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“プチ高所得者”の没落 見栄とプライドが招く「貧乏スパイラル」 二極化は新たなフェーズ
2012.10.8 15:15
一見、華やかそうなアッパー・ミドルの生活であるが、内情は火の車というのが実態だ。実はいま私たちが真に学ぶべき生活設計の知恵は、ロウアー・ミドルの生活のなかにある。
「二極化」--。富める者と、貧しい者との格差拡大を象徴する言葉として定着してから久しい。そしていま、この二極化は新たなフェーズに入りつつある。
公務員や一部の大企業の社員など、2008年秋のリーマン・ショックの荒波をダイレクトに受けず、大きな賃金ダウンに見舞われなかった人たちがいることは確か。なかには「5000万円以上していた都心のマンションの価格が20%以上も下がっている。この機会に購入しようかと思うのだが」と相談にくる人もいるくらいだ。
その一方で全世帯の22.2%は貯蓄がなく(図1参照)、いつ家計が破綻するかわからない綱渡り状態なのだ。これが「収入はない」「年収300万円未満」のロウアー(低所得者層)の話ならまだしも、「1000万〜1200万円未満」のクラスで6.6%、つまり15世帯に一世帯が貯蓄ゼロ。さらに「1200万円以上」の世帯でも6.0%が無貯蓄というのだから、驚くばかりである。
もっとも、1万世帯以上の家計診断を行ってきた私の感覚でいうと、年収800万〜1500万円の世帯はアッパー・ミドル(上位中所得者層)のポジションにすぎない。世間一般の見方からすれば「裕福な家庭」となるのだろうが、仮に貯蓄があっても100万円、200万円ということがザラ。このアッパー・ミドルには40代、50代のビジネスマンが多く、子供の教育費、住宅ローンの返済などの負担が大きくのしかかっており、台所事情は決して楽ではない。
実はいま、そんな中高年のアッパー・ミドルの一部が“貧乏スパイラル”の罠にはまり込んで、ロウアーへ没落しつつある。フリーターやニートに代表される若年ロウアーの厳しい現実は何ら改善されない一方で、新たなロウアー予備軍として、アッパー・ミドルの転落組が生まれ始めた。これが、先に指摘した二極化の新たなフェーズにおける構造変化の大きな特徴なのだ。
そんなアッパー・ミドルのつまずきの第一歩が何かというと、ボーナスの大幅ダウン。基本給に手をつけることは労働法で定められた「労働条件の不利益変更」に当たるため難しい。そこで会社は業績に連動させる形でボーナスをカットしていく。図2は日本経済団体連合会がまとめた大企業のボーナスの推移で、2009年夏、冬ともに対前年比で15%以上の大幅ダウンとなっている。
しかし、これはあくまでも平均妥結額で見たもの。アッパー・ミドルはもともとボーナスの支給額が大きいだけに、同じ15%の率でもカットされる絶対額は膨らむ。私のところに相談にきたアッパー・ミドルのなかには「ボーナスがカットされたうえに残業代もなくなって、年収が200万円もダウンした」という夫婦が少なからずいる。
では、これから景気が回復すればアッパー・ミドルの年収が元に戻るかというと、そうは問屋がおろさない。かつての年功序列型賃金の影響が尾をひき、いまでも彼らの年収は実際の働き以上の水準にある。会社サイドとすれば、これから会社の屋台骨を支えていく20代、30代を厚遇したいと考えるのは自明の理。そのおこぼれを期待することすら難しくなっている状況なのだ。
それでも会社に自分のポストがあるのなら、まだ恵まれている。なぜなら彼らアッパー・ミドルに対するリストラ圧力は、決して弱まることはないからだ。2009年、大手百貨店が50歳以上を中心に退職金の割増額を最大2000万円にすることを条件に早期退職者を募ったところ、社員の4分の1もが応募して話題になったことは、まだ記憶に新しい。
しかし、そうした好条件に応じたとしても、これまで通りの生活が維持できるかどうかははなはだ疑問である。40代、50代で同じような年収を保証してくれる職など、目を皿のようにして探しても、まず見つからないだろう。そうやって無職のまま1年間を無為に過ごしただけで、割増分の退職金の大半を食いつぶしてしまう。後はロウアーの仲間入りに向けて、貧乏スパイラルの坂道を一気に転げ落ちていくだけなのだ。
そうした没落していくアッパー・ミドルに共通している点が、割り切りのできない“プチ高所得者”であるということだ。「少しお金に余裕ができたから」といっては、湧き上がる欲にまかせて買い物を繰り返す。その結果、教育費や住居費を除いた月の生活費が40万円以上という家庭も多い。そして一度味わった甘い生活を「フツーの生活」と錯覚してしまい、年収がダウンしても生活水準を切り下げる割り切りができなくなる。
普段の生活のなかでお金に対する感覚がルーズな彼らだけに、仮に貯蓄があってもその金額は想像よりもはるかに低い。貯蓄額を尋ねて返ってきた答えが「100万円」ということすらある。生活を切り詰めなければ、あっという間に消えてしまう“雀の涙”程度の蓄えしかない。それにもかかわらず妙なプライドが邪魔をして、自分たちが置かれた厳しい現実から目をそむけようとする。
たとえば男性の場合、マイカーを手放すことを嫌がる。マイカーといっても、所詮はプチ高所得者なので贅沢しようにも限界がある。ベンツやBMWなどの高級外車は“高嶺の花”で、フォルクスワーゲンやプジョーなど海外市場では大衆車クラスに乗っていることが多い。
それでも買えば300万、400万円はするが、その維持費も意外とばかにならない。外国製の精密な電子部品がいくつも組み込まれており、車検や定期点検で交換すると数十万円が飛んでいく。本来は軽自動車に買い替えてもいいところだが、「ご近所の目もある。オレに相応しい車は最低でもこのクラスだ」といって頑として譲らない。
一方、妻も知らぬ間に浪費を重ねていることが多い。特に子供の教育に関するものが大きい。プチ高所得者の場合、私立学校へ進学させていることが多く、公立学校とくらべて月謝が高かったり、寄付金や施設費などの出費がかさむことはもちろん、親同士の交際費が意外とばかにならないのだ。
実は、それより何より真っ先に見直すべきものが住宅ローンである。06年から08年にかけて都心でちょっとしたマンションブームが起きた。東京の湾岸エリアに30階、40階建てのタワーマンションが林立し、5000万〜8000万円クラスの物件をプチ高所得者たちがこぞって購入していたのだ。
しかし、身の丈以上のマンションを購入していた可能性が高い。それというのも、賃金の伸び率が横ばいで推移していたのにもかかわらず、住宅ローンの貸出残高が前年比2ケタ以上伸びているから(図3参照)。つまり、この時期にマンションを購入したプチ高所得者は、自分の賃金に見合わない高いバブリーな物件に手を出した公算が大きいのだ。
実際、家計が苦しくなって相談にきたケースで、額面年収の800万円に対して、住宅ローンの年間返済額が250万円ということがあった。「余裕のある家計を実現したいのなら、住宅ローンの年間返済額は年収の20%以内」というのが、家計診断の経験から弾き出した私独自の基準だ。この場合、家計を圧迫しているのは明白。返済期間を延長して毎月の支払額を減らすにしても、「75歳までに完済」といった年齢条件に引っかかったりして限界がある。思い切って売却し、安い賃貸に住み替えるのが賢明だ。
しかし、ここでも妙なプライドが邪魔をして、正常な判断を下せない。「賃貸物件に引っ越したなんて学校で知られたら、子供が何ていわれるかわからない」
「ローンの返済と変わらない金額の家賃を払うのだったら、このまま住んでいてもやりくりは同じ」といって、固定資産税や管理費、そして高い利息をせっせと払い続けることが少なくないのだ。
水面下では自己破産する人も増えている。そうした悲劇を避けるためにも、「自分は割り切りのできない高所得者かもしれない」と思い当たるアッパー・ミドルがいたら、いますぐ家計見直しの手を打つことをお勧めする。(家計の見直し相談センター 藤川太 構成=伊藤博之 撮影=平地 勲、南雲一男)
家計の見直し相談センター 藤川太 1968年生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。自動車メーカー勤務を経て、ファイナンシャルプランナーとして独立。『サラリーマンは2度破産する』『貯まる!資産3倍手帳』など著書多数。
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