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これって正しい英語? スラングをめぐる米国史上最大の言語論争
デービッド・スキナー
2012年 10月 28日 11:54 JST
「Slightly Stoopid murked it last night(夕べのスライトリー・ストゥーピッドは最高だった)」
甥っ子のフェイスブックのページを見たら、こんな投稿があった。Slightly Stoopidとはバンドの名前だ。オンライン辞書を見たら、murkはゲームをする人間が使うスラングで、「破壊する」という意味だと知った。しかし、ここでは「演奏がとてもよかった」という意味で使われている。
Getty Images
ウェブスター英語辞典第3版は米国の歴史上おそらく最大といえる言語論争を巻き起こした
しかし、チャド・ハーバック氏の小説「The Art of Fielding(守備の技術)」を昨年読んだときには、敵のピッチャーがfilthy(汚い)とはどういう意味かすぐにわかった。そのピッチャーの球はなかなか打てない、という意味だ。
ジャド・アパトー氏のコメディー映画「Superbad(邦題:「スーパーバッド 童貞ウォーズ」)の中で役者のジョナ・ヒル氏が「fo' sho'」と叫んだ時も、「for sure(確かに)」のRを落として発音していることはなんなく理解できた。
新しい言葉が次々に生まれ、スラングと標準英語を隔てる、目には見えない境界が試されるなか、私のようなnewbたち(newbはゲーム用のスラングで、「初心者」、「新参者」の意味)は、とめどなく打ち寄せる非標準の英語の波の中を渡っていかなければならない。
しかし、私はそれを否定しようとは思わない。ほとんどの人がそうだろう。オックスフォード英語辞典が2004年に「bootylicious(セクシーな)」を収録すると発表したとき、反対の声はあまり聞こえてこなかった。Bootyliciousは実際、面白く、かつ概ね無害な言葉のように思えた。これ自体、大変なことだ。
半世紀前にG&Cメリアムがウェブスター新国際英語辞典第3版を発表したとき、信じられないほど激しい抗議が起きた。ウェブスター第3版は「評価が甘い辞書」と言われるようになり、米国の歴史上おそらく最大といえる言語論争が巻き起こった。
ことの始まりは新聞発表だった。そこには、ウェブスター第3版には「驚くべき新たな言語的概念が数多く」が含まれていると書かれていた。A-bomb(原爆)、astronaut(宇宙飛行士)、beatnik(ビート族)、den mother(カブスカウトの組を監督する女性)、fringe benefit(付加的給付)、solar house(太陽光発電設備のある家)、wage dividend(賃金配当)、Zen(禅)などがそうだ。
さらに、大衆小説作家のミッキー・スピレイン、ピンナップガールのベティー・グレイブル、売春宿の経営者だったポリー・アドラーなど、辞書に載るとは思えない人物の名前も収録された。
ウェブスター第3版の編集長、フィリップ・ゴーブ氏は、英語は過去四半世紀の間に英語は文語的ではなくなったと述べた。ゴーブ氏の主張を裏付けたのは、「ain't(〜ではない)」の扱いである。ain'tはおそらく非標準英語として最も有名な言葉だ。新聞発表には、ついにこのain'tが辞書に収録されたと書かれていて、ウェブスター第3版では「米国のほとんどの地域で教養のある(cultivated)話者によって口語として使われる」と説明している、とあった。
シカゴ・デイリー・ニュースは社説で「Cultivated, our foot(教養があるとは、おっと失言)」と書いた。新聞は面白半分に見出しで遊んだ。シカゴ・トリビューンは「Saying 'Ain't' Ain't Wrong('Ain'tと言っても間違いじゃない)」、ルーイビル・タイムズは「Ain't Nothing Wrong with the Use of Ain't(Ain'tを使っちゃいけないことはない)」と書いた。
反対意見もあった。ワシントン・サンデー・スターは大見出しで「It Ain't Good(Ain'tは正しくない)」と吠えた。ビンガムトン・サンデー・プレスは「Ain't Still Has Taint(Ain'tはまだ不名誉な響きが残っている)」との見出しを掲げた。
文学界の知識人たちが追い打ちをかけた。ウィルソン・フォレット氏はアトランティック誌で、ウェブスター第3版を「非常に大きな不幸」だと評し、ゴーブ氏などの編集者が英語を破壊しようとしていると責め立てた。ジャック・バーザン氏はアメリカン・スカラー誌で、ウェブスター第3版は「1つの団体がまとめたものとしては最も長い政治パンフレット」と述べた。
こうした発言が思わず笑ってしまうほど行き過ぎであることは今では容易にわかる。新聞発表はain'tの用法の説明を間違って記載していた。ain'tの使用を「多くの人は支持していない」ことや、一部で非標準扱いされていることが抜けていたのだ。それに、ain'tは第3版よりも保守的なウェブスター第2版など他の辞書にも、以前から収録されていた。
しかし、問題が起きたのは、ゴーブ氏が文語体と口語体の違いを意図的に曖昧にしたからだった。ゴーブ氏は「スラング」という分類をなるべく使わないようにした。第2版では曖昧な言葉はただ、「vulgar(通俗的)」とか、「humorous(おどけた表現)」とか、「erroneous(誤用)」と表記していたが、そうした偏見を与えるような分類も全て廃止した。ゴーブ氏はさらに、口語ではよく使われるが、文語では使われない用語を指す「colloquial(口語的)」という分類も締め出した。
標準的な用法の説明はゴーブ氏にとって扱いが難しい問題だった。教養のある人も教養に欠ける言葉を使うこともあったし、当時は、最新の言語学が学校文法を攻撃し、なじみのある多くの規則が非常に差別的な英語観に基づいていることを指摘していた。全米英語教師協議会は「正しいかどうかは用法次第」や、「全ての用法は相対的」との見解を示していた。しかし、ゴーブ氏は旧態依然とした規則へのこだわりと、何が正しいかわからないという新たな不可知論の間でどっちつかずの立場はとらず、議論を回避した。
過去50年間で、ain'tは正しくないという感覚は薄れてきたが、潜在的に庶民的な言葉であることには変わりはない。ビル・クリントン元大統領は民主党全国大会で「全ての政治家は有権者全員に、自分は自分自身で建てた丸太小屋で生まれたと思われたがっている」と述べ、こう続けた。エール大学やオックスフォード大学に通ったクリントン氏は「It ain't so.(実際はそうではない)」と言ったのだ。
一方で、侮辱的な言葉は侮辱的であることに変わりはないものの、日常的に使われるようになってきた。最近、あるファミリーレストランである若者が着ていたTシャツの胸の部分にはFで始まる例の言葉が印刷された。言語は非常に複雑だ、とフィリップ・ゴーブ氏はよく言っていた。その通りだ。しかし、そう思うのであれば、ウェブスター第3版では分類を減らすのではなく、増やすべきだったのではないか。
スキナー氏の新著は「The Story of Ain't: America, Its Language, and the Most Controversial Dictionary Ever Published(Ain'tの物語:米国、その言語と最も議論を呼んだ辞書)」。
記者: David Skinner
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http://jp.wsj.com/Life-Style/node_537285?mod=WSJFeatures
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