08. 2012年12月25日 00:49:43
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“改革”なければ円安・株高逆流もどうなる市場 2012年12月25日(火) 松村 伸二 衆院選での自民党の圧勝を市場は円安・株高の反応でひとまず歓迎した。前評判が高いだけに、新政権は待ったなしで政策手腕を問われることになる。成長戦略や規制緩和といった改革を伴わなければ、思わぬしっぺ返しも食らいかねない。 安倍晋三政権の誕生を待ち受ける霞が関で、現実味を持って語られるシナリオがある。「新政権は財政出動の余地を広げるため、中期財政フレームの見直しに動くのではないか」――。 中期財政フレームとは、民主党政権が取り入れた財政規律を保つための仕組みだ。複数年度にわたって予算を管理するのが特徴で、野田佳彦内閣は国債の元利払い費を除く政策経費の上限を71兆円、新規国債発行額を44兆円以下とする方針を2015年度まで続けることを決めていた。 財政が危機的な状況を迎える中、71兆円と44兆円という2つの数字が市場の信認をつなぎ留める役割を果たしてきた。だが、自民党の石破茂幹事長も見直しを示唆するなど、新政権下では景気対策という大義名分の下、これらは役目を終える可能性もある。 大型補正に財源問題の壁 自民党の安倍総裁は2013年度の予算編成が遅れることを念頭に、大規模な補正予算を編成する考えを示す。連立を組む公明党からは投開票前に、「10兆円規模でいち早く実行すべきだ」(山口那津男代表)との意見も出ており、5兆〜10兆円規模が相場観になりつつある。2014年4月からの消費税率引き上げの可否は来年秋にも判断することになるため、この先半年の景気の動向は重要な意味を持つ。 確かに、日銀が14日に発表した12月の企業短期経済観測調査(短観)で大企業製造業の業況判断指数(DI)が2年9カ月ぶりに2ケタのマイナスとなるなど、足元の景気は芳しくないとの見方が少なくない。だが、補正予算の規模が大きくなればなるほど、財源を国債の増発に頼らざるを得なくなり、国債格下げのリスクをはらむことになる。
「将来への持続的な成長につながるよう、時代のニーズに合った人材や企業を育てるような投資に使えば、限られた財源でも経済効果は大きい」。SMBC日興証券の牧野潤一チーフエコノミストは、従来型の公共投資からの転換が必要になると指摘する。 安倍総裁は衆院選での勝利を受けた記者会見で、これまで民主党政権で休眠状態だった経済財政諮問会議を復活する考えを表明した。政権公約に盛り込んだ「日本経済再生本部」が産業再生などのミクロ政策を担う一方、諮問会議はマクロ政策の司令塔になるという役割分担になる。 諮問会議が全盛だった小泉純一郎政権では、マクロの経済運営と整合的な財政政策を目指していただけに、安倍総裁がどこまで諮問会議を活用できるかに市場の注目が集まる。 日銀総裁も出席する諮問会議は、安倍総裁にとって、小泉政権時代とはまた違う重みを持つことになる。諮問会議は議事要旨や議事録が公開されるオープンな議論の場。透明性を確保しながら日銀と正面から政策協調について意見交換することになる。 デフレ脱却に向け日銀に強力な追加金融緩和を促すため、自民党は新たに物価上昇率の目標を設定し、その水準を「2%」とする方針だ。この物価目標を日銀法の中に成文化する、法改正を視野に入れている。 「独立性」を重んじる日銀だが、白川方明総裁は18日、挨拶と称して安倍総裁に自ら面会を求めた。その場で安倍総裁は早速、2%の物価目標に向けた政策協調の検討を要請した。 今後、目が離せないのが、来年4月に任期満了となる白川総裁の後任人事だ。議席の圧倒的多数がもたらす衆院優越の仕組みは、国会同意人事には適用されない。野党となる民主党などの意見も取り入れるとなると、人事が思いのほか難航することも予想される。 安倍効果で円安・ウォン高 市場は既に安倍総裁が選挙戦で連呼した「大胆な金融緩和」を織り込んでいる。11月14日に野田首相が衆院解散を予告したことをきっかけに、自民党による政権奪回を材料視した円売りが優勢になった。「安倍トレード」と呼ばれたこの円売りが株高を促し、衆院選直後に円相場は1ドル=85円、日経平均株価は1万円が視野に入る水準まで円安・株高が進んだ。 日銀短観の前提となる2012年度の大企業製造業の想定為替レートは1ドル=78円90銭。既にその水準よりも5円程度も円安となり、企業の輸出採算は大幅に改善していると見られる。 円安の動きの中で特に目を引くのが、ドルやユーロといった主要通貨に対してではなく、今や半導体や家電などの分野で日本を脅かす存在になっている韓国のウォンに対してだ。今年に入り、対ドルで9%強、対ユーロで10%強も円が下落したのに対し、韓国ウォンに対しては18%も円安となった。 韓国の長期国債の格上げなどウォン買いを促す要因もあったが、安倍氏が自民党の総裁に選出された9月下旬以降、他の通貨に比べ円安・ウォン高の勢いが増した。輸出回復につながる自国通貨安を促す政策で、これからは日本が韓国を凌駕するとの思惑が働いている。 もっとも、相場の流れが円安に転換するとすれば、これまでの「円高メリット」は享受できなくなる。原材料などの輸入物価が上がることによる交易条件の悪化が企業収益を圧迫するほか、海外企業のM&A(合併・買収)の動きにもブレーキがかかりかねない。 日本経済の再生を目指すうえで、最も重視されるのは、雇用と所得の回復だ。自民党は政権公約で、「国民所得50兆円奪還プロジェクト」と銘打ち、若年層の失業率を現在の10%台から半減させることを約束した。だが、公共事業を増やすような旧来型の財政政策に頼るだけでは、日本の雇用環境が抱える構造的な問題は解決しない。 日本総合研究所の山田久・調査部長は、日本の雇用問題を解決するためには、経済そのものを良くすることに加え、正規・非正規雇用の格差是正や職業訓練支援といったセーフティーネット(安全網)の構築が必要と指摘。「産業構造の転換に伴って雇用が流動化するような構造改革を促すことが重要」として、自民党が掲げる雇用政策には体系性が乏しいと警鐘を鳴らす。 若者の雇用を促進するためには、人材が欲しい企業とのマッチングの機会をどう増やすかに加え、人を雇いたくても雇えないような中小企業の経営支援問題も避けて通れない。 構造改革なければしっぺ返しも 選挙で圧勝した自民党の政策手腕について、市場の評価も早い段階で下されることになるだろう。 前回の安倍政権は、構造改革への期待で株高が進行した小泉政権を引き継いで発足した。しかし、安倍政権以降、改革期待がしぼむにつれ、株価の低迷に苦しむことになった。再登板する安倍氏は財政・金融政策の総動員を前面に掲げるが、成長戦略を置き去りにすることは許されない。 自民党は民主党政権で停滞した規制緩和やイノベーションを生み出す分野に集中投資する考えも示す。だが、選挙戦を通じて様々な業界に「手形」を切っており、既得権益に切り込んだり、成長に結びつく分野に資源を集中したりすることは難しくなる恐れもある。 この1カ月の円安進行で、デリバティブのシカゴ通貨先物市場では、海外投機筋による円売りの持ち高が急増。11日時点では、2007年7月以来、5年5カ月ぶりの水準に膨らんだ。これは久々の円安局面入りを裏づける半面、政策を誤れば、この持ち高が逆流して再び円高を引き起こすという、大きなしっぺ返しのマグマにもなり得る。 構造改革なき小手先の円高是正とデフレ脱却で終わってしまわないか。市場参加者は年の瀬から新政権の手腕を見極めることになる。 日銀総裁レース、岩田氏軸に始動 衆院選での自民党大勝を受け、安倍晋三総裁が主導する次期日銀総裁レースの号砲が鳴った。安倍氏は衆院選直後の16日夜、最大の経済課題であるデフレ脱却に向け「我々はインフレターゲットを示していきたい」と改めて強調。大胆な金融緩和を進めると同時に、2%の物価上昇率目標を共有できる人物を総裁や副総裁に起用する考えだ。 日銀の白川方明総裁は来年4月に任期が切れる。現時点での最有力候補は岩田一政・前副総裁(66歳、現・日本経済研究センター理事長)と目されている。2003年から5年間の副総裁時代、日銀は自らの失策から導入した量的金融緩和策に終止符を打ち、屈辱だったゼロ金利から念願の利上げ路線に回帰しようとしていた。 時に持論を強く展開したのが当時の岩田氏。2006年の量的緩和解除時には、消費者物価に代わる「目安」として望ましい物価上昇率の明示を主張した。さらに2007年2月の利上げには、総裁・副総裁3人の中でただ1人反対票を投じた経緯がある。 新日銀法の下で執行部である3人の意見が割れる異例の事態に発展した。直近の物価上昇率が0.1%と低く、岩田氏は原油価格の動向が不透明な中で着実なプラス基調が見通せないと異論をぶつけた。物価への強い執着心。こうした姿は、その当時に官房長官や首相を務めた安倍氏の脳裏に今も残っている。 岩田氏が提言する日銀の外債購入には自民党も同調し、国際派としてのキャリアも申し分ない。出身の旧経済企画庁時代には「岩田さんの席で電話を取るな」との伝説もある。ドイツ留学や経済協力開発機構(OECD)勤務も経験し、英仏独3カ国語に堪能なため、親切心で電話を取ると外国人相手に立ち往生しかねないとの逸話が語り継がれる。 物価重視派としては、10年以上も前からインフレターゲットを提言している東京大学の伊藤隆敏教授(62歳)、学習院大学の岩田規久男教授(70歳)、中原伸之・元日銀審議委員(78歳、現・景気循環学会会長)らの名前も取り沙汰されている。来年3月には2つの副総裁ポストも空くため、まずは「リフレ派」の動向が焦点になる。 「バツイチ」候補は? 財務省出身者では、武藤敏郎・前日銀副総裁(69歳、現・大和総研理事長)、黒田東彦アジア開発銀行総裁(68歳)らが候補に挙がる。ただ、日銀総裁人事は衆参両院の同意を前提とする。前回の日銀総裁レースで本命とされた武藤氏は、「ねじれ国会」の下で民主党が参院で否決。財務省は次官経験者2人が総裁候補に挙がったものの参院で相次ぎ否決された苦い記憶が消えない。今回も参院では民主党が優勢を保ち、武藤氏ら「バツイチ」候補の登用は狭き道との向きも出ている。伊藤教授も前回、副総裁案が否決された。日銀出身者では、稲葉延雄・元理事(62歳、現・リコー経済社会研究所所長)、中曽宏理事(59歳)らが候補に成り得るとの見方がある。 (馬場 燃) 松村 伸二(まつむら・しんじ) 日経ビジネス記者。 時事深層
“ここさえ読めば毎週のニュースの本質がわかる”―ニュース連動の解説記事。日経ビジネス編集部が、景気、業界再編の動きから最新マーケティング動向やヒット商品まで幅広くウォッチ。 |