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<前略>
NHKの問題意識 「なぜ今は、地方から一人で都会にでてきた若者がホームレスになるのか?」
ちきりんの関心 「なぜ昔は、地方から一人で都会にでてきた若者がホームレスにならずに済んだのか?」
20代の健康な若者がホームレスになるなんて、「信じられない!」方もあるかもしれませんが、
・地方で親と縁が切れ(死別、借金やアル中での縁切れなど)、
・高卒や大学中退の立場で、
・バイトで貯めた10万円を持ってひとりで東京にでてきても、
・右も左も分からずウロウロ仕事を探してるうち、1ヶ月もたたずに所持金が切れ、
・ある日、道で寝てしまい、それが続いてます、
みたいになるのは、そんな不思議なことではありません。
前回同様、NHK的の視点は「なぜこんなことが起るのか!?」ですが、ちきりん的には
「そんなことしたら、ホームレスになるのはあたりまえじゃん。てか、なんで昔はそういう
若者でも、ホームレスにならずに済んでたわけ?」です。
というわけで、「なぜ昔は、地方から身一つで仕事を求めて都会にでてきた若者が、ホーム
レスにならずに仕事を得られ、その日暮らしから抜け出すことまで可能だったのか?」に
ついて、考えてみます。
理由(1) 高度成長期は、日雇いの仕事がめちゃくちゃたくさんあった
高速道路に高層ビルに東京湾の埋め立てと、都市周辺には大工事が山ほどあり、地方から
身ひとつででてきた若者は、毎日飯場で働くことができました。
人手不足だから日当も高く、その日の宿代、食事代を払っても、真面目な人なら貯金も
できたのです。もちろん中には、酒と博打と女でその日暮らしをする人もいたけれど、
貯金をしてアパートを借り、定職に就いていく人もいました。
今は、たとえ若者でもいきなり東京にでてきて、毎日朝から晩まで働けるバイトを見つける
のは至難の業です。日当の高い工事現場が減り、時給の安いサービス業が増えていて、
一番うまくいっても「その日暮らしができる」というレベルから上に、なかなか抜け出せません。
★「若者が身ひとつで都会に出てきて成功できる」のは、経済成長期だけなのだ、というお話です。★
理由(2) 昔は、人を雇うインフラコストが無用だった
昔は、工事中に日雇い労働者がケガをしても、なんの保障もありませんでした。出稼ぎ先で
ケガをし、そのまま放り出されて人生が狂ってしまった人もいたでしょう。
人を集めていた“手配師”も、自身も税金を払ってるんだか払ってないんだかわからない
ような輩で、資格もへったくれもありませんでした。
また、日雇い労働者は山谷など決まったエリアに住み、手配師がそこによこしたトラックや
バスで仕事場に向かうので、交通費も不要です。
しかし、今はこうはいきません。手配師は労働派遣事業者に変わり、様々なコストが上乗せ
されます。雇う側は労災のリスクや安全義務を守らせるために必要なコストを、人件費から
差し引いて払おうとします。
個々の労働者は、少なくなった仕事場までの交通費を自分で負担させられています。日当が
7000円で、交通費が片道600円、往復1200円だと、日当の17%が消えていくのです。
もちろんそのかわり、ケガをすれば労災や障碍者認定も受けられます。万が一の時の保障は
、昔よりはマシになっていると言えるでしょう。しかし生活の糧となる“手取り”は、
確実に減少しているのです。
理由(3) 地元が「都会に出る若者を支援する」仕組みの有無
今でも、アジアや中東の国から、数万円しか持たずに日本にやってくる外国人がいます。
そして彼らは、必ずしもホームレスになっているわけではありません。なぜなら、家賃3万円
の安アパートに、10人近くが一緒に寝泊まりしたりするからです。
家族でも友達でもないけれど、「同じ福建省の出身」とか、「同じイラク人」とかいう
つながりで、遠い異国で助け合い、共同生活をする、という感覚(慣習?)が残っている
からです。なかには、その中から成功し、アパートをでていく人も出て来ます。
そういう人は自分の店で、新たに同じ国からやってきた若者を働かせます。こうやって
新たにやってきた人達も、身寄りのない異国で職が得られます。もちろん彼らは医療保険に
も入ってないし(病気になったら終わり)、時には合法とは言えない分野に足を踏み入れて
いるかもしれません。
それでも、ぎゅうぎゅう詰めのアパートで暮らす彼らは「ホームレス」にはなっていません。
おそらく日本人でも、昔は“県人会”が同じような機能を果たしていたんじゃないでしょう
か。特に出稼ぎをする人が多かった東北各県の県人会や、もしくは、その地域から出て来て
成功した人が、同じ地域からやってきた若者の世話をする、みたいな風習がある時期までは
残っていたのでしょう。
もうみんな忘れそうになっているけど、耐震偽装工事の姉歯さんと小嶋社長の関係はそう
いう感じでした → 過去エントリ 「機会平等」
ところがある時代から、日本の地方は「東京に働きに出る県内の若い人を応援する」のでは
なく、「自分の県内でダムや高速道路を造る工事を行い、若者を自県内にとどめておく」
という方針に変わりました。
そりゃそうですよね。いつまでも「東京にでていく若者を応援」なんてしていたら、止めど
なく人口(特に若者人口)が減ってしまいます。それは県の存亡に関わる問題です。だから
霞ヶ関詣でをし、お金をひっぱってきて、原発やダムを県内に造る。そして「県内で雇用を
確保する」方針に変えたのです。
この方針転換に伴い、「地方から東京にひとりで出てくる若者」を地元は積極的に支援しない
、ということになりました。だから彼らは道で寝るのです。
★★★
こう見てくると、「なぜ昔は、地方から身一つで出て来た若者がホームレスにならなくて
済んだのか?」、ある程度、おわかり頂けると思います。
でも今日のエントリで一番言いたいことは、このことではありません。注目すべきは、
NHKの視点とちきりんの視点が、なぜいちいち真逆なのか?ということなんです。
なぜNHKは「今はなぜこうなのか?」と考え、なぜ私は「昔はなぜそうだったのか?」と
考えるのでしょう?
私の考えはこうです → NHKの考えの前提には、「昔はいい社会だった。なのに今は
なぜこんなヒドイ社会になってしまったのか?」という視点があります。彼らが探っている
のは、「すべてが巧く廻っていた、高度成長時代の幸せだった日本社会への戻り方」です。
ちきりんの前提は違います。それは「世の中は、基本的にはよりよい方向に向かっている。
しかし、変化は今までになかった、新たな問題を生む。それをどう解決すべきかこそが、
私たちの考えるべきことであり、“幸せだった昔”に戻る方法を考えてもしゃーないやん」
という発想です。
<後略。省略部分は引用元参照>
http://blogos.com/article/49206/?axis=b:92&p=1
つまり世代での運に決まる。
高度バブルに乗っかれなかったら名ばかり公正なだけの競争に不条理敗北されて終わるだけ。
労働者の保護を訴える団体も労働者自体増やしたくないから
既に労働者の奴だけを保護するように見せかけて活動しているのもこのため
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