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日銀と政府はインフレ目標と責任を共有せよ
武藤敏郎・大和総研理事長インタビュー
2012年10月1日(月) 市村 孝二巳
日経ビジネス10月1日号の特集「ニッポン改造計画100」は日本経済の大改造に必要不可欠な政策提言を各界の識者にいただいた。その詳細をお届けするインタビューシリーズの第1回は、武藤敏郎・大和総研理事長。金融政策のあり方を聞いた。
日本経済の現状認識をどう見ているか。
武藤:日本の景気情勢は、4〜6月のGDP(国内総生産)が2次速報で下方修正になったことを踏まえ、我々が春ごろ考えていた日本経済の見通しからはやや下方修正を要すると思っている。2012年度の実質成長は春から夏にかけて2%程度の成長は可能と見ていたが、1.8%に引き下げた。2013年度も1.2%に若干下方修正した。2012年度が1.8%と2013年度より高いのは東日本大震災の復興需要が2012年度にかなり具体化していくことから、公共投資増加による一種の財政出動のような効果があると見ている。
民間消費、民間設備投資は強くはないが、それほど悲観するような状況でもない。緩やかな増加傾向にある。問題は物価の動向だ。消費者物価指数(生鮮食品を除く)の上昇率は今年度ゼロ程度で、2013年度にはプラスになるとは思うが、ゼロ%台のゼロに近いほうのプラスの数字だろう。
日銀の物価見通しは下方修正へ
武藤 敏郎 大和総研理事長(元日銀副総裁、元財務事務次官)
(写真:清水 盟貴)
日銀の今年の春の展望リポートでは2014年度にプラス1%の目途にかなり近づくという前提になっているが、現時点で考えるとやや楽観的だ。10月の展望リポートで日銀は見通しを下方修正することになるだろう。
世界的に見ると、米国はリーマンショック後、家計のバランスシート調整に非常に手間取っていて、雇用は依然としてかなり厳しい状況だ。これはバーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長も認めているところだ。少しずつ良くなってきてはいるが、足元の米国の雇用統計は依然として芳しくない数字が出ており、12,13日の連邦公開市場委員会(FOMC)では量的緩和政策第3弾(QE3)が決定された。
一方、欧州は今年、間違いなくマイナス成長で、景気後退の状況にある。ソブリンリスクに対する対応策はいろいろ講じられているが、欧州中央銀行(ECB)は周縁国の国債の買い切り(アウトライト・マネタリー・トランザクション、OMT)を明らかにした。しかしこれも方針が明らかになったのであって、実行にはいろいろ条件が必要だ。特に支援を受ける国が欧州安定メカニズム(ESM)という欧州のファンドに要請しないといけない。その要請が受け入れられるためには財政再建についてきちんとした提案をして、それを実行に移すという政府の方針がないといけない。それがないとOMTも実施されないということなので、ちょっと時間がかかると思う。市場はひとまず好意的に反応しているが、抜本解決にはなっていないので、時間がかかるだろう。2013年に向けてはマイナス成長からは脱却できる可能性が高いとみているが、極めて弱い成長にとどまるだろう。
中国もごく最近輸出減少から生産が少し弱くなり、需要も弱くなっている。鉄鋼は粗鋼生産量が過剰になって周縁国に安売りしていることで日本にも悪影響が及んできている。日本の対中国部品輸出もかなり落ち込んでいるので、中国も調整期にある。金融緩和、公約のプロジェクト推進などが行われているが、政権移行期ということもあるのだろう、ちょっと様子見というか、政策展開が果敢に行われている状況ではない。
このような状況の中で、日本がひとり順調な回復を遂げるのは難しいだろう。
日銀にやるべきことはある
そういう現状認識を前提に、日本経済は短期的にも中長期的にも再生に向けて、デフレの脱却から、もう少し先の自律的な回復軌道に乗せていく、といった課題がある。ECBもFRBもかつての常識では考えられなかった領域に踏み込んでいる。日銀としてなすべきこと、なさざるべきことについてどう考えるか。
武藤:日銀は実質ゼロ金利政策、量的緩和政策、時間軸政策に加え、「中長期的な物価安定の目途」を導入し、実質的にはインフレターゲットと同じような枠組みを作った。日本は1990年代からデフレが続いているので、デフレへのチャレンジというのは相当長い歴史がある。いつになってもデフレ脱却できないという現状は厳しいと思うが、しかし90年代以降の長いデフレの歴史の中で、日銀は非伝統的と言われる政策を展開してきた。そういう意味ではFRBもECBも日銀の政策を参考にしているのではないかと思っている。ただ、果敢さにおいてFRBやECBに及ばないということもあって、日銀の金融政策に対して、もう少し思い切ったことをすべきではないかという声があるのはその通りであり、私も場合によってはさまざまな非伝統的な政策をさらに拡大していくことが必要ではないかと思っている。
今やっていることをさらに強化していく方法と、まだなされていない非伝統的政策を工夫していく方法と、2通りが考えられる。日銀もマーケットとの対話というか、発信する際にもう少しうまくやれないかという意見があるが、私もマーケットとの対話には工夫が必要だと思う。
しかしやっていることはいろいろやっている。それをさらに進めて国債ツイストオペや国債買い取り額を拡大するとか、国債以外の民間のリスク性資産も積極的に買っていくことが考えられる。現にかなりやっているわけで、そういうものを拡大していったらどうかと思う。そういう意味で金融政策がもう限界だとか、やることがなくなったのではないかということに対して、私はそのようには見ていない。やるべきことはあると思う。
ただ、デフレ脱却に極めて強力な、有効な手段があるかというと、残念ながらそこまではいかないだろう。この点については、そもそも日本が置かれているデフレ経済の原因をもうちょっとしっかり考えないといけないのではないか。デフレの原因が金融面ばかりでなく、もっといろいろな要因があるのではないかということだ。
日本は1990年ごろの資産バブルの崩壊後、失われた10年、あるいは失われた20年と言われているが、その原因はバブル崩壊によって、企業サイドに雇用、設備、債務の3つの過剰が発生した。同時に金融機関は巨額な不良債権をかかえ、金融システム不安がおこった。米国のリーマンショックとか、今回の欧州債務問題とか、それぞれ深刻な問題ではあるが、日本の場合には結局GDP(国内総生産)の20%に相当する100兆円近い不良資産を償却した。そういう状態から立ち上がろうとするときに、なぜバブルを起こしてしまったのか、なぜ金融はうまく機能しなかったのか、という構造的な問題が必ずしも十分解明されていないのではないかと見ている。
すべて金融政策で解決するには無理がある
要するに、日本経済のかなり抜本的な改革というものが必要になるのではないか、それが十分行われていないのではないかと、私は今までの経験で実感している。これらをすべて金融政策で解決できるかというと、それには無理がある。また労働力が減り始めている、これにどう対応するのか。外国人労働力をもっと活用しようとすれば、いろいろな規制緩和を必要とする。そのほか、かつての半分ぐらいに落ち込んでしまった生産性の上昇率を回復するのがポイントだが、そのためになされなくてはならないさまざまな分野の規制改革、これが金融政策の展開と同時に必要なものではないかと思う。財政政策も私はまだいろいろ考慮すべき余地はあると思っている。確かに財政赤字は深刻であり、今回増税ということになった。しかし震災となれば、片方で増税もしながら復興のための歳出を手当てしなければいけない。経済を立て直すのに必要な財政出動はあり得る。それが財政赤字を抜本的に悪化させてしまうようなものでは困るが、悪化させない範囲内の手段はあるだろう。
金融政策、財政政策、構造政策といったようなものを日銀と政府・関係当局が協力してやっていかないとならない。
日銀の金融政策に過大な期待を負わされて、その他のことがあまり話題にならない結果になることを心配している。
白川総裁は会見などで、金融政策は時間稼ぎだと説明している。ECBのドラギ総裁も異口同音に言っているが、金融緩和を進める一方で、政府には構造政策をきちんとやってほしいと、中央銀行は口がすっぱくなるぐらい言っているが、これがなかなか進まない。
武藤:金融政策が時間稼ぎであるという言い方は、あまりいい表現ではないと思っている。やはり金融政策にはきちんとした役割があるので、時間だけを稼いでいるわけではない。EUの状況を見ると、あれは政府債務問題の抜本解決をしない限り事態が改善しない。その間、国の資金繰りがつかなくなって国家が破綻し、それがひいては金融システム不安になるといったときに資金繰りをつけるという意味で、時間稼ぎというのはわかる。資金繰りが問題であれば時間稼ぎという言葉は適当だが、投資を増やし、消費を増やし、雇用を増やすという本来の金融政策の目的というものがある。「時間稼ぎ」というと中央銀行と国がお互いに責任を押し付けあうような印象になってしまう。それは全く意味がないので今こそ国と中央銀行が協力してやっていかねばならないのではないか。
協力、というと政治の言うことをよく聞け、という意味に誤解されることもあるが、そういうことを言いたいわけではない。それぞれの役割分担でそれぞれの使命を果たすということが必要ではないかと言いたいのだ。
「目途」は実質的なインフレ目標
いわゆるリフレ論者と言われる人たちが、デフレ議連と連携するような動きがある。インフレ目標を導入して、達成できなかったら正副総裁のクビを挿げ替えろというような法案まで用意している。うまく政府と日銀が協力していく政策運営の姿に近付けていくにはどういう手段、努力が必要か。
武藤:日銀が現在掲げている消費者物価上昇率の「目途」は、厳密にはターゲットではないとは言うものの、私は実質的にターゲットになっていると思う。政府と日銀でこのターゲットを共有する必要がある。ターゲットを誰が決めるかという問題は実は国によってさまざまで、政府が決めることもあれば、中央銀行が決めることもあれば、両者が相談して決めることもある。世の中にはこの3つぐらいのタイプがある。とにかく政府と日銀がターゲットを共有しようということになれば、それで大分、状況は違ってくると思う。
1%という水準が低いという指摘もある。確かに世界標準は大体2%だから1%は低いが、日本の過去の状況を見ると、資産バブルの時でさえ、極めて低い。平均すると1%ないしはそれを下回る。まず1%と設定し、1%の目標を達成した後に2%に引き上げるというのは現実的な方法だと思うが、いきなり2%というのがいいのかどうかという問題だろう。2%に置くべきだという議論が誤りだとは思わないが、現実的な政策当局として、まずは1%を達成しようというアプローチを誤りだと否定するのはいかがかと思う。
これもリフレ論者と日銀の考え方が食い違う点だと思うが、仮にインフレターゲットを設定したとすると、1%や2%を実現するのにどういう政策手段を使うのか。かつて日銀はそのプロセスを説明できないからインフレターゲットは導入できないと説明していたが、その状況は変わったのか。
武藤:インフレターゲットの持っている問題点で、それを実現する政策手段があるかどうかというのは非常に重要な点だと思う。今や金利がゼロ%近傍に低下し、非伝統的な政策をとっている中で、2%と約束しても実現できないと中央銀行が悪いという話になりかねないが、さきほど縷々説明したように、そういうメカニズムにはなっていない。デフレから脱却するのはもちろん必要だが、それを中央銀行のせいにして日銀法を改正して、かつてのような政府の介入権を復活したらどうかという議論は、今まで積み上げてきた中央銀行と政府の関係の議論を混乱させてしまうのではないかと思っている。
英国では財務省も責任を共有する
ニュージーランドで行われた当初のインフレターゲットは、総裁を選任する際にターゲットの実現を契約し、契約したターゲットを実現できなければ総裁を代えるという規定になっていたが、そうなった総裁は現実にはいない。今ではあれはいかがなものか、というのがニュージーランドの考え方だと思う。英国でもインフレターゲットの範囲を外れたら、イングランド銀行総裁が財務相にレターを書かなければいけないわけだが、書けば大臣は了承と言っている。その背後にあるのは、結局なぜターゲットの範囲を外れるのかという原因が問題となる。例えば原油価格が急に下落し、ガソリンが安くなるとCPIは低下する。資源価格が上昇してCPIが上振れることもある。それが望ましいことなのかといえば、インフレが起きたからいいというものでもなくて、ある意味では悪いインフレだ。中身をよく見て判断しなければいけない。中央銀行が直接コントロールできない原因でインフレが起こっているとすれば、違った解決策が必要なはずだ。英国では確かに財務相がターゲットを決めるのだが、なぜそれを財政演説で言うのかとなると、それは財務省も責任を共有するということを意味する。2%が本来望ましいターゲットだと言いながら、物価を無視したような大幅な単価引き下げとか、そういう政策は自己矛盾になってしまう。基本に立ち返ってもう少し冷静に仕組みを考えていく必要があると思う。
日本経済研究センターの岩田一政理事長は、昨年秋から日銀として基金を作って外債を購入すべきだと主張している。今の制度下ではできないという批判や、財務省の介入と同じことを日銀がしたところでどれだけ効果があるのかという批判もある。どう考えるか。
武藤:この問題は、現行制度でできるとか、できないとか、誰ができるとか、できないとかいう問題もあるが、そもそも外債購入ということについてどう考えるか。その外債購入が介入を目的とするのであれば、介入が許される状況下においてはやったらいいと思う。為替の激変をスムージングするために介入はあるわけだから、それは介入の1つの手段としてやったらいい。
それは今の仕組みでできると。
武藤:財務大臣が決めればそれはできる。日銀に指示をして、日銀が実行する。為替介入を誰がやるかというのは米国と日本は政府だが、中央銀行がやっているところもあるから、これは法律を変えればいろいろなことが可能だが、現行制度では為替介入は財務大臣が決めるということになる。したがって介入が許される為替の状況であるかとか、そういうことがポイントになる。確かに1ドル=70円台後半はなかなか輸出産業にとって厳しいが、そんなに激動しているわけではない。急激な円高に振れているわけではなく、小康状態にある。加えてデフレという状況だから、実質で見ればそんなに円高になっていないという分析もある。今急に巨額な介入をすると多分国際的には大変な批判を受けるだろう。G7でもG20でも大変な批判を受ける。そんな国家の信用を失うようなことはできるかどうかということだと思う。
日銀の外債購入、金融緩和と納得されない
量的緩和政策としてどうかということであれば、外債を買うということが為替政策ではなくて、量的緩和政策だと言わなければならない。しかし実態はどうかと言えば、それは日銀による外債購入を言っている人たちも為替の問題を取り上げながら言っているわけなので、誰も金融緩和政策だとは納得しないだろう。要するにそういうことで取り繕って為替を円安に誘導しているという批判になるだろう。国際社会、あるいはマーケットで信用を得られるようなやり方にはならないのではないか。
外債購入というのはかつて日銀の政策委員会で話題になったことがある。為替に影響を与えないような買い方があるのではないかとか、毎月一定量を買うとか、円安、円高にかかわらずやればいいとか。私の理解ではそれは国際社会では為替政策ということに理解されるだろうということだったと思う。何かうまいやり方があればタブー視するのはいかがかと思うが、現状としては日本としてその道に安易に入っていくのは非常に危険ではないかと私は思っている。
今の外債以外に、リスク資産を買うとすれば何か。
武藤:既にREIT(不動産投資信託)やETF(上場投資信託)を買っている。これらは市場が小さいので、残っているものとしては、社債には可能性がある。中には貸付債権も買えばいいという人だっている。しかし何でも買えるかどうかとなると、中央銀行の信認の問題がある。例えばEFSF債や、外債の中でもギリシャとかスペインの国債を買うという案もあるかもしれない。しかし現にギリシャについては50%以上のヘアカット(元本削減)も起こっており、ECBでさえ厳しい条件を付けなければ買わないと言っている周縁国の国債を買うというのは無理かと思う。
日銀のマンデートとは
いま中央銀行の信認という話があったが、ドラギ総裁は3年までで、条件付きではあるが、国債を買うという決断をした。それはユーロの「コンバーティビリティ(交換性)」の問題になっているから、マンデート(守備範囲)の中にあるという問題の整理だった。日銀にとってマンデートというのは基本的には日銀法の2条で物価の安定と経済の発展だと思うが、それ以外にもっと幅広く、FRBのように雇用、失業にも目配りすべきだという議論もある。日銀のマンデートのあり方についてどう考えるか。
武藤:中央銀行のマンデートは物価の安定にあると一般によく言われるが、日銀法にもあるように、経済の持続的発展というのが最終目標。物価が安定して経済が持続的に発展しないということがあるとすると、物価が安定しているから中央銀行はもういいと考えるわけにはいかない。それが雇用というふうに狭く表現されるかどうかは別だが、経済全体が持続的発展を可能にするような金融政策が求められていると私は理解している。あの条文を字面で議論して、雇用が入ってないから雇用を入れたらどうかというのはわからないではないが、日銀は失業問題に全く無関心でいいのかというとそんなことはないので、経済の持続的な発展という中に含まれると思う。ほとんどの国の中央銀行法は物価の安定が中央銀行の使命と書いてあって、日銀スタイルだ。
FRBだけは(物価と雇用という)デュアルマンデートで、いまそれで苦しんでいるのだが、かつての経済理論では雇用と物価のトレードオフ関係が議論されて、場合によっては両立しないことがあるという議論を踏まえて物価ということになっている。私の理解ではバーナンキ議長も就任当初、デュアルマンデートについて聞かれた時に、大事なのは物価の安定だ、2つ書いてあるけれど、まずは物価の安定だということを言っていた。最近になって雇用があまりにも改善しないので、デュアルマンデートが重く受け止められるようになったということだと思う。日本は幸いなことに米国、欧州のように大きな失業問題にはなっていないので、物価の安定、ひいては経済の持続的発展という条文は決して欠陥のある表現ではないだろうと思う。
そういうものを包括していると。
武藤:包括していると考えていいのではないかと思う。
それに対する意見として、例えば自民党のマニフェスト(政権公約)の案の中には日銀法改正という文言が入っている。それが意味するところは語る人によってさまざまだと思うが、いま日銀法を改正する必要は必ずしもないと。
武藤:中央銀行としてデフレ脱却に必要なことをやるのは当然だが、法律が本当にそれを妨げているのであれば改正したらいい。しかしそういう問題ではなく、政策的な判断が一致していないということであれば、それは議論していけば法律改正と関係なく結論は出せるのではないかと思う。日銀法改正に私も関係したわけだが、あの時はできる限り国際標準の新しい中央銀行を作ろうということで議論が始まった。それに逆行するような法改正になると、何のためにあの時、日銀法を改正したのか、ということになる。日銀法改正は絶対にすべきでないと申し上げるつもりはないし、必要性があればやればいいが、今そういう必要性があるかどうかという議論をちゃんとやるべきだと思う。
独善に陥ることなかれ
中央銀行として、政治との間合いをどう取るべきか。
武藤:これは前から言っていることだが、どこの国にも政治と中央銀行は緊張関係にある。バーナンキ議長も議会で相当激しく責められたりしている事実もある。これをなくすべきだと言ってみても始まらない。政治が中央銀行の政策については批判できるのは当然だ。中央銀行の独立と言ってもすべてのものから独立しているわけではなくて、行政の中に所属している。立法府がいろいろ批判をするのは許されていることであって、そのこと自身は時代を問わず、国を問わず起こっていることだと思う。後は議論を通じて何が望ましいのか、何が正しいのかということを国民に問いかけて、裁断を仰ぐということしか方法はないと思う。むしろ中央銀行も、そういう外部からの批判に対してはよく耳を傾けて、独善に陥らないようにするということは必要だと思う。
中央銀行というのは常に批判にさらされるが、これに対してもっと強くならなければいけないところだ。
さっきの発言にあったように、政府とよく協議をして、ともに責任を持つ、というところに尽きるのではないか。
武藤:経済というものに対して、政府と中央銀行はともに政策のプレイヤーだ。もう1つ付け加えれば成熟したマーケットが重要だ。マーケットが成熟してないと、日銀から出たサインというものを正しく理解しないというか、勝手に思い込んでしまう。次は緩和だろうとか、引き締めだろうとかいって、勝手にかけをして動いてしまうのは中央銀行としては困ったことになる。マーケットとの対話においては、中央銀行に非があることもあるが、マーケットに非があることもあると思う。
市場との対話というのは永遠の課題だ。2月14日の追加緩和はいいインパクトを与えたが、それが浸透しすぎて次にも手を打ったけれどもそれがあまり予想した効果は得られなかったという、すれ違いというか、ボタンの掛け違いのようなことが起きた。
武藤:せっかく追加緩和策を決めたのに、FRBがやったから日銀は嫌々やったのではないかということになってしまった。これは非常に不幸なことだと思う。日銀がやるべきことをやったという評価をしてもいいと思うが、ボタンの掛け違いと指摘されたが、長い経緯の中で起こることなので、なかなか難しいことではある。
金融政策の枠にとらわれずに、日本経済を再生に導く政策とは。
武藤:いわゆる構造政策は、相当幅広いが、例えばTPP(環太平洋経済連携協定)、電力供給政策も入ると思っている。経済成長に必要なイノベーション、技術革新に好影響を与える施策が日本の場合、十分なされていないのではないかと思う。TPPも賛否両論でいまだに参加が表明できないが、日本のような国がグローバルに活躍しようとすれば、自分のことは譲らないで世界中で自由にやっていけることにはならないだろうから、国内もグローバル化するしかない。グローバルに活躍するのが日本の生きる道だとすれば、国内もグローバル化する、すなわち、TPPを結ぶ。そのほか、対内直接投資はなぜこんなに少ないのか、規制が絡んでいるかというと必ずしもそうではないと理解しているが、そういうものを受け入れない経済界の考え方だとか、一般国民の考え方だとかがあるわけで、そういうものを変える努力が必要になっているのかもしれない。労働力の質を向上させることが生産性向上の道だとすると、教育問題とか、そういうことまで含みうる問題だ。
市村 孝二巳(いちむら・たかふみ)
日経ビジネス副編集長 兼 編集委員。
ニッポン改造計画〜この人に迫る
日経ビジネス本誌10月1日号でお送りする特集「ニッポン改造計画100」で政策提言をいただいた識者へのロングインタビューシリーズ。誌面では語りきれなかった政策提言の深層を聞く。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20120927/237370/?ST=print
日銀は外債50兆円を購入せよ 岩田一政・日本経済研究センター理事長インタビュー
2012年10月2日(火) 市村 孝二巳
まずは世界と日本の経済の現状認識についておうかがいしたい。
岩田:世界経済は、端的に言って減速していると思う。米国の実質経済成長率は2%ぐらい、潜在成長率も2%ぐらいだからそこそこだが、失業率は8.1%(8月)で、これ以上下がらない。最近の指標はプラス、マイナスが入り混じっているが、米ISM製造業景況感指数、製造業購買担当者景気指数(PMI)といった、日銀の企業短期経済観測調査(短観)のような景気指標を見ると、50%を切っているので、明らかに景気が減速している状況だ。ユーロ圏は明らかに既に年初から景気後退に陥っている。意外だったのは新興国、特に中国、ブラジル、あるいはインドの経済成長が予想以上に減速している。その結果、グローバルな経済も予想以上に減速しているという状況がある。
予想以上に減速が速まっている
岩田 一政 日本経済研究センター理事長(元日銀副総裁)
(写真:清水 盟貴)
日本経済はさしあたり復興需要とエコカー補助金といった政策措置があり、成長率自体はほかの国と比べて悪くない。今年度の実質成長率も2%ぐらいで、先進国を横並びにすると悪い数字でないように見えるが、もう少し中身を見てみると、最近の数字は輸出も減速が目立ち、生産も2四半期連続で前期比マイナスになりそうだ。先行指標を見ても弱い方向に動いている。私自身は当初、今年末にかけてゼロ%ぐらいまで減速するのではないか、その後持ち直すのではないかと日本経済新聞社の景気討論会でも申し上げたが、予想以上にゼロに近づくのが速まっているな、というのが今の状況だと思う。
そういう景気情勢を踏まえて、米連邦準備理事会(FRB)は9月12、13日の連邦公開市場委員会(FOMC)で量的緩和第3弾(QE3)を決め、労働市場が大幅に改善するまでこうした資産の買い入れを続ける方針を示した。それに加え、時間軸を強化するために、これまでは2014年末まで続けるとしていた現在の低金利政策を2015年半ばまで延長した。
特に量的緩和によって米国、英国はいずれもインフレ期待の方を安定できたが、実体経済、特に失業率はなかなか下がっておらず、こちらは力不足だ。量的緩和への1つの根本的な批判として、コロンビア大学のウッドフォード教授が言っているように、量的緩和が一時的だとみんなが思えばその効果は弱いということだと思う。租税政策についても同じことが言える。一年だけ減税して、翌年は元に戻すという政策を取っても、その効果はあまりない。恒久的に減税すると言えば効果は大きくなる。量的緩和にもそういう側面があって、市場に資金を出しても、それは間もなく引き揚げるということが仮に条件で付いていたとすると効果は弱くなる。単に一時的に資金を出しているだけなのか、という話になる。
日銀による外債購入の提案とも関連するが、「不胎化」してしまう介入政策、つまり為替市場で円売り・ドル買い介入をすると市場に一度資金が出るが、日銀がそれをすぐ金融調節で回収してしまい、市場の資金需給に与える影響を中和してしまうことを不胎化という。しかし、介入資金を不胎化しないで、市場にしばらく残すと効果が強くなる。量的緩和についても同じことが言える。FRBはそれを気にしていて、自らのバランスシートの大きさが変わらないように、QE1を実施した後に、買った国債が満期を迎えてしまうと自動的に償還されてバランスシートが小さくなるが、その分は買い増すという配慮をしていた。
さらに最近の議論では、量的緩和を続ける期間を無制限にする、と言うべきか、経済指標と結び付けるという考え方がある。シカゴ連邦準備銀行のエヴァンス総裁は以前から、失業率が7%に下がるまで量的緩和を続けるといった方法を提案している。量的緩和を実行する期間についても、あらかじめ制約をおくと、この政策を取ってもどっちみち1年で終わると思えばその分だけ効果が弱くなる。もっと効果を強くするには期限を無制限にすることはおそらく時間軸効果を強化することになる。
ECBも9月6日の理事会で、ユーロ圏周辺国の国債を満期3年までに限って無制限に買い取る政策を決めた。国債買い取りを実行する前提として、対象国の政府は欧州安定メカニズム(ESM)に支援を要請し、厳しい財政再建プログラムを実施に移すことを約束しなければならないという条件も付けた。
グローバルな景気減速に対応して、米欧とも金融政策をより拡大的な方向で考えている。英国のイングランド銀行もつい最近、量的拡大を追加したが、年末までに追加措置を取るだろうと見られている。国内の景気が予想以上に下振れしているからだ。
消費者物価は「連鎖指数」を見よ
翻って日本を見ると、実体経済は下振れしている。デフレの問題をどう克服するかという問題があり、日銀は2月に消費者物価上昇率の前年比1%という水準を目途(ゴール)とすると明瞭にした。私の見るところ、この1%と現実の物価上昇率は相当のギャップがある。今、日銀が採用している指標は、生鮮食品を除く消費者物価(コアCPI)だが、FRBが採用しているコア指数とは、「食料品とエネルギーを除く個人消費支出(PCE)デフレータ」だ。生鮮食品やエネルギーの価格は金融政策で直接動かすことが難しい変数だから、それを除いて政策運営をしているのだ。つまり必ずしも1国のGDPギャップに反応して動く品目ではない認識が背後にあると思う。食料とエネルギーを除き、さらには5年ごとの基準改定による統計の不連続性を避けるため、消費者物価の「連鎖指数」を使うべきだ。
米国のコアPCEの上昇率は現在1.6%で、2%の目標をやや下回っている。一方、日本の足元の数字で見ると、コアCPIの下落率は0.3%だが、食料、エネルギーを除く連鎖指数は0.7%の下落だ。日銀は4月の「経済・物価情勢の展望」(展望リポート)で、今年度のコアCPIはプラス0.3%、来年がプラス0.7%だから、仮に同じ幅だけ改善するとしても、食料、エネルギーを除いた連鎖指数ではプラスにならない。プラスにならないような状況でデフレ脱却が間近だと考えるのはやや時期尚早というべきだ。
2006年3月に量的緩和を解除した。その時のコアCPIは明らかにプラスが続いていたが、後から振り返ってみると、食料、エネルギーを除くCPIの連鎖指数はプラスになっていなかった。ゼロにタッチしただけ。デフレから本当に出られたかを見るには食料、エネルギーを除くCPIの連鎖指数で判断した方がいいというのが教訓だ。
米マクロエコノミックアドバイザーズ社のマイヤー氏(元FRB理事)が常々、私が副総裁になる前から、日本の金融政策は生鮮食品だけ除くCPIを目安にしているが、変えた方がいいと何度も言っていた。当時、私は半分ぐらいそう思うが、そうはいっても食料品は重要な品目だし、あまり除いて考えるとどうかと考えていた。ECBはCPIの総合指数を見ている。こうした経験に鑑みると、デフレを見るという目的に照らして考えると、エネルギーの価格、食料品の価格に煩わされない指数で見るべきだったと思う。
デフレ脱却には相当の距離
デフレ脱却というのは日本の一大課題であり、政府・日銀の両方が一体となって克服すると言い続けているのだから、全力を挙げて達成すべき目標だが、相当な距離がある。足元の景気は下振れしている、加えてデフレ克服という目標からも相当距離があると考えれば、どうしてもさらに緩和を強化することが求められていると思う。
情勢判断のうえ、緩和を強化する必要があり、米欧が緩和方向にさらに向かうという中で日銀だけが現状維持だと、どうしても円高方向になる。
岩田:そういうことも結果としては生まれるということだ。
円高を抑制するために金融緩和をするということか。
岩田:基本は物価の安定であり、当面はデフレの克服と経済の持続的な発展、日銀法2条にある金融政策の目的に照らして金融政策を運営するということだ。
ドラギECB総裁は、今回の国債買い入れが中央銀行のマンデート(守備範囲)だと話していた。日銀にとってのマンデートは今の日銀法2条の話と関わってくると思うが、今のままでいいと考えるか。
岩田:ドラギ総裁が「我々のマンデートだ」と言った前後のスピーチをよく読んでみると、「コンバーティビリティ・リスク」(通貨の交換性のリスク)が生じた結果、ユーロ圏内で金融政策を有効に実行する上で、その効果が損なわれていると説明している。コンバーティビリティ・リスクがあるということは、言葉を換えればユーロ崩壊のリスクが市場に出ているということをはっきり認めたということだ。ECBはユーロを守るため、価値の安定を守るために作られた組織だ。ユーロの価値を守るどころでなく、ユーロ自体が崩壊するという特別な状況に陥っていると認めたわけで、それはECBの守備範囲の話であるということだ。
為替市場で他の通貨とユーロを交換できる状態がやや損なわれていると。
岩田:そういうリスクがあるために、例えばスワップのマーケットがうまく機能しないなど、そういう問題が出ているというわけだ。ECBの場合は正にユーロ自体を守ることが問題になっているから、当然中央銀行のやるべき仕事だと思う。
先進国の中央銀行は「柔軟なインフレ目標政策」
一方、日銀の場合は私の知る限り、日銀法改正について最近は、物価の上昇率の目標を明確に法律に書く、あるいは、FRBと同じように物価の安定と最大限の雇用という2つの目標、いわゆる「デュアルマンデート」を入れて考えるべきだという、2つの議論が日本でも出ていると思う。今の日銀法でそういうことがカバーされていないのかと言えば、そうではない。「物価の安定を通じて健全な経済発展を図る」という条文の、健全な経済発展という中に雇用需給がバランスしたような状態にあるというのが健全な発展だと読むことができる。
私の理解では今、先進国の中央銀行の政策運営はどこも「柔軟なインフレ目標政策」だと思う。名前の付け方はみんな違うが。「インフレーション・ターゲッティング・ポリシー」というと英国の政策をイメージされやすく、そこと全く同じことをやっていると言われるのは嫌なので、そういう名前は付けたくないということだろう。ECBもその1つだ。絶対に自分たちのはターゲットではないと言っているが、実際の政策運営を見ると、失業率を全然無視して運営しているかというと決してそんなことはない。
日銀も実態的には物価の安定と、GDPの需給ギャップを見て金融政策を運営していると思う。失業率との関係で言うと、デフレを克服するに必要なGDPギャップというのがよく議論されていて、日本の場合、今1.8%のGDPギャップがあると言われているが、私はデフレが根本的に治療するにはもちろん物価の上昇率だけがプラスになるのではなく、名目賃金が安定的に上昇する状況にならない限り、デフレ克服まで行かないと思う。逆に言うと名目賃金が安定的に上昇するには、労働市場での需給ギャップが縮小しないと、なかなかそれは実現しない。
歴史的に数字を調べてみると、物価上昇率が1%だった時期はいつだったかと言えば、消費税率を引き上げて物価が上がった時期を除くと、デフレになる前では1993年。その時の失業率は2.5〜3%未満という低い状況にあった。過去の歴史的な経験からすれば、今の失業率は4.3%で、3%を切るような状況になるまでは相当距離がある。政府の見通しを見ても、2013年度で失業率が4.1%だ。それと比べてみても、物価のゴールである1%まで行くのには相当な距離がある。ゴールを1%を2%に引き上げたらどうか、雇用を明示的に目標に入れたらどうかという議論もあるが、日本の置かれている状況はGDPギャップもデフレの方向、労働市場の需給にもデフレギャップがあり、供給過剰、需要不足と言ってもいい。どちらから見ても金融政策はより拡大的な方向で運営すべきだということになると思う。
もっと期間の長い国債購入を
今の日銀の金融政策をどう評価するか。
岩田:日銀もずいぶん国債をたくさん買ってきているが、私の目から見ると、資産買い取り基金の対象となる国債を満期3年までと区切る必要はない。もっと満期が長いものも自由に買った方がいい。銀行の貸出金利とのつながりが深いのは3年物ぐらいまでだということだが、国債の市場は銀行だけが参加しているのではない。一般投資家も、機関投資家も、個人投資家も、外国人投資家もいるオープンなマーケットで決まる金利だから、長期金利が低下することはいろいろなチャネルを通じて影響を与えると思う。
BOEは日銀が最初に実施した量的緩和をいろいろ勉強した上で、国債だけを買うという量的緩和をやっている。銀行はバランスシート調整をしている最中だから、すぐに貸し出しは増えない。我々はそれをすぐには期待していない。最初から期待しているのは、いろいろな投資家が持っているポートフォリオのバランスが変わる効果だ。FRBも住宅ローン担保証券(MBS)も買っているが、買い取る長期債に制限を付けてはいない。但し、マネーと短期債のように代替性の高いものを交換しても、これは本当にあまり効果はない。
FRBの量的緩和と、日銀の量的緩和の違いはどこにあるか。バーナンキ議長は、我々は資産の方を見ている、日銀は負債の方を見ている、と説明した。特に日銀は当座預金残高、今も38兆円とかかなり積み上がっていると思うが、1回目の量的緩和は35兆円が上限だったから、それよりも多く出しているという見方もできるが、問題は資産の側で何を買った結果として当座預金残高が積み上がっていくかだ。仮に短期債だけ買っても積み上がるが、それだとインパクトは弱い。
資産の側でどういうものを買うか、マネーと代替性の低い資産を買えば買うほどインパクトは大きくなるという関係がある。今の日銀の政策について言えば、1つは市場が売りたいものを買ってやればいいということだ。短期債の中でも期限の短い銘柄は、応札が供給予定額に満たない「札割れ」を起こしている。
もう1つは、8月に国際決済銀行(BIS)が中央銀行のバランスシート拡張政策に関する各国のパネルデータを横並びにして、量的緩和政策にどんな効果があったかを検証したワーキングペーパーを出した。金利はもうすでにゼロだから、量的緩和には全然効果はない、と言う人もいるが、そのワーキングペーパーの分析結果は2つあって、1つは各先進国の量的緩和は、正常な経済で金利政策を変動させるのと同様の効果があったというものだ。FRBはQE2の効果を政策金利に置き換えると2%分のカットと同じ、という言い方をするが、BISの分析結果は、量的緩和が正常な経済における金利引き下げと類似した効果を、GDP、物価上昇率、インフレ期待などに与えているという。
日本とノルウェーは効果が弱い
2つめは各国別の比較で、日本とノルウェーはGDP、物価上昇率のいずれにも効果が極めて弱いというものだ。2007年以降のデータで分析しているので、バランスシートの変化を見れば、日銀はそれほど増やしていないから、当然そんな結果になるかとも思うが、日本は危機を直接起こした国ではない。1990年代に金融危機が起きた日本と、2007年以降に起きた欧米では置かれている状況は違うとは言えるが、横並びに比較してみると、日本は量的緩和政策を実施しても、インパクトはほかの国に比べると小さかったということは同時に考えておく必要がある。
1点目の効果があったというのは、インフレ率がプラスの国だと量的緩和によって実質金利をマイナスにする効果があったという意味に受け取っていいのか。
岩田:日銀の場合、なぜ効果が弱いかには、すでにデフレになっている経済だということも影響していると思う。デフレに陥った経済と、デフレではない、まだ物価上昇率が1%でも2%でも、実質金利がマイナスになれる国との違いだと思う。
日本も一度、物価上昇率がプラスになったことがある。2008年はコアCPIの上昇率が2.5%程度だった。その時に日銀がFRBやBOEのようにアグレッシブな政策を取っていればと、非常に残念だと思っている。FRBはそういう政策を取った結果、曲がりなりにも物価上昇率やインフレ期待を大体2%へと上昇させるのに成功した。BOEは行き過ぎて3%を超えてしまい、キング総裁は何回も財務相に弁明書を書かなければならなかったが、少なくともデフレにはしなかった。
デフレにしないことと、デフレになってから克服するのでとは相当の違いがある。一度デフレになってしまうと、それを抜け出すのは、デフレにしないよりも倍ぐらい努力が必要だ。2007年以降、金融危機が発生した時に日本は当事国でないという意識がどこかにあって、対応がやや後手に回った影響があったのではないかと思う。私から見ると、物価上昇率のゴールを決める政策を危機直後に発表し、それを守るためにはあらゆる措置を講ずるべきだったのに、そこに行くまでに2012年2月までかかったのは、やや遅れがあったのではないか。
2006年3月、日銀が今回のゴールに先立つものとして、「中長期の物価安定の理解」を発表した時に、副総裁だった私はそのように政策を運営すると思っていた。日銀もこれで「柔軟なインフレ目標政策」を取るということを公表したと私は理解したが、しかしその理解が十分でなかった。そこは非常に残念なことだった。
金融政策に関して、具体的な提案をお聞きしたい。
岩田:昨年10月、私も政府の国家戦略会議のメンバーになってくれと言われたので、今のマクロ経済で優先的に解決すべき問題はデフレの克服だと考えた。デフレの克服を最も有効に達成するには、最も大きなデフレの原因は何か、というところから出発すべきだというのが私の考えだ。日本がデフレになった原因は、基本的には行き過ぎた円高だ。
1995年の円高というのは、1990年にバブルが崩壊して、それから急上昇している。90年から95年で名目実効為替レートは45%も上がっている。バブルが崩壊して45%も名目実効為替レートが上がった国はほかにない。英国のポンドは今回のバブル崩壊で33%下がっている。米ドルは2002年をピークに55%下がっている。バブルが崩壊して日本のように自国通貨が上がった国はない。1995年の円高は行き過ぎた、ファンダメンタルズから乖離した円高で、1994年第4四半期からGDPデフレータはマイナスになった。その背後にある原因はあまりに急速かつ大幅過ぎる円高だったと思う。
CPI上昇率がマイナスになったのは1998年夏だが、この時は1995年をピークとしてその後、円は下落していた。1994年にメキシコが通貨危機に陥り、1995年に就任した米国のルービン財務長官はドル安が問題だとして「強いドルが国益」と宣言して為替政策を大転換した。それが反映して円相場は円安・ドル高に向かったが、1997年にアジア通貨危機が起こり、1998年になると、今度は米国と日本が協調介入して円高に誘導した。その結果、円は急速に円高になり、1998年末からCPIがマイナスになる。明らかに行き過ぎた円高が起こった時にはCPIがマイナスになる。日本だけではなく、今はスイスがデフレで、消費者物価上昇率はマイナス0.7%で、スイスフランの名目実効為替レートは2007年第2四半期から30%上昇した。この間、円の名目実効為替レートは34%円高になっている。スイスよりも円の方が高い。スイスはたまりかねてスイスフランの相場をユーロに固定してしまった。そういう状況も合わせて考えると、日本はどうしたらいいのか。
日銀が外債を買うのが手っ取り早い
最低限、これ以上の円高はどうしても阻止しなければいけない。手っ取り早いのは、外債を直接日銀が買うということだ。財務省はユーロ圏の欧州金融安定基金(EFSF)債を買っている。そのお金は外貨準備として保有しているドルやユーロで買っている。それだと円相場の安定化には何の役にも立たない。これは極めてもったいない話だ。
そういう必要があるなら、日銀が買えば外債購入となり、その代金を市場に残せば、非不胎化介入と同じ効果がある。2001年に日銀が最初の量的緩和政策を取った時期に日本の名目実効為替レートはどう動いたか。2007年第2四半期までは傾向的に下落している。この間、日銀は通常5兆円の当座預金残高を35兆円まで引き上げ、30兆円規模の量的緩和を実施した。もう1つは当時の溝口善兵衛財務官が2003年から2004年にかけて1年間で35兆円規模の円売り介入を実施した。2003年3月、私は福井俊彦総裁と日銀に入り、この間に13兆円ぐらい当座預金残高を引き上げたから、介入資金のうち3分の1程度は非不胎化介入だったということだと思う。2003年には量的緩和と介入政策の組み合わせがあった。円相場の結果を見れば、円安方向に誘導することに成功したというのが、私の実感だ。
私が心配していたのは2006年3月に量的緩和を解除した時に円相場が跳ね上がるのではないか、ということだった。しかしそうはならず、まだ金利水準が低かったので、円キャリートレードによる影響の方が強くて、2007年第2四半期ぐらいまでは円安基調が続いた。しかし、キャリートレードはもともと投機的なものなので、いつかは反転してしまう。それを気にしても仕方がないと思っていた。キャリートレードで円安になるのであれば、デフレ克服がより確実になると、それが続くのであれば結構なことだと思っていたが、あの時、海外、特に欧州連合(EU)だったと思うが、キャリートレードで過度に円安になっているとして、日銀は早く金利を上げるべきだという圧力があった。
日銀の外債購入は「非不胎化介入」になる
日銀が外債を購入すれば非不胎化介入になる。前回の介入は35兆円、量的緩和30兆円で円安傾向に誘導した。今回の金融危機はほかの国で起こったことなので、日本経済へのショックは小さいと考えるのは危険だ。グローバルな金融危機があって、そのショックは米国でも欧州でも巨大な金融機関が苦しんでいる。グローバルなマーケットでのインパクトはより大きいと考えなければいけないのに、当事国でないという錯覚に陥り、マイナスのインパクトを十分評価しなかったところが大きな問題だと思う。
海外からは日本がエゴイスティックに円安を誘導するために外債を買うのか、と必ず批判が来る。介入政策にしても全く同じ批判が米国からもどこからもあった。それをもう一度よく考えると、日本は世界経済の安定のために努力している、その一環としてこういう政策も実施するという考え方を示すことが極めて重要だ。
過去、日本の円相場を見ると、円高がシャープに進んでいる時は、ドルやユーロが急落している時だ。主要通貨がクラッシュする時にスイスフランと円が買われる。変動相場制になった1970年代以降、それで急速な円高になってしまうという事態を繰り返しているのだ。それは言ってみれば国際通貨体制の安定性の問題だ。不安定になると、円が一番困った状況に置かれるということを繰り返している。今はユーロ危機がグローバルな危機の火元になっていて、そこから危機が拡大しないように、外にあまり波及しないように対策を考えるべきだとして、3つの政策をワンセットで提案した。
国際金融安定へ4つの提言
まず第1に、日銀が金融危機予防基金を創設し、外債を50兆円買えるようにする一方、その損失は財務省が負担するというジョイントアクションでやるべきだとした。言葉だけでなく行動で一体になってくれという趣旨だ。
第2に、IMFの資金源は元々7500億ドルだったが、危機がスペインやイタリアに波及した場合、それが明らかに足りなくなる。これを1.5兆ドルに倍増すると同時に、FRBを中心とする中央銀行が主要通貨を供給しあうスワップ協定を連携させてグローバルな金融安全網を作る。去年10月に提案し、今年1月になってIMFのラガルド専務理事が5000億ドル必要だと主張して4500億ドルは集まったが、それでもまだ足りない。
第3には、金融危機予防、国際通貨体制安定、マクロプルーデンス政策を議論する場をIMFに専門委員会を設置し、そこで議論をして専門家がG20に金融危機予防のための措置を提言する。リーマンショック後、各国首脳はG20に集まり、グローバルな金融危機をもう起こさないと決意してさまざまなフォーラムを作ったが、結局ユーロ危機を起こしてしまった。これは今ある仕組みだけでは明らかに何かが足りないということだ。
第4に、日経とCSISの緊急提言の中で提案で出てきたものだが、IMFの資金源は加盟国からの出資が中心で、金融機関で言うと信用組合のようなものだ。それでグローバルな経済の最後の貸し手の機能を果たせと言われているが、資金力は十分でない。EFSFが債券を出して資金を集めるなら、IMFもSDR建てで債券を出せばいい。それで金融危機を予防するための融資もより積極的にできるようになる。
この4つの提言をパッケージとしてやるべきだ。
今月、東京でIMF・世銀総会が開かれる。日本は世界経済の金融の安定のためにこういう努力すると、ワンセットで世界に訴えるべきだ。その中で円相場を安定化させることを考える。日本の国のためにもなるし、グローバルな経済のためにもなる措置だ。円は主要通貨の1つであり、責任ある立場にあるのだから、責任ある提言を行うべきだと思う。
日本は過去にもそういう貢献をしてきた。1980年代に中南米の債務危機があった時、「宮沢提案」を出した。中南米各国が累積債務を返せなくなった時、EFSF債に似ているが、IMFが担保を提供することによって、質の悪い政府債務を質のいいものに替えるという、当時の宮沢喜一蔵相の提案だった。これをブレイディ米財務長官が取り上げて、IMFの担保ではなく、米国債を裏付けにすればいいという提案に変えたので、「ブレイディ債」として採用されたが、元々のアイディアは日本だ。あの時は国際金融のビッグプレイヤーになろうとしていたし、現実に対外資産は大きくなり、発言力もあったし、世界経済を安定化させる提案を積極的にしていた。
しかし、それが今は消極的というか、米国があまりサポートしてくれそうもないから、介入もあまり積極的にはできないと、非常に内向きの姿勢になっている。私が最初、3つの提案をした時、IMFの資金を倍増すべきだと言ったら、その時の反応は「米国は絶対賛成しない。そんなのはやる必要ない」というものだったが、現実には米国は全然資金を出していない。
そういった考え方は多分間違いだと思う。米国が言っていることをそのまま忠実に繰り返すのが日本の役割なのか。もっと日本は積極的な役割を果たすべきだ。
日本が資金を拠出したことによって、中国も出さざるを得ないような状況になった。
岩田:日本は600億ドル出して、ドイツよりも多い。ドイツは当事国だから、当然もっと出すべきだと思うが、結果的にはそうなった。
外債購入に対する典型的な批判として、本来財務省に権限がある介入をなぜ日銀がやるのか、というものがあり、白川総裁も日銀法の改正が必要ではないかと言っている。
岩田:私がなぜ国家戦略会議で提言したか。政府と日銀が一丸となってやるべき行動だからだ。総理も、財務大臣も、日銀総裁も出席している。購入する資産の種類としては日銀の法律を読めば、ETF(上場投資信託)を買うのと同じだと思う。ETFを買うには財務大臣の認可が必要だ。
現行の日銀法で実現可能
43条ですね。
岩田:財務相が金融政策の執行上、こういう資産を買うのは必要ですねと判断すればいい。場合によっては国際協調の観点から中央銀行が外債を買うのが必要だと認めればそれでできる話だ。ただし重要なのは財務相が認めることだ。だから戦略会議で申し上げた。
白川総裁が日銀の法律上できませんと言うのはそれなりに分かるが、私は法律上できると言っているわけではなくて、できないとも読めないと思うので納得していない。
例えば2001年頃の金融政策決定会合で中原伸之審議委員が外債の買い入れを提案していた。国債を買うのと同じで毎月1000億円買うことにして、金融政策上必要だと言えばいいという提案で、それには私は心情的にはシンパシーを感じる。最初から買ってはいけない資産が禁止してあるわけではない。その時の財務省の代表は、為替レートは我々の主管だから難しい、と言っていた。財務相はそのスタンスを変えていないと理解している。
もう1つの批判は溝口財務官の時には35兆円の介入をして市場の需給に影響を与えたが、あれから為替市場が大きくなり、果たして日銀の外債購入で持続的にレートに影響を与えられるかという点。大きく分けて2つの批判があると思うが、どうこたえるか。
岩田:後者の方から言うと、通常の量的緩和を含めて、為替レートに対する影響はゼロですかと問いたい。国際通貨基金(IMF)が最近シリーズで出している、スピルオーバー効果の研究によると、FRBのQE1 、QE2は為替レートにどういう影響を与えたか。ドルは5%ドル安になったが、円は12%円高になったという。量的緩和政策はさまざまな資産価格に影響を与える。株価、長短金利、リスクプレミアム、為替レートにも当然影響は及ぶ。FRBは外債を買ったわけではなく、国内のMBSとか国債を買ってそれだけ効果があった。それでは仮にFRBが外債を買っていたらどうなったか。明らかにもっとドル安になったと思う。
銀行券を刷ればいい
過去と比べて外国為替市場の規模は大きくなっているが、区別しなければいけないのは、円安に誘導したい場合と、円高に誘導したい場合では違いがあるということだ。円高に誘導したい場合は、持っている外貨資産を売らないといけない。持っている外貨資産には限りがある。日本は相当持っているが、それでも上限がある。韓国は常に少なかったので、いかにウォン安を妨げようと思っても、マーケットで「あなたは外貨建て資産をあまり持ってない」と見られると、投機筋をかえって刺激してしまう。従って効果はない。為替レートを円安にしたい時は対照的で、中央銀行が銀行券を刷ればいい。上限がない。仮に上限があるとすればインフレだけだ。
50兆円というよりも、「いくらでもやります」と言った方が効果はより強くなる。量的緩和の効果を強くするのと同じ問題だ。でも最初から無制限にと言うわけにはいかないので、2003年からの介入額が35兆円、そのうち日銀が非不胎化した、外債購入に当たる部分は13兆円だから、合わせて50兆円としている。しかし上限があるわけではない。
ドラギ総裁も同じ言い方をしているが、白川総裁は「金融政策は時間稼ぎに過ぎない」と発言し、その間に財政再建や構造改革を進めるべきだと政府に求めている。
岩田:財政に要求する、その気持ちはよく分かるが、FRBもBOEもインフレ期待を2%程度に維持するのには少なくとも成功したと思う。その効果は時間稼ぎだけではない。もちろん構造改革を行うことはデフレ克服の課題とオーバーラップするところはあるが、それは独自でやるべきこと。もう少し微妙なのは財政政策との関係だ。ドラギさんが直面しているのは、銀行危機と政府債務危機がリンクしてしまった時に中央銀行がどこまでそれをファイナンスするかという、もっと切羽詰まったところに置かれていると思う。
今年2月に野村総合研究所が主催している「金融市場パネル」のシンポジウムで、雨宮正佳理事が最後の貸し手(LLR)機能がどう変わっていくか、というテーマで講演していた。リーマンショックの時はマーケット・メーカー・オブ・ラスト・リゾート(MMLR)、中央銀行が誰も買わない資産を買い上げることでマーケットを作ってあげるという段階に至った。さらには中央銀行が支援する対象が政府になってきた場合はどう考えるか、という話で、日銀の幹部がここまで講演で言うのか、すごい時代になったなと思った。
岩田:ECBはそれに直面していると思う。しかもECBが複雑なのは加盟国が17あって統一した財務省がないということ。ジャン・クロード・トリシェ前総裁が要求していたのはユーロ代表の財務大臣を1人選んでくれということだった。ユーロ圏全体としての財政政策を決定できる人がいなければ、その人と信頼ある関係がない限り、金融政策は困るということだと思う。重要なのは財政当局がきちんとした財政規律を守って政策を運営すると、どれくらい明確に約束するかにかかっていると思う。それは財政当局の問題だ。ドラギ総裁が要求しているのは、スペインももっと財政規律をきちんとしてください、そうしたら、国債を買いますよ、ということだ。
財政政策と金融政策はどこかつながっている
白川総裁が懸念しているのも、ひょっとして日銀の政策が行き過ぎることによって財政規律を損なってしまうことではないか。すでに基金を合わせると銀行券ルールを超過していて、市場の中には財政赤字のファイナンスだ、マネタイゼーション(財政赤字の穴埋め)だと言う人は増えている。
岩田:そこのところは一番デリケートな問題だと思う。財政政策と金融政策はセパレートしているが、どこかつながっていて、コインの表裏みたいな部分がある。通常はセパレートで動けるが、危機になると、お互いにほとんど共通のことをする必要に迫られる。財政も金融的なことをやらざるを得ない、金融も財政的なことをやらざるを得ない、両方の機能を分離することが非常に難しくなる。機能の分離について、私はうまくやっているのはBOEだと思う。量的緩和をする前もキング総裁は財務相ときちんと話をして、これから量的緩和をするが、そこから生じる損失は財務相に見てもらうと約束した。今回、銀行貸し出しを促進する政策を取ったが、これもユーロ危機の波及予防策だ。資金調達コストを下げないと、企業がもたなくなる。その時もちゃんと財務相に断っている。財務相が損失の面倒を見て、購入額はBOEが決める。そういう実例があるので、私の提案では外債の購入についてもそこはルールをはっきりさせるべきだということだ。具体的な措置について透明性を持って仕分けをするという、しかし仕分けと同時に、一緒にやらなければならない部分は一緒にやる。損失の分担をどうするか、透明性のあるルールの下で問題解決に当たる、そういうことが必要だと思っている。
来年4月に白川総裁の任期が来る。市場では円安を志向している人が総裁になっただけで、円安になる効果があるだろうとも期待している。
岩田:そこは何とも分かりませんが、私の印象では、速水優総裁はやっぱり円高論者だったと思う。どういう場合でも円高が望ましい、通貨のインテグリティが一番大事だ、インフレは絶対にいらない。デフレがいいとまでは言わなかったが、トレラブル(容認)に近い、1%ぐらいのマイナスなら物価の安定と見ておられたのではないか。
「物価の安定の理解」では、政策委員会メンバーの中央値が1%だった。福井総裁の場合は、デフレをいいとは思ってなかったことは明らかだ。そこには大きな違いがある。
今、速水総裁時代の議事録が出ているが、量的緩和をするにしても、政治的な圧力があるから、本当はこんな政策は何の役にも立たないけれど、仕方がないからやりますということがはっきり書いてある。同じ政策をするのでも、いや、私はデフレを克服するために量的緩和をします、というのでは相当違いがある。
例えば、お医者さんがこの薬は全然効きませんよ、もしかすると毒があるかもしれませんよ。と言って薬を飲みなさいというのと、この薬は効きますからというのと、たとえプラシーボ(偽薬)だったとしても、自ずからものの言い方によって違いはあると思う。それが不十分であればもっとやる気があるのか、不十分ならすぐやめる気なのか、市場がどう予想するかで、当然効果は違ってくる。特に金融政策は先行きが問題なので、市場は日銀が先々どこまで戦うのか、というところを見ている。すぐやめてしまうような政策なら当てにならないから価格も変えないということになってしまう。そこはすごく重要な事実の認識の問題だ。そこが違うと後が全部違ってくる。
円高が続けば雇用を維持できなくなる
円高やデフレにしても、どこが円高なんですか、デフレって誤差の範囲でしょ、と言う人もいるが、製造業の人には耐えがたい。電機大手の業績悪化の原因は決して円高だけではないと思うが、電機だけでなく製造業が日本で雇用を維持できなくなる水準、段階に来ていると思う。トヨタ自動車も5割生産を国内に残すといっているが、3年も今の円高が続いたら維持できないと言っている。日産はもう1割しか残さないと、ドライにグローバル企業としては正しい判断をしていると思う。企業は生きていけるかもしれないが、国内の雇用は維持できなくなる。最近の産業構造審議会の報告書を読むと、今回の円高は根こそぎ空洞化だと書いてある。1990年半ばの円高も空洞化につながったが、そこは何とか持ちこたえた。今度は部品レベルまで、自動車、機械だけでなく化学まで及んできた。経営者に聞くととても耐えられない、危ういと言っている。日本の名目実効為替レートは1970年=100とすると、足元で400になっている。ドイツもマルク高で苦しんではいたが、220どまりだ。ところが、実質実効為替レートは1970年から100のままでずっと動いていない。競争力に重要なのは実質実効為替レートだ。
まるでターゲッティングしているかのように。
岩田:まっすぐなんですよ。日本は今200近い。名目で400、実質で200。その結果、輸出市場のマーケットシェアがどうなったかというと、93年は両方とも10%だったが、今日本は5%、ドイツは8%。日本は名目GDPで世界の8%ぐらいのシェアがあるのに、輸出のシェアは5%になっている。電機がもう戻ってこないと、このシェアはさらに落ちる。自動車も今のままだったらやっぱり出ていくだろう。その危機感が、極めて弱いと思う。個別の企業は技術があればグローバルに生きていけるが、日本の雇用は維持できない。
韓国ウォンの実効為替レートも1970年=100とすると、今は10程度なんですよ。人民元は30程度。いずれにしてもそれだけの違いがある。「日本の製造業は怠慢なんだ」という人もいるが、実質実効為替レートが200まで上がった国は、100のままでずっと維持している国と同じだけ努力しても負けてしまう。そのギャップは極めて大きい。
産業構造の変化は1、2年で起きるわけではない。名目実効為替レートは400までじわじわ上がってきたので、今後も円高が続くという「期待」が埋め込まれてしまっている。企業経営者はそれに備えるには、販売価格を下げ、賃金をカットするしかない。人件費を下げ、固定費を下げれば、デフレになるのは当たり前だ。日銀短観で販売価格の予想を聞くと、圧倒的に「下がる」という回答が多い。それではデフレは治るわけがない。「自己実現的な円高期待を通じるデフレ期待の形成」、というものが根強く残っている限り、デフレからは出られない、と思っている。
中国との労働賃金の格差が大きく、生産を向こうに移転するとかぎりなく中国と労働賃金が等しくなるまでデフレが続くんだという議論もあった。
岩田:一時ありましたが、根本的におかしい。中国は世界中どこにでも輸出しているのに、どうして日本だけがデフレになるのか。そこが抜け落ちている。中国だけではなく、新興国はみんな先進国に比べれば低賃金で、そういう現象はずっと続いている。それなのに、日本とスイスだけがどうしてデフレなのでしょうか。
市村 孝二巳(いちむら・たかふみ)
日経ビジネス副編集長 兼 編集委員。
ニッポン改造計画〜この人に迫る
日経ビジネス本誌10月1日号でお送りする特集「ニッポン改造計画100」で政策提言をいただいた識者へのロングインタビューシリーズ。誌面では語りきれなかった政策提言の深層を聞く。http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20120928/237409/?ST=print
#日経リフレ押し
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