http://www.asyura2.com/12/hasan78/msg/494.html
Tweet |
JR大阪三越伊勢丹、埋没の危機
巻き返しは「伊勢丹流」でなく「三越流」で
2012年11月13日(火) 南 充浩
まもなく、阪急百貨店うめだ本店のリニューアルグランドオープンの日がやってくる。10月25日にオープンした二期棟には、まだ施工中の区画があるため、これで本当の全館リニューアルオープンとなる。今回のリニューアルオープンに伴って、関西のアパレル業界の方から「JR大阪三越伊勢丹はどうなるのでしょう」と尋ねられることが増えた。
前回も触れたが、JR大阪三越伊勢丹を運営するJR西日本は10月26日、JR大阪三越伊勢丹の売れ行き不振により、188億4100万円の特別損失を計上したと発表した。また三越伊勢丹ホールディングス(HD)も同様に特別損失を計上し、JR大阪三越伊勢丹の黒字化目標を4年後の2016年3月期とすると公表した。裏を返せば、今期を含めてあと3期は赤字が続く厳しい状況にあることが分かる。
2011年5月に開業したJR大阪三越伊勢丹の当初の初年度売り上げ目標は550億円だった。しかし、実績はその目標を200億円以上下回ってしまった。この不振について様々な原因が挙げられているが、その1つとして「自主編集売り場」を指摘する声は多い。
「大阪の消費者が慣れていない」が不振の原因?
現在の百貨店には、多くのブランドがテナントショップに近い形で出店している。「A」というブランドの商品は、その百貨店内ショップに行けば、一式そろえることができる。しかし、JR大阪三越伊勢丹の「自主編集売り場」は、ジャケットやコートといったアイテムごとに売り場を構成しており、「A」というブランドの商品もアイテムごとにバラバラの場所で売られている。この売り場形態に「東京の伊勢丹新宿本店では支持されているが、大阪の消費者は慣れていない」ことが不振の原因だとされている。
JR大阪三越伊勢丹は「これが伊勢丹の強み」として、しばらくはこの売り場の形態を変えないことを今年8月の時点で明言している。また、「あの陳列の良さがわからない消費者はセンスがない」という意見もときどき聞こえてくる。
オープン時の内覧会で売り場を見たが、確かに商品が美しく陳列されている売り場で、他店からもお手本になるようなディスプレイだと思った。自主編集でここまで美しく陳列できる百貨店はあまりないと思われる。しかし、それが受け入れられていないから、現時点での実績なのだろう。
そもそも、伊勢丹流の売り場が成功している店が新宿本店以外にあるだろうか。店舗としては、JR京都伊勢丹が成功を収めている。しかし、現在のJR京都伊勢丹は伊勢丹流の「自主編集売り場」ではなく、従来型百貨店のテナントショップ形式が主軸である。
以前、日経ビジネスオンラインの記者の眼で「『伊勢丹幻想』から脱せよ」という記事が掲載された。その中に、「バーゲン後ろ倒しをしても顧客が付いてくるのは伊勢丹新宿本店だけだとも感じている」という1文があった。これは、今夏に三越伊勢丹HDが主導した「バーゲン後ろ倒し」だけでなく、自主編集売り場についても同じことが言える。
自主編集売り場を作って顧客が付いてくるのは、三越伊勢丹HD全体ではなく、伊勢丹の、それも新宿本店だけだろう。その理由は「ニッチ」な固定ファンが待ち望んでいるからである。
これは今回リニューアルした阪急百貨店うめだ本店にも当てはまる。今回のリニューアルでは、9階の半分近くを「祝祭広場」にしたり、13階に野外中庭を作ったりという取り組みをしている。これらが梅田以外の土地で成功するとはとても思えない。こうした売り場の作り方も「ニッチ」なファンが多数いる、うめだ本店だからこそできるのだと思う。
三越伊勢丹HDに話しを戻すと、もともと伊勢丹は地方店の運営に長けているわけではない。過去には、小倉伊勢丹や吉祥寺店を閉店、札幌の老舗百貨店である丸井今井の支援でも苦戦した。JR京都伊勢丹は初年度こそ振るわなかったものの、駅前という立地を生かした割り切った売り場構成にすることで、徐々に売れ行きが好転し始めた。JR大阪三越伊勢丹が現在の「自主編集売り場」にこだわっている間は、売れ行きが浮上することはないだろうと推測している。
周囲には特長あるライバルがずらり
JR大阪駅周辺を見回してみる。JR大阪三越伊勢丹の周辺には、特長が明確な商業施設が並んでいる。
5階にずらりとラグジュアリーブランドを揃えた阪急百貨店うめだ本店。ユニクロや東急ハンズ、ポケモンセンターなどの導入で30〜40代のファミリー層を獲得した大丸梅田店。人気セレクトショップの旗艦店を取りそろえたファッションビル「ルクア」。少し離れると食品とレディースジーンズに定評がある阪神百貨店、阪急百貨店うめだ本店の裏には阪急メンズ館とファッションビル「HEPファイブ」があり、その隣にはヤングレディースブランドがならぶ商業施設「エスト1」がある。
さらに大阪駅構内に先日、飲食に強そうなエキナカ施設「エキマルシェ大阪」がオープンした。はっきり言って商品的に供給過多であるが、いずれもそれなりに消費者から支持を得ている(エキマルシェ大阪は未知数だが)。
その中にあって、強みが「自主編集売り場」だけのJR大阪三越伊勢丹は埋没しかけている。ましてや来春には、JR大阪駅の道路を挟んだ北側に「グランフロント」という新商業施設がオープンし、供給過多にますます拍車がかかることになる。
では、JR大阪三越伊勢丹はどうすべきか。なかなか難しいが、個人的には伊勢丹色ではなく、三越色を前面に押し出し、年配層に特化してみてはどうかと思う。若年層や、30代、40代のファミリー層の所得は減少している。今さらここを掘り起こしたところで、隣接する施設に勝つことは難しいだろう。
それよりも団塊世代から上の年代に的を絞ってみてはどうだろうか。可処分所得は間違いなく多い。この世代の男性は衣料品の購入にはあまり積極的ではないものの、飲食や雑貨などには興味を示す。この年代をターゲットにした商業施設は近隣にない。
それに三越は大阪・北浜に店舗を構えていたころから年配層には強かった。昔から「若者の店」という印象はまったくなく、富裕な中高年の店と認識されていた。この頃の雰囲気を再現してみてはどうだろうか。年配層向けに、三越北浜店を今風にリニューアルした店をして打ち出すのだ。「ニッチ」なファンに向けた新宿本店スタイルの「自主編集売り場」を維持し続けるよりはよほど効果的だと思うのだが、伊勢丹色に染まった現在の三越伊勢丹HDでは無理な話かもしれない。
(この記事は、有料会員向けサービス「日経ビジネスDigital」で先行公開していた記事を再掲載したものです)
南 充浩(みなみ・みつひろ)
フリーライター、広報アドバイザー。1970年生まれ。洋服店での販売職・店長を経て繊維業界紙に記者として入社。その後、Tシャツメーカーの広報、編集プロダクションでの雑誌編集・広告営業を経て、展示会主催業者、専門学校広報を経て独立。業界紙やウェブ、一般ファッション雑誌などに繊維・アパレル業界に関する記事を書きつつ、生地製造産地の広報を請け負っている。
「糸へん」小耳早耳
普段、私たちが何気なく身に着けている衣服の数々。これらを作る世界では何が起きているのか。業界に精通した筆者がファストファッションから国内産地の実情まで、アパレルや繊維といったいわゆる「糸へん」産業にまつわる最新動向を鮮やかに切り取る。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20121109/239258/?top_updt
日本車「北米頼み」の危うさ
2012年11月13日(火) 吉野 次郎 、 張 勇祥 、 伊藤 正倫
中国での不買運動と欧州危機の煽りで、日系自動車各社が北米依存を強めている。ホンダは北米での販売比率が42%に達し、富士重工は過去最高の売り上げを見込む。だが今年末以降、米国の経済減速が懸念され、依存のリスクが高まっている。
日系自動車メーカー各社の2012年4〜9月期決算がほぼ出揃った。世界景気の減速感が強まる中、需要が比較的堅調な「北米頼み」の構図が鮮明になりつつある。
10月29日、記者会見に臨んだホンダの池史彦専務は、「中国や欧州、南米、インドでの販売台数の減少や、新興国の通貨安を見込み、2013年3月期の業績見通しを修正した」と切り出した。売り上げ見通しは4月に掲げた10兆3000億円から今回5000億円減額して9兆8000億円に、営業利益は6200億円から1000億円減額して5200億円に、それぞれ下方修正した。
左から三菱自の益子修社長、山内孝マツダ社長、日産の志賀俊之COO、伊東孝紳ホンダ社長、豊田章男トヨタ社長。先月、都内で会見
当初、全世界で2013年3月期に430万台の販売を見込んでいたが、今回18万台減らして412万台としたことが響いた。特に計画台数を大きく減らした地域が、中国市場と欧州市場だ。中国では以前からの景気減速に加えて、日本政府が沖縄県・尖閣諸島を国有化したことをきっかけに9月半ば以降、日本車の不買運動が広がった。また欧州では、債務危機が消費を一段と冷え込ませている。
中国、欧州市場での販売不振で、相対的に高まったのが、ホンダの北米市場への依存度だ。北米での販売見通しは当初の174万台を据え置いたことで、全体に占める構成比は従来予想の40.5%から42.2%に向上した。
ホンダは北米市場に過度に依存する企業体質から、全世界でバランスよく稼げる体質への転換を目指す一環として、昨年から新興国で現地開発体制の強化を急いでいる。だが、その矢先に中国や欧州で販売不振に陥り、北米依存体質からの脱却は遠のいてしまった。
中国の販売不振、日米で吸収
「中国での販売減が当社の収益に与える影響は小さい」と強気なのは、富士重工業の吉永泰之社長だ。5月に公表した2013年3月期の中国での販売計画は6万2000台だったが、今回2万1700台減らして4万300台に変更した。
中国で販売する予定だった自動車は、米国と日本市場に振り向ける。日米では「インプレッサ」などの販売が絶好調で、ディーラー在庫が足りない状況。日米の工場では生産能力の増強を図っているが、それでも不足しているため、中国向けを急遽充当することにした。
これにより今回、日本市場では2013年3月期に当初より1万4900台多い16万300台を販売する計画に改めた。米国市場はさらに多く上積みする。当初計画より2万4800台多い34万8800台を販売する予定だという。2013年3月期に全世界で販売する71万4400台のうち半数近くを米国が占めることになりそうだ。
米国事業が牽引し、2013年3月期の売り上げは過去最高となる1兆8400億円を、営業利益は820億円を見込む。北米頼みの事業体質がさらに強まった格好だ。
トヨタ自動車の小澤哲・副社長は、「中国と欧州の市場環境が不透明になった」と話す。欧州での2013年3月期の販売計画は、今年8月に掲げた83万台から今回4万台減らして79万台とした。より深刻なのが中国だ。2012年10月〜2013年3月の6カ月間で販売が20万台落ち込み、2013年3月期に最終損益ベースで300億円の減益要因になると推計する。
対照的に「自動車市場が好調に推移している」(小澤副社長)というのが北米だ。当初と比べて2万台増となる240万台の販売計画を新たに打ち出した。タイやインドネシアでの販売も下支えし、全世界では当初計画の880万台から875万台へ、5万台の下方修正にとどめた。
2013年3月期の連結売り上げ見通しは、従来の22兆円から今回7000億円減の21兆3000億円へ下方修正したものの、コスト削減などで営業利益は500億円増の1兆500億円に上方修正した。
ただ、頼みの綱である北米の自動車需要が今後も持ちこたえられる保証はどこにもない。今年末から来年初頭にかけて米国では大型減税策の期限が切れるうえ、財政赤字の削減を目指した予算管理法の執行により、歳出カットが始まる。米国などでは「財政の崖」というキーワードで、財政引き締めが経済に悪影響を及ぼす恐れが指摘される。北米依存度の高まりとともに、日系自動車メーカー各社が直面する米国の景気減速リスクはますます大きくなっている。
米国市場に見切りをつける動きも出てきた。スズキは11月6日、円高や市場動向などから採算性を確保していくことは困難とし、米国本土での4輪車販売事業から撤退すると発表した。
「入社以来、一番厳しい局面」
このほか製造業では川上の化学品や鉄鋼で、日系メーカーが2012年4〜9月期に軒並み中国の景気減速に苦しむ実態が浮き彫りになった。
神戸製鋼所の藤原寛明・副社長は10月30日の決算発表の席上で「私が入社して三十数年が経つが、今が一番厳しい」と顔を曇らせた。同社は、2013年3月期の連結最終損益が600億円の赤字となる見通し。赤字は2期連続だ。「これまでなら、市況が悪化しても国内で減産を続けて耐えれば、やがて改善した。だが、今回は違う」と藤原副社長。市況悪化の主因は中国にある。
中国は2008年、リーマンショックへの対応策として4兆元の景気刺激策を発動。この時期に相次いで製鉄所の建設が始まり、昨年あたりから順次稼働を始めた。ところが、足元では中国経済の減速が鮮明になっており、国内需要は弱含んでいる。この結果、中国は鉄鋼設備が過剰となり、製品価格は下落した。JFEホールディングスも2013年3月期の純利益予想を従来の800億円から350億円に下方修正した。
化学メーカーでは、旭化成やクラレなど大手が2013年3月期の業績見通しを軒並み下方修正した。旭化成の化学部門における主力製品の1つが合成ゴムやABS樹脂の原料となるアクリロニトリルだが、中国などの需要減を受けて市況が低迷。純利益見通しを従来の665億円から505億円に引き下げた。
クラレも純利益の予想を350億円から300億円に修正した。主力樹脂のポバールは欧州などで需要が低迷。日中関係の悪化については、顧客である自動車や電機メーカーが影響を受けているため、間接的に響く可能性を考慮せざるを得ないとする。
吉野 次郎(よしの・じろう)
日経ビジネス記者。1期生として慶応義塾大学環境情報学部を卒業。1996年に日経BPに入社し、通信業界の専門誌「日経コミュニケーション」で2001年までNTTと新電電の競争や業界再編成を取材。2007年まで通信と放送の専門誌「日経ニューメディア」で、通信と放送の融合やデジタル化をテーマに放送業界を取材。現在は「日経ビジネス」で電機やIT(情報技術)業界をカバーする。好きな季節は真夏。暑ければ暑いほどよい。お腹の出っ張りが気になる年齢にさしかかり、ダイエット中。間もなく大型バイク免許を取得する予定。著書に『テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか』(日経BP)。
伊藤 正倫(いとう・まさのり)
日経ビジネス記者。
張 勇祥(ちょう・ゆうしょう)
日経ビジネス記者
時事深層
“ここさえ読めば毎週のニュースの本質がわかる”―ニュース連動の解説記事。日経ビジネス編集部が、景気、業界再編の動きから最新マーケティング動向やヒット商品まで幅広くウォッチ。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20121109/239248/?ST=print
「価格競争に乗るのでは、生活者にいかに近づくかを考える」
第12回(最終回):BOPからMOPへ 〜生活者の半歩先を行くために〜
2012年11月13日(火) 山下 充洋
新興国ビジネスに乗り出そうとしている企業なら、「BOP(ベース・オブ・ピラミッド)ビジネス」への関心も高いことだろう。BOP、すなわち所得ピラミッドの底辺の層は人口のボリュームの最も多い層でもある。そこを相手にモノを売れば、事業ボリュームが見込める。将来、人々の生活が豊かになり、購買力がアップすれば、さらに売り上げを伸ばすことができるという考え方だ。
ところが、新興国のBOPは急激な勢いで成長し、BOPの上層部はすでにLMOP(ローアー・ミドル・オブ・ピラミッド)に育ちつつあるようなのだ。マンダムでも、BOP向けにヒットを飛ばした小分け商品の中には、売り上げが横ばいになり始めたものがあると言う。高級品には手が届かないが、今までの商品では飽き足りないという人たちが増える中で、日本メーカーがブランディングを得意とする外資と闘っていくためには、どのような工夫や心構えが必要なのだろうか? (聞き手は、伊藤暢人)
かつて、世界中が「日本製=高品質」と認めていた時代がありました。昨今の新興国において、日本製品はどのような印象を持たれているのでしょうか?
山下:正直なところ、信頼、歴史、安心感などは持っているけど単価は少し高くて……十把一からげ、の印象ですね。「商品は売れるが、ブランドが定着・浸透しない」というのが日本メーカーとその製品のイメージです。
売らんがために安くしてしまうというか、高いものを売る自信がなさそうに見えるというか・・・・・・。一度ブランドが浸透すれば、たとえ主力商品がA・B・CからX・Y・Zに変わったとしても、同じように認知されます。でも、日本メーカーの場合は、A・B・Cは爆発的に売れたけれど、10年後に出したX・Y・Zはダメだったというパターンが多いような気がします。
決して、単純に高額だからと言うワケではないと私は思います。そもそも、「ブランド力がある=高額商品が売れる」ということではないんですよね。単価の安いものでも、爆発的に売れて、マーケットに浸透し、「あの商品(カテゴリー)といえば、あのブランドだね」と知れわたり、信頼され、認められていれば立派にブランドとして確立します。たとえば食品業界なら、単価が数十円や数百円の売れ筋商品を持つブランドメーカーがありますよね。
その点、化粧品は生活必需品ではなく嗜好品であり“おしゃれ=文化”を売る商材ですから、どうしても高いところから低いところへ流れると言う習性があり、そこで高額商品が売れるメーカーが強いという印象になりがちというのは否めません。ですが、たとえ価格ラインが高くても、売れなくて店の棚でホコリをかぶっているとしたら、ブランドイメージは劣化し、勿論定着せず、ブランド力は高いとはいえず、マーケティングの考え方が間違っているのだと思います。
マンダムの場合は、新興国マーケットに5グラムサイズの小袋入りの整髪料を投入してヒットさせた実績があります。つまり、商品の平均単価を下げることなく、商品の品質は維持しつつ、サイジングによって絶対的価格だけを下げ、BOPにも手の届く商品をつくったわけです。誤解しないでいただきたいのは、「小袋(サチェット)」という特殊な商品を売ることが“目的”だったわけではなく、生活者に近づくための“手段”として小袋という形態を選んだのだということ。まずは、使ったことのない整髪料を手にとってもらい、使い心地を確認してもらい、やがて生活者に経済力がついてきたら、レギュラーサイズの商品やより質の高い商品に乗り換えてもらおうというのが前提なんです。安いものを売ることを目的にしていたのでは、いくら頑張ってもブランド力はつきません。
既に新興国の主力マーケットは、BOPからMOPに移りつつあるのでしょうか?
山下:そうですね。一概に新興国と言ってもバラつきがありますが、一部の急成長している国では、BOPの層がさらにトップ、ミドル、ボトムの3層に分かれ、BOPのトップ層が中間層(MOP)の最下層(LMOP)のに近づくことで、マーケットの厚みが出てきた感じです。メーカーとしては、下の上〜中の上までの厚い層をつかめば、マーケットボリュームが見込める分だけ商売が回しやすくなるので、どうしてもポジションを獲りたいところ。価格帯で言うと、欧米の外資系ブランドの半分から6掛け程度、でもローカルメーカーの商品よりは3〜5割くらい値が張るけれどもデザインや品質を考えるとリーズナブルで手が届かないこともない、くらいの線を狙って商品開発を進めるとヒットする可能性も高くブランドイメージも損なわれない。
当然、ライバルたる外資系もラインを下げてMOP寄りの商品を出してくるので競争は激化していますが、いつまでもBOPビジネスだけに居残っていても低価格競争に巻き込まれて疲弊するばかりだし、続ければ続けるほど「安いブランド」というイメージが定着してしまうのでマズイ。数年前までは、BOPビジネスでの成功を目論んで、新興国に進出するメーカーが多かったのですが、現実はもうすでに次の段階に入っていると感じています。つまりすでに新興国が成長段階に入ってしまった現状では、厳しいことを言うようですが、初期から(もしくはできるだけ早い段階で)BOP向けとMOP向けの両輪を回しながら、ブランドン定着を図り、中長期で高級ラインをつくる体制を整え、機を見て高い方にシフトしていく対応が求められる状況です。
昔の成功談を聞いて後を追っても遅過ぎます。準備ができて進出した頃には、消費者から「もう、そんなのいらない」とそっぽを向かれかねません。この連載で何度もお伝えしてきましたが、新興国の変化のスピードは非常に速いので、計画は大筋のストーリー程度のものであり、常に修正されるもので、実行段階で細部を修正しながら進行することと肝に銘じておきましょう。市場の変化と時流を読んで臨機応変に対応するのがビジネスと自覚してください。
本格的にMOPにシフトすべきタイミングを見極めるには、設備投資、外国投資、最低賃金、失業率といったマクロ経済指標の変化に目を光らせておくことも大事です。だが、もっとも頼りになるのは現地での“実感”です。国全体の勢いが上がっているときを逃さないことです。
その拡大している内需を支えているのはどの層(トップ、ミドル、ボトム)で、どの業態(資源、耐久消費財、開発、不動産など)で、一時的なものか、一部分なのか、全体、全国、全階層で湧き上がる力強さか、という実感をつかめるように、いかに各方面にアンテナを広げ、感度を磨いておくかが現地責任者の腕の見せ所です。
ターゲットやコンセプトを現地でズレなく伝えるには?
インドネシアでの「ギャツビー」のブランディングは成功しましたが、その要所はどこにあるのでしょうか?
山下:ありがとうございます。ブランディングがうまくいったかいかないか、その評価方法は国によっても異なりますので、語るのはなかなか難しいです。ただ、大事にしていたことがあるとすれば、「どこにいっても同じ」と感じてもらえるようにマーケティングを徹底することですかね。商品づくりにおいても、販促や広告などにおいても、進出したすべての国の生活者が等しく、「若々しくて、やんちゃで、オシャレでカッコイイ!」と感じてもらえるように展開する。手法や媒体や言語は異なるけれども、受け手に同じように感じてもらえるように注意を払いました。
そのためには、国や地域による“感覚の違い”をしっかりと把握することが重要です。たとえば、よくターゲットを定めるときに年齢で区切ってしまいますが、日本の18歳とインドネシアの18歳とでは、考え方もライフスタイルもかなり違っています。中国とインドでも違います。ですから、年齢を決めるにしても、「日本で17〜18歳と設定したのは、『初めて化粧品に興味を持つ多感な時期』だから」と、定義付けの背景を明確にして、その国でこの条件に合う年齢は何歳くらいだろうか、ということを詰めていくわけです。
今の例の年齢は定量的なことですが、定性的なことでも同じです。「かっこいい」と感じる内容が、日本と海外とでは違うんです。特に経済的に成熟した国と新興国とでは大きなギャップがありますね。今の日本なら、アイドルタレントのような人がお笑いをやるのも「かっこいい」と評価されますが、新興国ではまだ早い。昭和の日本のアイドルや俳優たちのように、カッコイイ人はあくまでもカッコイイことだけをしていなければ(笑)。ここを間違ってCMやポスターをつくってしまうと、せっかくのコンセプトが消費者に届きません。俗に言う「下手ウマ」は通じ難い国があります。
一度、安っぽい印象がつくと、そこから高級感や品格を取り戻そうとしてもなかなか難しいものです。
特にMOPビジネスを考えているなら、文字通りミドルクラスのイメージは保っておかねばなりません。ミドルからトップならまだ比較的簡単にシフトできますが、ボトムからミドルに移行するのは大変です。たとえば、シャンプーや整髪料なら、主原料にプラスする香料などの添加物を品質の良いものに換えたり、容器デザインを凝ったものにしたり、キャップをポンプにグレードアップしたりすればいい。つまり、量から質(中身)をアピールする商品づくりや宣伝・販促に切り替えていくなどですね。
となると、消費者により近い現地スタッフにある程度の権限委譲をして、タイムリーな決断をさせることも大事ですよね。
山下:特に広告宣伝や販促のツールに関しては、現地の広告代理店やデザイナーらに委ねています。ただし、先ほど話した“感覚の違い”を残したまま作業を進めるのはマズイので、マーケティングの段階で、「これは聞いた?」「どんな答えだった?」「間違えはない?」と確認します。質問内容にズレが出ないようにコントロールして、間違いなく自分たちが思う「若々しくて、やんちゃで、オシャレでカッコイイ」ものになることだけは担保しておきます。
もちろん、任せっきりではなく、微調整はしますよ。いくら現地で受けるやり方だからといっても、ローカルのメーカーと同じような印象だと差別化できませんから、少しは高級感とか日系企業らしさとか、「あぁ、海外ブランドは一味違うな」と感じてもらえるような、きらっとした部分を加えておきたいところです。
むすびに変えて…会社も社員もハッピーになるには
最後に、新興国ビジネスを検討している日本メーカーが、気をつけておくべきことがあれば教えてください。
山下:急成長を遂げた昨今の新興国には、かつての諦め感から脱却し、自国に対する自信を持ち始めており、一種のナショナリズムのようなものが生まれつつあります。それは国粋的な、右翼的なものではなく、自信や誇り、自立心のようなものです。今までは、十分な高等教育を受けられない人が多かったでしょうが、大学を卒業した人や海外留学の経験を持つ人、経営を学んだ人なども増えてきたことで、ビジネスの世界にも「理論や理屈を理解できる、説明できる人材」が現れ始めています。
そうなると、かつてのように日本人か来て「とにかくやれ!」と上から目線で強制しても通用しませんし、逆に反発を招くリスクがあります。残念ながら日本人に対する憧れの気持ち、絶対に勝てない、かなわないと感じるかつての畏怖の念が薄まっているので、ローカルの人材が「腑に落ちた」と思えるような論理的な説明ができる人材を送り込まなければ、いいローカルの社員を採用、継続使用できず、せっかくの海外進出した事業がうまくいかないでしょう。日本に残ってもエース級で活躍できるような人材、ある程度経験を積んで年端の行った人を選抜し、抜てきする覚悟がないと、想像もできない落とし穴に落ちる恐れがあります。
経済成長が止まっている日本では、決して経験できないようなことができるチャンスが新興国には溢れています。本社としては、経営者を育てるつもりで、エース級の人材を送り込む覚悟を持ってほしい。そして、彼らが現地での仕事をやり遂げ帰任したときには、その経験やノウハウを大いに評価し、そして国内の組織に還元できるようなポストにつけるような配慮があれば、もっともっと日本の若手ビジネスマンが世界で活躍できるでしょう。
そうすれば、組織もその恩恵を受けるようになり、双方「ウィン・ウィン」の関係になると思います。かつてのように、日本が、日本企業が、日本人が、日本のパスポートが、世界中で憧れの存在で、燦然と輝き、「Look Japan!」と呼ばれる復活の日が来ることを願って止みません。
律義で、勤勉で、正義と公平を宗とし、誠意を持って物事に接する、偉大なる文化の国日本に生まれたことを誇りに思いながら世界の市場で戦い続けましょう。読者の皆さんの成功と成長を祈念しています。
ニッポン・バンザイ!
(この連載は今回で修了します。構成:服部 貴美子)
山下 充洋(やました・みつひろ)
1987年、マンダムに入社。入社2年目にシンガポール駐在員事務所を開設して所長となり、現地総代理店の買収、マレーシア現地法人の新設、タイ現地法人の再建に携わった。2001年、マンダムにとって最大の子会社マンダム・インドネシアの社長に就任。2005〜2007年の第一次中期経営計画を策定し、計画通りに1兆ルピアの売り上げ目標を達成した。インドネシアで社長を務めていた7年では、売り上げを約3倍に成長させている。通算20年にわたって、海外に駐在した。
2008年、大阪の本社に帰国し海外事業部担当執行役員(兼海外事業部長)に就任、インドネシアを含む中国・インド・ドバイを含む同社の海外事業部門全体を統括した。
2012年9月末に同社を退社。
新興国市場で成功するための実践講座
日中関係に緊張が高まる中、東南アジアやインドなどの新興国への進出を改めて考える日本企業が増えている。とはいえ、すでに世界的な大企業が本格的に進出しており、現地企業も力をつけ始めているこうした市場では、苦戦を強いられている日本企業も少なくない。化粧品メーカー、マンダムで20年間海外に駐在し、インドネシアを起点に新興国市場の開拓で実績を積んできた元執行役員の山下充洋氏が、その体験をもとに成功につながるノウハウを実践的に解説する(山下氏は2012年9月末でマンダムを退社していますが、この記事は同社に所属していた時点での取材に基づきます)。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20121022/238400/?ST=print
ブランドは価格競争脱却の切り札にはなり得ない
ブランド論の第一人者、デービッド・アーカー氏に聞く
2012年11月12日(月) 中野目 純一
薄型テレビの価格が下げ止まらず、国内電機メーカーが巨額の赤字を計上するなど、製品のコモディティー化から、日本企業の多くが泥沼の価格競争に巻き込まれている。そうした苦境から抜け出すために、「ブランド力の向上」を目指す動きが広がっているが、それは有効な戦略なのか。ブランド論の世界的第一人者で、電通顧問を務めて日本企業の動向に詳しいデービッド・アーカー米カリフォルニア大学バークレー校名誉教授に聞いた。
昨年に出版した著書『カテゴリー・イノベーション―ブランド・レレバンスで戦わずして勝つ』(日本経済新聞出版社)で新たな知見を披露したアーカー氏は、「新製品開発やマーケティングにお金をかけてブランド力を高めようとするのは誤った戦略だ」と指摘。売り上げシェアを劇的に変えるための新しい方策を提示する。
(聞き手は中野目 純一)
昨年に出版した近著で「カテゴリー・イノベーション」という新しいコンセプトを提示した。それはどのようなものか。
アーカー:一言で表現すれば、製品やサービスの新しいカテゴリー(分野)、あるいは既存のカテゴリーの中に新しいサブカテゴリーを創り出すことだ。
なかなか分かりにくい概念なので、具体的な例を使って説明しよう。ここではビールという製品カテゴリーを例に挙げる。私は日本のビール業界を長年にわたって調べてきたが、その市場シェアが大きく変わった局面が過去に4回あった。
デービッド・アーカー(David A.Aaker)氏
米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院名誉教授。プロフェット社副会長。電通顧問。ブランド論の第一人者であり、ブランド・エクイティ戦略やブランド・ポートフォリオ戦略を提唱した。著書に『ブランド・ポートフォリオ戦略』(ダイヤモンド社)、『ブランド・エクイティ戦略―競争優位をつくりだす名前、シンボル、スローガン』(同)、『カテゴリー・イノベーション―ブランド・レレバンスで戦わずして勝つ』(日本経済新聞出版社)などがある。
(写真:菅野 勝男)
そのうち、3回はビールというカテゴリーの下に新たなサブカテゴリーができたことが契機となった。具体的に言うと、アサヒビールの「アサヒスーパードライ」、キリンビールの「キリン一番搾り」、そして発泡酒の登場である。これらはビールというカテゴリーの中で、それぞれ新しいサブカテゴリーを形成した。その結果、日本のビール業界におけるメーカーの市場シェアは、大きく塗り替わった。
このように、市場のシェアが劇的に変わるのは、少数の例外を除いて、新しいカテゴリーやサブカテゴリーが創出された場合に限られる。企業は売り上げや利益を増やし、市場シェアを高めるために、新製品の開発やマーケティングに多額の費用を投じる。しかし、現実には既存のカテゴリーの中でいくらそうした取り組みに力を入れても、業績や市場シェアが大きく変わることはない。
コンピューター産業を見ても、業界の勢力図が大きく変わったのは、ミニコンピューターやサーバー、ワークステーションといった新しいサブカテゴリーが形成された時だった。
確かにアサヒのスーパードライはビールの中に「ドライビール」という新しいカテゴリーを生み出した商品であるし、その登場によって日本のビール業界の市場シェアは大きく変わった。新しいカテゴリーの形成によってそれほどの大きな変化が生じる理由について詳しく知りたい。
アーカー:それは新しいカテゴリーを形成することによって、経済学が教えるところの「競争のない状態」を生み出せるからだ。アサヒがスーパードライを発売した時、ドライビールはほかに存在しなかった。
キリンなど競合他社は既存のビールの販売強化などで対抗したが、消費者はドライビールを既存のビールとは異なるものと受け止め、ドライビールを買い求めた。ドライビールを求めている消費者に、いくら既存のビールを訴求しても購入してはもらえない。
アサヒは、ドライビールというサブカテゴリーの中で唯一製品を販売し、いわば独占状態を築くことができたわけだ。そして、ドライビールを求める消費者にスーパードライを販売し、売り上げをどんどん伸ばしていった。その結果、ビールというカテゴリーの中での市場シェアをも飛躍的に高めた。
競争のない状態を作れるから価格競争も防げる
新しいカテゴリーを形成して、競争のない状態を作り出せれば、値下げをする必要もなく価格を維持でき、製品がコモディティー(汎用品)になることも防げる。製品のコモディティー化によって価格競争に巻き込まれている多くの日本企業にとって、カテゴリー・イノベーションに取り組むことがそうした苦境から抜け出す唯一の道だろう。
多くの企業は、広告宣伝や販促活動、さらにはソーシャルメディアを通じたマーケティングに多額の費用を投じてブランド力を高めることが、価格競争から脱却するために有効な方策だと考えているが、それは誤りだ。カテゴリー・イノベーションこそ、その唯一の方策である。
大がかりなマーケティングによるブランド強化から、カテゴリー・イノベーションの実現へと一刻も早く舵を切るべきだ。それは、従来の経営戦略やマーケティングを根本から見直すことになるので、容易なことではない。しかしそれでも取り組まなければならない。
新しいカテゴリーはどうやって形成すればいいのか。
アーカー:まずは新しいカテゴリーの形成につながる製品やサービスのコンセプトを創り出す。次にそのコンセプトについて評価する。さらに、新しいカテゴリーを積極的に管理し、競争相手による模倣を防ぐ参入障壁を築くことも求められる。
最初のコンセプトを創り出すところは非常に難しいのではないか。どう取り組めばいいのか。
アーカー:『カテゴリー・イノベーション』では、コンセプトの見つけ方について1章を割いて詳述している(第4章「新しいコンセプトを見つけ出す」)。そこでは、新しい製品やサービスのコンセプト創出に役立つことが証明されている14のアプローチや方法を紹介している。顧客との協働や市場トレンドの調査、他社の製品やサービスの研究などを挙げている。
このように方法やアプローチはいくつもあるが、どれを採用するかはさほど重要な問題ではない。さらに、コンセプトにつながるアイデアはそもそも企業の内部に既にあることが実は多い。
問題は、そのアイデアをコンセプトにまとめ、経営資源を投入し、事業化まで持っていく強い意志と忍耐力を持ち続けることができるかどうかだ。さらに、事業化した新しいカテゴリーやサブカテゴリーを積極的に管理して、競合に対する参入障壁を築くことも重要だ。
日本企業、例えば現在、国際的な価格競争にさらされて苦境にある電機メーカーも、薄型テレビをはじめ数多くの新たなサブカテゴリーを創り出してきた。しかし、競合に対する参入障壁を築く点はおろそかになっていた。この点は多くの日本企業に共通する課題だろう。
競合に対する参入障壁を築く4つの方法
参入障壁を築く方法にはどのようなものがあるのか。
アーカー:まずは新しいカテゴリーの代名詞的な存在になることだ。そのためには、ブランドではなくカテゴリーについて語り続け、自社がそのカテゴリーの先駆者であることを消費者の間に浸透させることが必要だ。ブランドの強化には、そうしたコンセンサスが出来上がった後に取り組めばいい。
次に有効なのは、新しいカテゴリーの形成につながったイノベーション自体をブランド化することだ。その成功例として、トヨタ自動車がハイブリッド技術自体を消費者に訴求して、「ハイブリッドカーと言えばトヨタ」というイメージを広めたことが挙げられる。いったんこうしたイメージが定着すれば、競合他社がそれを覆すのは困難だ。
3番目の方法は、できるだけ速く販売を拡大することだ。これはアサヒがスーパードライで実行した。生産能力を一気に増強して、スーパードライを愛飲する顧客を次々と増やす。競合他社がドライビールの対抗商品を出してきた時には、アサヒは既に顧客の囲い込みに成功していた。
4番目の方法としては、イノベーションを実行し続けることが挙げられる。その好例が米アップルがデジタル携帯音楽プレーヤーの「iPod」で実行したことだろう。同社は、iPodで「ナノ」「シャッフル」「タッチ」といったバリエーションを次々と投入し、消費者に対する訴求点を変えて、競合他社が容易に追随するのを許さなかった。
著書『カテゴリー・イノベーション』では、カテゴリー・イノベーションをサポートする組織についても、1章を割いて説明している。そうしたのはなぜか。
アーカー:カテゴリー・イノベーションを実現するには、組織を変革しなければならないからだ。背景には、成功している組織ほど、イノベーションに取り組むのが難しいという問題がある。
コア事業が成功している企業は、その事業にフォーカスし、いわゆる「カイゼン」によって、製品やサービスを少しでも良くし、価格を引き下げてその事業を伸ばそうと努力する。その半面、成功するかどうか確実でない新しいカテゴリーへ投資することには非常に消極的だ。
しかし、カテゴリー・イノベーションを実現するためには、既存のビジネスと新しいビジネス機会の両方にどうにかしてフォーカスしなければならない。それにはまず市場の現場に足を運んで情報を集め、新たな商機を見逃さずにつかめるようになることが必要だ。
もっとも、情報を集めるだけでは十分ではない。商機を見いだしたら、それを実現する実行力を持つことも欠かせない。
3番目に企業の本社などに全社の経営資源を再配分する仕組みを持つことが求められる。そうした仕組みによってカテゴリー・イノベーションを担う部署にも経営資源が回るようにしなければ、既存のコア事業がすべての経営資源を吸い取ってしまうだろう。
経営トップのサポートが欠かせない
カテゴリー・イノベーションを実現するうえでは、企業のトップの役割も重要なのではないか。
アーカー:その通りだ。CEO(最高経営責任者)のサポートなくして、カテゴリー・イノベーションを行うことは非常に困難だ。例えば、アップルはiPodのほかに、デジタルコンテンツ配信サービスのiTunes、直営店のアップルストア、タブレット(高機能携帯端末)のiPad、スマートフォン(高機能携帯電話)のiPhoneといったカテゴリー・イノベーションを相次いで実現してきた。これらはいずれも、前CEOのスティーブ・ジョブズ氏がいなかったら、成し得なかっただろう。
トヨタのハイブリッド車、プリウスにしてもそうだ。当時の同社のトップ(奥田碩氏)は、ハイブリッド車の開発に当たって「(当初の予定から1年前倒しして)3年以内に発売にこぎ着ける」と主張して、開発部隊をバックアップしたと聞く。ソニーがウォークマンを開発した時にも、当時の経営トップ(盛田昭夫氏)の強力な支持があったそうだ。
企業の規模が大きくなるほど、階層も増え、「ノー」と言う人も増えていく。ジョブズ氏やかつてのソニーのトップのような強力な経営トップがいなければ、イノベーションの芽は簡単に摘み取られてしまう。現在の日本企業には強い権限を持ったトップがおらず、何事も合議で決定しようとする傾向が強まっていることが、イノベーションの妨げになっている。
こうした意思決定のあり方や組織の構造にメスを入れて、イノベーションを実行できる形に変えていけるかどうか。これも、多くの日本企業にとって、困難ではあるが取り組まなければならない課題だ。ここでも個々の企業の実行力が問われる。
中野目 純一(なかのめ・じゅんいち)
日経ビジネス副編集長。日経アーキテクチュア、日経コンストラクション、日経ビズテックの記者を経て、2005年12月日経ビジネス記者。2012年4月から現職。
キーパーソンに聞く
日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20121109/239253/?ST=print
アイデアが出るファミレス、出ないファミレス
細田守監督(「おおかみこどもの雨と雪」) 第2回
2012年11月13日(火) 澤本 嘉光 、 清野 由美
(前回から読む)
細田:澤本さんの発想法を、みんなすごく知りたいと思うんですが。
澤本:いや、発想法なんてそんなすごいものはなくて、だいたいぽーっと考えているときに、出てくるんで・・・。
細田:というと?
澤本:もともと僕には妄想癖がありまして、たとえば地下鉄でロシア人を見かけたとします。いや、見ただけだとロシア人って分からないんですが、金髪だから、多分ロシア人だろう、と(笑)。
それで、その人がちょっとおどおどした様子だと、「あいつはロシアから来たスパイで、これから外務省に行くところなんだけど、字が読めないから間違った方向の地下鉄に乗っている。霞が関からどんどん遠ざかっている…」というようにストーリーを作り始めて。
細田:妄想でいろいろ楽しんでいるんですね。
澤本:一種、変態ですよね(笑)。で、そんな中に、今、与えられてる課題を解く、という行為も含めちゃってる感じなので。「このロシア人は携帯をかけたいけど電波がつながらずに困っている……」とか考えて、携帯の課題に強引に結び付けるとか。秘訣、とか、方法、って本当にないんですよね。つまらない答えなんですが。
広告を作ることって、クイズを解くこととすごく似ているところがありまして。
広告って、クイズとパズル
澤本:たとえば今、僕の手許に「凍頂烏龍茶」というペットボトル入りの新製品がありますが、これを広告するときは、「凍頂」という名前が付いたお茶であることを第一に伝えねばならないし、それが「おいしいこと」や「健康によいこと」など、いろいろな特性をも同時に分かりやすく伝えなければならない。
それらの商品特性が課題であり、同時にヒントで、それらのヒントから「見ている人はどうやってこの商品を訴えれば興味を持って聞いてくれるか、それにクライアントも同意してくれるか」という答えを求めていくわけです。そういうクイズを永遠に解きまくっている感じがあります。
細田 守(ほそだ・まもる)
アニメーション映画監督
1967年、富山県生まれ。金沢美術工芸大学卒業。91年東映動画(現・東映アニメーション)に入社。アニメーターとして活躍後、演出家に転向。その後フリーとなり、劇場アニメ「時をかける少女」(2006年・角川ヘラルド映画)を監督し、小規模上映ながらロングラン・ヒットとなり国内外の数多くの賞を受賞。続く「サマーウォーズ」(09年・ワーナー・ブラザーズ映画)では16.5億円の興行収入を達成し、ベルリン国際映画祭にも正式招待された。11年には自身のアニメーション映画制作会社「スタジオ地図」を設立。最新作で自身が監督・脚本・原作を務めた12年公開の「おおかみこどもの雨と雪」(東宝)は、この記事の公開時点で興行収入41億円を超える大ヒットとなった。現在、日本を代表するアニメーション映画監督の旗手として国際的に知られる。
(写真:大槻 純一、以下同)
細田:そこに表現はどう入ってくるんですか。
澤本:そこから先はパズルをどうやって組み合わせていくかの話になりまして、こっちの表現だったら、この要素が入れられる。あっちの表現だったら、あの要素が打ち出せると、試行錯誤しながらベストの組み合わせを探していくんです。シミュレーションの繰り返しですね。
細田:ピースはうまく嵌まりますか。
澤本:難しいです!でも、考えている途中で、何かをきっかけに、「ああ、全部のピースが嵌まった」という瞬間があるんです。
それをカッコよく言うと、「降りてきた!」になるんですが、普通にしていては絶対に「降りて」こなくて、降りてくるまでにず〜っと考えているんです(笑)。
細田:そんなに長く。
澤本:ああ、もう嫌だ、と思ったときに、何かをふと見て、不意にパーッと視界が広がっていったり。
細田:たとえば目の前にロシア人がいるとか(笑)。
澤本:ロシア人、大事ですよね(笑)。シミュレーションで言えば、練習ってわけじゃないんですが、たとえばコーヒーショップで、カウンターで注文をしている人に、勝手に頭の中でベートーベンとか、サザエさんの主題歌とかのBGMを付けてみたり、ということはよくやっていますね。BGMによって頭の中で展開するその人の持つストーリーが全然違ってくるんで。
細田:それは違うでしょうねえ。
澤本:コーヒーショップが好きなのは、人がいるから、で。いろいろな刺激があるから、そこにいると企画がどんどんできるような気がする。また、他人に見られているという意識で自分を追い込む。周りの人に、「俺は頑張ってますオーラ」を出したいと思って、外見頑張ってる風を装おうとして、ホントに頑張ったり。そういう人間として小さい事でなんとか気持ちを上げています。
細田:それで、頑張る(笑)。
細田:「場」というのが自分に与えるものってありますよね。
澤本:おっしゃる通りで、「場」は大事ですね。好きな喫茶店とか。
細田:そこでも人にBGMを付けたりしているんですか。
澤本:ええ。BGMとかSE(効果音)とか。
澤本 嘉光
CMプランナー/電通コミュニケーション・デザイン・センター(CDC)エグゼクティブ・クリエーティブディレクター。1966年、長崎県生まれ。東京大学文学部卒業後、電通に入社。クリエーティブ局に配属。東京ガス「ガス・パッ・チョ!」シリーズ、トヨタ自動車「ドラえもん」シリーズなどを担当。JAAAクリエイター・オブ・ザ・イヤーを唯一、3回受賞している。カンヌ国際広告祭賞など内外の受賞多数。2007年に始まったソフトバンクモバイル「白戸家シリーズ」は5年目に突入し、いまや国民的CMに成長。コラムの執筆、東方神起などの楽曲の作詞の他、08年に映画「犬と私の10の約束」(松竹)の原作、脚本、小説を執筆。12年に小説『お父さんは同級生』(幻冬舎)を上梓。
細田:SEは重要ですね(笑)。
澤本:たとえば、トイレから帰ってくる人に、ちょっと軽やかなモーツァルト的なBGMをあてると、相当機嫌よく出たな、と。トイレに並んでいる人に、ダースベーダーの音楽を付けると、「ああ、もう我慢の限界で殺意抱き始めたな」って。
細田:まさか当人は、澤本さんの妄想の中で遊ばれているとは思わないでしょうね。
澤本:音はすごく大事ですよね。CMの映像を編集しているときも同じで、僕は編集のときにそうやって音楽を変えたりしてやたら試します。
仮編(仮編集)をやっているときに、「何か面白くないな、イマイチだな」と思っても映像は変えられない。でもBGMを変えるだけで、劇的に面白くなったりするんです。
細田:ああ、よく分かります。
澤本:ラジオCMを作ったとき、喫茶店での会話というシチュエーション設定でシナリオを書いたことがあったんですね。喫茶店というと、だいたい軽音楽みたいなのが流れているんだけど、それじゃあ、さほど面白くないので、取りあえず「波止場」のSEを持ってきて、ボーッと汽笛を鳴らしてみた。同じせりふでも、それだけですごく面白くなったんです。
細田:そういう実験を常日頃からしている、ということですよね。
澤本:ええ。普段からそういうゲームをずっとしている、という感じです。細田さんもアイディアを考え付くのは、ファミレスだとうかがいましたが。
いいアイディアは、仕事場では生まれない
細田:そうですね。ほとんどファミレスです。やっぱり何かいいアイディアを思い付かなきゃいけないときに、仕事場では絶対ムリというか。
澤本:ムリですよね。
細田:うん、本当は仕事場って、仕事をするための場所なのに、そこではぜんぜん仕事にならない。だから僕の場合はやっぱりファミレスで、それもロイヤルホストの確率が高い。あの、これはお店の名前を出してもいいんですかね?
澤本:いいことにしましょう。
細田:たとえばデニーズにも今まですごいお世話になっているし、あそこでいろいろなアイディアをモノにできたこともあるけれども、やっぱりトータルの打率でいうと、ロイヤルホストが今のところ一番という感じです。
ロイヤルホストって、鉄板で肉をジューみたいな音が常に響いているじゃないですか。ウエイトレスの人が、すごい分厚いステーキをがーっと客のテーブルに持って行く音。あれを聞きながら、こっちは食欲をぐっとこらえてね。食べちゃだめなんですよ。
食っちゃだめで、そのカチャカチャという、食べている人の出す音を聞きながら、禁欲的に自分を追い込んでやる、というのがいいんです。
澤本:そうすると食事のシーンが多くなりませんか。
(C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会、スタジオ地図作品(※編注:本文の内容はこの場面を指しているわけではありません)
細田:まさにそうなんですよ!この会話は別に食卓でなくてもいいのに、いつのまにか食事のシーンにしてしまっている(笑)。
なるべく僕が職場でアイディアを思い付かないようにしているというのは、最終的に映画を通して伝える相手が、職場の人間じゃないということがあります。
澤本:と言われますと?
細田:職場で考えちゃうと、職場に都合のいいアイディアにしかならないと思うんですよね。でも僕らの作る映画を見てくれる人って、ファミレスにいる親子とか、おじいちゃんと孫とかいう人たちになりますよね。
澤本:あと、草野球帰りの人たちとかがビールを飲んでいたりする。
細田:そう。要はそういう人たちに向けてどれだけ伝わるか、興味を持ってもらえるかどうか、みたいなことが常に頭にあります。だって、毎日映画漬けで、映画をいっぱい観ている評論家の方なんかは、おそらくファミレスには来ないです、きっと。
やっぱり、親戚連れでワイワイやっていたりと、草野球帰りのおやじさんたちが騒いでいる場所でないとだめだ、と思います。
澤本:そういう人と話すんですか?
「サマーウォーズ」(C)2009 SUMMERWARS FILM PARTNERS
細田:話しかけられますね。「兄ちゃん、何? 漫画描いているの?」とか言って邪魔しに来る(笑)。僕は「いや、すみません、違います」とか言って、手で隠したりして。隠すくせに「このおじちゃんにも伝わるにはどうすればいいか」なんていつの間にか考えているんですけどね。
澤本:その「場」にいる人を意識するっていうか、そういうところからの刺激って大きいですよね。
細田:誰がそこにいるかというのはね、大きい。
仮想空間OZのビジュアルコンセプトは、あのメニューから生まれた
澤本:空間というものが与える力は、人間にとってすごくでかいと思うんですよ。向こうに誰がいる、というのもそうだし、その空間がかもし出す空気というものがある。こんなこと言うと気持ち悪いですけど、その空間が発している霊気というのはあって。たとえば僕が、実はスタバよりタリーズの方が物事を考えるのにいいかも、と感じるのは、僕の中でタリーズの方がスタバよりもちょっといいことがありそう、という意識があるから。雰囲気というか。根拠はないんですけどね、何となく。これ、街によっても違うんですが。
細田:今回の映画では、僕はスタバでいろいろ思い付いたな。
澤本:ファミレスではなく?
細田:ただ、僕が行っていたスタバは、ほかのおしゃれな場所にあるスタバとはちょっと違うんです。店の前にテーブルが並ぶオープンスペースがあるんですが……。
澤本:じゃあ、店外で。
細田:ただそこは全然おしゃれじゃなくて、となりの焼き鳥屋さんから焼き鳥を焼く煙が猛烈に流れ込んでくる(笑)。井の頭公園の入口の……。
澤本:ああ、焼き鳥屋さんの隣りにスタバがありますね。
細田:ええ。もうすごく煙いんですよ。絵コンテ用紙が燻製されちゃうくらい(笑)。でもいいんですよね、そこ。子供たちや犬を連れた人がたくさん行き交っていて、賑やかで幸せな気持ちになる。
澤本:細田さんのアニメの、ものすごいインパクトのビジュアルはそうして出てくるんですか。たとえば「サマーウォーズ」に出てきた「OZ(オズ)」という仮想空間のビジュアルにも、僕は参っちゃったのですが、その源は何なんですか。すごく素朴な疑問なんですけれども。
映画「サマーウォーズ」より仮想空間「OZ」
(C)2009 SUMMERWARS FILM PARTNERS
※「サマーウォーズ」
2009年公開。買い物からコミュニケーションから納税まで、人々の生活全般をつかさどるインターネット上の仮想空間「OZ(オズ)」。ある日、謎の人口知能ラブマシーンがオズに侵入、仮想世界を撹乱し、現実世界も大混乱に陥る。非常事態を打開するために、信州・上田の旧家、陣内家の一族が結束してラブマシーンに戦いを挑む。
細田:うーん。何でしょうね。
澤本:尋常な想像力ではないな、って。
細田:いやいや、全然そんなこと、ないです。今の文脈でいうと、「オズ」のビジュアルコンセプトを思い付いたきっかけの一つは、ロイヤルホストのメニューのデザイン(pdfはこちら)なんです。
澤本:あ、分かります。
細田:ロイヤルホストの「ジェネラル」であり「伝統と、ちょっと高級な雰囲気」が大事というか(笑)。
澤本:そうですね。ロイヤルって名前自体も高貴ですよね(笑)。
細田:そう、あらゆる人が集う場所、という存在感がね。これはちょっと言えないけど、ターゲットを限定したような、ほかのファミレスのメニューからだと、なかなか思い浮かばないんです。
それで、さっき、澤本さんがおっしゃった、「広告はクイズを解くようなこと」というのは、あらためて、その通りだろうなと思いますね。たとえば映画や芸術って、どういうふうに作ってもいいようなところがあると思われているけれども、やっぱりどこかに1個、正解があるんじゃないかと思っているんです。
「このモチーフで、この尺で、アニメーションという方法だったら、正解はこれです」みたいのが実はあるんじゃないか。それを、作り手の事情に流されてしまったり、行き当たりばったりの成り行きで作ってしまっては、ぜんぜんダメなんじゃないかと。
アニメなりの、この映画なりの、枠組みの正解って絶対あるな、と思うから、その正解にどのようにたどり着くかというのがすごく大事だと思うんです。
自分のしたいことを上回る「正解」がある
澤本:その正解というのは、自分が一番したいこととは限らないでしょう。
細田:自分がしたいことよりも、さらに正解の方がレベルが高いということが往々にしてあり得るということなんですね。正解を探し当てるのはとても大変ですが、挑戦し、向かっていかないとダメだと思うんです。
澤本:大変ですよね。アニメや映画の監督が偉いな、と僕が思うのは、それを決めるのって本人じゃないですか。そこがすごいと思うんですよ。
広告の場合は、そこら辺がちょっとゆるくて、僕がプランナーをするときは、その上にクリエイティブ・ディレクターという人がいて、そのおかげで僕も仕事を続けられていると思うんですよ。ソフトバンクモバイルでもトヨタ自動車でも、上に佐々木宏さんというクリエイティブ・ディレクターがいて、僕に圧をかけ続けているからこそ、僕は広告を作ることができる。
※プランナー
正しくはCMプランナー。テレビCMのシナリオを作る人。世界の広告シーンの中でも、日本だけにある肩書きで、日本で独自に発達した職能。
※クリエイティブ・ディレクター
広告キャンペーン全体のトーン&マナーを統括する人。
澤本:たぶん自分が全部100%をやっていると、自分の限界がどこかにあって、「まあ、いいや、それで」と思っちゃうと思うんですよ。甘えというか。自分でできるものは自分の能力を超えないというか。でも、佐々木さんというクリエイティブ・ディレクターにアイディアを持っていくと、たまに僕の意図することとは全然違うことを言い出して、びっくりするんです。
事故みたいなものですし(笑)、最初は「ええっ?」となるんですが、佐々木さんの意見を聞いていると、だったら、こうしたら面白くなるかな、と思えてきて、アイディアを練り直し、やり直し、とやっていくうちに、当初の意図を超えた、もっと面白いものができてくる。
細田:なるほど。
澤本:毎回、すごい苦しいんですけど、ずっと苦しみ続けているから、40代半ばになっても、まだ広告を考えていられると思ってもいるんです。どこかでこの苦行をやめちゃったら、いったん止まってしまったその先はもう考えられなくなると思うんですよね。
細田:上がりで、終わっちゃうというか。
澤本:ええ。アニメ映画の監督は、そこを自己更新していかなきゃならないでしょう。それはすごいな、と思います。
細田:まあ僕1人じゃなくて、プロデューサー陣と相談してやっていきますけどね。
澤本:プロデューサーは1人ですか。
細田:いや、複数人いるんです。しかも映画は製作委員会方式が主流になっているので、各社からのプロデューサーが年々増強されて、すごいパワフルになっています。そんな彼らにどう応えるか、みたいなことは、監督にはあるんです。
プロデューサーはみんな仲が良くて、夜中とかに一緒に飯を食って、楽しそうにきゃっきゃ言い合っているんですよ。羨ましいなと思うところもあります。監督は1人しかいないので孤独ですよ。夜中に1人で飯食って、きゃっきゃ言うわけにはいかない(笑)。
(横から) いろいろあるんですよ。(と、細田さんのスタジオのプロデューサーの声)
細田:はい。もちろん仲がいいばっかりじゃないだろうけどね。ののしり合ったりもしてるだろうけど(笑)。プロデューサーそれぞれの映画観とか人生観とか、そういう視点の広がりには、すごい刺激を受けています。
澤本:そうですよね。「全部自分でやっていいよ」と言われたら、僕はたぶん「頼むからそれはやめてくれ」と懇願しますね。
撮影協力:MAREBITO(マレビト)
「2号店」は出したくない
細田:澤本さんにとっての佐々木さんという師匠格は、僕の場合で言えば、会社員時代に自分がアシスタントで付いていた、山内重保さんや幾原邦彦さんといった、演出の諸先輩たちですね。
でも、会社から独立しちゃうと、監督は自分の価値観や切り口で勝負しなけれればならなくなりますから。師匠とはいえ、ライバルになってしまうんですよ。たとえばラーメン屋さんのようなお店を持っちゃうようなところがあって、別のお店に手伝いに行くわけにはいかないんです。
澤本:教えを請いたいときでも、だめですか。
細田:東映時代は「こういうときはどうするんですか」と、よく聞いたし、作品を作るときも、山内さんだったらどう考えるだろうか、幾原さんだったらどう考えるだろうか、ということを、念頭に置いたりしていたんです。
でも、独立して監督になった後は、聞きに行けなくなりました。自分のお店をやっていて、それじゃあいけないような気がする。
それに僕の場合、映画が当たっても続編を作ったりはしないので、ラーメン屋で当たったから次はラーメン屋の2号店、ということができない。次はカレー屋さんとか焼き肉屋さんとか、前とは違うお店を考えなきゃいけない。ラーメン屋のノウハウが次に持ち越せないんです。
澤本:毎回、違う店を立ち上げているんですね。すごい。
細田:だから、ラーメン屋が当たっていても、次は何の保証もない、みたいな。
澤本:たとえば宮崎駿さんだったらどうする、というふうなことはありますか。
細田:確かに東映の大先輩ではあるのですが、直接指導を受けているわけではないので、あまり……。そういえば、映画ジャンルの本で『ワイルダーならどうする?』という本があるんですけど、ビリー・ワイルダーにキャメロン・クロウという監督がインタビューしたもので、ワイルダーの全作品について聞いているんです。
澤本:へえ。
細田:要するに、若い映画監督が、映画史上に業績を残した巨匠の映画監督に聞いているんですよ。「あの映画の現場はどんな雰囲気でしたか」とか、「この映画は失敗作でしたよね」とか、普通の映画ジャーナリストだったら聞きづらいことも、監督の立場で結構ずばずばっと聞いていて。
その本は、僕が繰り返し読んでいる本の一つで、自分が別の映画監督に、こんなうまく聞けるかどうかは自信がないんだけれど。
それで、その本の面白いところは「このときはどうして現場がうまくいかなかったんですか」という、現場のマネジメントについても、聞き手がしっかり聞いているところなんです。
澤本:ああ、そういうことって、実は本当に知りたいことですよね。
細田:映画の本って、映像論とか表現論とかばかりになりがちなんだけど、現場で監督がどういうふうに周りのケツを拭いているのか、みたいなことって、実はすごく大事で。
澤本:現場での対処法ですよね。
細田:それについて言えば、あともう1冊、『未来映画術』という本がありまして。それは、スタンリー・キューブリック監督が『2001年宇宙の旅』の現場がどういう現場だったかということを書いた本なんです。
キューブリックの現場はすさまじい現場、今までやったことがない撮影ばっかりの現場で、みんな大変なんです。その大変な現場で、監督がどういう態度であったか、という記録なわけですが、そういう本の記述がすごく勉強になります。
澤本:この表現の意図は、とか、モチーフは、とかいうような問いじゃないんですか?
細田:それは、中学校でいう「授業」ですよね。でも、これらの本は「生徒指導」という、授業とは違う部分なんです。
澤本:生徒指導の部分が、映画監督でいう現場マネジメントというわけですね。
全員が「ライトスタッフ」なんて、ありえませんから
細田:そのマネジメントはプロデューサーと共同でやっていくんですが、監督しか担えない部分もあるんです。でも、そういう肝心なところって、映画の記録になかなか残っていないんですよ。
澤本:現場のスタッフの中に、1人でも自分の感性と違う人がいたら、チームは機能しないという感じですか。
細田:アニメ演出のやり方はさまざまで、スタッフはいるけどみんなアシスタントで、本当に一から十まで、全部1人でやりたいという人もいますし、この人はすげえと認めている人とチームを組むのがいい、という人もいます。
僕はどちらかといえば後者で、別の才能を持っている人へのあこがれが常にあるので、そういう人と組めて、その人の能力を発揮するシーンをお願いできたりすると、すごくうれしい。
澤本:自分が見込んだ人たちの仕事を見たい、というのはありますよね。
細田:その人たちのいい仕事を見るために、自分がいい絵コンテを描かなきゃいけないって思うんですよね。たとえば、よそではアシスタントだったとしても、起用の仕方で、その人の存在感が出て、作品に強烈な影響を及ぼすみたいなことはあるわけです。そういう部分を、監督としてどう引き出していくかが大事だなと思うんです。
澤本:僕もそういうことは、密かに意識しています。みんなを見守るお父さんの気持ちというか(笑)。
細田:全員がライトスタッフで、無駄なく作品が作っていければそれにこしたことはないけれど、すごく頼りにしていた人が何かの事情で外れなきゃいけないとか、とにかく現場では想定外の事態がしょっちゅう起こるじゃないですか。
澤本:ああ、分かります。
細田:そういう場合はどうリカバーするか、みたいなことが実は監督にとって、いちばん必要な腕でもあるんです。
澤本:表現とは別に、そういう力は絶対に必要ですよね。
→続きます。
清野 由美(きよの・ゆみ)
ジャーナリスト。
1960年生まれ。82年東京女子大学卒業後、草思社編集部勤務、英国留学を経て、トレンド情報誌創刊に参加。「世界を股にかけた地を這う取材」の経験を積み、91年にフリーランスに転じる。国内外の都市開発、デザイン、トレンド、ライフスタイルを取材する一方で、時代の先端を行く各界の人物記事に力を注ぐ。『アエラ』『朝日新聞』『日本経済新聞』『日経ベンチャー(現・日経トップリーダー)』などで執筆。著書に『セーラが町にやってきた』(プレジデント社/日経ビジネス人文庫)、『ほんものの日本人』(弊社刊)、『新・都市論TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(集英社新書・隈研吾氏と共著)『「オトコらしくない」から、うまくいく』(佐藤悦子氏と共著・日本経済新聞出版社)など。
澤本 嘉光(さわもと・よしみつ)
CMプランナー/電通コミュニケーション・デザイン・センター(CDC)エグゼクティブ・クリエーティブディレクター。1966年、長崎県生まれ。東京大学文学部卒業後、電通に入社。クリエーティブ局に配属。東京ガス「ガス・パッ・チョ!」シリーズ、トヨタ自動車「ドラえもん」シリーズなどを担当。JAAAクリエイター・オブ・ザ・イヤーを唯一、3回受賞している。カンヌ国際広告祭賞など内外の受賞多数。2007年に始まったソフトバンクモバイル「白戸家シリーズ」は5年目に突入し、いまや国民的CMに成長。コラムの執筆、東方神起などの楽曲の作詞の他、08年に映画「犬と私の10の約束」(松竹)の原作、脚本、小説を執筆。12年に小説『お父さんは同級生』(幻冬舎)を上梓。
澤本嘉光の「偉人×異人」対談
いまや国民的なCMとなった「白土家シリーズ」を手がけるCMプランナー、澤本嘉光氏のセレクトによる、「人に発信するプロ」たちとの対談企画。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20121106/239108/?ST=print
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。