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「日本の農業に、正しく絶望しましょう」
神門善久・明治学院大学教授インタビュー
2012年10月19日(金) 広野 彩子
最近、神門教授は『日本農業への正しい絶望法』(新潮新書)という本を出された。かなりショッキングなタイトルだが。
神門:昨今、農業論議が華やかだが、ほとんどの人が農業問題の本質というのが分かっていない。そもそも農業自体が分かってない。農業の定義って分かります?
農産物を作ることではないか。
神門:農産物というのは食用動植物だ。世界中どこを探しても、野菜なり米なりを自分の体で作る人間はいない。人間が光合成するわけではないのだから。農業の主人公はあくまでも動植物だ。ところが、巷で「識者」の顔をして農業問題の解説をしている人の中で動植物の生理がわかっている人がどれだけいるのだろうか。農業の本質はものすごく単純かつ深刻だ。それは日本の耕作技能が崩壊の危機に瀕しているということにほかならない。
農家の腕がどんどん落ちている
今、野菜の栄養価がどんどん落ちて、収量変動も大きくなっている。これは農家の腕が落ちているせいなのに、それが分からない人があまりにも多い。
神門善久・明治学院大学経済学部教授
耕作技能が低くても、気候に恵まれればそれなりに収量はとれる。しかし、下手くそな農家は食用植物を健康的に育てられないので、栄養価も低いし、ちょっとした気候変動にも脆弱になる。
技能がなくなっているというのは、技能伝承が途絶えているということか。
神門:今、社会が寄ってたかって農家に技能を学ばせないようにしている。僕はこれを川上問題、川下問題と言っている。まず川上問題は農地利用の乱れだ。識者の方々は農地法の規制が厳し過ぎるという言い方をするが、これは2つの意味で間違いだ。
まず第1の間違いは、農地法を過度に重要視している点だ。農地に関する法律は農地法以外にたくさんあり、農地法は、農地に関するいろいろな規制の中ではおそらく4分の1程度の重要度しかない。だから農地のことは農地法だと思っている時点で不勉強丸出しだ。
第2の間違いは、「規制が厳しい」と言っている点だ。規制なんて有名無実化している。今は、産業廃棄物業者だろうが何だろうが、誰だって農地を持つ方法がある。諸規制を公然と無視して勝手に農地に家を建てる人もいる。耕作放棄は、高齢化でも低い米価のせいでも何でもない。単純に不在地主、土地持ち非農家のせいだ。
今、耕作放棄地の半分は土地持ち非農家のものだ。彼らは営農の意欲も能力もないが資産として保有する目的で農地を持ち続ける。そしてどこかが耕作放棄すると、まるでドミノのように周囲の耕作放棄が拡大していく。自称改革派の人たちは「やる気のない人間は放っておいていい人間だけ伸ばせばいい」と言うが、それはイメージ論に過ぎない。隣の農地がやる気のない人間によって耕作放棄されたら、どんなに耕作技能のある人がいても、営農意欲をそがれる。耕作放棄地は害虫の巣窟になって周りに伝播するからだ。
害虫が来るからと除草したら逆に不法侵入で訴えられる。あるいは財産を汚したと賠償請求されるかもしれない。打つ手なしだ。こんな状況でまじめにいいものなんか作る気になれない。だから私は「平成検地」をすべきだと言っている。つまりまず、誰がどういう農地の使い方をしているのかを確定するところから始めなければいけない。
川下問題は消費者が、良いものと悪いものの区別がつかない点だ。日本の農産物は高品質、安全なんてウソで、これもイメージ論だ。客観的事実としては、残留農薬でも残留成長ホルモンでも日本の基準は先進国の中で最もあまい部類に入る。安全性の問題は多々ある。例えば発がん性が疑われる防腐剤のソルビン酸カリウムなんてものを平然と使っている。
日本人は本当に舌が肥えているのか?
しかしさらに深刻なのは、日本人は舌が肥えているとか、日本の農産物は安全、安心だなどと思い込んでいる人が多いことだ。そして欧米人は味オンチだ、と決めつける。
人間は、相手が敏感で自分が鈍感な部分というのは無視するという悪い癖がある。例えば、日本人の中でチーズの種類をきちんと言い当てられる人が、どれだけいるだろうか? 僕らが小学校のころはスティックチーズで育ったから、細かいことを指摘されても何のことか全然分からない。しかし欧米人だったらいくつも種類を言い分ける。少なくとも乳製品については日本人よりも敏感だろう。にもかかわらず「日本人は味に敏感だけれど、あいつらは味音痴で安全、安心の管理もできない」というようなことを言っている。これは驕りなのではないか。
それから、価格と品質がほとんど連動していない点も問題だ。例えば1キロ3000円で売られる、日本で一番プレミアムが高いように思われるお米と聞いたら、どんなものだと思うだろうか。
1キロの値段としてはかなり高いが、特別栽培のブランド米だろうか?
神門:「初音ミク米」だ。昨年のコミックマーケットで売られていたのを確認した。ギャル米だとか、シブヤ米だとか、献上米だとか、話題性で高値がついているのだ。そうなってくると、高値を維持しようとしてますます話題づくりやイメージ戦略ばかりに血眼になってしまう。
僕のところにはきちんとした農産物を作る農家がいろいろな農産物を送ってくれるが、普通の農産物とは全然できが違う。品質のいいタマネギは、むいたって涙は出ない。いいお米も、おかゆにしても粒が崩れない。でも、そういう高品質でおいしいもののよさが分からない消費者が多すぎる。それは、耕作技能に長けた農家さんは、総じて顔写真だの能書きだのといったイメージづくりに、力を入れたがらないからでもあるだろう。
耕作技能に長けた農家さんは植物との会話に一生懸命なのだ。学校にたとえると、「子供」との会話に一生懸命な「先生」のようなもの。マスコミ対策を喜々としてやっている先生とは全く違う。子供との時間を大事にする先生に、あなた方も今の時代に必要だからマスコミ対策を優先しなさいなんて言うのは本末転倒だろう。だから、悪いのは、イメージに頼りすぎる消費者だろう。
僕は、日本の農業にあるのは「正しい絶望」だと思う。でも絶望することは、決して悪いことではない。状況としてはもう相当苦しい、悲観せざるを得ない。僕はそのありのままの農業を見て、皆さんにもっと自覚してほしい。農業を議論する人は、きちんと味を判別できる舌を持っていてもらいたいし、動植物の生理についてもある程度は分かっていてもらいたい。農業に携わる人は、植物を愛する気持ちを持つべきだ。
能書きや演出に走るのは、動植物に対する愛情がないからだ、と思う。たとえばアイガモ農法なんてかわいそうでしょう、アイガモさんが。アイガモなんて本来、水田で暮らすような動物ではないのだから。いつイタチに襲われるかも分からないし、本当にかわいそうだ。
大規模化した農業が倒産する方が深刻
農業の生産性向上のために大規模化を言う識者もいる。
神門:大規模か小規模かなど問題ではない。第一、今は大規模農業が倒産した時の方が深刻だ。大規模経営の農家が経営破綻すると、何十ヘクタール、下手すると100ヘクタールぐらいほったらかしにされることになるからだ。実際そういうケースが出てきている。さらに、耕作技能を持っていない者が大規模化したら大変なことになる。素人が何年やってもだめだ。マニュアル依存型農業を何年続けても、技能なんて身に付かないのだから。
それに技能集約型農業は雇用を生み出すが、大規模化はそのまったく逆だ。普通の産業であれば、合理化を図るときは、費用の削減をするだろう。同じように、農業でも自分で資材を作ればいい。技能向上にもつながり、動植物の生理を考える機会になる。僕が知っている農家は、たった3ヘクタールで、普通の成人3人の雇用を吸収しきっている。だから生産性を高めるためには、いいものを作れば評価されるという状況をつくらないといけない、そこに尽きる。
いいものを作れば評価される状況を、官民と生産者、消費者が総出でつくっていかないということか。
神門:農業では、改善が必要な点が「官」よりも「民」の部分に多いのが特徴だ。舌がだめになったのは消費者。農地利用が乱れているのは、(土地持ち非農家だけでなく)都市住民も同罪だ。建築基準法違反なんて当たり前にやっている。農家からすると、何で俺たちだけがきちんとしないといけないのだということになる。川上問題も川下問題も、問題を起こしているのは市民自身だ。
本来は、日本が「技能」の発信基地になるべきだ。これからは異常気象も増えてくる。気候変動の時代にワンパターンな農業は怖い。例えばGMO(遺伝子組み換え作物)自体はそんなに怖いものだと思わないが、GMOとセットになって農業がマニュアル化していく方が、僕は怖い。
GMOを扱うことにより、病害虫対策の作業がパターン化されてしまうことが、突然変異や新しい病気の出現に対する対応力を失う原因になっていくと。
神門:害虫駆除のためにGMOを開発して、それに合致した農薬をメーカーが開発する。最初は農薬が効くが、やがて新たな病害虫が出て、それに合わせて新たなGMOと新たな農薬を設計する。こうして際限のないマニュアル化路線に入っていくことにつながる。
また、農業の発展とは、農業生産額ではない。農業生産額が世界で第5位だと言って日本農業を賛美する声もあるが、国境で守られて農産物に高値がついているだけとも言える。
農業が生む付加価値額より保護のコストの方が多い
日本は農業が生み出す付加価値額よりも農業の保護にかかる額の方が多いという事実がある。作れば作るほど国民所得が減ってしまうのである。いい動植物を育てる、これが農業の発展だ。別に農業者が若いから、年寄りだからでもない。年を取っていても、器量が悪くても構わない。要は農業に携わる人がしっかりした農産物を育てる技能を磨いていけばよい。日本の農業はそういう場所であるべきだ。さらに、若者の就農をむやみにちやほやするのはおかしい。年齢が若いほどいいのは、水商売ぐらいだろう。
量を重視する理由として自給率不足をあげる人がいるが、食糧危機が食糧の絶対量の不足で起きることはあり得ない。日本では人口増加率が下がっている。第一、今、肥満人口の方が多くて、メタボの心配をしているくらいではないか。飢餓が起こる理由は、単純にお金がないからだ。例えばリーマン・ショック直後は世界的に空前の大豊作だったが、飢餓人口は増えた。
なるほど。そういえば、戦前に大凶作があった。あのケースは違うのか。
神門:1930年代の東北大冷害のときも食糧の絶対量が不足したわけではない。当時は産米増殖計画と言って、朝鮮から大量に安い農産物を流入させていたので、農村が経済的に疲弊していたというのが問題だった。また第一次大戦直後に米騒動があったが、戦間期は総じて農産物の価格が安いときだった。
大本の原因は不況だったということか。
神門:絶対量の不足で飢餓が起こることはまずない。途上国のように所得が少ないか、あるいは貯蔵と流通に問題があるかだ。貯蔵と流通に何が必要かといったら、化石エネルギーだ。だから我々は化石エネルギーの枯渇で死ぬことはあるだろう。でも人々は化石エネルギーの話はしたくないから、食糧危機という話に逃げてしまうのだ。
環境保全という点で見ても、あるいは無理なく穀物を作るようにするという点でも、日本が、過去40年の間に叩きつぶしてきた耕作技能は、これからの将来のためにこそ必要なものだった。しかし農業ブームがその崩壊を加速させて、ますます耕作技能がいらないということになった。ますます高品質なお米よりも初音ミク米の方が売れるということになり、マニュアル農業がヒーローになってしまった。
技術はマニュアル化できるが、技能はマニュアル化できない。製造業と同じだ。製造業も戦後に町工場のおっさんたちが、素晴らしい技能をつくり出した。彼らがいたから、トヨタやパナソニックがあそこまで大きくなれた。彼らの技能がなかったら賃金が安いところで作る方がいいに決まっている。
現世の利益だけを考えていてはいけない
そうした技能を今、我々が失いつつあり、まだそこにあっても見向きもされないというのはとても残念なことだ。土づくりは一般に田んぼで5年、畑で10年という言い方をするが、腕のある農家でも5年、10年かけないと土づくりはできないと言われている。だから技能を身に付けようと思ったらさらに時間がかかる。このままでは我々の世代で技能が消失してしまい、将来世代に大きな負の遺産を押しつけることになる。しかし今生きている人の利益だけを考えると、開き直られたら終わってしまう。
つまり、初音ミク米が高くても満足しているからいいじゃない、と言われておしまいであると。
神門:いい農産物をきちんと評価して、日本の農業を再生するべきだ。それにはまず安心して農業に打ち込めるような土地利用の実現が重要だ。自分の土地をどう使おうと自分の勝手だなどと、そういう「民主主義の勘違い」が横行しすぎている。
量的拡大ではなく、よりよい農産物を作ることこそが農業の発展だ。技能を磨けば競争力強化にもなる。日本の優れた堆肥の技能などはきちんと海外に移転したら、世界への貢献にもなるだろう。
広野 彩子(ひろの・あやこ)
日経ビジネス記者。1993年早稲田大学政経学部経済学科卒業後、朝日新聞社入社。阪神大震災から温暖化防止京都会議(COP3)まで幅広い取材を経験した後、2001年1月から日経ビジネス記者に転身。国内外の小売・消費財・不動産・保険・マクロ経済などを担当、『日経ビジネスオンライン』、『日経ビジネスマネジメント』(休刊)の創刊に従事。休職してCWAJ(College Women’s Association of Japan)と米プリンストン大学の奨学金により同大学ウッドローウィルソンスクールに留学、2005年に修士課程修了(公共政策修士)。近年は経済学コラムの企画・編集、マネジメント手法に関する取材、執筆などを担当。
ニッポン改造計画〜この人に迫る
日経ビジネス本誌10月1日号でお送りする特集「ニッポン改造計画100」で政策提言をいただいた識者へのロングインタビューシリーズ。誌面では語りきれなかった政策提言の深層を聞く。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20121012/238002/?ST=print
【第127回】 2012年10月19日 桃田健史 [ジャーナリスト]
国内メーカー“九州シフト”の裏側を探る
日本製造業の空洞化を防ぐ「最後の砦」九州自動車産業の実態【前編】
「九州シフト」が進むなか
国内各社から新たな動き
下関、唐戸市場埠頭より関門橋を望む Photo by Kenji Momota
「そうだ、九州へ行こう!」
9月後半、九州へ取材旅行に出た。
目的は、『自動車産業の九州シフトの実態』を探るためだ。取材地は、北部九州と呼ばれる福岡県と大分県。ここに九州の自動車産業が集積している。
今回、福岡県内では福岡市、宮若市、北九州市、京都郡苅田町、大分県では中津市などの行政機関、自動車生産拠点、海上物流拠点を巡った。またその合間に、九州電力の発電所等を訪れ、九州のエネルギー実情も個人的に学習した。
九州に行く準備を始めたのは8月中旬〜後半。筆者はアメリカでシェールガスの各種取材をしていた。ちょうどその頃、日米のメディアや自動車業界関係者らを通じて、九州に関する様々な情報が入ってきた。
・日産が新型小型車「ノート」を発表。世界生産台数35万台、そのうち日本国内生産は12万台を目指す。生産は日産自動車九州(福岡県京都群苅田町)。同車ラインオフ式では、サプライヤー各社も集まり皆で、「がんばろう」の掛け声を上げた。(各種報道)
・ホンダは2012年10月1日付けで、二輪R&Dセンター(埼玉県朝霞市)から技術者・購買関係者等の約270人が熊本製作所(熊本県菊池郡大津町)へ転属。同社の二輪開発と製造が完全融合したカタチに。(各種報道)
・ダイハツ九州(大分県中津市)の久留米工場(福岡県久留米市)でエンジン生産を増強の可能性あり。(自動車業界関係者)〜その後、9月6日に広報発表〜
・トヨタが南海トラフ地震対策で、太平洋に面する渥美半島の田原工場(愛知県田原市)の周辺に防潮壁を設置する模様。(同県関係者)
こうした地震・津波に対するリスクヘッジとして、車種は違うが同じくレクサス生産するトヨタ自動車九州への一部移管も考えられるのではないか?(自動車業界関係者)
また、九州と言えば、本連載第3回、第4回で福岡県の水素戦略について記事化した。これらの取材の際、こちらとしては水素について聞きたいのだが、麻生渡元県知事は自身の肝煎りである“北部九州自動車150万台先進生産拠点推進会議(2003年2月設立)”と“高齢者にやさしい自動車開発プロジェクト”について熱く語っていたことを思い出す。その“150万台構想”は、2011年時点で生産能力が154万台を突破。高齢者向け車両は、国土交通省が進める“二人乗り超小型モビリティ”へと結びついてる。福岡県としてはこうした各案件を今後、どう進化させていく気なのか?
「最近ご無沙汰していた九州。どうもいろいろ新しい動きが起こっているようだな」
そう感じた筆者は、9月後半、日本発欧州への取材の一部を変更し、九州に行くことを決めた。
「九州シフト」の
基本的な流れを知る
旅の準備として、自動車業界での九州の位置付けを確認しておきたい。
自動車製造拠点 全国分布図。日本自動車工業会HPより
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日本自動車工業会がまとめた自動車メーカーの国内製造拠点の分布図がある。
これを基に、経済産業省がリーマンショック前、2007年時点で推定した各地の生産台数は以下の通りだ。
東北・約32万台、関東・約383万台、中部・約397万台、近畿・約74万台、中国・約156万台、そして九州が113万台万台。
これらの数字はリーマンショックを機に変動した。一旦、全体的に目減りしその後、V字回復。そして2011年の東日本大震災、タイ大洪水を経て、日本国内各地と仕向け地(海外販売先)へのリスク分散化の動きが加速。また国内市場が軽自動車・小型車・ミニバンなどで低価格化が進むなかで、日本国内製造維持のためのコスト削減の動きも加速した。さらに最近では、南海トラフ地震と東京直下型地震への危機感も加わった。
結果的に日本国内の生産地は、リーマンショック前と比較して、関東から九州、中部から東北、近畿から九州などの動きが進行した。
経済産業省・九州経済産業局が入る、福岡合同庁舎本館(福岡県福岡市博多区) Photo by Kenji Momota
九州での生産台数を全国シェアで見ると、1999年の5.1%を底に、その後は右肩上がりを続け、2009年に11.2%、2010年に12.2%、そして2011年は14.3%(生産台数132万台/生産能力154万台)となった(経済産業省・九州経済産業局調べ)。また、本年9月時点の実績を踏まえると、2012年の生産台数は150万の大台を超えることが確実視されている。
この150万台という数字、世界市場にあてはめてみると、九州単独で世界第12位となる。トップは中国、2位以下は『九州を除いた地域の日本』、ドイツ、韓国、インド、アメリカ、ブラジル、フランス、スペイン、ロシア、メキシコ、その次が九州だ(各国台数はOICA/世界自動車工業会資料より)。
出荷額では九州の自動車産業は3兆円。これは九州全体の製造業工業出荷額21.3兆円の14.3%となる(2010年工業統計より)。
このように近年、着実に『九州シフト』が起こっている。だがここへきて、様々な課題も出てきた。それについて、経済産業省・九州経済産業局がまとめた『九州における自動車産業の概要』では、『見通し』の項目で次のように記載されている。
日本全体でみると自動車生産の九州シフトが表明されているものの、世界的には自動車市場の主戦場が新興国にシフトし現地生産化が進むことで、九州の生産拠点としての位置付けの低下が危惧される。また、アジアに近いことにより海外からの安価な輸入部品の増加が懸念されており、地場産業の対応が急務。(原文ママ)
補助金の申請、問い合わせが増加
今年はとくに中小企業が増える
今回の取材では同局・地域経済部・地域経済課・参事官(地域経済戦略担当)の猿渡圭輔氏、同課・課長補佐の柴田章氏、そして同課の井出公康氏にご対応頂いた。
そのなかで提示された資料のなかに、『補助金交付対象企業一覧』がある。
これは『平成23年度 国内立地推進事業費補助金』についてだ。募集は昨年と今年、2回行われた。
事業要件はいくつかあり、同Aは『サプライチェーンの中核となる代替が効かない部品・素材の製造に係る事業』、同Bが『高い成長性が見込まれる分野に関する製品又はその部材の製造に係る事業』。
特に、事業業要件Aについては、申請数や電話での問い合わせが増えている状況だという。
具体的には、事業要件Aでは、昨年が大手企業を中心に15件、今年は中小企業が増え11件。内訳は『電子機器の中核部品またはその材料』が昨年が8件/今年2件、『自動車の中核部品・又はその材料』が今年4件、『金属加工製品』が昨年3件/今年1件、『機能性化学品』が今年2件/今年3件、『その他』が紙関連製品や精密機会部品が昨年2件/今年2件(事業分野詳細記載なし)だった。
事業要件Bでは、昨年が4件、今年が12件。分類としては『グリーンイノベーション/エネルギー産業』が昨年4件、今年がダイハツ九州(久留米工場)などを含む7件。『ライフイノベーション』が今年1件、『その他の先端分野』がロボット、ファッションなどで4件だった。
九州地場産業の育成支援が柱
次世代自動車産業も視野に
また筆者の各種質問に対して、同局側の回答は以下となった。
・完成車メーカーは独自の経営戦略を打ち出している。『150万台体制』など、サプライヤーは県との連携を進めている。同局としては今後も、各種補助金等で九州地場産業の支援等を行う。
・近年増加傾向のある、中国、韓国からの自動車関連部品の輸入増加に対して、海外メーカーに対する逆見本市など、九州への誘致や輸出促進、または九州地場企業との連携への支援等を行う計画はない。あくまでも、九州地場産業の育成支援が主体。研究開発を含め、サプライヤーの技術力を高め、九州で一環的な自動車産業が育つことが望ましい。
・同局では、平成23年度『九州次世代自動車産業研究会』報告書〜九州次世代自動車産業戦略〜を今年4月5日に公開した。そのなかで今年度はITS(高度道路交通システム)やパーソナルモビリティについてまず議論。さらに九州大学での水素関連研究が背景にある福岡県を中心としたFCV(燃料電池車)を含めて、九州らしい次世代自動車産業のあり方を検討していく。
福岡市内、西鉄福岡(天神)駅付近をゆく Photo by Kenji Momota
なお、『九州次世代自動車産業研究会』は同局と社団法人九州経済連合会が中心となり、平成23年10月に発足した、産学官連携による有識者会議だ。同様の会議はマツダ(広島県内、山口県内に工場)、三菱自動車(岡山県水島工場)がある中国経済産業局管轄内にもあり、「今後、九州と中国地方との連携も検討していきたい」(猿渡氏)という。これらふたつの研究会の会合を2012年10月3日に広島で、来年1月に福岡で行う予定だ。
こうした大きな地域としての括りとしては、経済産業局が動くが、北部九州における自動車産業の実動部隊として、より具体的な施策を錬るのが福岡県だ。
今年度中に実生産台数
150万台を達成の見込み
福岡県商工部自動車産業振興室・室長、林正博氏 Photo by Kenji Momota
福岡県庁7階、部屋の入口に縦書きの大きな看板が2枚、掲げられている。
ひとつは、『北部九州自動車150万台先進生産拠点推進会議・自動車先端人材育成センター』。同会議は福岡県の小川洋知事を会長に、580の企業、36団体、16の大学・高専等、38の市町村、合計会員数は670に及ぶ。また、九州7県での連携会議もあり、二輪車については、山口県もオブザーバーとして参加する『九州自動車・二輪車産業振興会議』がある。
もうひとつの看板が『福岡県自動車産業拠点対策本部』。福岡県副知事を本部長とし、自動車産業シンクの総合的な取組みを実施する。
この部屋のなかで、福岡県商工部自動車産業振興室・室長の林正博氏にお目にかかった。
現在実施中の『北部九州自動車150万台先進生産拠点推進構想』のファイナルステージは、計画年次が平成22〜24年度だ。目標は大きく4つあり、@自動車生産150万台、A地元調達率70%、B自動車先端人材集積拠点、そしてC自動車先端技術開発・社会実証拠点だ。
北部九州自動車生産の推移。福岡県商工部自動車産業新興室提供
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林氏は「今年度中に生産能力だけでなく、実生産台数でも150万台達成の見込みだ。しかし、世界の経済環境変化が激しい。九州の地場産業と韓国、中国のメーカーとの競争も増している。そうしたなかで(150万台を維持し、地場産業の育成を順調の進めることに対する)危機感はある。今後については、JARI(日本自動車研究所)の代表理事・研究所長の小林敏雄氏を筆頭とした『次期構想の戦略検討委員会』を立ち上げ、今年8月に第一回検討会を実施した。この『次期構想』を今年度中にとりまとめて公表し、北部九州自動車150万台先進生産拠点推進会議の総会で決定する予定だ」という。
メーカー数、地場調達率とも上昇
中国、韓国からの部品輸入も増加傾向
では、北部九州自動車産業の実態を具体的に知っていただくために、その第一回検討委員会で使用された最新の資料『北部九州自動車産業の現状と取組』のなかから、いくつか数字をご紹介する。
・福岡県内の自動車関連部品メーカー数は平成15年から上昇傾向。同年〜平成23年まで新規に立地した企業数は98社。
・北部九州の地場調達率は、平成18年度の約50%から、平成23年度に約60%へ上昇。
・福岡県製造品の出荷合計額(平成22年度)は8兆2076億円。内訳は輸送用機械器具(自動車)の割合は29%でトップ。以下は鉄鋼業11%、食料品11%、飲料・たばこ・飼料8%、化学工業5%、金属工業5%と続く。同従業員数は21万8092人。内訳は、食料品が21%でトップ。次いで、輸送用機械器具(自動車)の10%、金属製品9%、生産用機械器具6%、窯業・土石製品6%、電気機械器具5%、鉄鋼業5%と続く。(経済産業省・工業統計調査)
近年、北部九州に日産、トヨタ、ダイハツの向上が続々完成している。福岡県商工部自動車産業新興室提供
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・福岡県内部品メーカーの技術分野では、金型14%、機械加工14%、プレス加工13%、プラスチック加工13%、生産設備11%、表面処理7%、鋳造・鍛造3%、その他(組み込みソフト、シート等の縫製、ゴム加工、鋼材等)25%。(九州自動車関連企業データベース。回答企業数298社/複数回答あり)同従業員数別では、1〜99人が68%、100〜999人が29%、1000人以上が3%。(同データベース・回答全企業数298社)
・自動車部品の輸入状況(対中国、韓国)では、2001年から2008年まで両国共に増加。最も増えた2008年には対中国は500億円を越え、対韓国が200億円弱に達した。その後、リーマンショックの影響で大幅に落ち込むが、2010年、2011年と回復し、対中国で450億円強、対韓国では2008年レベルとなった。(財務省貿易統計《門司税関、長崎税関》から福岡県作成)
この他、『北部九州自動車150万台先端生産拠点推進構想』で現在実施中の施策をまとめた資料によると、平成15年2月以降、地場企業の新規参入・受注拡大の状況は、参入企業合計が84社、新規部品受注件数の合計が475件だ。
2013年4月から
「新たな戦略」実施を検討中
こうした実情を踏まえて、『次期構想』策定に関するポイントについて、林氏は以下の点について強調した。
@基本路線としては、地場企業の生産効率を上げて、品質、価格とも競争力を高めていきたい。
A地場企業の事業体質を開発提案型にしていきたい。ティア1やメーカーと連携を深める事業体制を目指したい。
B人材の育成ではこれまで、生産過程、金型、メッキ、ゴムでの技術者が主体だった。今後はこれらに加えて、開発技術者育成を強化していきたい。
C地場で開発した高機能、高付加価値部品等を韓国や中国に輸出。モジュール部品を開発できる企業群を育てていきたい。
D地場企業の海外進出も支援していきたい。自動車メーカーは海外に対するマザー工場化進んでいる。九州地場の部品メーカーとしても同様に、国内で開発し、国内だけでなく海外でも収益を上げることで、国内生産を守る方向にしていきたい。地場の中小企業はこれまで、海外進出に慎重だったが、福岡県としてさらなる支援が必要だと認識。
EITS、自動車の蓄電池化などの領域で、いままで自動車産業とは距離があった分野の需要も取り込み、企業群として育てたい。自動車部品から医療器具への進出なども含めて、トータルで地場のモノ造りを発展させていきたい。
以上のように福岡県としては、これまでの経験を基に、現実的な次期構想を練ろうとしている。林氏は「トヨタが300万台、日産、ホンダが100万台という国内生産台数維持の方針を打ち出している現状で、(九州にこれ以上、完成車メーカーの生産拠点が増えることや、生産台数が増えることに対して)楽観視はしていない。180万台、200万台という数字を、いつの時点で打ち出せるかどうかは分からないが、(現実を見据えると)150万台(という現状)をフルに活用して、これを継続していきたい」という。
マツダ、三菱を擁する
中国地域へ参入のメリットも
サプライヤーの立場では、九州のメリットは大きい。トヨタ、日産、ダイハツに加えて、中国地域にマツダと三菱がいる。「中小サプライヤーにとっても、実力が伴えば、自社のリスク分散も考えて各系列への参入チャンスがある。福岡県としては地場中小企業と中国地域とのマッチングも早く実現したい」(林氏)
また九州での課題として、自動車関連の電子電装部品メーカーが少ない。「中国地域や中部地域からの誘致を進めたい。また、九州地場産業としてLSI関連企業がある。安川電機が車用モーターも開発進めている。こうした状況を後押ししていきたい」(林氏)
さらに、福岡県(北九州市、福岡市を含む)の独自政策として、全国的に注目されているのが、2011年12月に内閣府から認定を受けた『グリーンアジア国際戦略総合特区』だ。
これは、国が進める新成長戦略7分野のうち、『グリーン・イノベーション』と『アジア経済戦略』の2分野を強力に推進するもの。そのなかには8項目あり、前述の福岡県による『次期構想』に含まれるものがある。
この8項目のひとつに、『東アジア海上航続グリーン物流網と拠点の形成』がある。そこに登場するのが、『RORO船』だ。これは、港に大型クレーンが必要な通常のコンテナ船と違い、貨物を積載した自走車両がそのまま乗船するもの。荷物の積み込み(Roll-On)、積下ろし(Roll-Off)を略して、『RORO』と呼ばれる。
同特区では、規制緩和として博多港、北九州港等から、韓国・釜山、中国上海等との間で国際RORO船を使った国際物流に対する規制緩和を進める。これにより、国際フェリー・RORO航路と、国内フェリー・RORO航路と鉄道輸送網とで、シームレスな物流網が可能となる。
こうした『RORO船』の活用は、中国・韓国からの輸入部品増加につながる。と同時に、前述のように、北部九州の自動車産業界として、輸出に対する挑戦もし易くなる。
以上が『九州シフト』の実情と今後の可能性だ。
大局的見地では、九州自動車産業は初期成長がちょうど終わった時期だといえる。来年以降は、世界市場とのより緊密な関係を維持しながら、さらなる成長を目指した第二ステージへと進化していく。
こうした社会実情を踏まえて、次回、本稿後編では北部九州自動車産業「3つの集積エリア」へ出かけてみることにしよう。
http://diamond.jp/articles/print/26522
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