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第5回 巨大津波もリアルタイムに検出可能!
情報通信研究機構・宇宙環境インフォマティクス研究室【5】
2012年6月29日 金曜日 川端 裕人
宇宙天気予報の業務は、人工衛星の運用者や、様々な関係者に情報を提供するサービスとしての側面と、太陽活動に源を発した「宇宙天気」を深く知り、より正確な予報をするための研究、という2つの顔がある。
(写真:藤谷清美、以下同)
地上の天気予報なら、確立した数値予報モデルをもとに日々、観測し、予報をし続ける「現業」と、最新の気象観測技術やさらに洗練された数値モデルを考える研究業務は、ほぼ完全に分離しているのだが、ここではそこが未分化で、「予報すなわち研究、研究すなわち予報」といった印象がある。
長妻さん自身が、目下、研究者として取り組んでいるテーマは、地球の放射線帯の予測モデルだそうだ。
「宇宙天気予報は、地球上での気象予報と比べると50年ぐらい遅れているといわれています。一番大きな違いは数値予報の実用化です。数値予報の試みは、我々のグループでもやっているんですが、それを実際に実用として情報提供するところまではいっていません。シミュレーションで予想したものと、実際の観測とを比較して、合ってる・合ってないとかを調べている段階で、気象で使っているほどの成熟度には達していないんです」
今の宇宙天気予報は過去のデータの蓄積による経験知(あるいは統計知とでもいうか)に基づいている。もし、地上の天気予報のように適切な数値予測モデルをつくることができ、コンピュータで計算できれば、現在よりも正確な予報を出せるようになる。それを実現するために長妻さんは、まず地球をとりまく放射線帯を重点的に見ているそうだ。
「人工衛星を実際に運用している人たちのために、早めに使える情報を出そうということで、数学モデルに基づく放射線帯の予報モデルをつくっています。また、衛星が壊れたときに原因を調べるのにも役立つ精密な数値予測モデルも開発しています。大抵の衛星は自分自身がいる場所の宇宙環境の情報を持っていないので、壊れた時の原因追及にはやはりその衛星がいた所の宇宙環境がその時どうなっていたかを知りたいわけです。それを再現するような数値予測モデルをつくろうということで、仲間と一緒に取り組んでいます」
と同時に、思いもよらぬところで「宇宙天気予報」が地上の防災、減災に役立つ可能性があると聞いた。
2012年6月号特集「太陽嵐の衝撃」
本誌では宇宙天気予報の対象である太陽嵐の最前線をレポートしています。フォトギャラリーもあるWebでの記事の紹介はこちら。ぜひあわせてご覧ください。
東日本大震災の際、宇宙天気予報のための電離層の観測で、津波による海面の変動で発生した大気の波が電離層まで伝わり、水紋のように拡がっていく様子がはっきりと見られたというのだ。気象庁の津波情報は、基本的には「予報」であって、少なくとも初動では、津波の「波」が検知されているわけではない。それが、間接的ではあるけれど、電離層のリアルタイムの観測で、まさに津波の発生時点からの動きを捉えられていた、という。
「GPSのデータを使って電離層の電子密度を調べている研究者が、我々のチームにいるんですね。その研究者が、3月11日の大地震の後、電離層の変動をあらためて調べてみたら、地震が起こった時刻から始まって、水紋のような波が伝わっていく様子がはっきり記録されていたんです」
海面の動きが非常に大きいと、その影響が大気のさらに上層にある電離層に伝わり、電子の密度変化として検出できるというのは驚きだ。大きな津波なら、なおさらはっきりとわかり、予報ではなくリアルタイムの発生情報として活用できる。長妻さんの研究室では、GPSデータのリアルタイム収集や、電離圏の変動から津波発生を検出する研究が新たに立ち上がりつつあるところだという。
お話を伺って、総じて感じたのは、太陽から吹き出す放射線や紫外線やプラズマなどが織りなす「宇宙の天気」は、予報という「実用」の要請がある割には非常に若い研究分野である、ということだ。
さらには、地球と宇宙はつながっている、という当たり前のことも強く印象づけられた。
プロトン現象の人工衛星への影響、磁気嵐の誘導電流による送電設備などの社会インフラへのダメージ、さらには太陽活動と地球の寒暖の関係まで、すべて、我々が「宇宙天気」と無縁でいられない事実を示している。
太陽風という言葉は非常に詩的でもあって、『太陽からの風』(アーサー・C・クラーク)、『太陽風交点』(堀晃)といった傑作SFのモチーフにもなった。
そこでぼくも少しだけ詩情を交えて語るなら、太陽から吹き出す風は、波のような周期を持ち、地球の「岸辺」である磁気圏に常に打ち寄せて洗っている。時には、CME(コロナ質量放出)などに起因する大波がやってきて、砕けた波頭が海岸線に飛沫を散らすこともある。本当にこれは、たまにテレビでオーロラの映像を見て実感する以上に、日常的であり、「普通」のことなのだ。
太陽活動の影響がクリアにわかってきたのはごく最近だ
今現在、研究分野として若く、地球のまわりの「宇宙天気」をめぐる数値予測モデルが、実用レベルにないというのは、つまり、その「普通のこと」の理解が本質的なレベルに達していないということだろう。
長妻さんは言う。
「ほんの50年か60年前の人たちは、太陽からプラズマの風が吹いていることも知らなかったんです。大きなフレアがあると数日後に地球でも磁場の乱れがあるから、何か因果関係があるかもしれない、という推測程度でした。1960年代に人工衛星が上げられるようになって、それで、様々な太陽活動が地球に及ぼす影響のメカニズムが見えてきたわけです。それがここまでクリアになってきたっていうのは本当に最近のことなんですね」
本当に若い研究分野なのだ。
10年、20年後、おそらく我々は、今よりもっと「宇宙天気予報」を必要としているに違いない。その時のために粛々と予報し、研究を進める人たちの存在を、実に頼もしく感じたのだった。
おわり
長妻 努(ながつま・つとむ)
1967年、東京都生まれ。情報通信研究機構 電磁波計測研究所 宇宙環境インフォマティクス研究室研究マネージャー。博士(理学)。1995年、東北大学大学院理学研究科博士課程修了。大学でオーロラを研究したのち、太陽活動とその影響に興味を移す。現在は放射線帯の予報モデルや、人工衛星がいた場所の宇宙環境を再現する数値予報モデルをはじめ、宇宙天気予報の研究に従事している。『太陽からの光と風 -意外と知らない?太陽と地球の関係 (知りたい!サイエンス)』(技術評論社)、『総説 宇宙天気』(京都大学学術出版会)などの共著がある。
(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイトに掲載した記事を再掲載したものです)
研究室に行ってみた
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川端 裕人(かわばた・ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。ノンフィクションに、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)など。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン──銀河のワールドカップ・ガールズ』(ともに集英社文庫)は、4月よりNHK総合で「銀河へキックオフ」としてアニメ化される。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider
以前連載していた『川端裕人のゆるゆるで回す「明日の学校」体験記』はこちら
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120612/233250/?ST=print
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