http://www.asyura2.com/12/hihyo13/msg/840.html
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「日本政府は、韓国に対する賠償問題は六五年の日韓条約で解決済みとの立場を取っている。在韓被爆者への日本政府の援助は、医療支援などを目的に九一、九三両年に拠出した計四十億円の「原爆被害者福祉基金」だけ。韓国原爆被害者協会(崔日出会長)の登録者二千二百人余りが、月に九万五千ウオン(約一万円)の医療補助をこの基金から受けている。だが、支援金は二〇〇三年に枯渇するとみられており、「日本の被爆者援護法を在外被爆者にも適用を」との声は強い・・・」(長崎新聞)
財政的にも苦しい中、被爆者に支援しているのに酷い言い草。
長崎新聞は、ハンギョレ新聞より韓国紙らしいです。
メディアじゃなくて機関紙??
長崎の被爆は利用されてるだけ?
長崎新聞から
http://www.nagasaki-np.co.jp/peace/2000/kiji/08/1302.html
■報道スペシャル・日韓の被爆二世がスクラム
目標は医療保障、健康診断の実現
先月二十九日、日本と韓国の被爆二世が韓国で初めてシンポジウムを開き、在韓被爆者や被爆二世にかかわる問題について認識を深めた。被爆二世の問題については、日本政府が国内で実施している健康診断と同じ健診を韓国でも受けられるようにし、日韓の被爆二世に対する医療保障を実現させるよう取り組むことを誓った。被爆五十五周年の今年、在韓被爆者、被爆二世の問題を克服しようと、両国の被爆二世がスクラムを組んで動き始めた。
(報道部・村田 傑人)
今回のシンポ開催に向け、韓国側の先頭に立って尽力したのが、韓国被爆二世の会の李承徳会長(35)。今年二月来崎し、在外被爆二世として、初めて日本政府が実施する健康診断を受けた。
日本の被爆二世は年一回、この健診を受けられるのに、外国ではそれができない。李会長は「親の被爆が自分の健康に影響を与えているのかどうか…」との不安を持ち続けてきた。
日本人嫌い
被爆二世運動の中心にいる県被爆二世教職員の会の平野伸人会長(53)と出会ったのは一九八七年。韓国の被爆二世と交流しようと海を渡った平野会長らに対し、当時、大学生だった李会長らは「過去の歴史に対する清算もないままでは、一緒に運動はできない」と、日本への不信感を隠さなかった。李会長は当時を振り返り語る。「日本政府は戦後補償について、責任逃ればかりで全く動かない。日本人が嫌いだった」
李会長は在韓被爆者の実態調査を行い、被爆者健康手帳の取得のために尽くす平野会長らの態度に、少しずつ心を開いた。八九年、李会長ら韓国の被爆二世七人が長崎を訪れ、初めての日韓被爆二世シンポジウムを開いた。
しかしこれ以後、李会長は仕事で海外赴任し、平野会長らも在韓被爆者の実態調査に力を入れたことで、交流は十年間、空白となった。その間、広島で被爆した父親を亡くした李会長は「在韓被爆者のために何かしなければ」と、九五年ごろから被爆二世の活動を本格始動させた。これを聞いた平野会長たちが九八年に訪韓、交流を再開した。昨年、長崎と広島で十年ぶりに日韓被爆二世シンポジウムを開いた。その場で「次は韓国で」と申し合わせていた。
今回のシンポで、韓国の被爆二世が「日本政府は被爆者など戦争被害者に賠償をすべきだ」と主張した。日本政府は、韓国に対する賠償問題は六五年の日韓条約で解決済みとの立場を取っている。在韓被爆者への日本政府の援助は、医療支援などを目的に九一、九三両年に拠出した計四十億円の「原爆被害者福祉基金」だけ。韓国原爆被害者協会(崔日出会長)の登録者二千二百人余りが、月に九万五千ウオン(約一万円)の医療補助をこの基金から受けている。だが、支援金は二〇〇三年に枯渇するとみられており、「日本の被爆者援護法を在外被爆者にも適用を」との声は強い。
苦しい思い
シンポではさらに、在韓被爆者と被爆二世の問題が解決されない理由として「韓国内での無関心がある」とも指摘された。韓国の被爆二世の一人は「韓国の被爆者問題は社会から放置されてきた。今こそ被爆二世が問題解決の先頭に立たなければいけない」と決意を示した。
会場から一人の在韓被爆者が思いをぶつけた。「韓国内では被爆者への関心が低く、苦しい思いをした。日本は唯一の被爆国であると言うが、韓国にも被爆者はいる。デモなどいろいろなことをして、韓国の被爆者の存在も知らせてほしい」。大きな拍手がわいた。
韓国の被爆二世の活動自体、軌道に乗ったとはいえないのが現状だ。韓国被爆二世の会で活動にかかわっているのは約二十人にすぎず、活動費は個人の負担で賄っている。李会長も「韓国の被爆二世の活動はこれから」と話す。
日韓の被爆二世はシンポの最後で、さまざまな問題を解決するため今後、情報の共有化などを進める方針を確認した。平野会長は「できる限りの支援をこれからも続けたい。だが、問題を解決するのは韓国の被爆二世自身。その意味で韓国側が主体となってシンポを開いたことは意義深い」と強調した。
シンポの後の交流会。日本の被爆二世が、「愛しています」とのメッセージを込めた韓国の曲「サランヘ」を歌い始めると、韓国の被爆二世も加わり全員での大合唱となった。日韓の被爆二世が真のパートナーとなったことを象徴的に示す瞬間だった。
◆メモ
韓国原爆被害者協会によると、広島と長崎で被爆した朝鮮人は約十万人。そのうち約五万人が死亡した。生存者のうち、約四万三千人が戦後、朝鮮半島に帰った。現在、韓国と朝鮮民主主義人民共和国に計約一万人が生存しているとみられる。韓国の被爆二世は約八万人と推定。韓国被爆二世の会はソウル、釜山、陜川、大邱に支部がある。
<参考リンク>
・長崎ピースサイト
http://www.nagasaki-np.co.jp/peace/2000/kiji.html
http://www.nagasaki-np.co.jp/peace/2012/index.html
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