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軌跡2012:厳しさ残る景気の行方:危機去らず焦る製造業:窮地の欧州、揺らぐ結束
http://www.asyura2.com/12/hasan78/msg/818.html
投稿者 あっしら 日時 2013 年 1 月 01 日 02:11:47: Mo7ApAlflbQ6s
 


海外経済の減速 痛手

 2012年の日本経済は、景気の想定外のもたつきが目立った。春ごろからは「ミニ後退局面」に入っていた可能性が高い。海外景気の減速や円高に加え、尖閣諸島をめぐる中国との関係悪化も響いた。長期デフレからの脱却への展望はみえないままだ。政府は「日銀頼み」の姿勢を強めた。年末にかけ海外に明るさもみえ始めたが、13年の景気も予断を許さない。

 辰(たつ)年が終わろうとしている。「昇り竜」のような力強い景気が期待されたが、厳しい経済環境が続いた年として記憶されることになりそうだ。

 政府の景気判断をたどると、5〜7月の「復興需要などを背景として緩やかに回復しつつある」がピーク。それ以降、11月まで4カ月連続で下方修正され「弱い動きとなっている」に変わった。エコノミストの間では4月ごろから後退局面だったとの見方が優勢だ。

 中国をはじめ海外経済が減速したことが最大の理由だ。債務危機が欧州景気を下押しし、それにつれて中国など新興国から欧州への輸出が低迷。新興国の内需不振につながり、日本をはじめ先進国の新興国向けの輸出、生産の減少を招く。秋にかけ、そんな「負の悪循環」がグローバル経済にじわじわ広がった。

 象徴的だったのが自動車メーカー。夏場にかけての円高進行がさらなる痛手になったうえ、国内でもエコカー補助金の終了という逆風が吹いた。9月以降、尖閣諸島をめぐる中国との関係悪化も、現地の販売減に追い打ちをかけた。
 日産自動車は11月、13年3月期の連結営業利益の予想を1250億円下方修正した。そのうち中国での販売減による減益要因が600億円に達し、志賀俊之最高執行責任者(COO)は「早い時期に安心して投資や事業ができる関係になることを切に願っている」と真情を吐露した。

 デフレの出口もみえない。消費者物価指数の前年同月比をみると、代表的な指標である「生鮮食品を除く総合指数」はこの1年、ほぼゼロ近辺で推移した。一見、デフレ圧力は弱まっているようにもみえる。
 だが食料とエネルギーを除いた指数ではマイナス圏に沈んだままだ。総合指数がゼロ近辺でとどまったのは、原子力発電所の稼働停止に端を発した電気代の引き上げなどが背景だ。日銀がめざしている1%程度の物価上昇率の達成にはほど遠い状況にある。

 需要不足に根ざした物価下落圧力は衰えていない。日本経済の需要と潜在的な供給力の差を示す「需給ギャップ」は7〜9月期の年率換算でなお15兆円に及ぶ。4〜6月期の同10兆円からむしろ広がった。昨年秋に東日本大震災からの復興のための予算が本格的に起動。復興需要が内需を押し上げ、ギャップの縮小につながるとみられたが、外需の不振で計算が狂った。

 民主党政権の対応は後手に回った。環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への対応やエネルギー関連で政策は迷走が続く。4月にはデフレ対策を検討する閣僚会議をつくったが、まとめた報告書は中期的な問題の羅列に近い。
 野田佳彦政権肝煎りの成長戦略である日本再生戦略は12年度からの2年間をデフレ脱却への集中期間と位置づけ、規制改革などの政策総動員をうたった。これも内容に新味は欠け、実行力も伴わなかった。
 政権の具体的なアクションは予備費を活用した少額の経済対策だけ。いきおい日銀に対する追加緩和圧力が強まった。師走の衆院選でも、金融政策のあり方は大きな争点となった。

 そして12月16日。大胆な金融緩和と公共事業の拡大を掲げた安倍晋三総裁率いる自民党が大勝。政権発足前から10兆円規模の補正予算の方針が叫ばれ、日銀は追加緩和や物価目標の検討表明に追い込まれた。
 円安・株高のなかで迎えた年の瀬。海外経済の先行きに明るい兆しも入り交じる。市場では「年末にも景気後退局面が終了する」との見方が浮上。景気好転に向けた期待が漂う。

 日銀への政治圧力は時の政権が経済成長への確たる処方箋を持たないことの裏返しにも映る。国債増発を伴う公共事業の拡大も、財政健全化と経済成長の両立が課せられた日本にとって最良の道なのかどうか。年明け以降、安倍政権の経済政策運営は早くも正念場を迎える。

[日経新聞12月31日朝刊P.12]


金融政策 守勢の日銀

 政治圧力の高まりで守勢に立たされた日銀。年前半こそ積極姿勢が功を奏したものの、年央以降は苦しい金融政策運営を迫られた。衆院選での自民党大勝で、最後には安倍晋三総裁の要求を「丸のみ」するに至った。日銀総裁の任期も迎える2013年は金融政策のあり方が問われる。

 「久しぶりにいいプレゼントをもらった」。円高に神経をとがらせていた財務省の幹部は、円相場の下落を告げるボードを見上げながらつぶやいた。2月14日、日銀が金融政策決定会合で決めた内容は市場に驚きをもたらし、「バレンタイン緩和」と呼ばれた。
 資産買い取り枠の10兆円の積み増しに加え、中長期的な物価上昇率の「めど」を当面1%程度とする方針を打ち出した。
 それに先立つ1月下旬、米連邦準備理事会(FRB)が長期の物価安定の「ゴール」を2%と公表。組織としての「めざす物価上昇率」を公表していない日銀への批判が高まるのを見越し、機動的に対応した。「日銀は変わった」との印象から円安・株高が進んだ。

 この成功体験が日銀を苦しめる。「めど」を海外向けの文書で「ゴール」と英訳したことから「インフレ目標」とみなした海外の投資家も多かった。その後の会合で1%の物価上昇が見通せないのに対応しない日銀の姿に失望が広がり、円高圧力が高まっていく。

 4月下旬には基金を5兆円の幅で純増させる追加緩和に動いたが、むしろ「小出し」との批判も生んだ。9月の追加緩和は欧州中央銀行(ECB)が南欧国債の無制限購入を発表し、FRBも量的緩和第3弾(QE3)の導入を決めた直後。「緩和が後手に回っている」との印象を覆すまでには至らなかった。

 景気の後退色が強まるなかで、民主党政権内には次第に「バレンタイン緩和は何だったのか」との不満が募っていく。
 消費増税の決定という要因も重なる。民主、自民、公明の3党は6月、14年4月からの税率引き上げで合意。「経済状況の好転」が条件となり、最終判断の時期とされる13年秋ごろに向け、景気底上げとデフレ脱却が最優先課題となった。

 10月以降の決定会合には経済財政担当相になった前原誠司氏が自ら出席。追加金融緩和を決めた同30日の会合では日銀の白川方明総裁、城島光力財務相との連名で、政府・日銀が協調して早期のデフレ脱却をめざすとする初めての「共同文書」を公表した。
 政治の「日銀頼み」は11月の衆院解散以降、さらに加速する。政権奪還をねらった自民党の安倍晋三総裁が繰り返し訴えたのが、「大胆な金融政策」だ。
 安倍氏は2%の物価上昇率を目標として掲げ、新政権と協定を結ぶよう強く求めた。一時は日銀法改正にも言及。民主党政権で対日銀の急先鋒(せんぽう)だった前原氏をして「我々はデフレの責任を日銀だけに負わせる考えはない」と言わしめるほどだった。

 そして自民党が大勝。「民意」を盾に迫る安倍氏に、白川総裁もゼロ回答は選べなかった。安倍政権は日銀総裁が出席する経済財政諮問会議を復活。担当大臣に甘利明経済再生相を充てた。諮問会議は政府・日銀の政策協定を議論する場になる公算が大きい。
 この選択が政府と日銀の緊密な協調に向けた大きな一歩となり、デフレ克服への転機となるのか。日銀の独立性の低下が、やがて市場や経済に弊害をもたらすのか。総裁人事とも絡み、13年の最大の焦点となる。

[日経新聞12月31日朝刊P.12]


<電子版これが読まれた>回り始めた脱円高・デフレの歯車 12月21日公開

 1年かけて回り道をした末に、ようやくたどり着いたといったところか。日銀は12月20日の金融政策決定会合で、来年1月に向けて物価目標の導入を検討する方針を打ち出した。野田佳彦首相が11月14日に衆院解散の意向を表明してから1カ月余り。自民党の安倍晋三総裁が主張する「アベノミクス」から生じた円安・株高の流れは、より確かなものになる可能性が強まっている。

 円相場は1ドル=84円台まで下落し、日経平均株価は1万円の大台を回復した。9月の経常収支が季節調整値で31年半ぶりの赤字に転落するなかで、思い切った金融緩和を旗頭に円高とデフレからの脱却を目指す「アベノミクス」に市場が反応。ようやく待ち望んだ相場環境が実現したと感じる人も多いはずだ。だが振り返ると2〜3月の相場環境と表面上は何ら変わっていない。当時も84円台、1万円台まで円安・株高が進んだ。背景にあったのも1月の経常収支が赤字に転じ、日銀が事実上の物価目標を導入したこと。今とそっくりの環境だ。

 2〜3月の円安・株高が失速したのは、日銀の金融緩和姿勢に市場が疑念を抱いたからだ。だが今回は、新政権が日銀に圧力をかけることで、市場は日銀が積極的な金融緩和を打ち出し続けざるを得ないとの見方を強めている。日銀に対する政治の関与が強まりすぎると、金融政策への信認が揺らぐ懸念も生じる。ただ政府・日銀が一体で取り組む構図が鮮明になったことで、市場が長引く円高・デフレから脱却できるのではないかという期待を抱いていることは間違いない。
(編集委員 小栗太)
=肩書は当時

[日経新聞12月31日朝刊P.12]


<あのとき この一言>白川方明日銀総裁

「次回会合において中長期的な物価の安定について検討することにした」

 白川方明日銀総裁が12月20日の金融政策決定会合後の記者会見で、日銀として物価上昇率目標の導入を検討すると明言した。衆院選で2%の物価上昇率目標を強く求めた自民党が圧勝し、それまで慎重だった日銀も導入を検討せざるを得なくなった。

[日経新聞12月31日朝刊P.12]

電機、韓国勢の背中追う

 日本の製造業が正念場に立たされている。パナソニックやシャープなど電機メーカーは巨額の赤字に沈み、自動車各社は中国市場で苦戦を余儀なくされている。比較的強い競争力を維持する素材関連企業も海外移転を加速する。安倍政権誕生の前後から円高は一服した感があるものの、企業を取り巻く競争環境は依然、厳しい。今後も国際競争を勝ち抜けるかどうか。各社の成長戦略が問われている。

 「デジタル家電の領域で、当社は負け組になっている」。2013年3月期まで2期連続で7000億円以上の連結最終赤字を計上するパナソニック。津賀一宏社長は10月末の記者会見で、自社の現状を厳しく評価した。合理化などの効果で営業利益は前期の3倍強となる1400億円に回復するが、自動車部品などを除く主要部門で軒並み減収となる。

 事情はデジタル家電のもう一方の雄であるソニーも似ている。今期は黒字化を見込むが、テレビなどエレクトロニクス事業の不振で12年3月期まで4期連続で連結最終赤字を計上。12年4月に就任した平井一夫社長兼最高経営責任者(CEO)の下で不採算事業の売却や人員削減などを通じた経営効率化を進める。

 1ドル=80円前後という歴史的な超円高が定着し、日本企業はアジア勢に対して輸出競争力が大幅に低下した。国内の電力値上げなど、新たな負担も発生している。テレビ世界最大手のサムスン電子や同2位のLG電子など韓国勢との価格競争も激化。サムスンなどはウォン安を追い風に欧米市場でシェアを獲得した。

 一方の日本勢は戦線縮小が続く。パナソニックはスマートフォンで米アップルやサムスンの牙城を崩せず、今春に再参入したばかりの欧州市場から今年度に撤退することを決めた。かつて世界最大手だったソニーのテレビ事業は今ではサムスンなどの後じんを拝し3位に沈む。現状、韓国勢の背中は相当遠い。

 日本勢の不振の原因は外部環境の悪化だけではなさそうだ。パナソニックの津賀社長は「メーカー視点の技術開発に走り、顧客目線を忘れていた」と指摘。デザインなど、海外企業に劣る点があったと認める。今期4500億円の最終赤字となるシャープの奥田隆司社長も「良い技術があっても、マーケットに受け入れられるかどうかという取り組みが不十分だった」と反省する。

 パナソニックは10月に本社部門をスリム化する組織改革を実施。「スピードを上げなければならない」(津賀社長)と意思決定のあり方から見直し、業績の立て直しを急ぐ。

 ソニーはサムスンとの液晶パネル合弁事業を12年1月に解消。台湾勢などにも調達先を広げることでパネル調達費の削減を進める。さらに高採算が見込める大型の上級機種に製品数を絞り込むなどして14年3月期のテレビ事業黒字化を目指す。
 加えて中小型液晶事業や化学事業の売却、グループ人員1万人の削減など「痛みを伴う改革」(平井CEO)にも積極的に取り組む決意だ。

[日経新聞12月31日朝刊P.14]


有機ELテレビ、サムスン・LGが発売延期 部品量産に壁、採算合わず

 【ソウル=尾島島雄】次世代テレビとして期待される「有機ELテレビ」を巡って、韓国サムスン電子は今年中としていた発売時期を2013年前半に延期する。LG電子も発売を来年に先送りした。高級テレビの需要拡大が見込みにくいうえ、製造コストが下がらず採算を確保できそうにないためだ。韓国勢が次世代のテレビ事業で技術の壁にぶつかっている。

 有機ELテレビは表示装置として主流の液晶パネルに代わり、有機ELパネルを搭載した薄型テレビ。電圧をかけると発光するため、背面から照らすバックライトが不要で薄型にできる。薄型テレビ世界首位のサムスンは1月に米ラスベガスで開かれた家電見本市に55型の有機ELテレビを展示し、年内に市場投入すると表明していた。

 だが、実際の製造現場では基幹部品である有機ELパネルで「(良品率を示す)歩留まりが上がらない」(関係者)状況だ。現状のまま発売すれば売れば売るほど赤字になる。技術力でイメージを向上させるメリットはあるが、それだけでは大幅な採算悪化を穴埋めしきれず、発売を延期せざるを得なくなった。

 リビング用の大型の有機ELテレビは、日本や中国のメーカーも販売していない。サムスンには低消費電力で高画質というイメージが強い有機ELテレビを早期に投入して、高収益につなげる狙いがあった。だが液晶テレビの高画質化も進み、有機ELテレビの優位性は想定より薄れている。サムスン社内では、新たな発売時期について「早ければ来年1〜3月期」という声が出ている。
 サムスンと同様に55型品を公表済みのLGも年内としていた発売時期を年明けに見送った。サムスンが赤緑青の三原色をガラス基板上に形成する手法で苦戦しているのに対して、LGはコストが安い別の方式を採用。試作段階ではサムスンに比べて不良品の比率が低いが、採算ラインには届いていないもようだ。

 両社が苦戦する間、薄型テレビは新興国での普及の一巡と世界景気の減速により市場が頭打ちになっている。米NPDディスプレイサーチによると、12年の液晶テレビの市場規模は約1004億ドル(約8兆5500億円)と、11年より縮小する見込みだ。

 日本勢では、ソニーとパナソニックが共同でテレビ用有機ELパネルを低コストで量産する技術を来年中に確立する方針だ。日本メーカーはサムスンやLGの製品化の時期を見極めたうえで、新市場が拡大する時期にあわせて大型画面の新製品を投入するとみられる。

[日経新聞12月31日朝刊P.14]


自動車襲った「7重苦」

 長引く円高や高い法人税、東日本大震災とそれに伴う電力不足など「6重苦」にあえぐ自動車業界。尖閣諸島問題に端を発する中国での日本車販売の急減が7つ目の課題として、日本の自動車メーカーに重くのしかかっている。

 9月中旬、日本政府が沖縄県・尖閣諸島を国有化したことに反発する中国国民が50以上の主要都市で大規模なデモを開始。一部は暴徒化してトヨタ自動車やホンダなど日系メーカーの販売店に放火したり、中国人の乗る日系メーカー製の自動車を破壊したりした。
 トヨタや日産自動車、ホンダなど日系大手6社の9、10月の中国での販売台数(工場出荷ベース)は前年同月に比べて4割以上減少した。「日本車が石を投げつけられているのを見て、買う勇気のある人はいないだろう」。ある中堅自動車メーカーの幹部はため息を漏らした。

 11月は同26%減と減少幅は縮小したが、前年並みにはほど遠い。1〜11月の累計でも各社とも前年割れしており、2012年通年でも前年を下回ることがほぼ確実になっている。欧米メーカーや韓国の現代自動車は軒並み2ケタの伸びを保っている。中国国内の景気は減速感が強まっており、新車販売台数の伸びも鈍っているが、日系メーカーの顧客を取り込んだ格好だ。
 ただ、日系メーカー各社とも、世界最大市場に育った中国を重視する姿勢に変わりはない。11月下旬に開幕した「中国広州国際汽車展覧会(広州モーターショー)」では、トヨタや日産が過去最大規模で出展。マツダや三菱自動車など中堅も前年並みの出展規模を確保した。トヨタの豊田章男社長は「今後もしっかり中国でビジネスをしていく」と強調する。
 足元では「ショールームへの来場客はほぼ前年並みまで戻ってきた」(日産の志賀俊之最高執行責任者)というが、販売に結びつくまでは、なお時間がかかりそう。自動車は大きな買い物だけに、どこの国のブランドかよりも燃費や品質を重視して購入を決める消費者も多い。こうした顧客層を丁寧に取り込めるか。日系自動車メーカーの実力が試されている。

[日経新聞12月31日朝刊P.14]


素材生産拠点、海外移転進む

 三井化学は11月、100億円強を投じて食品包装などに使う特殊樹脂の工場をシンガポールに建設することを決めた。ポリエチレンの一種で、液体や粉末を完全に密閉し簡単には破れない機能を加えている。

 高度技術を要し現在は千葉県の工場だけで生産する“虎の子”素材。だが「増産のために国内に投資するという選択肢は無かった」(田中稔一社長)という。
 日本の製造業のとりでともいえる先端素材の海外移転が止まらない。国内市場が縮小する一方、アジアの新興諸国では生活を豊かにする様々な製品向けの需要が拡大。さらに円高の定着で、輸出は採算性が低下しており、国内生産にこだわっていられなくなった。

 生き残りをかけた素材企業にとって、政治的緊張がある中国や韓国であっても有力な移転先だ。

 東京応化工業は韓国でサムスン電子グループとの合弁会社を設立し、来夏から半導体向けフォトレジスト(感光性樹脂)の現地生産を始める。住友化学や宇部興産はスマートフォン向けの最新ディスプレー関連素材の韓国生産に着手。東レが韓国に建設中の炭素繊維工場は年明けから稼働を始める予定だ。対ドルの円高、ウォン安に加え、税制上の優遇措置も韓国進出の決め手の一つだ。

 潜在需要が圧倒的に大きい中国も引き続き魅力的な進出先。信越化学工業は発光ダイオード(LED)などに使う「シリコーン」の生産を来年1月から始める。これまでは群馬と新潟、福井の国内3カ所で生産していたが、中国と周辺諸国の顧客を囲い込むために海外進出を決意した。新日鉄住金化学は電炉電極材料の新工場を江蘇省に建設する計画だ。

 もっぱら国内市場だけに軸足を置いてきた製紙すら、海外展開に本腰を入れようとしている。業界最大手の王子ホールディングスは10月、インド進出を決めた。現地製紙大手のJKペーパーや丸紅と合弁会社をつくり、2014年1月から段ボール箱製造工場を稼働させる計画だ。

 「6重苦、7重苦といわれる日本での経営環境が続く限り、我々は海外に活路を求めざるを得ない」(三菱ケミカルホールディングスの小林喜光社長)。安倍政権が発足して円高修正への動きは出ているが、環太平洋経済連携協定(TPP)への参加議論が遅々として進まないとすれば、日本の産業空洞化はいっそう深刻になる。

[日経新聞12月31日朝刊P.14]


<電子版これが読まれた>頼みの「プラチナバンド」に暗雲 10月15日公開

 イー・アクセスの買収に続き、米携帯電話3位のスプリント・ネクステルの買収で近く合意するソフトバンク。派手な買収劇が注目を集める一方で、通信品質改善の切り札として7月に始めた「プラチナバンド」のサービス計画の先行きに暗雲が漂い始めているという。
 「つながりにくい」との悪評に悩まされてきたソフトバンクの携帯電話サービス。ソフトバンクが決断したイー・アクセス買収にはそうした課題を一気に解消する狙いが込められていた。だが、「買収で得られる帯域だけでは間に合わず、通信品質改善は早晩『プラチナバンド』頼みになる」(業界関係者)。プラチナバンドとはソフトバンクが新たに割り当てられた900メガヘルツ帯の電波。ソフトバンクがこれまで使っている帯域よりも電波が届きやすいが、本来の3分の1しか使えていない。
 なぜ、そんなことになっているのか。もともと900メガヘルツ帯のうち、3分の2はICタグの通信や業務用無線などの用途で多くの企業・自治体が使っている。既存の利用者に周波数を変えてもらわないとプラチナバンドをフル活用できない。電波法では2018年3月末までに立ち退くことになっていたが、ソフトバンクの希望で、14年3月末までにソフトバンクが利用者に立ち退きをお願いし、全面的にサービスを始める段取りとなっていた。しかし交渉は難航。孫正義社長はイー・アクセス買収会見で、立ち退き交渉を「電波の地上げ」と表現、「一生懸命、これまで使っている人から譲り受けるという行為をしなくてはいけない」と焦りをにじませた。
(松浦龍夫)

[日経新聞12月31日朝刊P.14]


<あのとき この一言>パナソニックの津賀一宏社長

「いま、普通の会社ではないことを自覚するところからスタートしなければならない」
 2012年10月31日、パナソニックの津賀一宏社長が決算説明会で語った。13年3月期に2期連続で7000億円以上の最終赤字という、前例のない業績見通しを発表。危機的状況を脱するには、社内の危機感が足りないとの思いがあった。

[日経新聞12月31日朝刊P.14]


支援巡り南北間で対立

 2012年は世界が欧州債務危機の広がりに気をもんだ。スペインで銀行危機が表面化し、ギリシャは財政緊縮策の実行を巡って迷走。一時はユーロ離脱の懸念も膨らんだ。欧州危機の影響は域内にとどまらず、日米やアジア経済にも影を落とす。金融市場は落ち着きを取り戻したものの、新年も難しいかじ取りが続く。

 2012年の欧州債務危機の主役は、スペインとギリシャだった。ギリシャのユーロ離脱や、ユーロ圏各国によるスペイン支援の観測が浮上。背景には支援する側の北部と求める側の南部の対立がある。13年も危機収束を模索する各国の駆け引きが続く。

 スペインは5月に銀行危機が表面化。大手銀バンキアが不良債権処理に行き詰まり、国に支援を要請し国有化された。他の銀行も多額の不良債権を抱え、スペイン政府は6月にユーロ圏へ銀行部門の支援を申請。ユーロ圏は最大1千億ユーロの支援を決めた。
 危機は地方財政にも拡大。財政が悪化した州政府から中央政府への支援要請も相次いだ。中央政府は地方向け基金を設けて州政府の支援に乗り出したが、中央政府の財政事情も苦しく、市場は不安を募らせた。
 スペイン危機は、不動産バブルの崩壊が引き金となった。銀行は建設関連や不動産に、州政府も地方空港など公共施設に多額の資金を投資したが、世界的な金融危機でバブルが崩壊し、保有資産の価値が急落。今も負の遺産に苦しむ。

 すでに国際通貨基金(IMF)やユーロ圏の支援を受けていたギリシャでは、財政再建策を巡り内政が迷走した。5月の議会選では、財政規律維持派と反緊縮財政派の対立で混乱し内閣を発足できず、再選挙を余儀なくされた。6月の再選挙で新首相に就任したサマラス氏は「国民はユーロ圏残留を選んだ」と財政再建路線の維持を宣言したが、IMFなどに財政再建のペースを緩めることを認めるよう要求した。

 ユーロ圏は11月下旬、ようやくギリシャの債務削減で合意。既存融資の金利を引き下げ、返済期限も延長した。ギリシャへの融資凍結を解いて、財政再建を後押しする態勢は整えた。
 欧州債務危機の対応を巡って、震源地となった南欧と、支援を担うドイツなど北部欧州の溝が鮮明になった。南欧側は「景気下支えを」と財政出動を要求。一方、メルケル独首相は「ドイツはユーロ圏の安定役」と幾度も反論。北部欧州の財政が悪化すれば、南欧支援の資金の出し手がいなくなると警告を繰り返す。

 13年、ユーロ圏の成長率はほぼゼロとなる見通し。景気低迷が改革の足を引っ張る悪循環が、徐々に露見し始めている。危機対応はゆっくりと進んでいるものの、完全な克服への道のりは遠い。(パリ=竹内康雄)

[日経新聞12月31日朝刊P.18]


「ユーロ瓦解」恐怖目前に

 市場は欧州債務危機の深刻化を受けて、「ユーロ瓦解」に身構え、幾度も混乱した。5月のギリシャ総選挙では急進左派連合が躍進し、ユーロ離脱が現実味を帯びた。6月にはユーロ圏第4位の経済規模を持つスペインの国債利回りが、ユーロ導入後初めて債務残高の膨張を招く「危険水域」とされる7%を超えた。

 スペインでは財政悪化と金融不安の負の連鎖が止まらず、国債利回りの急騰を招いた。銀行から預金の流出が加速、大手格付け会社はスペインの国債の格付けをジャンク(投資不適格)すれすれまで下げた。欧州連合(EU)のファンロンパイ大統領はユーロ共同債の検討を要求し、イタリアのモンティ首相はユーロ圏の預金保険機構の設立を提案した。

 市場は、動かない政治に「どこまで危機が広がるかわからない」と混乱を深めた。仏流通大手カルフールはギリシャから撤退を決め、英通信大手ボーダフォンのように運転資金をユーロ圏以外に移す動きも相次いだ。独紙は「通貨をユーロからマルクに戻した場合は失業者が500万人に急増する」という独財務相の分析を報道した。ユーロ結束の揺らぎを感じさせた。

 事態が沈静化に転じたのは6月末の首脳会議だ。欧州安定メカニズム(ESM)が各国の問題銀行に直接資本注入できる仕組みをドイツや北部欧州が承認。7月には欧州中央銀行(ECB)が方針を転換し、無制限の国債購入策を打ち出した。一時7%代後半まで上昇したスペインの10年物国債利回りは低下した。
 ただ、本格的な危機対策は先送りが目立つ。EU首脳会議は今月14日、銀行監督の一元化で合意したが、導入は2014年春以降となる見通し。ユーロ圏の常設金融安全網の欧州安定メカニズム(ESM)が銀行に直接資本注入する制度も13年中の仕組み作りを目指すが、どんな銀行を対象にするかなど具体論では課題を残している。
 さらに、ユーロ圏共通の銀行破綻処理制度の創設では合意したものの、預金保険制度に関しては棚上げしたままだ。欧州全体の「債務の共通化」や「財政移転」については方向性すら定まっていない。危機の本質である財政問題の解決に向けた本格的な議論に入るのは、13年秋のドイツ総選挙まで難しいとの観測が強い。(ロンドン=松崎雄典)

[日経新聞12月31日朝刊P.18]


<電子版これが読まれた>百家争鳴、決められぬ欧州 10月29日公開

 ブリュッセルの夜は長い。10月18日の欧州連合(EU)首脳会議も初日の協議は午前3時まで延びた。4カ月前に首脳で合意したユーロ圏の銀行監督の一元化について「いつから実現するか」という入り口論を蒸し返し、南北欧州の対立が先鋭化した。

 欧州中央銀行(ECB)が域内の銀行を一括して監督する体制は、安全網の欧州安定メカニズム(ESM)から問題銀行に直接資本を注入する危機対応策の前提だ。
 市場を早くなだめたい南の国々。納税者のかぶるリスクを抑えたい北の国々。「2013年1月までに法制度を固めて、同年中に監督一元化を始動させる」という両論併記のEU合意は、6月の基本合意から最小限の進展しかしなかった。何よりも迅速な決断を迫る市場の圧力が一時的に薄れているためだ。

 直接資本注入で基本合意した6月末の首脳会議は、財政と金融システムの不安が連鎖を起こすスペイン危機の最中だった。債務負担で苦しい国が問題銀行の資本増強も迫られ、不安視する市場で国債の利回り上昇が止まらない。「銀行と金融の危険な悪循環を断ち切る」という決意表明でユーロ圏首脳は火消ししたはずだった。ところが、ECBの大規模な南欧国債の買い支え方針が効いて市場が落ちつくと、早期決断を迫る圧力は薄れる。欧州はたちまち百家争鳴の状態に逆戻りする。

 ユーロ圏を中心に欧州再生への歩みが少しずつ進んでいることは評価できる。だが今のような緩慢さで市場や世界の疑念を払拭できるとはいえない。
(編集委員 菅野幹雄)

[日経新聞12月31日朝刊P.18]


<あのとき この一言>ドラギECB総裁

「通貨ユーロを守るためなら何でもする」

 欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁が7月26日、ロンドンの講演で表明した。ECBは8月2日の理事会で、財政が悪化したスペイン支援のため無制限の国債購入策などを打ち出した。ドラギ総裁発言を機に、市場の欧州債務問題への不安が和らいだ。

[日経新聞12月31日朝刊P.18]

 

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01. 2013年1月15日 00:23:38 : FUVzuuJh2U


欧州危機は最悪期脱出か、改革と歳出削減の堅持を=レーン委員
2013年 01月 12日 10:12 J
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[ブリュッセル 11日 ロイター] 欧州委員会のレーン委員(経済・通貨問題担当)は11日、ユーロ圏の債務危機は最悪期を脱したとみられるものの、危機にきっぱりと片をつけるために各国政府は改革と歳出削減の手綱を緩めてはならないとの認識を示した。

委員は講演で、優先順位に基づく投資先の決定、若年層の失業対策、財政赤字削減措置の継続、域内経済統合の深化に向けて取り組むことが重要と指摘。

ユーロ圏経済は集中治療を終えた患者のようなもので、完全な健康を取り戻すにはまだ時間がかかるとし「慢心は許されない。経済を活性化するために改革路線を堅持する必要がある」と言明した。

国際通貨基金(IMF)が10月の報告書で、緊縮措置が経済に及ぼす影響への懸念から急激な赤字削減策に警鐘を鳴らしたことについて、全ての国に当てはまらないとの認識を表明。政府の債務抑制に対する投資家の信頼を考慮する必要があるとし、緊縮措置の影響は、市場のアクセス状況によって各国で異なるとの見解を示した。

歳出削減策により予算と債務の持続可能性は改善したものの、債務は依然として高水準にあり、さらなる対応が必要とした。

欧州委はスペインの赤字削減目標の達成期限を延長するかとの質問には、スペインの達成期限はすでに1年延長されていると応じた。そのうえで「成長が予想外に悪化した場合は、合意済みの財政再建措置が実施されていることを条件に一段の時間的猶予を与えることもあり得る」と述べた。

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JBpress>日本再生>今週のJBpress [今週のJBpress]
中国が風邪を引けば、アジアが豊かになる
日中関係の悪化がASEANの経済に及ぼす影響
2013年01月12日(Sat) 川嶋 諭
 いまや完全に死語になってしまった「アメリカがくしゃみをすると日本は風邪を引き、香港は肺炎にかかる」は、アジアについては次のような相関関係に変わっているようだ。「中国が鼻水を垂らすとASEAN(東南アジア諸国連合)のお腹がいっぱいになる」

カンボジア、ベトナム、フィリピン・・・、急成長し始めたASEAN経済

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16 社説:米国の崖をまた別の崖と交換した大統領
17 活況に沸くカンボジア製造業
18 全国で火花を散らすイチゴ戦争
19 悩ましい中国との関係構築、日本がまず行うべきは日米同盟の強化
20 さいたま市民はなぜ内視鏡検査を1000円で受けられるのか
 「アメリカがくしゃみ・・・」は、米国経済に依存しすぎていた日本とアジアへの揶揄だったが、最近の現象は中国という人口が半端ではない国の影響力の強さを示していて面白い。

 このコラムでも何度か紹介したように、尖閣諸島に中国の漁船が侵入した事件を契機に日中関係が冷え込んで以来、日本企業による脱中国の動きが加速している。

 脱出先の中心はASEANだ。とりわけカンボジアやベトナム、フィリピンなどがその影響を最も強く受けているようだ。

 例えば、最近の記事では英フィナンシャル・タイムズ紙が「活況に沸くカンボジア製造業」という記事を配信している。

 FT紙が“脱中入亜”の理由として挙げているのは中国の賃金上昇だが、反日暴動の影響も大きい。急速に進む賃金上昇に悩む経営者の背中を強く押すきっかけとなっていることは疑いようがない。

 その日本企業がASEANの中でまず向かいたがるのがタイだ。

 元首相のタクシン派と反タクシン派の対立がいまでも続いているとはいえ、タイ人の優しさに惹かれる気持ちはよく分かる。

 また、製造業だけでなくサービス産業の進出が進んだことで、まるで日本にいるかのように仕事ができるようになってきた。それがさらに日本企業の進出を呼び込む循環を生んでいる。

 しかし、日本企業の進出ラッシュが続き、タイではお腹がいっぱいになりすぎて、もう食べられないといった状況。その状況を3年前にタイに進出した日本駐車場開発の川村憲司副社長に聞いた。

 まず、1年半前の記事「成長をタイに求め始めた日本のサービス産業」で振り返りたい。このとき、川村さんは「本当にタッチの差でした。ラッキーだったですね」と話していた。

 日本企業の進出ラッシュで有能なタイ人の人材が払底、川村さんの後から進出した日本企業ではまともな人材は採れなくなっていると言うのだ。

人材の厚みが日本とは全く違っていた!


川村さんが誇る英語も日本語もほぼネイティブに話す美人スタッフ
 「いま、ここにお茶を出してくれた若い女性がいるでしょう。彼女はTOEICがほぼ満点なんですよ。日本語はもちろんほぼ完璧に話します。また美女でしょ。彼女のような人材をいま見つけようと思っても不可能だと思いますよ」

 この話を聞いてから1年半。再びバンコクに川村さんを訪ねた。若くて美人、日本語も英語もぺらぺらの美女軍団に囲まれながら相変わらず精力的に活動をしていた。しかし、少し様子が前とは違っていた。

 飛び切り優秀な人材は採れたものの、駐車場の現場で働く人たちがうまく確保できないのだと言う。正確に言うと、カネを出せば人は集まることは集まる。しかし、いくら教育してもきちんと働いてくれないのだそうだ。

 「人材の厚みが日本とはまるで違っていることを痛感させられました。就業時間は守らない。遅刻は日常茶飯事。無断欠勤も平気。これでは日本のようには事業が進みません」

 東京・丸の内地区などの駐車場管理を中心に事業を急拡大させてきた日本駐車場開発は、独特のサービスが売り物。例えば、英語が流暢に話せる大卒の美人社員を駐車場の整理担当として配備して、外国人の顧客が来てもストレスを与えることなく対応する。

 一方で徹底的に合理化を図っているからそうしたサービスを実現しているわけだが、タイではこのモデルがうまく応用できなかった。

 川村さんによると、バンコクでは実質的に失業率ゼロの状態が続いており、いわば普通の人たちを雇うことが難しくなっているのだそうだ。「人がいないことにはビジネスは成り立ちません。ビジネスモデルを変更せざるを得なかった」と言う。

 そこで川村さんはバンコク市内で日本駐車場らしいオペレーションを一気に展開するのではなく、限られた駐車場を有効活用するビジネスへと方針を転換した。

 いまタイでは好景気に支えられて自動車の販売が絶好調だ。リーマン・ショックまで年間の販売台数は60万台がピークだったのに、2012年は一気に140万台市場へと拡大した(「クルマは国家なり、韓国・欧米に隙見せるな!」)。

 バンコクはこの十数年間でBTSと呼ばれる高架鉄道や地下鉄が整備され、かつてのように100メートル先のオフィスビルに行くのに車だと1時間以上もかかるといった大交通渋滞は緩和された。しかし、ここ1〜2年は渋滞が最悪期に近づいてきた。

急速に増える自動車に駐車場不足は深刻化の一途


日本駐車場開発の川村憲司副社長
 もちろん、理由は急拡大している自動車販売である。「モータリゼーションの波にインフラ整備が全く追いついていないという状況です。とりわけ駐車場はひどい」と川村さんは言う。

 新しいビルには駐車場の設置が義務づけられているとはいえ、増える車の台数の前には無力にさえ見える。しかも、せっかくビルに設けられた駐車場もビルオーナーやテナントなど一部のユーザーが押さえてしまっている。

 そのため、駐車場には余裕があるのにビルの外には止めるところのない車があふれ返っているという状況になっている。

 運転手を抱えている人たちは、ビジネスミーティングの間に運転手には路上を運転させて待たせているというのもごくありふれた光景だ。

 こうした状況に、川村さんはビジネスチャンスを見出した。「美女ローラー作戦」を展開し始めたのである。川村さんの美女スタッフチームがバンコク市内のビルの駐車場の利用状況を徹底的に調べ上げ、余裕のあるところをリストアップした。

 そして、その駐車場を持つビルのオーナーへ美女たちが貸し出してほしいと営業をかける。「これが意外にも効果があって、成約率が高いんですよ」と川村さん。

 ビルのオーナーにすれば、まさか若くて美人の才媛が駐車場を貸してくれと営業に来るとは思ってもいないから、驚いている間に契約書にサインしているというケースもあるのだろう。

 一方、美女たちにしても、バンコクの交通渋滞を少しでも緩和するというビジネスが社会貢献につながることもあって、モチベーションは高いという。「僕がいちいち指示しなくても、全員が積極的に動いてくれるんです」と川村さん。

 十分に人材が確保できないならできないなりにビジネスモデルを素早く変えて事業を成長させているのは、さすがはやり手の経営者である。しかし、日本で新しい駐車場ビジネスを大成功させた経営者に、タイに進出して間もなく方向転換を迫るほどに変化が激しいとも言える。

 その急激な変化をもたらしているのが、中国と日本なのである。中国の経済成長が鈍化し、日中関係の悪化で日本企業の脱中国が進む。世界第2位と第3位の経済大国が少し動けば、経済規模の小さなASEANに大きな影響をもたらす。

 安倍晋三首相は最初の外遊先としてASEANの3カ国を回る予定だという。一方で中国は尖閣諸島に戦闘機まで飛来させ始めた。日中とも新政権に移行する2013年だが、関係修復には相当な時間がかかりそうである。

 2013年、ASEANの経済成長にはさらに拍車がかかるのだろう。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36913


02. 2013年1月18日 06:35:03 : Pj82T22SRI
問われているのは、EUのlegitimacyだ

ユーロ圏諸国は政治同盟を創設できるか?(下)

2013年1月18日(金)  熊谷 徹

 去年の12月13日、欧州連合(EU)は、ユーロ防衛のための戦いの中で重要な一歩を印した。EU加盟国の財務大臣たちは、ユーロ圏の大手銀行を一元的に監督する規制官庁を2014年3月に創設することで合意したのだ。

銀行監督を一元化

 ユーロ圏銀行監督庁は、欧州中央銀行(ECB)の中に設置され、総資産が300億ユーロ(約3兆円・1ユーロ=100円換算)以上、もしくは総資産が本社のある国の国内総生産(GDP)の20%を超える銀行を監督する。

 この規制官庁の最大の任務は、銀行危機の再発を防ぐことである。2009年末から続いている過重債務問題の影響で、スペインやアイルランドの銀行は危機的な状況に陥った。特にスペインでは建設バブルが崩壊し、多額の不動産融資を行っていた銀行が破綻の瀬戸際に追い込まれた。しかし同国政府は独力でこれらの金融機関を救うことができず、EUの緊急支援を受けなくてはならなかった。

 EUは、「個々の国の監督庁による規制が不十分だったことが、スペインなどの銀行危機を悪化させた」と指摘。リーマンショックが教えているように、大手銀行が破綻の危機に陥った場合、ユーロ圏全体、さらに世界の金融マーケット全体にとって「システミック・リスク(システム全体の存続を左右しかねないリスク)」となりかねない。このためEUは大手銀行への規制強化を決めた。

 さらに今回の合意によって、ESM(欧州安定化メカニズム)が銀行に対して資金を直接注入することも可能になった。スペインとイタリアが切望していた措置だ。これらにより、将来の金融危機に対する備えも厚みを増した。

リスク意識の欠如

 欧州債務危機は、銀行危機と表裏一体である。ギリシャが財政健全化の目標をほとんど達成していないにもかかわらず、EUが継続的に同国を支援し、債務不履行となるのを防いでいる理由の一つは、新たな銀行危機が発生する懸念があるからだ。ギリシャ国債が無価値になった場合、同国債を多く保有しているギリシャの大手銀行が一斉に倒産する可能性がある。それがスペインやイタリア、さらに欧州の金融マーケットに及ぼす影響は計り知れない。EU加盟国の首脳は、ギリシャがデフォルトすることを容認するという「危険な賭け」を避けたのだ。ギリシャ支援に対して厳しい姿勢を取ってきたドイツですら、強硬な態度を徐々に緩和させているのはそのためである。

 ユーロが誕生したのは1999年。通貨同盟の創設から13年たつ今日までユーロ圏共通の銀行監督庁が創設されなかったことは、ユーロの生みの親たちが持っていたリスク意識が、今日に比べると低かったことを示している。当時の政界・経済界は、一国の銀行危機が、感染力の強い病原菌のように世界全体にあっという間に広がるという認識を十分には持っていなかった。

 筆者はドイツに23年前に移り住んで、通貨同盟が誕生し拡大する経緯について執筆してきた。この「リスク意識の欠如」は、官民を問わず、ユーロ誕生・形成プロセスに一貫する特徴である。現在ヨーロッパ市民が払っているのは、欧州通貨同盟がリスクマネジメントを疎かにしてきたことのつけに他ならない。

国債リスクを過小評価

 「バーゼルII」も、国債のリスクを過小評価していた。バーゼルIIは、欧州委員会がスイスの銀行監督委員会の提案に基づき、EU圏内の全ての銀行に2007年から遵守が義務づけている自己資本ルールである。

 この自己資本ルールは、貸し倒れリスクを減らすために、銀行に対して投資リスクをカバーするのに十分な自己資本の準備を義務づけている。金を貸すと、債権を回収できないリスクが生じる。債権を回収できなくても銀行の経営に深刻な影響を与えないように、銀行が金を貸すごと、投資をするごとに自己資本を引き当てさせるのだ。リスクが高い貸し出し・投資ほど、銀行は多くの自己資本を準備しなくてはならない。

 だがバーゼルIIは、信用格付けがトリプルAもしくはダブルAマイナスの国債への投資には、自己資本の準備を義務づけなかった。一時は国家破綻の瀬戸際まで追い詰められたギリシャの国債に対してすら、2010年の初めまでは、投資額のわずか1.6%に相当する自己資本の引き当てしか求めていなかった。これは通常の銀行間融資や株式投資の際に必要な自己資本引当額を大幅に下回る比率だ。つまりバーゼルIIは、国債を極めてリスクが低い投資先と見ていたのである。このため欧州の多くの銀行が国債に投資し、債務危機が銀行危機に発展する危険を高めた。

軽視された非救済条項

 欧州諸国と投資家のリスク意識欠如の最たるものが、通貨同盟の法的基盤であるマーストリヒト条約が定めた「ノー・ベイルアウト(No bail-out)」条項の軽視である。この条項は非救済条項と呼ばれるもので、欧州通貨同盟に属する国の債務を、他の国が肩代わりすることを禁じている。ドイツ政府は約20年前から、南欧諸国が過重債務を背負い込み、ドイツのように裕福な国がその尻拭いをさせられることを恐れていた。ユーロ導入に伴うマルクの廃止に不安を抱いていたドイツ人は、「他の国の借金を押しつけられる危険はない」と保証する一文をマーストリヒト条約の中に盛り込むことで、ようやくユーロ導入に同意した。

 だが2009年末以来、ギリシャやアイルランド、ポルトガルを救うためにドイツなど他のユーロ圏加盟国は緊急融資や保証の形で、多額の負担を背負い込んでいる。「非救済条項」は、事実上なきものとなっている。

 2012年春に、ミュンヘンのIFO経済研究所は、万一全ての債務過重国が支払い不能に陥った時にドイツが背負い込む理論上の負担額を試算した。ドイツがESMへの参加などを通じて、南欧諸国に与えている支援額の総計である。その額は7630億ユーロ(76兆3000億円)に達する。

 もちろん全ての過重債務国が破綻するというシナリオは、現実的ではない。だがドイツがマーストリヒト条約に調印した時に、国民はこれほどの潜在的な負担がのしかかるとは想定していなかった。

 ドイツ連邦銀行の元理事ティロ・ザラツィン氏は、「ユーロが誕生した時、各国政府も金融マーケット(投資家)も、非救済条項の内容を理解していなかったか、もしくは軽視していたのではないか」と考えている。

 もしも非救済条項を額面どおりに適用したら、過重債務国は他の国の援助を受けられないので破綻の危険が高まる。金融マーケットは、当初から「非救済条項がドイツの思惑通りに厳格に適用されることはない」と考えていたからこそ、当初は比較的低い利回りでギリシャやポルトガルに金を貸し続けた。

ギリシャのユーロ圏への不正参加

 ギリシャは、本来ユーロ圏に参加する資格はなかった。同国は2001年に欧州通貨同盟に加わってユーロを導入した際に、米国の投資銀行のアドバイスを受けて一部の債務を欧州委員会に報告しなかったのである。欧州委員会はEU政府に相当する。

 ギリシャは累積債務残高をGDPの60%未満に見せかけて、通貨同盟に参加する資格を得た。この時のカギは、通貨スワップを利用した複雑な隠蔽工作だった。筆者は、2004年にこの事実が発覚した時に、ユーロが暴落したり、ギリシャ国債の利回りが高騰したりしなかったことに驚いた。欧州委員会も、ギリシャにユーロ圏からの脱退を迫ることはなかった。それどころか、同国に対し厳しい制裁措置を加えることもしなかった。EUとマーケットの反応のおとなしさに、筆者は呆気にとられた。

 ギリシャが「詐欺的な手法」によってユーロを手にしたにもかかわらず、何の罰則を与えることもなくユーロ圏に残留することを許したのは、欧州通貨同盟のリスク意識が欠如していたことを最も端的に象徴するエピソードだ。

 ちなみにECBは、米国の投資銀行が2001年にギリシャ政府のために行った公的債務の隠蔽工作に関する内部報告書の公表を拒んでいる。米国の通信社ブルームバーグは、報告書の公表を求めてルクセンブルクの欧州連合裁判所に提訴した。しかし同裁判所は2012年11月に「公表された場合EU経済に悪影響が及ぶ恐れがある」として訴えを退けた。

 ECBのマリオ・ドラギ総裁は、2002年から3年間にわたり、この投資銀行の欧州子会社の副社長を務めた。ドラギ氏が同社に加わったのは、投資銀行がギリシャ政府のための隠蔽工作を実施した後なので直接の責任はないと見られる。しかし報告書の内容が、EUやECBのリスクマネジメントの杜撰さを浮き彫りにするもので、ユーロ防衛の戦いの先頭に立つ同氏にとって不愉快な物であることは間違いない。

 さらに、ドラギ総裁の息子は、別の投資銀行に勤めて、金利に関連する金融商品を担当している。ユーロ圏の政策金利を決定する人物の息子が、金利の上下によって収益を生む業界で働いている状況には苦笑せざるを得ない。

「Lender of last resort」をめぐる心理戦

 金融業界には、「Lender of last resort(究極の貸し手)」という言葉がある。困った時に、お金を貸してくれる貸し手のことだ。日本や米国では、中央銀行が事実上の「究極の貸し手」と見られている。

 ECBは、約3年間にわたってこの「究極の貸し手」をめぐる金融マーケットとの心理戦で敗北し続けてきた。2009年末にギリシャの過重債務の実態が表面化するまで、金融マーケットは「非救済条項」は適用されないと考えていた。いざとなればECBそして欧州北部の国々が究極の貸し手になり、窮地に陥った加盟国を救済すると高を括っていた。

 だがEU最大の経済パワーであるドイツは、ECBによる量的緩和に伝統的に反対してきた。第一次世界大戦後に、超インフレを経験したからだ。今回のユーロ危機においても、量的緩和に対して強硬な反対姿勢を取ってきた。このためECBは、ユーロ危機が勃発した当初、ギリシャやポルトガルの国債を無制限に買い取る姿勢を表明することができなかった。

 ドイツの通貨政策担当者は「ファンダメンタリスト(原理主義者)」と呼ばれる。彼らにとって、ECBが国債を買い取ることは、紙幣を印刷して国家の債務を減らすことに等い。EU法に違反する行為なのだ。ECBによる国債買い取りに抗議して、ドイツ連銀の総裁アクセル・ヴェーバー氏と、ECBのドイツ人主任エコノミスト、ユルゲン・シュタルク氏が辞任したことは記憶に新しい。「マルクの信用性の番人」だったドイツ連邦銀行の伝統を引き継いだ彼らは、「違法行為」を続けるECBの理事会に属し続けることを潔しとしなかったのである。

 2012年3月にEUが決定したギリシャに対する第2次救済策は、民間の投資家たちを震撼させた。この救済パッケージは、民間の投資家に、ギリシャ政府に対する債権の一部(1070億ユーロ=10兆7000億円)を放棄させることを含んでいたからだ。しかも投資家たちにとって悪いことに、EUは彼らに、債権の一部を「自発的」に放棄させた。ギリシャ政府が債務不履行に陥ったという印象を避けるためである。

 借り手が倒産したのではなく、投資家が自発的に債権の一部を放棄する場合、投資家はCDS(クレジット・デフォールト・スワップ=借り手が債務を返済できない場合に、保険のように機能するヘッジ手段の一種)による「保険金」を受け取ることもできない。これでは泣き面に蜂である。

 多くの投資家は、「ユーロ圏には『究極の貸し手』はいない。ひょっとするとEUは過重債務国を見限って破綻させるかもしれない」という見方を強め、ユーロ圏への投資を忌避するようになった。ECBが総額1兆ユーロ(約100兆円)を超える資金を1%の低利で金融マーケットに提供した――「Dicke Bertha(太っちょベルタ)」と呼ばれる――にもかかわらず、ギリシャをはじめとする過重債務国の国債利回りが大きく低下しなかったのは、このためだ。

ECBが究極の貸し手となるドラギ総裁の鶴の一声

 このためドラギ総裁は2012年9月、ドイツの反対を押し切って、マーケットに重要なシグナルを送った。彼は、「EUが要求する経済改革を実施する国の国債は、ECBが無制限に買い取る」と宣言した。重要なのは「無制限」という言葉である。ドラギ氏は投資家に対して、「ECBが究極の貸し手になる」という印象を、少なくとも一時的には抱かせた。それ以降、南欧諸国の国債の利回りは沈静化の傾向を見せている。

 去年の夏、10年物のスペイン国債の利回りは、ドイツ国債の利回りを6.4ポイント上回っていた。今年1月中旬時点で、この格差は3.3ポイントに縮まっている。またイタリア国債とドイツ国債の利回りの差も、去年夏の5ポイントから、現在は2.5ポイントに半減している。ドルや円に対するユーロの為替レートも、去年夏に比べて回復した。

 しかし、ユーロ危機は完全に終息したわけではない。ユーロ危機が終わったと言えるのは、ギリシャなどの過重債務国がEUや国際通貨基金(IMF)からの援助なしに、マーケットで国債を売って資金を調達し、借金と利息をきちんと払うことができるようになった時である。それまでは、カンフル剤によって小康状態を見せている患者と同じだ。

 ドイツ連邦銀行のイェンツ・ヴァイドマン総裁も2012年12月末に、債務国政府が、ECBに火中の栗を拾わせることで債務危機に対応することについて強い警鐘を鳴らした。「債務危機の根本的な原因は、まだ取り除かれてはいない。もしも南欧諸国の政府が、国債の利回りが下がったという理由で経済改革の手を緩めるとしたら、再び危険な状態に陥る。財政政策と通貨政策をごちゃまぜにするべきではない」。

政治同盟を軽視

 筆者は前回のコラムで、歴史的な事例を挙げながら「政治同盟を伴わない通貨同盟は成功しない」と書いた。ドイツ連邦銀行などが政治同盟の深化を求めたにもかかわらず、欧州委員会とユーロ圏加盟国は政治同盟の創設を10年以上にわたって疎かにしてきた。これは、欧州を覆っている「リスク意識の欠如」の表れに他ならない。ドイツのコール元首相やフランスのミッテラン元大統領など通貨同盟の推進役たちは、「通貨を統一すれば、政治統合も自ずと進むだろう」という希望的観測の下で、積極的な努力を怠ってきた。政治的統合を強化する気運がようやく高まってきたのは、ギリシャの過重債務が表面化してから3年近くたった去年のことである。

 「ドイツとフランスが舵を取って政治同盟と財政同盟を作らなければ、欧州は深い淵に落ち込むだろう」。独シュレーダー政権で外務大臣を務めたヨシュカ・フィッシャー氏は去年夏にドイツの新聞に寄稿し、ユーロ圏の政治統合を深めるよう求めた。

 コール氏やミッテラン氏は、通貨同盟の創設を決めると同時に、政治同盟を創設するための工程表を作って全ての加盟国にその達成を義務づけるべきだった。そうしなかったことは、今考えれば重大な「不作為の罪」である。

 ドイツやオランダなどヨーロッパ北部の国々と、ギリシャやスペインなど南欧諸国の間に輸出競争力の差があることや、規則や法律の遵守、納税義務に対するメンタリティーに大きな違いがあることは、90年代の初めから明らかだった。さらに、ギリシャがユーロを導入することで、国債発行による資金調達コストが大幅に下がること、そしてドイツやオランダに対する競争力の低さを、その国債によって補おうとすることも自明の理だった。ユーロは、南欧諸国が借金をしやすい状態を作り出した。ギリシャの歴代政権は、身の丈を超える借金をすることによって、国民に金をばらまいてきたわけだ。年金や社会保障を拡充し、インフラを整備することで、選挙に勝つためである。

欧州北部と南部の違いを軽視

 ドイツ人は、規則や法律の遵守を非常に重視する民族だ。筆者はこの国に23年間住んで、彼らがしばしば人間の感情よりも「法治主義」を重んずることを学んだ。法律や規則を優先し、人間関係を二の次とすることが多い。これに対し、ギリシャ人やイタリア人は法律や規則よりも、「人間関係」を重視する。もちろん法治主義という建前はあるが、実際には法律や規則は状況に応じて弾力的に運用されることがある。「情状酌量」の余地はドイツよりも大きい。マーストリヒト条約にある非救済条項をドイツだけが額面どおりに重視し、ギリシャやイタリアが重く見なかったのもこのためである。

 ヨーロッパの北部と南部にはこれほど大きな違いがあるのだ。したがって、政治同盟という枠をはめなければ、各国がばらばらの財政政策、経済政策を取ることは目に見えていた。しかし、2009年末以降ユーロが重大な危機にさらされることになって、欧州諸国はようやく、90年代に政治同盟を作らなかったことの過ちを認識したのである。

 EUは、ユーロ危機という深刻な事態を経験した今を逃したら、政治同盟を作ることができないかもしれない。欧州の有力な政治家は、英国とチェコを除けば、EUの求心力を強めるべきだと考えている。彼らは、ユーロ危機の苦い経験を跳躍台として、欧州統合を一段と深めようとしている。

ユーロ圏財務大臣は可能か

 政治同盟は具体的にどのような形を取るのだろうか。ドイツのヴォルフガング・ショイブレ財務大臣は、「ユーロ圏を一元的に監督するユーロ財務大臣というポストを作り、それぞれの加盟国政府の予算案に介入する権限を与えるべきだ」と主張している。このユーロ財務大臣は、加盟国の予算案を、各国の議会が可決する前に点検する。場合によっては各国政府に突き返して、予算案の作り直しを命じることもできる。こうすれば、南欧諸国による過剰な歳出などを事前に防ぐことが可能になる。ギリシャ政府が21世紀の初めに行ったような国民への「大盤振る舞い」は難しくなる。

 だがユーロ財務大臣に各国の予算への介入権を与えると、加盟国の議会の予算作成権を大幅に制限することになる。このため、加盟国の議員たちからの激しい抵抗が予想される。

政治同盟には民主化が不可欠

 各国の国民に政治同盟、つまり国家主権のEUへのさらなる譲渡を認めさせる上で重要なことは、欧州委員会の民主化である。筆者は過去23年間に、EU、特に欧州委員会の力が各国の経済に与える重要性が年々増していることを痛感してきた。今や、各国政府が作成する経済に関する法律の40%近くは、EU指令を国内法として施行するためのものである。欧州委員会の決定は、ありとあらゆる分野に及んでいる――カルテル禁止から様々な市場(金融、電力、ガス)の自由化、自動車の排気ガス規制、二酸化炭素の排出量、エネルギー消費の効率性、ドイツのマイスター制度の原則的な廃止(中世以来のマイスター制度は、外国企業が市場に参入する際の障壁になると判断した)、民族・性別・宗教に基づく差別の禁止、白熱電球の使用禁止。

 これだけ影響力が高まっているにもかかわらず、EU市民は欧州委員会の委員長や、EUの大臣に当たる欧州委員を投票によって直接選ぶことはできない。EU市民は欧州議会に投票する権利はあるが、大半の市民にとって欧州議会は遠い存在だ。ほとんどの市民は、欧州議会の権限や議席の分布、現在行われている審議の内容を知らないだろう。

 ECBの幹部についても、EU市民は投票権を持たない。ECBの重要度が一段と増しているにもかかわらずである。冒頭に紹介したように、ECBは大銀行の監督権を得た。現在は国ごとに実施している預金保険制度を、ECBが将来一元化し、ユーロ圏全体に適用する可能性もある。そうなれば、将来、ギリシャの大手銀行の経営状態が悪化し、ECBの監督庁が閉鎖を命じた場合、ドイツなどの預金者は、ギリシャの預金者を助けるために負担を迫られることになる。

EUへの不信感

 2009年末からの3年間に、債務危機はEU、特に欧州委員会のlegitimacy――強大な権限を持つのに必要な正当性――を大きく傷つけた。ドイツで最近行われた世論調査によると、回答者の50%が「EUはない方が良い」と答えている。さらに回答者の3分の2が「ユーロが導入されてから生活が苦しくなった」と答えた。これは1999年のユーロ導入以来、最悪の数字である。「ユーロ導入によって、輸出の際の為替リスクがなくなり、大きな恩恵を得た」と言われるドイツ人ですら、EUにこれほど否定的な感情を抱いている。これは注目すべきことだ。

 ユーロはEU市民の相互理解と連帯を強化するはずだった。しかし南欧諸国の救済をめぐる交渉は、逆に欧州北部と南部の国の間に感情的な亀裂を生んだ。

 筆者は欧州に23年間住んで、欧州の人々が日本人や米国人以上に地域の伝統を重んじることを体感した。欧州には求心力だけでなく、常に遠心力が存在するのだ。この地域の言語、文化、習慣のdiversity(多様性)は、住んでみないとわからない。EU市民が、EUという国際機関に主権を譲渡することに強い抵抗感を抱くのは、この遠心力のせいである。

 去年ノルウェーのノーベル委員会がEUに平和賞を授与した。これには、ユーロ危機によって市民がEUのlegitimacyに強い疑問を抱く中、欧州統合がこの地域に平和と繁栄をもたらした歴史的な意味を人々に想起させる狙いがあった。「ユーロ危機によって、EUのこれまでの業績が忘れ去られてはならない」というメッセージである。

 政治同盟の創設は、欧州委員会の権限をさらに強化し、加盟国の主権を今以上に制限する。そう考えると、政治同盟を実現して通貨同盟を安定化させるためには、EUの行政を担当する大統領やユーロ圏財務大臣の直接選挙制など、legitimacyを今以上に強化するための努力が不可欠となる。

 2013年は、欧州委員会が市民の間でlegitimacyを得られるかどうか、政治同盟創設に向けて大きな一歩を踏み出せるかどうかを占う上で、重要な年となるだろう。


熊谷 徹(くまがい・とおる)

在独ジャーナリスト。1959年東京都生まれ。早稲田大学政経学部経済学科卒業後、日本放送協会(NHK)に入局、神戸放送局配属。87年特報部(国際部)に配属、89年ワシントン支局に配属。90年NHK退職後、ドイツ・ミュンヘン市に移住。ドイツ統一後の変化、欧州の安全保障問題、欧州経済通貨同盟などをテーマとして取材・執筆活動を行う。主な著書に『ドイツ病に学べ』、『びっくり先進国ドイツ』『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』『顔のない男―東ドイツ最強スパイの栄光と挫折』『観光コースでないベルリン―ヨーロッパ現代史の十字路』『あっぱれ技術大国ドイツ』『なぜメルケルは「転向」したのか――ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。ホームページはこちら。ミクシィでも実名で日記を公開中。


03. 2013年1月18日 08:03:24 : Pj82T22SRI
JBpress>海外>Financial Times [Financial Times]
小国キプロスの危機がパンドラの箱を開ける恐れ
2013年01月18日(Fri) Financial Times
(2013年1月17日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)


人口100万人に満たない地中海の島国キプロスがユーロを導入したのは2008年1月〔AFPBB News〕

 キプロスは気にするには小さすぎるか、ユーロ圏崩壊を招く潜在的な急所であるか、どちらかだ。それは誰と話をするかによる。

 キプロスは昨年6月、キプロス銀行やポピュラー銀行(マーフィン)といった国内銀行がギリシャの銀行の債務再編に巻き込まれた後、国際的な救済を要請するユーロ圏内5番目の国になった。

 キプロスの銀行がどれだけの資金を必要とするかに関するピムコのストレステスト報告書(資産運用会社ブラックロックによって検証中)が近く公表される予定で、国の救済に関する交渉は2月か3月まで先送りされている。

 こうした中、一部のアナリストは、投資家がこの地中海の島国に関するリスクを過小評価してきたのではないかと疑問を呈している。

一歩間違えば、またユーロ圏全体が大揺れ

 キプロスの問題で一歩でも間違いがあれば、最近の市場の上げ相場に打撃を与え、ユーロ圏解体というテールリスクを取り除くための政策立案者や欧州中央銀行(ECB)の取り組みを台無しにし、ユーロ圏の銀行の支払い能力に関する不安を再燃させる恐れがある、と彼らは言う。

 「キプロスに関して悪いニュースがあるというだけでポートフォリオを変更するつもりはないが、監視する価値はある」とブラウン・ブラザーズ・ハリマンのマーク・チャンドラー氏は言う。1つには、キプロスの重要性は救済の規模という問題を超え、救済措置の取り扱いがユーロ圏について何を物語っているかというところまで広がるからだ、と同氏は指摘する。

 確かに、外国人投資家が保有するキプロス債券の量は比較的少ない。また、キプロスを救済するために必要な資金は、ギリシャやポルトガル、アイルランドに比べるとごく僅かだ。

 当初の推定では、キプロスの銀行救済に約100億ユーロの費用がかかる可能性があるという。だがそれはキプロスの年間国内総生産(GDP)の半分を超える金額であり、国全体では170億〜175億ユーロが必要になると見られている。

 格付け機関のムーディーズは先週、キプロスの信用格付けを「B3」から「Caa3」に引き下げ、その後キプロスの銀行も同様に格下げした。

 ムーディーズは、ソブリン債のデフォルト(債務不履行)のリスクが高まっており、銀行の自己資本増強の効果が台無しになりかねないほか、銀行がかなり大きな国債ポートフォリオを持っていることから、ソブリン債の信用リスク拡大が銀行に悪影響を及ぼす恐れがあると指摘した。

 エグゾティクスのエコノミスト、ガブリエル・スターン氏は、キプロスは、現在のGDPとの比較で見た場合、近年の歴史におけるどの銀行危機よりも大きいかもしれない財政コストに脅かされていると言う。解決策は「最終的には、忌まわしい選択肢か、また別の忌まわしい選択肢か」ということになるとスターン氏は言う。

 現在検討されている急進的な選択肢には、ギリシャで使われた民間部門関与(PSI)モデルを活用し、ソブリン債保有者に損失負担を強いるやり方が含まれる。

ギリシャ式のPSIが使われる可能性

 だが、スターン氏によれば、キプロスにPSI型の債務再編を押し付ける可能性は次第に低くなっているようだ。その一因は、国内投資家が保有する国債の比率が高いため、債券保有者に損失負担を強いると経済全体に悪影響を及ぼすからだ。

 「キプロスはどちらとも決めにくいボーダーラインの事例だ。教養のある専門家は、自身の想定をどう重視するかによって、キプロスがPSIを必要としているのか、債務免除を必要としているのかについて異なる結論を出す可能性がある」。ある国際的な投資家はこう言う。

 「今のところ、私はキプロスがPSIを要求するとは思っていない。というのも、政治的な理由で、彼らはその危険を冒したくないと思うはずだからだ。ギリシャのPSIのコストを見てみるといい」

 もう1つの要因は、キプロスの債務の大部分が英国の法律に基づいて構成されており、法的にPSIが難しいことだ、とロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)の債券ストラテジスト、ミカエル・ミカエリデス氏は言う。

 一方、ラボバンクのシニア債券ストラテジスト、リチャード・マグワイア氏は、銀行の債券保有者に負担の共有を強いる試みは、ユーロ圏の銀行の支払い能力に関する不安を再燃させる危険を冒しかねないと話している。

 「それは、ギリシャのPSIが特例だったという考えを裏切ることになり、市場に悪影響を及ぼす可能性がある」

トロイカに意見の相違

 ほかにも問題がある。救済策の規模に関する話し合いは、キプロスの救済の規模を決める支援機関の「トロイカ」――欧州委員会、ECB、国際通貨基金(IMF)から成る――内部の相違を露呈している。

 一方、今年行われるドイツの選挙に向けて準備している政治家たちは、キプロスに対するロシアの投資を政治的に利用したり、マネーロンダリング(資金洗浄)の疑いがあると主張したりして、果たして納税者にキプロスの銀行のために勘定を支払う意思があるかどうか疑問を呈している。

 最終的にドイツがキプロス救済を支援するのを拒めば、投資家がユーロ圏の一体性を保つ政治的意思を評価し直すことになるかもしれない。

 キプロスの銀行の上位債券保有者に損失を負わせたり、ヘアカット(元本減免)を預金者に押し付けたりする動きは、欧州に対する投資家心理に同様の有害な影響を及ぼし、不健全な前例を作ることになる。

 「現状は、銀行2行が資金を必要としている状況だ。そして、この2行はギリシャで損失を被り、その事業の40%近くをギリシャ国内で展開している。そのため預金者の元本を減免することは、ギリシャの預金者の元本を減免することにもなり、(政策立案者にとっては)墓穴を掘ることを意味する」と野村のディミトリス・ドラコポウロス氏は言う。

 「彼らは上位債務の減免という道を取る可能性があるが、標的が十分に存在しないため、いたずらにパンドラの箱を開けるだけに終わるだろう」

それでもキプロスがデフォルトしないと考える理由

 さらに、キプロスには注目する価値のあるプラス要因がある、とドラコポウロス氏は言う。例えば、来月行われるキプロスの大統領選では、現在の共産党系の政権が交代することになるだろう。そうなれば、利益を上げている国営企業数社の民営化に道を開く可能性がある。

 キプロスの膨大なガス埋蔵量は大きなGDP押し上げ効果をもたらす可能性を秘めている、と前出のミカエリデス氏は主張する。「確かにキプロスについては心配する理由がある。それでも、私がキプロスはデフォルトしないと考えるのには正当な理由がある」

By Mary Watkins


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