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エコノミストが選ぶ 経済図書ベスト10
危機突破導く力作ずらり ケインズ的発想、再評価
過剰債務の火種を抱え込んだままの欧州、国際社会での指導力が弱まる米国、高成長に陰りが見え始めた新興国。そして国の財政難や人口減少などの構造問題を抱える日本。危機の根底を探り、解決に向けての議論を整理する「教科書」となり得る力作がベスト10に入った。
どうすれば危機を克服できるのか。寺西重郎・日本大学教授が選んだのは『世界を救う処方箋』。世界の盟主の座を明け渡しつつある米国に焦点を当て、政治の腐敗や貧困問題などを厳しく批判した上で解決策を提示する。「経済行動における発想の転換、哲学の転換を訴え、共感の経済学の必要性を説いている。議論を整理し、自説を明確に打ち出しているので説得力がある」
『さっさと不況を終わらせろ』が示す処方箋は明快だ。現在は政府支出を増やすべきであり、減らすべきではない。民間セクターが経済を担って前進できるまで続けるべきだ――。「現代のケインズともいうべき著者の主張は生き生きとし、その舌鋒(ぜっぽう)はさえわたる。今年の必読書であることは疑いない」(嶋中雄二・三菱UFJモルガン・スタンレー証券参与・景気循環研究所長)といった声が寄せられた。
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リーマン・ショック後、世界経済の低迷が長引くにつれ、各国政府や中央銀行の役割が改めて問われている。経済学の世界でもケインズ的な発想を再評価する動きがあり、書店にも多くの「ケインズ本」が並ぶようになった。
政府が前面に出て問題を解決せよという考え方には異論もあろう。ケインズの思想と、その対極にあるハイエクの自由主義思想とを対比する『ケインズかハイエクか』は、経済論争を繰り広げた2人の巨人が絡み合う人間模様を描き出す好著。経済学、経済思想や経済政策を学べる著書でもある。
1位の『法と経済で読みとく雇用の世界』は、政府による介入が経済にもたらす影響を労働・雇用問題の面から検証した。格差是正を目的とする労働法の規制強化は、企業や労働者の行動を変化させ、法改正の狙いとの間にズレが生じる場合も多い。政府の役割とは何かを改めて考えさせる一冊だ。大竹文雄・大阪大学教授は「法学者にも経済学の考え方が、経済学者にも法律がわかるようになる本」と推薦する。
混迷が続く世界経済の構造変化に目を転じよう。『「Gゼロ」後の世界』は米国の存在感が弱まり、リーダーシップをとる国が存在しない「Gゼロ」になったとの認識のもとで、資源などを巡る保護主義の台頭を予測する。奥村洋彦・学習院大学名誉教授は「米中関係の将来像を具体的に描写し、国際社会での勝者と敗者を決める条件を示すなど、論考の土台として役立つ」と評価する。
国際金融の暗部に迫るのは『タックスヘイブンの闇』。欧米主要国が自国に有利な形で金融取引が進むように税制面での優遇措置を競ってきた実態を明らかにしている。「システマティックな研究がほぼ不可能なテーマなので、勇気あるジャーナリストによる網羅的な調査報道は貴重。進行中の国際金融の制度改革についても再考させられる」(地主敏樹・神戸大学教授)
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日本経済に的を絞った著書もベスト10入りした。『戦前期日本の金融システム』は、経済史の専門家による900ページを超える大著である。戦前の金融システムを、資金の供給や企業統治の仕組みを軸に分析している。鹿野嘉昭・同志社大学教授は「戦前期における金融システム研究の到達点であり、戦後から現在に至る金融のあり方を議論する際の必読書」と位置付ける。「日本経済の長期低迷が続く中、金融システムの成り立ちを改めて考えさせてくれる絶好の書」(福田慎一・東京大学教授)との指摘もあった。
例えば「日本銀行の設立」の項目では、1880年代に公布された日本銀行条例は行政による支配の強力さが際立っていたと説明し、中央銀行に対して行政府が強大な監督権限を持つベルギーの条例を参考にした経緯に触れている。98年施行の改正日銀法で担保された「日銀の独立性」を巡る議論が活発になっているが、議論の出発点を確認するのに役立ちそうだ。
『「失われた20年」と日本経済』『高品質日本の起源』は2012年度・第55回「日経・経済図書文化賞」の受賞作。前者は日本の弱さ、後者は日本の強さに着目した著書だが、豊富なデータを駆使し、綿密な実証分析を貫く手法は共通している。日本の現状や未来について極端な楽観論や悲観論が飛び交う中、データに裏付けられた、地に足のついた著書が高い評価を得た。
『国債危機と金融市場』は日本の国債問題を考える材料になる基礎理論を解説し、いくつかの解決策を示す。年金や医療制度への言及もあり、問題点をわかりやすく整理している。宅森昭吉・三井住友アセットマネジメント理事・チーフエコノミストは「最近、マクロ経済について話題になることが多いが、議論の基礎になる一冊」とみている。
惜しくもベスト10入りを逃した著書を含め、今年は経済危機の背景や本質に迫る著書が上位を占めた。激動期でもぶれない「知の力」を磨きたい読者にとっては豊作の年だったといえよう。
(編集委員 前田裕之)
・原則として2011年12月〜2012年11月に刊行された書籍が対象。
・選者にそれぞれベスト5をあげてもらい、推薦者の数や順位の高さなどをもとにランキングを作成した。
選者は次の11人(五十音順)
▼大竹文雄(大阪大教授)▼奥村洋彦(学習院大名誉教授)▼後藤康雄(三菱総合研究所チーフエコノミスト)▼鹿野嘉昭(同志社大教授)▼地主敏樹(神戸大教授)▼嶋中雄二(三菱UFJモルガン・スタンレー証券参与・景気循環研究所長)▼清家篤(慶大教授)▼宅森昭吉(三井住友アセットマネジメント理事・チーフエコノミスト)▼寺西重郎(日大教授)▼福田慎一(東大教授)▼八代尚宏(国際基督教大客員教授)
[日経新聞12月30日朝刊P.19]
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