★阿修羅♪ > 経世済民77 > 459.html
 ★阿修羅♪  
▲コメTop ▼コメBtm 次へ 前へ
第4回金融危機の余波  危機再発防止のための金融規制の課題  景気回復にはFRBだけでなく全政府機関が動くことが不可欠
http://www.asyura2.com/12/hasan77/msg/459.html
投稿者 MR 日時 2012 年 8 月 31 日 01:16:43: cT5Wxjlo3Xe3.
 

景気回復にはFRBだけでなく全政府機関が動くことが不可欠

第4回金融危機の余波 質疑応答編

2012年8月31日(金)  ベン・バーナンキ

バーナンキ議長:では、質問をどうぞ。

学生1:ありがとうございます。議長は最初の講義で、ウォール街と一般の人々との間にある「(中央銀行に対する)考え方の溝」について話されました(第1回その2の8ページ、上から4段落目をご参照下さい)。このことが講義を受けている間ずっと、頭に引っ掛かっていました。

 議長は「金融政策」について国民を啓蒙することの重要性について説明されました。一連の講義をうかがって、米連邦準備理事会(FRB)について理解を大変深めることができました。今回の危機において注意が払われてきたのは実体経済ではなくウォール街だと思います。住宅ローンの支払いに汲々としている多くの米国民が、金融システムの安定性の重要性を十分に理解しているとは言えず、彼らにとって銀行救済は不人気な政策でしかありません。米国はこうした「溝」を埋めることができるでしょうか。

バーナンキ議長:確かに君の言う通りでしょう。19世紀と同様の「溝」が今も埋まっていません。この問題に対しては、答えは容易には見つかりません。周知の通り、FRBは記者会見(をFOMC=連邦公開市場委員会後に開くという新しい試み)を含め、様々な手段を使って、FRBがこれまでどんなことをやってきて、これから何をしようとしているのか説明する努力を重ねています。FRBが積極的に説明責任を果たそうとしていることは理解してもらえるでしょう。ほかのFRB理事や地区連銀総裁を含め、我々は頻繁に議会証言や講演を行い様々なイベントに出席しています。

FRBには政策を「平時」に戻す方法が3つある

 過去4回の講義に出席した皆さんには明らかなように、FRBは複雑な組織なので全貌を国民に十分理解してもらうことは容易ではありません。しかし、我々ができることは全力を尽くすことです。識者やメディアなどが様々な報道などを通じて事実を的確に伝え、国民が状況をもっと理解できるようになることを願ってやみません。確かにこの問題は難しい課題で、中央銀行の創設以来、米国民の感情の中にわだかまっているストレスを表しています。次の質問に移りましょう。

学生2:議長は以前の講義の中で、資産を市場で売却するなどの方法で、(FRBがバランスシートに抱える)大規模な資産を市場に戻す方法が幾つかあると話されました(第4回その2の「FRBは証券買い入れのための原資はどうしているのか」をご参照ください)。投資家が将来、実際にそうした資産を積極的に買い戻そうとする保証はあるのでしょうか。

バーナンキ議長:先ず言っておきますが、この問題についてFRBは3つの手段を持っています。いずれも今の政策を「平時の政策」に戻すことにつながるわけで、3つあるので、投資家が資産を買い戻す点についてはまったく心配はないと考えています。

 第1に、我々は銀行がFRBに預けている「準備預金」に利子をつけることができます。つまり、FRBが「利上げ」に踏み切ることができる時機がくれば、この「準備預金」に対して、つまり、中央銀行が銀行に支払う利子を引き上げることによっていつでも金利を引き上げることができます。

 銀行は、FRBが支払う金利よりも低い金利で貸し出したりはしません。ですから「準備預金」にかかる金利を引き上げて資金をFRB内にとどめれば、金融引き締め効果を発揮します。したがって、この手段によって(FRBの)バランスシートが拡大したままでも金融政策を引き締めることは可能です。


FRBの資産は、金融緩和を進めるべく2回にわたって量的緩和(QE)を実施したことから3兆ドル近くに膨らんでおり、今後、景気の回復がした時に、現在の緩和策をどう通常の政策に戻していくかの出口戦略にも関心が集まっている。もっとも、7月の失業率が再び8.3%と悪化するなど、先行きの不透明感が強まっている。そのため、8月31日に米カンザスシティー連銀がワイオミング州ジャクソンホールで開催するシンポジウムで講演をすることになっているバーナンキ議長がQE3の実施の可能性を含め、今後の金融政策について何を語るのかが注目されている。
 FRBの第2の手段は、我々が「流出手段(draining tool)」と呼ぶものです。詳しい説明は省きますが、基本的には幾つかの方法によってFRBのバランスシート全体の資産規模を変えなくても、銀行システムから準備預金を流出させ、それを他の種類の負債で置き換えることができます。

今保有している資産を売却するのは、「利上げ」する時だ

 第3の手段は、満期を迎えた資産を償還されるのに任せるか、あるいは資産を売却することです。FRBが保有しているのは財務省証券(=米国債)であり、政府が保証している証券です。これらの証券をFRBが売却する時は(景気が相当よくなっていることが前提なので)、実勢金利が今日よりも高いことが十分に考えられます。言い換えると、投資家にこうした証券を買いたいと思わせるには、より高い金利を支払う必要があるということです(編集部注:証券の売却価格を低くすることによって、債権の利回りを高める必要があるということ)。

 しかし実際には、こうしたことは(金利を引き上げていくための)プロセスの一部と言えます。要するに、その時が利上げをするタイミングだということです。我々が金融緩和をすべくこれらの証券を購入したプロセスと逆のことを行うということです。現在の金融緩和から脱却すべく金利を上げ、低いインフレ率の中で経済が成長していけるような政策へと舵を切ることになるでしょう。

 したがって、投資家がFRBの資産の購入に消極的になる危険性があるとはまったく考えていません。金利が高ければ投資家が米国債を購入することは間違いありません。バランスシートの規模縮小に踏み切るとすれば、ある意味、その目的の一部は金融情勢を引き締めることであり、また、将来のインフレ懸念を抑えることでもあるのです。

学生3:正確な出所を覚えていないのですが、これまで住宅ローンの返済が遅延したことのない住宅保有者に、「現在の低金利下でのローン借り換えを承認し、住宅価格下落の影響が出ないようにする」とした記事を読みました。そのような計画を耳にされたかどうか、また、FRBはこの政策にどのように関与しているのか、あるいはこれは「消費者保護局」の領分になるのかをお聞かせください。

バーナンキ議長:確かにそうした政策はあります。1つは「住宅ローン借り換え促進プログラム(HARP)」と呼ばれています。これは政府系金融機関である米連邦住宅公社(ファニーメイ)と米連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)とその規制当局が進めている計画で、住宅ローンの借り手が債務超過に陥った場合(アンダーウォーター)、言い換えれば住宅保有者が住宅の価値以上の住宅ローンを抱えている場合、このローンの債権をファニーメイもしくはフレディマックが保有・保証していれば、低利のローンに借り換えて返済額を抑えられる可能性があります。

 現在、こうしたプログラムが進められており、規模も拡大されています。ただし、住宅ローンの債権者が銀行の場合は、このプログラムの対象外のため、必ずしも借り換えられるわけではありませんが、銀行が個別に対応する可能性があります。いずれにせよ住宅ローンの債権者がファニーメイかフレディマックでない場合は、残念ながら借り換えができるかどうかは分かりません。

 こうしたプログラムは幾つか導入されていますが、FRBは関与していません。我々の任務は住宅ローン金利を低位にとどめることにあり、これが住宅の保有者の助けになればいいと思います。こうしたプログラムによって住宅ローンの返済額が抑えられれば、その人たちは明らかに恩恵を受けます。直面していた経済的ストレスは和らぎ、ローンが延滞する確率も下がるでしょう。

デフレリスクを抱える米国のインフレ目標は2%でいいのか

学生4:講義で議長は、大恐慌や直近の例では日本の例を挙げてデフレの危険性について話されました。また、「インフレ目標」をゼロより高い水準に維持するのは、1つにはデフレの脅威に備えて、「クッション的な役割」を果たさせるためだとのことでした。米国における過去2回の景気後退では、デフレに対する強い懸念からFRBは2000年初期に金融を大幅に緩和し、今も強い緩和スタンスを取っています。
 こうした状況で、2%という「インフレ目標」はデフレを回避するための十分なクッションと言えるのでしょうか。それとも議長はもっと高い「インフレ目標」を検討されたのでしょうか。

バーナンキ議長:素晴らしい質問です。この問題については様々な調査が行われています。「インフレ目標」の国際的なコンセンサスは2%前後となっているようです。具体的にはほとんどの中央銀行が「インフレ目標」を2%もしくは1〜3%前後に設定しています。

 インフレ目標は諸刃の剣とも言えます。つまり、一方で、インフレ目標を「ゼロ以上」に設定するわけです。これはあなたが言ったようにデフレのリスクを回避する、あるいは小さくするためです。しかし、他方でインフレ率が高過ぎると、今度は市場の動揺を招くことになるからです。その場合、経済の効率性が損なわれます。したがってトレードオフが存在するわけで、デフレに対してある程度クッションの役割を果たすと同時に、市場が動揺するほど高くない水準を探ることになるわけです。

 繰り返しますが国際的なコンセンサスは2%前後で、FRBも長い間、非公式にこのあたりの水準を目標にしてきました。先ごろ、FRBは皆さんも知っている通り、予見し得る将来の範囲では2%のインフレを維持したいということを公式に発表しました*。とは言え、研究者はあなたが指摘したこの二律背反の問題に対処しようと、検討を続けるでしょう。

*バーナンキ議長は今年1月24〜25日のFOMC後の記者会見で、FRBの「長期的な物価上昇率の目標(ゴール)」を2%と設定したと発表した(http://www.federalreserve.gov/monetarypolicy/files/fomcprojtabl20120125.pdf の2ページ)。ただ、達成義務が生じる「ターゲット」ではなく「ゴール」で、公式に発表したのはFRBの金融政策の方向性についての透明性を高めるのが狙いだ。欧州中央銀行(ECB)は「物価安定」を優先的な政策目標として掲げているのに対し、バーナンキ議長はこの日、「物価安定を最優先に置くわけではない。物価安定と雇用の最大化の実現の重要度は同じだと考えている」と発言、あくまでも「ゴール」との位置づけを明確にしている

FRBが景気下支えをしているから、ほかは何もしなくていいということはない

学生5:議長は直近の金融危機から学んだ最大の教訓の1つについて話されました。具体的には、「金融政策は強力な手段とはいえすべての問題を解決できるわけではなく、特に構造問題についてはそう言える」とのことでした。それでは、住宅市場や金融市場、信用市場などにおける構造問題を解決するには、どんな対策を講じれば効果的だと考えられますか。

バーナンキ議長:それは問題によります。住宅市場の問題についてはFRBのスタッフが書いた「白書」の中で幾つか問題を取り上げています。差し押さえの問題だけでなく、空き家問題への対応、あるいは住宅ローンを組む際にどうしたらもっと適切な貸し出し条件を設定できるのかといった点について分析しています。

 FRBは取るべき一連の措置を提案したわけではありません。それを決めるのは議会やほかの機関だからです。可能なアプローチそれぞれについて検討しましたが、それにはここでは触れないでおきます。

 住宅問題は極めて複雑ですが、住宅市場を改善させるためにできることも少なくありません。実際、将来を見据えた場合、今回の危機でファニーメイやフレディマックが抱えた問題を踏まえて、我々は国として住宅金融システムが長期的にどうあるべきかについて極めて重大な決断を下さなければなりません。というわけで、構造問題というのは沢山あります。

 例えば、欧州が現在直面している問題も非常に複雑です。我々は欧州の関係当局と連絡を密に取り、議論を重ねてきました。欧州の当局は幾つかの措置を講じています。彼らは今、ある国がデフォルト(債務不履行)をしたり債務の返済ができなくなったりした場合に、ほかの国にその影響が飛び火することを防ぐために、いわゆる「防火壁(firewall)」を築くべく、どの程度の資金を拠出すべきなのか協議を続けています。

 つまり、こうした構造問題にはそれぞれ個別の対策があるわけです。労働市場は、長期間にわたり仕事が見つからない人々がいるという問題を抱えています。明らかに、この問題に対応する最善の方法の1つは、様々な形で職業訓練を実施して技能を引き上げることです。

 このように構造的な問題には沢山あるのです。基本的に経済の生産性や効率性を高め、財務健全性にかかわるこれらの長期的な問題の一部に対応できる措置はすべて景気回復に寄与します。

 FRBが景気を下支えすべく可能な限りの措置を講じているということは、何もほかの措置を打たなくてもいいということではありません。ですから政府全体が、景気回復を促し、持続可能な成長路線を辿るためにどんな建設的な手段を取れるのかを考えることは重要だと思います。

FRB以外が景気回復に向けた取り組みをすることが不可欠だ

学生6:議長は、持続的な回復を後押しするためにFRBはできることはしていると話されました。しかし、失業率は8.3%と高止まりし、議長も指摘されたように住宅市場は極めて低迷しており、欧州の問題もあります。仮に今後、さらに問題が浮上した場合、FRBはどんな手段でそうした問題に対応するおつもりでしょうか。

バーナンキ議長:どんな問題なのか具体例を挙げてください…

学生:例えば、失業率がさらに上昇するとか、住宅市場の回復が悪化する、あるいはポルトガルやスペイン、イタリアなどの問題が(一段と深刻になり)、仮にこれら3カ国が……

バーナンキ議長:そんなに心配させないで下さい。今晩、眠れなくなってしまいます[会場に笑い]。本日の講義で話したのは基本的に、FRBとほかの国の中央銀行がどんな手段を持っているかということです。我々は「最後の貸し手」としての権限を持っており、これは今も変わりません。

 ドッド・フランク法によってこの「最後の貸し手」の権限は少し修正されました。一部強化され、一部については縮小されましたが、この「最後の貸し手」という権限と、金融規制当局の権限を使って、我々は米国の金融システムが一段と強固なものとなるように願っています。そして特に欧州が今後、いかなる展開を見せても、米国の金融システムと経済を保護できるよう全力を尽くし、可能な限りすべての手段を講じてきました。

 ですから、今もそうした多くの手立てを持っているわけで、万が一にも金融市場に新たな問題が浮上した場合には、それらを実行に移すことができるわけです。「金融政策」については既に話したように、新たな手段というものはありません。

 しかし、FRBのもう一つの使命である「物価の安定」を実現させつつ、景気をちゃんと回復させるべく、「金利の調節」といったこれまで使ってきた手段はあります。

 適切な回復を達成するとともに、FRBのもう1つの責務である「物価安定を維持する」よう、見通しの変化に合わせて最適な金融政策を導入することは依然として可能です。

 つまり、我々には(「最後の貸し手」と「金融政策」という)この2つの基本的な手段があるわけで、経済がどこに向かいつつあるのか評価を続けながら、これらの手段を適切に使わなければなりません。知っての通り、ほかにはあまり手段を持っていません。だからこそさっき話したように、経済の自律的な回復を実現するには政府のあらゆる部門と民間セクターが努力し、自分たちができることをすることが必要なのです。では、次が最後の質問になると思います。

景気回復の動向としては何より労働市場に注目している

学生6:議長は景気回復について詳しく説明され、現在の景気回復は痛ましいほど遅々たるものとは言え、明らかに回復に向かっていると話されました。質問ですが、民間部門の自律的な景気回復が始まっていると判断し、FRBが金融引き締めに転じるために注視している主要な指標とは何でしょうか。

バーナンキ議長:とてもよい質問だ。我々が注視している指標の中で、このところ改善を示唆しているものの1つは労働市場の状況です。具体的には、雇用、失業率、新規失業保険申請件数、労働時間などの指標はすべて労働市場が力強さを増しつつあることを示しています*。

*確かに失業率はこの講義をした3月には8.2%に低下し、4月もさらに8.1%に下がったが7月には8.3%に再び悪化し、米雇用情勢は悪化している。

 「雇用」はFRBが負っている2つの責務の1つですから、我々が労働市場の持続的回復を願っていることは言うまでもありません。まさしく労働市場の持続的改善が待たれます。

 今週月曜日の講演で私が話したように*、全般的な需要が増加し成長が高まれば、雇用が持続的な改善に向かう確率はさらに高まります。そのため、生産や需要動向を見極めるべく個人消費や消費者信頼感、設備投資計画、設備投資動向、企業の楽観論を示す各種指標などに引き続き注目していきます。

*3月26日、月曜日、バーナンキ議長は全米企業エコノミスト協会(NABE)で「労働市場における最近の展開」と題して講演を行った(http://www.federalreserve.gov/newsevents/speech/bernanke20120326a.htm)。

 当然、いつものようにインフレに注視し、物価安定が保たれ、インフレ率が低位安定していることを確認していく必要があります。要するに、我々は引き続きこれらの動向を注意深く見守っていく意向で、景気回復に単純な公式はありません。しかし、景気が力強さを増して自律的な回復基調に乗れば、当たり前ですが、いずれかの時点でFRBによる手厚い支援の必要はなくなっていきます。

 皆さん、講義に出席してくれて本当にありがとう。実に真剣に講義を聞いてくれました。質問も素晴らしかった。こんな機会を得て、感謝の念に堪えません。ありがとうございました。

[拍手]

バーナンキ議長による第4回の講義の録画は下記にてご覧頂けます。
第4回第4回(3月29日)金融危機の余波(The Aftermath of the Crisis)
なお、動画画面左下にある「Transcript(PDF)」をクリックすると、講義の英文起こしを見ることができます。


ベン・バーナンキ(Benjamin Shalom Bernanke)

薬剤師の父と学校教員の母の長男として、1953年12月13日に米ジョージア州オーガスタで誕生、サウスカロライナ州ディロンで育つ。高校時代、大学進学適性試験SATで1600満点注1590点というその年の州で一番の成績を収め、1972年ハーバード大学に進学、経済学を学ぶ。1979年、年米マサチューセッツ工科大学(MIT)で経済学博士号を取得し、同年以降、米スタンフォード経営大学院で教える一方、ニューヨーク大学で客員教授も務める。1985年プリンストン大学経済学部教授に就任、この時、日銀の政策がいかに間違っていたかを研究。デフレ史の研究でも知られ、友人でノーベル経済学賞受賞のポール・クルーグマン氏とともにインフレターゲットの研究者としても名声を高める。2002年にブッシュ政権下でFRBの理事に就任、2005年6月に同ブッシュ政権下で、米大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長に就任したのに伴いFRB理事は退任、2006年1月までCEA委員長を務め、同2月1日にFRB議長に就任。2010年1月再任される。


さあ、バーナンキ議長の講義を聞こう!

この連載は、米連邦準備理事会(FRB)のベン・バーナンキ議長が今年3月下旬に、米ジョージワシントン大学ビジネススクール(同大学は学部としてビジネススクールを持つ)の大学生を対象に「米連邦準備理事会(FRB)と金融危機」と題して、4回にわたって行った講義の全文である。中央銀行が誕生した歴史的背景から、その使命、1930年代に恐慌が起きた際のFRBの対応、その後金融政策が発展した経緯、なぜ米住宅バブルが発生し、なぜその崩壊によって2008年秋の金融危機が発生したのか、何が問題だったのか、そして危機に対してバーナンキ議長を筆頭にFRBがいかに対応したのか――その全容を大学生を対象に分かりやすく説明している点がポイントで、金融危機の深層を明らかにしてくれる。
 
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120830/236180/?ST=print

危機再発防止のための金融規制の課題
第4回金融危機の余波 その4
2012年8月30日(木)  ベン・バーナンキ


 さて、今から規制の見直しについて少し触れます。
 これまでの講義で、民間部門と公的部門の双方が金融システム上、「脆弱性」を抱えていた点が問題だったと話してきました。公的部門の場合、金融危機が発生したことで米国の規制システムが多くの問題点を抱えていることが浮き彫りになりました。リーマン・ブラザーズやAIGを巡る問題や「大き過ぎて潰せない」という問題、そして、こうした事態が米国の金融システムに与えた影響などを我々は目の当たりにしました。
 問題は、個々のシステムに問題があったというより、むしろシステム全体として安定性を確保するための注意が欠落していたと言わざるを得ません。
 こうした状況に対処すべく、米国では現在、極めて広範な分野で金融規制改革が進んでいます。中でも最大の立法措置が、いわゆる「ドッド・フランク法(金融規制改革法)」です。皆さんは、米国では法案に関係委員会の議長の名前がつけられることは知っていると思います。
 バーニー・フランク氏は、2010年に民主党が下院で過半数を占めていた時の下院金融サービス委員会の委員長で、クリス・ドッド上院議員は当時、上院銀行委員会の委員長でした。2010年夏に成立したこのウォール街を改革し、消費者保護法を含めたこの改革法は、これまで話してきた多くの「脆弱性」という問題に対応するための包括的な金融規制改革法だと言えます。

2010年7月に成立した「金融規制改革法」は、民主党議員で下院金融サービス委員会のバーニー・フランク委員長と、同じく民主党議員で、上院銀行委員会のクリストファー・ドッド委員長が中心となって成立させた法案であることから「ドッド・フランク法」とも呼ばれる
FRBが金融市場、金融機関を包括的に監視する体制が確立
 では、これらの「脆弱性」とは何でしょうか。前も話しましたが、1つは誰も「金融システム全体」を見直そうとしなかったことでした。誰も、金融システム全体の安定性に対するリスクや脅威について注意を払っていなかった。したがって、「ドッド・フランク法」の最大の課題の1つは、規制当局が個々の部分ではなく、システム全体を監視できるシステマティックなアプローチを構築することにあります。
 そのための手段の1つとして、金融安定監視委員会(Financial Stability Oversight Council)という委員会が設立されました。FRBはこの委員会のメンバーとして、各規制当局者の調整を手助けします。この委員会は、定期的に会合を開いて経済・金融面での出来事について検討を行い、システム全体を監視する方法や様々な問題を回避する方法について話し合います。加えてドッド・フランク法の成立を受けて、すべての規制当局は各々の規制・監督行動が「システム全体にどのような影響を及ぼすか」について検討する責任を負うことになりました。
 特にFRBは、監督部門の抜本的な再編を行った結果、今では金融市場と金融機関全体を包括的に監視することが可能となりました。つまり、危機前と異なり、大局的な視点で問題に対処する体制が出来上がったのです。
 「脆弱性」を巡る議論の中で、金融システムに「間隙(gaps)」が多く存在していた問題について話しました。AIGという重要な企業が、いかなる規制当局によっても包括的な監視を受けていなかったことが一例に挙げられますが、こうした例はAIGだけではありませんでした。
もはや規制を逃れる「隙間」はなく包括的な監視体制が確立
 しかし、ドッド・フランク法の制定によって、金融安定監視委員会(FSOC)が投票により適切に規制されていないと見なす機関を指定し、FRBの監視下に置くことができるようになりました。
 こうした意味で、ドッド・フランク法はある種の「2重安全装置」を提供します。このプロセスは既に導入されているため、複雑でシステム的に重要な大手金融機関が、当局の監視の目を逃れたまま放置されるというような状況はなくなるでしょう。
 同様に、FSOCは「金融市場ユーティリティー」と呼ばれる株式取引所などの主要な証券取引所が、FRBやほかの機関によって監視されるように指定することもできます。したがって、金融システムの「間隙」は埋められつつあり、危機前のような状態に陥ることはもはやないと思います。
「大きすぎて潰せない」問題にも対応
 もう1つの問題は、「大きすぎて潰せない」金融機関や、システム的に重要な機関への対処です。
 「大きすぎて潰せない」金融機関や金融システム上、重要な機関へのアプローチは2つあります。1つは、複雑でシステム的に重要な大手金融機関は、ドッド・フランク法の下で、ほかの金融機関よりも当局による厳しい監視、規制を受けるということです。
 FRBは国際的な規制当局と協力して、これらの機関に対してより高い自己資本比率を課すことを定めました。この規制によって、規模が大きく、システム上最も重要と見なされた金融機関については自己資本比率の上積みが求められることになります*。
*各国の銀行監督当局で構成されるバーゼル銀行監督委員会は、世界的に見て大手金融機関と判断した28行については、普通株を軸とする狭義の「中核的な自己資本(コアティア1)」の比率を1〜2.5%上乗せし、実質7%以上に保つことを決めており、この「バーゼル3」と呼ばれる自己資本規制は2013年以降、各国で順次導入される方向だ
 銀行の関連会社がリスクの高い「自己勘定取引」を行うことを禁じる「ボルカールール」などの規制も、大手金融機関が抱えるリスクを引き下げようとするものです。
 前にも触れた「ストレステスト」も実施されます。ドッド・フランク法は、大手金融機関は、FRBによるストレステストを年1回受けるのに加えて、社内で自らストレステストを年1回実施するよう定めています。こうした様々な対策を実施すれば、金融システムに甚大なショックが発生しても、これらの金融機関は耐えられるという安心を持てると考えています。
大手金融機関には「秩序ある破綻」への道も用意された
 さて、「大きすぎて潰せない」問題に対応する方法の1つは、こうした複雑な大手金融機関に対して監視を強化することです。監視を強め、自己資本を増強し、厳しいストレステストを課し、活動に対する規制を強化するわけです。
 しかし、「大き過ぎて潰せない」問題にはもう1つの側面があります。そうした大手金融機関が破綻の危機に瀕した場合の対応方法です。危機においてFRB及びほかの金融規制当局は、悪しき選択を迫られました。1つはAIGのような大手機関の破綻を防いだことです。これは悪しき選択でした。なぜなら、これは「大きすぎて潰せない」ことを認めるに等しく、こうした金融機関が自ら取ったリスクに対して適切に罰することができないことを意味したからです。
 しかし、もう1つの選択肢はこうした機関を破綻させることです。もし、そうした選択肢を取れば、金融システムに甚大な影響が及びます。「大きすぎて潰せない」ことの問題点はここにあります。
 この問題を解決する唯一の方法は、大手金融機関が破綻しても、金融システムがリスクにさらされないようにすることです。ドッド・フランク法の主な要素の1つは、いわゆる「(金融機関を)秩序ある破綻に導く権限(orderly liquidation authority)」です。これは連邦預金保険公社(FDIC)に与えられた権限です。
 皆さんも知っていると思いますが、FDICは破綻しつつある銀行については閉鎖する権限を既に持っており、典型例として週末に迅速かつ効率的にそうした銀行を閉鎖することができます。預金者は保護されます。FDICがこうした措置を講じる権限を有していることによって、1930年代以降、パニックは回避され、銀行の取りつけ騒ぎは起きていません。
 FDICは基本的にこれまでと同様のことを行うわけですが、大規模で複雑な金融機関を対象に実施するのですから、はるかに困難なことは明白です。しかし、国際的な大手金融機関(を秩序だって破綻させる手順)については、FRB及び各国の規制当局との協力の下で準備作業が進んでいます。
 その結果、大手金融機関がデフォルト(債務不履行)の危機に瀕し、例えば「新たに資本を調達できない」という状況が生じても、FRBは2008年の時のような介入はできなくなりました。FRBはもはやそうしたことを行う法的権限を持っていないのです。FRBが有している唯一の選択肢は、FDICと協力して当該機関を安全に破綻させることだけです。こうした措置によって、「大きすぎて潰せない」という問題が徐々に小さくなり、最終的には消滅することを期待しています。
消費者保護の強化もドッド・フランク法の重要な要素
 ドッド・フランク法には、ほかにも様々な要素があります。「脆弱性」として私が特殊な金融商品、「デリバティブ(金融派生商品)」やそのほかのリスク集約型の商品について話したことを思い出してください。この分野では、デリバティブのポジションについて透明性をもっと確保するための改善や標準化、「中央清算機関」と呼ばれる第三者を通じたデリバティブ取引などを要請する一連の規則が新たに導入されました。
 目的は、デリバティブなどの取引を白日の下にさらし、規制当局も市場もアクセス・理解できるようにして、危機当時のような状況に二度と陥らないようにすることにあります。
 従来の制度の問題点であり、FRBが義務を十分果たせなかったことの1つに、住宅ローンを巡って十分に消費者保護ができなかった点があります。この問題に対応すべく、ドッド・フランク法によって、金融取引における消費者の保護を目的に、「消費者金融保護局(Consumer Financial Protection Bureau)」という新しい機関が設立されました。金融取引を巡る保護には住宅ローンの条件などが含まれます。
 このようにドット・フランク法には様々な側面があります。同法は大規模で複雑であることから、苦情も多く寄せられています。そのため、規制当局はこれらの規則を施行するにあたって、効率的であると同時に、業界や経済に及ぼすコストを最小限にするよう最善を尽くしています。これは困難な作業ですが、我々は努力を続けています。
 提案された規則を実行し、国民から意見を求め、寄せられた意見を検討し、規制を見直すといった広範なプロセスを通じて目的の達成を図っています。こうした双方向的なプロセスを経て、我々は一連の規制を整備しつつ規制の実現を図っています。ただ、もう一度言いますが、作業完了までにはまだ時間がかかりそうです。
設立当初の原点にあらためて戻ったFRB
 最後に、将来について少し言及して講義の締め括りとしたいと思います。
 言うまでもありませんが、米国だけでなく世界中の中央銀行が極めて困難で劇的な時期をくぐり抜けてきました。その中で、政策運営の方法や、金融システムの安定性確保という観点から我々、中央銀行が負っている責任の行使の仕方など、様々な面で再考を迫られました。
 特に戦後の大半の時期において、物事が相対的に安定し、金融危機は新興国で起きても先進国では発生しなかったことなどにより、多くの中央銀行が「金融の安定に関する政策」というのを「金融政策」より一段下に見るようになりました。
 「金融の安定」はさほど重視されませんでした。一定の注意こそ払われたものの、十分な資源と関心を注ぐべき対象とは見なされていなかったのです。
 今回の金融危機や、その危機の過程で発生したこと、そしていまだに消えない影響を踏まえるならば、「金融の安定」を維持することが、「通貨や経済の安定」を維持する責任と同様に重要なことは明らかです。
 実際、FRBは出発点に戻ったと言えます。FRBが設立された理由は、「金融パニックを抑えること」にあったことを思い出してください。つまり、金融の安定が、FRB設立の当初の目的だったのです。いわば、一回りして元の位置に戻ったことになります。
 金融危機は今後も起こり得るでしょう。金融危機はおそらく不可避です。西欧諸国では過去600年間にわたり金融危機が発生してきました。金融システムは時折、バブルやそのほかの不安定要因に見舞われてきました。しかし、そのダメージがいかに厳しいものとなり得るかを目の当たりにした今、中央銀行及びほかの規制当局が危機を予測し、それを回避するためにまずできる措置を講じることは極めて重要なことと言えます。
 同時に、システムを盤石なものにして、危機が起きた際にはその影響を緩和し、大きな打撃を受けることなく危機をくぐり抜けられるようにしておくことも重要でしょう。
 本講義では最初に、中央銀行の2つの主要な手段について述べ、中央銀行は「金融危機を防止」し、危機の影響を緩和するための「最後の貸し手」としての役割と、「金融政策」を使って「経済の安定性を高める」という2つの役割を担っていると説明しました。
 前の講義で話したように、大恐慌時にこれらの手段は適切に機能しませんでした。しかし、今回の危機ではFRBと海外の中央銀行が政策の足並みを揃えたと言えます。主要国の中央銀行はFRBに追随して、あるいは自らの判断でFRBと同様の政策を導入するなど、これらの手段を積極的に活用しました。
金融危機回避には規制当局者の絶えざる努力が不可欠
 私の判断では、そうすることにより、金融危機がより厳しいものとなり、さらに深刻で厳しい景気後退につながる事態を回避することができました。新たな規制の枠組みも効果的に機能すると思います。しかし、繰り返しますが、それだけで問題を解決することはできません。
 唯一の解決策は、我々、規制当局者やその後継者が金融システム全体の監視を怠らず、問題を特定して、持てる手段を活用してそうした問題に対応すべく努力を続けることです。
 私の講義はこれで終わります。残りの時間は質疑応答に充てたいと思います。
バーナンキ議長による第4回の講義の録画は下記にてご覧頂けます。
第4回(3月29日)金融危機の余波(The Aftermath of the Crisis)
なお、動画画面左下にある「Transcript(PDF)」をクリックすると、講義の英文起こしを見ることができます。

ベン・バーナンキ(Benjamin Shalom Bernanke)
薬剤師の父と学校教員の母の長男として、1953年12月13日に米ジョージア州オーガスタで誕生、サウスカロライナ州ディロンで育つ。高校時代、大学進学適性試験SATで1600満点注1590点というその年の州で一番の成績を収め、1972年ハーバード大学に進学、経済学を学ぶ。1979年、年米マサチューセッツ工科大学(MIT)で経済学博士号を取得し、同年以降、米スタンフォード経営大学院で教える一方、ニューヨーク大学で客員教授も務める。1985年プリンストン大学経済学部教授に就任、この時、日銀の政策がいかに間違っていたかを研究。デフレ史の研究でも知られ、友人でノーベル経済学賞受賞のポール・クルーグマン氏とともにインフレターゲットの研究者としても名声を高める。2002年にブッシュ政権下でFRBの理事に就任、2005年6月に同ブッシュ政権下で、米大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長に就任したのに伴いFRB理事は退任、2006年1月までCEA委員長を務め、同2月1日にFRB議長に就任。2010年1月再任される。



さあ、バーナンキ議長の講義を聞こう!
この連載は、米連邦準備理事会(FRB)のベン・バーナンキ議長が今年3月下旬に、米ジョージワシントン大学ビジネススクール(同大学は学部としてビジネススクールを持つ)の大学生を対象に「米連邦準備理事会(FRB)と金融危機」と題して、4回にわたって行った講義の全文である。中央銀行が誕生した歴史的背景から、その使命、1930年代に恐慌が起きた際のFRBの対応、その後金融政策が発展した経緯、なぜ米住宅バブルが発生し、なぜその崩壊によって2008年秋の金融危機が発生したのか、何が問題だったのか、そして危機に対してバーナンキ議長を筆頭にFRBがいかに対応したのか――その全容を大学生を対象に分かりやすく説明している点がポイントで、金融危機の深層を明らかにしてくれる。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120829/236142/?ST=print
 

  拍手はせず、拍手一覧を見る

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
  削除対象コメントを見つけたら「管理人に報告する?」をクリックお願いします。24時間程度で確認し違反が確認できたものは全て削除します。 最新投稿・コメント全文リスト
フォローアップ:

 

 次へ  前へ

▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪ > 経世済民77掲示板

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/ since 1995
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。

     ▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪ > 経世済民77掲示板

 
▲上へ       
★阿修羅♪  
この板投稿一覧