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日本の大企業が再び輝きを取り戻すには
赤羽雄二 ブレークスルーパートナーズ代表取締役に聞く
2012年11月13日(火) 瀬川 明秀
日本を代表する製造業が軒並み厳しい状況に追い込まれている。例えば、家電産業ではパナソニックは7500億円以上の赤字を2期連続で出し、ソニーはTV事業が8期連続の営業赤字、本体の最終損益も4期連続のマイナスだ。シャープは存続も危ぶまれる状況。2013年3月期決算の業績見通しは、営業赤字が1550億円に、当期赤字は4500億円と2年連続で過去最悪を更新している。シャープは「コンサルなど外部の知恵も集め再建の道を探っている」というが、どう再建するのか。今回は個別分析ではなく、日本企業の復活の道筋にフォーカスして、ブレークスルーパートナーズの赤羽雄二氏に話しを聞いた。
赤羽氏にお願いした理由は、国内外の大企業再建に携わってきた実務者だからだ。コマツの技術者を経て、1986年からはマッキンゼーで韓国LGグループの経営改革に取り組んできた。マッキンゼーでは一般に数カ月から半年程度のプロジェクトが大半を占める中、10年もの長期に渡り、トップと一緒に改革を実践してきた経験を持つ人はそれほど多くはない。日本では4年間、大手消費財企業の組織運営と改革に携わった。2000年からは日本のベンチャー育成に注力してきたが、今年からは再び、大企業の課題解決にも取り組み始めた。「いよいよ日本が危機的な状況になってきた」からだ。
(聞き手は瀬川明秀=日経ビジネス)
日本をけん引してきた大企業が苦しんでいます。製造の現場が海外にシフトし、あらゆる産業がサービス化していく産業転換が進行しているとはいえ、変化に対応する前に、「弱点」が一気に吹き出てきたように見えます。
赤羽雄二(あかばゆうじ)
東京大学工学部を1978年3月に卒業後、小松製作所で建設現場用の超大型ダンプトラックの設計・開発。86年、マッキンゼーに入社、1990年から10年半にわたってフルタイムで韓国企業、特に財閥の経営指導に携わる。2000年 ブレークスルーパートナーズ株式会社を創業。情報通信・IT・半導体などの分野のベンチャーを支援。そのほか経済産業省「産業競争力と知的財産を考える研究会」委員、総務省「ITベンチャー研究会」委員、総務省「ICTベンチャーの人材確保の在り方に関する研究会」委員などを勤める。現在、1社あたり500万円出資、オフィス・サーバー無料提供のインキュベータである、ブレークスルーキャンプ by IMJ 運営統括。ブログも運営。
赤羽:トヨタなどの自動車産業、パナソニック、ソニー、シャープ、キヤノン、リコー、ブラザー、カシオ、オリンパスなどの家電・電子機器産業、日立製作所、三菱電機、東芝などの重電・電機産業、富士通、NEC、沖電気などのシステム・機器産業、新日鉄などの製鉄産業・・・かつて栄光に輝いていた企業たちがみな元気がありません。
産業構造が変わり「もはや製造業の時代ではない」と言われる方もいらっしゃいますが、日本の大企業はこれまで世界の多くの市場でブランドを確立し、大きな利益をもたらしてきました。日本国内でも大きな雇用を生み出してきました。このまま人材を抱えこんだまま倒れれば本当に大変です。
何万人もの人を採用できるサービス、IT企業には限りがあります。また、雇用のミスマッチもあります。世界中でインターネットやIT関連の企業が爆発的に成長していますが、日本企業の名前を聞くことはほとんどありません。一部の企業のみです。
大企業の低迷は、雇用不安さらには日本の将来への不安感にまでつながっていると思います。
日本人は昔から「マネジメントが苦手」
何ゆえに、いまこの時期なのでしょうか?
赤羽:円高、震災ショック、エネルギー不足、世界経済の低迷、中国問題など外的な悪材料がそろっています。ただ、それはきっかけに過ぎません。何ゆえ今か、というよりも「よくぞ、いままでもった」と見ています。日本企業の競争力が低下してきていることは前から指摘されてきたことです。ただ、私としては「低下したのではなく、実はもともと低いのではないか」という仮説を持ち始めました。
といいますのは?
もともと日本は、ムラ社会をベースにしています。村で暮らす人たちにとっては、チームワークが大事で、強い自己主張をせずに協力し合うことをよしとしてきた社会です。それに加えて、手先が器用で、徹底的に工夫することもいとわない人が多い。種子島の鉄砲のように、あっという間に見よう見まねで大量生産できる高い能力があります。箱庭、盆栽など、限られた空間でのきめ細かな工夫を重ねることもできます。集団での力強さ、能力の高さは、高度成長期の大量生産に特に発揮されました。
一方で、日本のリーダーが優れているのか、といえば実は違うのではないかと最近は考えています。最近の大企業リーダーに関しては、ご存知の通りです。政治家、官僚も尊敬できるリーダーはまずいません。明治以降の日本軍の歴史を見ると、多くの場合、戦略がお粗末。兵站の混乱、諜報戦の感度の低さなど、だめなリーダーが指揮する組織の典型です。
日本はチームワーク、団体行動が重要な大量生産は得意でも、成熟期の方向転換、不確定な時代での舵取りは苦手なのではないか、というのが私の最近の考え方です。
リーダーの問題以外にも、社会全体の保守性の問題があります。不思議なことに、日本はリーダーがいなくなり、「上」がいなくなった混乱期だけ、若者が出てきて元気になるのです。幕末の混乱、終戦直後しかり。日本は組織、社会としての「上」がいない時に成長します。戦後成長してきたのも、年寄りたちがいない混乱期ゆえ、誰もがチャンスがあったのです。ライバルとなる国も周辺にはいなかったし、米国の購買力が一気に伸びた時代です。この追い風にのって輸出で急成長し、終戦23年後の1968年には国民総生産(GNP)が資本主義国家の中で世界第2位に達しました。
日本企業は、90年代までは比較的順調に発展して来たと思いますが、このプロセスの中で、優れた経営者がいたのでしょうか。
確かに、現場でのエピソードは豊富です。社長が現場で指揮を執り、「もっと小さなモノを作れ!」「軽いものを作れ!」「もっと安くいいものを作れ!」という掛け声で、世界中で売れる家電・半導体・携帯電話・自動車・鉄鋼等を開発し、事業を拡大してきました。ところが、事業を大きく右から左にかじ取りする大胆な意思決定で成功した企業は、実はそれほど多くなかったのではないでしょうか。もちろん本田宗一郎さん、松下幸之助さんなど素晴らしい経営力・人間力をもった経営者はいらっしゃいましたが、あの時代だから大成功したわけで、現代の経営者に求められている経営の判断ができたのかどうかは未知数です。
ですから「昔の日本人経営者は素晴らしいのに、今の連中はなぜできない」と言うのは簡単ですが、ちょっと違うのかも知れません。もともと日本人は、あるいは日本人の組織は、今の大企業が必要としているような経営の舵取りに必要な意思決定、ダイナミックな方向転換、システム構想力は苦手だったのかも知れないと思い始めています。
先行き不透明な時代だけど、おぼろげながら見えています
日本人の経営力が低下したのではなく、もともと日本人は外国人に比べて、大胆な経営という意味でのマネジメント力が弱く、商品企画も苦手なのではないかと考えた方がつじつまが合います。多くの日本人が後発と見ていた韓国のサムスンなどは、経営者が果敢に決断をし、事業を発展させてきましたし、携帯電話等でも企画力・開発力が高く大成功しています。サムスンもLGも、多くの技術・部品を日本に依存しながら最終商品では日本企業をさっさと追い抜いていきました。
日本は、携帯電話、テレビ、さらには白物家電も競争力を失いました。もちろん、携帯電話のヒンジとか、コンデンサー、ねじ、液晶等の部品・素材では高い世界シェアを誇っているものも多くありますが、それは研究開発能力と精密な加工・生産力が高いからであって、大きな事業としての商品企画力があるからではありません。
自動車はまだ競争力を保っていますが、韓国の現代自動車等の追い上げは加速しています。
日本企業が今後どう勝ち残っていくか考えるために、我々は何が得意で何はそれほど得意でないのか冷静に考えてみようと思います。
そういう観点では、日本が強かったのは、高度成長期に代表される高品質・低価格の商品であり、その大量生産です。既存商品の改良にはすさまじい力を発揮しました。「もっと安く、もっと小さく、もっと多く」で勝てる時には圧倒的な勝利を収めたのではないでしょうか。
既存商品の改良時には、無数のアイデアが湧いてきます。日本の電気釜で炊くとおいしいということで、今でも秋葉原で電気釜を何個も買って帰るアジアの方などは有名です。家電・自動車等も無数の小アイデアの固まりです。オイルショックの時は、世界中を驚かせる低燃費の自動車を開発し、その後の成長につなげました。
日本人全体が自信を持っていたと思います。誰も日本の将来を疑いませんでした。
ただ、よくよく見てみると、既存商品の無数の改善と大量生産は得意でも、不連続な商品の開発、全く新しいものを生みだし、大きく成長させることは実はそこまで得意ではなさそうだということです。
画期的な商品を生みだそうと決断し、経営資源を当て、大きく育てていく経営力・商品開発力に関しては、そこまで強みを持っていなかったのかも知れない、ということです。ウォークマンを発想しヒットさせることはできても、iTunes Storeを生みだし、携帯電話を全く違う次元のものにし、世界最大級の時価総額の会社を生み出すことはあまり得意ではなかったようだ、ということです。
シャープペン、電気釜、卓上電子計算機、トリニトロンテレビを生み出すことはできても、製販分離・垂直分業し、ハードウェア・ソフトウェアを総合的に組み合わせた巨大情報産業を生み出すこと、そこでの勝者になることは得意ではなかった、ということです。
こう考えると、日本人は、日本企業は商品企画力、特にシステム的にスケールの大きいものへの構想力がそれほど得意ではなかったのかなと思います。半導体、家電から自動車くらいまでは非常に得意ですが、それより大きなもの、不連続的な発展をしたもの、システム発想が必要なもの、ソフトウェア技術が主体なものになると、例外はあってもあまり得意ではなさそうです。
造船産業は?
赤羽:「造船があるじゃないか」との指摘も受けますが、競争力はかなり前に失っています。また、船もある意味では「箱庭」的に閉じた世界での最適化で、その中で成功を収めた時期がありました。飛行機も、大規模プラントも、発電システムも、インターネットインフラも、シリコンバレー等のエコシステムも、圧倒的な競争力ある大学システムも、新たな都市システムの構築にも苦労しています。
ただ、「弱点」があるのはしかたないことです。どの国にも強みもあるけど、弱みもある。過去の威光にとらわれず、弱点を正視し、弱点を踏まえた上で策を練る必要があるのでは、という思いです。
先行きが不透明な時代です。策を練るのも大変ですね。
赤羽:そうですね。よく「先行きが不透明だ」といいますが、これまで起きたことはそれなりに想像がついていたことです。考えたくないということで考えることを避けていた点は否めません。半導体、家電、PC、携帯電話等の競争力低下は結構見えていました。シャープ、パナソニック、ソニー等の将来がかなり微妙だということは何年も前から見えていました。ソニーのテレビは8期連続赤字ですから経営の素人でも4年ほど前に何とかしなければと思いますよね。
今後起きることは、おぼろげながら皆さんも分かってはいると思います。仮に、過去の成功体験にとらわれた会長、社長には見えなくとも、経営幹部のだれかが見えているはず。突然、パソコンがなくなるわけではないように、現状の延長線上にある程度以上、未来は見えています。
驚くほど突然世界が変わることは、あまりありません。
例えば、我々の身の回りのことで考えてみましょう。
「今後も日本人はモノをあまり買わないでしょう。モノを買うのは急成長中のアジア。購買力は欧米等の先進国からアジアにシフトする。ネットワーク化はさらに進む。家電製品、自動車、住宅などなどあらゆるハードウェアにIPアドレスがつき、つながっていくでしょう。その中でコモディティ化したハードウェアで差別化していくのは難しい。付加価値を産むのはサービス。そのサービスは、膨大なデータを取得し的確に分析することや(ビックデータ)、マーケティング技術の進化でさらに加速しています。その結果、すでにあるからというだけで続いていた既存事業、商慣習があるが故に何とか続いていた事業は徐々にあるいは急速に消え、本当に価値ある製品、サービスだけ生き残り、急成長していきます」
とまあ、こうした予想はできるのです。自分の事業であれば、より鮮明にみえるでしょう。こうした予想の元、新たな成長策、あるいは再建策を練る必要があります。
もちろん、再建に関して奇策はありません。再建は、出血をすぐに止め、キャッシュを産む事業に集中することです。必要なリストラ、必要な人材活性化をすることです。アクションを取ったが、結果として8年間赤字を継続する、といったことと対極です。
まず既存事業の選別です。自社の現時点での実力で高収益を出せる事業にできるのか、新しい競争原理の中で付加価値を生み出せるのかを客観的に、冷徹に判断するしかありません。
大きな利益を生み出すことのできる分野なのか。ターゲット顧客が明確で、彼らの購買に至るプロセスを十分把握し対応しうるのか。競合と差別化できるのか。自分たちでやるべきところはどこで、外部を活用すべきところはどこか。
過去の成功体験や、現会長・社長の思惑とは別に、峻別していきます。どこの国のどの価格のセグメントで勝負するのか、国内で開発・生産するのか、海外で開発・生産すのか・・・すべてメリハリをもって決めることです。
壁にぶち当たっているほとんどの大企業、過去の栄光にあぐらをかくほとんどの大企業で、何が問題かさし当たりどうすべきか、社員は多分分かっていると思います。少なくとも、少しでも会社のこと、世界の競争相手のことを考えた社員、幹部には分かっているはずです。
分かっているのにできてないのは何故か。トップがそれを直視しないか、わかっていても突き詰めた議論をしないか、議論しても決断しない、できないか、決断しても反対を押し切って実行しないか、そういった理由からです。
もう日本は世界第二の大国でも何でもありません。大半の大企業は、世界的な競争力を持っていません。高度成長期、高品質大量生産の時代ではありません。ハードウェアもアナログ回路設計も差別化要因としてはかなりむずかしくなってきました。
今私たちにできることは、日本企業の経営力、商品企画・開発力はレベルが低いという自覚をもって、本気で変わろうとするしかありません。痛みの伴う決断をし、真剣に取り組むしかありません。私の知っている欧米の一流大企業、韓国の一流財閥等に比べ、経営者の本気度、徹底力、経営改革貫徹力が違います。腹の据わり方が違います。結果として商品企画・開発力も大きな差がついてしまいました。
90年代の韓国LGグループ 経営陣の真剣な姿勢をみよ
覚悟が必要だと
赤羽:私は、90年から2000年まで、韓国LGグループの経営改革に10年間半取り組みました。LGグループは今でこそ世界的なグループであり、携帯電話、家電、FDP、リチウムイオン電池等で圧倒的な存在感ですが、90年には、はるかに低いイメージしかありませんでした。それを、先代会長、現会長、多くの社長が先頭に立ち、圧倒的なリーダーシップで経営改革を推進してきました。
「我々の技術力、商品力はまだまだレベルが低い。だけど夢は大きいし、やり遂げる自信もある。ぜひ手伝って欲しい」。
LGグループのトップたちは皆、おごりもなければ卑屈さもなく、ただただ驚くほどのハングリー精神と真剣さ、真摯さで協力を求めてきました。その姿勢に私は感銘を受けました。マッキンゼーは会社トップへのコンサルティングの会社ですが、実は巨大企業の場合、会長、社長と直接取り組む案件ばかりではなく、事業部長クラスがクライアントになることが非常に多いのです。LGグループへのコンサルティングは、本来のトップマネジメントコンサルティングとして非常にやりがいがある、貴重な経験でした。マッキンゼー社内でも人気で、私が世界中から100人以上のコンサルタントを呼び集め、入れ替わり立ち替わりプロジェクトに参加していただき、何十というプロジェクトを遂行しました。
グループ各社の最優秀人材を数名ずつグループV-推進本部に派遣していただき、合計30名のチェンジエージェント(変革の担い手)集団を作りました。問題把握・問題解決力の特訓をしました。すべてのマッキンゼープロジェクトには彼らを1,2名ずつアサインして、マッキンゼーのコンサルタントと全く同様にトレーニングし、実践を積んでいただきました。ユーザーインタビュー、データ収集、分析、報告書作成、組織改革、実行支援すべてです。それ以外に、50社それぞれにビジョン推進チームを作り、平均10名程度のチェンジエージェントを育成し、数百のプロジェクトを実施し続けました。
トップマネジメントコンサルティングの場合、マッキンゼー以外の会社でもそうだと思いますが、通常、我々がプロジェクトを実施し報告書を出す段階で一旦は終了になります。あとはクライアント側が「どうもありがとうございます。こちらで検討します」と言い、改めて社内で吟味します。その結果、結局は実践しないケースも多いのです。数千万円〜1億円を超すコンサルティング報酬は何のためだったのか、ということになりがちです。
ですが、LGグループの経営陣は違いました。「提案をうけたことはすぐやる」「すべてやる」と言って、即実践していました。実際、提案づくりから一緒にやっているわけですから早いです。電光石火です。
強く印象に残っていることが1つあります。LGグループの経営改革チームではマッキンゼーのコンサルタントとLGグループ各社から選抜された社員で構成されます。マッキンゼーのコンサルタントには同じ社内の人間なのでいろいろ厳しく指導しましたが、LG社員はお客様だったので、最初はやはり私も遠慮して接していました。
その時、LGグループV-推進本部のチームリーダーで後にLG電子のCEOになられた素晴らしいリーダーが「赤羽さん、なぜ私の部下を差別するのですか。もっともっと厳しく指導してマッキンゼーのコンサルタントを育てているように徹底的に育ててください」と強く求めました。自分の部下を育てなければただではおかないぞ、というこれ以上ない真剣な姿勢でした。
その時から彼らへの私の接し方が激変したのは言うまでもありません。また、選ばれたメンバーの目の色が変わったのも当然です。最高の成長機会を与えられ、かつプロジェクトリーダークラスになったら、月給の12〜18ヶ月分(通常は6ヶ月分)のボーナスを支給される特別待遇も受けるようになったわけですから。これは、私が交渉して、反対を押し切り、導入していただきました。LGグループ10数万人中のエリートになりました。
最初は、グループV-推進本部に優秀な社員を出すことを渋っていたグループ各社の社長も、半年ほど送ると見違えるようになって帰ってくることを知り、必要以上に送り込んでくるほどになりました。
こうやって、LGグループは、高いフィーを払ってマッキンゼーを雇い、それの何十倍以上の成果を出すべく最善手を尽くし、その果実を勝ち取ったのです。
プロジェクトメンバーには社員をグループV-推進本部に入れ替わり立ち替わりで数十名、グループ全体で数百名を投入し、大成果を挙げました。今日の躍進は確実にその結果です。
こういった大規模な活動をする上では、組織の反対やノイズも大きかったと思いますが、中心となって活動している私にはいっさいノイズを入れず、大きな成果を出すことだけ求め続けました。社員にも最高速度で成長すること、あらゆる施策を徹底的にやり遂げること、私から何もかも吸収することを求めていました。
その真剣な姿勢は、日本の経営者も見習うべきではないでしょうか。
あの10年間、私はリーダーとして月曜日の朝、韓国に行き、金曜日の夜に日本に戻ってくる生活を続けました。家族は大変でしたが、それだけのハードな生活を続けたのは、彼らのあまりにも真剣な態度にこたえようと思ったからです。普通は思いますよね。
翻ってみると、日本の大企業にとって、痛みが伴う決断をし、遂行できるかどうかがすべてだと思います。2000年初頭にも家電業界には厳しい時代がありました。当時、家電・電機業界各社の合計で10万人規模の人材削減が行われました。少なくとも、報道上はそうなっていました。ただ、実際は、営業関連会社に人材を吸収させたり、子会社化したり人数合わせでしのいだのが実態だったと思います。
しかし、今回は崖っぷちです。もう余裕がありません。
3年計画で取り組む新事業
大胆なリストラをする。その一方で儲かる事業を立ち上げなければなりません。
赤羽:経営者の意識が変わり、果敢に立ち上がって、決めるべきことを決め、取るべき責任を取り、官僚的な組織を壊し、旗を振るようになれば大企業もかなりのスピードで変わります。
韓国LGグループでの経営改革10年の経験、日本の大手消費財企業での4年の経験からほぼ断言できます。方法論は明確ですし、確立しています。どこをどう動かせば組織がどう動くか、人がどう動くか、明確にイメージできます。
まずは足場固めとして、既存事業のビジョン・戦略・ビジネスモデル・組織を時代に即して整理し直し、1年後、2年後、3年後の目標を設定し、選択と集中、商品企画・開発力の強化、グローバルな開発・マーケティング体制構築を進めます。
新事業に関しては、社長直属か、あるいは副社長か事業本部長直属の複数の新事業立ち上げチームを置き、市場導入まで、社内での開発競争を促すことです。
経営者の視点で、部下に徹底的に要求し、議論し、最善手を打っているかどうか追及し続けます。それがトップの責任です。
社長がその気になれば、新事業のチームリーダーに、熱意、向上心、柔軟性のある責任者を任命することができるはずです。強力な推進・支援体制を構築して、アクセルを一気に踏むこともできるでしょう。韓国LGグループは今の日本の大企業よりはるかに不利・不安な状況から全力疾走を続け、真剣勝負を続け、今の地位を築きました。もちろん、今もアクセルは踏みっぱなしのままです。
注意すべきことは
赤羽:新事業を進める時には、注意すべき点が幾つかあります。例えば、既存事業のメンバーが新事業部門の足を引っ張ることが起きるはず。表だって引っ張らなくても、土地勘のない領域での新事業で不安な新事業立ち上げメンバーの心を折る発言は容易にできます。本人たちの自覚なく、悪意のある発言ができます。
したがって、新事業は既存事業から隔離した場所立ち上げを進め、他事業のメンバーとの接触を断つことが大事です。IBMがPC事業に進出した際の例を持ち出すまでもありません。また、新事業であるがゆえに、それに必要なスキル・人材・経験・文化が社内に存在しないことがよくあります。
そこで命をかけたプロジェクトリーダーを選び、現場に最大限権限を与え、最速で外部から人材を確保し、事業を推進しなければなりません。この時、事業を成功させた経験のない管理部の人間に「管理・支援」をさせるとかなりの確率で足を引っ張ります。
といいますのは?
赤羽:そういった管理部の人間がどんなに好意的・良心的に接しても、新事業のスピードをそぐ方向になりがちだからです。新しい分野での新事業立ち上げは、管理ではできません。
起業家が必要です。起業家に対して、起業家経験のある先輩が支援しなければその事業を立ち上げは加速しません。少し動いたとしても、それ以上急速に立ち上がることはありません。管理部で口がたつ人は特に要注意です。新事業立ち上げの責任者は容易にやりこめられてしまい、どんどんぶれていってしまったり、管理部の人の自己満足のため、保身のために延々と資料作成をさせられます。
もし、社長がこういった新事業立ち上げの旗振りをしない場合、下の人間は悩んでしまいます。プロジェクトリーダーを厳選して、複数の新事業プロジェクトを立ち上げ、それを新事業支援チームで支援しつつノウハウを蓄積し、外部のノウハウも積極的に導入して、実績を挙げていくしかありません。当たるも八卦ではなく、十分確率の高い活動として新事業立ち上げを複数推進していくべきです。方法論は確立しています。
社長が率先垂範し、反対を押し切り、実績を出せば、周囲の見る目が少しずつ変わってきます。ある時点を超えると、本当に雰囲気がガラッと変わってくると思います。 その時、日本のムラ社会は大きく変わり、付和雷同型で雪崩を打って変わっていくと思います。
うちの社長はそういったことはとてもできない、と社長室長、執行役員が心配する大企業がほとんどかも知れません。そういった社長は本当はすぐ交代していただきたいですが、それがかなわない場合、社長として新事業立ち上げにどう取り組むべきかのガイダンスは十分にできることです。研究開発を成功させたり、新商品をヒットさせることに比べはるかに簡単です。
私は、LGグループの改革の際、大人数の経営会議で社長が大テーブルの端に据わっていたのを真ん中に据わっていただいたり、社長がジャケットを脱がないと誰も脱げないので、脱ぐようお願いしたりもしました。「寒いかも知れませんが、ジャケットをお脱ぎいただけますか?」とまで言ってです。このレベルのアクション数百の積み重ねで会社は変わります。新事業立ち上げも十分できます。
人間心理学、社会学を無視した再建プログラムはありえない
赤羽さんの再建のお話には、トップと社員の関係といいますか、社員の心理に触れたお話が多いですね。
赤羽:リストラや提携など、再建プランを描くことは外部の専門家でもできますが、組織にいるのは人間です。実際に成功させるには、社員の心理を織り込んだ実務プランが必須なのです。人間心理、社会学を無視した再建などありません。というか、それって当たり前のことですよね?
日本の風土にあった方法が大事です。
例えば、日本では、新事業チームを結成しても、なかなか最適な人材を集めることができないものです。で余っている人材だけでチームを構成することも多いのですが、そういうチームが真剣勝負をし、人生を賭け、背水の陣で臨むことは期待しづらいですよね。
多くの会社では、死にものぐるいで頑張っても、あるいは普通に仕事をしていても、昇給にも昇進にも余り関係ない。逆に、失敗すると評価が下がる。これでは、新事業立ち上げに全力投球しようという人は現れません。
社内ベンチャーではなく、新規事業のための「子会社」をつくれ
専門である「ベンチャー」を立ち上げるのはどうでしょうか。社内ベンチャー制度です。
赤羽:社内ベンチャーは難しいです。ベンチャーとは完全に名ばかりで、何もリスクがない中で活動しているだけでは、命を懸けた取り組みには到底なり得ません。失敗しても、いずれ本体に戻ることが分かっている制度は研修と同じであり、人事部が頑張っていますというアピールする材料にはなっても、新事業を立ち上げることは難しいです。
それよりも、新事業としての立ち上げを図る研究所や事業部のチームを、そのまま100%子会社として分社化し、しばらく別会社として運営するというやり方が日本ではいいのではないかと考えています。
100%子会社でも、別会社として経営することで、リーダーが育ち、経営できる人材が育ちます。経験を重ねるうちに、見違えるほど成長し活躍する社長が生まれてくるはずです。やがて、その会社に「出資したい」という外部企業や投資家が登場し、資金調達の可能性も生まれます。
この時、経理・管理部門は本社で一括するなど、子会社化する上でのコストはほとんどかけないようにすることも大切です。追加コストを最小化し、新事業立ち上げ支援チームにも問題把握・解決力の高いメンバーを入れ育てて支援すれば、新事業を成功させる確度が高まってくると思います。会社として新事業立ち上げスキルが格段に上がります。
これまで、日本の大企業はたくさんの子会社を作ってきました。子会社化しても、もともと競争力がなかったり、絶対に成功させるという意気込みがそもそもなかったり、適切な支援がなかったり、多くの場合、既存事業で培われた管理部門・管理体質の押しつけで足を引っ張ったりなどの経営力不足から、赤字垂れ流しも多かったと思います。
放置すると子会社の内情が見えづらくなり、下手をすると放漫経営の温床になったりとデメリットも大きかったでしょう。
私が提案している100%子会社化は、あくまで「新事業」にフォーカスし、社長自ら腕まくりして支援し、数社以上競わせて切磋琢磨する環境作りをすることを合わせた、本格的な新事業立ち上げスキームです。
既存事業の経営改革と、有望な新事業立ち上げは、確実に成果を出せます。大企業の経営者がコミットし、腕まくりして取り組んでいただければ本当に嬉しく思います。
瀬川 明秀(せがわ・あきひで)
日経ビジネス副編集長。日経BPビジョナリー経営研究所 研究員。
キーパーソンに聞く
日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20121112/239314/?ST=print
【第253回】 2012年11月13日 真壁昭夫 [信州大学教授]
二期連続大赤字は“ 負の遺産”からの手切れ金?
崖っぷちのパナソニックに見え始めた「復活への光」
黒字から一転、大幅赤字へ転落
崖っぷちのパナソニック業績予想
10月31日、パナソニックは2013年3月期の業績予想を、それまでの500億円の黒字から7650億円の赤字へと大幅な下方修正を行なった。これによって同社は、2期連続で7000億円を超える大幅な赤字を計上することになる。配当も63年ぶりに無配に落ち込む。わが国を代表する電機メーカーが、まさに崖っぷちに立たされているのである。
株式市場は、この大幅下方修正を嫌気して一斉に売りを浴びせ、株価は年初来安値を幾度も繰り返す軟調な展開になった。同じ家電メーカーのシャープ、ソニーの業績も苦戦を強いられており、かつて世界市場を席巻した我が国の家電メーカーは、その威光を完全に失った格好だ。
国内外の投資家からは、「日本の家電メーカーの業績低迷、株価下落は、現在の日本を象徴する存在になってしまった」との声が聞かれる。
今回のパナソニックの大幅赤字の背景には、中国経済の減速などで家電製品の販売が伸び悩んでいることに加えて、過去の企業統合などに係る7000億円を越える“負の遺産”の後始末が大きなマイナス要因となっている。
2013年3月期に“負の遺産”を償却することで、とりあえず後ろ向きの重荷を清算できるものの、今後の業績回復には稼げるビジネスモデルをつくることが必要になる。
一方、アップルやサムスンは、スマートフォンやタブレットPCなどの売れ筋製品を武器に、日本の家電メーカーとは比べ物にならない収益を上げている。わが国の家電メーカーが軒並み大幅な赤字に落ち込む姿を見ると、まさに時の移り変わりの早さを感じる。
力の強いものが生き残るのではなく、環境の変化に上手く対応できた種族だけが生き残る――。産業界でも激しい生存競争が続いていることを、思い知らされる。
2013年3月期の決算予想を見ると、最初に思いつく言葉は“負の遺産”整理だ。具体的にパナソニックは、来年3月の決算で携帯電話、リチウム電池、太陽電池の3つの事業分野を中心に、合計で3000億円を上回る減損処理を実施する。これらは、同社が過去に行なった企業統合などで計上した“のれん代”の償却だ。
大赤字の背景に多額の損失処理
「負の遺産」の1つは“のれん代”
“のれん代”とは、企業が持つ営業権を意味する。より具体的には、企業を買収する際に、当該企業の純資産評価額と実際の買収価格の差額、つまりプレミアム(割り増し金)だ。
何故、プレミアムが発生するかというと、将来買収する企業が成長力のある分野を持っていると、その企業を買収するときに、一種のプレミアムを払うことが必要になる。そのプレミアムが営業権=“のれん代”と考えるとわかり易い。
今回、パナソニックが多額の“のれん代”の償却を余儀なくされる背景には、今まで携帯電話、リチウムイオン電池、太陽電池などの分野で事業統合などを行なったものの、当初考えていたほどの利益を上げることが難しくなったからだ。つまり、これらの事業の収益見込みを間違えたということだ。有体に言えば、経営者が価格の判断を間違ったのである。
携帯電話事業については、2002年に2代前の中村邦夫社長が、元の松下通信工業を完全子会社にするときに発生した“のれん代”だ。リチウム電池と太陽電池については、先代の社長、現在の会長である大槻文雄氏が買収した三洋電機に係わる“のれん代”などである。
それを見てもわかるように、来年3月期に見込まれるパナソニックの大幅赤字は、いわば、過去の“負の遺産”を大掃除するためのコストと言えるだろう。
現在の津賀一宏社長は、来年3月に“負の遺産”を一挙に片づけることを決意したのである。それは、経営者としてそれなりに尊重できる決断と言える。逆に言えば、今までそれを処理しなかった、歴代の経営者の資質が疑われることになるだろう。
大幅赤字予想のもう1つの理由は、繰延税金資産の取り崩しだ。繰延税金資産とは、今までに支払った税金のうち、将来に負担すべきだった部分について、今後の納税額から控除される金額を言う。
たとえば、今年100億円の納税を行なったとする。そのうち、来期以降の税金を先払いした部分が10億円あると、その10億円分は、来年以降の納税額から差し引かれるため、結果的に将来の企業の税負担額が10億円分だけ減少することになる。その10億円を、繰延税金資産としてバランスシートの資産に計上しておくのである。
もう1つの「負の遺産」は
繰延税金資産の損失処理
ところが、今回のパナソニックのように大幅な赤字が続くと、納税額はかなり減少してほとんどゼロになる可能性が高い。そうなると、税金の支払いがないため、税金支払いについて控除を受けることができない。
しかも、繰延した税金は現金で返ってくるわけではないため、バランスシート上に資産として計上しておくことは適切ではなくなる。結果として、過去に計上した繰延税金資産を損失として扱うことになる。
2013年3月期のパナソニックの決算予想の中には、こうした繰延税金資産が約4125億円含まれている。この繰延税金資産の取り崩しに伴う損失は、言ってみれば、過去の“負の遺産”を清算するために発生する損失だ。
同社は、“のれん代”の減損損失2378億円など事業構造改革費用で3555億円、それに繰延税金資産の取り崩しで4125億円、合計すると8000億円近い損失を見込んでいる。こうした決算予想の中身を見ると、パナソニックの2年連続の大幅赤字が“負の遺産”の後始末であることがよくわかる。これによって、パナソニックは、過去の大きな“負の遺産”から解放されることになる。
来年3月期、パナソニックは“負の遺産”から解き放たれることになる。ただしそれによって、同社がV字型の回復を達成すると見るのは尚早だ。何故なら、重荷を背中から降ろしたものの、今後どのように稼いでいくかというビジネスモデルが描けないからだ。稼げなければ、いずれ同社がジリ貧状態に追い込まれることは明らかだ。
問題は、何をして稼ぐかだ。かつて、パナソニックが松下電器産業だった頃、同社は“まねした電気”とあだ名されることがあった。この“まねした電気”の呼称は、決して蔑称ではなかった。
“まねした電気”の真骨頂を取り戻せ
経営次第でパナソニックの復活は可能
当時の松下電器は、他のライバルが開発した新製品によく似た製品を、すぐに世に送り出す手法に定評があった。つまり、ライバル企業の真似をするので、“まねした電気”だった。
しかし、ただ真似をするだけではなく、松下電器が出す製品は、多くの場合、本家本元の製品よりも使いやすい工夫がなされていることが多かった。そのため、当時の松下電器は、ライバルに遅れることなく高収益を維持することができた。それが、松下電器のカルチャーであり、有効なビジネスモデルだった。
ところが、1990年に米国のMCAを買収した頃から、松下電器に少しずつ変化が見られた。その後、半導体分野に進出したり、様々な分野にテリトリーを広げた。2000年代に入ると、傘下の通信メーカーを完全子会社化して携帯電話に参入したり、三洋電気を買収して、太陽電池やリチウムイオン電池などの分野に出て行った。
これらの分野は、当時としては相応の成長性が見込める分野であり、経営判断自体は間違っていなかっただろう。しかし問題は、これらの分野で韓国や中国企業などの追い上げが厳しくなり、激しい競争によって収益性を確保することが難しくなったことだ。
そうした状況を考えると、「ダメならすぐに撤退を考える」という姿勢が必要だった。パナソニックは、それができなかった。長期間、赤字を垂れ流した薄型テレビが良い例だ。
そうした状況を変革するのは、経営者しかいない。しっかりした経営判断を行なうことができれば、パナソニックには十分な再建余地はあると見る。アジア諸国中心に、パナソニックの高いブランド・ロイヤリティは、今でも充分に通用するはずだし、白物家電分野だけ取ってみても、まだ収益をひねり出す機会はあるはずだ。
そうした機会を生かすことができるか否かは、経営者の判断にかかっている。期待を持って成り行きを注視したい。
http://diamond.jp/articles/print/27784
超大手の手が回らないニッチを狙え!
新風巻き起こす小型風力
2012年11月13日(火) 宇賀神 宰司
海岸や平原などで巨大な風車がビュンビュン回る風力発電装置。原発事故以降、太陽光発電、地熱発電などとともに期待が集まる再生可能エネルギーだ。
風力発電は風車の半径の2乗に比例して発電量が増えることから、発電効率の向上を狙って、日本では大型風力発電の建設が相次いだ。
しかし、5年ほど前から、大型風力発電の新規建設が難しくなった。大型風車が出す騒音や低周波による周辺住民への健康被害が深刻化したことが背景にある。
そこで注目が集まるようになったのが洋上風力発電だ。海岸の沖合いに設置する洋上風力発電は住宅地から離れているため騒音公害の心配がない。さらには一般的に、海上は陸上に比べて風力が安定しているため発電効率もよい。複数の実証実験が国内で動き出している。
問題は設置コスト。陸上に比べ2〜4倍かかると言われている。当然だが、いちいち海上に出かける必要もあり、保守費用も割高になる。設置には漁業関係者などとの調整が必要といった課題もある。
プロジェクトの規模も巨大で、これまでは超大手企業でないとなかなか手がけられないと言われてきた。
騒音を減らすなら羽を短くすればいい
だがここに、巨大化する一方の風力発電に挑む1社のベンチャーがある。福岡県筑紫野市にあるウィンドレンズだ。
「風力発電が陸上に設置できないのは、風車が騒音や低周波を出すからだ。羽根が風を切るときにより生じる騒音や風車の支柱と羽根の干渉による低周波の発生を防ぐには、羽根を短くすればいい」
逆張りの発想で同社の高田佐太一社長が着目したのは小型風力発電だ。
前述のように風力発電は風車の羽根が大きいほうが発電量が増える。小型化すると騒音問題は解決するが、十分な発電量を確保できない。
そこで同社が着目したのが、「風レンズ」と呼ぶ風車を抜ける風力を増やす技術だ。社名のウィンドレンズもここから取った。「光を1点に集めるレンズのように、周囲の空気を巻き込んで風力を増やすことから風レンズと名付けた」と高田社長は話す。
販売している風レンズ風車は高さ13.4m、羽根の直径はわずか2.5m。だが、一目で通常の風車との違いは分かる。
「風レンズ風車」の羽根を持つウィンドウレンズの高田佐太一社長(左)。九州大学の伊都新キャンパスに設置した風レンズ風車(右)(撮影:笹山明浩)
福岡市と糸島市にまたがる九州大学の伊都新キャンパス。東京ドーム約60個分の275ヘクタールという広大な敷地の中に、風レンズ風車が点在する。写真のように羽根の外側にフードが取り付けられている。これがポイントだ。
このフードにより周囲に気圧の差を生み出し、風速が1.4倍に増加する。風力発電の発電量は風速の3乗に比例するため、風速が1.4倍なら発電量は約3倍になる。この技術により羽根が小さくても風車はパワフルに回る。
実際、筆者が伊都新キャンパスに訪れた日、風は弱かったが、ふと肌に風を感じた瞬間、風車も回りだした。1基で5キロワットの出力がある。風車の直径が12メートル、出力100キロワットの製品も開発した。「この程度までなら騒音や低周波による被害は抑えられる」(高田社長)との判断からだ。
風レンズ風車は自治体や教育機関などへの設置とともに、一般消費者からも問い合わせが多く寄せられる。海岸や平原など一定の風力が確保できないと、風レンズ風車と言えども十分な発電が得られないため、設置可能な場所は限られるが、着実に市場は広がっているという。
5キロワットの小型風力発電の設置費用は現在400万円程度。高田社長は「年間1000台まで量産できれば200万円まで下げられる。5年以内に実現したい」と意気込む。
可能性にかけて起業
高田社長はもともとポンプ製造の酉島製作所で大型風力発電の施工を担当していたが、設置が難しくなったことから同社は事業を縮小。高田社長も担当を外れた。
フードを搭載した小型風車は、九州大学の大屋裕二教授が2004年に取得した特許をベースに開発したもの。風力発電の可能性を捨て切れなかった高田社長は大屋教授から風車の共同研究の依頼を受けたのを機に、小型風力発電の市場を切り開くべく、2008年にウィンドレンズを立ち上げたのだ。
風車が大型化して、効率と騒音公害を避けるため洋上へ。巨大発電所が主流になれば大企業や政府でないと手がけられない事業となり、ベンチャーの出る幕はなくなる。
そこを逆張りの発想で小型風力に注目して、風力の弱さを技術力で解決した。まさにこうした技術革新とその事業化こそがベンチャーの役割だ。
高田社長は「風力のような巨大インフラ産業ではベンチャーはとても太刀打ちできないと言われた。しかし、風レンズ風車のような小型の製品は、ベンチャーだからこそ手がけられる。設置には細かい準備が必要で大手企業はそこまでしてまで参入しようとは考えない」と明言する。
ウィンドレンズのようなベンチャーがどんどん生まれてくれば、エネルギー産業はもっと活性化して、日本が抱えるエネルギー不足の解決にもつながっていくだろう。
宇賀神 宰司(うがじん・さいじ)
日経ビジネス記者。1993年に日経BP社に入社し、パソコン専門誌「日経MAC」「日経クリック」「日経WinPC」の編集を担当する。2002年〜2004年、米ニューヨークに留学。帰国後、中小企業のためのIT化情報サイト「SMB+IT」「日経ベンチャー(現・日経トップリーダー)」の編集を経て、2007年から「日経ビジネス」編集部。流通、中小ベンチャー、マネジメント、IT(情報技術)を担当する。2011年、約4カ月にわたりケニアの首都ナイロビに滞在。趣味はサーフィン、スノーボードとサンバ楽器演奏。
記者の眼
日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20121108/239216/?ST=print
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