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【肥田美佐子のNYリポート】
米失業率大幅改善のナゾ―ウェルチ氏の「陰謀説」つぶやきの陰で
2012年 10月 12日 18:56 JST
前回のコラムでは、米大統領選挙第1回テレビ討論会でのロムニー・前マサチューセッツ州知事の予期せぬ大逆転について書いたが、コラムのアップ直後に明らかになった9月の米雇用統計(米東部時間10月5日発表)が、かんかんがくがくの議論を呼んでいる。
10月3日夜の討論会後、支持率でロムニー氏に追い上げられていたオバマ大統領にとって、7.8%という失業率は、願ってもない劣勢挽回の追い風になるはず、だった。
ところが、である。発表直後、ゼネラル・エレクトリックの前最高経営責任者(CEO)ジャック・ウェルチ氏が、ツイッター上で、オバマ政権が数字を操作した陰謀説の可能性をつぶやいて以来、討論会よりも大統領選の結果を左右する「失業率」の解釈論が一大争点と化しているのだ。
「信じられない失業率の数字だ。シカゴの連中は何でもやるんだな。討論会で勝てないから、数字を変える」
ウェルチ氏のつぶやきは、本紙への寄稿で本人自身も認めているように、「少々扇動的」だった。
投票日が1カ月後に迫り、討論会で形勢が逆転しかねない微妙な時期だけに、米実業界の大御所のつぶやきは、たちまち何千回もリツイートされ、メディアもこぞって取り上げた。民主党陣営やリベラル派は、「根拠のない妄想」「景気は上向いている」などと、ウェルチ氏を激しく糾弾。ソリス米労働長官は、テレビのニュース番組で、「ばかばかしい。労働統計局職員への侮辱だ」と応戦した。
「リベラル派の良心」として知られる、『ニューヨーク・タイムズ』コラムニストでノーベル賞受賞経済学者のポール・クルーグマン氏は、同紙上に「雇用をめぐる真実」と題するコラムを掲載(10月7日付電子版)。失業率は、「プロフェッショナルな公務員」によってはじき出されたもので、ウェルチ氏の主張はナンセンスだと、陰謀説を一蹴した。ゼネラル・エレクトリックのCEO時代、「短期的変動なしに、著しく順調な増益」を達成したウェルチ氏には、失業率の「料理」がいかに難しいかは分からないと、皮肉る。
また、昨年、オバマ大統領が発表した総額約 4500 億ドル(約35兆円)の包括的雇用政策である「米国雇用法」が、共和党の反対なしに議会を通過していれば、失業率はおそらく7%を切っていただろうと、指摘する。
一方、ウェルチ氏も負けてはいない。米経済誌『フォーチュン』(10月10日付電子版)によると、同氏は、フォーチュンやロイター通信など、自分に批判的な報道をしたメディアへの寄稿打ち切りを宣言するという反撃に出た。フォーチュンの編集主幹が、リベラル系ニュース専門局MSNBCのモーニングショーで、ウェルチ氏のつぶやきには多くの間違いがあると指摘し、「ジャック・ウェルチの言い分とは逆に、景気は改善に向かっている」とコメントしたのが、ウェルチ氏の逆鱗に触れたようだ。
フォーチュンが公表した、「前進」という件名の同誌宛てのウェルチ氏のメール(9日付)には、「明日、『ウォール・ストリート・ジャーナル』に寄稿文を載せる。ロイターやフォーチュンより注目度が高いと考えた。今日をもって、契約を打ち切る」と書かれている。
とはいえ、実際のところ、オバマ大統領の就任直後、8%を超え、今年に入ってからも一進一退を繰り返してきた失業率がようやく7%台に下がったことで、緩やかな景気改善を確信する向きも少なくない。
筆者も、かつて取材した40〜50代の米国人のなかに、今年に入り、1〜2年の失業期間を経て再就職を果たした人たちが出始めたのを見て、敗者復活しやすい米労働市場の柔軟性を改めて認識すると同時に、遅々とした歩みながらも、雇用状況が上向きつつあると感じる。
フリーになったとき、401K(確定拠出年金)から取引銀行に繰り越したIRA(個人退職年金)の口座額も、大不況時には半減してショックを受けたが、3度の追加金融緩和策の効果か、株高により、絶対額は少ないものの、かなり戻している。
だが、この2カ月間で0.5%下がった失業率の改善ぶりが正確に「実体経済」を反映しているかとなると、話は別だ。長期失業というハンディをはねのけ、晴れて正社員の仕事が見つかった上記の人たちは、もともと大手企業に勤めていた中流層以上の米国人ばかりである。それでも、編集者から受付係への職種変えを余儀なくされた人もいる。
米労働省の最新統計によると、ニューヨーク州の8月の失業率は、全米で9番目に高く、9.1%だった。同月の全米平均を1%も上回っている。住宅バブル崩壊の影響を真っ向から受け、全米一の失業率にあえぐネバダ州は12.1%だ。
やはりフォークロージャー(住居差し押さえ)の多さで知られるフロリダも8.8%と、依然として高い。ナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)によれば、オハイオとバージニア、フロリダの激戦州3州の報道を分析したところ、フロリダでは、「失業」「フードスタンプ(連邦政府による低所得者層向けの食料配給カード)」「ホームレス」という言葉が数多く使われているという。
また、本紙(10月9日付)が指摘するように、9月の米雇用統計で発表された家計調査による雇用増87万3000人のうち、58万2000人は、不本意ながらパートタイムの仕事に就いた人たちだ。非正規労働者は、大不況前の2倍に増えた。やむをえずパートタイムで働く人や仕事探しをあきらめた人など、潜在的失業者を入れた広義の9月の失業率は14.7%に上る。
ロムニー氏が、「公式な失業率」と「実際の失業率」の差を強調するゆえんだ。10月3日の討論会では、潜在的失業者も含めた数字(2300万人)を公式な失業者であるかのごとく用いてオバマ大統領を攻撃し、リベラル派からひんしゅくを買った。
だが、今回発表された失業率は実体を反映していないという声は、リベラル派のジャーナリストなどからも聞こえてくる。
米世論調査会社ギャラップも、10月8日付リポートで、失業率の急減は「差し引いて考えるべきだ」と、警鐘を鳴らした。今年第2四半期の国内総生産(GDP)の伸びは1.3%にとどまり、今期もよくなっているようには見えない。事業所調査による雇用者増は11万4000人と、失業率を押し下げるのには不十分だ。米国の総人口に占める正社員の割合(同社調査)は、9月の時点で45.1%と、前月より0.2ポイント下がっている。
つまり、「実際の雇用状況は基本的に変わっていない」という。8〜9月における、連邦政府や州、市町村での雇用増は60万人余りに達したが、今月3日に発表されたギャラップの統計では、9月の非政府部門の雇用は、2月以来、最悪だった。
同社による、自己申告に基づく個人支出調査(5日付)では、8月の時点で、米国人の1日の平均支出額は77ドルと、約4年ぶりの高さを記録したが、9月には74ドルに落ち込んでいる。非正規労働者の増加は、個人消費を圧迫しかねない。
雇用統計改善にもかかわらず、米民間世論調査機関ピュー・リサーチ・センターなどによる最新の調査では、いずれもロムニー氏の支持率がオバマ大統領を3〜4ポイント上回っている。
第2回討論会も4日後に迫った。オバマ大統領が、失業率の低下に胸をなで下している暇はなさそうだ。
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肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト
Ran Suzuki
東京生まれ。『ニューズウィーク日本版』の編集などを経て、1997年渡米。ニューヨークの米系広告代理店やケーブルテレビネットワーク・制作会社などに エディター、シニアエディターとして勤務後、フリーに。2007年、国際労働機関国際研修所(ITC-ILO)の報道機関向け研修・コンペ(イタリア・ト リノ)に参加。日本の過労死問題の英文報道記事で同機関第1回メディア賞を受賞。2008年6月、ジュネーブでの授賞式、およびILO年次総会に招聘され る。2009年10月、ペンシルベニア大学ウォートン校(経営大学院)のビジネスジャーナリスト向け研修を修了。現在、『週刊エコノミスト』 『週刊東洋経済』 『プレジデント』『ニューズウィーク日本版』などに寄稿。『週刊新潮』、NHKなどの取材、ラジオの時事番組への出演、日本語の著書(ルポ)や英文記事の 執筆、経済関連書籍の翻訳にも携わるかたわら、日米での講演も行う。翻訳書に『私たちは“99%”だ――ドキュメント、ウォール街を占拠せよ』、共訳書に 『プレニテュード――新しい<豊かさ>の経済学』『ワーキング・プア――アメリカの下層社会』(いずれも岩波書店刊)など。マンハッタン在住。 http://www.misakohida.com
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