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「中国の次」は本当にインド?
外資解禁で注目される12億人巨大小売市場
2012年11月9日(金) 中村 真司
インドの経済発展は中国の10年遅れと言われることがある。これはマクロ経済指標や政治的な転換点を基準に論じられる。例えば、中国では1980年頃から改革開放政策により外国資本への市場の開放が進められた。一時期は停滞した自由化路線だが、1992年以降さらに推し進められ、外国資本による投資が急拡大した。
一方のインドでは、1991年から経済改革が行われ、外国資本による直接投資が多くの分野で開放された。そして2006年くらいから外国資本による投資が急拡大している。
図1:外国資本による中国・インドへの対内直接投資額の推移
出所:The Economist Intelligence Unit
チェーン店は10年前の中国の10分の1以下
しかしながら、小売業界を見た場合、10年前の中国と比べて現在のインドが順調に立ち上がっているとは言えない状況にある。
例としてコンビニエンスストアを見てみると、中国には10年前の2002年に、主なチェーンだけで約5000店のコンビニがあった。2011年にはその数は1万店以上にまで拡大している。
図2:中国のコンビニ店舗数の推移
出所:Planet Retail
では、現在のインドに何店のコンビニがあるか。インドではハイパーマーケット、総合スーパー、コンビニなどの組織小売に関する統計数値が未整備のため正確な数は不明だが、主なコンビニチェーンの店舗数は合計でも100店に届かない規模と考えられる。チェーンだけで見ても、10年前の中国の10分の1にも満たないわけだ。
インドでコンビニやハイパーマーケットの出店が進まない要因の1つは、市場が外資系企業に開放されていないために、グローバル小売業のノウハウ導入が進まないことだと言われてきた。実際に、組織小売がインドの小売市場に占める割合は2011年時点でわずか6%であり、小売市場の多くを占めるのは「キラナ」と呼ばれるパパママストアを中心とした伝統的小売店で、約1200万店存在する。
「キラナ」と呼ばれるインドの伝統的小売店
そのような中、2012年9月に国民会議派のシン政権は、複数のブランドを扱う小売業(デパート、ハイパーマーケット、食品スーパー、コンビニ、家電量販店など)を外資系企業に開放することを閣議決定した。グローバル小売企業がインド市場へ参入できるようになり、インドでの組織小売の発展が期待できる――。これが一般的な見方である。
しかしながら筆者は、様々な環境が障壁となって、インドの組織小売業は中国のように急速には発展しない可能性があり、進出に際して、企業は相当慎重に戦略を練る必要があると考えている。本稿では、その障壁を理解すると共に、インド進出を考える日本小売企業にとっての事業機会を考察したい。
インド市場で“鎖国”が続いた理由
そもそもインドの小売業界が外資系企業に開放されて来なかった理由は何か。単一のブランドを扱う小売業、例えば化粧品ブランドのチェーンや、ユニクロのような製造小売業については、51%までという制限があるものの、これまでも出資が認められてきた。
では複数ブランドを扱う小売業への外資系企業の出資はなぜ制限されていたかというと、最も大きな理由は、キラナを中心とした零細小売業者を保護するためである。外資系企業が進出し、コンビニやハイパーマーケットなどが一気に拡大すると、多くのキラナストアが食べていけなくなり、雇用などを含め経済にネガティブな影響を及ぼすと考えられてきたのである。日本で1974年に施行された大規模小売店舗法と同じような目的の規制だ。
インドの経済発展のためには外資系へ開放すべきと言う議論は、長く行われてきた。そしてシン首相は、2011年11月にも一度、外資系企業の出資規制を大幅に緩和することを閣議決定した。ところが、野党などの反発に遭い、具体的な解放時期などを含め棚上げ状態になっていた。インドでは各州政府の権限が強く、州政府の賛同が得られなかったことも市場開放を遅らせた。
こうした足踏み状態を経た後に、この9月に再び閣議決定され、ようやく外資系への市場開放が動き出した、というのがここまでの経緯だ。閣議決定の内容は、ざっと以下のとおりだ。
単一ブランドの小売業については、これまでも51%までの出資が認められてきたが、今後は一定の条件のもと100%の出資が認められる。条件としては、主として下記の5つがあるが、実効性のある開放と言えるだろう。
販売製品は「単一ブランド」のみ
販売製品のブランドは、国際的に使用しているブランド名と同一
ブランド名は、製品の製造過程で付与されなければならない
外国投資家が当該ブランドの所有者でなければならない
外資の比率が51%を超える場合は、商品の最低30%を国内の小規模産業から調達することが望ましい
一方、複数ブランドを販売する小売業であるが、これまでは外国企業による出資は一切認められていなかったが、51%までの出資は認められる方向になった。しかし、下記の条件が設定されたため、インド小売市場に参入しようと言う小売企業にとっては、かなりハードルが高いものとなっている。
最低投資額は1億ドルで投資額の50%をサプライチェーン等インフラ投資(建物等を含まない)に充当
商品の最低30%を国内の小規模産業から調達しなければならない
出店は、11年国勢調査で人口100万人以上の都市が対象(現在55都市が対象となっている)
インドの政情は不安定なため、実際の市場開放がスムーズに進むかどうかには若干疑問があるものの、今回はインド28州のうち既に8州が賛同していることを考えると、インド全土ではないにしろ、外資系小売企業にとって十分な規模の市場が開放される可能性が高いことは間違いないだろう。
インドの小売市場はグローバルで見たときにどのくらい魅力的な市場なのか。現在の規模感から見ると、インドの小売市場は非常に小さい。市場規模は約4700億ドルであり、世界最大の小売企業である米ウォルマート・ストアーズの売上高4200億ドルよりも少し大きいくらいの規模である。
それでも多くのグローバル企業が注目している最大の理由は、その人口の規模と成長率、そして若年人口の多い人口構成であろう。インドは、今後20年のスパンで見ても人口の成長が続き、かつ若年人口や労働人口が伸び続けることから、その旺盛な消費が市場を牽引していくと考えられている。下図でもわかるように、日本や中国とは人口構成が異なり、2025年には総人口でも中国を抜くと推定されている。
図4:日本・中国・インドの人口構成比較
このようにインドは、その潜在力から非常に魅力的な小売市場であることは間違いない。世界の大手小売企業であるウォルマート、カルフール、テスコ、メトロなどが、小売業態が許されていない中でも、卸業態やフランチャイズ形態などで既に参入し、基盤づくりを進めているのもそのためだ。日本企業でも、コンビニ大手のローソンがインド市場への参入を表明している。
生鮮食料品売場に人がいない
しかしながら、既にインドでハイパーマーケットやコンビニを展開している国内企業の状況を見ると、たとえ外資系企業への市場開放が進んだとしても、市場の攻略は一筋縄ではいかないことが予想される。
前述のとおり、コンビニはまだ非常に初期の発展段階としかいえないような数で、インド全土で展開しているようなナショナルチェーンは存在しない。
2012年4月、インドのニューデリーを訪れた。ニューデリーにはいくつかのコンビニチェーンが出店しており、その1つである「Twenty Four Seven」に行ってみた。24時間、毎日営業と言うコンセプトから付けられた名前のコンビニである。
立地はビジネスパーソンが多いエリアで、インドでは裕福な層をターゲットにしているように思えた。並んでいる商品も輸入の高級品が多い。周辺にあるキラナと差別化する意味でも必要な商品戦略なのであろう。高い賃料を回収するためにも、プレミアムな商品を揃えて差別化するというのは1つの考え方である。
この店はそれなりに繁盛しているように見えたが、コンビニの基本戦略である集中出店によるサプライチェーンの効率化、多店舗展開が難しいのも分かるような気がした。ターゲットが裕福なビジネスマンで高級品を扱う店だとすると、出店できるエリアや土地は非常に限られてくるからだ。特にインドで「メトロ」と呼ばれるニューデリーやムンバイなどの都市では、商業エリアが非常に限られ、しかも地価や賃料が高騰している状況にある。
ニューデリーのハイパーマーケットにも行ってみた。こちらは、郊外のショッピングモールの中にある店舗だ。平日の夕方だったせいかもしれないが、この日はあまりお客さんが入っていなかった。店舗の一番奥に生鮮食料品が売っていたのだが、その売り場にもお客さんは数人しかいない。そもそも生鮮食料品が一番奥にあるという構造も問題だと思うが、他国では安さを売りに集客しているハイパーマーケットというカテゴリーにしては、価格が高いように感じた。同じ工業製品がキラナよりも高く売られている。
つまり、インドの消費者にとって価格も安くないハイパーマーケットにわざわざ行く理由がないのである。今後わざわざ行くだけの付加価値をどのように提供していくかが問題だろう。
コンビニにしてもハイパーマーケットにしても、インドの消費事情に合わせたカスタマイズを行い、どのような事業モデルを構築していくかはまだ手探りに近い状況なのだと感じた。
進出企業が直面する4つの課題
さて、今後インドの小売市場が外資系に開放されたときにどのような壁が立ちはだかるだろうか。筆者は、インフラの観点で4つのレベルの問題をどう乗り越えていくかが鍵と考えている。
1つは、言うまでもなく、電気、水道、道路などの社会インフラである。インドでは相変わらず停電が多いし、企業が事業展開していく上で、ビジネスの基盤となるこれらの社会インフラの未整備をどう乗り越えるかは、小売企業に限らず多くの企業にとっての課題である。
もう1つ、社会インフラ的な側面では、店舗を出店するための商業地域の整備の必要性を挙げておきたい。前述したように、メトロを中心とした大都市圏では、商業エリアが限られているため再開発が必要である。筆者が昨年、日経ビジネスオンラインで連載した「インド進出 挫折の本質」でも触れたように、インドの都市は、近代的な街とスラム街が混在しているような状況なのである。中国では政府主導で大胆な再開発が実施されたが、民主国家で、政情も安定しないインドでは、そこまでドラスティックなことができるか、難しい課題である。ただ、各都市とも再開発の計画はされており、徐々に実施されていく方向である。
3つ目は、コールドチェーンなどの物流インフラの整備である。冷凍や冷蔵の物流網が未発達のインドでは、生産された食糧の40%程度が輸送過程で腐り、廃棄されていると言われている。近代的な小売チェーンが展開していくためには、物流インフラの整備は必須であろう。
最後の4つ目のインフラは、クルマや冷蔵庫など、消費者の購買・消費行動のベースとなるインフラの普及である。インドでハイパーマーケットが浸透しない1つの理由として、クルマで買い物に行って冷蔵庫に備蓄しておくという習慣が消費者に根付いていないことが指摘されている。食料品は、地元の市場や食品スーパーやキラナストアで、日々必要な分だけ買って食べるというのが基本的な消費パターンなのである。
よって、商業地域が限られ地価も高い都心を避けて郊外に出店することは可能であるものの、クルマを持たない消費者にはアクセスしようがないのである。クルマを持っている消費者にとっても、道路事情が悪くあまりに渋滞がひどいため、わざわざ行く気にならないという問題もある。これは1つ目の道路インフラの問題だ。
なお、インドの冷蔵庫普及率は2009年時点で約18%であり、中国の60%に対して著しく低い。東南アジア各国と比べても低い。冷蔵庫の普及は、特にハイパーマーケットにとっては重要な問題である。
図5:アジア各国の世帯当たり冷蔵庫普及率(2009年)
出所:Euromonitor
インフラの改善度に応じた戦略の選択肢を
このように、インドの小売市場が発展していくためには、様々な課題が存在する。インドへの進出を考えている日本の小売企業は、どのようなことを考えるべきだろうか。
もっとも重要なことは、本稿で論じた「インフラの改善・普及」のシナリオを念頭においた、いくつかの戦略オプションを事前に検討しておくことである。例えば、社会インフラがどのように改善されていくかによって、メトロを中心とした大都市で展開するのか、地方都市、中規模都市での展開を先行させるのかが変わってくる。市場規模や消費の集中度を考えると当然メトロは魅力的である。一方で、限定的な商業用地や渋滞のひどい環境が足かせになることも考えられる。インフラ整備の状況についてのシナリオを検討した上で、その進捗を見ながら、迅速に意思決定していくことが必要である。
キラナストア及び地場の組織小売に対して、どのように差別化した事業モデルを展開するかも重要だ。インドの消費者の購買行動や消費行動を十分に研究し、そこから導き出したものと自社の持つケイパビリティを融合することにより、インドの消費者が求める顧客経験をどのように設計し提供できるかが鍵となろう。
キラナストアが近所の顧客にデリバリーをすることを1つの付加価値としている状況を考えると、例えば、日本の宅配スーパーのノウハウを活かした電話注文型デリバリーモデルなども有効かもしれない。携帯電話が非常に普及し、またコールセンターや配達員の人件費が非常に安いインドならではのモデルが考えられるだろう。
顧客と店舗との接点をどう持つのか、品揃え、価格、陳列の仕方はどうするのかなどなど、インドの消費者が真に求めているものを深く理解し、自社がどのような付加価値を提供できるのかを慎重に検討することが重要である。
インドには12億人の消費者が暮らしていて、確かにその規模は魅力的である。ただ、一口にインドと言ってもその国土は広大で、地域によって気候も異なるし暮らし向きも全く違う。言語も公用語だけで20以上ある。宗教も様々であり、その消費生活、食生活のスタイルも非常に多岐にわたっている。
そのような国で小売企業が事業を展開していくためには、かなりフォーカスを絞っていくことが必要だろう。中国で成功した日本の小売企業にとっても様々な新しいチャレンジが出てくる。こうした事業環境の中で、どのような新しい事業モデルが展開されるか、今後が楽しみな市場と言えるだろう。
(この記事は、有料会員向けサービス「日経ビジネスDigital」で先行公開していた記事を再掲載したものです)
中村 真司(なかむら・しんじ)
A.T.カーニー プリンシパル。米系コンサルティング会社、ベンチャー企業等を経て、A.T.カーニーに入社。全社戦略、マーケティング戦略、海外事業戦略、M&A・提携戦略を手がけている。主な産業分野は、消費財、医療機器、医薬品、金融サービス等。東京大学経済学部卒、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院経営学修士(MBA)
ニュースを斬る
日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、日経ビジネス編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20121108/239214/?ST=print
ダウリー制度(社会5)|インドビジネス基礎情報|コラム|AsiaX Column
www.asiax.biz/column/indiabusiness/106.php
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