http://www.asyura2.com/12/hihyo13/msg/432.html
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東京新聞の今日の朝刊トップで「再生医療 危うい倫理 動物で人の臓器育成」(2012年10月11日 朝刊)の記事を出してくれた。「山中伸弥京都大教授のノーベル賞受賞でiPS細胞の応用に期待が集まる一方、人間と動物の境界があいまいになるという倫理的な課題が浮上した。(榊原智康)」
全文はこちら
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012101102000128.html
湧きかえるような報道ばかりでちょっと嘆いていたが、さすがは東京新聞ちゃんと記事にしてくれている。問題はどれだけこの認識が広がるかである。山中教授の研究に限らず分子生物学の応用技術は常に人間以外の他の動物まで含んだ「生命倫理」と背中合わせである。研究の過程から成果に至るまで、「どこまで進めてよいかの議論が必要」なのだ。見えにくい部分もちゃんと見なくては駄目なのだ。
記事の中にある大阪大の加藤和人教授(医学倫理)の言葉を借りれば、「・・・個別の判断が必要になる。患者、研究者、倫理の専門家、それに市民による熟議の場を設ける」必要があるのだ。医学倫理(生命倫理学)は医学上の倫理にとどまらず、人間はどう生きるべきかを問う「哲学」でもあるのだ。人間社会の全部のテーマ(医学・生物学、文化人類学、政治学、法学、経済学、社会学、宗教学など)全てを包括すると言っても過言ではない。
こういった技術には常にいい面と悪い(怖い)面とが表裏一体なのだ。大きなビジネスが絡むと、必ずと言っていいほど、都合の悪い部分は隠されたり、蔑ろにされたりして、国の方針も巨大企業によってゆがめられてきた。我々は公害対策や薬害問題(原発事故問題も含めて)で何度も見てきたはずである。重々気をつけなければならない。
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