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[人口減社会を考える](中)少子化前提に発想転換を
松谷明彦 政策研究大学院大学名誉教授
財政・福祉、見直し急務 生活費下げ、住宅政策カギ
<ポイント>
○持続性確保へ財政や社会福祉モデル模索を
○日本企業の競争相手は途上国でなく欧米勢
○高齢化時代に備え公共賃貸住宅の整備急げ
人口の減少と高齢化が加速している。人口増加、中でも労働者数の増加を大前提に構築されたわれわれの社会や経済にとっては存立にも関わる大事件である。現に財政収支は年々悪化し、年金などの社会福祉も既に持続可能性を失っている。企業収益も低下の一途にあり、賃金コストなどの削減で補おうとして、逆に経済の低迷を招いている。
政府は少子化対策を強調するが、誤った政策対応である。人口の減少や高齢化がもたらす問題は深刻だが、解決がどうにも困難というほどの問題ではない。にもかかわらず現に社会や経済が悪化しているのは、対応を誤りいわば袋小路に陥っているからである。
少子化対策で人口構造を変え、問題自体を回避しようとしても、残念ながら急激な少子化の流れは変えられない。なぜならそれは、出生率の低下ではなく、母胎の激減によるものだからだ。出産の可能性の高い25〜39歳の女性人口は、外国人の流入を含めた総人口ベースでも、今後半世紀で55.1%も減少する(国立社会保障・人口問題研究所推計)。一方、フランスや英国では逆に3.7%、1.3%の増加である(国連推計)。
優生保護法による戦後の大規模な産児制限が形成した「いびつな人口構造」が背景にある。西欧諸国では子どもの数が今後半世紀で1割以上も増えるのに対し、日本では半分以下に激減せざるを得ない。子どもの増加を夢見るのではなく、子どもが減っても持続可能な財政や社会福祉のモデルを模索することこそが賢明な対応といえるだろう。
加えて、そこまで子どもの数が違えば、後世代が前世代を支えるという西欧流の社会福祉は、日本では成り立ちにくいとの認識も必要となる。社会福祉が袋小路にあるのは、政府が年金という西欧流に固執し、他の政策手段を持とうとしないからである。
財政もまた同様に、袋小路にある。政府は増税で財政収支を改善しようとし、多くの人もある程度の増税は必要と考えた。しかしそれは人口増加時代の発想である。
高齢化が急速に進行する時代には、国民1人あたりの財政支出をおおむね横ばいとしない限り、増税で財政収支を改善することはできない。1人あたり国民所得がおおむね横ばいとなり、1人あたり税収もおおむね横ばいとなるからである。にもかかわらず政府は財政支出を伸びるに任せ、増税だけで財政収支を改善しようとしている。
その状況を図1に示した。図の左側が人口増加時代、右側が高齢化時代である。人口増加時代には、1人あたり税収の増加速度は1人あたり財政支出の増加速度とほぼ同じであった(実質値は1955年からの半世紀で約10倍)。労働者の人口比率が上昇を続けていたからである。それなら増税は収支改善の手段たり得る。増税は図の税収のラインを上方に平行移動させることだから、一度の増税で中長期的に収支は改善する。
しかし図の右側では、何度増税しても収支が改善することはない。「ある程度」ではなく際限ない増税地獄となり、遠からず財政は崩壊する。政府は頭の切り替えが必要だろう。1人あたり財政支出の傾きを国民所得の傾きと同じにすることが、人口減少時代に必須の財政規律なのである。
旧来の手法に固執している点では、民間企業も同様だ。経団連は外国人労働力の活用を主張するが、それでは未来は開けない。労働力の輸入により維持しようとしている現在の日本企業のビジネスモデルそれ自体が既に国際競争力を失っているからである。
欧米からの技術輸入と安価な労働力による大量生産という、いまだに大半の日本企業が基盤とするモデルは、途上国企業との激烈な競争にさらされている。図2のように、日本企業の利益率は、上昇基調にある欧米企業とは逆に、低下の一途をたどっている。なすべきは安価な労働力の確保ではなく、自前の技術開発力を基盤とする先進国モデルへの転換である。近年「アジア戦略」が花盛りだが、日本企業が競争すべきは欧米企業であって、途上国企業ではない。
その場合、東京の徹底した国際化が不可欠となる。技術先進国に共通するのは、国内市場に極めて多くの外国企業・外国人が参入し、そこで活発な国際競争が展開されている点である。日本企業同士、日本人同士の競争というぬるま湯に浸っていては、先進国モデルへの脱皮のための技術基盤は生まれ得ない。自国の技術開発力を支えるのは自国民である必要はなく、自国民の富を生み出すのも自国企業である必要はないというのが、先進国の常識である。
そうして外国企業も含めた日本経済の利益率が格段に向上すれば、人口減少社会は明るいものとなる。生涯所得が大きく増えるから、個人も、社会福祉も、はるかに老後を描きやすくなる。貯蓄の増加で、社会資本もそろえられる。時間あたり賃金がドイツの3分の2以下という日本の低賃金の是正こそが、最も急ぐべき課題かもしれない。
高齢化時代に必須の社会資本は公共賃貸住宅であろう。年金には持続可能性はないが、発想を転換すれば、安定的な社会福祉も可能である。年金というフローで高齢者の収入を増やすのではなく、公共住宅というストックで高齢者の生活支出を減らせばよい。まず100年以上の耐久性と維持経費の極小化のための住宅技術開発を推進する。その建設のための超長期の公債を発行する。公共用地や公共施設の上部を建設用地として活用する。以上3点で、家賃補助をせずとも格段に低家賃の賃貸住宅を大量に建設できる。
公債償還は家賃収入のみで可能だから、財政負担が増加することはない。官民パートナーシップ(PPP)を活用すれば、民業圧迫の非難も回避できる。都市部では4割もいる借家の高齢者だけでなく、今後終身雇用の消滅で持ち家が困難となる多くの働く世代も助けられる。持ち家の高齢者にとっても、賃貸住宅に移り、自己のストック(持ち家)を生活費に回すという選択肢ができる。今後の社会福祉は年金一辺倒でなく、もっと多様であるべきだろう。
財政はどうあるべきか。高齢者が急増し公債費が膨張する中で、1人あたり財政支出を横ばいにとどめることは不可能だと政府はいうだろう。小さな政府を主張する向きもあるが、時計の針は逆に戻せまい。発想を変えよう。政府の大きさは変えずに、「小さな財政」とするのである。
現状は放漫財政といってよい。巨大な官僚機構に加え、財政の支出ルートに膨大な団体・企業が絡んでいる。それらを整理し、国や自治体から出たお金が本当に必要なところにだけ届くようにする。また政府の調達価格は「官庁価格」と呼ばれ、民間の取引価格よりはるかに高い。これを公正な競争で民間並みの価格にする。それらだけで現在の単年度赤字のかなりの部分が解消する。さらに合理化に努めれば、現時点で財政収支を均衡させ、今後の1人あたり財政支出を横ばいとすることも不可能ではない。そうすれば増税の必要もなくなる。
増えることが当たり前だった人口や国内総生産が減るのだから、人も社会もそのままでいられるはずがない。容易でないことは確かだが、発想を変え、仕組みを変えれば、豊かな人口減少社会とすることは十分に可能である。
まつたに・あきひこ 45年生まれ。東京大経卒、旧大蔵省へ。専門はマクロ経済学
[日経新聞11月8日朝刊P.28]
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