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6割近くが年金は「負担が給付を上回る」と予想
市民は少子高齢化社会をどう見ているか
政府(厚生労働省)は、8月28日、「社会保障に関する国民意識調査」(少子高齢化社会等アンケート)の結果を公表した。これは、厚生労働白書の作成等に当たっての資料を得ることを目的として実施されたものであるが、その内容にはなかなか興味深いものがある。
わが国を学歴社会・金満社会と見る人が4分の3
このアンケートによると、「自分自身の現在の生活」については、50.5%の人が満足感を示しているものの、「現在のわが国の社会」に対して満足感を示している人は、36.8%に過ぎない。この差は、どこからもたらされたものであろうか。
人間関係についての満足度はかなり高い(「同僚や友人」63.4%、「隣近所」63.0%、「家族」82.7%)。他者への信頼感も同様に高い(「ほとんどの人は善良で親切」68.4%、「私は人を信頼」75.1%、「たいていの人は人から信頼された場合、同じようにその相手を信頼」75.0%)。
だが不思議なことに、他者が自身と同様に他人を信頼しているかとの問い(「ほとんどの人は他人を信頼している」)に関しては、「そう思わない」と答えた人が50.5%と、過半数を超えている。意見が異なる人への態度については、実践が伴っているかどうかは別にして、71.6%の人が「話を聞くべきだ」と回答している。
社会との関わりについては、「社会のために必要なことを考え、みんなと力を合わせ、世の中をよくするように心がけている」人が6.9%、「自分の生活とのかかわりの範囲内で自分なりに考え、身近なところから世の中をよくするように心がけている」が最多で41.6%、「決められたことには従い、世間に迷惑をかけないように心がけている」が36.0%、「自分や家族の生活を充実させることを第一に考え、世間のことには関わらないように心がけている」が6.5%、「どれとも言えない」8.9%となっている。「世の中をよくしたい」と答えた人は、合わせて48.5%と、過半数にはやや満たない。もう少し多くてもよいのでは、と思うが、どうか。
日本の社会観については、正直なところ、少し驚いた。「学歴社会」76.9%、「出身大学がものをいう社会」73.5%、「お金があれば、たいていのことがかなう社会」84.1%と、ほぼ4分の3に近い人々が、わが国は学歴社会であり、金満社会であると見ているという結果となっている。
その一方で、「努力がむくわれる社会」41.1%、「人と違う生き方を選びやすい社会」29.6%(3割にも満たない!いかにこの国の同質化圧力が強いものであるかを示して余りある結果となっている)、「自然や環境を大切にしている社会」30.5%、「人との結びつきを大切にする社会」34.9%、という結果が示されており、ここに冒頭に記した現在の社会に対する不満の原因が表れているのではないか。
そのためもあって、生活困窮の原因についても、「社会が不公平だから」がトップで40.6%となり、「社会が進歩していく過程では、そうした人が出るのは避けられない」32.3%と、困窮者個人に原因を帰着させるよりも、社会に原因を求める人の割合が7割を超える結果となっている。
高福祉・高負担49.8% vs 低福祉・低負担23.7%
福祉と負担の水準については、「福祉を充実させるため、負担が重くなってもやむを得ない」49.8%、「福祉が低下することになっても、負担は軽くしてほしい」22.5%と、ダブルスコア以上の結果が示された。但し、「わからない」が27.7%いる。「弱者保護がもっと必要」は44.6%、「自由競争がもっと必要」は23.9%(「わからない」は31.5%)と、福祉と負担の水準とよく似た結果が出ているが、これは二者択一で問うべき設問だろうか?自由競争を盛んにして、経済の地力をつけて初めて弱者保護の財源が得られる、といういわば当然の(世界共通の)因果関係を(設問を作る際に)明確に示すべきだと思うが、どうか。
組織への信頼度については、「国会」9.5%、「政府」11.7%、「地方自治体」35.9%、「裁判所」59.7%、「警察」54.2%、「テレビ局」27.3%、「新聞社」45.4%、「家族・親戚」95.1%、「隣近所」70.6%、「職場」72.0%、となっている。総選挙を控えて、各政党は、この数字をどのように見ているのだろうか、猛省してほしいものである。
テレビ局と新聞社の格差も、それなりに興味深い。政治への態度については、「政治家や専門家に任せておけばよい」は、わずか10.1%しかなかった。けだし当然であろう。このアンケートをそのまま鵜呑みにすれば、投票率9割前後を期待しても決しておかしくはない。どのような場合であっても、実践こそが世直しの第1歩であることは、人間の5000年の歴史が教える通りである。ぜひ、次の総選挙では、有言実行で投票率を嵩上げしてもらいたい。
ところで、今後の社会保障の給付と負担のバランスをより詳しく尋ねると、「給付水準を大幅に引き下げて、負担を減らす」14.4%、「給付水準を下げてもいいので、従来通りの負担」21.8%、「給付水準を保つため、負担増はやむを得ない」46.5%、「給付水準を引き上げるため、大幅な負担の増加もやむを得ない」3.2%、「わからない」14.1%と、概ね穏当な結果となっている。
また、社会保障における高齢者と現役世代の負担の在り方については、「全ての世代で支えていくべき」51.9%、「現役世代に現在以上の負担を求めるべきではなく、高齢者の負担の増加はやむを得ない」22.3%と、これも良識が発揮された結果となっている。
ただし、人口構成の劇的な変化(2030年には、現役世代1.7人で1人の高齢者を支えなければならない)にもかかわらず、「高齢者に現在以上の負担は求めるべきではなく、現役世代の負担の増加はやむを得ない」とする人が、まだ15.0%もいることについては、暗澹たる気持ちにさせられる。
このアンケートで、学歴社会、金満社会と並んで、一番意外だったのは、一生涯における社会保障の給付と負担のバランスについての問いであった。「負担より多くの給付を受けると思う」と答えた人が、わずか3.1%であったのに対して、実に33.7%の人が、「負担よりかなり少ない給付しか受けないと思う」と答え、「負担よりやや少ない給付」の23.8%を合わせると、57.5%にも達しているのである(「負担につりあった給付」17.8%、「わからない」7.4%)。これは、社会保障給付の実状について、まだまだ市民の理解が不足しているのではないか。
先日、ある講演会に招かれた時、講演後の質疑応答で、参加者より「政府の国民年金は当てにならないので、どのような方法で、自分で年金を積み立てればよいか」という問いを受けた。筆者は、「国民年金こそが最も安全な積み立て手段である。国民年金がつぶれるとしたら、その前に、国債を主な運用手段としているわが国の金融機関は、恐らく全てつぶれてしまっているはずだ(従って、自分で積み立てた分は紙切れになってしまう)」と回答したが、政府やメディアは、いたずらに狼少年になるのではなく、皆年金や皆保険を中核とするわが国の社会保障制度の実態について、もっと分かりやすく丁寧な説明を辛抱強く継続すべきだと考える。
社会保障と経済に関する意識では、「社会保障が経済成長にとってプラスである」と捉える人の割合が37.7%、「社会保障が経済成長の足かせになる」と捉える人が30.0%、「わからない」が32.3%と、ほぼ3分された形となっている。これについては、経済学ではすでに答えが出ている(経済成長にプラス、あるいは、「経済成長→社会保障の充実→さらなる成長という好循環」)と思うが、市民の十分な納得を得るためには、引き続き、弛まぬ実証研究を積み重ねていく以外に道はないであろう。
(文中、意見に係る部分は、筆者の個人的見解である)
http://diamond.jp/articles/-/24554
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