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【第1回】 2012年11月19日 村田裕之 [村田アソシエイツ株式会社代表取締役/東北大学特任教授]
シニアシフトに乗り遅れるな
大人用紙おむつ市場が、赤ちゃん用市場を逆転
いま、私たちの生活の中で、これまで長い間当たり前だと思われていた多くの「常識」が覆りつつある。
たとえば、皆さんは「紙おむつは赤ちゃん用」だと思っていないだろうか?赤ちゃん用の紙おむつ市場は、2011年でほぼ1400億円。ところが、2012年中に大人用の紙おむつ市場が1500億円に達し、ついに赤ちゃん用を逆転する見通しなのだ。
大人用はここ数年、市場全体が年率5%程度で成長を続けている。国内紙おむつ最大手のユニ・チャームでは、大人用の売上げは2ケタ増が続いており、2013年3月期には大人用紙おむつも売上げ600億円台を突破する見通しだ。
リカちゃん人形に「おばあちゃん」が登場
「リカちゃん人形」といえば、子ども向けの着せ替え人形の代名詞としてご存じの方も多いだろう。1967年(昭和42年)の発売以降、累計出荷数が5000万体を超えるロングセラー商品だ。そのリカちゃんファミリーの構成は長い間、小学5年生の香山リカちゃんを中心に、パパ、ママ、姉、妹、弟、いとこ、そしてペット。典型的な核家族だった。
ところが2012年4月、このリカちゃんファミリーに「おばあちゃん」が登場した。おばあちゃん、香山洋子はカフェ併設の花屋さんのオーナーで年齢は56歳。「おばあちゃん」の年齢を56歳に設定したのは、リカちゃんを発売した1967年当時、メインターゲットだった11歳の女の子が2012年に56歳になるためだ。
共働き世帯の増加で母方の祖母が孫の世話をするケースが増えており、発売元のタカラトミーには、リカちゃんシリーズの購入者から「孫と遊ぶ時に自分(つまり、おばあちゃん)役の人形があるといい」などとの声が寄せられていたという。
ゲームセンターはシニアの遊び場に
平日昼間のカラオケ客の6割がシニア
「ゲームセンターは若者の行くところ」──こんな常識も覆りつつある。ゲームソフトメーカー大手のカプコンは、2012年4月に20店のアミューズメント施設「プラサカプコン」でシニア向けの「ゲームセンター無料体験ツアー」を初めて開催し、延べ330人を集めた。一部店舗では50歳以上の会員向けに現金と引き換えに渡すメダルの量を2割増やすサービスを始めたところ、6月時点で1200人を超える会員が集まった。
カラオケ店も、もはや若者の場所ではなくなっている。それどころか、平日昼間はむしろシニアが主要顧客になりつつある。業界最大手のコシダカでは、平日昼間は来店客の多くが60歳以上のシニアで、店舗によってはシニア客の割合が6割を超えるところもあるという。
皆さんには、ここまでの話で従来常識だと思っていたことがいかに覆りつつあるか、おわかりいただけただろうか?これらの劇的な変化は、すべて人口の年齢構成が若者中心から高齢者中心へシフトする「シニアシフト」に起因するものだ。実は、これまで挙げた例は氷山の一角にすぎない。シニアシフトの流れは、あらゆる産業に加速度的に広がりつつあるからだ。
2つのシニアシフト
「シニアシフト」には2種類ある。1つは、「人口動態のシニアシフト」。これは、人口の年齢構成が若者中心から高齢者中心へシフトすることだ。もう1つのシニアシフトは、「企業活動のシニアシフト」。これは、企業がターゲット顧客の年齢構成を若者中心から高齢者中心へシフトすることだ。
2012年に目立ったのは、実はこの「企業活動のシニアシフト」だ。私が知る限り、いま、この「企業活動のシニアシフト」が最も先鋭化している国は、日本である。これは裏を返せば、これまで「人口動態のシニアシフト」が、時間の経過とともに粛々と進行していたにもかかわらず、「企業活動のシニアシフト」は、一部の企業と業種を除いて取り組みが遅れ気味だったからだ。それが、ようやく本気モードになってきたのだ。
2007年と明らかに異なるシニアシフトの特徴
なぜ、いま、さまざまな産業で「企業活動のシニアシフト」が起きているのか。実は、2012年は、団塊世代の最年長者である1947年生まれが65歳、つまり定年に達する年なのだ。
人数の多い団塊世代が徐々に定年を迎え、今度こそ大量の離職者を対象とした新たな事業機会が生まれるとの期待感から一種のブームになっている。このことが理由の1つであるのは確かだ。しかし、これだけがいま起こっている産業界全体のシニアシフトの大きな流れの理由ではない。
実は、5年前の2007年にも「2007年問題」と呼ばれ、似たようなブームが起きた。ところが、今回の動きは5年前の一過性のブームとは大きく様相が異なっている。それは、@企業におけるシニアビジネスへの取り組みが本気になってきたこと、A取り組む企業の業界が多岐にわたっていることだ。
つまり今回の動きは、単なる団塊世代退職市場ブームという次元ではない。今後、長期にわたって継続的に起こる社会構造の変化への対応としての取り組みが目立つ。この意味において、2012年は「シニアシフト元年」とも呼ぶべき区切りの年と言えよう。
実際に私は、多くの企業経営者・実務担当者とのビジネス現場でのやりとりを通じて、このことを肌身で実感している。
企業にとってのシニアシフトの意義とは?
こうしたシニアシフトには、商品の売り手である企業、商品の買い手であるシニアの双方にとって、どのような意義があるのだろうか。
まず、企業にとっての意義は、先細る若年層ではなく、今後も増え続けるシニア層を自社のコア顧客にすることで、持続的な売上げ増・収益化が可能になることだ。これをいち早く実行している業界の例として、コンビニ業界が挙げられる。
従来、コンビニは「近くて便利だが、値段が高い」というイメージが強く、主な顧客層は長い間若い男性で、シニアや女性は少数派だった。
ところが、ここ数年シニアや女性の来店者の割合が増えている。国内コンビニ最大手セブン‐イレブン・ジャパンの来店客(1日1店舗当たり平均客数)の年齢別構成比の年次変化を見るとそれがよくわかる。
1989年度には30歳未満が63%、50歳以上が9%だったのが、2011年度には30歳未満が33%、50歳以上が30%となっている。30歳未満の割合がほぼ半分になったのと対照的に、50歳以上の割合が3倍以上に増えている。
こうした「企業活動のシニアシフト」にいち早く取り組んだ結果、セブン‐イレブンも、ローソンも近年は毎年最高益を更新し続けている。
シニアにとってのシニアシフトの意義とは?
次に、商品の買い手であるシニアにとっての意義は、より価値の高い商品・利便性の高いサービスを得られるようになることだ。このわかりやすい例は、大手スーパーにおけるシニアシフトの動きである。
従来、イオンやイトーヨーカドー、ダイエーなど大手スーパーは、品揃えの豊富さを売りにするために、売り場の広い大型店舗で事業展開してきた。品揃えの豊富さと規模の経済を追求するために、店舗規模を徐々に大型化し、土地コストを下げるために徐々に郊外のロードサイドに出店するようになった。
ところが、こうした郊外の大規模店舗は、シニアにとっては行きづらい場所になる。高齢になるにつれてクルマの運転をしなくなり、足腰の衰えに伴って自宅からの行動範囲が狭くなるからだ。
また、店舗が広いと欲しい商品を探すのにいちいち長い距離を歩く必要があり、疲れる。すると、店舗の広い大型スーパーに買い物に行くのがおっくうになる。高齢化の進展とともに大型スーパーからシニア客が徐々に遠ざかっていったのだ。
こうした状況に陥った反省を踏まえ、スーパー各社では2011年あたりからようやくシニアシフトに本腰を入れるようになった。シニア客に好まれる売り場、商品、サービス開発などにおいてさまざまな取り組みがなされるようになった。
これらの取り組みの結果、店舗では車椅子でも十分通れる広い通路、歩行に難のある人でも乗りやすくした速度の遅いエスカレーターの導入、途中で休憩できる椅子の設置が進んだ。また、文字が大きく見やすい価格表示、欲しい商品が探しやすく、取りやすい棚の導入なども進んだ。
こうした取り組みが今後ますます増え、競合他社との切磋琢磨を通じて商品・サービスの質が上がれば、シニア消費者にとっての利便性はどんどん高くなっていくだろう。
シニア資産30%の消費は、国家予算1・6倍分のインパクト
実は、こうした「企業活動のシニアシフト」は、単に企業や消費者であるシニアがメリットを享受するだけにとどまらない。経済の活性化と国家財政の改善に寄与するのだ。
総務省統計局による「家計調査報告」平成22年(2010年)によれば、1世帯当たり正味金融資産(貯蓄から負債を引いたもの)の平均値は、60代で2093万円、70歳以上で2145万円。一方、厚生労働省「国民生活基礎調査」平成22年(2010年)によれば、世帯数は60代で1083・6万世帯、70歳以上で1191・1万世帯である。これらより、60歳以上の人の正味金融資産の合計は、482兆2884億円となる。
このうち、仮に正味金融資産合計の3割、144兆6865億円が消費支出に回ったとすると、消費税率を5%に据え置いた場合、税収は7兆2343億円となる。この数値は、消費税を現状より5%アップした場合の見込み税収アップ分13兆5000億円に対して6・3兆円ほど足りない。だが、シニアの資産が消費に回ることで、消費税をアップしなくても、これだけの税収が見込めることに注目してほしい。
すでに、消費税増税は国会で可決しているので、この話は空論に聞こえるかもしれない。だが、ここで言いたいのは、若年層に比べたシニアの消費支出によるインパクトの大きさだ。前掲の試算は消費税収に焦点を当てているが、実は、増えるのは消費税収だけではない。それ以上に、2011年度一般会計90兆3339億円の1・6倍にもなる144兆6865億円という金額が、実体経済に回ることが重要なのだ。
ただし、次回以降で詳細を述べるとおり、シニア層が正味金融資産を多く持っているからといって、それがすべて消費に結びつくわけではない。また、先行き不透明感がますます強まるなかで、60歳以上の人すべてに正味金融資産の3割どころか、2割を消費に回してもらうことすら現実的でないという意見もあろう。
だからこそ、ここに「企業活動のシニアシフト」の大きな意義がある。商品の売り手である企業が積極的にシニアシフトに注力することによって、買い手であるシニアは、より価値の高い商品や利便性の高いサービスを得られるようになる。
つまり、シニアが必要としていたが、これまで市場にはなかった、より付加価値の高い商品・サービスが多く登場するようになる。すると、「そう、こういう商品が欲しかったのよ」という機会が増え、結果としてシニアの消費も増えると予想される。
シニアの消費が増えれば、先に挙げた消費税収は増える。また、企業の売上げ・収益が増え、業績が向上すれば、法人税などの税収も増える。この結果、国の税収が増え、財政改善に寄与することになる。財政が改善されれば、ギリシャのように財政破綻することもなく、国際的信用を維持でき、シニアも安心して老後を過ごせるようになるのだ。
シニアシフトに乗り遅れるな!
以上の3つの観点から「企業活動のシニアシフト」には大きな意義があることをおわかりいただけたと思う。
10年以上前からシニアを主要顧客にして業績を伸ばしてきた企業に加え、近年では小売業を筆頭にシニアシフトに注力し、シニア顧客の心をつかみ、業績を拡大している企業が増えている。
その一方で、いまだに従来の若者中心の顧客ベースに頼りきりで業績を下げている企業も多く見られる。特に、高度成長期に若年層やファミリー層にヒット商品をいくつも出して成長してきた製造業にそうした傾向が強いようだ。こうした企業には、年々売上げ減にさらされているにもかかわらず、従来の業態やビジネスモデルから脱却できない例が数多く見られる。
また、シニア市場の重要性に気がつき、シニアシフトに取り組んでいるものの、苦戦している企業も多く見受けられる。次回以降に述べるが、シニア市場はマス・マーケットではなく、「多様なミクロ市場の集合体」というべき特徴がある。
従来の大量生産・大量流通によるマス・マーケティングに慣れきっている企業は、こうした特徴を持つ市場に対してどのように取り組めばよいかの知識や理解が乏しく、正しいアプローチが実践できていない場合も多く見られる。こうしたシニアシフトに取り組んでいるものの苦戦している企業の経営者・実務担当者の方には、どうすればうまくいくのかの実践的なヒントを本連載でお伝えしたい。
一方、まだシニアシフトの活動に取り組んでいない企業の経営者・実務担当者の方には、これからシニアシフトに取り組む際に留意すべき点や事業成功のための勘所をお伝えする。
シニアシフトは時代の流れであり、待ったなしである。長期にわたる持続的な成長のためにも、この動きに乗り遅れることなく、いますぐアクションを取っていただくことをお勧めする。
(次回は11月26日更新予定です。)
■ダイヤモンド著者セミナー『シニアシフトの衝撃』
著者 村田裕之先生による刊行記念無料セミナーのお知らせ
日 時: 2012年12月12日(水)
19時開演(18時30分開場)20時30分終了予定
会 場: 東京・原宿 ダイヤモンド社9階 セミナールーム
住 所: 東京都渋谷区神宮前6-12-17
料 金: 入場無料(事前登録制)
※今回、セミナーテキストとして、書籍『シニアシフトの衝撃』を使用しますので、ご来場時に必ずお持ちになって下さい(当日会場でも販売いたします)。
定 員: 30名(先着順)
主 催: ダイヤモンド社
お問い合わせ先:ダイヤモンド社書籍編集局
電話 03-5778-7294(担当:中島)
⇒ お申込みは、こちらから
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『シニアシフトの衝撃』
超高齢社会をビジネスチャンスに変える方法
シニアビジネス待ったなし!シニアシフトに乗り遅れるな!社会の高齢化が進む限り、シニアシフトの加速化は止まらない。このシニアシフトの流れをうまくビジネスに活かしているだろうか。日本のシニアビジネスの第一人者の著者が、シニアシフトに取り組む際に留意すべき点や事業成功のための勘所を余すところなく伝える。
http://diamond.jp/articles/print/27885
【第20回】 2012年11月19日 伊藤元重 [東京大学大学院経済学研究科教授、総合研究開発機構(NIRA)理事長]
「TPP」が日本の農業をダメにするのではない!
「いまの農政」こそが日本の農業をダメにする
農業者はTPPに反対か?
TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉に参加するかどうかという問題は、国論を大きく二分している。多くの農業関係者が反対の声をあげ、東京で大きな反対集会を開き、霞が関をデモした。TPPに反対する著作が書店で平積みになり、ベストセラー入りもしている。
それでも、経済学者でも政治学者でも、私が知る限り、尊敬に値する研究者の大半はTPPへの参加が日本にとっては必要であると言う。新聞社が行うアンケートでも、TPPへの参加に賛成する人が過半数であるようだ(日経新聞〈2011年10月23日〉、時事通信〈12年7月13日〉、朝日新聞〈12年8月28日〉)。
農業関係者はTPPに反対であるというイメージが強いようだが、これも新聞社のアンケートによると、農業者のなかにもTPP参加に賛成の人が意外に多いということがわかった(日経新聞〈12年7月27日〉)。私が関係しているプロ農家の集まりでは、大半の人がTPPの交渉に前向きの姿勢を示している。
ある有名なコメ農家の方は次のように言っていた。「今の日本の農政は問題が多すぎる。兼業農家の保護が強すぎて、このままの状態を続けていたら日本の農業はダメになる。TPPへの参加をきっかけにして日本の農政が変わることを期待したい」と。
プロ農家の方々と付き合うとよくわかることだが、農家をひとくくりでまとめることはできない。農業を主な仕事としているのがプロ農家(専業農家)。それに対して、収入の過半が役所や工場での労働によるもので、農業を片手間にやっているのが兼業農家。同じ農家でもまったく違った存在である。
将来の日本の食料生産や産業としての農業を重視するなら、プロ農家を支援しなくてはいけない。しかし、目先の「農民票」を重視するなら、兼業農家を無視できない。日本全体の農業にとって好ましいことと、政治の動きの間に大きな乖離がある。
質の低い日本のEPA
日本は多くの国とEPA(経済連携協定)を結んできた。しかし、その中身を見ると、他の国が行っているFTA(自由貿易協定)に比べて質が低いと言われても仕方のない面がある。
EPAでもFTAでも、大半の財について協定国間では関税を撤廃することが原則となっている。しかし、日本が結んできたEPAは、関税撤廃をしない例外品目が非常に多い。多くの農業品目が関税撤廃の対象から外れているのだ。
農業関係者が関税撤廃に反対するなかでEPAを進めるために、政治的に自由化が難しい品目を関税撤廃の対象から外すという逃げ道を、日本は何度も使ってきた。通商政策の専門家や海外の識者は、日本のこうした姿勢を批判的な目で見てきた。EPAの数を増やすという「成果」を出すために、質の低いEPAを連発してきたからだ。
そうしたなかでTPPはこれまでのEPAとは性格が異なる。米国や豪州といった先進国が参加することで、関税は原則すべて撤廃するというFTAの基本的な考え方を強く打ち出してきたからだ。
これまで日本が取り組んできたEPAは、その相手の多くが新興国ないしは発展途上国であった。交渉相手から原則貿易自由化を強く迫られることはなかった。ある意味ではイージーな貿易協定だったとも言える。だが、米国のような先進国が対象の貿易交渉は、様相が異なる。
だからこそ、多くの農業者が真剣になってTPPに反対するのだ。しかし、農業者が表に出て反対するほど、多くの国民は考え始める。農業者は単に既得権益だけで動いているのではないか、日本にとって本当の国益は何か、そして日本の農業は本当にこのままでよいのか、と。
今の制度が農業をダメにする
これまでの日本の農政を続けていたのでは、日本の農業に未来はない。これはほぼ自明のことだと思う。政府は必死に補助金などで支援をして、農業を支えようとしている。しかし、その補助金はバラマキと言われてもおかしくないような性格だ。それも本当に真剣に農業をやろうとしている相手に届いているのか怪しい。
農協に支援するのと、農業を支援するのは同じではない。農協だけが栄えて農業が衰退するということもありえるのだ。
かつてウルグアイ・ラウンドでコメの市場開放をしたとき、ウルグアイ・ラウンド対策費という名目で莫大なお金が農業支援にまわされた。しかし結果を見ると、農道空港を作るといったことに象徴されるように、農業支援にはほとんど役立たない土木事業などに使われてしまった。
なぜ農家の多くが兼業農家になるのだろうか。答えは明白である。多くの農家が農業だけでは食べていけないからだ。日本の農産物は世界でも有数の値段の高さである。高い関税などでその高価格を支えている。それでも農業だけで食べていけないとすれば、そこには何か構造的な問題があるはずだ。
ようするに農家が多すぎるのだ。別の言い方をすれば、農家一戸当たりの農地があまりにも狭小なのである。農業の競争力を強めるためには、農家が利用する農地を増やしていくしかない。国全体の農地が一定であるとすれば、そのためには農家の数を減らしていくしかない。要するに兼業農家の土地をプロ農家に集めていく必要があるのだ。
バラマキの補助金や、過剰なまでの貿易制限による保護、そして歪んだ農地税制が、こうした農地の転換を遅らせている。片手間でやっても兼業で農業を続けられる、耕作放棄をして社会の貴重な資産である農地を無駄にしていても保有しつづけられる、運がよければ将来は宅地や商業地として売り、売却益を得られる──これでは農地の転換が進むわけがない。
現実には農家の平均年齢は非常に高くなっている。コメ農家の平均年齢は70歳前後ではなかろうか。こうした農家の高齢化は、多くの農家に後継者がいないことを意味する。補助金漬けで兼業農家を続けることに、若い世代は将来の希望を持てないのかもしれない。あるいは、親の世代が子どもたちにそうした人生を歩んでほしくないと考えるのだろうか。
いま、日本の農業政策が、大転換期を迎えていることは明らかだ。農業を繁栄させることは重要だとしても、そのためには支援をプロ農家に集中しなくてはいけない。限りある政策のための財源は、有効に使わなくてはいけない。
市場開放を農業活性化につなげる
TPPに参加すれば、海外から大量に安価な農産品が入ってきて、日本の農業はすぐに厳しい状況に追い込まれる──TPP反対派はこうした議論をするが、これは明らかに間違いである。
まず、TPPのもとでも、関税撤廃には時間をかけることができる。一部のセンシティブな製品については10年程度の時間をかけて関税を下げていくことも可能だろう。コメ農家の平均年齢は70歳前後ではないかと前述したが、10年後の日本の農業の姿を考えれば、今とはまったく異なる状況になっていることを想定しなくてはいけない。
プロ農家の人たちがTPPに前向きなのは、プロの目から見れば市場開放しても心配はないと見ているからだ。たとえばコメだが、海外から安いコメが入ってくるとすれば、それは中国からである。干ばつに苦しむ豪州や、水資源の利用に制約がある米国では、日本のコメ価格を暴落させるほどの大量のコメを輸出する能力はない。私のまわりの専門家はそう言っている。もちろん、中国はTPPに参加していない。
品質という面まで含めて考えれば、日本の農産物の競争力はけっして弱くない。果実や野菜はもちろんだが、コメでも高い品質で勝負できる農家は少なくないのだ。
農産物を自由化すれば、農業全体が不利になるような錯覚に陥りやすい。しかし、農業には、競争力の高いプロ農家と片手間に農業をやっている兼業農家がある。市場開放をして競争が生まれてくれば、プロ農家はさらに発展し、兼業農家のなかには農業を続けることが、難しくなるところも出てくるだろう。日本全体の農地面積が一定だとすれば、それだけ農地がプロ農家のほうに移っていくことになる。そうした移行がスムーズに起きるような政策的対応が必要である。
日本の農産品を海外に輸出していく可能性まで考えれば、市場開放の意義はさらに大きくなる。アジアの近隣諸国は産業発展とともに農業輸入国になっていく。人口密度が高く、国民一人当たりの農地面積が小さいので、将来は多くの食料を海外からの輸入に依存せざるを得ない。国民の所得水準が上がってくれば、より品質の高い食品を求めるようになるだろう。
こうした国々に距離的に近い日本は、食料輸出という意味では非常に有利なのだ。そのためにも農業政策を保護から競争力促進に転換し、市場開放を進めていくことが求められる。
http://diamond.jp/articles/print/28093
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