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ユニクロまで韓国勢に負ける日
既存アパレルを苦しめる“広告費ドーピング”
2012年11月29日(木) 小平 和良
アパレル業界が揺れている。今夏、三越伊勢丹ホールディングスなど一部の百貨店やファッションビルが、バーゲンの開始時期を遅らせた。年明けの冬のバーゲンについても、三越伊勢丹は1月18日に開始を遅らせる。夏のバーゲンでは三越伊勢丹の施策に賛同した大手アパレルの多くは、冬のバーゲンでは例年通りの対応となる見通しだ。
そもそも、三越伊勢丹がバーゲン時期の変更に乗り出したのは、夏物もしくは冬物が最も売れる時期に安売りをしている現状を正すためだ。その背景には、苦境に立たされている国内アパレルメーカーの現状がある。
なぜ百貨店などに商品を納めるアパレルメーカーが苦境に陥っているのか。そして、既存アパレルが苦戦する一方で、グローバルブランドになりつつあるユニクロは成長を続けることができるのか。アパレル業界に詳しいコンサルティング会社、ジェネックスパートナーズの河合拓取締役に聞いた。
(聞き手は小平 和良)
アパレルメーカーの多くが業績悪化で苦しんでいます。
河合 拓(かわい・たく)氏
ジェネックスパートナーズ取締役。1991年に関西学院大学文学部を卒業し、同年、イトマン(現住金物産)に入社。2000年に大手米系コンサルティングファームに転職した後、2004年ジェネックスパートナーズに。小売業や商社、卸売業などの事業戦略策定と実行支援を数多く手がける。政策学校一新塾(大前研一氏創設)の卒塾生であり、現在、講師および政策指導、社会起業アドバイザーを務める。
河合:私は今、アパレルメーカーの新規事業や新規ブランドの立ち上げを手がけています。面白いのは、どんな風に数字を作ってもなかなか黒字にならない。理由は損益分岐点が高すぎるためです。
仮に店を1つ出すために、5000万円が必要だとしましょう。アパレル業界では、30店舗以上出さないと生産ロットに乗ってきませんから、それだけで15億円の投資が必要になってしまいます。
インターネット上のEC(電子商取引)サイトでも、PV(ページビュー)を増やすために多額の費用がかかります。EC業界では、広告によるPV増を計る「レスポンスレート」というものがあります。例えば1億円分の広告を使ったら、どれだけPVが増えるかという標準値があるのです。また、サイトを訪れた人のうち何人が買うか、という数字にも平均値があります。売上高100億円規模のブランドをインターネット上で作るために、40億円ほどの広告宣伝費が必要になる場合もあるのです。
日本のアパレルの問題は人件費でなく広告費
売上高の4割を広告宣伝費に使う必要がある、と。
河合:例えば、の話です。ただ、そのようなケースもある。それくらい、アパレル産業は黒字にならないんです。みなさんがブランドを作る際に間違えているのは、「日本は人件費が高いから、ローコストオペレーションができない」と思い込んでいる点です。実際に、あるアパレル通販企業を見ると、コストに占める人件費の割合はたかだか5〜6%です。一番大きいのは広告費。以前、私が関わった109系のブランドは、売上高20億円のうち広告費に約3億円を使っていました。
広告費を抑えることはできないのでしょうか。
河合:広告費を削るとどうなるか。息の根が止まってしまうんです。ブランドが目立たなくなって、雑誌に掲載されなくなり、「東京ガールズコレクション」にも出られなくなって、認知度が下がる。そして最後に消えてしまう。これを私は「ユンケル現象」と呼んでいます。24時間戦うためには、「広告」という栄養ドリンクを飲み続けなくてはならない。私の著書『ブランドで競争する技術』でも書きましたが、アパレル業界は儲かりにくい構造になっているのです。
なぜ、そのような構造になったのでしょうか。
河合:いくつか要因がありますが、まずは市場そのものが縮小していることが大きい。少子高齢化が進む中、アパレル市場ではブランドがあふれ、供給過多になっています。
日本全体の衣料品の消費量から考えると、日本の衣料品の供給量は30%ほどオーバーしています。過剰となっている30%分は、捨てられることを前提に作られていると言えるわけです。商品が過剰なため、ブランドごとの差異化も難しい。そうなると、広告費という“ドーピング”によってどれだけ目立つことができるかが勝負を分けることになります。大量に広告費を使って目立った者が勝つ。それが現在の基本的なアパレル業界の仕組みなのです。
事業構造を「フロー型」から「ストック型」に変える
この構造の中で成功するにはどうすればよいのですか。
河合:勝つ方法は2つしかありません。1つは、広告費をいくら使っても、痛くもかゆくもないスケールを作ることです。例えば、ファストファッションブランド「ZARA」を展開するスペインのインディテックスや、米ギャップグループは1兆円以上の売上高があります。年間数億円の広告費を使っても、痛くもかゆくもないでしょう。分母となる売上高が大きいほど、“ドーピング”が“ドーピング”ではなくなって、常備薬くらいの存在になるわけです。
ところが、先ほど説明したように、認知度を高めるためには売上高20億円規模のアパレルメーカーであっても、巨大企業と同じような広告費が必要になることもあるのです。そうなると厳しいですよ。
もう1つの方法は、広告費を使わなくても売れる仕組みを作ることです。私はこちらの方が大切だと思っています。
それは何かというと、事業構造をフロー型ではなくストック型にすることです。フロー型とは、毎回、毎回、新しいお客を呼んで、いろいろな商品を買ってもらうことです。一方、ストック型は、「私はこのブランドしか買いません」というファンを作ることです。客数、つまりフローそのものは増えませんから、その分、購入の頻度を高めていくのです。
顧客基盤をストック型にし、たとえ来店客の絶対数は増えなくても、1人当たりの購買回数を増やしていく。すると売り上げが上がります。そして、1人当たり購入回数を増やすには、商品そのものを良くするしかないんです。
例えばある女性が一度どこかの店で服を買う。その店でもう一度買いたいと思う理由は、有名な女優がテレビCMに出ているからではないでしょう。その商品が良いからリピートするわけです。広告費を払わなくてもリピートさせるには、そのブランド自体のファンを作らないといけません。
購入回数を増やすことは簡単ではなさそうですが。
河合:購入回数を増やす方法は3つあります。商品そのものが圧倒的に良くなるか、ブランドのイメージに独自性を持たせる、もしくは、そのビジネス自体に価値を持たせることです。つまり有名人がテレビCMに出ているから買うのではなく、商品やイメージ、事業内容を評価するから買うという流れを作る。それが「ブランド化」です。
日本国内で「ブランド化」に成功しているアパレルメーカーはありますか。
河合:代表はユニクロでしょう。
アパレル業界の中で、なぜユニクロが頭1つ抜け出たのでしょうか。まずは規模の経済が効いたことが大きいと思います。広告費がたとえ5億円分必要でも、ユニクロくらいのスケールがあれば痛くもかゆくもありません。
ですが、それ以上に大きいのは、ユニクロが東レと組んで素材の開発までしていることにあると思います。ユニクロは自分たちで商品を企画し、素材から開発しています。だからこそ、フリースやヒートテック、ブラトップという、ユニクロにしかない機能性の高い商品を持つことができたのです。広告費を投じて店に呼び込むことができれば、商品にファンが付いて「ストック型」のビジネスになるわけです。
大手アパレルメーカーの多くは、商品作りを商社に丸投げしています。結局、日本国内では、いくつかの商社が大手を始めとしたあらゆるアパレルメーカーの製造を担っているのです。商品を作っては、A社に持ち込み、断られたら同じものをB社に売る。これでは、ユニクロのような圧倒的な違いのある商品が作れるわけがありません。
「SPAの強み=高速回転」という勘違い
最近では、ユニクロと同じように、自社で製造から販売までを手がけるSPA(製造小売業)モデルを売りにすれるアパレルメーカーも増えています。
河合:SPAモデルは今まで、企画と売り場が同期化する点など、販売サイドのことばかりが語られてきました。売り場の動向をいち早く商品作りに反映する「高速回転」がSPAの強みというわけです。
確かにSPAブームによって、衣料品の回転率は急速に上がりました。そして、高速回転によって、欠品を避けることができ、機会損失を免れたと言われます。しかし、今、衣料品の売り場で欠品が出ることはそうそうありません。消費者が「欲しいけれども、ない」と感じる機会はほとんどないのです。
たとえ、訪れた店頭に在庫がなくても、別のブランドに似たような商品が並んでいる。実店舗になければECサイトでも探せる。実際には「機会損失」などほとんどないにも関わらず、高速回転こそがSPAだと思われてしまった。それにより、アパレルメーカーは高速回転で「在庫」を作るようになっていきました。企画と製造の工程にはほとんど携わることなく、です。
本当のSPAは、商品を企画し、作り、売るという3つがきちんと連携していなくてはならない。その点、ユニクロは企画と製造を重視し、今まで世の中にないような商品を作ってきました。それがあるから、広告費を使って来店客を呼び込めば、ファンができて売り上げが伸びるのです。ここが、ほかのアパレルメーカーとの大きな違いでしょう。
ユニクロは今、真のグローバルチェーンになるべく海外での出店を増やしています。ただ、世界に目を転じると、ZARAやH&Mといった強力なライバルがいます。彼らとユニクロの違いは。
河合:ZARAやH&Mの強みは、マーケットが広い点です。ユニクロは海外出店を増やしていますが、まだ売上高の大半は国内です。日本では、例えば北海道では赤が流行しているのに、九州では黒が流行るといったことは、あまりありません。
一方、ZARAやH&Mは米国や欧州、アジアなどの幅広い地域に店を構えています。戦っている市場が大きいため、商品の吸収力が圧倒的に高いわけです。たとえ日本では売れないアイテムでも、その商品が動いている別の国や地域に送れば売れる。世界を舞台に商品のポートフォリオを組み、物流とデータを駆使して商品を売っていく。ここが大きな特徴です。
ユニクロもZARAやH&Mと肩を並べて、世界のグローバルチェーンの1つとして一定のポジションを得ることはできるのでしょうか。
河合:私は、できると思っています。売上高が1兆円規模になると戦い方は2つしかありません。1つはユニクロのように定番品を作り続けて、不確実性を少なくする方法です。ユニクロが主力とするベーシックなパンツやシャツは、ずっと買う商品です。定番に絞って、商品の不確実性をなるべく下げれば、確実に売れます。
一方でZARAやH&Mは、トレンドを反映した商品をメーンに据えている。そうすると売れるかどうかの不確実性は高まりますが、それをいろいろな機会で売る。出口を複数作り、データを駆使しながら、「こっちじゃなかったらこっち」という風に商品を動かして売れ行きを平準化するのです。
厳密に言えば、ユニクロとH&Mのキャミソールで迷う消費者もいるかもしれない。けれどもビジネスモデルや、それぞれのブランドを支持する層の好みを比べると、やはり違う。だから私はこの2つが食い合うことはないと思っています。
実際には違いますが、極端な言い方をあえてすれば、ユニクロは下着と靴下ばかり作っている。一方でZARAやH&Mは安価なアウターばかり作っている。下着とアウターは、みんな両方着るわけですから共存するだろう、ということです。
ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長はよく「我々が売っているのは、ファッションではなくてベーシックだ」と言います。同時に「安売りをしているのではなく、適正価格で売っている」とも。その価値観が浸透すれば、おそらくZARAやH&Mとは違う部分で地位を築けるでしょう。
今のユニクロに死角はないのでしょうか。
109系ブランドは既に韓国勢のものに
河合:現在のユニクロの躍進を見ていると、私はどうしても、自動車業界を思い出してしまいます。日本の自動車は、ユニクロのように安くて高性能です。最近でこそ、「レクサス」のような高級車もありますが、もともと強いのは「カローラ」のような大衆車です。カローラは、安くて性能が高いから世界で売れてきました。こうした日本車が今、韓国勢に押されつつあります。テレビやスマートフォンなどの家電製品でも同じことが起こっています。
アパレル業界でも、日本に韓国勢が入りかけているんですね。「SHIBUYA 109」にあるブランドの多くの商品が、実は韓国で作られています。韓国は今までずっとOEM(相手先ブランドによる生産)を続けてきた。けれどもモノづくりのノウハウを覚えた今は、自力で中国市場にも出ています。中国市場で、本来ならば日本の109系ブランドが押さえるべき市場を、製造拠点となっていた韓国勢が先に取ってしまったのです。そして今、日本市場にも入りつつあります。
長いスパンで見ると、109系ブランドは韓国に取られるのではないかと危惧しています。今後、仮にユニクロの牙城を崩す勢力が出てくるとしたら、それは韓国勢ではないかと思っています。
韓国勢のようなライバルが出現した時、ユニクロはどうしたらグローバル市場で勝てるのでしょうか。
河合:それはもう1つしかありません。柳井会長が後継者を作ることです。ユニクロがシステムとして現在のような商品を生み出すことができるのか。それができれば、決して韓国勢に負けることはないと思います。
小平 和良(こだいら・かずよし)
日経ビジネス記者。大学卒業後、化学メーカー、通信社での勤務を経て2000年に日経BP社入社。日経ビジネス編集部にて自動車業界や金融業界を担当。2006年に日本経済新聞社に出向。2009年に日経BP社に戻り、現在は流通業界を担当
キーパーソンに聞く
日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20121128/240266/?ST=print
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