10. 2013年3月01日 11:16:02
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【第424回】 2013年3月1日 岡 徳之 運が悪ければロシアが焼け野原になっていた!? あなたの頭上にも降って来る「怖い隕石」の科学 2月中旬、ロシア南部のチェリャビンスク州一帯に落下した隕石は、被災者が被った心理的ダメージのケア、インターネット上での“ニセ隕石”の売り込み問題、さらにはロシアの対宇宙防衛議論に至るまで、今も各所で波紋を広げている。死者が出なかったのは不幸中の幸いとはいえ、今回甚大な被害をもたらした“隕石”とは、そもそもどんなものなのか。どのような経緯で地球に落下してくるのだろうか。専門家に話を聞くと、隕石は常日頃から世界中に落下しており、それらが本来持つインパクトは我々の想像を遥かに超えるようだ。あなたの頭上にも降って来る「怖い隕石」の正体を科学する。(取材・文/岡 徳之、協力/プレスラボ)耳をつんざく轟音と猛烈な衝撃波 あなたは無事に家へ辿り付けるか? 大小含め、隕石は常日頃から世界中に落下しているという。写真は鉄隕石の破片の一部Photo by (c)Tomo.Yun 耳をつんざくような轟音が聞こえた途端に、猛烈な衝撃波で体ごと吹き飛ばされる。外出中にそんな得体の知れない災害に巻き込まれたら、あなたは無事に家へ辿りつくことができるだろうか――。
「戦争でもないのに、そんなことが起きるはずがない」とタカをくくるなかれ。あなたの頭上にもいつ降ってくるかわからない想定外の災害、それが「隕石」である。 2月15日、ロシア南部チェリャビンスク州一帯に隕石が落下。ロシア保健省の発表によると、18日までに、州内の負傷者が1491人に上った。死者こそ出なかったものの、その災禍は今も各所に波紋を広げている。 衝撃派で窓ガラスが崩壊したままの建物が残るなど、被害の爪痕が残るチェリャビンスク州では、負傷者のほとんどが手当を受け、通常の生活に戻っているという。しかし中には、隕石落下当時の恐ろしい記憶を拭えず、「爆発音などの大きな音に敏感になった」「夜眠れなくなった」といった、深刻な精神的苦痛を持ち続けている患者がいる。 ロシア当局には、街の建造物などの復旧だけでなく、こうした目に見えない精神的なダメージのケアについても、対応が求められている。 被災者の心理ケアから宇宙防衛議論まで ロシアで続く「隕石落下」の後遺症 この災害は、ロシアの対宇宙防衛問題に対する議論も活発化させた。地球上で最大の陸地面積を持つロシアは、理論上、最も隕石落下の可能性が高い国。とはいえ、地表にまでこれほどのインパクトを持つ隕石が落下する可能性は、ゼロではないが極めて低いと言われる。「今回のような事態は100年に1度」と指摘する専門家もいる。 そうした発生頻度が低い災害に対して、対宇宙防衛システムの構築には莫大な費用がかかり、ワリが合わない。このため、プーチン大統領も沈黙せざるを得ず、世論の沈静化を待つばかりというのが現状だ。 一方で、騒ぎを逆手に取って“一攫千金”を狙うたくましい輩も。インターネット上では、「チェリャビンスク州に落下した隕石の破片」と称して石を売り込む投稿が急増している。中には、重さ500グラムの石で100万ルーブル(日本円で約300万円)の値段をつけた書き込みも見られ、ロシアの警察が「偽物の販売は詐欺罪に当たる」と警告する事態に及んでいる。 さらに、チェリャビンスク州出身のツィプコ上院議員は、「(隕石落下後、クレーターができた)湖は名所になるかもしれない。私たちは観光の観点から興味を抱いている」と、モスクワで報道陣に対して一見不謹慎とも思える発言を行なった。 各所に影響を与えている件の隕石については、25日にロシア科学アカデミー隕石委員会メンバーのグロホフスキー・ウラル連邦大学教授が、“これまでで最も大きなもの”と言われている1キロ以上の重さの破片を発見。10%の鉄分とかんらん石、亜硫酸塩を含んでいることがわかり、隕石の実態を解き明かす材料として注目されているが、いまだ日本国内にまで詳しい情報は入ってきていない。 有史以来、初の大規模な人的被害をもたらしたチェリャビンスク州の隕石落下は、私たちに決して抗うことのできない宇宙の大きな力と、そのリスクの存在を突きつけた。確率は低いとはいえ、「いつ自分も同じ危険に遭遇するかわからない」という不安を感じた人も多いだろう。 我々が実はよく知らない「隕石」とは、そもそもどんなものなのか、なぜ今回ここまで大きな被害が発生したのか、そしてリスクを防衛する手立てはないのか。専門家の意見を詳しく聞きながら、その実像を“科学”してみたい。 天体の探索、研究、科学的情報の啓発活動に携わる、NPO法人日本スペースガード協会の高橋典嗣理事長によると、そもそも隕石の正体は小惑星の破片だという。 太陽系の惑星や小惑星は、46億年前に宇宙のチリが衝突し合って大きくなって形成されたものであり、火星軌道と木星軌道の間には、60万個もの小惑星がある。地球の周辺では9000個が見つかっている。地球軌道の周辺にある、そうした小惑星になり損なった破片の一部が、何かのきっかけで地球上に落下するもの、それが「隕石」なのである。 地上への衝撃は落下速度の2乗に比例 直径1センチの隕石でも被害は甚大 一口に“隕石”と言っても、その成分によっていくつかに分類される。密度の低い石質隕石、マグネシウムを10%ほど含む石鉄隕石、そして密度が高い鉄質隕石だ。鉄質隕石の威力は大きく、その大きさにもよるが、密度が高いものが地球上に落下した場合、落下地点から20キロ圏内の地域は壊滅的なダメージを被るという。今回ロシアに落下した隕石は、石質で密度が小さいものだった。その意味では「不幸中の幸い」だったと言えよう。 実際に隕石が地上に落下すると、どれくらいの規模の災害が発生するのか。地球に向かって飛来する隕石は、直径10メートル以下のものは大気圏で焼失するという。しかしそれより大きいものが飛来し、そのまま崩れることなく地上に到達すると、直径100〜2000メートル規模のクレーターをつくるほどのインパクトがある。 小惑星は30キロ毎秒で自転しており、地上に隕石として落下する場合は基本的にそのままのスピードで落ちてくるが、衝撃力は速度の2乗に比例する。たとえば、直径1センチの隕石でも、重さ1.5トンの物体が時速50キロメートルで壁に激突するときと同じ破壊力となるのだ。 世界で日常的に起きている隕石の落下 過去にもあった「ツングースカ大爆発」 そんなものが頭上から降ってくるなどとは考えたくもないが、高橋理事長は「隕石が地球に落下するのは当たり前の現象」という。1ミリ以上のものを隕石と定義するならば、世界中で頻繁に隕石は落下しているのだ。 今回は、大きな隕石が地球の地表にまで達して災害をもたらしたことが特徴だが、「屋根に当たって穴が開いた」「車のバンパーに当たって壊れた」くらいの騒動は、これまでに世界中でいくらでもあった。前述のように、速度に比例して衝撃力が大きくなる隕石は、小さいものでも人間に当たれば致命傷になりかねないだろう。 隕石が大きな被害をもたらしたことは、過去にもあったのか。実は、今回とは比べ物にならないほどの被害をもたらした事例がある。こちらもロシアを襲ったもので、「ツングースカ大爆発」と呼ばれるケースだ。 1908年6月30日、当時のロシア帝国領中央シベリアにおいて、エニセイ川支流のポドカメンナヤ・ツングースカ川上空で隕石の爆発が起こり、東京都と同程度の面積が一面焼け野原になったという。幸い周辺に街はなく、人的な被害は報告されなかった。 今回落下した隕石は、過去に観測された隕石の中でも小さい方だというが、タカをくくってはいけない。高橋理事長は、「通常ならば10メートル程度の深さ、中心の温度が1万度となるクレーターが形成され、10キロメートル圏内は生物が生きられない状況になり得た」と言う。 しかし今回は幸いにも、そこまでの甚大な被害には至らなかった。それは2つの幸運が重なったからだ。 1つは、地球への入射角度が浅かったこと。高橋理事長は、「詳細なデータはないが」と前置きした上でこう指摘する。 「YouTubeに投稿された動画を見ると、隕石が地球に入ってくる角度は浅く、(大気圏での摩擦熱により)火の玉となって落下している時間が長かった。その間に、上空20キロメートル付近で隕石は爆発、4〜5メートル大の破片に分かれ、その後さらに細かい破片に分かれた模様です。だから、(通常のような)大きな災害には至らなかったのです」 もし入射角度が30度以上だった場合、数万度の高温の火の玉が街に落ちてきて、一面焼け野原になっていたかもしれないというのだ。 上空20キロで起きた原爆30個分の爆発 被害が最小限に留まった「2つの幸運」 もう1つは、落下した場所。隕石が落下した場所はチェリャビンスク州の中心街を通り過ぎて、人があまり住んでいないところだった。中心街で起こった建物の壁や窓ガラスの崩壊などの被害は、隕石落下時の衝撃波による二次的な被害によるものだった。 「上空20キロで原爆30個分の爆発が起こったと考えられます。万が一、落下地点に街があれば、数多くの被害者が出ていたはず」(高橋理事長) 中心街にいた人の証言では、「まるで太陽がもう1つできたようだった。マイナス14度の外気が真夏のような暖かさになった」と言われる。隕石が海に落ちていれば、周辺の海岸地域に津波の被害もあったかもしれない。 では、こうした隕石の被害を予防することはできるのだろうか。 現在、隕石の落下や天体衝突などによる甚大な被害を防ぐために、日本国内で対策を行なっているのは、スペースガード協会のみ。同協会は、天体衝突による災害から地球環境を護ることを目標として、地球に衝突する可能性のある小惑星、彗星をはじめとする地球近傍小天体の発見と監視を行なう。また、これらの天体に関する広範囲な研究の促進と、その啓蒙普及を図っている。 具体的な活動としては、岡山県苫田郡上齋原村にある上齋原スペースガードセンター内の観測施設で、レーダアンテナにより、高度1000キロメートル程度までの低軌道にある宇宙デブリ(役目を終えた人工衛星やロケットの一部分などの宇宙ゴミ)を観測し、その軌道を確認、落下地点を決定している。 また、岡山県・美星町にある美星スペースガードセンターでは、大型光学望遠鏡により、高度3万6000キロメートルの静止軌道近傍の宇宙デブリや地球に接近する小惑星を、365日にわたり、日の光が当たらない夜の時間帯に観測している。 世界に目を向ければ、世界中でスペースガード(隕石の落下など天体衝突などによる甚大な被害を防ぐ活動のこと)を行なっている観測施設はたくさんある。彼らが協力することにより、隕石の地上落下までに20時間の猶予があれば、正確な落下地点の推測が可能になる。その間に付近の住民を避難させれば、被災者をゼロにすることも不可能ではない。 対応を急ぐスペースガード協会 かくも難しい隕石の落下予測 しかし、今回は隕石の落下を予測できなかった。背景には、隕石のサイズが小さかったこと、隕石の軌道が太陽の方向だったため観測しにくかったことなど、いくつかの原因がある。 スペースガード協会も、ホームページで「検出可能な目標物体の大きさに限界があり、また、その個数は、本施設だけで全てを検出し切れないほど多数存在する」と説明している。 この問題を解決するためには、検出サイズを宇宙デブリでは数センチ、地球近傍小惑星では100メートル程度まで可能にする充実したシステムを、複数台設置することが必要だ。高橋氏は、「小惑星衝突は早期発見が第一。今回のような事態になる前に軌道を決定するため、これからも観測を続けていく」と決意を新たにする。 今回の隕石落下では、不幸中の幸いにより、最悪の事態を避けることはできたものの、一方で不運が重なり、落下前の観測には至らなかったという現実がある。隕石による被害をコントロールすることは、かくも難しい。 やはり、自然や宇宙の猛威に我々人間が抗うことは不可能なのか。さらなる科学技術の発展を待ち望みつつ、せめて日頃から頭上に注意しながら歩きたいものである。もっとも、隕石に襲われるのは確率の低い不慮の事故に遭うのと同じこと。気にしたところで、仕方がないとも言えるが――。
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