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このまま放置すれば日本のバスとトラックは輸入品ばかりに
2012年11月19日(Mon) 両角 岳彦
自動車産業についてのニュースや分析は、とかく乗用車に偏るけれども、現実の自動車社会とそこに供給され、使われる自動車の現況を読み解くためには、商用車の動向にも常に目を配っている必要がある。
もちろん数量や金銭ベースでは乗用車の市場規模の方が圧倒的に大きい。しかし社会との関わりは商用車の方が格段に深い。特にそれぞれの国・地域における人と物の道路輸送が今どうなっているか、ここからどうなろうとしているかは、それぞれの社会と生活のあり方、それを導く政治、そこから生まれる経済に直結している。
自力での経営が困難な日本の中大型商用車メーカー
残念ながらこの分野でも、今、日本の自動車産業は沈滞の度を深めている。ご承知のように、現状で4社ある中大型商用車のメーカーは自力での経営そのものが難しく、それぞれに生き残り策の模索が続いている。
いすゞは、GM(ゼネラル・モータース)との提携を二十余年にわたって続けた後、GMの経営危機を受けてGMが保有していた株式の一部をトヨタ自動車が引き受ける形で提携相手を替えたが、そのトヨタ傘下の日野自動車との協業もバス車体程度にとどまり、技術面も含めて自立の道を探り続けざるを得ない状況にある。その初期、昭和の初めには国主導で開発された標準型トラックの製造で地歩を固めたことを考えると、隔世の感は深い。
日野自動車は1966年以来トヨタの傘下にあり、そのトラック・バス部門という位置付けになっている。収支に占めるトヨタからの乗用車委託生産の比率は大きく、商用車事業によるものは半分に過ぎない。この委託生産は、トヨタ側の事情による変動が大きく表れる。2011年1月の記者会見・アナリスト向け説明会で、長く東京都日野市にあった主力工場を茨城県古河市に建設する新工場に全面移転することを発表(本社機能は日野市に残す)。寸法も重量も大きな製品で、しかも多品種少量生産という商用車特有の事情に対応する生産システムを構築する、という意図は理解できるが、創業の地にものづくりの核を残すことは精神的な「根」として意外に重要だ。
残る2社、三菱ふそうトラック・バスとUDトラックスは、それぞれ「外資系」企業になっている。
三菱ふそう(扶桑)は、いすゞと並ぶ歴史を持つ商用車メーカーであり、言うまでもなくかつては三菱重工の一部門であった。それが三菱自動車として独立し、紆余曲折を経てダイムラー・クライスラー(現ダイムラー)と資本提携、事実上その世界戦略に組み込まれたところでトラック・バス部門を分社化。しかしダイムラーの世界戦略は齟齬、挫折して、そこからの再構築にあたって乗用車部門(三菱自動車)は手離したが、アジア市場に強いトラック・バス部門は傘下に留め、今日に至る。つまり現三菱ふそうトラック・バスは、その資本金の89.3%を保有するダイムラーの子会社なのである。
UDトラックスの「UD」の起源は、もはや知る人も少なくなったのではないかと思うが、 「ユニフロー(・スカベンジング)・ディーゼルエンジン」、すなわち2サイクル作動のディーゼルエンジンにおいて、シリンダー内の燃焼後ガスを排出しつつ新しい空気を吸入する「掃気」の流れが一方向になる機構を意味する。UDトラックスの前身であった民生デイゼル工業がこの形式のエンジンをGMから技術導入したことから、同社のブランド名に使われてきたものだ。
その後、日産自動車が資本参加して日産ディーゼルとなったが、日産の経営危機、カルロス・ゴーン主導の荒療治の中で経営的には切り離される。ここでボルボ(乗用車を分社した後の、商用車、航空機および舶用エンジン、建機などを手がける企業グループ。商用車ではルノーと提携関係にある)が資本参加。今のUDトラックスはボルボ傘下にあり、新しい社名(2010年から)が示すようにバス事業からは撤退している。
着々と技術を進化させている欧州のバス
そもそも小中大のトラックと様々なバスを合わせた日本国内の市場規模は20万台程度。ここに4社がひしめいている。
輸出といっても、日本のトラックを受け入れているのはアジア市場、そしてアフリカ市場が主であって、ダイムラーもボルボも、それぞれアジア市場に浸透している販売ネットワークと、中型サイズまでのトラック製品の開発・製造に着目して、日本の既存メーカーを傘下に収めたのである。
しかしそのダイムラー、ボルボなど世界の中大型商用車をリードするメーカー、そして実はその製品開発を支える中核サプライヤーは、トラックやバスに関しても着々と技術を進化させている。交通社会の中で働く自動車に盛り込むべき機能は何か、利用者に、そして運用・使用する側に魅力的な資質を実現するには、という当たり前の視点から、新しいトラックやバスを生み出しているのである。
ここではバスを例に取って、そのあたりの現況をもう少し紹介してゆこうと思う。
日本では「バス」とひとくくりに呼ばれているが、英語では“bus”と“coach”に分かれる。それぞれ馬車時代からの使い方と車体構成による分類を受け継いだもので、「バス」は“omnibus”、つまり「乗合馬車」から来た交通インフラ型路線バスを意味する。「コーチ」は長距離も行く大型馬車であって、そこから列車の客車や座って長距離を走るバスも意味する単語になった。日本で言う「観光バス」「高速バス」に使われる形態の車両である。
世界を見渡すと、この「バス」と「コーチ」の両方が着実に進化しているのだが、分かりやすいところでまず「バス」の話から。
メルセデス・ベンツの路線バス「シターロ」の最新モデル。身近な路線を走っている日本のバスと見比べていただければ、そのデザインと機能の違いは歴然。(写真提供:Daimler)
欧州の都市を走る最新のバスは、停留所の路面を道路から軽く盛り上げておけば、ほぼ段差なしで乗り込めるような「超低床」、そのまま車室内に踏み入れていってもステップもスロープもない「完全フラットフロア」が当たり前である。
シートの配列も、車輪やそれを支えるサスペンションなどの機構部分の出っ張りをうまく利用しながら、いかにもスッと腰を下ろし、立ち上がるという動作がやりやすそうな配置と形状になっている。専門的に見れば、乗降口をどこにどのくらいの面積で開口させるかも含めて、車室内の乗客の「動線」も車体設計からデザインへと進める中で検討されていることが見て取れる。
さらに立ったままの乗車や乗降の際に握るポールや手すりの形状や表面素材、シートやフロアの素材や色合いなどについても、人々が日常的に使うパブリックスペースをデザインする、というコンセプトに沿って様々に考え、検討し、選んだものであることが伝わってくる。
欧州他の最新バス/コーチが採用しているZFの低床化対応フロントサスペンション。ダブルウイッシュボーン形態の左右輪独立懸架だが、日本のバスはいまだに固定軸ばかり。低床化だけでなく運動性能や乗り心地における基本的な能力差は大きい。(写真提供:ZF)
もう少し細かく見ると、例えば「ニーリング」と言って、車体を沈み込ませる機構をサスペンションに組み込み、クルマ椅子での利用者がいる時には、乗降口側を路面近くまで沈め、さらに乗降口の下から可動式ランプ(斜板)がせり出して、クルマ椅子のまま乗って、平坦な床面を移動し、降りることを可能にする仕組みも、運行者側が選択できるようになっている。停留所側に「クルマ椅子での利用」を知らせるボタンがあり、それを押すと運転席に表示が出てドライバーに知らせ、停まったらすぐに上記の対応をすることができるシステムも、バスとその路線でも見かけるし、LRT(Light Rail Transit:新世代の路面電車とその路線網を指す)ではもう20年ほど前から導入されている。
こうした新しい空間デザインを持つバスは、その走行機能要素などの基本メカニズムを旧来のままでは実現できない。その進化を、自動車メーカーがそれぞれに進めようとしても、絶対的な生産量(台数)が少なく、しかも1台あたりのコストが高い大型商用車では採算を取るのがなかなか難しい。欧米では中核部品を受け持つサプライヤーが、新しい車両のあり方、いわゆるコンセプトから考えて、それを実現するための技術要素を車両メーカーと密接に協力しながら開発、供給する、というやり方が定着している。
低床・フラットフロアを実現するZFのバス用リアサスペンション。写真左側が車両後方でエンジンから変速機を介した駆動軸が低い位置を通って片側に寄せられたデファレンシャルギアに入り、左右輪へ歯車を介して伝える機構にすることで、車軸の高さを下げている。この左右輪駆動部にモーターを組み込んだ電動仕様も用意されている。こうした論理的かつ緻密なメカニズムは日本にはない。(写真提供:ZF)
乗客にとってより使いやすいバスを生み出すためには、もちろん超低床・平坦床面を実現することが不可欠であり、同時に小回りから緊急回避などまでをカバーする運動性能、もちろん揺れが少なく乗客にとって快適な乗り心地などの資質も進化させる。それにはサスペンションをその基本形態から新たにデザインしなければならない。そこに組み合わせるエンジンの搭載位置やそこから力を伝える変速機と駆動機構のレイアウトにも工夫を凝らす必要がある。
こうした空間設計に合わせたサスペンションや駆動機構をサプライヤー、例えばドイツのZFが開発・製造して、ダイムラー(ブランドとしてはメルセデス・ベンツ)をはじめとするバスメーカーに供給することで、新しい公共的移動空間としてのバスが街に増えてゆく。さらにこれらの基幹部品は、他の国々、例えばアメリカ、そして韓国やロシア、ウクライナなどのバスメーカーにも供給されて、世界に新しい空間設計のバスが増えてゆく。
公共交通インフラに関する知見が足りない日本の地方行政
さらに今、公共交通機関の整備を進めようとする国々では、本格的鉄道や地下鉄では建設コストも車両や運用のコストが高すぎ、LRTでも現実味が薄いというところが少なくない。そこで注目されているのがBRT(Bus Rapid Transit)である。
これは道路にバス専用レーンを設け、同時に乗降のための「ステーション」も設置して、固定された「路線」を造り、鉄道と同じようにバスを走らせて、定時性の高いサービスを行うというもの。
BRTの導入例。トルコ・イスタンブールのバスステーション。次々に走ってくるバスはメルセデス・ベンツ「シターロ」の連接型。つまり2つの車体を折れ曲がる連接構造
(トレーラー型
)にした大容量車体。(写真提供:Daimler)
最近ではアジア圏でBRTの導入が増えていて、シンガポール、デリー(インドでは他にも十数件のBRTプロジェクトが進行中)、そして中国は北京をはじめ8都市ですでにBRTが稼働している(2011年時点)。
これらのBRTでは特に、乗客の乗降をスムーズにして停車時間を短縮すること、そして乗り物としての魅力が求められることから、最新の低床バスが採用されている。特に利用者が多いケースでは、超低床・平坦な床面と幅広ドアによる乗降の流れのスムーズさが車両選択の理由に数えられている。
日本でも、例えば富山では既存路線を改良するアプローチでLRTが成功している。宇都宮でもLRT計画が論議されているが、中心市街と周辺地域を放射状に結ぶことが求められる地勢であることを考えると、新規に線路を敷設してネットワークを構築するのはかなり難しく、BRTの方が適しているのではないかと思われる。
日本の地方行政においては、こうした公共交通インフラに関する世界レベルの知見や、テクノロジーから社会システムまでを見渡して検討する能力が不足している。
進化が消滅した日本の路線バスのバリアフリー化
日本の路線バスに目を向けると、バリアフリー化が行政のテーマになる中で、2000年前後から国土交通省(旧・運輸省)が主導してバスのバリアフリー化の検討委員会を開催し、その結果を受けて2004年には「標準仕様ノンステップバス」の認証システムが施行されている。しかしその「標準仕様」は乗降口のステップの高さを指定し(つまりステップをなくすことは求めていない)、前後乗降口間の床だけ低床で平坦であればいい、というもの。その結果、前と車体中央部に乗降口を設け、その間だけは幅80センチの床が平坦、その後ろは登り勾配で、座席は車輪や床下機構の張り出しの上に、1人用、2人用のベンチを並べる、という定型に収斂してしまった。クルマ椅子乗降用スロープ板は「容易に取り出せる場所に格納」すればよい。
バリアフリー論議が始まった頃には、各社それぞれにフラットフロアのバス開発を手がけ、ニーリングを組み込んだ例もあったのだが、この「標準仕様」が提示されて以降はそうした進化はまったく消滅した。「ノンステップバス」ではまったくなく、小段差ステップと部分フラットフロアの空間にすぎない。車体の構築方法、ドアや窓の作りなども古色蒼然としたままである。
もちろんその背景には、日本のバス事業の現況、採算性の低さがある。長距離バスに関しては規制緩和の結果、車両そのものの見映えや装備が良くないと集客が難しい、という傾向も表れているが、逆に中古車両を使った低価格競争も加速し、安全な運行という基本部分が浸食されているのはご承知の通り(かなり深刻。これについてはいずれまた別項で)。
路線バスの採算性はそれ以上に厳しく、ほとんどのバス会社は行政からの補助金に多くを依存しつつ、車両に割くコストはぎりぎりまで削る経営が続いている。例えば三菱ふそうのシリーズ・ハイブリッド(直列ハイブリッド。エンジンで発電機を動かし、その電力でモーターを回して走る)方式の路線バスは、発進加速の滑らかさといい、減速時のエネルギー回収の効率の良さといい、実際に市街地路線を走れば乗客と環境の両方に優しく、私自身、同社のテストコースで開催されるトラック&バスの試乗会では必ず「味見」させてもらう、好みのクルマである。しかしごく限られた数(数十台)しか売れていないという。
まったく競争力を持たない日本の「バス」
欧米はもちろん、アジア各国や旧ソ連圏のCIS(独立国家共同体)諸国などでは、BRTはもちろんバス路線網を「公共交通インフラ」と捉え、行政当局自身やその直轄公社などが経営し、運行している形態が少なくない。そうなるとやはり、公共サービスとしての質、そして最近ではエネルギー消費や環境負荷などの抑制に着目し、その上で当然ながら、車両単体だけでなく運行システム全体として長期間にわたる運行と保守のコスト低減を実現することが求められてくる。そこで新しい技術に裏打ちされた最新のバスが採用されることになる。
こうした舞台において、日本の「バス」はまったく競争力を持たない。乗用車以上に「ガラパゴス化」し、路線バス、長距離&観光バスを合わせても年間1万〜1万5000台の国内市場の閉塞状態の中であえいでいるのである。
長距離・観光バス(コーチ)についても、走行系の技術要素、シートや内装などが形作る居住性、乗客のための安全装備、動質などの基本性能において、世界レベルからは取り残されつつある。しかもこのジャンルの事業に対する規制緩和によって価格競争だけが激化し、移動の質、とりわけ全ての基本であるべき安全性が危険水準に落ち込んでいるのは、いくつもの事故例からも明らかである。
付け加えるなら、韓国のヒュンダイはかつて三菱ふそうから技術供与を受けてバスの生産を始めたのだが、ダイムラー・クライスラーの世界戦略に組み込まれていた時期にメルセデス・ベンツ流のバス(コーチ)づくりを導入。最近ではZFのサスペンションやトランスミッションをそのまま組み込んだ製品を送り出している。乗用車と同様、内容に対して価格が安いことから新興市場を中心に販売を伸ばしている。
トラックの分野でも、多少良いとはいえ、こうした状況はほとんど変わらない。サスペンションやトランスミッションなどの中核要素の進化はほとんど停滞していて、世界レベルの商品性は有していない。それでも小型、中型トラックに関しては、アジア、アフリカ、中南米などである程度の販売量を維持しているが、韓国や中国の後発メーカーが同じような車両で世界に市場を求める時代が来つつある。そこで他の工業製品と同様の価格競争が始まるとすれば、楽観できる状況ではない。
社会全体として「道路を使う公共交通インフラ」にどう取り組むか。人流と物流それぞれの自動車輸送の質と効率が、実は世界のレベルから取り残されつつあることを認識する。日本の商用車産業をまずは技術面から再生させるには、そうした社会全体の、特に国と地方の行政の意識改革が求められる。このまま放置すれば「バスとトラックは輸入品ばかり」ということになりかねない。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/36543
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