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「日本病に罹った」とついに認めた韓国 株安、低成長、不良債権…悪材料が一気に噴出
2012年11月15日(木) 鈴置 高史
「ついに我々も日本病に罹った」――韓国のメディアが書く。不動産価格の下落に続き、株安、成長率の急減、企業のリストラなど、20年前の日本を思わす深刻な症状が相次ぐからだ。
「嫌いな日本を追う我ら」
最大手紙、朝鮮日報の朴正薫・副局長兼社会部長が11月9日付で書いたコラムが興味深い。見出しは「それほどに嫌いながらも、日本を追う我ら」だ。
東京特派員経験者の朴正薫・副局長はこう書き出した。「認知症の妻を殺したソウル文来洞の78歳の老人の事件を見て『来るものが来た』との思いで胸がふたいだ。日本がすでに体験している高齢化の絶望的局面が結局、我々にも訪れたということだ……しかし韓国は『日本病の回避』という国家の課題では苦戦している」。
ついに日本を追い越したのに……
日本に詳しい韓国紙の社会部長は「高齢化社会の日本の後を韓国が追う」明らかな証拠を、ソウルの殺人事件に見出したのだ。
同じ朝鮮日報の、やはり東京特派員だった宋煕永・論説主幹は2年ほど前から「現在の不動産市況の低迷は、実は少子高齢化が原因で今後、韓国経済も日本のような長期停滞期に入る」と警告を発し続けてきた。
ただ、宋煕永・論説主幹の卓見は韓国論壇の主流にはなかなかならなかった。時を同じくして、韓国人は「ついに日本を追い抜いた」と祝杯をあげていたからだ。
赤字に陥った日本のライバルをしり目に、世界市場で快進撃を続けるサムスン電子や現代自動車。長い間「絶対に日本企業には勝てない」と思い込んでいた韓国人にとって、夢のようなできごとだ。
日本の民主党政権の大地震への対応は後手に回った。一方、G20など国際会議を続々と主催した韓国。両国政府の差は「統治能力でも韓国が上回った」ことの“確かな証拠”として語られていた。
「あの、憎らしい日本に勝った!」と皆で祝っている最中だったから「日本病に罹るぞ」などという不愉快な予言は、誰も聞こうとしなかったのだ。
「バブル崩壊後の日本」とそっくり
しかし今、朴正薫・副局長の記事と前後して韓国メディアは「日本病に罹った」という趣旨の記事を一斉に載せ始めた。不動産価格が依然として下げ続けるうえ、株まで大きく下げる。さらには経済成長率の急速な鈍化など、状況が「バブル崩壊後の日本」と似てきたからだ。
韓国人にショックを与えたのは2012年7−9月の実質経済成長率が前期比で0.2%、前年同期比で1.6%の低水準に留まったことだ。
韓国の4半期別成長率の推移
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20121114/239408/zu01.jpg
(前期比、単位:%、出所:韓国銀行)
右肩上がりに伸び続けて来た韓国のGDP。四半期ベースで「前年同期比」が2%以下に陥ったのは第2次オイルショック(1980年)、IMF危機(1998年)、世界金融危機(2008−09年)の3回だけだ。(注)
中央日報の社説(10月27日付)は説く。「過去3回の低成長は一時的な、外からの衝撃によるものだった。しかし、今度は(外からの)特別な危機ではない。構造的な低成長時代に入ったのではと疑わせる」。
「生産年齢人口の峠」は今年
「日本病」という単語は使っていない。だが、成長率の鈍化は景気変動などではなく、日本と同じ少子高齢化による病と見たのだ。
堅実な予測をすることで定評のある韓国銀行がこのところ、成長率見通しを見誤り、下方修正し続けている。韓銀の予想以上に消費や投資といった内需が伸び悩んでいるからだ(「『韓国も低成長期に』韓銀総裁が直言、2012年が転換点?」参照)。
日本の7−9月期の実質成長率は前期比でマイナス0.9%となった。日本では「海外経済の減速で輸出が細ったうえ、エコカー補助金の終了により内需も弱まったから」とその理由が明確に認識されている。
韓国の場合は、輸出も減ったが輸入がそれ以上に減っており「純輸出」はGDPの増加に寄与している。海外が原因ではない。
(注)韓国銀行は長い間、成長率の変化を「前年同期比」だけで表してきた。季節調整用データの蓄積が乏しかったためと見られる。そこで「前期比」が公表されるようになった今でも、過去の成長率を語る際は「前年同期比」が用いられることが多い。
一方、韓国の消費の低迷は根深い。10月の百貨店売上高(暫定値)は前年同月比1.3%減少した。5カ月連続の落ち込みだ。同月の量販店売上高(同)は同7.4%減。4月から8月まで減り続けたが、いったん9月に同0.2%増と水面上に顔を出した。それがまた大きく沈んだ。
しかし、この消費低迷に関し日本の「エコカー」のようにはっきりとした原因は見当たらない。となると「少子高齢化による経済規模の縮小」が“主犯”として疑われる。
韓国の生産年齢人口(15―64歳)が全人口に占める比率は2012年に――まさに今年に頂点に達し、後は下がって行く一方だからだ。
成長率は日本より低い1%に
東亜日報は11月12日付で「韓国の生産年齢人口の減少速度、世界最高」との見出しの記事を掲載した。経済協力開発機構(OECD)の報告書「世界経済長期展望」を引用した記事だ。
それによると、韓国の生産年齢人口の比率が2011年の72.5%から2060年には52.3%へと急落する。34のOECD会員国と、8の重要な非会員国の中でもっとも大きな下落幅だ。
このため、韓国の2031年から2060年までの年平均の成長率(購買力基準)は1.0%に過ぎず、ルクセンブルグ(0.6%)に次いで2番目に低い。ちなみに、日本はフランスと同じ1.4%で、韓国はその後塵を拝する。
「日本病」の典型的症状と指摘される不動産価格の低迷も深刻さを増す。国民銀行の調査によると、ソウルの住宅価格は今年1月から10月までに2.4%下がった。IMF危機の1998年(13.2%)以降、最大の下げ幅だ。
9月の取引件数も前年の半分程度で、不動産市場が冷え切っていることを示した。政府が様々な対策を打つが、2008年をピークに不動産価格はだらだらと下がり続けている。
土地神話の崩壊で「老後難民」発生
「不動産市況の低迷は少子高齢化――もっと厳密に言えば、主に住宅を買う生産年齢人口の減少が原因である」という宋煕永・論説主幹の警告が正しいことが証明された。
韓国の不動産価格がことさらに注目されるのは、不動産ローンが米国のサブプライムローンに似て「少しでも値下がりすると大量の不良債務者を生みかねない構造」だからだ(「少子高齢化の韓国、ついに日本型デフレ突入か」参照)。
「不動産は絶対に下がらない」との神話が日本以上に根強かった韓国では、ことに高齢者が利殖目的で借金して不動産を購入するケースが多い。年金制度の不備を個人で補うためでもある。
しかし、土地神話の崩壊が彼らを直撃し始め、住宅を手放すか、生活費を借金に頼る羽目に陥る「老後難民」がこれから大量に発生する可能性が強い(朝鮮日報11月11日付)。
韓国各紙は11月4日「韓国の全負債額が3000兆ウォン(約221兆円)に迫る」と一斉に報じた。「全負債額」とは政府、企業、家計の3経済主体の負債額をすべて足したものだ。
いずれの経済主体でも負債が増えているが、聯合ニュースは「一番深刻なのは家計」との専門家の意見を紹介した。家計の負債総額は1000兆ウォン(77兆円)を超え、GDPの88.5%に膨れ上がるなど「時限爆弾」化している。
造船、石化、自動車で希望退職
3カ所以上から借り、いずれ返済に困難をきたすと見られる多重債務者が全人口の6%以上の316万人もいる。次期大統領レースで、有力3候補ともに「公的資金を投入して多額債務者を救う」との公約を発表したのも、人気取りだけではない。急増する家計負債が金融システムを揺らしかねないからだ。
韓国人が「低成長時代の到来」を実感したのは、多くの企業が日本企業のように縮み始めたからでもある。世界一の建造量を誇った造船産業で廃業が相次ぐ。最大手の現代重工業も創業40年にして初の希望退職を募集した。
石油化学、自動車、輸送などの業種でも希望退職が始まっており、「現代重工業の希望退職が産業界の大規模リストラの引き金になる」(朝鮮日報10月23日付)と見る向きが多い。
各社のリストラは「長期的な不況が到来する」との読みからだ。ただ「韓国企業は、以前は世界的な不況に直面しても攻撃的な投資を行い、世界シェアの拡大に成功した。しかし、今回は完全に異なる。多くは投資を手控えている」(朝鮮日報11月12日付)。
韓国の経営者も、生産年齢人口=労働力の減少という新しい状況に直面し、国内の生産能力縮小には躊躇しなくなったのだ。
白川総裁の論文も指摘したように……
10月下旬から11月半ばまで「日本病に罹る」という趣旨の記事が韓国メディアにあふれた。ついに、というべきか、11月7日に韓国銀行がそれを認める論文を発表した。「人口構造の変化と金融安定の関係」という調査報告書だ。以下は、巻頭の「要約」の一部だ。
1960年から2010年までのOECDの27カ国のデータを分析した結果、生産年齢人口の比重が下がれば、成長率と1人当たりの所得が下がる可能性が大きいことが分かった。そして、株価、不動産価格など資産価格の上昇率も下がる……。
次ページの「研究の背景」という項では次のように分析した。
日本は1990年代初めに生産年齢人口の比重が減り始めた。この時期に資産価格が下落し始め、その結果、金融の不安定がもたらされた……。
そして脚注では「日本銀行の白川総裁も論文(2011年)で『生産年齢人口の比重が減る時点の前後に、人口ボーナスがオーナスに変わる』と言及している」と書いた。隣国の中銀総裁まで“動員”して「日本病」の恐ろしさを強調したのだ。
逃げるのか、外国ファンド
こうした不安を反映、株価も下がる。KOSPI(韓国総合株価指数)は10月上旬まで2000をつけていたものの同月中旬以降下げ始め、乱高下を繰り返しながらしばしば1900を割り込むようになった。
それも、外国人が大量に売り浴びせる一方、韓国の機関投資家が買い支えるという不気味な――韓国が通貨危機に陥る時のパターンがほぼ連日続く。
ちなみに、規模の小さな韓国市場を揺すぶって利益をあげる外国の投資ファンドは、2008年に一斉に韓国の不動産を売り抜けている。そして今、株式も売り方に回った。
注目すべきは為替だ。今年8月に1ドル=1130ウォン前後だったのがウォン高ドル安に動き、11月上旬には1090ウォン台に進入した。日米欧の金融緩和でホットマネーが入りこんだからだ。
ただ、11月中旬以降はウォン高も止まっている。悪材料の噴出を見て「日本病の発症」と判断した外国のファンドが、ウォンまで売って完全に逃げ出すことにしたせいか、あるいは、韓国でもうひと稼ぎしようと踏みとどまるのか――。
韓国はそもそも「外貨不足」という持病を抱え、しばしば通貨危機に陥ってきた(「日韓スワップ打ち切りで韓国に報復できるか」参照)。「日本病」に罹ると当然、持病も発症しやすくなる。今、韓国の市場が注目されるゆえんだ。
鈴置 高史(すずおき・たかぶみ)
日本経済新聞社編集委員。
1954年、愛知県生まれ。早稲田大学政経学部卒。
77年、日本経済新聞社に入社、産業部に配属。大阪経済部、東大阪分室を経てソウル特派員(87〜92年)、香港特派員(99〜03年と06〜08年)。04年から05年まで経済解説部長。
95〜96年にハーバード大学日米関係プログラム研究員、06年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)ジェファーソン・プログラム・フェロー。
論文・著書は「From Flying Geese to Round Robin: The Emergence of Powerful Asian Companies and the Collapse of Japan’s Keiretsu (Harvard University, 1996) 」、「韓国経済何が問題か」(韓国生産性本部、92年、韓国語)、小説「朝鮮半島201Z年」(日本経済新聞出版社、2010年)。
「中国の工場現場を歩き中国経済のぼっ興を描いた」として02年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。
早読み 深読み 朝鮮半島
朝鮮半島情勢を軸に、アジアのこれからを読み解いていくコラム。著者は日本経済新聞の編集委員。朝鮮半島の将来を予測したシナリオ的小説『朝鮮半島201Z年』を刊行している。その中で登場人物に「しかし今、韓国研究は面白いでしょう。中国が軸となってモノゴトが動くようになったので、皆、中国をカバーしたがる。だけど、日本の風上にある韓国を観察することで“中国台風”の進路や強さ、被害をいち早く予想できる」と語らせている。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20121114/239408/?ST=print
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