>>149 妄想性人格障害がどういうものか勉強してから言って下さい: 統合失調症・精神分裂病の特徴・症状と治療方法 2016/12/09
比較的、症状の重い精神疾患として知られている統合失調症の特徴、治療方法をドクター解説のもと解説しています。統合失調症はおよそ120人に1人の割合で確認されています。早期に正しい対処をすれば社会復帰は十分に可能です。
統合失調症・精神分裂病の特徴・症状と治療方法 こちらでは代表的な精神疾患のひとつである統合失調症の症状、治療法について紹介しています。 統合失調症とは 統合失調症というのは過去に精神分裂病と呼ばれていた精神疾患です。障害発病率は0.85%程度と比較的高めで、120人に1人が人生の中で1回は病気になる計算なのです。また、性別による発病率の差は特にありません。 発病のリスクファクターとしては、父親が高齢であること、冬生まれであること、幼年期の飢餓、などが挙げられますが、どちらかといえば生まれ持った遺伝的素因による部分が大きいと言われています。 ちなみに1980年にデンマークで行われた研究によれば、統合失調症の患者はがん死亡率が有意に低く、例えば統合失調症の男性患者は喫煙率が高いにも関わらず、肺がん発生率は健常者の38%であることが分かっています。このあたりのメカニズムが解明されれば、統合失調症の治療に大きな進展があるかもしれません。 ちなみに統合失調症を特別に重い病気と判断する必要はありませんが、患者の約1割が自殺しているなど、早期発見、治療が必要であることは間違いないでしょう。 主な症状と特徴 統合失調症の症状は大きく分けて、陽性症状と陰性症状の2つがあります。 陽性症状は、本来あるべきでないものがある症状で、「人に嫌がらせされている」「食べ物に毒が入れられている」などの被毒妄想、「自分は神様だ」などと言い出す宗教妄想など、内容は多岐にわたります。さらに幻覚、幻聴といった症状が妄想と混ざり「神の啓示を受けている」「電磁波が脳内を攻撃してくる」といった訴えを繰り返すこともあります。 陰性症状は逆に本来あるべきものがない状態。精神的なエネルギーの低下や感情を表すことができないなどの抑うつ状態に近い様相を呈します。 統合失調症になる前に現れる兆候としては、イライラしやすくなる、昼夜逆転など睡眠パターンが変化する、集中力が落ちる、奇妙な行動をとる、などがあります。 統合失調症の診断・治療法 統合失調症は、一般に精神科の医師による問診で診断されます。特に目立つ症状は被害妄想、幻聴の2つなので、こういった症状の有無を確認されるのが一般的です。 治療は主に薬物療法により行われます。最近では副作用が少なく、陽性症状と陰性症状の双方に効果を発揮する非定型抗精神病薬が主流です。リスペリドン(リスパダール)、オランザピン(ジプレキサ)といった薬品が有名です。 それに加え、個々の症状を緩和するため、抑うつ状態の患者には抗うつ薬、不安を感じている場合には抗不安薬、眠れない患者には睡眠薬を処方するなどの対応を行います。 薬物療法を補助するための方法として、心理療法、作業療法などが行われることもあります。 http://www.skincare-univ.com/article/006792/ 統合失調症の症状 妄想というのは,強固な信念で,明らかに間違っているのに決して訂正されず, 本人が確信しているものをいいます。私たちが,「あの人は私のこと嫌ってて イジワルしているのかもしれない...」などと半信半疑に思っているのは妄想とは 言いません。 例えば,
「○○が自分の才能を妬んで様々な嫌がらせをしてきている。 電話は盗聴されているし,電子メールも全てハックされている。 このままでは私の発明は全て盗まれて先に特許をとられてしまうに違いない」, こういうことを言っている人に「そんなことあり得ませんよ,大丈夫ですよ」 と忠告してあげると, 「いや,これは確実なことだ。証拠もある。さてはお前も〇〇の回し者だな!」 などと言われた場合,これはかなり妄想に近いと言えるでしょう。 http://www2f.biglobe.ne.jp/~yasuq/schizophrenia2.htm#14 パラノイアの例
ヴィルヘルム・ライヒ(Wilhelm Reich、1897年3月24日 - 1957年11月3日)は、 オーストリア・ハンガリー帝国のガリチア・ドブジャニツァ出身の精神分析家。 学生時代から精神分析について学び、敬愛するジークムント・フロイトからも指導を受けた。 初期フロイトの路線を強調した上で、精神分析に政治的な視点をもたらし、精神分析とマルクス主義を結びつけようと試みた。性的エネルギーの社会による抑圧からの解放を目指したが、その極端な思想や行動が嫌われ、後に精神分析協会からも共産党からも除名された。 1934年ナチス・ドイツのドイツ国からノルウェーに亡命、オスロ大学で性科学を 研究中滅菌した肉汁中の小胞バイオンと1939年バイオンの研究中オルゴンを発見、 アメリカ合衆国のテオドール・ヴォルフ博士の招きで渡米、ニューヨークに住む。 1940年メイン州レーンジュエリーに転居、支援者によりオルゴン研究所 「オルゴノン」でロバート・マッカローらとともにオルゴンの研究に取り組んだ。 1941年にはアルベルト・アインシュタインにオルゴノスコープ(オルゴン拡大鏡) でオルゴンを見せている。よく知られている物としては、オルゴン蓄積器 (オルゴン・アキュムレーター、蔑称としてオルゴン・ボックス、セックス・ボックスなどとも呼ばれた)という箱と1951年にラジウムとオルゴンの研究中発生したというオラナーとデッドリーオルゴンの雲をなくすため発明したオルゴン放射器のクラウド・バスターなども作成していたことがあげられる。 1954年、UFOを目撃DORを利用した侵略者の宇宙人の宇宙船と直感しクラウド・バスターで撃墜の必要を訴える。1954年にFDAにオルゴン・アキュムレーターの販売が、がん治療機を不法製造販売にあたると裁判を起こされ、裁判所の命令に従わなかったため、有罪判決を受け1957年投獄された。 精神分裂病(統合失調症)の可能性が疑われ、精神鑑定が行われた。オルゴンに まつわるいくつかの妄想的な言動がみられるが、その他の点では正常だったと いわれる。出獄することなく、1957年11月3日コネチカット刑務所で心臓発作で死亡した。 http://musical7.org/83948342838B8377838B83808145838983438371/ 身近に観察できるパラノイアの例
宇野正美講演会・傍聴記「反ユダヤ伝道師」かく語りき
7月20日(1995年)に、神田の日本教育会館・一ツ橋ホールで開かれた、 宇野正美氏の「1996年 国家存亡の危機が来る」という講演会を聴きに行った。 そうか。この人物が、H氏やA氏やY氏と並んで、「ユダヤによる世界支配の陰謀」 を唱えて、日本の言論界の一角で、異様な気炎をはいてきた宇野正美氏か。 この人が「ユダヤの陰謀」という恐ろしいテーマをひっさげて,もう二十年も言論 活動をやっている人なのか。もし本当に氏が「陰謀」なるものを暴いてしまった人 だったら、とっくの昔に殺されていないのはなぜだろうという疑問が脳裏をかすめた。 宇野氏ら陰謀評論家は、世界の一般民衆を操る支配階級の人びとの、さらにそのまたごく少数の限られた人びとの秘密クラブの存在を確信することから、自分たちの言論活動を開始する。 「1990年にバブル経済が破裂したあとの5年間で、世界で、日本で、〇〇、〇〇の事件がありましたね。 これは、〇〇が〇〇して、〇〇になったものでした。その背後に、世界を操る〇〇〇〇の存在があるのです」。 要約するならば、宇野氏の話は、このスタイルに終始している。 「〇〇という事実がありました。これは、皆さんもご存知のとおり〇〇〇〇だったのですが、これも実は〇〇〇〇がからんでいるのです」。 この語り口調は、なかなか小気味よいのである。そうか、あの事件も、この事件 も、やっぱり裏に秘密があったのか。自分もヘンだな、と思っていたんだ。 聴衆は、宇野氏の推理いつしかのめり込んでいく。開場は静まり返って、みんな真剣に聴き入っている。 いろんな厳しい人生経験を積んでそれなりの生き方をしてきたあとでも、人間はこの程度のホラ話に一気のめり込むことができるのである。 「この1月17日の関西大地震は、人工地震の可能性が、1%はあります」
「3月のオウム事件は、地下鉄サリン事件は、北朝鮮が裏で糸を引いているのです」 「最近起きたソウルのデパートの倒壊事件。奇妙でしょ。ビルの中央部分だけが、 一気に崩れ落ちるなんて。これは、低周波兵器でズーンと低周波をかけると、起こるのです」 この三年ほどで、宇野氏の考えは二つの点で大きく変化している。かつて文芸春秋系のネスコ社から出していた本では、単純素朴な、ユダヤの秘密組織による日本征服説が説かれていた。これは、若い頃からの氏の聖書研究と愛国感情が混じり合った産物だった。 最近は、 「ユダヤ人には、アシュケナージ・ユダヤ人というニセものがおり、スファラディ・ユダヤ人という本物のユダヤ大衆を抑圧するためにイスラエルを建国したのだ。 そしてこのイスラエル建国主義者たちがシオニストであり、国際陰謀をめぐらす諸悪の根源である」 という考え方をしている。 かつての論調ではフリーメーソン、ビルダーバーグ、イルミナティ、TC(米欧日三極会議)、CFR(外交問題評議会)などの秘密結社や国際機関と、ユダヤ人の秘密結社との関係がどうなっているのかはっきりしなかった。ところが、今回の講演では、「ザ・クラブ・オブ・アイルズ」というヨーロッパの旧来の王侯貴族達の裏結社が、これらすべての秘密クラブの上に君臨し、序列を作りそのずっと下の方で使われているのがユダヤ人たちである、という簡単な理論になっていた。 フリーメーソンやイルミナティなどの秘密結社の存在はさておくとして、TC (トライラテラル・コミッション、米欧日三極会議)は公然と存在する。
私は、「陰謀」の存在自体は否定しない。世の中に「陰謀」の類はたくさんあると 思っている。世界覇権国であるアメリカ合衆国の、政治・経済の実権を握っている支配層の人びとの間に、多くの「陰謀」があるのは当然のことだと思う。 そして、1990年以来の、日本のバブル経済の崩壊によって深刻な不況に陥っている現状は、やはりニューヨークの金融界が、日本の経済膨張を抑え込むために陰に陽に仕組んで実行したものであると信じないわけにはいかない。薄々とだが、ビジネスマン層を中心にこのような話は語られ広まっている。 私の友人のなかに銀行員が何人かいる。昔、いっしょに『ニューヨーク・タイムズ』紙の早朝読み合わせ会という勉強会をやっていた友人のひとりは、ニューヨーク駐在勤務から帰ってきた後に、私にははっきりと語ってくれた。 「ニューヨークの金融センターは、ユダヤ系の人びとに牛耳られており、彼らの意思に逆らうと商売ができない恐ろしいところだ」 彼は、宇野理論のような直接的なユダヤ陰謀論は説かないが、そのような傾向が 存在することを信じている。株式の大暴落を引き起こし、ついで地価の下落、そして円高による波状攻撃で日本の大企業の力を弱体化させ、日本国民の金融資産の 3分の1は、ニューヨークで解けて流れて、消失してしまった。日本の資産の運用先の大半は、その金利の高さゆえに、アメリカの政府債(TB、トレジャリー・ビル)や社債で運用されてきたからである。それが、円高で元金の方がやられてしまった。 http://soejima.to/souko/text_data/wforum.cgi?room=0&mode=new_sort 一番問題なのは統合失調症患者の妄想には理解者・賛同者が沢山現れる事なんだ: 洲本5人刺殺で死刑判決 裁判員「何が何だか…」 「完全責任能力の状態にあった」。2015年3月に兵庫県洲本市で男女5人が刺殺された事件で、22日に死刑が言い渡された神戸地裁判決。最大の争点となった平野達彦被告(42)の責任能力を巡り、判決は心神喪失状態にあったなどとする弁護側の主張を退けた。公判を通じて被告の口から繰り返された独自の世界観をどう捉えたらいいのか。裁判員は理解に苦しみながらも、重い決断を下した。
「何が何だか全く分からない状態でした」 判決後の裁判員の会見で、男性会社役員(53)=西宮市=は初公判をそう振り返った。 「工作員が脳をブレーンジャックして、殺害意思を持つように強制した」
「精神工学戦争を隠蔽(いんぺい)するために仕組まれた」 「工作員に仕組まれた犯罪」…。 公判を通じ、被告が展開する主張に、「自分の主観ではあり得ない話。でも、被告の中では存在するんだろうと考え続けた」と苦渋の表情を浮かべた。
30代の男性会社員=同=は公判で示された証拠に触れ、「被告と同じような考えを共有している人がいることや、関連した書籍があるのを見て、信じてもおかしくないのかもとは思った」。議論を経て、殺害は正常な判断に基づくと判断したが、一貫した持論に「責任能力の有無には悩んだ」と明かした。 この日、主文の朗読が後回しになり、平野被告は判決理由をじっと聞き続けた。「死刑」が言い渡されると、裁判長の言葉に小さくうなずいた。裁判員から見える表情はうつろだったという。 判決を受け、被害者の平野毅(たけし)さん=当時(82)=夫妻の遺族は「理解に苦しむ主張は聞いているだけで苦痛だった。反省も感じられなかった」とのコメントを出した。平野浩之さん=同(62)=ら3人の遺族は「判決が出ても元通りにはならない。せめて判断が被告に響いてほしい」とした。 2017/3/22 ____ 洲本5人刺殺 裁判員会見「達成感は全くない」
2015年3月の洲本5人刺殺事件で、殺人罪などに問われた平野達彦被告(42)に対する裁判員裁判の判決公判が22日、神戸地裁であり、求刑通り死刑が言い渡された。閉廷後、30代と50代の2人の男性裁判員が会見に応じた。主なやりとりは次の通り。
−死刑判決についての思いは。 30代男性 責任能力の有無で悩んだが、裁判員と裁判官と議論する中で、自分の考えがまとまった。判決に対しては、問題ないと思っています。 50代男性 命の尊さ、重さに対して、自分の1票の重さは感じました。 −電磁波攻撃やブレーンジャックなど、被告の発言、世界観は理解できたか。 30代男性 理解はできなかったが、被告のSNSとかを見ると、同調してコメントを打っている人も何人かいたので、実際、信じてる人が結構いるんだなというのが今回分かったことです。判決文にもあったように、多少なりとも、精神的に何かしら影響があったということですが、犯行に至った経緯では、正常な判断に基づくと思っています。 50代男性 自分の主観で言えば、(被告の世界観は)あり得ないんですが、フェアな目でいうと、被告の中では存在するんだろうなという観点でこの事件の真相を考え続けました。精神状態については、今回の公判では2人の鑑定医の鑑定だったが、精神科医の判断は千差万別に近いものがあると思う。ですから、2人の鑑定医の結果を精査して考えつくしましたが、今後、精神鑑定を必要とする裁判には、鑑定(の医師数や回数)をもう少し増やした方がいいのではというのが正直な感想でした。 −被告の世界観はどれくらいで理解できるようになったか。 30代男性 公判初日は理解できなかったが、何人かの人たちが電磁波攻撃があるというのを共有しているということと、(被告が紹介していた)書籍の二つで、(被告が電磁波攻撃などを)信じてもおかしくはないかなと思いました。 50代男性 ドラマに例えるなら、第1話は何が何だか分からない状態でした。2話から最終話までは(被告の考え方)ありきで考えました。 −公判を通じて、被告の表情や様子の印象は。 30代男性 全般的に、自分の意思が正しいと感じているような雰囲気で、意思は固いかなと思いました。被害者家族の質問時には涙ぐむ姿もあって、多少、被告の心に響くところがあったんだなと思いました。 50代男性 感情をほぼ出さない被告だったが、転機になったという彼女との別れについては、感情がこみ上げたような様子はあった。(事件発生直後に)警察官がファーストコンタクトをとった時に、(警察官の証言として)「不気味なくらい堂々として出てきた」というのがあったが、死刑を求刑されても落ち着いた表情だった。ただ、判決は、死刑が言い渡された時だけ、天を仰ぐまではいかないけど、うつろな表情で、視線が動いた。電磁波攻撃というか、彼の妄想を基に、話していることを本人は信用しきってるだろうなと。最終意見陳述の時も、最後の最後に、1時間もかけて自分の告発活動をしたことからも、そういう(自分の妄想を信じ切っている)部分がくみとれました。 −裁判員として、重大な判決をどういう思いで出したのか。遺族の声などをどう受け止めたか。 30代男性 責任能力のところが争点になるかなと思っていました。初公判で被告が言っていることは、何でこんなこと言っているのかなと思っていたが、評議することで、責任能力には問題ないと判断できました。ご遺族の方には残念だなと思いました。被告人は、ご遺族の質問に答えるべきなのに答えず、ご遺族は納得がいかなかった思います。 50代男性 (裁判を終えた)達成感は全くない。お茶の間で見てたら簡単に「死刑だろう」などと言えるかもしれないが、言えない。初公判の2月8日から、車を運転中も食事中もずっと裁判のことを考えていました。私の席からはちょうど法廷にいるご遺族全員が見えました。正直言って、ご遺族の姿はつらいものがありました。 2017/3/22 ____
洲本5人刺殺 精神鑑定の医師、責任能力「ある」
2015年3月に兵庫県洲本市で男女5人が刺殺された事件で、殺人などの罪に問われた平野達彦被告(42)の裁判員裁判が22日、神戸地裁であった。起訴後に同被告を精神鑑定した医師が出廷し、精神障害による妄想が事件の動機に影響したとする一方、「責任を取る意味での人格自体は保たれていた」と証言した。
医師によると、同被告は向精神薬「リタリン」の大量摂取を5年間続けたことで、2006年ごろに精神障害となり、妄想が出るようになったという。 医師は鑑定中に同被告が語った動機を紹介。当初は 「国家の回し者である工作員に報復し、その事実を裁判で明らかにする」 と話したが、4回目の面接になって、今回の公判でも同被告が主張する 「(電磁波兵器で脳を支配する)ブレインジャック」 を訴え、事件は自分の意思ではないと説明したという。 医師への質問もあり、検察側が「人格は保たれていた」という証言の根拠を尋ねた。 医師は事件前の同被告に暴力的なところがなく、同被告のボイスレコーダーに残された逮捕時の状況からも冷静だったことなどを挙げ、「思考が解体して物事が考えられないわけではなく、理性的に判断できる状態だった」とした。 (反原発派の)統合失調症患者の妄想はすぐに伝染する 感応精神病とは @ 精神病の感染 果たして、精神病というのは伝染するものなのだろうか。 人の心を操る寄生虫が出てくる小説(ネタバレになるのでタイトルは言えない)を読んだことがあるが、実際に見つかったという話は聞かないし、たとえ存在したとしてもそれはあくまで寄生虫病であって、「伝染性の精神病」とは言いがたいような気がする。 実際には、たとえば梅毒のように伝染性の病気で精神症状を引き起こすものはあるけれど、純粋な精神病で細菌やウィルスによって感染する病気は存在しない。精神病者に接触しても、感染を心配する必要はないわけだ。 しかし、だからといって精神病は伝染しない、とはいえないのである。 精神病は確かに伝染するのである。細菌ではない。ウィルスでもない。それならなんなのか、というと「ミームによって」ということになるだろうか。 妄想を持った精神病者Aと、親密な結びつきのある正常者Bが、あまり外界から影響を受けずに共同生活をしている場合、AからBへと妄想が感染することがあるのだ。もちろんBはまず抵抗するが、徐々に妄想を受け入れ、2人で妄想を共有することになる。これを感応精神病、またはフォリアドゥ(folie a deux)という。Folie a deuxというのはフランス語で「ふたり狂い」という意味。最初に言い出したのがフランス人なので、日本でもフランス語で「フォリアドゥ」ということが多い。もちろん妄想を共有するのは2人には限らないので、3人、4人となれば"folie a trois"、"folie a quatre"と呼ばれることになる。なんとなく気取った感じがしてイヤですね。 AとBの間には親密な結びつきがなければならないわけで、当然ながらフォリアドゥは家族内で発生することが多いのだけど、オウム真理教などのカルト宗教の場合も、教祖を発端として多数の人に感染した感応精神病と考えることもできるし、以前書いたことのあるこっくりさんによる集団ヒステリーも広義の感応精神病に含めることもある。 この感応精神病、それほどよくあるものでもないが、昔から精神科では知られた現象で、森田療法で知られる森田正馬も1904年に「精神病の感染」という講演をしている(この講演録が日本での最初の文献)し、その後も今に至るまでいくつもの論文が発表されている。 A 宇宙語で会話する夫婦 ← 恭子夫人は唯の詐欺かこのケースかどっちかな?
まずは精神医学1995年3月号に掲載されている堀端廣直らによる「Folie a deuxを呈し“宇宙語”で交話する一夫婦例」というものすごいタイトルの論文から紹介してみよう。 鍼治療の仕事を営む夫婦の話である。 夫婦は「温和で物静かな夫婦」とみられていたが、1986年8月中旬から、妻の方が「宇宙からの通信」を受け始めた。その内容は「病気はこうしたら治る」「宇宙から素晴らしい人がやってくる」といったものだった。また、それと同時に近所の人々によって嫌がらせをされるといった被害妄想も感じるようになった。 そして約1ヶ月後には夫も同様の被害妄想をもつようになり、宇宙からの通信を受け始めたのだという。妄想が感染したのだ。二人は治療を求める客に対して「あなたは価値のない人間だから」などといって断るようになる。昼間から戸を締め切り夜は部屋の電灯を一晩中ともして「宇宙からの使者を待つ」生活をして周囲から孤立していった。 そして約二年後のこと。今度は夫の方から「宇宙語」と称する言葉をしゃべりはじめ、半年後には妻も同調して二人は「宇宙語」で会話するようになったのだという。近所に抗議に行ったり通行人を怒鳴り追いかけるときにも「宇宙語」を発して近所の人々を驚かすこともあった。 宇宙語は中国語やスペイン語に似た言葉のように聞こえたとのこと。子供が3人いたが、感化されることもなく宇宙語も理解できなかった。 1991年、妻が通行人に暴力をふるう行為があったので妻のみが入院。妻は、医師に対して「宇宙語を喋るのがなぜいけないのか。人間のレベルが高くなったからしゃべるのだ」と反論し、同席した夫と宇宙語で会話。しかし入院翌日からは落ち着きが見られ話も通じるようになった。 入院3週間後より夫との面会を許可したが、笑顔で落ち着いた様子で宇宙語は話さなかったという。退院してからは「あのときは自分は一生懸命だったのです。今となっては過去のことです。通らねばならない過程だったと思います」と冷静に振り返ることができたという。 これは春日武彦『屋根裏に誰かいるんですよ。』にも紹介されている症例だが、おそらくこれは「愛」の物語だ。フォリアドゥの成立条件に「2人の親密な結びつき」がある以上、フォリアドゥの物語は、多くの場合、愛についての物語なのである。 この症例で興味深いのは、もともとの妄想の発端は妻だったのにも関わらず、「宇宙語」を話し始めたのは夫の方からだというところ。最初妻が妄想を語り出したとき、当然夫はとまどったことだろう。その時点で病院に連れて行ったり誰かに相談したりすることもできたに違いない。しかし、結局夫はそれをせず、妻の妄想世界を受け入れる。それはつまり、二人の間にはそれほどまでに深い結びつきがあったということだ。それから二年後、夫は、世界を与えてくれた妻に対し「宇宙語」を伝え、さらに二人の世界を広げるのである。 「宇宙語」はつまり、夫から妻へのプレゼントだったのかもしれない。 B 行者と女工
もうひとつ、篠原大典「二人での精神病について」(1959)という古い文献に載っている事例も紹介してみよう。72歳の女行者と25歳の女工の話だ。 まずは行者の方である。老婆は若い頃から信心に凝り、夫や子を捨てて住みこみ奉公をし、金がたまると神社仏閣を遍路するという生活を繰り返していた。いつのころからか病人をまじないし、狸がついているなどというので、昭和31年夏、I病院に入院させられた。病室の隅にお札やお守りで祭壇をつくり大声で祈り、ときどき気合いをかけたりしていた。 医師には「お稲荷さんもこの病院は嫌だといっておりますわ。いろんなことがありますが、いうと気狂いだといわれますさかい」と言っていた。 一方、女工は18歳で母を亡くし、継母とはうまくいかず、郷里を出て工場を転々とし、苦労を重ねていた。入院1ヶ月前、3年間つきあっていた男性から別れ話を持ち出された。 その後、ほかの人が彼女には無断で男から手切れ金を取ったり、すぐあとで別の男から結婚を申し込まれるなどの事件が重なり、発病。「不動さんの滝に打たれていると自然に首が振れだし、止まらなくなりました。不動さんが私に乗り移り問答できるようになりました。故郷に帰れとお告げがあったので荷物をまとめていると、手切れ金の噂をする声が聞こえてきました」。彼女は昭和31年秋に入院した。 1年後にこのふたりは同じ病棟で移る。すると2人はすぐさま一日中話し込み、ともに祭壇を拝み、女工は行者のお経を写すようになる。 このころ、女工は「私の病気の原因を知っていて治してくれたのです」「不思議な風が私をおさえつけもがいているときに○○さん(行者の名前)のお守りで楽になりました」と話している。 女工は、男に裏切られて以来始めて、信頼できる人に出会ったのである。このころの2人はまさに教祖と信者の関係であった。 しかしその関係は長くは続かなかった。いったんは救われたものの、行者の方が「腹の中にいる生き物がはらわたを全部食ったらおまえは死ぬ」「人を犯す霊がお前についている」などと女工を脅すようなことをいうようになり、女工は行者に不信を抱くようになる。 彼女は行者とは別に祈るようになったが、するとますます行者は怒る。結局3週間で2人は争い分かれてしまった。女工は言う。「○○さんは私を計略にかけたのです。○○さんは身寄りがないから私を治して退院させ、退院した私に引き取ってもらおうとしたのです」 その後1ヶ月して面会させたが、語り合わずまた争うこともなかった。行者はその後も変化はなく、女工は症状が消え3ヶ月して退院、故郷に帰っていった。 孤独な2人の、出会いと別れの物語である。 Cフォリアドゥの治療
この例でもわかるように、実はフォリアドゥには、鉄則といってもいい非常に簡単な治療法がある。それは、2人を引き離すこと。 もちろん最初に妄想を抱いた人物(発端者)は、多くの場合入院させて薬物などによって治療する必要があるが、影響を受けて妄想を抱くようになった人物(継発者)は、発端者から引き離されただけで治ってしまうことが多いのだ。 ただし、引き離す、という治療法は多くの場合有効だが、そうすれば絶対に治るとはいえない。 私がまだ研修医だったころのことだ。隣の家の朝鮮人が機械で電波を送ってくる、という妄想を抱いて入院しているおばあさんの治療を先輩医師から引き継いだことがある。 「自分が治してやろう」という意気込みは精神科ではむしろ有害なことも多い、ということくらいは知っていたが、まだ駆け出しだった私には、どこかに気負いがあったのだと思う。必死に薬剤を調整してみてもいっこうに妄想は改善しない。 万策尽き果てた私が、永年同居生活を送っている兄を呼んで話をきいてみると、なんと、彼の方も「隣の家の朝鮮人からの電波」について語り出したではないか。2人は同じ妄想を共有していたのだった。 これはフォリアドゥだ! 私は、珍しい症例に出会ったことと、そして先輩医師が気づかなかった真実にたどりついたことに興奮し、さっそく「鉄則」の治療法を試みた。兄の面会を禁止したのである。 しかしこれは逆効果だった。面会を禁止してもおばあさんの妄想はまったく改善せず、それどころか2人とも私の治療方針に不信を抱くようになり、治療はまったくうまくいかなくなってしまったのだ。 私は2人を一緒に住まわせるのはまずいと考え、兄のところ以外に退院させようと努力したのだが、2人とも態度を硬化させるばかりであった。 1. 今考えれば私の方針の間違いは明らかである。私は、妄想が残ったままであろうと、彼女を兄のところに退院させるべきであった。それが彼女の幸せであるのならば。私は「鉄則」にこだわるあまり、老人の住居侵入妄想はなかなか修正しにくいことを忘れてしまい、そして何よりも、永年2人だけで暮らしてきた兄に突然会えなくなった彼女のつらさに考えが及ばなかったのであった。 D古いタイプの感応精神病 ← 幸福の科学信者はこのケース
続いて、古いタイプの感応精神病の例を紹介してみよう。最近の感応精神病は「宇宙語」の例のように、都会の中で孤立した家族で発生することも多いのだが、かつては圧倒的に迷信的な風土の村落で発生することが多かった。例えばこんな例がある。 昭和29年、四国の迷信ぶかい土地の農家での話である。あるとき、父親が幻覚妄想が出現し興奮状態になった。そのさまを熱心にそばで見ていた長男は2日後、父親に盛んに話しかけていたかと思うと、次第に宗教的誇大的内容のまとまりのない興奮状態に発展し、互いに語り合い感応し合いながら原始的憑依状態を呈するに至った。 父親は妻、娘など一家のもの6人を裏山に登らせ裸にさせて祈らせ、大神の入来を待った。長男は家に残り夢幻様となって家に放火。一同は燃え崩れる我が家を見ながら一心に祈りつづけた。父親、長男以外も一種の精神病状態にあった。 悲惨な話だが、どこかゴシック・ホラーの世界を思わせないでもない。 これがさらに拡大すると、村落全体が感染するということもある。 青木敬喜「感応現象に関する研究(第1報)」(1970)という論文に載っている例だが、これはフォリアドゥというよりむしろ、以前書いたこっくりさんの例のようなヒステリー反応とみなすのが適当かもしれない。 昭和11年、岩手県北部にある戸数40程度の集落での話である。 発端となったのは35歳の農家の妻Aである。昭和11年5月、夫の出稼ぎ留守中、頭痛や喉頭部の違和感を感じるようになり、また身体の方々を廻り歩くものがあるような感じがするようになった。あちこちの医者を回ったがなんともないといわれるのみで一向によくならない。 どうも変だと家人がいぶかしんでいる間に、患者はときどき「鳥が来る。白いネズミのようなものが見える」などといったり、泣いたり騒いだりするようになった。家人はこれは変だと患者の着物を見ると、動物のものらしい毛がついている。これはイズナに違いない、と12キロほと離れた町の祈祷師Kに祈祷してもらったところ、たちまち発作状態となり、さらに発作中に自分は集落の祈祷師Tのもとから来たイズナであると言い出したのである。 その後もこの患者は発作を繰り返すようになり、多いときには一日のうちに数回起こすようになった。 さてAの近所に住む農家の妻BとCも、昭和11年5月頃から喉の違和感を覚えるようになる。12月にはBの夫がBに毛が付着しているのを発見している。BとCは例の祈祷師Kのもとを訪れ祈祷してもらったところ、祈祷中に2人は急に騒ぎ出し、「Tから来たイズナだ。Tで育ったものだ」と言い出す。 こうして昭和12年4月までの間に続々と同様の患者がこの集落に発生、ついにその数は10名にのぼった。事件は集落をあげての大騒ぎとなり、「集落は悪魔の祟りを受けた。なんとかして悪魔を滅ぼさねば集落は滅んでしまう」と不安と緊張が集落にみなぎるにいたる。 こうしたなか、本当にTの祈祷のせいなのか確かめようじゃないか、という動きになり、昭和12年8月20日午後3時ごろ、集落の共同作業所に患者10名を集め、集落の各戸から1名ずつ、合計四十数名の男たちの立ち会いのもと、TとKのふたりの祈祷師の祈祷合戦が繰り広げられることになった。 まず疑いをかけられているTが祈祷をするが患者は何の変化も示さない。次にKが祈祷すると、約10分くらいして患者たちはほぼ一斉に異常状態となり、「Tから来たTから来た」と叫ぶもの、「お前がよこした」と激昂してつかみかかるもの、「命をとれといわれたが恨みのないものの命をとることができないからこうして苦しむのだ。苦しい苦しい」と泣き喚くもの、ものもいえず苦しげにもがいているものなど憑依状態となり、まったく収拾のつかない大騒ぎとなった。 このため、これは確かにTの仕業に違いないと集落のものは確信を抱き、Tに暴行を加え、T宅を襲って家屋を破壊した上、村八分を宣言したのである。 さらにその約1ヶ月後のことである。集落の各戸から1人ずつ男たちが出揃ったところで副区長が「イズナが出ないようにするにはイズナ使いの家に糞便をふりかければイズナは憑くことができないという話をきいた。どうであろう」と提案した。 すると、一同は一も二もなく賛成し、そのまま四十数名が暴徒と化し、大挙してT宅に押しかけ、雨戸を叩き壊して座敷になだれ込み、糞便をかけ、Tをはじめ家族の者を殴打、重傷をおわせてしまった。 これまたものすごい事件である。ただ、「宇宙語」の家族は隣にいてもおかしくないように思えるが、こちらはわずか60年前の事件とは思えないくらい、私には縁遠く思える。 集落全体が外部から遮断された緊密な共同体だった時代だからこそ起こった事件なのだろう。こうした共同体が減ってきた今では、このような憑依型の感応精神病はほとんど見られなくなっている。 E 家庭内幻魔大戦
さて今度はまた篠原大典「二人での精神病について」(1959)から。家庭内の騒動が、宇宙的規模での善悪の戦いにまで発展していってしまうという、興味深い物語である。 昭和31年5月、Kという呉服商が相談のため京大精神科を訪れた。 彼の話によれば、昭和23年に妻と長女、三女が彼と口論をしたあと家出。しばらくして帰宅したが帰宅後はことごとく彼と対立、離婚訴訟を起こした上、妻と長女は前年から二階の一室にこもり、ときどき外出して彼の悪口を言い歩くが、一見正常に見えるから始末に困るという。なお、別居中の義母も妻とは別に彼を悪者扱いしているという。 そこでこの論文の著者らはただちに母と娘を閉鎖病棟に収容した。現在の常識からすればこれくらいのことでなぜ、と思えるが、当時はそういう時代だったのだろう。入院後も2人が協力して反抗してくるのでただちに分離したという(「鉄則」の通りである)。 さて母子の入院後、2人の部屋からは数十冊にも及ぶ膨大なノートが発見される。そのノートには、驚くべき母子共通の妄想体系が詳細に記されていたという。その記述によればこうだ。 宇宙外にある「大いなるもの」から一分子が月に舞い降り、さらに地球に来て母の肉体に宿った。太陽を経て地球にきた分子は長女に、ある星を経て来た分子は三女に宿った。彼女らは肉体は人間の形をしているが、魂は大いなるものの一部であり、月や太陽の守護のもとに人類を救済する使命をもち、「宇宙外魔」の援助を受けて彼女らをおびやかす悪の根源である夫Kを撃滅せねばならない! 家庭内幻魔大戦というか、家庭内セーラームーンというか、とにかくそういう状態なのである。ここで、仮に母を月子、長女を陽子、三女を星子と呼ぶことにし(実際、論文にそう書いてあるのだ)、2人が書いた手記をもとに、この妄想体系が完成されるまでの経過をたどってみる(以下斜体の部分は手記の記述による)。 Kは苦労人で丁稚奉公のあと、月子と見合い結婚すると暖簾をわけてもらい東京で呉服店を開いた。一方月子は貿易商の長女で甘やかされて育ったせいもあり、派手でだらしなく浪費癖があり、夫とは常に対立していた。2人の間には4人の子どもが生まれる。長女陽子、長男、次女、三女星子の4人である。 長女陽子は自然が好きな子どもだったが、人間は嫌いで、幼稚園の頃は太陽の絵ばかり描いていた。「父は些細なことで怒り赤鬼のようになって母を叩き、耐えている母をみて母の尊いこと」を知った。 父と母の争いにまきこまれ、成績があがらず落胆し、学校も家庭も憎み、「よく裏庭に出て月や星を仰いで」いた。5年生のときにH市に疎開、終戦までの1年間は父のいない楽しい生活を送ったが、終戦後父もH市で商売を始め、再び母との争いに巻き込まれることになった。 しかも、中学から高校にかけては父の命令で、妹たちとは別に祖母のいる離れで寝なければならなかった。祖母は向かい合っていても何を考えているかわからない人で、「父が悪事を企んでいる」と真剣な顔で陽子に告げるのであった。 この祖母も分裂病だったと思われる。陽子の手記によれば「父から物質的恩恵を受けながら父を愛せませんでした。そのことを深刻に苦しみましたが、誰も理解してくれませんでした。知らず知らず孤独を好み、しかし一方では自分が頼りなく誰かに頼らねば生きていられませんでした」。そして高校1年のときある事件が起き、それ以来彼女ははっきりと父を敵とみなすようになるのである。 その事件については陽子の母月子の手記をもとに見ていこう。 昭和25年、月子と陽子はKの弟の家で軽い食中毒を起こす。このとき月子の心に最初の疑惑が生じる。 昭和27年、月子は夫の甥が陽子の部屋に無断ではいるのを発見し、夫に告げるが「夫は全然取り合わないのである。私は夫の仮面を見たような気がした」。 昭和28年1月、陽子は腎臓疾患にかかり、月子は離れで陽子を看病するが、Kが離れに出入りしたあとは必ず容態が悪化することに気づいた。 「ここに至っては夫が陽子に危害を加えていることは明らかである。私は夫と甥に警戒の目を向けた。家の中は自ら疑心暗鬼、一家をなさず私と陽子対夫と甥の目に見えない対立が生じ、間に入ったほかの子どもたちはおろおろするばかりである」。 長男は中毒事件までは母についていたが以後父に従い、次女は最初から父の側、三女星子はほとんど母についていたが、終始母に批判的であったという。 28年3月、月子は飼い犬のえさのことで夫とひどい口論をしたときに夫に「何か一種の妖気を感じた。私は今までの夫にないものを見たのだ。以後奇怪な事件は連続して起こっていった。私たちは身体に異常を感ずるが、くやしいことにその根源を科学的に実証できなかった。しかし害を加えられるところにとどまることはできない」 彼女たち3人は家を出て警察などに訴えまわり、3ヶ月後に帰宅した。 「家に帰ると陽子は身体がしびれて動けぬという。奇怪だ。しかしある夜、私はその正体の一部を見た。私が陽子を看病していると、といっても病気ではない。見守っていると、はなれとの境目の板塀の節穴からさっと私たちに向かって青白い閃光が走った。私も陽子もしびれるような異常を感じた。相手は見えざる敵である。あるときは右隣、あるときは左隣から来た」 やがて29年になる。「私は陽子を連れて二階に引きこもることにした。疑いを持った人とともに生活することは無意味だからである。そしてこの不可解な事件をどう解決するかということに専念した」 家出前後の事情は娘陽子の手記にも書かれている。 「腎臓炎になってから不思議なことが次々と起こり、布団が非常に重く感じられ、時計の音が大きく響きました」 「父が薬を飲ませたとき、味が妙だと思いましたが、あとで毒を入れられたのでそれで病気が治らなかったのだとわかりました」 「父に殺されるといったのは私で、家を出ようといったのは母です」 「隣の家から光線が出て2人とも気持ちが悪くなったこともあります」 「H先生(遠縁にあたる絵の先生で、彼女の片想いの対象)に何度も危険を訴え、殺されたら裁判所に訴えてくれと頼みました」。 笑っちゃいけないのだが、月子の手記がなんだか妙にB級ホラーサスペンスタッチなのがおかしい。母子と父の戦いはいったいどうなるのか。 昭和29年になると、母月子と長女陽子は2人で2階で暮らすようになる。陽子の手記によるとこうだ。 「母と2階で生活し、父が来ると追い返し塩を撒きました」 「私が買い物に出て家の周りのことを母に伝え、対策を考えてはノートで敵を攻撃しました」 「ノートで敵を攻撃」というのがどういうことかというと、つまり呪文による攻撃なのである。母のノートには「神不可抗、我等と敵魔外魔との反発源を白光通像の中へ密着入せよ」などとあり、娘のノートには 「さしもかたき暗黒の魔星、四方に砕けて、たちまち無くなれり。彼方より尊き神の御光、仰げ白光たえなる神を」とあった。 また、「敵撃滅敵撃滅敵撃滅……」という呪術的文句も延々と繰り返されていたという。ここにきて、事態は家庭内呪術戦争の様相を呈する。 昭和30年、ついに2人は「大いなるもの」と接触する。 「『ご自身の世界に一度顔を出してください』と太陽から聞こえたり、大いなるものから『来たければおいで』と知らせてくれました。 体がしびれたとき、目を閉じるとダイヤモンドのようにきらきら光るものが見え、母に話したら大いなるものだといいました」。 きのう書いたとおり、困り果てた父親が精神科を訪れたのが昭和31年5月。そして2人は入院することになる。 入院3日目より陽子は「壁の後ろから父に命令されたものが電波をかける」と訴え、母の名を叫びながらノートにも 「お母さんお月さんはありますね」 「お母さんを離れては私はありません」 「お母さんの心は私の心、一心同体とお母さんは言いましたね」 などと書いた。母と会わせると抱き合って 「月と太陽が……あいつと宇宙外魔が……」と語り合っていた。 入院第1週から月子は「私の伝記」を書き始める。これが今まで引用してきた手記である。 第2週、娘は 「新しい素晴らしい世界ができる。その主となるのは私」 「地球も宇宙も月も捨ててしまう」 「月も太陽も出ない。宇宙を逆転させて、しめたといったのは誰だ」 と緊張病性興奮をきたし、父と面会させると 「あれは亡霊です人間ではありません」と逃げ出した。 主治医はつとめて妄想を肯定するように対応したが、すると彼女は主治医とH先生(きのうの記述にも出てきた、陽子が片想いしている絵の先生である)を人物誤認し、 「太陽は自由だった。太陽に飛んでいきたい。しかし地上にも幸福はある。それはH先生」 と書いている。この頃から興奮は鎮まり、第3週から手記を書き始めている。 母の症状はなかなか改善しなかったが、第6週には娘は父の住む家に外泊、父は案外やさしい人だといい、逆に母を説得さえするようになった。「入院はいやだったが、病気が治りかえって自由になった」と書いている。第8週に母はなんら改善されずに退院。第10週に娘も母と別居し父と暮らす約束で退院した。 しかし、話はここでは終わらない。陽子は1ヶ月ほど父と生活したが、H市の母のもとに手伝いに行ったのをきっかけに、ふたたび母と二階の一室で暮らすようになる。ときどき帰る父と母の緊張、H先生への恋を母に禁止されたことなどが誘引となり、10ヶ月後、再び陽子の症状は悪化してしまう。 昭和32年4月、陽子は京都にH先生に似ているというある俳優の撮影を見に来ていたが、その俳優が殺されるシーンになると不安になり、ハンドバッグから持ち物を出し、次々と太陽にすかし池に投げ込んだ。かけつけた父を罵りますます興奮するので、主治医が呼ばれて行った。 「よい月が出ているから安心しなさい」と主治医が言うと一応鎮まり、 「二次元と三次元の世界のどちらを選ぶべきですか」と質問したという。 かくして陽子は再入院。第1週には 「人間なんか信用できないから地球に未練はない。あの汚らわしいやつ。人間のできそこない、あいつは絶対に許されない。神でもないのに神のつもりでいるのだ。あいつは物質的恩恵を与えたつもりでいるけれど、太陽によって成り立った物質はあいつのものとはいわせぬ」 「私の元の世界は宇宙の外にある。お母さんが帰らなければ私だけH先生を連れて帰ってしまう」 などと話していたが、2週目以降はやや現実的になり、母親と離れることの不安やH先生への思いを語るようになっていった。 入院2ヶ月後にLSDを服用させて妄想を発現させたところ(驚くべきことに、昔はそういう治療法があったのである)、1時間後強迫的に笑い出し、 「ケセラ・セラの歌は私がお母さんに頼っていたことに対する警告だと思います。お母さんを捨ててH先生と結婚します」 といい、2、3時間後には「先生! オールマイティになってください」と主治医に寄りかかる。一人で立たないといけないと突き放すと不安がつのり 「空に飛びたい。元の世界に帰る」と机の上に乗って飛ぼうとする。 しかし飛べずに興奮し始め、 「過去も現在もなくなってしまえ」 と叫びながら主治医にH先生になってくれと懇願する。主治医がうなずくと次第に静まっていったという。 念のため言っておくが、これは今じゃとても考えられない荒っぽい治療法である。 ともかく、入院4ヶ月目に陽子は退院。以来京都で父と暮らし洋裁学校に通うようになったという。 論文の著者はこう結んでいる。「母からH先生へ、そして主治医へ、退院の頃には主治医から父へと陽子の依存性は次々と移され、その程度も弱まり遂には精神的独立を決意するに至っている。かくて主治医を通じて父との新しい人間的結合を生じ、母から分離したのである」。 つまり主治医は、陽子の分離不安をいったん自分で引き受けることによって治療を成功させたわけなのだけど、これも下手をすれば主治医が妄想に取りこまれないとも限らないわけで、けっこう危険を伴なう治療法だと思うんだけどなあ。ま、結果よければすべてよしですが。 F フォリアドゥと家族
さて最後にちょっと違った視点からフォリアドゥを見てみよう。共同生活をしている家族などの中で狂気が伝染していくというのは、確かに気味の悪い現象ではあるのだけれど、ある意味、感染して同じ狂気を共有するようになった人は幸せといえよう。
抵抗をやめて吸血鬼(or屍鬼orボディスナッチャーorボーグ)になってしまえば楽になるのと同じようなものだ。 それでは、狂うことができなかった家族はどうなるのだろう。 家族を正気に戻すために戦う? 家族を捨てて逃げる? 映画ならともかく、現実にはどちらもよほどの覚悟がないとできそうにない。それに、もし、戦うことも逃げることもできない無力な子どもだとしたら? 家族は狂気を共有することを強要するだろう。暴力も振るうかもしれない。狂うこともできない子どもは家族からの虐待に耐えつつ、ただひとり孤立するほかあるまい。狂気に陥っている集団の中では、正気を保っている人物こそが狂人なのである。 これは、狂気に感染した家族よりもはるかに悲惨なんじゃないだろうか。しかし、どういうわけか、これまでの文献は、感染した家族には興味を示すのに、狂気に陥らなかった家族についてはほとんど触れていない。「宇宙語」の論文でも、感染しなかった子どものことはほとんど書かれていないし、「家庭内幻魔大戦」の論文でもそうだ。無視しているといってもいいくらいである。 このへん、精神医学という学問の偏りがよく現れていますね。派手な精神病症状には興味を示すくせに、狂気を耐え忍んできた人の心にはまったく無関心。今でこそPTSDなどが話題になってきているけれど、つい最近までの精神医学はこんな具合だったのだ。 フォリアドゥそのものではなく「狂えなかった家族」に焦点をあてた文献はあまりないのだが、それでも皆無というわけではない。酒井充らによる『いわゆる被虐待児症候群の事例化』(社会精神医学1987年12月)という論文から事例を引いてみる。 発端者は母親であったらしく、結婚前の18歳ごろから 「近所の人たちが自分のことをバカにして笑っている」 とくってかかるなどの行動があったという。21歳で結婚するが、しだいに夫も妄想を共有するようになり、次男Kが生まれた頃には、夫婦そろって近隣といざこざを起こし転居を繰り返していた。 次男のKは4歳のときに幼稚園に入園したが、両親はKが保母に不当にいじめられているという被害妄想を抱き、中途退園させてしまう。またその頃父から「家族は家族だけでやっていくから、もう二度と外の人とは遊ぶな」と言われ、子どもたちは外出を禁じられるようになる。 6歳でKは小学校に入学するが、やはり父は担任の家に電話してどなりつけたり、教育委員会に抗議に行ったりしていた。まもなく両親はKの登校を禁止。Kが登校しようとすると、両親、ときには兄も加わってベルトで鞭打つ、金槌で殴りつける、煙草の火を押しつける、鉄パイプで眼を突くなどの身体的虐待が加えられた。そのため、小学3年生以降はほとんど学校に出席できなくなった。 他の兄弟は親に従ったがKだけは抵抗したため、Kは親の言うことを聞かない子として、兄に行動を監視され、他の家族員から仲間はずれにされていた。Kは自宅内で一人で教科書や本を読みながら過ごすようになる。 12歳、中学校に進学したが一日も出席できず、学校から自宅に届けられた教科書で勉強し、父に命じられて自宅の敷地内の草取りをしたり、自宅内で飼っている豚の世話をしたりしていた。 この頃から、両親の近隣に対する被害妄想はますます強くなり、両親は自宅周囲をトタン板で囲い、月に一、二度のリアカーでの買い出し以外外出をしなくなる。 外出のときには両親はカメラやテープレコーダーを持ち歩き、「いやがらせの証拠」を探していたという。その際にもKは外出を許されず、父から訪問者の声の録音を命じられていた。 15歳ごろより、Kはマンガ家になりたいと思うようになり、マンガの添削教育を受け始める。しかし両親は「マンガなど描くのはやめろ。豚の世話をしろ」と反対し、Kの描いたマンガを破き、届いた郵便物を焼き捨てる。反抗すると、両親はKに暴力を加えた。 Kは両親の妨害を避けるため、自宅の隅に家具やガラクタを積み上げて「バリケード」を築き、その中に閉じこもってマンガを描くようになった。Kの態度に父は逆上、バリケードに灯油をぶちまけて火をつけ、自宅は全焼、Kは右半身に火傷を負い、翌日外科病院に入院した。 入院したKは病院で植皮術を受ける。しかし、手術痕の回復に従い、問題行動が始まった。看護婦の体に触る、夜間徘徊して眠らない、注射・服薬を拒否するなどの行動を繰り返し、病院側から治療半ばにして退院させられてしまう。 病院は通院治療を勧めたが、父は「一旦家から離れた者は家族ではない」といって、Kを父の信奉する宗教施設に預けた。 しかしKはそこでも問題行動を起こし、自宅に帰された。両親はやむなくKを家に置くことを許したが、やはり自宅外への外出を禁じたため、Kは再びバリケード内にこもった生活を続けることになった。 痛ましい話である。Kにとってはまさに地獄のような家だったに違いない。15歳で入院し、家から離れたときになぜきちんと助けを求めなかったのかと不思議に思う人もいるかもしれないが、それは無理な話だろう。 それまで家族以外との接触がほとんどなかったKには、他者とうまくコミュニケーションをとることができなかったのだろう。 さてこのあと、Kは意外な方法で地獄からの脱出を図る。 17歳頃になると、Kは両親が話しかけても「あなたは誰でしゅか」などと幼児語しか話さなくなり、昼夜かまわず奇声を発するようになった。 また布団の上や鍋の中に大小便をしたり、糞尿を身体をなすりつけて転げまわるなどの異常行動が徐々に激しくなり、両親も対応に困り、翌年11月、救急車で精神病院に入院することになった。 入院したKは、主治医の質問も待たず一方的に喋りだし、 「親から離れて入院できたのは本当にラッキーでした。でも僕は本当のことは言いません。狂気を装っているんです。催眠療法してもだめでしょう」 とうれしそうな表情で話した。入院前の異常行動については 「親が鉄パイプで殴ったり、僕のものを燃やしたりするのが鬱積して、精神病の方へ出ちゃったんです」 「虐待ばかりで学校へも行かせてくれず、訴訟ばかりしている親に反抗して、家から脱出したいと思って、親の方から僕を嫌いにさせようとして狂うふりをしたんです」という。 また「これは父にやられた、ここは母にやられた」と体中の傷痕や火傷痕についてしきりに説明した。 病棟では他の患者や看護婦に一方的に話しかけ、苦情が出るほどだった。また自分の要求が通らないと大声でわめきちらし、逆に強く注意されるとその場で土下座して謝ったりと、周囲の人たちとどのように接したらよいのかわからない様子だった。 両親への憎悪は強く、「もう自宅には戻りたくない。親戚に連絡して引き取ってもらいたい」と要求。入院が長引くにつれ、 「自分の親は被害妄想狂です。だから僕ではなく親のほうを入院させて下さい」と攻撃的な口調で退院を要求した。 一方両親は、入院時「一生退院させない」と言って面会にも現れなかったが、月に2、3回の手紙は必ず送って来た。 Kは両親が「被害妄想狂」である証拠として、主治医に手紙の一部を見せた。手紙は、警察や近隣、福祉事務所などへの被害的内容が主で、当初は病院に対して好意的だったが、徐々に 「病院も警察とグルになって一家をバラバラにしようとしている」 と被害妄想の対象になっていった。そして、それとともにしだいにKの退院を認めてもいいとも書くようになっていった。 翌年7月、突然父が病院を訪れ、Kを自宅に引き取りたいと申し入れ、即日退院となった。その後もKは以前のように自宅に閉じこもった生活を続けているようだが詳細は不明だという。 こうして、Kは結局地獄の家に帰ってしまうのである。おいおい、そりゃないだろ、と思うのは私だけではないはずだ。 Kが本当に狂気に陥っていたのか、それとも本人の言う通り狂気を演じていたのか、この論文でははっきりとした結論は出していない。 それでも、Kは、両親の狂気に対して、それを上回る狂気という奇策によって脱出を図り、必死に助けを求めてきたわけだ。そんなKを、父親に言われるままにあっけなく自宅に引き取らせてしまっていいんだろうか。いくらなんでもこの結末はないだろう。 確かにこの患者は未成年でもあることだし、普通は親が退院させたいと言えば、法的には退院させるほかはない。たとえ親の方がおかしいと思おうが、この両親を無理矢理入院させるわけにはいかない。でも、このような場合には何かほかの方法があったんじゃないかなあ(例えば親戚に介入してもらうとか)。 この論文は、「今後はさらに、本事例児のみならず、他の兄弟の発育についても、慎重に経過を追う必要があると思われる」と結ばれているのだが、本当にそれだけでいいのか? その後この家族がどうなったのか、気になって仕方がないのだが、残念ながら続報は発表されていない。 http://homepage3.nifty.com/kazano/folie.html 統合失調症とは 統合失調症の症状 妄想というのは,強固な信念で,明らかに間違っているのに決して訂正されず, 本人が確信しているものをいいます。私たちが,「あの人は私のこと嫌ってて イジワルしているのかもしれない...」などと半信半疑に思っているのは妄想とは 言いません。 例えば, 「○○が自分の才能を妬んで様々な嫌がらせをしてきている。 電話は盗聴されているし,電子メールも全てハックされている。 このままでは私の発明は全て盗まれて先に特許をとられてしまうに違いない」, こういうことを言っている人に「そんなことあり得ませんよ,大丈夫ですよ」 と忠告してあげると, 「いや,これは確実なことだ。証拠もある。さてはお前も〇〇の回し者だな!」 などと言われた場合,これはかなり妄想に近いと言えるでしょう。 http://www2f.biglobe.ne.jp/~yasuq/schizophrenia2.htm#14 統合失調症の症状妄想と幻覚
統合失調症の初期症状でよくみられるものに、「妄想」と「幻覚」があります。 妄想とは「明らかにありえない考えを正しいと思い込むこと」です。 しかし、これは私たちの経験上珍しいことではありません。単なる思い込みは誰にでもあるし、現在正しいといわれている知識でも、やがては誤りであることが証明されるかもしれません。また生活文化の中には、はるか以前から脈々と受け継がれてきた迷信もあります。 しかし統合失調症の妄想には、誤りを訂正できない思い込みと、強烈な不安感が認められます。また、妄想は宗教と異なり個人的体験といえます。妄想にはいくつかのパターンがあります。 妄想の種類
迫害妄想 自分は周囲から迫害されていると思い込む 誇大妄想 大発明をしたとか、大金持ちで何でもできると思い込む 関係妄想 自分がある事件に絶対に関わっていると思い込む 身体妄想 自分の身体が変わったと思い込む 罪業妄想 犯罪を犯したと信じ込む 嫉妬妄想 妻(夫)が不倫をしていると思い込む *他宗教妄想などもあります。 このとき、自分が考えていることが周囲に漏れる、あるいは自分以外の考えを吹き込まれる、思考を乗っ取られる、と訴えることも多いのです。 もう1つの幻覚では、幻視よりもむしろ幻聴の形をとることが多いといわれます。
幻覚の例
誰か知らない人の声が聞こえる。 話しかけてきたり、自分を批判したり、命令したりする。 たとえ遠方であっても、声はきちんと聞き取れる。 特に命令されることに対して、患者さんは従わざるを得ない心境になり、それが大変に辛いといわれています。 __________________________________________ 統合失調症において、頻繁に発症する症状は、幻聴や幻覚などといったものです。
これはそのまま妄想につながる事もありますし、独立した症状として発展していく事もあります。統合失調症における最も基本的な症状のひとつと言って良いでしょう。 幻聴は、実際にはない音や声が聞こえているかのような状態になる事です。 少なからず、常態の方であっても起こり得る症状ではあります。 ストレスなどで身体が弱っている時、誰かの声が聞こえたような気がするということはないでしょうか。 知っている人が声を掛けてきたと思い込んだり、誰かが家を訪ねてきた時の声がした、と感じたりする事は、誰もが経験する事だと思います。 しかし、統合失調症における幻聴は、そういった単発的なものではなく、常に声や音が聞こえている状態です。 例えば、自分の悪口が聞こえてきたり、命令する声が聞こえたりというような、自分にとってマイナスとなる声が聞こえてくるケースが多いようです。 よく、殺人事件などが起こった際に、その弁明に「悪魔の声が聞こえた」などという供述がされていますね。 この場合も、まず統合失調症が疑われるようです。 実際にそうだったのかどうかは、精神鑑定によって明らかとなります。 こういった幻聴の症状を周りの人が判断する場合は、いくつかの基準があります。 例えば、独り言を延々と言っている人や、何もない、誰もない所に向かって話したり怒鳴ったりしている人に関しては、幻聴を疑っていいかと思います。 この症状は、患者にとってはかなり深刻で、日常生活を送れない状態になる事が多々あるようです。 http://www2.gz-sf.com/post_23.html 嫉妬妄想・恋愛妄想
統合失調症における妄想は、恋愛に関してもかなり大きく現れるようです。 恋愛がらみで統合失調症になったという人も、少なからず存在しています。 それは、恋愛というものが大きな精神的苦痛を伴う事が多々あるからです。 統合失調症の要因のひとつであるトラウマにしても、大きなストレス、ショックにしても、恋愛にはよく起こりうる負荷なのです。 まず、「嫉妬妄想」がこれに該当します。 嫉妬妄想というのは、簡単に言えば病的な嫉妬です。 浮気や不倫をされていると信じ込み、携帯電話を逐一チェックしたり、浮気の痕跡がないか衣服や財布などを念入りに調べたりと、常軌を逸した執着を見せる場合、嫉妬妄想という診断が下されるでしょう。 これは、少なからず多くの人が該当するものと言えるかもしれません。 嫉妬深いというのは性格として普通に存在します。 その程度によって病気か否か、という事になるのは、ボーダーラインの設定が非常に難しいのですが、明らかに自我に異常があり、殺傷の可能性もあるという状態になると、精神疾患とみなされるようです。 また、「恋愛妄想」という直球の妄想もあります。 これは、相手に対して過剰な量の好意的なメールを送ったり、電話を時間に関係なく掛け続けたり、家の前でじっと覗いていたりなど、いわゆるストーカー的な行動を取る人に対して診断される疾患です。 簡単に言えば、ストーカーの要因という事になります。 これも性格的なものとのボーダーを引きにくくはありますが、明らかに被害者が存在しているという場合は、恋愛妄想とみなされるようです。 ドラマや漫画などでは割とよく見るタイプかもしれませんが、現実世界では病気とみなされます。 http://www2.gz-sf.com/post_22.html 幻覚・幻視
統合失調症においては、「幻聴」と並び、非常に多く見られる症状のひとつに数えられるのが、幻視・幻覚です。 幻覚というのは、実際にないものが見える症状の事です。 当然、それは正常な状態ではありません。 ただ、こういった症状に関しては、統合失調症特有のものというわけではありません。 また、精神疾患特有のものというわけでもありません。 それどころか、正常な状態の人であっても、幻覚を見たことがあるという人は沢山います。 全人口の4分の1くらいは、一度は幻覚を見たことがあるという調査結果があるそうです。 疲労やアルコール摂取によってそういった症状が一時的に起こるという事は珍しくないとされています。 ただ、統合失調症の幻覚の場合はかなり危険です。 頻度が高く、より鮮明に映るようです。 その為、その幻覚に対して戸惑いを覚えるのではなく、その幻覚が実際に存在しているものとして認識し、それに対して何らかの反応を示します。 その結果、周りから見ると異常な行動を取っているように映りますし、その行動が原因で他者を傷つけることもあるようです。 幻覚という症状は、麻薬やアルコールによって引き起こされる事が多いとされています。 その為、統合失調症とみなされる前に、まず麻薬やアルコールの中毒を疑われます。 これによって、さらに患者が心に傷を負うこともあるようです。 特に、麻薬に関しては、疑われれば相当に傷つく事になります。 そういう意味では、幻視・幻覚の症状をきたす統合失調症は、発見が難しい病気なのかもしれません。 http://www2.gz-sf.com/post_24.html 被害妄想
統合失調症における陽性症状にはいくつかの種類があります。 その中のひとつが妄想ですが、この妄想もいくつかの種類に分類できます。 そうやって細分化された中にあって、特に近年増加しているタイプというのが、被害妄想です。 統合失調症において、ある意味一番スタンダードな部分が被害妄想かもしれません。 同時に、一般人にとってもかなり馴染みのあるもので、それ故に統合失調症という病気とは結び付けられないケースが多々あります。 実際、性格的な部分で処理される事が多い症状です。 被害妄想というのは、実際にはそうではないのに、自分が被害にあっているという思い込みが極端に強い状態の事です。 小さい点で例を挙げると、周りの人が皆自分を中傷しているような妄想にかられる状態です。 これは思春期によく起こる例ですが、道や廊下を歩いていて、そこでひそひそ話をしているグループを見かけると、その人たちが皆自分の悪口を話していたり、自分を蔑視したりしているのではないかという思考に囚われるという事はないでしょうか。 これが被害妄想の一番顕著な例です。 これが酷くなると、誰に対しても自分に何か被害を及ぼすような画策を練っているとか、常に自分を落としいれようという考えがあるとか、自分を軽視、蔑視しているとか、そういった考えしかできない状態になっていき、その妄想に対して攻撃的、あるいは悲観的、絶望的なイメージを膨らませていくようになります。 その結果、暴力を振るったり、引きこもりになったり、あるいは自ら命を絶とうとしたりする事になるのです。 周囲とのトラブルが絶えない人の場合、この被害妄想という症状がかなりの確率であてはまります。 被害妄想は立派な病気なのですが、そう認識される事は少ないようです。 http://www2.gz-sf.com/post_15.html 血統妄想
統合失調症における誇大妄想は、様々な種類に分類できます。 その中にあって、「血統妄想」というのも症状のひとつとみなされています。 血統妄想も、自分を誇大する為の妄想です。 統合失調症の血統妄想とは、自分が高貴な血を引く人間であると信じ込んでいる状態の事です。 これが例えば実際に高貴な生まれであるならば、特に問題はありません。 性格的に他者を見下す、あるいは高圧的な態度を取るというのは、ただのパーソナリティの問題です。 ですが、血統妄想の場合、実際はそうではないのに、そうであると確信している状態である事が問題となります。 統合失調症は、思い込み、盲信といったものが主だった症状となります。 血統妄想の場合は、自分をより偉く、より強く見せるという願望から、自分の血統を誤った状態で信じ込んでいるというケースに至ることが多いようです。 ただの思い込みのレベルではなく、実際にそうである者として行動、言動を行うという点に問題があります。 周りの人から見れば、やはりそれは「危険な人」という認識をせざるを得ないでしょう。 血統妄想は、天皇陛下の隠し子であるとか、織田信長の生まれ変わりとか、そのような思い込みが多いようです。 つまり、現状の自分で満たされない部分を、血統という安易なステータスの向上によって補うというものです。一種のブランド志向に近いかもしれません。 ただ、本人にしてみれば、それが真実なので、親は本当の親ではない、天皇陛下の子供なのだから何をしても良い、何を買っても良い、などという思想に発展し、実生活に影響を及ぼす事になります。 http://www2.gz-sf.com/post_18.html 誇大妄想
統合失調症において、最も顕著な症状と言えるのが、「誇大妄想」かもしれません。 統合失調症のほとんどの妄想は、この誇大妄想が発展した形と言えるでしょう。 誇大妄想というのは、自分自身に特別な力があると信じるとか、自分だけが社会から、周りの人から嫌われ、ないがしろにされていると考えるとか、そういった事実を大きく飛躍、誇張した思想を元に行われる妄想です。 統合失調症における妄想の多くは、この誇大妄想から派生した形で行われていると考えて良いでしょう。 ありもしない事を事実であるかのよう認識してしまうというのが、この病気の基本的な在り方ですが、誇大妄想はその典型と言えます。 誇大妄想の厄介な点は、躁鬱両方の場合に発生する事です。 躁の場合は、自分にできない事はない、自分は神だ、といった、宗教妄想や血統妄想などの類を引き起こします。 一方、鬱の場合は、自分は周りの人間から常に中傷を受けているとか、常に誰かから監視されているといった被害妄想などを引き起こします。 いずれにしても、精神的にはかなり不安定な状態に陥る可能性が高いと言えます。 誇大妄想というものは、低い程度であれば少なからず誰しもが一度や二度は抱くものです。 自分に対する過大評価、あるいは過小評価からくる周囲とのズレ、そして摩擦というのは、別段珍しいものではありません。 ただ、統合失調症になると、これが際限なく大きくなり、そして固定観念として患者の精神を追い詰めていく事になるのです。 http://www2.gz-sf.com/post_20.html 注察妄想・追跡妄想
統合失調症の陽性症状は、幻覚を見たり、幻聴を聞いたりするという症状が主にあります。それらは妄想の部類に入ると言って良いでしょう。 実際に幻覚や幻聴を覚えるというのは、肉体的な問題によって引き起こされるケースもありますが、統合失調症におけるそれらの症状は、肉体的に何ら問題がない場合の妄想が生み出すものなのです。 その中にあって、自分自身をその幻覚や幻聴が追い込むという類の妄想もあります。 それは、「注察妄想」や「追跡妄想」です。 いずれも、統合失調症におけるスタンダードな妄想かと思います 注察妄想というのは、自分が常に監視されているという妄想にとり憑かれている状態の事を指します。 常に誰かに見られているという感覚から、自分を見ている人の幻覚を見ることもあるようです。 これは、被害妄想の一種でもあります。 ただ視線を感じるというだけではなく、実際に見られている状態であると確信し、外を出歩けなくなるという状態が、注察妄想です。 それに対して追跡妄想というのは、常に誰かから追われている状態だという妄想が働いている状態を指します。 幻覚、幻聴によって、それがより一層顕著になる事も多々あるようです。 追跡妄想も、注察妄想と同じく、外を出歩けない状態となります。 こういった症状は、精神的に参っている状態の人にも比較的訪れやすいといえます。 ただ、統合失調症ではない人の場合、そこで気のせいだと割り切ることができます。 一方、統合失調症の人の場合は、精神的にどんどん追い込まれ、自分が何者かから命を狙われているという認識で支配され、それを純然たる事実として他者に話したり、一切の交流を遮断するという方向に流れていってしまいます。 http://www2.gz-sf.com/post_19.html 心気妄想・被毒妄想
統合失調症には、陽性症状と陰性症状があります。 妄想の類は陽性症状という分類ですが、「心気妄想」と呼ばれるものは、むしろ陰性症状のひとつとみなされています。 それは、この妄想には幻聴、あるいは幻嗅といったものが大きく関わってくるからです。 これらは通常、統合失調症における陰性症状とみなされますから、心気妄想も陰性と言って良いでしょう。 心気妄想というのは、自分から臭いにおいが発せられている、あるいは自分の身体の形がおかしい、などという誤認識を思い込みとして信じている状態の事です。 実際にはそういう事実はないにも拘らず、そう思い込む原因はいくつかありますが、一番はやはり被害妄想によるものでしょう。 統合失調症の状態だと、周りからヒソヒソ話が聞こえてくる時、自分が中傷を受けているという被害妄想が働きますが、その中傷される原因が自分の身体にあるのでは、という考えから、こういった心気妄想に発展するケースが多いようです。 酷くなると、身体の中に虫が入り込んでいるような幻覚が現れるようです。 また、「被毒妄想」というものもあります。 被毒妄想も被害妄想の一種で、自分が毒を盛られるのでは、という思い込みに囚われ、食事をとれない状態になるようです。 家族の手料理にも一切口をつけなくなります。 この場合は、1人でこっそり食事をするという状態になります。 この症状は、被害妄想の中でもかなり厄介で、酷くなると何も口にできなくなるという状態になります。 http://www2.gz-sf.com/post_21.html 宗教妄想
統合失調症の陽性症状には、「宗教妄想」という分類をされる症状もあります。 これは、誇大妄想に近い、あるいはその中のひとつという分類をされる事もありますが、ここでは独立したひとつの種類として取り扱います。 統合失調症における宗教妄想というのは、簡単にいうと自分を神、もしくはその生まれ変わりであると信じ、それを実際に周りの人に話すというタイプの症状です。 誇大妄想に近いというのは、自分を極限まで誇大しているからですね。 世界は自分を中心に回っている。 自分は世界の救済者である。 来るべき時に備え、自分は神となって自分を信じる民を救う使命がある。 現在の世の中を壊し、新たな楽園を作る。 などといった、漫画などでよく見られがちな思想にふける状態がよく見られます。 また、自身を神と信じるだけでなく、他の何かを神と信じ、その神の為には手段を選ばない状態も宗教妄想といえます。 こういった精神疾患は、度々大きな事件を呼び起こしていました。 一番有名なのは、大きな社会問題ともなったオウム真理教でしょう。 宗教妄想というのは、ある意味最も危険な状態といえます。 宗教にはまるという言葉がありますが、この極限状態がこの宗教妄想です。 厄介なのは、自身、もしくはその宗教に対して、盲目的な状態になっている為、理想実現の為には他者を傷つける事を厭わないという点です。 その為、大きな事件になりやすいという性質があります。 病気の診断に関しては、比較的易しい部類と言えます。 だれでもその異常性には気付くことができるからです。 そして、この宗教妄想は統合失調症の中では多い部類に入ります。 こういう時代だからこそ、多くなっているのかもしれません。 http://www2.gz-sf.com/post_17.html 関係妄想
統合失調症における妄想は、いくつかの種類に分類されています。 その中のひとつに、「関係妄想」という症状があります。 被害妄想とも通じるところがありますが、分けて考えるのが一般的のようです。 統合失調症の妄想の中にあって、関係妄想はある意味基礎的な部分と言えるかもしれません。 というのも、関係妄想は、他者の行動や表情などが、自分と関係しているという妄想をするというものだからです。 例えば、街を歩いている時に、後ろから笑い声がしたとします。 すると、その笑い声は自分を嘲笑しているのではないかという妄想が働きます。 これが関係妄想です。 この例だけを見ると、普通の人でも多少なりともあり得る発想ではないかと思われるかもしれません。 実際、それは正しいでしょう。 しかし、統合失調症における関係妄想というのは、これを常に断定する状態に陥っているのです。 その結果、常に自分は好奇の目に晒されている、笑われている、という妄想にとり憑かれ、精神を蝕んでいく状況になってしまいます。 これは、被害妄想ともかなり近い部類と言えます。 関係妄想は酷くなってくると、ヒソヒソ話は全て自分の事を話していると断定したり、特定の歌の歌詞が自分の事を言っていると思い込んだり、テレビや新聞で組まれた特集が自分の事を指し、笑いものにする為にやっていると思い込んだり、という症状がでてくるのです。 こうなると、最終的には自我が崩壊してしまう可能性もあります。 http://www2.gz-sf.com/post_16.html _______________________________ 陽性症状と陰性症状
統合失調症とは、10代から40代くらいまでの比較的若い世代に起きやすく、約100人に1人の割合でかかる病気です。
症状には個人差がありますが、主な症状として、実際には存在しない声や音が聞こえる幻聴やあり得ないことを信じ込んでしまう妄想、頭の中が混乱して考えがまとまらなくなる思考障害、興奮症状等があり、これらはまとめて陽性症状と呼ばれます。 また意欲の低下や自閉傾向(閉じこもりがちなこと)など、エネルギーが無くなったような状態になることも多く、これらは陰性症状と呼ばれます。 このような症状をともなって、多くは20歳前後に発病します。しかし幻覚や妄想は、本人にとって全くの現実と感じられるため、発病を自覚できないことがあります。本人より先に家族や友人が異変に気づくことも多いようです。 脳内には神経伝達物質と呼ばれる物質が存在し、その量の異常も関係していると考えられています。薬物療法では、抗精神病薬という、神経伝達物質の量を調整する薬を用います。薬の進歩は目覚しく、最近の抗精神病薬は幻覚や妄想を取り去るだけでなく、従来の薬では難しかった陰性症状の改善にも効果があります。 統合失調症の症状は、大きく2つのグループに分類することが多く、陽性症状と陰性症状に分けられます。 陽性症状と陰性症状は一見無関係のように見えても、実は根本のところで共通した要素があります。 それが「社会性の欠如」です。 私たち人間は社会の中で暮らしています。そこには法律や生活習慣といったルールがあり、また共通の言葉を使ってお互いの意志を通じ合ったり、常識として情報や知識を共有しています。 これらは社会が存在するためには、必要不可欠のものですが、逆にいいますと、これらのルールを守り互いのコミュニケーションが成立できれば、私たちは社会の一員として生活を送ることができるのです。 ところが、統合失調症は幻覚や妄想、自閉といったように、社会生活上のルールが当てはまらなくなる、あるいは社会との連絡を拒絶するようになります。 これを「社会性の欠如」と呼びます。このことが統合失調症の特徴ともいえますし、治療を難しくしている原因でもあります。 治療の最終的な目標は、欠如してしまった「社会性の回復」にあります。 http://www.karacli.com/schizophrenie.html01.html 陽性症状
陽性症状とは幻覚・妄想・興奮・昏迷などの急性期症状を指します。典型的な統合失調症では、 この陽性症状によって発見されることが多く、薬がよく効きます。 主な陽性症状 幻視 正常な人には見えないものが見える 幻聴 正常な人には聞こえない声が聞こえる 妄想 明らかにありえない考えを正しいと信じ込む 焦燥感 イライラ 激しい興奮 精神運動興奮 奇異な行動 奇怪な格好や空笑 無意味な行動を繰り返す 攻撃的な行動など 思考形式の障害 支離滅裂な言葉、不可解な返答など 場にそぐわない感情 陰性症状
陰性症状は発症した時点から現れることもありますが、通常は発症後数年経つうちに目立ってくるものです。
陰性症状は陽性症状と反対に、正常な心理状態にまで及ばないものを指します。 「及ばない」というのは、普通の人よりも感情の揺れや言葉・行動の動きが鈍くなり、通常の状態にまで至らなくなることです。 代表的な陰性症状
自閉 引きこもり、自分の殻に引きこもること 無為 意欲が低下し、何に対しても関心がなくなること 情動の平板化 情動鈍麻 表情が乏しくなる、自発性がなくなる、感情の変化が少なくなる 声の抑揚がなくなる 思考の貧困 会話が少なくなる、会話内容が貧しくなる、すぐに返答できなくなる。使う単語が少なくなる 意欲・発動性欠如 身だしなみに気を遣わなくなる、だらしなくなる 仕事や勉強が長続きできない 快感消失・非社交性 趣味や娯楽などへの関心が薄れる、性的関心の低下 親近感を感じなくなる 注意力の障害 ぼーっとしている、物事に集中できない これらの症状は、従来の抗精神病薬では効果がないとされてきました。 しかし近年では非定型抗精神病薬という新タイプの薬が登場し、陰性症状にも有効との報告が多くなされています。 http://www.karacli.com/schizophrenie.html02.html
躁うつ病との鑑別診断
躁うつ病(双極性障害)の躁状態が陽性症状に、うつ状態が陰性症状に類似することからときに鑑別が難しい場合があります。 大きな違いは統合失調症が「思考」の障害であるのに対して躁うつ病は「気分」の障害であることから、症状が気分に関連して変動する場合には躁うつ病として鑑別が可能です。 また、躁うつ病は躁の病期とうつの病期がはっきりと分かれ、病期と病期の間は正常な機能レベルに回復しますが、統合失調症の場合にはそのような病期があることはまれで、正常な機能レベルに回復することはありません。 http://www.mental-navi.net/togoshicchosho/shindan/kanbetsu2.html 25家族に一人いる割合であり極めてありふれた病気。 心の肺炎というくらいありふれた病気。
100年前は不治の闘病と言われていた。 中身は違う。8〜9割が社会の中で生活している。 実際問題として、半分以上の人が入院しても退院する。一年以内。 一年たっても一割が退院できない人がいる。 つまりタイプが違う。 三年たっても退院できない人は直り難いタイプ。
統合失調症はありふれた病気だ。統合失調症は原因が不明である。 ショックやストレスでなるという訳ではない。 なりやすい体質 内因性の病気。早い人で中学生 就職したて。思春期青年期の人がなりやすい。 特有の精神症状。被害的な幻覚妄想。 陽性症状という。かんかい収まっている状態。 いろいろなきっかけで再発を繰り返すケースが多い。 頭の中に一度この病気が起きると、何かのきっかけで発症する。 インストールしてしまうと幾らシャットダウンしても起動されてしまう。 インストールされたソフトはものすごく丈夫である。容易に繰り返す。 履歴現象、慢性の経過をたどりやすい。 後遺症を残す。地味な症状。 なおったと言う矢先に、頭の働きが落ちる。 認知症状が出る。生活に支障が出ることもある。 仕事についても続かない。物忘れがある。 はっきりした症状のない影に隠れた症状。 脳の機能障害。中枢の失調障害。 「からっぽやみ」などは心の病気 反応が重い。コンピューター(脳)の働きが微妙にかんばしくない。 陽性症状として幻覚が見えて恐怖がはっきりしている。 気分障害、躁の元気が出て出てという場合認知症がでてぼーとかんばしくない。 このために世の中で自立して生活していくのが難しい 前駆期、神経症みたなのがずるずる伸びる 何かへんだなぁと思っている間に緊迫感が襲ってくる。妄想気分。何か起こりそうだ。 世の中、何か変だ。気分がそのうちに結実していく。 妄想の形が被害妄想に、恐ろしい言葉が聞こえてくる。 恐怖で人を拒絶する。それが続くと興奮してくる。 急性期を経て発祥したと言う。 薬で回復してくる。眠気、だるいと病気疲れが出る くれらを繰り返す・・履歴現象 なかなかすっきり治らなくなる。 ずるずるとして院生症状が出てくる。 言葉が豊かでなくなる。 言葉をかけてもどうですかと言葉をかけても 「なに?」と怒る反応をしてくる。 無関心、脳の躍動が低下していく。 もっともひどいと膝を抱えて無為となる。 今は薬が進んでそういう人はいない。 関係の無い人を被害妄想の対象にする。 幻聴、自分にコメントする。 思考仮性、ものが聞こえてくる。 思ってもいないのに、声が聞こえてくる。 思考電波、自分だけでなく人にも聞こえていると思う させられ体験。混迷。おかしいおかしい、とフリーズする。 それがいきなりスイッチが入り止らなくなる。 笑いながら歩く、なども陽性症状。 急性期では自分が病気だとは思わない。 言葉が聞こえたり見えたりすると恐怖で恐怖に襲われる。 頭、感情が低下してくる。表情がなくむすっとしている。 若い頃に起きてくる。怖い怖いと急性的に出る場合 薬でシャットダウンするとスパンと治る。 妄想型はなかなかやっかい。 本人には執拗に妄想に翻弄される。 なかなか病院につなげるのが難しい。 ぎゅと悪くなってすぐ治る人と 治らないタイプの人もいる。 多くは繰り返すうちにだんだん治らなくなる人が多い。 何回か再発したが何とか世の中で生活している すっぱり治ったというひとが4分の1。 再発しているひとが4分の1くらい。 何とか繰り返しながら生活しているのが半分くらい。 治療が遅れると治りが悪い。 かんかいに進みずらい。 いかに上手に治療していくか。 頭がなぜぼーとしてくるのか。 グルタミン酸、伝達物質がやたらに 多く働くと脳の働きが障害されるという説がある 何度か繰り返すと治り難くなる 悪くなってもなかなか治療を導入できないと かんかいまで持っていけず治り難くなる。 治療とは薬物療法。 前駆期で症状に気がつき早めに治療。 予防する方がいい。がなかなか進まない。 陽性症状、陰性症状が良くなっても 頭の回転がどうも芳しくなくなる。 つまり認知症状が出てくる。 それが最近になってわかってきた。 具体的に言うと、物覚えが悪い。 今言ったことが思い出せない。 二つくらいしか覚えられない。 人の話が理解できない。 ニュースの意味が分からない。 知識が無いと勘違いする。 二つのことが同時に出来ない。調理が出来ない。 スピードについていけない。 スピードの慣れ、が出来ない。 集中力がない、世の中は雑音だらけ。 われわれは雑音を排除しているがすべてはいってくる。 だから疲れる。そして傷つきやすい。誇り高い。 人の表情が読めない。ジョーダンを取れない。 そんな辛さがある。 そのために就職が出来ない。 金銭管理、身だしなみ 人付き合い、気配りが出来ない 作業能力が出来ない。柔軟に対応できない。 ということから元気そうにみえても 就職できないという事を引き起こす。 脳の情報処理が微妙に障害されている 記憶の障害。最近は病気になる前から 不器用さがあったのではないか。 脳のコンピューターの重さがあったのではないか と言われている。 なるべく早く治療かせ必要であり再発を防ぐ。 世の中で何とかやっていくには、この認知機能障害の 方が実は大きい。頭の働きの方が左右する。 何も症状がなくすっかり治っても認知機能症状が あるとどうしても社会復帰は難しくなる。 作業療法など訓練をする必要がある。 30〜40パーセントと双子を比較した場合の数値 その結果から遺伝とは言い切れない 養育環境と昔言われた。現在完全に否定。 家庭環境や養育環境は、予後にはものすごく関係。 家族の対応がその後の経過に影響する。 親とか家族関係は発症に関係がない。 退院した人の予後を研究した。 ぶり返した人とそうでない人の比較。 一人暮らしの人の方が家族と暮らす人より再発が少ない。 一人暮らしの人の方が再発が少ない。 関係のあったのは感情表出。家族の対応で変わる。 ネガティブの感情を外にあらわす。 軽蔑、敵意、それらを言葉にだして言う。 家でごろごろしていることに小言を言う。 本人にとって嫌な感情を表現する 小言とか叱る、軽蔑する、おおげさな過保護な言葉 疲れてしまう。それらを言わない。 それを言う家庭と言わない家庭ではずいぶん違う。 いつも言っているとすぐ再発する。 思っても言わないという家族の協力が必要。 文句を言わない。ちょとでもほめる。いい所を認める。 そういう対応が再発を防ぐ。 自分が一番つらい。 塩で傷をなめられる感じとなる。 「さっき言ったしょ」という言葉。 「また」というネガティブな叱責はしない。 本当に心から言わない人は「無関心」な人 思う人は一生懸命小言を言う。それを少し変えてみる。 ご家庭においてもご主人に対しても子供に対しても対応は同じ。 右向いたら「右むいてだめでしょ」としょっちゅう言われる人がいる。 子供は特に注意が必要、配慮かせ必要。 薬を飲まなくなったら再発するがそれよりもいい環境をつくること。 小うるさい家庭の中にいて定期的に薬を服用しても半分は再発してしまう。脳に対するストレスの大きさ。http://blog.livedoor.jp/nekomalo/archives/50923897.html
[32初期非表示理由]:担当:アラシ
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