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森林を伐採するなと言うなら金をくれ
生物資源を切り札と考える途上国との交渉に必要なもの
2012年11月12日(月) 二村 聡
インドのハイデラバードで開催されていた第11回生物多様性条約締約国会議(COP11)が、10月20日に閉幕した。海外生物資源を利用する際の許認可取得や利益配分に関する国際ルールである「名古屋議定書」の発効には、まだ程遠い状況のままである。
ちなみにCOP10の議長であり、名古屋議定書採択の立役者である松本龍・元環境大臣が久々に公の場に姿を現したそうだ。確かに東北大震災を巡る問題はあったが、そのことをもって名古屋議定書採択における彼の功績を取り消すようなことがあってはならないだろう。<注1>
<注1>その経緯は『環境外交の舞台裏』(松本龍・日経BP環境経営フォーラム編、日経BP社刊)に詳しい。
東南アジアから初の批准国はラオス
名古屋議定書関係で言うと、ようやく東南アジアから初めての批准国が現れた。<注2>ラオス人民民主共和国である。筆者は都合2回訪問しているが、最後に訪問してからすでに5年以上が経ち、おそらく国の情勢は一変しているだろう。かつては東南アジア唯一の内陸国で交通の便が悪く、社会主義という国家体制もあって中国、タイ、ベトナム以外の国との関係は希薄で、経済発展も非常に遅れていた。
<注2>COP11期間中に予想通りインドが批准した。また正式な届け出はまだだが、ブータン王国は批准のための国内手続きが終了していると発表している。批准国は8カ国ということになる。
タイバーツが普通に流通していたり、言語や文化が非常に近いなど強い親近感がありながら、時には国境問題で小競り合いがあったりと、隣国タイとの関係は愛憎相半ばするようだ。一方、ベトナムとも同じ東側諸国として深い関係にありつつ、文化的な違いもあり、タイほどの親近感は抱いていないと言われている。
しかし、筆者が宿泊させてもらったラオスとの国境付近にあるベトナムの公立地域医療センターには、国境を不法に越えて多くのラオス国民(ラオ族ではなくベトナム側と共通の少数民族と思われる)が訪れていて、ベトナム側も普通に診療していた。戦争している相手でなければ国境ってこんなものなのかもしれない。
国際的には最貧国の1つではあったが、逆に言うと開発の波にさらされない長閑な国情だったように記憶している。1990年代初頭に購入した『地球の歩き方』には巻頭言として、「ラオスはようやく外界に扉を開き始めた国なので、ずかずかと踏み込むようなことはせずに、そっとしておいてほしい」というような言葉が掲載されていた。
その言葉通り、2002年頃最初に訪問したラオスは、首都ビエンチャンの中心部でも舗装路が少なく、マレーシアの地方小都市のような雰囲気で、交通量も極端に少なかった。そういえば、初めて対面式座席の飛行機に乗ったのもラオスでだった(パラシュート部隊をイメージしてもらいたい)。
その一方、山岳地帯が多く、森林がよく残されている生物多様性豊かな国でもある。実際、ベトナム国境の森林地帯は中型以上の新種哺乳類が世界で最も発見される可能性が高い場所と言われていて、1992年にはサオラ<注3>という偶蹄類の新種が発見された。そんな魅力的なラオスの自然環境だが、伝え聞くところによると、森林の伐採や開発が急激に進み豊かな生態系が脅かされているのだそうだ。なんとも悲しいことである。
<注3>サオラ(Pseudoryx nghetinhensis)。ウシ科。1992年にベトナム森林省とWWFの共同チームがラオス−ベトナム国境の森林地帯で発見。生息数や生態などは不明。2010年にラオスの村で生きた個体が捕獲されたが、数日で死亡。密猟による生息数の減少が危惧されている。国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストにも絶滅危惧種として登録されている。
完全アウェイの会議で味方を見つけた
さて、前々回のエントリーでは、名古屋議定書の国内措置を検討する会に参加し「国内措置の対象を広範に規定し、慣習や実効性などの実情から除外すべきものを除外するべきである」との持論に賛同を得られなかった愚痴を書いた。
そんなこともあって「第二回の検討会では、このあたりをもう一度しっかりと主張してこよう」といささか肩に力が入った状態で会場へ赴いたのである。そもそもこの検討会では国内措置をどのようなものにすべきかを徹底的に議論して、国の方針を決定する…わけではなくて、各分野を代表する方々(私が代表しているのは恐らく現地の事情と産業界の動向の両方を知っている人々だろう。事実かどうかは別として)の意見を広く集めて、国内措置策定の基礎資料にしようというのが眼目である。
したがって、全員が同じ意見を述べる必要は無いし、多様な意見が出る方が物事をより多面的に把握する一助になるはずである。と、持論が賛同されないことを正当化しないことには、辛くって参加できたものではない(笑)。
各分野の代表者の方々からは、前回同様、国内措置の適用範囲(対象の生物種や目的)を限定的にし、行政の規制(利用に関する届け出の範囲や義務化)をできるだけ少なくすることを求める意見が相次いだ。
唯一前回欠席されたIUCN日本委員会会長で日本自然保護協会専務理事である吉田正人・筑波大学准教授が「海外生物資源アクセスに際して取得したPIC(国などからの事前合意)やMAT(利益還元に関する利用者、提供者の双方が了解する契約条件)のチェックポイント(生物資源の利用をモニタリングする機関)への届け出を義務化すべき」という意見を述べられた。
他の委員からすれば驚くべき意見だっただろうが、吉田先生の立場を考えれば、資源提供国の野生動植物を保護するという観点からのごく真っ当な要望である。「MATの中身については届けなくてもいいのでは?」と考える私としては必ずしも完全に意見が一致するわけではないが、完全アウェイの会場で味方を見つけたようで嬉しくなる(別に敵味方で争っているわけではないのだが)。
もちろん、各分野の方々が慎重になる事情も心情もよくわかるつもりである。また、資源提供国の事情も心情もよくわかるので難しい。
私のような中間にいる立場の人間の宿命と言ってもいいと思うが、動物界と鳥界のどちらにも属しつつどちらからも仲間扱いされないイソップ寓話の「コウモリ」のように、あらゆる場面で相手側に与しているように取られてしまうのだ。
今回は敢えて、どちらにも耳当たりのいい発言ではなく、はっきりとした意見を言うべきだと意気込んでいたのだが、検討会での発言は残念ながら意欲が空回りして支離滅裂になってしまい、伝えたいことをうまく伝えられなかった。そのうっ憤を晴らす…というわけではないが、自分自身の整理の意味も込めて、改めて私の持論を述べてみるのでお付き合い願いたい。
まず皆さんに思い出してもらいたいのは、名古屋議定書がなぜ求められ採択されたのか?そして更には生物多様性条約がなぜ生み出されたのか?というそもそもの動機である。え、そこまで戻るの?(笑)
資源国には現状を脱出するための切り札
生物多様性条約は、先進国にとっては悪化する一方の自然環境の消失を食い止めるための方法論の1つであるが、発展途上国にとっては石油や天然ガス同様の戦略資源である生物資源を利益還元無しに搾取されている現状を脱出するためのトランプ(切り札)である。かたや“one of them”、かたや“trump”。 そんな風に思い入れの違う両者の妥協点が生物多様性条約なので、どうしても内容が途上国寄りになるのはやむを得ない。
そのこともあって、途上国である資源国側は、「簡易な収益源である森林の伐採をやめろと言うならそれに見合う金銭の提供があってしかるべし」、という基本理念を持っている。利用者から提供国への(多寡はともかく)資金提供がデフォルトであると言ってもいいだろう。
先進国が持ち出す「地球環境」という言葉も、正直なところ多くの貧しい国にとって「環境」まして「地球全体の環境」なんて話はどうだってよくて、乱暴な言い方をするならば、一番切実な問題は「目先の自国の発展(改善)」なのだ。もちろん、発展途上国の人々すべてがそんなことを考えているわけではなく、地球環境も重要だということはよーくわかっているが、要は優先順位というか、切実度の問題なのである。
自然環境の保全を目標にする先進諸国もそのことは重々承知していたので、生物多様性条約では、地球環境の維持、改善を優先することを目的にすべての国が力を合わせるためには、重要な経済活動を犠牲にせざるを得ない発展途上国に2つの特典を与えるしかないと考えたのだ。それが「持続可能な利用」と「公正、衡平な利益配分」である。
その一方で生物多様性条約は資源提供国に対しても、利用者の便宜を図るような仕組み作りを要求している。どこにアプローチして、どのような許可を取ったらいいのかを明確にしろということである。
発効から19年も経っているにも関わらず、この宿題を終えた資源国は少なく、怠慢のそしりを受けてもやむを得ないところではある。だが、フィリピンのように拙速な作業によって自国にデメリットの多い制度を作ってしまうのを見ると、各途上国が慎重になってしまうのはわかる。
また、他国との条件闘争で不利になりたくない、という意識もあるだろう。ある時点から、国内法の整備よりも国際ルールの確立に重心が移ってしまったというのが正直なところかもしれない。
そんな中採択されたのが名古屋議定書である。資源国の共通認識としては、「自分たちで整備できなかった規制を国際社会が準備してくれた」なのである。また、前置きが長くなってしまった。
日本には厳格な国内措置は必要ないか?
名古屋議定書は採択された。資源国は上記の理由から、自分たちの怠慢は棚に上げて、利用国の対応を注視している。どこが自国の利用者を野放しにするような甘い国内措置を取るのか?どこが資源国の利益を十分に考えてリーズナブルな国内措置を取るのか?それを鋭く監視しているわけだ。
2回の検討会に参加してみて、日本の生物資源関係者の多くは、義務や罰則を盛り込んだ厳格な国内措置には反対であることが改めてわかった。そのことが本当に国益に資しているのか?これは大いに議論が必要だろうと思う。というのも、資源国の立場に立って考えるならば、利用国の制度が利用者にとって緩やかなのと、かなり厳格なのとを比較した場合、資源国が前者を選ばないだろうからだ。
これまでのところ、日本の良きイメージである「誠実である」「お金をたくさん持っている」ことなどが幸いして、取引相手としての日本の信用は相対的に高かった。しかし、国際的なプレゼンスが急激に下がっている昨今、日本がこれまでの安定した地位を維持できるかは心もとない。
何より「あなたの国の生物資源は我が国では、厳重に監視されるので不法利用される心配はありませんよ」というアプローチの方が資源国にとってはありがたいのは明白である。厳格な国内措置を採用した場合のデメリットは実際どの程度なのか?そこに疑問を持って検証してみる必要は大いにあるだろうと思う。
もう1点、名古屋議定書国内措置の問題として重要なものに「国内PIC」の問題がある。これは日本を資源国として考えた場合、海外からのアクセスに関してどのような規制をかけるか?という問題で、日本は現状フリーアクセスポリシーを取っている。
日本の利用者が海外の生物資源にアクセスする際には様々な規制があるのに、海外の利用者が日本の生物資源にアクセスする場合にはフリーというのはどうにも間尺に合わない気がする、というのはそれなりに理解できるだろう。
なので、他国同様の規制をかけるべきである、という主張もある。基本的に私はこれを支持している。これに対して、『海外の利用者に規制をかけると、国内の利用者が日本の生物資源を利用する際にも同様の規制がかかるので、日本の利用者の利便性を考えると好ましくない』という考え方がある。
ここで出てきた考え方は「内国民待遇」という概念である。「自国の領域内で、自国民に与える待遇と同様の待遇を他国の国民にも与えることを内国民待遇といい、このような待遇を規定する条約の規定を内国民待遇条項という」(世界大百科事典)ということで、名古屋議定書的に解釈するならば、「外国人利用者に対して要求するアクセス規制内容は国内利用者にも同様に要求しなくてはならない。つまり国内の利用者も同様の手続き(PIC、MATなど)を取らなくてはならない」ということらしい。
私のように、外国人と内国人の明確な待遇格差のある地域で長く暮らして来た者にとって、内国民待遇のような考え方は全くピンと来なかったわけだが、世界貿易機関(WTO)のくくりの中では今では厳守すべき基本的な事柄であるらしい。そうなると、話はまるで変わってくる。私もさすがに、「CBDとWTOは全く別の組織であり条約なのでWTOを優先する必要はない」と言い切るほど理想主義者ではない。
なるほど、国内の外国人と日本人(内国人)を同様に扱わなければならないのは道理だとする。だから日本に滞在する外国人が日本で研究開発活動を行うのはフリーで全く問題ない。日本で税金を納めて企業活動をしている外資企業が日本の企業同様に生物資源を利用した研究開発活動ができるようにするのは当然のことだ。
だが、それを海外に持ち出すことはまた別の話だと思うのだが…。日本で取得した生物資源を海外に持ち出すことに関して、規制をかけることはできないのだろうか?いったん入手してしまったものには個人の所有権が発生するので、これを規制することができない、ということなのだろうか。
海外生物資源への戦略的アプローチを考えよう
COP11では名古屋議定書の批准推進がひとつの大きな目標として掲げられることとなった。日本政府も10月12日にサイドイベント「ABSに関する名古屋議定書を履行するための遺伝資源利用国としての措置に関する情報共有」を企画し、検討会で話し合われた内容を検討会議長の磯崎博司・上智大学教授が発表した。
イベントは90人を超える参加者があり盛況だったそうで、名古屋議定書の発効に関する参加者の興味の高さがうかがわれる(環境省関連COP11サイドイベントリスト参照)。
繰り返しになるが、国際的なプレゼンスが急激に下降しつつある日本がこれまでの利用国としての立場を維持するに当たって、現在相対的に高い信頼関係にだけ依存するというのはいささか頼りないものに思えるのは私だけだろうか?日本の海外生物資源に関する戦略的アプローチをもう一度考え直すよい機会だと私は思う。
二村 聡(にむら・さとし)
ニムラ・ジェネティック・ソリューションズ社長。1963年東京生まれ。明治大学農学部卒業後、1989年にマレーシアへ単身渡り日本語教師、在留日本人子女向け学習塾の教師などを経て、94年にマレーシアで「Nimura Forest Lab.」を設立。「Nimura Plant Lab. Sdn. Bhd.」への改名などを経て、2000年に同社の事業を一部継承する形で株式会社ニムラ・ジェネティック・ソリューションズ(日本法人)と100%子会社Nimura Genetic Solutions(M) Sdn. Bhd.(マレーシア法人)を設立。
生物資源ハンターがジャングルを行く
2010年の生物多様性条約・名古屋会議(COP10)で、遺伝資源のアクセスと公平な利益配分(ABS)について定めた「名古屋議定書」が採択され、遺伝資源(生物資源)に対する関心が急速に高まっている。生物資源といわれてもピンとくる人はまだ少ないが、実際に生物資源を探し出し活用するビジネスを展開している人たちがいる。その一人が、生物資源探索企業「ニムラ・ジェネティック・ソリューションズ」の二村聡社長だ。別名「生物資源ハンター」の仕事とはどのようなものなのか、二村社長が明らかにする。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20121107/239159/?ST=print
JBpress>海外>アジア [アジア]
韓国、GCF誘致成功で息吹き返す仁川松島新都市
不動産バブル崩壊懸念を尻目に幽霊都市から一変だが・・・
2012年11月12日(Mon) 玉置 直司
ソウル南部の江南駅から乗ったバスは高速道路をびゅんびゅんと飛ばして走る。40分も過ぎると目の前に突然、高層ビルとぴかぴかのマンション(韓国ではアパートという)群が広がる。ごみ一つ落ちていない新都市だ。
不動産バブル崩壊で売買価格が低迷している韓国の不動産市場だが、いま、唯一、猛烈なペースでアパートが売れているのが、仁川国際空港からすぐ近くの松島(ソンド)新都市(正式名称は松島国際都市)だ。
「環境分野の世界銀行」の本拠となるぴかぴかの新都市
まだ建設中の松島新都市は、人影もまばら
松島新都市の中心部である地下鉄「セントラルパーク駅」。名前は立派だが、セントラルパークといっても造成中で、まだだだっ広い空き地という感じだ。
駅の真上にはできたばかりのポスコの高層ビルがあるが、昼食時間だというのに駅前には人の往来はほとんどない。
それはそうだ。飲食店やコンビニなど人が集まりそうな場所がまったくないからだ。あちこちに工事現場があり、まさに新都市建設中だ。
偶然通りかかった2人連れの女性に聞いてみた。「いつもこんなに静かなのですか?」。返ってきた答えは「そこのビルで働いていますが、まだ周りに何もないからほとんど外には出ません。でも、すぐそこのビルにGCFが入るというから、あと数年もするとすごい人になりますよ」
2人が指差した先には、工事中の高層オフィスビル「I−tower(アイタワー)」があった。
GCF。松島新都市にはあちこちに「GCF歓迎」という大きな垂れ幕が見える。セントラルパーク駅前のビルにも大きな垂れ幕がかかっている。このGCFが、松島、いや、韓国の不動産業界で今、もっともホットな話題なのだ。
GCFとは「Green Climate Fund」の略で、日本では「緑の気候基金」と訳されている。2011年11月末に南アフリカで開かれたCOP17(第17回気候変動枠組み条約締約国会議)で設置が決まった国際機関だ。
気候変動や気温上昇を抑制したり、途上国の森林資源の減少を抑えるための資金を供与することなどが目的で2020年までに1000億ドルの資金を集めることになっている。韓国メディアの表現では「環境分野の世界銀行」だ。
GCF事務局の設置場所についてはドイツが最有力とされていたが、2012年10月末の理事会で、韓国メディアによると「大逆転」が起き、韓国の松島新都市への誘致が決まった。
誘致に関わった韓国政府の関係者は、「李明博(イ・ミョンバク)政権最後の置き土産だ」と説明する。
李明博大統領は、2008年2月の就任直後から「グリーン成長戦略」を掲げていた。大統領府(青瓦台)に専門の秘書官を配置し、「環境」を切り口に韓国の成長戦略を構築しようとしていた。
大統領自らが、現代自動車が開発した電気自動車に試乗して「電気自動車の普及」をぶち上げたりしたが、目立った成果を挙げたとは言えない。
李明博政権の猛追で最有力候補ドイツを「大逆転」
政府内部では「COP」の誘致なども検討されたという。しかし、韓国は「コンベンション誘致」が得意で、ここ数年でもG20首脳会議(2010年)や核安保サミット(2012年)など大型首脳会合の開催に成功しており、「他のアジア諸国との関係も考えて」誘致を見送ったという。
GCF事務局が入る予定の高層オフィスビル「アイタワー」
そんなときに浮上してきたのがGCF構想だ。昨年のCOP17でGCF設置が決まり、事務局をどこに置くかが議論になるや、すぐに動き出した。
政権発足直後から一貫して「グリーン成長戦略」にかかわってきたメディア出身の大統領側近秘書官が文字通り「世界中を飛び回って」誘致に動いたという。
それでも前評判ではドイツが圧倒的に優位だった。しかし、直前に韓国が猛烈に追い上げる。
大統領自身が親書を送るなどして直接誘致に乗り出した。「最後の最後に、態度を明確にしてこなかった米国政府が韓国誘致に賛成して、これを機に浮動票が一気になだれ込んできた」という。
GCF誘致は、歌手サイ(PSY)の「江南スタイル」の世界的なヒット以外最近、これといった明るい話題がなかった韓国では久しぶりの「よいニュース」になった。
韓国政府関係者は今回の誘致の意味をこう説明する。
まずは、「韓国にとっては21世紀に日本と中国という大国の間で『ちょうつがい』の役割を果たせるかどうか、が極めて重要だ。GCFのような21世紀型の国際機関を仁川という戦略的な場所に誘致できた意味は大きい」という。
経済効果に対する大きな期待
GCFは韓国が誘致に成功した常設国際機関としては過去最大規模だ。
「毎日経済新聞」が、国際協会連合(UIA)の年報をもとに調べたところによると、常設国際機関は2万以上あるが、その設置が最も多いのが米国内で3646だ。以下、ベルギー(2194)、フランス(2079)などでアジアでは日本が270で最も多い。韓国にあるのはわずか27。それも大半が「30人未満の出先事務所」だという。
第2にはGCF誘致でさまざまな波及効果が期待できることだ。韓国開発研究院は誘致の経済効果を「3800億ウォン」と弾いたが、「そんな小さな額ではない」という。
GCFは500人規模でスタートし、基金の規模も1000億ドルから拡大する。GCF関連の国際会議も頻繁に開かれると見られる。計画通りだと基金の規模は8000億ドル程度になり、その運用も必要になる。金融機関などの集積も進む可能性がある。
朴宰完(パク・ジェワン)企画財政相は「超大型グローバル企業の誘致に成功したようなものだ」と述べているが、期待はそれほどまでに大きい。
もっと現実的な話では、仁川松島新都市構想に勢いがつくことへの期待も大きい。
実は、GCF誘致が決まる直前まで「松島」は「幽霊都市」とさえ呼ばれ始めていたのだ。
「幽霊都市」からの大転換?
国際空港と国際港湾設備がある仁川地域をアジアのビジネスハブに育成する――。仁川広域市は政府と協力して、大規模な埋め立てによって「新都市」を建設する計画を進めている。2003年に韓国で初めて「経済自由区域」の指定も受け、海外の研究開発企業や物流企業、大学などの積極的な誘致に乗り出している。
このうち松島新都市は53平方キロメートルの面積で、10兆4200億ウォン(1円=13ウォン)を投じて基盤施設の造成を進め、研究開発型企業や大学、病院を誘致して、人口25万人の「未来都市」をつくり出す構想だ。開発主体はポスコなど民間資本というのも特徴の1つだ。
ジャックニクラウスゴルフ場、延世大学松島キャンパスなどの誘致には成功した。しかし、昨年あたりから韓国全体で不動産価格が下落し始めた。インフラ整備が多少遅れたこともあり、肝心の松島新都市のアパートの販売に急ブレーキがかかった。
契約しても、残金を払わない。お金を払い込んでも「住みたくない」と言って転居をためらう。松島新都市にできた巨大アパート群の一部は、夜になっても真っ暗で「不動産不振の象徴」だった。
韓国には全国に新都市構想がある。ソウルへの一極集中を緩和して地方経済を活性化させようというのは長年の宿願だ。しかし、結局、箱物大型公共投資が中心になって、思ったほどの実績が上がっていない。
それどころか、投資ブームに乗って貯蓄銀行と建設会社がどんどん無謀な開発を進め、売れ行き不振から巨額の負債を抱え込む羽目に陥っている。
あちこちにGCF誘致成功を祝う垂れ幕がある松島新都市
松島新都市も先行きに暗雲が漂っていた。
GCF誘致決定から10日あまり。セントラルパーク駅からタクシーで10分あまりのアパート街にも行ってみた。ごみ一つないきれいなアパートだが、こちらも人通りはほとんどない。
目につくのはあちこちにある「GCF歓迎」の垂れ幕。松島新都市は「GCF」一色なのだ。
アパート近くにある不動産屋を覗くとすごい活気だった。話を聞こうと思ったが、どんどん電話がかかってきてぜんぜん会話にならない。
誘致成功から一転、不動産業者の嬉しい悲鳴
ようやく聞くと、「GCF誘致が決まった10月20日を機にまったく別の町になった」という。
「それまでは急いで売りたいという電話がたまにあるだけだったが、今は、物件を探す電話が急に増えた。物件を売りに出していたオーナーも急に価格を1000万ウォン以上を上げてくれと言ってくる。うちのような小さな不動産屋が扱う物件は少ないが、それでも問い合わせは多い」と嬉しい悲鳴だ。
韓国メディアによると、松島新都市の新規分譲アパートはGCF誘致が決まってから10日間ほどで、猛烈な売れ行きを見せているという。
「延世大学は、1年生全員に松島キャンパスで寄宿舎生活させ、外国語や基礎学問を教え込むとともに地域活動などにも積極的に取り組ませる野心的な計画を立てた。松島にGCFが来るというのは大変よいニュースだ。ちなみに大学用地を取得してから今まで、土地代が20倍にも跳ね上がった」
筆者はGCF誘致が決まった直後にある会合で延世大学の総長と一緒だった。総長はスピーチでこう胸を張った。
何を隠そう、つい最近まで、延世大学では「あんな不便な場所に行きたくない!」と言って学生が新キャンパス建設に猛反対していた。今も根強い反対があるというが、とりあえずは「先見性があった」という声にかき消されつつある。
国際都市の育成に「英語公用語化」も?
仁川広域市は、「GCF誘致」の勢いに乗って松島新都市を「国際都市」として育成するためにあっと驚く構想を打ち出した。
「英語公用語化」だ。韓国語と併用してバイリンガル都市にしようという構想だ。メディアで報じられると賛否が白熱し、「あくまで検討課題」と一歩引き下がったが、「これくらいのことをやらないとアジアの国際都市づくり競争に勝てない」という意見も根強い。韓国ならではのダイナミズムか。
では、この勢いは続くのか。
「今、韓国で不動産で熱くなっているのは松島新都市だけだ。でもそれもいつまで続くのか」。ある韓国紙デスクはこう言う。
まず、GCFだが、1000億ドルからという資金集めは難航も予想され、事務局誘致国として韓国は相当の外交努力が必要になる。
いや、不動産市況は、そんな悠長なことを考えていない。この韓国紙デスクによると、2012年夏以降、ソウルを中心に全国的に不動産価格はますます下落している。
アパートを売っても借金を返せない、アパートのローンの元金が払えず金利だけ払ってしのいでいる、アパートを購入する契約をしたが前のアパートが期待した額で売れず、引っ越しができないどころか売買代金を払えない、賃貸アパートから契約切れで出ようとしたら大家から「保証金がないので返せないと言われた」・・・。なんだか物騒とも言えるこうした話を最近、頻繁に聞くようになってきた。
不動産価格反転の契機か、最後の熱気か
松島新都市でも1000戸規模の大型アパートの分譲計画が相次いでおり、GCF効果があっても先行きに不安があることに変わりがない。
よく言われるように、韓国の個人負債の金額は1000兆ウォンだ。韓国銀行(中央銀行)によると、これに政府と企業の負債を合わせると2012年6月末時点で3000兆ウォンに達するという。名目国内総生産(GDP)の2.3倍もの規模だ。
韓国は、GDP比の政府債務が40%弱で比較的「健全財政」とされているが、個人債務などを合わせるとすでに相当な規模になっている。
「不動産価格下落」という爆弾を抱えるなか、GCF誘致は不動産価格反転の契機になるのか、最後の熱気で終わるのか。GCFは韓国経済で大きな話題だ。
■編集部よりお知らせ■ JBpressでの連載をもとに大幅に加筆した本が刊行されました。『韓国財閥はどこへ行く』(玉置直司著、扶桑社、税込み1470円)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/36503
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