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「ケネディ新駐日米国大使の着任とその最重要課題」(AFP - France24、DW English)
http://www.asyura2.com/12/idletalk40/msg/647.html
投稿者 無段活用 日時 2013 年 11 月 28 日 19:31:38: 2iUYbJALJ4TtU
 

(Caroline Kennedy, ambassadeur des Etats-Unis au Japon, rencontre l'empereur: AFP - France24)
http://www.france24.com/fr/20131119-caroline-kennedy-ambassadeur-etats-unis-japon-rencontre-lempereur


2013年11月13日18:27

キャロライン・ケネディ駐日米国大使が天皇に会う


(資料)2013年11月15日に撮影されたこの写真には、東京の西方・成田の成田国際空港で、駐日米国大使に新たに指名されたキャロライン・ケネディ氏が写っている。キャロライン・ケネディ氏は米国大使の職務を始める儀礼的な手続として、彼女の父が暗殺された50年目の記念日を数日後に控えた11月19日、明仁天皇に会う予定だ。AFP PHOTO / FILES / Yoshikazu TSUNO


キャロライン・ケネディ新駐日米国大使は、父親の暗殺50周年の記念日を数日後に控えた日である火曜日に、日本の明仁天皇に信任状を手渡した。2013年11月19日、キャロライン・ケネディ新駐日米国大使は明仁天皇に会った。


2013年11月19日、キャロライン・ケネディ新駐日米国大使は東京の皇居に行った。


AFP - キャロライン・ケネディ新駐日米国大使は、、父親の暗殺50周年の記念日を数日後に控えた日である火曜日に、日本の明仁天皇に信任状を手渡した。

ジョン・F・ケネディ氏の娘は2頭立ての4輪馬車で東京の皇居まで行った。東京の中央駅から皇居までの1.8kmの行程の間、彼女はずっと群衆の歓迎を受けていた。欧風の礼服で正装した皇居職員の一団が彼女に付き添った。

「彼女を見ることができて私はとても幸せだ。私は彼女の母ジャクリーンの大ファンだった」と、観衆の1人ハラダ・シズコ氏は喜んでいた。

質素なドレスを着用し真珠のネックレスを身につけた55歳のケネディ女史は、日本の国家元首・明仁氏に短時間会い、バラク・オバマ大統領が署名した信任状を手渡した。これは新任大使が赴任先の国に到着したときの慣習となっている行為だ。

「すばらしい式典だった。祖国を代表できて私はとても満足している」と、ケネディ夫人は式典のあと記者たちに心境を明かした。

また、「大使の仕事を早く始めたい」と思っているとも語った。

彼女の指名は日本で非常に際立った注目を引いたが、それは彼女が暗殺されたケネディ大統領の娘だからだけでなく、彼女が日本への強い思いを度々表明していたからでもある。彼女は1978年に叔父のテッド・ケネディ上院議員と来日しており、彼女の新婚旅行先も日本だった。

ケネディ女史の仕事始めとなるこの式典があった3日後に、彼女の父の暗殺50周年を迎える。1963年11月22日、ダラスでのこと。当時、彼女は5歳だった。

ケネディ氏は金曜日、夫であるエドウィン・シュロスバーグ氏と共に東京に到着した。ケネディ氏は、地域・外交・貿易面でいくつかの問題を抱える日米関係の強化したいと強い意欲を抱いている。

「私たちの2つの大国の間に存在する緊密な関係を強化するために働けることは、私にとって大きな栄誉だ」と、日本到着の時、彼女は記者たちに明言した。

その時の短いスピーチの中で、彼女は「私たちの同盟は、繁栄した平和な世界のために不可欠なものだ」と付け加えた。

ケネディ女史は駐日米国大使の職に就いた最初の女性だ。日本、その親密な同盟国である米国、そして、発展の最中にある中国の間で強い緊張が存在するこの時、彼女に外交経験がないことを不安がる人が一部にいるものの、日本では彼女の指名は歓迎されている。



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(Kennedy faces tough issues in first diplomatic post: DW English)
http://www.dw.de/kennedy-faces-tough-issues-in-first-diplomatic-post/a-17246303


外交

初の外交職で、ケネディ氏は困難な問題に直面する


米大統領JFK−50年前に暗殺された−の娘は、防衛・安全保障の問題、貿易、米軍基地の将来が新駐日米国大使としての最重要課題であると気づくだろう。




米国初の女性駐日大使キャロライン・ケネディ氏は、日本に来てからの1週間、日米2国間関係やより範囲の広い地域情勢の背景にある主要な諸問題について、大急ぎで説明を受けてきた。

彼女が上院での承認公聴会の前に要点をきちんと把握し、その結果、ワシントンで最も力ある紳士淑女から圧倒的な支持を受けたことは明らかだが、こうした問題のいくつかは数十年間だらだらと続いている一方で、ほとんど手に負えなくなったように見える問題もある。このような問題を全般的に進展させ、あわせてそれと同時に、アジア太平洋地域における最も密接な同盟国・日本への米国の関与を再び強調していくことが、彼女の仕事となるだろう。

11月19日火曜日、皇居の明仁天皇に信任状を呈示するために、ケネディ氏は精巧に作られた馬車の人となった−沿道では、賞賛高いケネディ大統領の娘を迎え入れたことに喜びを隠さない、多くの日本の群衆から歓声を受けた。


中国政府は南シナ海の広大な一帯の主権を主張し続けている


その翌日、彼女は次の正式な挨拶の相手として安倍晋三首相に会った。その時、中国の影響力の増大と北朝鮮の核武装によって生じた脅威を前提に、地域の安全保障に触れながら全般的な討論を行った。あわせて、現在交渉中の米国主導の多国間貿易協定である環太平洋協定についても討議した。

「あなたが東京に着いたので、私は日米間の関係をさらに発展させることを楽しみにしている」と、安倍氏はケネディ氏に語った。


2国間の最重要課題

その後、大使は岸田文雄外相と会い、続いて、11月21日木曜日に予定された小野寺五典・日本防衛相との会議で彼女が対応する最も厄介な問題の1つについて、詳細な検討を始めた。

ケネディ氏と小野寺氏はこの会議を利用して、沖縄県にある米海兵隊普天間飛行場について、沖縄島北東海岸の既存のキャンプシュワブにある施設を拡張して、同飛行場の機能の移転を行うという約束を改めて確認した。

しかし、日米両政府はいずれも普天間の閉鎖を決めているものの、地元住民と地方政府はキャンプシュワブへの移転に強硬に反対している。

部隊の移転−あわせて、これに関連する沖縄駐留部隊の韓国・グアム・オーストラリアへの移転−についての協定は2006年に最初に合意され、2014年までに実施するものとされていた。この期限について、日本のアナリストたちの話では米国はこの問題を無理強いしないよう賢明に対応するだろうが、現時点では達成は難しい。

「最初の数カ月間は、ケネディ大使は低姿勢を保つ必要があるだろう」と、 明治大学国際総合研究所客員研究員・奥村準氏は語り、キャンプシュワブを抱える街の市長選挙が1月に予定されていることを考えると、今は特に微妙なタイミングだと付け加えた。

「米国が選挙前に関与を強く主張すれば、沖縄県民の問題に差し出ると地元の人々に見られるだろう」と、奥村氏は語った。


中国のプレゼンスの増大

米軍基地の運命は、日米共同の課題としては2番目の問題として扱われる。攻撃性をますます強める中国によって引き起こされる、地域の安定に対する脅威の増大が1番目だ。

「私は上院の承認公聴会を前にした彼女の証言を見ていたが、彼女は尖閣諸島の問題について、米国国務省の公式な立場を表明していた」と、日本の統治下にあるものの中国も主権を主張している、東シナ海にあるこの島々に言及しつつ、日本・福井県立大学の国際関係論教授・島田洋一氏はDWに語った。

「この立場によれば、島々は[日本の]施政下にあるが、米国はこの領土に対する競合し合う主張にはいかなる立場もとっていない」と島田教授は語った。「この島々が日本の領土であることは明らかだと、彼女がもっと強い姿勢をとってくれることを、私は願っていたのだが。」

それでも、奥村氏は、ケネディ氏は最近の地域の緊張を和らげる任務を負うことになるだろうと強く考えている。

「とりわけ、中国の指導者たちが最近日本に対する敵意を抑えるようになり、また、島々の周りの水域での侵入行為が減ってきているように私たちには見えことから、米国としては、これ以上日本に中国とトラブルを起こして欲しくないと考えている。」

「民間セクターが貿易の問題で中国に手を伸ばそうとしており、安定の維持のためにそれは重要なことだ。そのため近い将来、日中間の問題が主要な懸念事項となることはないだろうと強く考える」と、彼は語った。


アジアの国々の大部分は、中国の攻撃的な軍事・外交活動にうんざりしていると、ブレア米海軍大将は語る


暖気は冷気に変わり得る

それでも、この2国間関係は危険に満ちており、どちらかの側が1歩足取りを間違えれば、暖気は再び冷気に変わり得る。

プラスの進展を米国政府が熱望しているもう1つの分野は、日韓関係だ。朴槿惠大統領が率いるソウルの保守政権は、同様に右寄りの東京の安倍晋三政権に一貫して批判的で、摩擦を生じている。

ケネディ大使が外交手腕を求められる3番目の分野は、TPP貿易協定だ。この交渉は、日本の米農家に差し伸べられた政府の支援や、日本車を米国の消費者の手から遠ざけておきたい米国の自動車業界の強い要望をめぐって、非常に厄介なものになると予想される。

奥村氏の考えでは、日米双方とも自由で制約のない市場の価値を促進したいと強く願っているので、対話は最終的には実を結ぶだろうが、米国通商代表部の交渉担当者たちはより強硬なアプローチをとる一方で、ケネディ大使はそれとは対照的に、ファシリテーターとしての役割を果たしていくだろう、ということだ。

そして、彼女自身の政治的傾向に係わらず、島田教授のような保守派でさえ、ワシントンが東京に送った新しい代表は、日米関係を前に進めるのに一役買うことができると楽観視している。

「彼女はリベラルだが私は多少保守的な人を願っていた。それでも、[バラク]オバマ大統領がケネディ氏を指名したのは悪い選択でなかった」と彼は認めた。「少なくとも、彼女は前任者より良くやってくれることを願っている。」


発表 2013年11月22日
記者 Julian Ryall, Tokyo
編集 Sarah Berning




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(投稿者より)

フランス24サイトに掲載されたAFPの記事と、ドイチェヴェレの英語サイトに掲載された記事です。誤訳があるかも知れません。ご容赦下さい。また、外国メディアの翻訳という性格から、両陛下について敬語表現は使いませんでした。これについてもご容赦いただきますようお願い申し上げます。

ルース前大使が悪かったとは思いませんが、マンスフィールド氏、フォーリー氏、モンデール氏など、駐日米国大使は政党幹部・主要閣僚経験者などのためのポストという印象が強く、これまで来た人たちがあまりにも大物だったために、日本国民には影が薄かったということだと思います。広島や長崎を米国を代表して初めて訪問し、東北の被災地にも率先して行ってくださった方でした。

地域の安全保障・沖縄問題・通商問題と、記者は3点項目をあげています。これはこれで大きな問題ですが、ケネディ氏が東京に赴任した意味というのは、そのような目先の話だけでないように思えます。目先の問題を最重要課題とするなら、専門的な見地から問題を見ることのできる人が東京に来たはずですが、経歴から見たとき、ケネディ氏は政治家・外交官というよりは、むしろ、教育者であり社会活動家です。

ここで視点を変えます。先日、ケリー国務長官が伝統のモンロー主義を捨てる方針を明らかにしています。この政策転換表明のスピーチは米国国務省サイトに掲載されていますが、米国が過去200年間にその裏庭でやりたい放題を尽くしてきたことをあわせて考えると、つまりは、反省して生き方を変え、今後の世代のためにラテンアメリカ諸国と誠実な関係を改めて作り直したい、ということのようです。

米国がやりたい放題を尽くしてきたのはラテンアメリカだけではありませんでしたが、中東にはロシアが仲介者として名乗りを上げ、シリア・エジプト・イランの問題が解決の方向に動き出しました。特に、イランについては、戦争屋さんのお金儲けのために、米国が「核武装」の言いがかりをつけることは今後なくなりそうです。シェールガス・シェールオイルの実用化により、中東に手を出す必要が米国になくなったのかも知れません。

また、イスラエルには言葉通りの袋叩きにあったケリー長官に代わって、オランド仏大統領がパレスチナイラン問題での仲裁に入っています。

そのような大きな転換の最中に、ケネディ氏は東京に来ました。米国はアジア重視の姿勢を示していますが、米国がそのアジアで1世代なり1世紀なりの時間枠で安定した影響力を行使していきたいなら、「安定」という理由でパートナーはやはり日本ということになるのでしょうか。長期的な視野に立って日本にその礎石を打ち込むのがケネディ氏の役割になるのかな、という気もしています。

それでは、どのような礎石を打ち込むのか、といったところで、これまでのやりたい放題の延長で、国家や国民がグローバル企業の下僕になっている現在の仕組みの延命を進めるものなのか、それとも、「人権」「民主主義」という共通の価値に真面目に立ち返り、さらに「いのち」に根ざしたものを共同で作り上げるのか、その辺りが今後の見所かな、とも思っています。

米国が生き方を変えるのなら、日本もこれまでの生き方を変え、米国にぶら下がる姿勢を変える必要はあるでしょう。

ところで、「やりたい放題」ということの関連で、安倍政権の特定秘密保護法案に対抗して「ツワネ原則」というものが出てきました。その発祥の地・南アフリカは、当時のマンデラ大統領が真実和解委員会という枠組みを作り、アパルトヘイト廃止後の国内情勢を大きな混乱もなく見事に収めました。犯罪は多いと聞いていますが、2010年にサッカーのワールドカップを成功させ、世界に力を見せつけています。その南アフリカで、国内法の整備に世界の識者がよってたかって加勢して作り上げたのが「ツワネ原則」らしいですが、これが世界のスタンダードとして今回やはり日本の国内法の検討に持ち出されたことに、象徴的な意味を感じています。

また勝手なことを書きました。改めてご容赦下さい。投稿先も、投稿者の勝手な思いつきから出たコメントが、真面目な政治の議論に相応しくないと思いましたので、「雑談」板にしています。

AFPの記事は、後日リンク切れになると思われますので、テキストを下に付しておきます。


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19 novembre 2013 - 18H27

Caroline Kennedy, ambassadeur des Etats-Unis au Japon, rencontre l'empereur


AFP - Le nouvel ambassadeur des Etats-Unis au Japon, Caroline Kennedy, a remis mardi ses lettres de créance à l'empereur Akihito du Japon, quelques jours avant le 50e anniversaire de l'assassinat de son père.

La fille de John F. Kennedy s'est rendue en carrosse tiré par deux chevaux jusqu'au palais impérial de Tokyo, saluée par la foule tout au long du parcours de 1,8 kilomètre, de la gare centrale de Tokyo au palais impérial. Elle était accompagnée d'un cortège de fonctionnaires du palais habillés en tenue de cérémonie de style européen.

"Je suis tellement heureuse de l'avoir vue. J'étais une très grande admiratrice de sa mère Jacqueline", s'est réjouie une spectatrice, Shizuko Harada.

Vêtue d'une robe sombre et portant un collier de perles, Mme Kennedy, 55 ans, a brièvement rencontré Akihito, chef de l'Etat japonais, pour lui remettre les lettres de créances signées du président Barack Obama, geste habituel lors de l'arrivée d'un nouvel ambassadeur dans un pays.

"C'est une cérémonie magnifique et je suis très flattée de représenter mon pays", a ensuite déclaré Mme Kennedy à la presse.

Et la même de se dire "pressée de commencer le travail d'ambassadeur".

Sa nomination suscite une attention toute particulière au Japon, non seulement parce qu'elle est la fille du président assassiné, mais aussi parce qu'elle a plusieurs fois manifesté son amour du Japon où elle était venue avec son oncle, le sénateur Ted Kennedy, en 1978, et où elle a effectué son voyage de noces.

Cette cérémonie d'entrée en fonctions de Mme Kennedy survient trois jours avant le cinquantenaire de l'assasinat de son père, le 22 novembre 1963 à Dallas. Elle avait alors 5 ans.

Accompagnée de son mari, Edwin Schlossberg, Mme Kennedy était arrivée vendredi à Tokyo avec l'ambition de renforcer l'alliance nippo-américaine concernée par divers enjeux régionaux, diplomatiques et commerciaux.

"C'est un grand honneur pour moi de pouvoir travailler à renforcer les liens étroits qui existent entre nos deux grands pays", avait-elle alors déclaré aux journalistes.

"Notre alliance est essentielle pour un monde prospère et pacifique", avait-t-elle ajouté dans un bref discours.

Mme Kennedy est la première femme à occuper le poste d'ambassadeur des Etats-Unis au Japon où sa nomination a été saluée, même si d'aucuns s'inquiètent de son manque d'expérience diplomatique à un moment de fortes tensions entre le Japon, proche allié des Etats-Unis, et une Chine en pleine ascension.

 

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コメント
 
01. 2013年11月28日 20:27:56 : LG0FUtT49g
大した記事ではなかった。もう少し何かつかんでいるのかと期待した。ケネディは親日イメージで触媒になるという程度だ。大使はあくまで本国と日本のパイプだ。

02. 2013年11月29日 03:17:39 : A4p3TOggSs
よく見ると汚ねえBBAだな、母親の醜さが遺伝したか。

03. 2013年11月29日 11:51:13 : yhcXe1ACTY
シナと半島とは戦争状態には入った。戦時国際法が適用される。外患罪も何時でも発動可能だ。偽名使ってる奴はゲリラで裁判なしの銃殺だ。新大久保の日本人攻撃してるやつらも外患罪で追討だ、自衛隊を出動させろ。

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