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私の友人に何人かの教師がいるが、今の教育現場の難しさは我々がいた頃とは格段の違いのようだ。勝手気ままな親たちの発言を止める教師がほとんどいなくなってしまった。押しの強い、声の大きいほうに大勢が傾くようだ。多くの教師が権威や威嚇に口をつぐんでしまう。だんだんおかしいことをおかしいと発言する人が少なくなってきた。我々のころは良くも悪くも教師はわが道を行く人が多かったように思える。
私は子供時代田舎の小中学校で過ごしたから、のんびりしたもので、小学校の友達のほとんどが米作り農家の子供たちだった。勉強なんかする気の子供なんていなかった。小さな集落だったが、小学校の周りには、米屋、魚屋、八百屋、呉服屋、床屋、パーマ屋、お菓子屋、医者と一通りの生活に必要なものは一応そろっていた。今はずいぶん変わってしまったが、食堂などの外食を必要としない小さな集落だった。
小学校の4〜6年の時の担任教師はいい加減で、子供たちは授業時間にもかかわらず、運動場や体育館でずっと遊んでいた。それでも、ほとんど叱ることはなかった。親たちは子供の勉強には無関心というか、学校に行っていればそれだけでいいという雰囲気だった。もちろん几帳面でまじめな先生もいたが、よそのクラスの事には口を出すことがほとんどなかった。
中学校は三つの小学校から児童がきていた。隣の小学校のある町は比較的人口が多く、サラリーマンの家庭の子が多かった。中学校の友達の家に行くと、軽いカルチャーショックを覚えた。その友達は勉強しようとする意欲があり、色んなことをよく知っていて、テスト成績の順位を気にしていた。さらには個室を持っていて、アメリカンポップスのレコードをターンテーブルにのせてステレオで自慢げに聴いていた。うらやましいと思った。
サラリーマンの親たちは高校受験を気にしていた。それでも今のような競争はなく、緩い縛りだった。当時の教師たちは熱心な人もいればいい加減な人もいて、個人商店のようなもので、お互いの領分に干渉することはなく、緊張感が無いため子供たちは結構のんびりしていた。成績の悪い子は特に注意されなかったが、成績が良くても態度の悪い子はよく叱られた。
勉強のできる生徒たちは塾に通ったり、家庭教師についたりして勉強していた。それでも全体の5%もいなかったと思う。その子たちのなかには公立や私立の有名大学に行った子が多い。今思うとそんなにガンガン受験勉強をしているわけでもなく、よく一緒に遊びに行ったりしていた。彼らは元々優秀だったのか、対抗して勉強しようなどとは全く思いもしなかった。
今の教育現場を親の立場から見ると、有名校進学が目的になっていて、教育の基本を全く忘れてしまったように思える。塾の宣伝にあらわされているように、進学率や進学した先の有名校によって学校や教師の評価がされてしまっている。子供たちは少しでも高い点数を取ることができるのが優秀さの証となっている。ゆっくり考えることを許す余裕が無い。価値観を押しつけて自分で考えることをやめさせてしまっている。
教育とは教育を受ける人がどうやって自分のやりたい事を見つけるのか、どのように学んでいくのかを助けることだと思う。あるときは押し付けたり、あるときは一緒に考えたりすすればいい。教えるということは自分も学ぶという姿勢が無くてはならない。できるだけ教える側も教えられる側と同じ視点を持ちあわせてもらいたい。
私の年来の友人が中学校の教師をしていたが、定年を目前に病魔に侵されて、あっけなく帰らぬ人となった。常に生徒の立場で問題を考えることができた。生徒のことを思えば思うほど、教育現場ではつらい立場に立たされていたようである。ストレスが原因だった。15年くらい前になるが、わたしの子が通っていた小学校の熱血教師(生徒のことを思ってで発言を繰り返していた)が、些細な問題から親が学校に怒鳴り込み、職場を去らざるを得なくなった。学校や教育委員会にとっては、管理しにくい教師だったようである。
昨年の大津市や今年の大阪市の教育現場を考えてみると、子供たちの視点に全く立っていないし、この期に及んでも、子供が味わったであろう精神的な痛みを教育関係者が全く感じていないように見える。世間に叩かれることばかり気にしているようだ。何がそうさせるのだろうか。教育現場の厳しさは今の日本社会の反映であるが、大津市や大阪市だけでなく、今の教育現場の深刻な問題の原因を我々は真剣に考える必要があると思う。
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