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シャープ9月危機!! 経営介入へ牙を剥き始めた鴻海
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12/09/19 | 00:05 東洋経済
その日、彼は上機嫌に見えた。
8月29日水曜日、午後6時。郭台銘(テリー・ゴウ)・鴻海(ホンハイ)精密工業董事長は、東京駅からのぞみ249号に乗り込んだ。二十数人の同行者の中でひときわ目立つのは、180センチメートルを超す身長のせいだけではない。60代とは思えぬ血色のよい頬。好奇心に満ちた瞳。報道陣のカメラとマイクに笑顔で対応する郭董事長は、まさしく“時の人”のオーラを放っていた。
新大阪までの2時間半、郭董事長は過密行程の疲れなどみじんも見せなかった。アイパッドを操りながら隣席者と語らい、車内販売の幕の内弁当もあっというまに平らげた。
だが、新大阪駅のホームに降り立った瞬間、再びカメラとマイクに取り囲まれた。前に進むのも一苦労。やっと車に乗り込むと、今度は報道機関のバイクが追いかけてくる。宿泊先へ向かう車中で、“明日”への思いが少しずつしぼんできた。
そして、翌30日15時──。
■会議室で待ちぼうけ 肩透かしのシャープ
「帰っただって?!」
堺工場の会見場は、飛び交う中国語と日本語とで騒然となった。この日、鴻海が緊急会見を開くとの知らせを受け、東京はもとより台湾からも、100人以上の報道陣が駆け付けていた。しかし、会見場とドア一枚隔てた場所まで来ながら、郭董事長は姿を現さなかったのである。
さかのぼって8月25日──。シャープ本社に程近い吉野家・西田辺店を訪れたシャープの若手社員は、大量の持ち帰り牛丼を買い込んでいった。30日の会談に先駆けて、鴻海の実務担当者らが来社。準備が慌ただしく進んでいたのだ。
堺工場を運営するSDP(堺ディスプレイプロダクト)でも、「SHARP」の看板を「SDP」の看板に急きょ掛け替え、郭董事長の来日に備えた。
シャープが郭氏来日を知ったのは、ほんの数日前。来日といってもシャープのためではなく、台湾の経済訪問団の一員として蕭万長・前副総統に随行する旅だ。30日にはポケットマネー660億円を投じた堺工場を“日台連携の証し”として案内する予定だった。
来日、堺視察、そして記者会見。シャープにとってはいずれも「寝耳に水」(関係者)だったが、チャンスでもあった。8月3日から始まった出資条件に関する交渉は、行き詰まっていた。実務担当者同士の話し合いは継続していたものの、肝心の郭董事長が多忙で、テレビ会議の開催さえままならなかったのだ。
鴻海も交渉を前に進めたかった。台湾の投資家からはシャープとの提携について疑問視する声が上がっている。8月中旬時点では、「鴻海側も『月末までに共同声明を発表したい』と乗り気だった」(関係者)。その証拠に、郭氏来日に先んじて、実務担当者を送り込んでいる。
そして迎えた30日。奥田隆司社長、大西徹夫専務、そして町田勝彦相談役らは、午前9時からSDPの会議室に控え、郭董事長を今か今かと待っていた。
しかし、彼らに告げられたのは、「(郭氏は報道陣に囲まれ)堺のリーガロイヤルホテルから出られない」との報。仕方なく、午前中は鴻海の実務担当者らと協議し、郭董事長が工場視察と会見を終えた夕方以降に再開する運びとなった。
実際には、郭氏は15時には堺を離れ、その足で関西国際空港へ直行。奥田社長らと顔を合わすことさえせず、プライベートジェットで離日したのである。
■態度硬化させる郭氏 経営参画にも意欲
「幼稚、無知、近視眼」
月が変わって9月1日。郭董事長は、会見欠席と突然の離日について、「日本の報道陣の態度が原因」と釈明した。日台の経済協力の発展のための訪問団を、報道陣が台なしにしたと批判したのである。
シャープが「8月末メド」としてきた交渉の決着はずれ込んだ。奥田社長は月内にも訪台し、郭董事長と直接協議したいとの意向を示すが、この間、「鴻海は亀山第2工場のパネル引き取りなど協業の具体化や、役員の派遣を要求してきている」(関係者)。シャープにとって抵抗のある提案の連発に、交渉は9月中にまとまらない可能性も出てきた。
「必ず経営に介入する」。シャープに対する郭董事長の発言も過激化している。「われわれはベンチャーキャピタルではない。単なる資本投資はしない」。
これまで曲がりなりにも「対等な協業」を前提としてきた2社。振り返れば、その関係に明らかな変化が起きたのは、4〜6月期の赤字決算を発表した翌日、8月3日だ。
この日、郭氏は東京で町田相談役、片山幹雄会長らと協議。「株価を上げるにはどうすればよいか」と問いかけた郭氏に対し、町田氏が価格条件の引き下げを切り出したという。これを受け鴻海は、「1株550円で約670億円をシャープに出資する」という3月末の合意内容を見直す旨、台湾証券取引所のインターネットサイトで公告したのだ。
■超・弱腰外交に代表訴訟の懸念
「株価を簡単に見直せるなら正式契約の意味がない」──。
この価格見直しについて、周囲から大いなる疑問が呈されている。
鴻海との業務提携と同社に対する第三者割当増資は、単なる覚書レベルの話ではない。3月27日のシャープ取締役会で決議された正式なものだ。シャープが同日に関東財務局に提出した有価証券届出書には、550円は「企業価値を適切に反映した」と記載されている。
「払い込みまで時間がかかるのは珍しくない。その間に株価が上下するのは当たり前だ。簡単に株価見直しが可能な契約を結んでいたならば、株主代表訴訟ものだ」。長く投資銀行でM&A業務に携わっていた服部暢達・早稲田大学大学院客員教授はこう批判する。
別の見方もある。西村あさひ法律事務所パートナーの草野耕一弁護士は、あくまで一般論としながら、「原則論としては最終契約を結んだ後に価格の再交渉をするのはおかしい。が、最近では対象企業の業務内容や財務状況に重大な不利益が発生した場合に、一方的に契約を解消することができるMAC(Material Adverse Change)条項を取り入れるケースもある。シャープの案件ではおそらくこのような規定が最終契約に盛り込まれており、それに抵触したのではないか」と推測する。
企業間の契約では、MAC条項のほか、財務状況や訴訟関連などで事前に開示された以外に瑕疵がないことを保証するRepresentation and Warranty(レプワラ=保証表明)や、独占禁止法当局の許可が取れる、双方の弁護士の適法意見書が取れるといったCondition Precedent(契約実行のための前提条件)などの条件が入る。これらに抵触した場合、契約の見直しが可能となる。
そのため、M&Aを専門とする弁護士には、「シャープが見直しを提案したのは何らかの条項に抵触したため」との見解が多い。
しかし、当のシャープの関係者は、「何らかの条項に抵触したわけではない」と明かす。「話し合いの中でそういう方向になった。うちの4〜6月期の大赤字のせいで株価が下がったわけだから……出資してもらう立場として、強くは出られない」。
契約書の内容を精査できない以上、真相は外部にはわからない。ただ、シャープ関係者の言うとおりなら、「今回の増資案件の発表を信頼してシャープの株式を買った(または売却を見送った)投資家からの責任追及を免れない」(専門家)。
はっきりしているのは、シャープは8月3日以降、郭董事長の言動に翻弄され、主導権を完全に握られているという事実だ。
弱い立場とはいえ、契約をいったん踏み越えてしまったなら、もはや相手を止めるすべはない。郭董事長は一気呵成に攻めてくる。「シャープは今後さらに無理難題を押し付けられるのではないか」(関係者)との声も少なくない。
■「鴻海抜き」の再建計画も始動
鴻海に翻弄されるシャープの姿に、銀行の態度も変わってきた。
従来は、鴻海との協業が「巨額の追加融資を行う大前提」(主力行関係者)とされてきた。ところが提携に不透明感が強まり、「妥結を待っていられなくなった。追加融資の焦点は9月中旬に提出される“実抜計画(抜本的な再建計画)”に移っている」(金融筋)。
シャープの資金繰りは、ここ数カ月で急速に悪化し、有利子負債は1兆円超。8月末時点で、短期資金調達手段であるコマーシャルペーパー(CP)は約3000億円に上る。
S&Pは8月31日、短期会社格付けを「Aマイナス2」から「B」へ2段階引き下げ投機的水準とした。CPの新規発行は困難で、融資に頼らざるをえない。
8月には主力2行(みずほコーポレート銀行、三菱東京UFJ銀行)が本社や工場など主な固定資産を担保に1500億円の追加融資枠を設定、月末までに大半が実行された。9月以降もCP償還に加え、運転資金、来年9月に償還を迎える2000億円の新株予約権付き社債の手当てが必要となる。「喫緊にも2000億円程度の追加融資枠の設定が必要だろう」(金融筋)。
9月10日にはデューデリジェンスの報告書が出る。これを基に、「シャープと銀行で、下期以降、V字回復できるような実抜計画を作成する」(主力行関係者)。すでに担保にとれる資産はない。シャープは、国内従業員2000人削減を含めた固定費1000億円圧縮計画を提示しているが、「固定費のさらなる削減は必須だ」。
鴻海が先か、銀行が先か──。当事者能力を失ったシャープに、さらなるメスが入ろうとしている。
(前野裕香、山田雄大 撮影:ヒラオカスタジオ =週刊東洋経済2012年9月15日号)
記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
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