06. 2013年3月18日 09:55:00
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地震の前のサインを読む!JAMSTECの稼ぎ頭 阪口秀(3) 2013年3月18日(月) 片瀬 京子 大学時代、サイロの中の穀物が爆発する原因を調べるうちに、粒々のシミュレーションにのめりこんだ研究者、阪口秀(さかぐちひで)さん。地震の兆候をとらえる研究にも着手しました。津波と火山のシミュレーション動画もぜひご覧ください。(写真:田中良知) 阪口秀さん 粒子の動きをシミュレーションするソフトで、JAMSTECの稼ぎ頭となっている阪口秀さんが、今、最も関心を持っているテーマは、地震だ。 それも、予知に関わることである。 どうやって予知をするのか。それには、阪口さんの経験が生きている。
破壊の前に起きる変化とは? 「大学で農業工学をやっていたとき、岩石を破壊する実験と、その数値シミュレーションもしていました。圧力をかけた岩石は、破壊が始まる直前に、それまでとは違う動きをします」 それまでとは違う動き? 「最初から行きましょう。まず、地面に置いた岩石に上から圧力をかけると、上下方向には縮んで、水平方向に伸びますよね」 それは想像できます。岩石ではイメージしづらいけど、ほかのもう少し柔らかいものなら、目にも見えますし。消しゴムを上から押さえつける感じで。 「岩石を点に分解して考えてみると、そのとき、点はどれもが、下へ行きながら外へ行っています」 下へ行きながら、外へ行く。そうですね。 「圧力をかけ続けて限界まで上下方向に縮めると、各点がこれ以上は下へ行けないので、一斉に非対称な水平方向に動く、つまり破壊が始まります」 岩石で言えば、割れる。 「その破壊が始まる直前、それぞれの点がそれまでのようには動けなくなると、いったん、動きに迷いが出るんです。一点一点、みんなが行き先に困ってバラバラに動く。その後、ではここからここまでの粒子はこっちへ行きましょう、そこからそこまではあっちへ動きましょうと決まって、バリバリッと破壊が起こります」 ということは? 「破壊の前には、不規則な動きという、予兆があるんです」 おおっ。地震の予知と、つながりそうです。 動画:粒々シミュレーション動画(5) 粒の圧縮の様子(提供:JAMSTEC/阪口秀) 「地震というのは、断層破壊現象です。強く圧縮された地殻がおしあいへしあいをしていて、あるときにバリッと破壊する。その、1年間に数センチというおしあいへしあいを細かく見ていれば、不規則な動きになる時期が必ずあるはずなんです」
破壊の前のその不規則な動きの時間って、どれくらいの長さなんですか? 「めっちゃ短い時間です。均質な岩石サンプルで言えば、破壊自体は数ミリ秒以内、この前兆現象はもうちょっと長いでしょうが、1秒以内であることは間違いありません。ほんの一瞬でしょう」 京都大で実証実験 首をひねる取材陣。 ということは、仮に「あ!不規則になった!」と見つけることができたとしても、「あ!ふ」あたりで地震が発生してしまうのでは……。 「意味ないんじゃないかってことですよね。確かに、1秒前にわかっても意味はない。でも、岩石の破壊の前の、不規則な動きの時間が1秒で終わるのは、破壊のサイズが小さいからです。サイズが大きくなると、時間のスケールも大きくなるんです。破壊にも、その前の不規則な動きにも、時間がかかります。それは計算ではわかっていることなんです」
なんと、そうだったのか! 「でも、そう言っても、信じない人が9割5分くらい(笑)。だから、証明するための実験を、今、京都大学で進めています。結果は2013年中に出ます」 JAMSTECにはその装置を設置する場所がないため、京都大学に協力を仰いだという。 ローラーコンベア上を動く大きな箱に入った砂層を使ってプレートの動きを再現し、高速カメラで撮影をしている。この実験は、100億粒子ほどが必要になるシミュレーションと並行で進めている。 「1秒が、数秒、数分に伸びても意味がありません。でも、何時間という単位で不規則な動きというサインを出してくれれば、役に立ちます」 たしかに、地震が1時間以上前に予知できれば、その間にできることはたくさんありそうですね。 動画:プレート動作の再現実験 地震直前の「粒々の不規則な動き」を検証する(提供:阪口秀/JAMSTEC) 「地震予知はできないというのが定説です。断層の破壊がいつどこで起こるかは、誰にもわかりませんから。地震学者は、観測データと過去の経験値に基づいて『そろそろひずみが溜まっている』というアプローチをとっています。でも、僕の考え方だと、『今、こういうサインが出ているので、次はこういうことが起きますよ』と言えます」
なるほど。 どうやったら、そのサインが出ていることがわかるんですか? 「GPSでの計測では、精度が足りません」 ということは、無理? 「それが、JAMSTECには、サインをとらえる技術があるんですよ」 あるんですか! レーザーでサインをとらえる 「地上で距離を正確に測るときには、レーザー測量を使いますよね。レーザー光を出して、遠くの反射板に当てて、光が戻ってくるまでの時間で、距離を決定する」 はい、ときどき、測っているところを見ます。 レーザー式海中距離測定システムの送信機と受信機。JAMSTEC 海洋工学センターの吉田弘さんが開発した(提供:JAMSTEC) 「アメリカのNASAでは、この原理を使って地球と月の距離をミリメートルの精度で測定してますよね。JAMSTECには、そのレーザー測量を、海中でやっている人がいるんです」
海中で? 海中にはいろいろと、レーザー光を遮るような邪魔がありませんか? 「浮遊物がある海中では使えないというのが、業界では超・常識です。でも、深海となると話が別です。温度などの環境の変化が小さい上に、動き回る生物も非常に少ない世界ですから」 そうか! それを実験しているのが、JAMSTEC 海洋工学センターの吉田弘さんだという。 「測量の技術は作りつつあって、でも『で、何の役に立つの?』と言われていたみたいです。だけど、僕はそれを聞いた瞬間に『これこれこれ!』と。100メートル先の動きを、0.1ミリの精度で検知できる。これをたとえば1000対作ることができて、海底に設置できれば、間違いなく、設置した領域全体の動きを測れます」 すごい、すごい。早く設置しましょうよ。 「でも、その装置を1対作るのにも、1000万円くらいのお金がかかるんですよね。たくさん作って、1対あたり80万円くらいまで安くなればと思うんですが」 そうか。 そもそも「破壊のサインが出される時間は思っているより長いよ」ということを、証明する実験を始めたところでしたね。 その日が来たら、まずはどこへ設置しますか。 「南海トラフでしょう。でも、早く実現できるのであれば、今も動いている東北に置きたいですね」 そこまで言って、阪口さんは語気を強めた。 「これは、JAMSTECにしかできないことです」 確かにそうですね。 ところで、JAMSTECに所属する前、阪口さんは、JAMSTECをどう見ていたんですか。 「極めて怪しい組織だと思っていましたね」 動画:粒々シミュレーション動画(6) 建物に津波が襲う様子(提供:JAMSTEC/阪口秀)
動画:粒々シミュレーション動画(7) 火山噴火での粒子の動き(提供:JAMSTEC/阪口秀) 怪しい? 「予算の規模が尋常じゃない。有力国立大学1校まるまると同等の予算規模なんですよ。船の運航に金がかかるのはわかりますが、でも、大学に比べれば研究者の数は少ないし、研究成果も多くない。どこへ金を使ってるんだろうと思いました」 心臓発作で入院したら・・・ その“極めて怪しい組織”に加入したのは、オーストラリアからの帰国後、東京大学の地震研究所にいたときに、たまたま所属先の長とJAMSTECを兼任していた深尾良夫氏(その後の地球内部変動研究センター長)に「今度、JAMSTECにポストができるよ」と聞かされたのがきっかけだった。 「そのときも僕は『あそこ、怪しいですよね』と言ったし 地震研究所の仲間も『怪しい、怪しい』と(笑)。でも、周りに聞いてみても、JAMSTECのことは何だかやっぱりわからなかったけど、深尾先生だけは絶対的に信頼できる研究者だと。だから来たんです。なんてことを言うから、組織から見ると、僕は嫌な奴だろうと思いますよ」 いやいや、嫌な奴なんてことないと思いますけど、でも、そうお考えになるのは、なぜですか? 「今となっては笑い話ですが、通勤手当事件。数年前に心臓発作を起こして、救急車で病院に運ばれて入院したことがあったんですよ」 心臓発作! 笑い話じゃないですよ。 「その後しばらく入院して職場復帰したら、翌月の給料から通勤手当が勝手に引かれていました」 ん? どういうことですか? 「そう思うでしょう? 人事課に説明を求めると、しばらく出勤していなかったので、規定に従って、欠勤を開始した前日に通勤定期を解約したものと仮定して精算させてもらったと」 そんな……。 「そんな馬鹿な!と思いましたよ。このルールに従うと、『自分は明日倒れて入院・長期療養する』と予言できることを前提にしているのであって、つまり、物理的に不可能な状況設定で規定が作られている、ということになる」 確かに。なる。なりますね。 「『これはおかしいのでは?』と思い、個人で担当部署と交渉しました」 どうでした? 「最初は難航しました。が、いろいろと研究所などの規定を調べたり、関係する役所にも話を聞くなど努力と交渉を重ね、その甲斐あって、後日規定は変わりました」 おお。 「結局、僕自身には金は返ってきませんでしたけど」 それは、なんとなくそう思いました。 いえ、お金が返ってこなかったことではなく、お金が欲しくて交渉したんじゃないんだろうな、ということです。 「たとえ今回、自分には適用されなくても、のちのちに倒れて救急車で運ばれるかもしれない職員のために、同じような目に遭うかもしれない人が1人でも減ればいいんです」 そして、きっぱりとこう付け加えた。 「僕は、論理的におかしいことが嫌いなんです」 圧倒され、ぐうの音も出ない取材陣。 怪しいままではダメ インタビューの最初の頃に出てきた話を思い出す。開発したソフトの売り上げを『受託研究費』にするか、『事業収入』にするかに、たいへんこだわったことを。 あの、それは、いつからですか? どのようにして今のように「論理的におかしいことが嫌い」に? 「うーん。どうやって。わかんないですけど、親の教育でしょうか。親も、筋が通っていないことが嫌いでした」 阪口少年は、繰り返し、こう言われて育った。 相手によって言うことを変えるな。もし、これを言ったら殺されると思うことがあったなら、そうまでして命まで失うことはないから、黙っているのは構わない。 しかし、思ってもいないことを言うな。 そういう人間は、信用されない。そして、そういう人間を、信用してはいけない。 その教えの通りに大人になった阪口さんは、JAMSTECのこれからについて「怪しいままではダメ」と言う。 「怪しいけど成果が出ている、ならいい。でも、怪しいだけで『一体全体、何やってんだ』と言われてしまうのは、良くないことだと思います。僕は、怪しいと思いながら入ってはきましたが、今や、愛する職場ですから、いい人材が入り続ける、長続きする場所であってほしいと思っています。その気持ちは、たぶん、誰よりもあります」 そして、アメリカ航空宇宙局(NASA)を引き合いに出して、こうも断言するのだった。 「NASAは、いろいろな問題はあるけど、世界中から憧れられている存在です。でも、JAMSTECが、いまいち、海のNASAになりきれていないのは、僕が言ったように、かっこよくない部分があるからです」 一人くらい変な奴がいたほうが そろそろ、お時間です。 阪口さんは笑いながら「こんな話でいいんですか。ボツでしょう、書くことないでしょう」と言い残し、去っていった。 取材陣もそそくさと引き上げようとすると、広報担当者が歩み寄ってくる。 ナショジオ編集部Y尾とライターK瀬の頭を、同じことがよぎる。 ああ「ここは書かないで」「あの部分は勘弁して」と言われるんだろうな、とっても興味深い話ばかりだったのに。どうやって説得しようかな。 広報担当者は言った。 「阪口秀らしさが伝わる記事にしてください」 以上。 またしても、ぐうの音も出ない取材陣。 そういえば、阪口さんはこうも話していたっけ。 「JAMSTECへ来て1年くらい経ったとき、深尾先生に呼び出されて言われたんですよ。 『お前、変だな』と。 クビになるんだと思いました。あーあ、ダメだったか、と。 地球内部ダイナミクス領域に所属しているのに、そのときは、直接は関係ないことばかりしていましたしね。 そうしたら、深尾先生は今度はこう言ったんです。 『一人くらい変な奴がいた方が、いい研究所になる。お前を、その“変な奴”に指名しよう』 あとで、学生時代の友人にこの話をしたら『それは、研究者にとって最大の勲章だよ』と言われました。『いっそ、乗っ取っちゃえ!』とも(笑)。 確かに、変なことをしている人がいる研究所の方が、生き延びるんですよ。 この間、深尾先生にこの話をしたら『そんなことは言ってない』って、否定されましたけどね(笑)」 体育館のような地球シミュレータセンターの前で この記事はナショナル ジオグラフィック日本版との共同企画です。同サイト内にある「海」のコーナーでは、JAMSTEC研究者の連載や自然・環境に関する写真や記事を豊富にお読みいただけます。
片瀬 京子(かたせ・きょうこ) 1972年生まれ。東京都出身。98年に大学院を修了後、出版社に入社。雑誌編集部に勤務の後、2009年からフリー。共著書に『誰もやめない会社』(日経BP社)、『ラジオ福島の300日』(毎日新聞社)など。
海の研究探検隊 JAMSTEC
この連載は、海の研究所JAMSTEC(海洋研究開発機構)に集まる人々の物語です。海底を世界一深く掘れる船や、深海6500メートルまで潜れる有人潜水艇など、海というフロンティアを探検する能力では世界随一の設備をもつ研究所。そこに、未知への好奇心にあふれた一癖も二癖もある研究者、エンジニア、ダイバーが集まるようすは、さながらワンピースの海賊、それともサンダーバード?彼らの話を聞きながら、未知への航海を楽しもうではありませんか。 |