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【第37回】 2012年11月29日 まがぬまみえ [ライター]
実はランチタイムもなしで働いているのになぜ?
ドイツ人以上に働くギリシャ人がなかなか稼げない理由
日本人観光客にギリシャを売り込む仕事は難しい。ギリシャ政府観光局の小玉久美さん(35歳)が言う。
「債務危機でもギリシャはこんなに元気ですよとアピールしたら、『もっと危機感を持て』と言われそうですし、かといって、こんなに大変な状況ですと説明すると、『じゃあ、やっぱり行くのをやめよう』と思われそうで……」
まったくもって、ジレンマだ。それでも、PRしなければならない事情がある。ギリシャの主たる産業は海運業と観光である。ギリシャが債務危機から立ち直るためには、どうしたって経済を盛り上げなければならず、それには、より多くの観光客を引きつけなければならないのだ。
微力ながら筆者もそれに一役買えないだろうかと思い、日本にあるギリシャ政府観光局を訪れることにした。
生活臭のしない美しいギリシャでは
なぜ人間よりも猫が多いのか
ギリシャ政府観光局は、JR四ッ谷駅から歩いて数分のところにある。以前は赤坂にあったが、コスト削減のため、四谷にある雑居ビルの7階に引っ越して来たという。こじんまりしたオフィスでは、3人の日本人ローカルスタッフが働いている。ギリシャへの留学経験もある小玉さんの入局は2007年で、メディア&PR担当である。
まずは、机の上にギリシャ地図を広げていただき、その正確な位置を把握する。考えてみれば、ギリシャの地図をまじまじと眺めるのはこれが初めてだ。
「ギリシャって、こんなに島が多い国だったんですね……」
「そうなんですよ。島は本当に美しくて、観光に行った方は『どこがいったい経済危機なの?』っておっしゃる方もいるんですけれど」と、小玉さんが説明する。
北側には、アルバニアやマケドニア、ブルガリアといった国が見える。東側は、ギリシャ人にとっての永遠のライバル、トルコである。
「じつは、ギリシャの観光案内を読んでいて気になったことがありまして。ギリシャをPRする写真には必ずと言っていいほど青い空と美しいエーゲ海、真っ白な建物が写っているのですが、なぜか人間の影が薄いですね。あまり生活臭がしないと言いますか……」
「そう言われれば、そうですね」
「それと、どうしてこんなに猫が多いんでしょうか?」
参考までに、と見せていただいた雑誌のギリシャ特集もなぜか、猫の写真だらけである。
「それはおそらく、ギリシャ人は猫の尊厳を大事にするからだと思います」
「猫の尊厳?」
「つまり、猫は飼い主の猫である前に1個の猫である、と。ですから、日本のように家の中で飼われていることはなくて、割と自由に外をブラブラ歩いていることが多いんです」
ギリシャでは、危機の影響で、ある島のレンタル権が売り出された。それをアラブの石油王が買ったという話もあれば、世界トップクラスの高級リゾートがこのタイミングでギリシャにホテルをオープンさせたという話もある。
小玉さんの説明によると、中国やロシアからの観光客はむしろ増える傾向にあるそうだ。考えようによっては、「今がチャンス」と思う国民もいる、ということだろう。
ギリシャには一体いくつの島がある?
実は曖昧だった「島」の定義
「ところでこの島、全部でいくつあるんでしょうか?」
「それがですね、言う人によってまちまちではっきりしないんです……」
試しに、市販されているギリシャの観光案内書などを開くと、決まって「国土面積のうち約2割が島」と書いてある。しかし、その具体的な数に関しては「大小2000を超える」とか「2500以上」とか本によってバラバラだ。
島を数えるのはそんなに大変なことなのか思い、日本ではどうかと調べてみた。すると、小学校や中学校の教科書を作っている教育出版のホームページに、とても丁寧な解説が見つかったので、ここではそれを引用しながらかいつまんで説明する。
島の数を語る上でまず難しいのは「島」の定義である。すなわち、何を指して島と呼ぶのかは社会習慣によるものであり、明確な定義は存在しないというのである。たとえば、世界では一般にオーストラリアより大きい陸地を大陸、グリーンランドより小さい陸地を島と呼ぶ。これと同様に、日本では四国より大きな陸地を本土、択捉島より小さい陸地を島と呼んでいるというのだ。
この非常に曖昧な島の定義にしたがうと、その数も当然のことながら曖昧になる。たとえば、国土地理院発行の5万分の1地形図(北方領土を含まず)では、日本の島の数は4345とされている。一方で、『第60回 日本統計年鑑(平成23年)』になると、島の数は6852に増える。
教育出版のホームページには、調べた担当者の苦労がしのばれる以下のような文章も載っていた。
<結局、さまざまな機関に問い合わせをしてみましたが、日本においても「島の定義」は明確化されていないようで、それぞれ、ある一定の基準を定めて算出するにとどまっているのですね。しかしながら、「6852」 という数字は一つの基準とされているようで、「そのような質問にはこの数字で答えている」という解答もいくつかの機関でいただきました>
「ということで、ギリシャの公式見解としては島はいくつある、ということになるのでしょうか?」と、改めて小玉さんに質問する。
「一応、1500島ということにしておいていただけますか」
オープンでフランクなお年寄りによる
独特のおもてなし文化とは
問題は、島の数ではない。重要なのは、いかにしてギリシャを救えるか、ということだ。ギリシャを救うことは欧州、ひいては世界経済全体を盛り上げることにもつながり、それは巡り巡って我々の家計にも影響するかも知れない。ここは1つ、広い視野とおおらかな心でギリシャと向き合うべきである。
聞けば、世界有数の観光地であるギリシャには、独特のおもてなし文化もあるらしい。
「ギリシャ人はとても物怖じしないと言いますか、ある意味、最初からズケズケ入ってきます。横に座っていると、『ね、今、何時?』という感じで気軽にギリシャ語で話しかけてきますし、年配の人などは、たとえるならば、日本の田舎のおじいちゃん、おばあちゃんをもっとオープンにした感じでもありまして……」
オープンでフランクなお年寄りがいる国・ギリシャ。うん、これはなかなかいいキャッチフレーズになりそうだ。ギリシャ語にはなにせ、「外国からの客人をもてなす」という意味の「フィロクセニア」という言葉もあるくらいなのだ。
そう思ってギリシャのおもてなしについていろいろと調べていたら、「あれ?」と思う記述も見つかった。
<たとえばギリシャの食堂タベルナに入ったとしよう。たいていの場合、メニューが運ばれて来るのは席に着いてだいぶ経ってからだ。初めてならば、もしかしたら歓迎されていないのではないかと心配になるだろう。ようやくメニューを手にしても、今度はなかなかオーダーを取りに来てくれない。やっと注文をしても料理が出てくるのも遅い。待ちに待った料理を食べ、ゆっくりと皿を下げてもらい、さあ、あとは会計を済ませて店を出るだけと思っても、なかなか勘定書を持って来てくれない。速いサービスが当たり前の日本人からすると、すべてが遅くイライラさせられる>(『ギリシャを知る』荻野矢慶記著、PHPエル新書より)
(ん?)
いやいや、モノは考えようである。日本人は元来、せっかちすぎるのだ。
ギリシャの恵みはオリーブオイルだけじゃない
「ガム」が新たな商機になるか!?
すっかり忘れていたが、ギリシャには世界に誇れるオリーブオイルもある。生産量こそ地中海で第3位だが、エクストラバージンオイルの消費量ではトップを走っている。量より質、がギリシャの精神なのである。
「たしかに、ギリシャ人のオリーブオイルへのこだわりは並々ならぬものがあります」と、小玉さんが解説する。
オリーブオイルの産地と言えばイタリアを思い浮かべる日本人も多いが、じつは、そのイタリアにオリーブの木を持ち込んだのは古代ギリシャの開拓者たちだ。タレントの速水もこみち氏が「追いオリーブ」を流行らせるずっと以前から、ギリシャ人は贅沢なエクストラバージンのオリーブオイルをパンにつけ、魚にもふりかけ、皿の上に脂が浮くほどその味を堪能してきたのである。
したがって、ギリシャ人にとってのオリーブの木は、たとえるならば、青森県人にとってのリンゴの木以上と言えるだろう。
「アクロポリスの丘で女神アテナと海神ポセイドンがアッティカの丘の主神を巡って争った際、勝敗の決め手となったのが、アテナが槍の一突きで出現させたと言われるオリーブの木だと言われています」
その誇りの源は、ギリシャ神話にまで遡るのである。
「ところでほかに、ギリシャをアピールするとっておきのものってありますか?」と勢いに乗って質問をする筆者。すると、「ちょっと待て下さいね」と小玉さんが席を立ち、ギリシャの「マスティックガム」を持って来た。じつは、このガムに含まれるマスティハこそ、ギリシャ再生の鍵を握る健康食品だというのである。
ギリシャのヒオス島でのみ採れると言われる樹液、マスティハを使ったガム。手前はマスティハの結晶。ギリシャでは、ケーキやパン、ウゾのような酒に風味をつけるにもこの結晶を使う
マスティハは、ギリシャのヒオス島でしか栽培できないという樹木から採れる貴重な樹液だ。ギリシャ国内では古くから殺菌作用があると言われ、胃薬代わりにも用いられてきた。そんな天然成分を含むガムを噛めばすなわち、歯茎にも良い。言うなれば、このヒオス・マスティックはギリシャ版「キシリトール」ということになる。
「どうですか?」と、小玉さんがマスティックガムの感想を求めてくる。
噛みながら、筆者はしばし考えた。
日本のガムはこのごろとても柔らかく、噛むと潤いが増すことを強調したタイプが多い。それに対し、ギリシャで非常にポピュラーなこのガムは?みごたえがあり、甘味はすぐになくなる。代わって、口の中で支配的になっていくのが、ヒノキにも似た樹木の香りである。
「なんかこう、森の中で木の皮を噛んでいるみたいな……」
言うなれば、森林浴にも近い感じだ。
「天然ですよね」
「そうそう、その天然です。カブトムシになったような気持ちがします」
カブトムシ気分になったついでに、ある妙案が浮かんだ。
「この成分を抽出して分析し、化学合成して大量生産すれば、ひょっとして儲かるんじゃないでしょうか?」
我ながらセコい考えだとは思ったが、ギリシャは今、なんとしても稼がなければならないのである。しかしながら、小玉さんの反応は今ひとつ。
「なにか、問題があるんでしょうか?」
「それがですね……」
小玉さんが言うには、ギリシャ人は大量生産があまり好きではないらしい。「できない」というよりも、「したくない」のである。
「化学的に合成したものは天然じゃないし、それはマスティハとは違うよね、って言うんです」
平均労働時間は日本人、ドイツ人より長いのになぜ?
働いても稼げないギリシャを救うPR活動とは
おっしゃる通り、オリーブオイルもマスティハも自然によってもたらされたかけがえのない恵みである。化学合成するなど、もってのほか。よこしまな考えを起こした筆者が浅はかであった、と恥じ入るほかはない。
が、しかし、とも思う。経済は非情である。哲学があっても、稼がなくては生きていけないのだ。
「ギリシャ人は怠けている訳ではないんです。けっこう、働いてはいるんです」と、小玉さんが説明を続ける。
ご存じのように、ギリシャには「シエスタ」と呼ばれる昼寝の習慣がある。昼も夜もなくコツコツ働くアリたちからは「だから経済成長しないのだ」と後ろ指さされる要因にもなっているのだが、経済協力開発機構(OECD)の統計(2011年度版)を見ると、ギリシャ人1人あたりの平均労働時間は2032時間と、日本の1728時間やドイツの1411時間と比べても格段に長い。
「ただし、効率的に働いているかと言われると、そこはちょっとアレなんですけれども……」
予算獲得が厳しい折、ギリシャ政府観光局内では日本人スタッフ3人が話し合い、お金のかからないPR方法も練っていた。
「ホームページでギリシャ旅行体験記を募集したら?」
「あ、それいい、やろう、やろう」
ということになり、現在、2008年以降にギリシャを旅行したことのある日本人を対象にホームページ上で体験記を募集している。採用のあかつきには、2013年のカレンダーがもらえるそうである。
「ところでそのカレンダー、政府が作ったんですか?」
「いいえ。写真家のご厚意で寄付していただきました。せっかくだから、体験記を寄せていただいた方に差し上げようかと思いまして」
ギリシャ危機の元凶は
「ながら食い」にあった!?
ある日の小玉さんのランチ。中身はお弁当に詰めて持って来て、仕事の合間にドレッシングをかけて食べた。レタスや水菜などの上にギリシャ人こだわりのフェタチーズを乗せ、そこにナッツ類などを振りかけてある。写真だと小さく見えるが、「じつはけっこうボリュームがある」そう。小玉さんはヨーグルトを食べる時にも、森永乳業から首都圏限定で販売されている「濃密ギリシャヨーグルト」を買うことにしている。森永乳業のホームページによると、ギリシャの伝統製法で作られたこのヨーグルトは通常の3倍濃縮で、スプーンを逆さにしても落ちないそうだ
日本人にギリシャをPRし続ける小玉さんのランチはやはり、ギリシャ食材満載のサラダであった。
「中身はレタスと水菜、フェタチーズ、あとナッツとかアーモンドとか、できるだけギリシャの食材を使って、日本にいながらもギリシャ支援しようかと思いまして」
自然を愛するギリシャ人は、このフェタチーズもこよなく愛している。小玉さんからいただいた「ギリシャ流おもてなし」の小冊子には、こうも書いてあった。
<ギリシャ人はフェタについてはとてもうるさいのです。柔らかくしっとりとしてマイルドなのを好む人もいれば、できるだけ固くて砕けやすいものがいいという人もいます。独特なヤギ乳の風味を求める人もいます。また、レモンのような風味があってほしいという人もいます>
あくまでも量より質、人工よりも天然。オリーブオイルとフェタチーズにも並々ならぬこだわりを見せるのが、ギリシャ人なのだ。
「ところで、政府観光局のみなさんは、どれくらいランチタイムがとれるのでしょうか?」
「じつは、ギリシャにはランチタイムという概念がそもそもないんです」
「ええーっ!? じゃ、お昼はどうしているんですか?」
「仕事の合間に時間を見つけて、ながら食いをしています」
よくよく聞けば、シエスタの習慣が残っているのは地方のごく一部で、都市部の官公庁や民間企業にそうした習慣はないそう。公務員の場合、午前7時に出社したかと思えば、ランチタイムもなしに夕方まで働き、家に帰るとお茶を飲み、軽くお菓子を頬張って、夜は午後9時頃から食事をするのが一般的なのだそうだ。
事ここに至り、筆者はようやく理解した。危機の元凶は、この「ながら食い」にあったのだ。ギリシャ本来の気候・風土と都市化がもたらすワークスタイルのミスマッチが、危機を引き起こしていたのである。
ギリシャはおそらく、どこまで行ってもギリシャであり続ける。ドイツ人や日本人にはなれないし、きっと、ならない方がいいのである。
http://diamond.jp/articles/print/28608
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