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【第10回】 2012年10月26日 後藤順一郎 [アライアンス・バーンスタイン株式会社 クライアント本部戦略ソリューション室長、兼DC推進室長]
シニア世代がリスクを取れる理由
投資家にとってのリスクとは?
前回は、人生90年超の現代において「長生きリスク」に対応するには、70歳まで働くことを前提として60歳以降のプランを立てる必要があると述べました。そして、より長く働くことで「人的資本」が増える分、金融資産では相応のリスクを取った積極的な運用をすべきだとアドバイスしました。
ただ、一般的には「投資期間が長い場合にはリスクを取るべき」と言われるため、投資期間が短いシニア世代に積極運用を勧める私の意見を奇異に感じる人もいるかもしれません。そこで、今回は投資期間とリスクの関係について詳しくお話しします。
一般的なアドバイスをもう少し詳しく述べると、「長期投資ではリスクが下がるため、長い投資期間がある人はリスクの高い運用を行うべき」となっている場合が多いのですが、この真偽を検証してみたいと思います。
注意すべきは、ここで言うリスクがリターンの標準偏差、つまりリターンの振れ幅のことで、下振れのみならず上振れ(非常に良い結果)もリスクと捉える点です。長期にわたって投資するとリターンの振れ幅を表す標準偏差が小さくなることを「時間分散効果」と呼びますが、これをいくつかの角度から検証してみます。
“年率”リスクと“累積”リスク
一般に標準偏差という場合、“年率”リターンのブレを指しますが、着目していただきたいのは“年率”という言葉です。ここでは株式を想定し、期待できるリターンが年率5%、年率リターンの標準偏差が20%、投資期間がN年の投資について考えます。今年と前年のリターンの間に関連性がないと想定すると、“年率”期待リターンはずっと5%ですが、「1年当たりの標準偏差÷ルートN」で計算される“年率”標準偏差は10年で6%、30年で4%と投資期間が長いほど小さくなります。したがって、“年率”という切り口では時間分散効果を確認できます。
しかし、個人投資家にとって大切なのは、投資期間中の“平均的な”リターンやリスクよりも、最終時点における資産額がどのくらいになるのか、またはその額がどのくらい変動するのかではないでしょうか。つまり、個人投資家にとっては、毎年のリターンを投資期間にわたって“累積”したもののほうが気になるはずです。
では、前出のケースにおける将来の“累積”リターンとその標準偏差を考えてみましょう。N年後の“累積”期待リターンは「1年当たりの期待リターン×N」、“累積”標準偏差は「1年当たりの期待リターンの標準偏差×ルートN」で計算され、“累積”標準偏差で見たリスクは10年後が63%、30年後が110%と投資期間が長いほど大きくなります。つまり、最終的な資産残高は投資期間が長いほど振れ幅が大きくなり、リスクは高くなるということです。長期投資になるとリスクが減少するという時間分散効果は“累積”では見られなかったということになります。“累積”リスクと投資期間の関係は、“年率”リスクとは逆の結果になってしまいましたね。
リスクは切り口によって異なる
このように標準偏差で見たリスクは“年率”と“累積”で異なる結果になり、時間分散効果の真偽はグレーな状態になってしまいました。そこで視点を少し変え、個人投資家にとってのリスクの感覚により近い「元本を下回る確率」と投資期間の関係を見たところ、「元本を下回る確率」は1年後が40%、10年後が21%、30年後が9%まで低下し、投資期間が長いほど低くなり、時間分散効果が確認できました。一連の結果からの示唆は、リスクをどの切り口から見るかによって答えは変わるため長期投資だからリスクが低いとは一概に言うことはできない、ということです。
ちなみに、現代投資理論ではリターンと分散(リスク(標準偏差)の2乗)で表現される効用関数を用いて最適な資産配分を決定しますが、投資期間の長期化に伴うリターンの増加(N倍)と分散の増加(N倍)は等しいため、式全体の関係性は変わらず、算出される最適資産配分も長期だからといって変わらないという結果となります。時間分散効果は長期投資のメリットとしてよく指摘されますが、実は、現代投資理論という学問の観点から見ても、投資期間が長いからといってリスクの高い資産配分が最適とはならないことは明らかなのです。
それでも相応のリスクを取るべき
では、投資期間の長さと投資家が取るべきリスクは無関係なのでしょうか。この問いに対する答えは、世代や働くかどうかによって変わってきます。
若年世代の場合、投資期間が長いだけでなく長期にわたって労働収入が見込めるため、人的資本が非常に大きいことが特徴です。人的資本は債券に近い特性があるので、これを考慮して資産配分を考えると、金融資産ではその分リスクを取れることになります。一方、シニア世代は若年世代と異なり投資期間をある程度長くできても、働かなければ人的資本はありませんので、長期投資だからといってリスクを取るべきと一概に言えません。しかし、シニア世代でも若年世代のように働いて人的資本を確保できるのであれば、相応のリスクは取れることになります。
大事なことは、長期投資だからリスクが取れるのではなく、人的資本があるからリスクが取れるという点です。シニア世代でも、働くことによってお金にも積極的に働いてもらうことができるのです。皆さんも是非、自分とお金の両方を上手く働かせることで、老後に備えていただきたいと思います。
今回の川柳
シニアでも 働くことで 積極運用
※本記事中の発言は筆者の個人的な見解であり、筆者が所属するアライアンス・バーンスタイン株式会社の見解ではありません。
http://diamond.jp/articles/print/26889
【第21回】 2012年10月26日
【真壁昭夫×浜矩子 特別対談】ユーロ後の世界経済を読み解く(上)
「ECBの国債買い入れは敗北宣言に等しい。
結局、ユーロ圏はこのまま空中分解する」
出口の見えない欧州債務危機が世界経済に暗い影を落とすなか、ECB(欧州中央銀行)は、無制限の国債買い入れを行なう方針を発表した。金融市場はおおむねこの発表を好感し、危機は一時和らいだかに見えた。しかし、それはあくまで対処療法に過ぎない。経済力も財政状況も違う国々を1つの通貨と金融政策で結び付けて発足したユーロ圏は、すでに制度疲労を起こしている。このような状況では、いつ空中分解を起こし、世界経済に未曾有の打撃を与えるとも限らない。ユーロ圏が立ち直れる可能性はあるのか。もしそれが叶わなかった場合、世界経済にはどんな影響が及ぶのか。国際経済・金融に精通する真壁昭夫・信州大学教授と浜矩子・同志社大学大学院教授が、「ユーロ後の世界経済」について語り合う。(対談コーディネート・記事まとめ/ダイヤモンド・オンライン 編集長・原英次郎、小尾拓也 撮影/宇佐見利明)
ECBの国債買い入れは敗北宣言
市場をぬか喜びさせる最悪の対応
ユーロの行方について議論を交わす真壁昭夫・信州大学教授と、浜矩子・同志社大学大学院教授。対談は9月に都内ホテルにて行なわれた。
真壁 欧州危機が世界経済に深刻な不安を与えています。中長期的なタームで見ると、おそらく危機の震源となっている欧州の統一通貨・ユーロは、今のままの姿ではいられないでしょう。今後、ユーロ圏が立ちゆかなくなった場合、世界経済はどんな影響を被るでしょうか。本日は、「ユーロ後の世界経済をどう見るか」について、意見を交換させてください。
先般、ドラギECB(欧州中央銀行)総裁が、中央銀行が一定の条件付きで1〜3年物国債を無制限に買い入れる方針を発表。これを好感して、欧州株をはじめ、米国株も日本株も一時値を戻しました。この決断は短期的にはインパクトがありましたが、中長期的なタームで見たときに、市場が期待する効果が得られるとは私には思えない。
理由は、国債買い入れと言っても、1〜3年物が対象なので、どちらかと言えばイールドカーブ(縦軸に金利、横軸に期間をとった利回り曲線)のショート・エンドサイドを動かす効果しかなく、長期金利を見据えたイールドカーブ全体を抑えることはできないからです。ぬか喜びだけで根本的な解決にはならないと思いますが、どうですか。
浜 その通りだと思います。市場は一時この決断を好感しましたが、私に言わせれば最悪の対応です。逆に、辛うじてショートエンドに留めたのがせめてもの救い。これでECBは、国債買い取り機関になり下がってしまいました。
浜 日本銀行もすでに買い取り機関化していますが、中央銀行がそういう体たらくになるということは、とりもなおさず、通貨圏が通貨圏として機能していないことの表れです。
これは、ECBがユーロに対して敗北宣言を出したのと同じ。今後、中央銀行が信用度の低い国債を購入するという形で不良債権を溜め込んで行くことでしか、苦しい理屈をこねてつくったユーロ圏を維持する方法がなくなるとすれば、ユーロはもうフラグメント(空中分解)していると言わざるを得ません。すでに存続不能なものを取り繕おうとするのは、最悪の選択。完全な敗北宣言ですよ。
ユーロの現状は「ラストリゾート」
崩壊したらインパクトは計り知れない
まかべ・あきお
経営学者、信州大学経済学部教授。専門は行動ファイナンス理論、投資理論 、金融工学。1953年生まれ。神奈川県出身。一橋大学商学部卒。76年第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社などに出向。その後、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長、同主席研究員などを歴任。2005年より現職。『下流にならない生き方』『行動ファイナンスの実践』『はじめての金融工学』『最強のファイナンス理論』『これからの年金と退職金がわかる本』など著書・共著多数。
真壁 今主要国がやっているのは、国債のマネタイゼーション(国債を現金化し財政赤字を埋めること)ですよね。要するに国債を現金と同等に扱っている。金融を安定化する上ではよいこととも言えますが、国債を現金化することは、中央銀行の本来の役目から逸脱している。バーナンキ・FRB(米連邦準備制度理事会)議長も、彼らの対応を「非伝統的」と評しています。
また、国債は中央銀行の債務なので、そのマネタイゼーションは永久に続けられない。財政状況が悪化している加盟国の国債をどんどん買って、不良債権を増やすことは、国が売った債務を中央銀行が肩代わりしているだけ。それこそ「ラストリゾート」です。近い将来それが崩れたら、かなり大きな衝撃になることは間違いない。
問題は、それがいつ、どういうタイミングで起き、どれくらいのマグニチュードになるのか。果たして、数ヵ月後なのか1年後なのか。
たとえば、ドイツなどの大国が反発を強めたりして、いよいよECBが今の政策を続けられなくなったとき、ある朝目覚めたら、ユーロがパッと急落していて誰もユーロを持ちたがらない状況になっているかもしれません。あるいは、そこまでドラスティックではないにせよ、ジリジリと衰弱が続き、歯止めがかからないかもしれない。どんな見通しを持っていますか。
トカゲの尻尾切りでは逃げ切れない
ユーロ崩壊は「ジリジリ、パッ」
はま・のりこ
経済学者、同志社大学大学院ビジネス研究科教授。専門は国際経済のマクロ分析。1952年生まれ。東京都出身。一橋大学卒。三菱総合研究所ロンドン駐在員事務所長などを経て現職。金融審議会、国税審査会、産業構造審議会特殊貿易措置小委員会等委員、経済産業省独立行政法人評価委員会委員、内閣府PFI推進委員会、共同通信社報道と読者委員会、Blekinge Institute of Technology Advisory Board メンバーなどを歴任。 『グローバル恐慌―金融暴走時代の果てに 』『ザ・シティ金融大冒険物語―海賊バンキングとジェントルマン資本主義』など著書・共著多数。
浜 「ジリジリ、パッ」というイメージですね。1971年のニクソショックと似た状況になると思います。ニクソンショックはそもそもポンド危機から始まり、次第に「これはドル危機ではないか」という認識につながって行った。それが「ジリジリ」の部分。そして、最終的にニクソンショックが起きた。これが「パッ」の部分です。
ユーロ圏の場合も、ギリシャなどの脆弱性がアタックされ、次にポルトガル、スペイン、イタリアを経て、本丸に迫ってくると思います。「パッ」のタイミングは、かなり近い将来、来るかもしれません。
足もとで、マーケットはECBの決断を評価していますが、何かのタイミングでいきなり過激なユーロ離れが起き、取引が停止される可能性もなくはない。ドイツでは、債務国に一方的にスネをかじられることについての不満が限界に達しています。
だから今や、ギリシャのユーロ離脱で事態を収拾するというシナリオを、あまり衝撃を伴わずに受け入れてもらうためのアリバイ作りの段階に入ってきている。そう考えると、もう「ジリジリ」の段階は過ぎている気がします。
真壁 では、実際何が起きると思いますか。まず、ギリシャ、キプロス、スロベニアのユーロ離脱までは織り込み済み。彼らにとっても、ユーロ圏に残るメリットはほとんどない。他の加盟国も「もう支えるのは嫌だ」と言っている。どだい彼らを残すのは無理でしょう。
私は、すぐにユーロの信認が急落するというより、まずこれらの国が離脱せざるを得ない状況になると思います。こうした見方はすでに既成事実化している。マーケットも織り込み済みという意味では、このシナリオが一番ショックが少なくてよさそうです。
浜 おっしゃる通り、まさにギリシャ、キプロス、スロベニアあたりは、「ユーロを離脱して当たり前だ」と思わせることに成功しています。ユーロ圏にとって、「トカゲの尻尾切りで逃げ切ろう」という魂胆であり、これも一種の敗北宣言と言えます。
浜 しかし、本当にそれで逃げ切ることができるのか、私は疑問です。現状はそんなに甘いものではない。これらの国の離脱があまりにも既成事実化し過ぎているために、反動は大きいでしょう。いざ離脱が行なわれたとしても、事態が好転しなければ、「何も変わらないじゃないか」という批判が世界から噴出する可能性が高いです。
そうした場合、クローズアップされるのはスペインでしょう。どう見ても、スペインを支えるのはもう無理。またそうなると、イタリアを支えるのはなおさら無理ということになります。
結局のところ、ギリシャはトカゲの尻尾というよりは「蟻の一穴」だった。ドイツなどの本音は、「スペイン、イタリアまで整然と出て行ってくれれば、何とかなるかもしれない」というものでしょうね。
よって、あまりダメージが大きくならないよう、南欧勢にユーロ圏から整然と出て行ってもらい、ドイツ、フランス、ベネルクス三国あたりが「ユーロ・バーション2」を立ち上げるといった落ち着きどころを模索している感じがします。「それができないならユーロに背を向ける」という段階まで、ドイツの考え方は煮詰まっているような気がします。
本音は債務国に出て行ってほしい
だけど「整然たる離脱」は難しい
真壁 ドイツの世論調査を見ても、6割以上の国民がギリシャをはじめとする債務国のユーロ離脱を望んでいます。ただし、彼らが「整然と」ユーロを抜けていけるかどうかが問題です。万一「整然と」抜けていけなければ、大きな混乱につながってしまう。
浜 ギリシャはともかく、スペインやイタリアなどの大国は、「整然」とは行かないかもしれませんね。特にスペインは、「中央対地方」という内政問題を国内に抱えている。いざユーロ離脱となれば、火種が噴出するでしょう。
イタリアも、過去に財政危機をリラの切り下げで切り抜けたことがありますが、足もとの政治・経済状況を見ると、「整然たる離脱」を政治がコントロールすることは無理でしょうね。
真壁 そこがポイントですね。たとえばスペインは、国内経済の規模もさることながら、大手銀行が南米に強くて融資残高が多い。スペインの銀行の財務体質がこれ以上悪くなると、南米経済にも悪影響を与えかねません。
しかし問題は、ここに至っても国内世論があまり深刻ではないし、自ら離脱を表明しようという兆しも見られないこと。また、これだけ景気が悪いにもかかわらず、VAT(消費税)を引き上げた。このまま行くと、スペイン経済はもっと悪くなり、欧州全体に影響を与えそうです。
債務国には覚悟も現状認識もない
ユーロに入ってむしろ不幸になった
浜 結局のところ、これらの国々は覚悟ができていない。現状認識が甘いんですよ。本来国家は、国民の生存権を維持するために色々なことをするサービス機関。一方、生活保護や雇用創出を行なってもらうことを前提に、国民は税金を払って国家を養っている。これは国家と国民の「契約」なのです。
ところが今やギリシャ、スペイン、イタリアなどは、ユーロ圏に入ったが故に財政危機に陥り、国家が国民に対して果たすべき責任を果たせない状況になっています。全くもって本末転倒ですよね。
だから、緊縮財政を容認できないという国民世論は、ある意味、極めて正当性があると私は思います。こういう根源的なところで、これらの国々は煮詰まってしまっているわけです。
真壁 そうですよね。そもそもギリシャ、スペイン、イタリアなどが自ら手を挙げてユーロに参加したのは、「国民がより幸福になれる」という希望があったから。ところが、そのユーロが本源的に欠陥のある仕組みだったことが不幸でした。それこそが最大の問題でしょう。
17もの国が参加しており、域内の経済格差が非常に大きい。そうして力のある国と力のない国が、同じ通貨を持っている。要は格差を内包したまま、ユーロで固定相場制をやっているようなものです。
たとえば、ギリシャの場合、自国通貨のドラクマがドイツのマルクに対して変動すれば、自国の経済力に応じて為替が変動し、少なくとも調整機能が働く。ところが、ユーロに入ったがためにそれがない。
金融政策と為替は域内共通なのに
財政は各国バラバラという矛盾
真壁 一方で国は残っているので、各国共通の金融政策と為替で運営されながらも、自国の財政主権は持っている。そんな状況で景気が悪くなれば、貿易赤字に陥り、どんどん借金が溜まって行く。貿易収支の赤字を資本収支で埋めるとなれば、ドイツのように経済が強い国には貯蓄が溜まり、経済が相対的に弱い国に借金が溜まっていくのは、自明です。
これが単一の国、たとえば日本なら、景気が悪ければ東京で上がった税収を公共投資で地方へ移転することができますが、ユーロ圏ではそれができない。とすれば、財政主権を放棄するしかありませんが、それは加盟国にとって容易に決断できることではないでしょう。
厄介なのは、こうした大幅な経常赤字の国は、一旦ユーロを出るともう戻れないので、国民を豊かにすることよりユーロに残ることの方を目的にしてしまうことです。
また、たとえ彼らが出て行くにしても、出て行かれる方まで痛みを伴います。出て行かれる方は貸したお金をどう処理すべきかに頭を悩ませるだろうし、経済体制がしっかりした国だけが残って、果たしてそれで今のままユーロ圏を維持できるかという不安もある。
こうして考えてみると、いくら域内で矛盾が表面化しても、堂々巡りを続けていくしかない。やはりユーロ圏の仕組みそのものが欠陥だったと思うのです。
浜 その通りです。今回の欧州危機も、起こるべくして起きたと言えますね。
真壁 結局、足もとでは、スペインやイタリアにこれ以上危機が延焼しないよう、どう食い止めるかにかかってきますが、残念ながら、火を食い止めるためのシナリオが描けるとは思えません。
浜 描きようがないですよね。私は、結局ユーロ圏はこのまま空中分解するしかないと思います。その場合のシナリオは、自分たちでソフトランディングを図るか、市場によって暴力的に分解させられるかですが、私は後者の可能性が高いと思います。
浜 たとえば、イタリアがアリバイづくりを上手くやって、幅広く納得を得られるような債務処理のスキームを現段階で示せれば、一定の道筋が見えてくるかもしれません。しかし、それは勇気のいること。ヘタなことを言うと、それだけでユーロ圏の空中分解を促してしまうリスクもあります。
単一通貨圏を維持するには、経済の収斂度を完璧にするか、所得移転のためのメカニズムをつくるか、2つに1つです。たとえば日本は、財政という所得移転装置があるから、経済実態の収斂度が完璧でなくても、円の単一通貨を続けていられる。財政が破綻すれば、やはり円の単一通貨圏を維持できなくなります。
同じように考えると、欧州は深刻です。ユーロの加盟国が経済の収斂度を高めることは非常に困難だし、それを補うために所得再分配装置をつくろうとしても、ドイツなどが猛反対するだろうから、これも無理。結局、どう考えてもユーロという仕組みを維持するのは難しい。
矛盾は最初からわかっていた
世界の厄介者・ユーロはどうなる?
真壁 我々をはじめ、こうした問題はユーロ圏ができたときから誰もがわかっており、指摘してきました。ある程度の経済知識があれば、無理な仕組みであることは誰にでもわかるはず。にもかかわらず、なぜこんな仕組みが維持され続けているのか。
各国のカルチャーが違い、言葉も違い、食べる物も違う。そういう状況で財政の所得移転の仕組みをつくらずに、どうやって経済の収斂度を高めるというのか。
私がすごく懸念しているのは、ここに至ってもユーロ圏の国民の危機感が薄いことです。たとえば、ドイツの人たちと話すと、「投機筋が金融市場で勝手気ままに闊歩しているだけに過ぎないので、規制を強化すればいい」と考えている人が多い。これは、本質を見つめずに宗教を信じることに似ています。
ソフトランディングができずに、ユーロの信任が失墜すれば、冗談ではなく投機筋の売り浴びせによって通貨の暴落が起きます。そうなれば、売り浴びせる側に対して、多勢に無勢で向かっていっても勝てない。イングランド銀行だって、ジョージ・ソロスに負けている。おっしゃる通り、市場がある日突然、暴力的に現状を是正しに来る可能性は高まっています。それにどう対処するか。そのときに金融市場はどうなるのでしょうか。
浜 そうですね。世界経済にとってユーロという厄介者がいなくなることは、ある意味いいことだとも思います。しかし、もしユーロが崩壊すれば、やはり為替市場、株式市場、債券市場の大混乱は、避けられないでしょう。
ニクソンショック時との大きな違いは、市場のグローバル化とリアルタイム化がものすごく進んでしまっていること。それに耐えるには、どこまで中央銀行間の協調が機能するかにかかってきます。
逆に、そういう状況では、ユーロ圏の中央銀行がまともな状態でまともに機能していることがポイントになる。しかし彼らは、単なる国債買い取り機関に成り下がり、伝統的金融政策と違うことをやっている。状況は非常に厳しいです。
真壁 おそらく話にならないですよね。そのうち、ユーロ圏に止まらず世界中の金融市場に危機が迫る。世界の中央銀行は手を取り合って、インパクトを最小限に止めるオペレーションをするはずですが、彼らは基本的に金融政策しかできない。債券や株式などの金融資産が売り浴びせられる中、何ができるのか疑問です。
ユーロが崩壊すれば世界恐慌に
各国は「金融鎖国」に走りかねない
浜 結局、「非伝統的」などと言いながらも、やれることは伝統的な政策しかないですよね。ただ、やれることはやったとしても、1929年に発生した世界恐慌の何十倍、何百倍もの大混乱に陥ることは避けがたい。
その後は、各国は規制をものすごく厳しくして「金融鎖国」をするでしょう。非常時の常套手段ではありますが、それを短期ではなく恒常的に行なう可能性もあります。ユーロ圏の崩壊は、世界にそういう状況をつくり出す恐れもあります。
真壁 金融鎖国ですか。そんなことが本当にできるのでしょうか。
浜 効果的にできるか否かは別ですが、問題は各国がそういうスタンスを取らざるを得なくなるであろうこと。そうした動きがグローバル金融を分断すると、自国からはそれなりにグローバルなアクセスができても、外の人は自国に入れないという、ぎくしゃくした状態になってしまうかもしれません。
*【真壁昭夫×浜矩子 特別対談】ユーロ後の世界経済を読み解く(下)は、11月2日(金)掲載予定です。
http://diamond.jp/articles/print/26898
2012年10月25日[橘玲の日々刻々]
30年前、プロ野球のガイジン監督に対する日本人の「民度」はこんなものだった
これは今から30年前に、プロ野球史上、実質的にはじめての外国人監督となったドン・ブレイザーの物語です。
一流の大リーガーだったブレイザーは35歳で日本に渡り、野球選手としてのキャリアを南海ホークスで終えたあと、日本が気に入ってそのまま家族とともに神戸で暮らすようになります。選手兼監督だった野村克也の下でホークスのコーチなどをしていたブレイザーに目をつけたのが、球団史上最悪の成績で最下位になり、ファンから非難の嵐を浴びていた阪神タイガースでした。球団のオーナーは、ショック療法として外国人監督の招聘を決意したのです(経営破綻の危機に陥った日産がカルロス・ゴーンを社長に迎えたのと同じです)。
1979年、ブレイザーの率いた新生タイガースは目覚しい復活をとげ、9月まで優勝戦線に踏みとどまり、ライバルのジャイアンツに一方的に勝ち越します。観客動員は150万人を超えて球団史上最高を更新し、ブレイザーに対するファンの支持は70%を超えました。
しかし翌年になると、様相は一変します。きっかけは、タイガースに鳴り物入りで入団した岡田彰布と、ヤクルトから解雇された外国人内野手を競わせたことでした。ブレイザーは岡田の天性の資質を認めながらも、いきなりプロ野球で130試合プレイするのはリスクが大きいと判断します。しかしタイガースファンとスポーツ新聞は、ブレイザーがポンコツの(お払い箱になった)外国人選手を優遇し、日本人の有望な若手を差別していると激怒したのです。
この対立はブレイザーが岡田の起用にあくまでも慎重だったことでさらに激化し、ある週刊誌は、「ブレイザーは外国人選手から賄賂を受け取っているから使わざるを得ないのだ」と事実無根の記事を掲載しました。さらには、後楽園球場で行なわれた巨人戦の後、暴徒と化した一部のタイガースファンが、ブレイザーと選手の家族(それも妊婦)の乗ったタクシーを取り囲み、「アメリカへ帰れ!」「ヤンキー・ゴー・ホーム!」「死んじまえ!」などと車に拳を叩きつけながら叫ぶという騒ぎになります。
ブレイザーの元には毎日のように脅迫やいやがらせの手紙が送られてきて、なかには「お前もお前の家族も殺してやる」というものもありました。今ならどれも大問題になる事件ですが、当時は新聞も週刊誌も一切報道しませんでした。
追いつめられたブレイザーは、阪神のフロントと対立して辞表を出すことになります。それについてあるスポーツ新聞は「合理的精神の持ち主であるアメリカ人の監督にはやはり日本人の考え方が理解できなかった」と書き、セリーグの会長は「ガイジン監督は、やはり日本の野球には合わないと思います」とコメントしました。またブレイザーの後任となった阪神の監督は、「結局のところ、日本人の心をわかることのできるのは、日本人しかいないと思う」と記者会見で発言しました。
日本人の「民度」も、30年前はこんなものだったのです。
後年、日本での体験を聞かれてブレイザーはこう答えます。
「すべての時間が、わたしにとってかけがえのない経験だったと思う。もっと日本で、監督を続けたかったよ……」
私たちは、あの時からすこしは成長できたのでしょうか?
参考文献:ロバート・ホワイティング『和をもって日本となす』
『週刊プレイボーイ』2012年10月15日発売号に掲載
(執筆・作家 橘玲)
<Profile>
橘 玲(たちばな あきら)
作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 至高の銀行・証券編』(以上ダイヤモンド社)などがある。最新刊『憶病者のための裁判入門』(文春新書)が発売中。ザイオンラインとの共同サイト『橘玲の海外投資の歩き方』をオープン。
海外投資実践マニュアル9 香港3 HSBC香港上海銀行プレミア 海外投資実践マニュアル5 シンガポール DBS/HSBCシンガポール/フィリップ証券/フィリップ・フューチャーズ »マニュアル+本をもっと見る
[橘玲の日々刻々] 30年前、プロ野球のガイジン監督に対する日本人の「民度」はこんなものだった[2012.10.25]
[橘玲の日々刻々] 日本の民事訴訟の7割が本人訴訟[2012.10.19]
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http://diamond.jp/articles/-/26934
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