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クルーグマン「ゴルト,ゴールド,ゴッド」(NYT,2012年8月23日)
次の副大統領候補となっているポール・ライアンをめぐる議論の大半は,これまでのところ,彼の財政案にもっぱら集中している.でも,ライアン氏が出してるアイディアはたくさんある.それじたいは,ふつうならいいことではある.
ただ,彼の場合,そのアイディアの大半はフィクションの世界からでてきたようなしろものだ.具体的には,元ネタはアイン・ランドの小説「肩をすくめるアトラス」だ.
思春期に読み損ねたみなさんに紹介しておくと,「肩をすくめるアトラス」はファンタジーもので,生産的なひとたち――なんなら「雇用創出者」と言い換えてもいい――が自分たちに感謝を示さない社会からサービスを引き上げてしまう世界を描いている.この小説の目玉は,64ページにもおよぶ演説だ.これを語るのは怒れるエリートたちの首謀者格であるジョン・ゴルトという人物.フリードリッヒ・ハイエクですら,この演説パートは読み通さなかったと認めている.それでも,この本は長らく思春期男子のお気に入りとして読み継がれている.大半の男子はそのうち卒業するんだけど,一部には,生涯にわたって熱を上げる人たちもいる.
で,ライアン氏はそういう熱狂的読者のひとりだ.たしかに,この数年は彼もランド主義をひっこめようと努めてはいる.「都市伝説」なんて呼んだりしてね.その理由は難なく理解できる:ランドは熱心な無神論者なんだ.無神論なんて,共和党支持基盤は耳に入れたがらない.まして,ランドの「中絶は道徳的な権利だ」という宣言なんて,とんでもない.
でも,ライアン氏は率直そうな言動もしてる.ランドの思想を推進することを目指すアトラス協会ってのがある.2005年に,彼はそこでランドは自分の政治的キャリアの原動力だと行った:「〔政治思想のソースとして〕1人の思想家,1人の人物をあげよと言われれば,アイン・ランドを挙げます.」 さらに,自分のスタッフとインターンたちにはランドの著作を読むよう求めているとも発言している.
さて,ライアンの財政プログラムは明らかにランド主義の観念を反映している.前のコラムで言っておいたように,ライアン氏が財政赤字に関して真剣だという評判を勝ち取っているのは,分不相応だ.彼の政策は実際には赤字を増やしてしまう.でも,彼は富裕層減税と貧困者支援削除におそろしく真剣に取り組んでいる.まさに,ランドが成功者をあがめ奉り「たかり屋ども」をさげすむのと軌を一にしている.
この点は重要だ.助けを必要とする人たちを支援するメディケイドやフードスタンプその他のプログラムの過酷な削減を進めるにあたって,ライアン氏はたんにお金を倹約する方法を探しているだけじゃあない.それと同時に,とても明確に,貧困者の生活を困難にしようと試みている――それが彼らのためになるといって.この3月に,不運な人たちへの支援を削減する案を説明した際に,彼はこう発言している.「セーフティネットをハンモックに変えて健常者に惰眠をむさぼらせ他人に依存して安逸をむさぼるような生活に落とし込むことを望んではいないのです.そんなことをすれば,彼らの意欲を失わせ,生活の大半において自立し自活するインセンティブをなくしてしまうことになります.」
どういうわけだか,この不況下で失業手当とフードスタンプに頼ることを余儀なくされてるアメリカ人は,安楽なハンモックでのうのうとしているかのように感じなきゃいけないことになってるみたい.
いや,話はまだこれだけじゃない:「肩をすくめるアトラス」は明らかに金融政策に関するライアン氏の見解も形成している.何度も何度も自分の予測が完璧に間違ったというのにいまも彼はこれに固執している.
2011年の序盤に,下院予算委員会の議長に就任したばかりのライアン氏は連銀議長のベン・バーナンキをひどく責め立てた.一次産品価格と長期金利の上昇は高いインフレの先触れだと彼は言い切った.「国家がその市民にする仕打ちとして,貨幣の毀損ほど悪質なものもありません」と朗々と言い放った.
その後,インフレ率はまるで挙がらなかったし,長期金利なんて急落した――もしまんまとバーナンキ氏が金融引き締めに追い込まれていれば,アメリカ経済の現状はきっといまよりずっとひどいことになっていただろう.でも,ライアン氏は自分の金融論について動じていないみたい.なんで?
えっとね.さっき触れた2005年のアトラス協会での演説で,彼は金融政策について考えるときはいつでも「フランシスコ・ダンコニアによる貨幣に関する演説」に立ち返るんだって発言してる.それって誰さ? お気になさらず.その演説(たった23パラグラフの長さでござい)は,金[きん]への妄執が度外れちゃった一例だ.この登場人物(ゴルトの腹心)は,たんに金本位制への復帰を主張するばかりか,紙幣というものを非難し,金貨への復帰をもとめる.
ちなみに,アメリカの貨幣供給は金貨やら銀貨なんかより圧倒的に紙幣が多い.1800年代初期からずっとそうだ.だから,もしライアン氏がホンキでフランシスコ・ダンコニアのお説を通したければ,1世紀どころか2世紀も時計の針を巻き戻さなくちゃいけない.
ここに重要な点ってあんの? えっとですね,共和党が選挙で当たりくじにを引けば,ライアン氏はまちがいなく次の政権で影響力をふるうことになる――次のことも覚えておこう,聞き飽きるほどよく言われているように,大統領が死亡すれば彼がただちにその職を引き継ぐ.だから,実行すれば大恐慌の再現へと大幅に近づいてしまう金融政策論をライアン氏が抱いているっていうのは,ぼくらにとって心配の種なんだよ.
また,それ以上に,ライアン氏が現代の共和党の大思想家だとみなされてるって事実も考えてみてほしい.その知的指導者が露骨なまでにアイディアの大部分をひどく非現実的なファンタジー小説から借りてきてるってことから,共和党についてどんなことがわかるかな?
(Paul Krugman, “Galt, Gold and God,” New York Times, August 23, 2012)
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keinear
経済/金融政策についてアホだということが分かる。
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「不況と状況」BY PAUL KRUGMAN
以下の文は、Paul Krugmam,”Slump And Circumstance“の翻訳になります。誤字・誤訳の指摘はコメント欄にお願いします。
The New Statesman誌の面白いアイデア――2010年早期に即座の緊縮財政を要求する書簡にサインした経済学者のところへ行って、イギリスが二番底の景気後退に陥る中で、今でもオズボーンの政策を支持するのか尋ねてみた。その中のたった1人だけがイエスと答えた一方、9人がオズボーンは景気刺激策に反対してることを再考すべきだと主張した。
よくやった。でも、僕がガッカリしたのは、その放蕩経済学者の多くが素直に過去の過ちを認めずに、状況の変化への反応だって主張してること。
だって、状況は全然変わってないんだから。イギリス経済はその時も落ち込んでいたし、今だってそう。経済が落ち込んでいる中での緊縮財政は、特に伝統的な金融政策が限界に達している時には、始めから明らかに酷いアイデアなんだ。ありていに言えば、2010年に僕が緊縮財政について書いたことは、数年たった今でもまったく問題なく見える。
実際のところ、緊縮派は基本的なマクロ経済学を窓の外に放り出すことを選択した。そのネガティブ・サプライズを予想できなかったのは、彼らが間違った方向へ向かった結果だ。
追記:山形浩生さんの指摘により訂正しました。
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08/18/2012 – 4:28 PM
By anomalocaris
Posted in Paul Krugman
Comments (6)
← 本を値札で判断しないで by Tim Harford
クルーグマン「ゴルト,ゴールド,ゴッド」(NYT,2012年8月23日) →
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6 コメント表示中
optical_frog
おつかれさまです.文中でリンクが貼られている "Myths of austerity" には翻訳がありますね:
緊縮財政神話 by Paul Krugman (http://econdays.net/?p=169)
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1 週 前 1 いいね!
Tatsuo Fujimoto
緊縮財政で経済が救えるなんてのは商売の経験がない人の話だね。しかし政治家は緊縮が好きなものがなる商売だ。したがって、制度設計が間違っているんだろうと思うよ。
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1 週 前
hirooyamagata
通常、マクロ経済の問題に対して「商売の経験がある/ない」で話をしたがるのは、マクロ経済と普通の商売とのちがいをそもそも理解していない人です。そして具体的なことを言わずに「制度」と口走りたがるのは、普通は単なる無為無策を告白しているのにすぎません。
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1 週 前 返信 Tatsuo Fujimoto 2 「いいね!」
hirooyamagata
just fine は、「すばらしく」というよりは「まったく問題なく」にしたほうがいいと思います。ニュアンス的にもそうだし、クルーグマンも自分の言ったことがすばらしいというほど厚顔ではありません。
あと、題名なので今さら変えるのはアレですが、Circumstance は環境よりは状況にしたほうがいいかと思います。環境だと、エコのほうの話だと思ってしまうので。
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1 週 前
anomalocaris
山形さん
ご指摘ありがとうございます。just fineは上手い訳が浮かびませんでした。
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1 週 前 返信 hirooyamagata
keinear
仰るとおりです。
いいね! 返信
1 週 前
http://econdays.net/?p=6980
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