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【第5回】 2012年9月28日 藤沢数希
社会主義化した国際金融の世界
世界同時金融危機からユーロ危機に至る最近のマクロ経済の重要なトピックに、激変する金融業界の“赤裸々な内幕”を織り交ぜて解説する『外資系金融の終わり』が発売直後から大きな反響を呼んでいる。本連載ではそのメインテーマともいえる外資系金融機関の「報酬」と「組織」、そして金融システムの変化について、藤沢数希氏に解説してもらう。
ボルカー・ルールとバーゼルV
アメリカの不動産バブル崩壊からはじまった一連の世界同時金融危機は、未だに収束していない。この間に、政治的には極めて不人気な金融機関への公的資金注入などが次々と実施された。各国政府や規制・監督当局はじくじたる思いだろう。
そして金融機関を規制する立場の政府高官は、おそらく自分たちが一連の金融危機に責任があるとは考えていない。彼らは金融バブルがはじける前も、公務員としてウォール・ストリートやシティの報酬とは無縁の暮らしをしていた。ウォール・ストリートやシティの連中が起こした金融危機の責任をどう感じろというのだ。本当は、バブルをここまで大きくした低金利政策や、金融業界からのロビー活動によりいびつな規制緩和をしたことが、今回の金融危機の大きな原因になっているのだが。
当然のこととして、欧米の政府高官や政治家は、報酬に目が眩んだ金融機関による過剰なリスクテイクが金融危機の原因であり、放っておけば何をしでかすかわからない強欲な金融機関を厳しく規制しなければいけない、と考えた。そして、大きく分けてふたつの国際的な金融規制がはじまっている。ボルカー・ルールとバーゼルVである。
元FRB議長のポール・ボルカーが主導したボルカー・ルールは、銀行が本来の貸出業務以外でリスクテイクするのを基本的に禁止しようという規制改革だ。本書でくわしく説明してきたが、最近のグローバルな金融機関の収益源はヘッジファンドと変わらなかった。社内のトレーディング・デスクが大きなポジションを取って相場に賭けているのだ。
投資銀行の悪あがき
ボルカー・ルールはまだ実施されていないが、この1、2年の間、監督当局の機嫌を取るために、米系の投資銀行は自主的に社内ヘッジファンドの名前を変えている。
たとえば、「スタティスティカル・アービトラージ・デスク」は、「電子マーケットメイク・デスク」などに名前を変えたし、「クオンティテイティブ・ストラテジック・トレーディング・デスク」は「市場流動性供給デスク」などと呼び方が変わった。デリバティブを扱うデスクは、利益の大方がプロップ(自らの資本を使って相場を張る自己勘定取引)から来ているのだが、これもあくまで顧客のためにマーケットメイクをしているという大義名分を強調するようになった。
いずれにしても、銀行がヘッジファンドのような業務を行なうことを抑制しようというのが監督当局の考えで、銀行は、社内の部署の「名称」を変えることによって、新たな規制に対応しようとしているのだ。
中身は同じだけど、外側の皮だけ変えようというわけだ。
バーゼルVとは、主要国の金融監督当局で構成するバーゼル銀行監督委員会が2010年9月に公表した、国際的に業務を展開している銀行に課される新たな規制のことで、バーゼルUと比べて自己資本規制を大幅に厳しくしている。
バーゼルVでは、普通株と内部留保などからなる「中核的自己資本」を、投資や融資などの損失を被る恐れがある「リスク資産」に対して、一定割合以上持つように義務づけられる。リスク資産の拡大に制限を加えて、銀行が大きな損失を出しにくくする。自己資本の質と量を厳しくして、大きな損失でも耐えられるだけのバッファーを構築させる。こうして、リスク資産の規模が制限されることにより、収益機会が減る。自己資本を厚くすると資本コストが上がるので、銀行の収益は圧迫される。
公的資金の注入を余儀なくされた各国政府からしてみれば銀行に対する当然の要請であるが、銀行が自己資本比率を高めるために分母のほうのリスク資産を圧縮しようとするので、世界中でさまざまな金融商品が銀行により売り浴びせられている。
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ボルカー・ルールもバーゼルVも、実施時期を含めて詳細は依然として流動的であるし、守らない金融機関、あるいは政府にどのような制裁をするのか、課題も多い。しかし、僕の知る限り、この1、2年の間に、外資系金融機関の多くで社内ヘッジファンドが縮小されたり、場合によっては閉鎖された。さすがに名前を変えただけではなかったようだ。また、トレーディング・デスクはポジションを小さくするようにトップマネジメントから圧力を受けている。前者はボルカー・ルールに対応するためであるし、後者は資産を圧縮することによりバーゼルVの自己資本比率をクリアするためだ。
やはり、国際的な金融規制はある程度は着実に実施されていくようだ。
「つぶされない銀行」が決められた
バーゼル委員会と金融安定理事会(FSB)は、G-SIFIs(Global Systematically Important Financial Institutions)として、20〜30ほどの金融機関を選定して、さらに厳しい自己資本規制等を課すことを決めている。日本からも、みずほ、三井住友、三菱UFJのメガバンクがG-SIFIsに選ばれている。
大きな金融機関は「Too Big to Fail」で、つぶれそうになれば政府に救済されるという「暗黙の政府保証」があったわけだが、これからは暗黙でも何でもなく、ほとんど明示的につぶされない銀行が監督当局に指定されたわけである。これでは完全に金融社会主義だ。
http://diamond.jp/mwimgs/b/5/-/img_b52216e8c1f4368387aaa57143ba0cb773188.jpg
このようにボルカー・ルール、バーゼルV、そしてG-SIFIsによって、国際金融の世界は、より強い規制、より少ない金融商品、より限定されたリスク、より多くの監督、そしてより少ない自由へと突き進んでいる。
国際金融業は冬の時代に突入したのだ。
僕は、このような国際金融規制の潮流を大変残念な思いで見守っている。結局、金融機関を規制する側の当局も、自らの権益は手放したくないし、今までのやり方を大胆には変えたくないのだ。原発事故が起こったときの、電力会社と規制・監督当局である経済産業省などの関係でもそうだけれど、基本的に規制される側の民間のほうで不祥事が起こると、世論の勢いを利用して、規制側の政府機関は大きくなっていくのだ。税金で運営される公的機関というのは、自らの組織の権限を大きくしていく、という本能に突き動かされているからだ。
世界同時金融危機では、金融システムの崩壊を防ぐために、直接、間接的に国民からの税金という信用に支えられる各国政府、中央銀行の助けが必要になった。これに対する本来の規制改革は、大きすぎてつぶせない金融機関の規模や機能を制限して、ひとつの金融機関が破綻しても、金融システム全体が崩壊するような事態が起こらないようにすることだった。
悪い規制緩和、悪い規制強化
しかし、実際に起こっていることは、金融機関はますます「Too Big to Fail」になり、それを規制する側の各国の規制・監督当局は権限をより強くしていくということだった。政府の規制・監督当局は、監督するべき民間企業があってはじめて存在意義がある。つまり、規制・監督当局としても、大きすぎてつぶせない金融機関を温存し、その上で自分たちの権限を強めて、より上の立場から監視するほうが美味しいのだ。
本来、規制緩和とは、新規参入の障壁を下げ、競争を増やすことにより、サービスの価格を下げてサービスの質を向上させるために行なうものである。この意味で、2007年まで続いた金融バブルのなかで行なわれたさまざまな国際金融業界の規制緩和は、新規参入を増やすというよりも、既存の巨大金融機関が好き勝手できるようにする、という意味で行なわれた。そして既存のプレイヤーが強くなる一方で、複雑怪奇な法規制で守られる金融業は、新規参入が極めて困難である。これは、典型的な悪い規制緩和だ。
そして、現在進行中の規制強化は、既存の体制を固定化するとともに、各国の規制・監督当局の権限を肥大化させている。こちらも、典型的な悪い規制強化である。
特定の金融機関と、各国の財務省、中央銀行、監督当局からなる、国際金融業界のインナーサークルは、社会主義的な色彩を強く帯びた形で、依然として世界のなかに居座ろうとしているのだ。
宗旨替えしたグリーンスパン
金融危機でさまざまな問題を引き起こした巨大金融コングロマリットや、次々と生まれる複雑な金融商品のマーケットの成長に、誰よりも力を貸してきたアラン・グリーンスパン元FRB議長ですら、宗旨替えをして次のように語った。
「大きすぎてつぶせないなら、それは大きすぎるのだ。
(中略)
少なくとも我々は、暗黙の政府保証という隠れた補助金が巨大銀行に競争優位を与えていることに気がつくべきである。この見えない補助金のおかげで、大手は中小を競争で打ち負かすことができる。この状況を是正しない限り、時代から取り残された瀕死の金融機関を抱え込み、アメリカ社会の貯蓄を無駄に垂れ流すことになるだろう。
大手銀行の自己資本比率を引き上げるとか、課税を強化するといった措置だけで十分だとは思わない。大手銀行はそれぐらいの負担増は吸収し、しのいでいくだろう。そしていつまでも国民の預金を利用し続けるだろう。
(中略)
だから私はもっと大胆な提案をしたい。それは、銀行の分割である。1911年にスタンダード石油を分割したら、何が起こったか。分割後の各事業は、分割前より価値が高まった。世界が必要としているのは、これである」
http://diamond.jp/articles/print/25223
白川日銀総裁から野田首相へ、5兆円のプレゼント
短期国債、買い入れ増額の真相
2012年9月28日(金) 市村 孝二巳
日本銀行は9月18、19日の政策委員会・金融政策決定会合で、追加緩和を一段と強化することを決めた。国債などを買い取る「資産買入等基金」の規模を従来の70兆円から80兆円に増額するとともに、買い入れを続ける期間を2013年6月末から同年12月末まで延長した。
日銀は2010年10月5日に資産買入等基金の創設を含めた「包括的な金融緩和政策」を実施し、これまで段階的に基金の規模を拡大してきた。今回の追加緩和策に先立つ形で、日銀の決断を促すような出来事が2つあった。
1つは、9月6日に欧州中央銀行(ECB)が決めた、スペインなど南欧諸国の国債を買い取る「アウトライト・マネタリー・トランザクション(OMT)」と呼ばれる措置の導入である。当該国が欧州安定メカニズム(ESM)に支援を要請し、財政再建計画について約束することを条件に、償還期間1〜3年の国債に限って無制限に購入するという前代未聞の措置だ。これを受けてスペイン国債の利回りは低下、ユーロ相場も一時1ユーロ=103円台まで値を戻した。
さらにもう1つは、米連邦準備理事会(FRB)が9月12〜13日の連邦公開市場委員会(FOMC)で決めた、量的緩和第3弾(QE3)だ。追加緩和策で住宅ローン担保証券(MBS)を毎月400億ドル(約3兆1000億円)のペースで買い取ると決めた。
欧米中央銀行の相次ぐ追加量的緩和策に背中を押される形で基金増額を決めた日銀。主要国中央銀行の金融緩和競争といった様相だが、今回の日銀の決定にはもう1つ、止むに止まれぬ事情があったことはあまり知られていない。
「予想以上に思い切った対応」
「予想以上に思い切った対応をしてもらった。従来にも増して大胆な金融緩和措置が決定され、政府としても大いに歓迎したい」
安住淳財務相はこう語り、日銀の決定にもろ手を挙げて歓迎した。欧米中央銀行が追加緩和を実施する一方で、日銀が追加緩和を見送れば、市場の失望を招き、急な円高、株安が進むことも懸念されていたが、10兆円という市場の予想を上回る増額幅は驚きをもって受け止められ、その日の東京市場では円安、株高が進んだ。
「思い切った決断を早め早めにしてくれた」。安住財務相が喜んだのも当然だろう。なぜなら、今回の日銀の決定には、財務省、そして民主党政権への大きなプレゼントが含まれていたからだ。
注目すべきは短期国債
10兆円の基金増額の内訳をみると、その“ナゾ”の一端が見えてくる。市場が最も注目している長期国債の増額もさることながら、7月に続いて短期国債を大幅に増額し、買い入れの規模を14兆5000億円まで引き上げたのが注目すべきポイントだ。
10兆円の増額のうち、5兆円は長期国債、そして残りの5兆円が「国庫短期証券」と呼ばれる短期国債だ。19日の記者会見で白川方明総裁はこう説明している。「短期国債(の買い入れ)については本年12月末に完了することになっていました。従って、増額を図るときは、短国については、その買入れがない来年6月末にかけての時期までに買入れをしていく(中略)ことで、間断なく金融緩和を行っていくことの効果とメッセージを発することが適当と判断しました」。
なぜ日銀は年明け以降も短期国債の買い入れを継続する必要があるのか。既に短期国債の流通利回りはおしなべて0.1%程度と、日銀の政策金利である無担保コール翌日物金利0〜0.1%の水準まで低下している。日銀の当座預金残高は24日に44兆2100億円(速報)と、過去最高の水準を更新する勢い。この量的緩和によって短期金融市場はいわゆる「じゃぶじゃぶ」に資金が余っている状態で、日銀が資金を供給しようとして固定金利オペレーションを実施しても、応札額が予定額に達しない「札割れ」という現象が頻発しているほどだ。
日銀は7月に短期国債の札割れが起こらないように0.1%に設定していた入札下限金利を撤廃。0.1%を下回る水準でも資金が調達できるようにして、一段の金利低下を促してきた。
もう既に短期金利の低下余地はほとんどなくなっている。それでもなお、日銀が短期国債の買い入れを増額するのは、金利低下を促すことのほかに理由があるからだ。
解散先送りと赤字国債発行法案
野田佳彦首相は23日、輿石東・民主党幹事長に続投を要請し、輿石氏もこれを受諾した。この人事をもって永田町には「解散先送り」のムードが一気に広がった。「近いうちに」解散するという前提で、自民党、公明党との3党合意に基づく消費税増税法案成立に向けた協力を得たにもかかわらず、野田首相は18日のTBS番組で「問責決議案が出てきたことで状況に変化がある」と語った。参院での問責決議によって自民党との信頼関係が崩れたという理屈で、解散の「約束」を反故にして、先送り戦術に転じようとしているのだ。
こうなると、「10月解散、11月総選挙」というシナリオは一気に崩れ、少なくとも「年内は解散見送り」というムードが一気に強まってきた。野田政権は解散を先送りするためにも一票の格差是正に必要な「0増5減」法案を当面棚上げする見通し。一票の格差を是正せずに解散・総選挙を強行すれば、選挙結果は違憲であり無効との判決が予想されるためだ。
もう1つ、棚上げの続く重要法案が赤字国債発行法案だ。自民党は赤字国債発行法案などに協力するのと引き換えに、野田首相に解散を迫っている。昨年の菅直人首相の退陣と同じように、野田首相を解散に追い込もうとする戦術だ。すでに赤字国債発行法案の成立が遅れている影響で、政府は地方交付税の交付など予算の執行抑制という前代未聞の措置を余儀なくされている。
そこで日銀の短期国債買い入れ増額が、大きな意味を持つのだ。
「兵糧攻め」と「やせ我慢」
赤字国債発行法案が成立しない限り、予算執行に必要な長期国債は発行できない状態が続く。それで野田政権を「兵糧攻め」にしたいのが自民党の戦術だ。しかし赤字国債の代わりに、短期国債の一種であり、政府の短期的な資金繰りのための証券である財務省証券は発行できる。今年度の予算総則で定められた財務省証券の発行限度は20兆円で、8月末の発行残高は1兆円に過ぎず、19兆円もの余裕がある。日銀がこれをどんどん吸い上げてくれれば、当面は政府の資金繰りに問題がなくなるというわけだ。
ところが、公明党の浜田昌良参院議員が9月4日に出した質問趣意書で、「公債特例法案(赤字国債発行法案)が成立せず、償還財源が確保できていない状況で同証券の追加発行は不可能となるのか」と問いただしたところ、政府は11日の閣議で「財務省証券の発行は、特例国債法案に基づく歳入を見込むことができず、かつ、当該歳入以外にもその償還のための財源が確保できていない状況では、財政法上許容されないと考えている」という答弁書を決定した。いわば、短期国債で資金繰りをつける方法を自ら否定し、赤字国債発行法案を通さないと、予算抑制による国民生活への悪影響が強まるため、自民党などに同法案成立への協力を迫る図式を作り上げた形だ。
そして、今回の追加緩和が効力を発揮するのは年明け以降だ。赤字国債発行法案が成立したとしても、長期国債の発行が年度末までに集中すれば、不測の金利上昇という事態を招きかねない。その時、政府がまず財務省証券を発行し、日銀が市場を通じてそれを買い取れば、長期金利への悪影響を極力抑えられる。資金がじゃぶじゃぶの短期市場に軸足を移した方が日銀にとっては財政の資金需要を満たしやすいわけだ。日銀が決めた10兆円の国債増額の半分は、金融緩和策というよりは、解散をできるだけ先送りしたい野田首相へのプレゼントと言われても仕方がない要素を含んでいることは否定できない。
金融市場では「日銀はもう既にマネタイゼーション(財政赤字の穴埋め)に踏み込んでいる」という見方が浸透してきている。ECBがスペインなどの国債を買い取る措置に踏み切ったのは、国債利回りの急騰による財政負担の拡大を避けながら、ユーロ圏諸国の財政再建を支援するのが狙いだ。しかし、結局はECBが財政赤字を穴埋めしてくれるからという慢心、つまりは財政のモラルハザード(倫理の欠如)が広がり、一向に財政赤字も改善しなければ、国債利回りは急上昇に転じかねない。そうなればユーロが暴落の憂き目に遭うのも必至だ。
目を転ずれば、財政事情も、中央銀行のバランスシートも、日本の方が遥かに切迫した状態にある。財務省によれば、国債と借入金に国庫短期証券を足した「国の借金」の総額は2012年度末に1085兆5072億円となり、初めて1000兆円の大台を超える見通し。名目GDP(国内総生産)の2倍を超える水準だ。
さらに、欧米中銀に比べて量的緩和の度合いが足りないと批判を受けている日銀は、名目GDPでみた経済規模に対する割合で見れば、ECBやFRBよりもはるかに資金供給量が多いということを強調してきている。
しかし、強力な量的緩和を実施しているということは、それだけ副作用も強くなりかねないということだ。ECBのようにユーロ圏各国政府に財政規律の強化を求める措置を取ることもないばかりか、量的緩和策の中に政権の財政規律をかえって緩めるような中身を忍ばせているとしたら、しっぺ返しを食らうのは日銀だけでは済まない。円の信認を危うくすることは、日本経済の根幹を揺るがすことだ。
市村 孝二巳(いちむら・たかふみ)
日経ビジネス副編集長 兼 編集委員。
記者の眼
日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120926/237275/?ST=print
フランス経済:競争力回復なるか
2012年09月28日(Fri) The Economist
(英エコノミスト誌 2012年9月22日号)
フランス政府はようやく、自国の競争力を回復させるために緊急対策を講じる必要があることに気づいたようだ。
パリ近郊のオルネー・スー・ボワにあるプジョーの自動車工場では、早番が明けると、従業員たちが続々と回転ドアから出てくる。従業員は猛烈な怒りと激しい失望感を覚えている。
今年7月、プジョーが3000人を雇用している同工場の閉鎖を発表すると、フランソワ・オランド大統領は声高に、その決定は「受け入れ難い」と非難した。それから2カ月が経ち、公式報告が出た今、フランス政府はその運命を受け入れた。
フランスを揺るがしたプジョー工場の閉鎖
プジョーによるオルネー工場の閉鎖は、フランスで20年ぶりの自動車工場の閉鎖となる〔AFPBB News〕
「オランドは我々の面倒を見ると言った」。工場の生産ラインで12年間働いてきたサミール・ラスリさんはこう話す。「今では彼に投票したことを後悔している」
赤字が続く自動車メーカーのPSAプジョーがオルネー工場の閉鎖――フランスで自動車工場が閉鎖されるのは20年ぶりになる――とフランス全土での8000人の人員削減を決めたことは、フランスに大きな衝撃を与えた。
工場閉鎖は、フランスが抱える競争力の問題と、民間セクターのリストラを阻止するという約束にもかかわらず、新しい社会党政権が相対的に無力であることの象徴になった。
関係する従業員には気の毒だが、計画されている工場閉鎖は少なくとも1つ、有益な効果をもたらしたかもしれない。つまり、国を揺さぶって、フランスが競争力を失いつつあり、政府が対策を講じる必要に迫られていることを認識させたのだ。
拡大するドイツとの格差
過去12年間で、フランスと、同国の最大の貿易相手国であるドイツの競争力の格差が広がった。この差は、2000年以降、フランスで28%上昇したがドイツでは8%しか上昇していない製造業の単位労働コストと、欧州連合(EU)圏外への輸出に占めるフランスのシェア低下に表れている。
フランスの実業家アンリ・ラガルド氏が行った両国の化学品会社2社に関する調査が問題の一端を示している。ドイツ企業は従業員の給与総額に対してわずか17%の社会的費用しか負担していないのに対し、フランス企業の負担率は38%近くに上るのだ。最近の競争力に関する調査では、ドイツが6位、フランスが21位だった。
今年の大統領選の期間中は、競争力の問題は、右派でも左派でもほとんど取り上げられなかった。
オランド氏は大統領に選出されると、「脱グローバル化」を訴えるベストセラーを執筆したアルノー・モントブール氏に、工場閉鎖を阻止することを目的とした閣僚ポストを与えた。モントブール氏は然るべく全国を行脚し、不可能なことを約束して回った。
忍び寄る現実感
ところが今秋、工場閉鎖が相次ぐと、現実感が忍び寄ってきたようだ。オランド氏は今でも75%という新たな最高税率を導入するつもりかもしれないが、その他の問題に関してはトーンが変わってきている。
オランド氏はオルネーの工場閉鎖を受け入れただけでなく、これから待ち受けている「痛みを伴う」努力にも言及した。2013年度予算では、200億ユーロの増税と、およそ100億ユーロの歳出削減が盛り込まれる可能性があると警告。そして何より「労働市場の改革」を訴えた。これは左派にとって伝統的なタブーだ。
モントブール氏は今後も「金融システムの強欲」を糾弾するかもしれないが、ほかの閣僚、特に金融大臣のピエール・モスコビシ経済・財務相とミシェル・サパン雇用・労働相は、もっと理性的なように思える。
「我々は良識的に企業寄りでありたいと思っている」とモスコビシ氏は言う。「フランス経済が国内企業なしでは立ち行かないことを十分に理解している」。政府の顧問らは、労働者にコストがかかり過ぎていること、そして公共支出の水準――フランスの場合は国内総生産(GDP)比56%で、EUの中で2番目に高い――がフランスにとって問題であることを認識している。
もし今、新しいムードが広がっているのだとすれば、それは経済が停滞しているせいでもあり、企業経営者が閣僚に対して、企業叩きをやめるよう圧力をかけたせいでもある。
フランスには今なお、高い競争力を有する企業が多数存在する。オランド氏は今夏、パリ近郊にあるヴァレオの研究施設を3時間ほど訪問した。ヴァレオは年間109億ユーロの売上高を誇るハイテク自動車部品の有力サプライヤーだ。
大胆な決断につながるか?
だが、新たな現実主義がどこまで大胆な決断に結びつくかは、また別の話だ。目先の試金石は、9月28日に発表される2013年度予算だ。フランス国民は予算カットの衝撃に直面することになる。モスコビシ氏は、どんなに困難でも、2013年までに財政赤字をGDP比3%まで削減するというフランスの約束は尊重されると強調している。
同じように試されるのが、競争力の回復に対する新政権の決意だ。元経営者のルイ・ガロワ氏は10月に報告書を提出する予定で、同氏はその中で「競争力ショック」を訴えると見られている。給与税の大部分を、環境税や、給与だけでなく財務収益や年金、失業手当なども対象となる一般社会拠出金(CSG)などの別の形の課税に振り替える策もその一環だ。
そして何より重要なのは、オランド氏が労働組合の幹部らと経営者に対して、12月までに労働市場の改革に向けた交渉を進めるよう指示したことだ。
交渉のテーブルには様々な案が上がっている。2003年にゲアハルト・シュレーダー氏がドイツで導入した政策に沿った形で、雇用安定の保証と引き換えに、不況期に企業が労働時間を削減したり、給料を引き下げたりできるようにする案もその1つだ。
フランス民主労働総同盟(CFDT)の次期代表ローラン・ベルジェ氏も、労働市場の柔軟性を高めるべきだという考えを受け入れている。
今秋できなければ・・・
これらはすべて、少なくとも明るい材料だ。だが、問題を認識することと、実際に対策を講じることは別だ。多くのことが、協調や妥協を好まない労組幹部の態度に左右される。だが、最後はオランド氏の決意にかかっている。同氏は、たとえ労使が合意に達しなくても、労働改革法を可決させると約束している。
オランド氏率いる社会党は、フランス全土のあらゆるレベルで権限を握っている。5年の任期はまだ始まったばかりだ。だが、同氏の支持率は既に急落している。もし今秋に必要な手立てを講じることができなければ、恐らく今後もできないだろう。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36201
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