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(下)「弱い円」米中警戒
絡み合う経済・外交 日本国債売りの誘惑
衆院選の直前、北京を訪れた日本政府の関係者は中国政府高官から質問攻めにあった。
「安倍晋三氏が首相になったら日銀の金融政策はどう変わるのか」「円安はどこまで進むのか」「日本の長期金利は上がるのか」――。意外だったのは、安倍氏の対中姿勢を気にかける問いがほとんどなかったことだ。
11月の衆院解散のあと「安倍首相」が現実味を増すにつれ、市場の一部ではあるシナリオが語られ始めた。「安倍首相の誕生で、中国は保有する日本国債の売却に動く」。安倍氏が沖縄県の尖閣諸島をめぐる問題で強硬な発言を繰り返したからだけではない。日銀に大胆な金融緩和を迫り、円相場がにわかに円安方向を向き出したからだ。
2008年秋のリーマン・ショックを機に、中国は3兆ドルを超す外貨準備の運用先を少しずつドルから他の通貨に振り分けてきた。特にギリシャの債務問題でユーロが危機に陥ってからは、日本国債など円資産を買い増してきたとされる。
しかし、円安になれば人民元建てでみた円資産の価値は減る。安倍政権の下で円相場はどう動くのか。中国は尖閣問題での出方以上に、円安が気になってしかたがない。
中国共産党の中枢にいるのは、日本人が考えるよりもはるかに利にさとい人たちだ。行動の基準はただ一つ。共産党政権を維持するために有利なのか不利なのか。言い換えれば、共産党支配の前提となる社会の安定を保つために、国全体の富を増やせるかどうかだ。
「政冷経熱」の予兆
共産党はいまも、改革開放の生みの親であるトウ小平氏が唱えた「韜光養晦(とうこうようかい=能力を隠して力を蓄える)」と呼ばれる外交路線を捨ててはいない。他国との摩擦をできるだけ避け、経済建設に専念するという考え方だ。
トウ氏の正統な後継者を自任する胡錦濤国家主席は「尖閣をめぐって本当は日本と事を構えたくなかった」(日中関係筋)とされる。それでも日本と対立する道を選んだのは「尖閣の国有化を急げば反日世論を抑えられないというメッセージを発したのに、当時の野田佳彦首相が一顧だにしなかった」(同)からだ。
野田氏への落胆が大きかった分、安倍氏への期待は膨らむ。「日中関係が戦略的互恵関係の原点に戻れるよう努力したい」。22日、安倍氏が関係改善に意欲を示すと、中国の国営メディアはその内容を詳しく報じた。
中国側もシグナルを送る。「われわれはすでに日本側の請求を受け取っており、世界貿易機関(WTO)のルールにのっとって適切に処理する」。中国商務省は20日、日本政府が高性能鋼管に対する中国のアンチダンピング(不当廉売)課税が不公正だとして協議を要請したのに対し、短いコメントを発表した。
経済産業省の幹部が驚く。「政治的な対立があるなかで、中国がWTOのルールに基づいて日本との紛争を解決する姿勢を示すことは数年前なら考えられなかった」。米欧の保護主義的な措置に対抗するため、日中がWTOで連携する場面も増えているという。
中国はここにきて日韓との自由貿易協定(FTA)交渉にも積極的になっている。背景にあるのは、米国の主導で進む環太平洋経済連携協定(TPP)の締結に向けた動きだ。経産省幹部は「中国は日本がTPP交渉に加わり、米国との関係を強化することを警戒している」と分析する。
経済面では雪解けの兆しが出てきた日中関係。しかし、政治面では緊張緩和にほど遠い。
「釣魚島(尖閣諸島の中国名)は古来、中国固有の領土である」。27日、尖閣諸島の接続水域を航行している中国の海洋監視船4隻に海上保安庁の巡視船が領海内に入らないよう警告すると、そのうちの1隻から無線で中国語の応答があった。中国船による領海や接続水域への侵入は、安倍内閣の発足後も続く。
13日には尖閣諸島の上空で中国国家海洋局の航空機が中国機として日本の領空を初めて侵犯した。防衛省筋は「レーダーが捉えられない特殊なコースを飛んだことから考えて、背後には軍がいた」と警戒を強める。
同盟強化との二兎
11月に胡錦濤氏から最高指導者の地位を引き継いだ習近平氏は「中華民族の復興」という言葉を好んで使う。ナショナリズムをあおるような言動は、尖閣問題での強硬な立ち位置を予感させる。習氏は政権基盤もまだ固まっておらず、日本に歩み寄る姿勢をみせれば命取りになりかねない。
日本が何よりも急がなければならないのは米国との同盟強化だ。米政府は尖閣諸島が日米安全保障条約の適用対象であることを、中国側に繰り返し説明している。安倍首相は中国をけん制するねらいもあり、最初の外遊先に米国を選ぶ考えだ。
ただ、ワシントンからは首相が進める円安政策に懸念の声も届く。
2期目を迎えるオバマ米大統領は09年から14年に米国の輸出を2倍に増やす目標をかかげる。安い円や人民元は米国の輸出競争力をそぎ、目標の達成を阻みかねない。産業界の反発も強い。「強いドル」はもはや米国の国益にそぐわないのだ。
首相は26日の記者会見で「日米同盟をあらためて強化していくことが、外交立て直しの第一歩だ」と言い切った。だが、景気の先行きに不安を抱える米国は、日本に経済面でさまざまな要求を突きつける可能性もある。円安誘導と日米同盟強化の二兎(にと)を追う道はそれほど広くない。
経済再生を実現するには中国との関係を修復し、巨大な需要を取り込む必要がある。日米同盟の強化はその前提となるが、「弱い円」は米国の日本に対する視線を変えるきっかけになるかもしれない。首相が解かなければならないのは、経済と外交が絡み合う複雑な連立方程式である。
(政治部次長 高橋哲史)
[日経新聞12月28日朝刊P.3]
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