのこと自体が、客観的に見れば不自然この上ないのですが、それはさて
おき、この「スキャンダル」については、分からないことばかりです。
まず、デービッド・ペトレイアス氏と言えば、ブッシュ政権とオバマ政権を通じて、
アメリカ軍の「英雄」とされていた人物です。この人物ですが、どうして「英雄」な
のかという点で、90年代に湾岸戦争を「勝利」に導いたコリン・パウエル将軍(後
にブッシュ政権の国務長官)とは少し性格が違います。
というのは、イラク戦争とアフガン戦争という2つの戦争に「決着を」つけたとい
うことなのです。いわば、アメリカ人にとっては「最初は支持したが、途中からは疑
問を持ち始めた」2つの戦争を「何とか終結に導いた(イラク)か、導きつつある
(アフガン)」ということへの評価です。
この2つの戦争に関するアメリカ人の心情は複雑です。2001年から02年の
「テロの記憶も新しい」時期には、ブッシュ政権を支持する延長で、こうした戦争に
関しても世論は支持しました。ですが、戦況の膠着化に伴い戦争目的が曖昧となると、
漠然とした厭戦気分が広がって行ったのです。
そんな中、このペトレイアス将軍は、政権に対しても議会に対しても、そして国民
に対しても「最終的に米軍が撤退するためのストーリー」を説明し続けたのでした。
そのことが、特に国民的な人気になって行きました。つまり、戦争に勝ったという英
雄ではなく、後から考えれば無理のあった戦争を「とにもかくにも終わらせてくれそ
う」ということから支持をし、それが英雄視にもなって行ったわけです。
オバマ政権も、このペトレイアス氏に対しては、最大限の信頼と処遇を与えて来ま
した。特に、2011年の5月にオサマ・ビンラディンの殺害という「一つの帰結」
を見た時期には、その直前までアフガン派遣軍長官であった同氏を退役させた上で、
CIA長官というポストに横滑りさせるという配慮をしたのです。この時の人事は、
ブッシュ、オバマの二代に仕えたゲイツ国防長官が退任し、CIA長官であったレオ
ン・パネッタ氏を国防長官にという人事が伴っており、一連の「対アルカイダ戦争」
への論功行賞人事という印象もありました。
いずれにしても、このデービット・ペトレイアスという人物のアメリカでの存在感
は大変なものがあったのです。アメリカの軍人の歴史の中でも「アイゼンハワー、パ
ウエル、そしてペトレイアス」という「並べ方」をされても、全く不自然ではなかっ
たぐらいです。
では、ここでこのスキャンダルの発覚した流れを振り返ってみることにしましょう。
現時点で判明している流れは以下の通りです。
事の発端は、フロリダ州タンパの医師の奥さんである、ジル・ケリーという女性が、
脅迫めいた「匿名のジェラシー・メール」を送り付けられたという「事件」でした。
ケリーさんは不気味に思ってFBIに通報したのです。どうして地元の警察ではなく
FBIに通報したのかというと、タンパの社交界の「有名人」であったケリーさんは、
そのFBIのエージェントと顔見知りであったからだというのです。
その「匿名メール」の内容は、他ならぬ「CIA長官のデービット・ペトレイアス
氏」に「接近するな」というものであり、少なくとも「匿名で脅迫をするような人物」
が「CIA長官に関与している」という可能性、あるいは、不倫関係を材料に脅迫を
受ける危険を感じたFBIは「国益を守るため」に秘密裏に捜査を開始したのです。
これが半年前の2012年5月の話です。
さて、このジル・ケリーさんという女性ですが、報道されている範囲ではタンパで
は有名な「派手な奥さん」なのだそうです。大きなパーティーには必ず顔を出す一方
で、自分でもパーティーを主催することも多く、また軍や外交官などの「セレブ」に
囲まれていたいという「上昇志向」の女性だというのです。
例えば韓国の外交官にコネをつけて「名誉総領事」の称号をもらって大変に喜んで
いたそうですが、純然たる名誉職である「名誉総領事」に法的な効力があると勘違い
して、自分の家の敷地内に侵入しようとした人間がいた時にすぐに警察に電話をして
「自分には外交特権があるのだから、直ちに侵入者を追い払って欲しい」と要求した
そうです。ちなみに、韓国の外交筋はこのケリーさんの「勘違い」については「一笑
に付している」という報道もあります。
さて、捜査の結果、「脅迫メール」を送った主は、ポーラ・ブロードウェルという
女性であることが判明しました。ブロードウェルという人は、ペトレイアス長官の
「伝記本」を執筆中で、そのために長官の公務に同行を続けていたのですが、FBI
はペトレイアス長官とブロードウェルさんが不倫関係にあることを突き止めます。
こうした一連の動きは総て隠密で行われていました。ですが、ペトレイアス氏とブ
ロードウェルさんの間に交わされたメールを捜査した結果、FBIは今度は「民間人」
であるポーラ・ブロードウェルさんに対して、ペトレイアス氏から国家機密が漏洩さ
れていたのではないかという容疑での捜査を開始します。
現時点ではその捜査結果は「シロ」ということになっていますが、いずれにしても
一連の隠密捜査の結果は大統領にも、そして議会の諜報委員会にも一切伏せられたま
ま大統領選を迎えたのです。そして選挙が終わり、オバマの再選が確定したところで、
犯罪性はないが「倫理的に問題あり」ということでペトレイアス氏はCIA長官を辞
任し、そこまでの経緯が発表されたというわけです。
ちなみに、ペトレイアス氏の「不倫相手」とされるポーラ・ブロードウェルという
女性ですが、ジャーナリストという紹介をされています。ペトレアス将軍の人間性を
賞賛した内容の著作を既に1冊刊行しており、その一方で、ハーバード大学ケネディ
スクールの博士論文として、ペトレイアス氏のアフガン司令官時代の業績を論文にま
とめているそうです。更には、2冊目の著書を執筆するために引き続いて同氏と行動
を共にしていたといいます。
アメリカで報道されるのは、ほとんどがこの範囲なのですが、実はこの女性、バリ
バリの軍人なのです。現在は予備役ですが、出身校は「ウェストポイント」、つまり
陸軍士官学校であり、除隊後はタフツ大学付属の名門大学院フレッチャー・スクール
の教員や、FBIのテロ対策官を歴任しています。その専門は「テロ対策」というこ
とですから、911以降のアメリカの安全保障の枠組みの中ではエリート軍人と言え
るでしょう。
ちなみに、このブロードウェルさんに関しては、一連の疑惑が明るみに出る少し前
の10月26日にデンバー州立大学でのシンポジウムに参加した際のスピーチの中で
「ベンガジでの米大使暗殺事件の背後には、CIAが捕縛した複数のリビア武装勢力
メンバーの存在があり、彼等の奪還作戦だった可能性がある」という発言をしていま
す。この点が「機密漏洩に当たる」という批判が当初されたのですが、後に「事実で
ないので問題ない」ということになりました。
その後の動きとしては、まずフロリダの「通報者」である「派手な社交界の主婦」
ジル・ケリーさんのEメールをFBIが捜査したところ、「不適切なメール」の相手
として、現アフガン派遣軍長官のジョン・アレン将軍の名前が出てきたこと、ケリー
さんには双子の妹がいて、姉妹でタンパ社交界の「華」として振舞っていたこと、そ
の一方でケリーさん一家に関しては不動産が差し押さえられるなど経済的には苦境に
あるというようなことも報道されています。
一方、「張本人」のペトレイアス氏は、16日(金)には議会の公聴会(秘密会)
に招致されて証言していますが、その内容としては「リビアのアメリカ大使館襲撃は、
デモ隊による無計画なものではなく、アルカイダ系の武装勢力による計画的なものだ
った」というものだったという報道があります。問題のスキャンダルに関する部分に
ついては、現時点では報道されていません。
以上が、この「スキャンダル」の概要ですが、依然として「ケリーという女性を韓
国の名誉総領事に据えるアレンジはペトレイアス氏が行なっている。そこにはカネを
巡る疑惑もある」とか「そもそも除隊した元軍人とはいえ、伝記ジャーナリストがア
フガン方面軍長官なりCIA長官に密着同行できていたのは何故か?」といった非常
に不自然な点もあるわけです。
更に言えば、大統領と議会の諜報委員会(委員長のダイアン・ファインスタイン上
院議員などは大変に激怒しています)が、他でもない「ペトレイアスCIA長官」の
スキャンダルに関して、半年も「カヤの外」だったというのも、何とも不自然です。
もう一つ、この問題に関連して「スーザン・ライス国連大使」に対する共和党の猛
烈な攻撃が同時並行で行われています。ライス大使は、リビアのベンガジの米大使館
襲撃事件の直後に「攻撃は反政府勢力のデモ隊による偶発的なもの」という発言を行
なっているのですが、これが「アルカイダの攻撃に対して認識が甘すぎる」というこ
とで、ジョン・マケイン議員(元大統領候補)とか、リンゼー・グラハム議員などが
激しく批判しているのです。
どうして彼女を「吊るしあげている」のかというと、辞任するヒラリー・クリント
ン国務長官の後任にライス大使をという動きをオバマ政権が見せているのを「潰した
い」という動機があるからです。マケイン議員などは、「ライス大使は信用できない」
ということまで言っており、これに対してはオバマ大統領自身が「大使はその時点で
立場上得られた情報に基いて発言しており、私としてはこの種の批判は受け付けない」
と擁護しているのです。
ペトレイアス氏と、その愛人とされているブロードウェルさんに関しては、「この
問題についてスーザン・ライス大使よりも真相を詳しく知る立場」だったという位置
づけでの「何時の時点で、どこまで知っていたか」という問題が関心を持たれている
のです。
さて、この「スキャンダル」ですが、背景には何があるのでしょうか? しかしま
あ、現時点では余りに複雑で「何らかの仮説」を立てることも難しい状況です。現時
点では「状況証拠」から言えそうなことを何点か指摘しておくだけにしておこうと思
います。
(1)オバマ大統領が知っていたかどうかは別として、選挙前に明るみに出るようで
すと、政権にとっては打撃になったでしょう。選挙後まで隠蔽しようという動機は現
職の大統領の側にあり、そのためには「大統領自身が知らされていなかった」という
説明を含めて、様々な努力がされた可能性はあると思います。
(2)二期目へ向けて、オバマ政権は軍事と外交の責任者の人事が切迫した課題にな
っています。国務長官のヒラリーは辞任、国防長官のパネッタ氏も続投しないと見ら
れているからです。そんな中、政権周辺からは「国務長官はスーザン・ライス、国防
長官はジョン・ケリー」というようなアドバルーンが上がっているわけですが、特に
中東情勢絡みで共和党サイドからは様々な異論があるようです。こうした人事を巡る
綱引きと、今回のスキャンダルは密接な関係があるように思われます。
(3)このスキャンダルと同時に、イスラエルの「ゴラン高原でのシリア政府軍との
砲戦」という事件、これに続いて「ガザ地区でのハッマースに対する全面戦争に近い
激しい交戦状態入り」という動きが起きています。アメリカでは、この「ペトレイア
ス・スキャンダル」の報道で忙しく、メディアはイスラエルの動向をそれほど詳細に
は報じていません。
(4)このイスラエルの動きですが、事件だけ見れば「相変わらず中東和平に抵抗す
るイスラエルがまた流血沙汰」という印象を与えるかもしれませんが、現在までの文
脈から見るとイスラエルは「イランへの空爆などではなく、従来からの敵であるアサ
ド政権とハッマースに対して向かって行った」ということになります。つまりイラン
への攻撃の可能性は低下していると見ることができます。
(5)いずれにしても、「アラブの春」にどういった方向性を見てゆくか、シリア情
勢では誰を善玉に据えてアメリカが動くのか、オバマ=ヒラリー=パネッタが「一旦
は米軍の主要な関心は西大西洋」と言った「方針転換」の後で、もう一度中東に軍事
的なあるいは外交的な力点を置くようになるのか、といった点と、今回の国務長官、
国防長官人事というのは関連があるということになると思われます。
そうした複雑で大きな国際情勢、そしてオバマ政権二期目の軍事外交方針という問
題を背景に抱えつつ、この奇々怪々なスキャンダルがどういった方向へ向かうのか、
注視して行きたいと思います。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空
気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』。訳書に『チャター』
がある。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。
◆"from 911/USAレポート"『10周年メモリアル特別編集版』◆
「FROM911、USAレポート 10年の記録」 App Storeにて配信中
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JMM [Japan Mail Media] No.714 Saturday Edition
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】101,417部
【WEB】 ( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )
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