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竹中平蔵の「経済政策ウオッチング」
比較優位の産業が海外流出する深刻な空洞化
2012年10月30日
日本の貿易赤字の原因は、円高やユーロ危機、資源輸入増ということ以上に、産業空洞化が大きい。民主党政権の経済失政が続く限り、産業空洞化は加速して、国民はデフレに苦しむことになる。
貿易赤字でGDPを3%以上減らしている計算
財務省が10月22日に発表した2012年度上期(4〜9月)の貿易収支は、3兆2190億円の赤字となった。半期ベースの赤字は3期連続で、赤字額は過去最高である(これまでの最大の赤字額は2011年下期の2兆7257億円)。
年間の赤字は、単純にこれを2倍すると約6兆円、対国内総生産(GDP)比で1.2%のマイナスである。ついこの間まで対GDP比で2%以上の黒字を出していた日本で、1.2%のマイナスということは、GDPを3%以上減らしている計算になる。これはきわめて大きな変化だ。
もちろん、日本は貿易外で稼いでいるから、経常収支は黒字のままだし、これからもしばらくは黒字を続けていくだろう。
それでも、今の状況で貿易が赤字になっているという事態については、かなり深刻に受け止めなければならないと考える。
Next:燃料輸入、ユーロ危機、中国問題。どれも正しいが……
なぜ貿易赤字になったかということから考えてみよう。一般的に言われているのは、次のような要因だ。
貿易赤字に転換したのは2011年からである。その最大の理由は、東日本大震災によりサプライチェーン(部品供給網)が崩壊し、日本の主力産業の輸出が伸び悩んだことだった。
一方で、円高も大きく影響した。円高により輸出が伸び悩んだことも、貿易赤字に拍車をかけることになった。
現状は、それらの要因に加えて、ユーロ危機による欧米の需要が減っていることが挙げられる。欧米の需要減は新興国にも影響を与え、反日デモの影響で対中輸出も減少している。
さらにもう一つ大きいのは、輸入が増えていることだ。原発が止まったために原油や液化天然ガスといった鉱物性燃料の輸入が増えた。
貿易赤字の原因について、以上の説明はいずれも正しい。ただ、私は別の要因について大きく注目している。
Next:25%の輸出額が失われた異常事態
まず、9月の輸出と輸入について見てもらいたい。輸出は5兆3598億円と、前年同月比で10.3%も減っている。一方、輸入は5兆9183億円で4.1%増だ。
輸入の増加以上に、やはり輸出の減少が目立っている。しかもその減り方が尋常ではない。
昨年、輸出が減ったのは震災の影響によるものだからまだわかる。しかし、サプライチェーンの問題がかなり解消されている現在でも、輸出は大きく減り続けているのだ。
実は、5年前のピーク時に比べると、日本の輸出額は25%も減っている。4分の1もの輸出額が失われるというのは異常事態と言える。
さらに対米輸出について言えば、この5年間で36%も減少している。これは、円高や需要の鈍化ということだけでは説明できない。最大の要因は、日本の企業がどんどん外に出て行っているということだ。現地生産や第三国からの輸出が増え、日本での生産が年々減っている。
中国に進出したグローバル企業の動きを見てもわかるように、ビジネスは非常に「速く動く」。反日デモをめぐる中国側の暴力的で異常な対応を見た企業は、「この国は危ない」と判断し、投資の分散をすでに始めている。日本の企業だけでなく、中国に立地している多くの国の企業が反応している。
比較優位の産業が海外へ出て行ってしまう
いくつかの主要な日本企業は、本気で中国から東南アジア諸国連合(ASEAN)生産や販売の拠点を移すことを考えている。場所が中国であれ日本であれ、企業活動にとってマイナス要因を多く抱える国からは、どんどん企業が去っていく。一方で、企業にとって魅力ある国には、世界中から企業が集まっていく。
新日本製鉄と住友金属工業が10月1日に合併して新会社「新日鉄住金」が発足したが、新会社はさっそく付加価値の高い自動車用高性能鋼板の生産をすべて海外に移すと発表した。空洞化の動きは日本でどんどん加速している。
この空洞化という問題が、貿易に対してこれだけ大きな影響を与えている。日本は社会全体として、空洞化対策を重視しなければならないと思う。
しかも、比較劣位の産業(製造業など)が外に出て行き、国内で比較優位の産業(金融・IT・サービス業など)が大きく成長したアメリカと違い、日本では比較劣位の産業(金融・サービス業など)を国内で保護してしまっている。
そのため、本来なら日本国内にとどまって、多くの雇用を生み出し、高い給料を払ってくれる比較優位の産業(製造業など)が海外へ出て行ってしまっている可能性がある。
その結果、日本全体の賃金を下げ、デフレを生じさせている。アメリカの空洞化が「良い空洞化」だとするならば、日本の空洞化は「悪い空洞化」と言える。
財政支出の抑制がデフレ政策になっている現実
やはり、これだけ保護規制が多く、規制緩和がほとんど行われない日本には、企業もとどまってはくれない。税金を下げると言いながら下げられず、結局増税を先に決めてしまう国では、企業は生き残るために外に出て行かざるを得ないのだ。
本来なら、今はもっと失業が増えていてもおかしくないのだが、政府は雇用調整助成金でそれを食いとめている。雇用調整助成金の対象となっている労働者は165万人だが、これが今後、助成金の終了によって職を失えば、日本の失業率は一気に2ケタに上昇する。
雇用調整助成金というゴマカシによって束の間の安定を得ているだけであり、実態として日本は瀬戸際に追い込まれている。皮肉を言えば、日本産業の空洞化こそ、民主党政権3年間の最大の「実績」なのである。
民主党政権の「実績」についてさらに言えば、この3年間で、政策論議がすっかり官僚ベースになってしまっている。
輸出が減ってこれだけ赤字になり、GDPを押し下げているのだから、本来なら財政支出を機動的に行わなければならない。ところが、政府は特例公債法案が国会で通らないのを言い訳に、支出を抑制している。結果的にデフレ政策をとり、経済をさらに悪化させているのだ。
Next:官僚ベースの議論がまかり通っている
なぜこんなことになっているかと言えば、「特例公債法案が通らなければすぐに国のお金がなくなります」という官僚ベースの議論がまかり通っているからである。
実際には、財務省証券を出して予算をつなげばいいだけなのに、財務省の官僚は「特例公債法案が通るという裏付けのない状況で財務省証券を出すのは財政法に違反すると考えられる」という勝手な理屈でそれを認めない。
財政法違反というのは行政が勝手に判断しているだけで、立法は別の判断をすればいいし、司法も別の判断をするかもしれない。それが三権分立の原則だ。しかし、日本では官僚ベースで行政が勝手な判断をして、デフレ政策を正当化している。
政治家だけではなくメディアも官僚に丸め込まれている。今年度予算の総則にも、資金繰りのための財務省証券は20兆円まで出せると明記されている。この事実を無視して、資金ショートの危機を煽るのは、メディアの論説も官僚ベースになっているからである。
このような状況では、デフレを止めることはできず、産業空洞化の流れも加速していかざるを得ない。一方で、鉱物性燃料の輸入も増えていく。今後も日本の貿易は弱含みが続くと見るべきだろう。
竹中平蔵(たけなか・へいぞう)
慶応義塾大学総合政策学部教授
グローバルセキュリティ研究所所長
1951年、和歌山県生まれ。経済学博士。一橋大学経済学部卒業後、73年日本開発銀行入行、81年に退職後、ハーバード大学客員准教授、慶応義塾大学総合政策学部教授などを務める。2001年、小泉内閣の経済財政政策担当大臣就任を皮切りに金融担当大臣、郵政民営化担当大臣、総務大臣などを歴任。04年参議院議員に当選。06年9月、参議院議員を辞職し政界を引退。
現在、慶応義塾大学総合政策学部教授・グローバルセキュリティ研究所所長。公益社団法人日本経済研究センター研究顧問、アカデミーヒルズ理事長、株式会社パソナグループ取締役会長などを兼職。主な著書に『日本大災害の教訓―複合危機とリスク管理』(共著、東洋経済新報社)、『経済古典は役に立つ』(光文社新書)など多数。
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http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20121026/328283/
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