http://www.asyura2.com/12/hasan77/msg/412.html
Tweet |
AKB48を生んだアキバが示す「低所得者≠低単価」
『モリタク流アキバ経済学』著者、経済アナリスト・森永卓郎氏に聞く
2012年8月24日(金) 田中 和之
『モリタク流アキバ経済学―萌えからデフレまで日本経済を一刀両断』(日経BP社、税込み1575円)
テレビやラジオのコメンテーターとしてもおなじみの経済アナリスト・森永卓郎氏が『モリタク流アキバ経済学』を出版した。サブタイトルにあるように、秋葉原でブームになった萌えから長引くデフレまで、この10年間に起こった日本経済やビジネスの動きを独自の視点で取り上げ、これからの生き残りのヒントを提示している。ミニカーやB級グッズのコレクターとして、またオタクの情報にも詳しい異色の経済評論家として知られる森永卓郎氏にアキバ系ビジネスの見方や背景などについて聞いた。
(聞き手は田中 和之=日経トップリーダー編集部プロデューサー)
8月24日から3日間にわたって東京ドームで行われるAKB48のコンサートは超満員のようです。著書でも取り上げていますが、森永卓郎さんは、秋葉原(以下、アキバ)が生んだ、この人気絶頂のアイドルグループを草創期から見てこられていますね。
森永:AKB48劇場の階下に「アットホームカフェ」というメイド喫茶が、劇場開設時からあります。実は、そこのメイドさんたちも「完全メイド宣言」というグループ名でCDを出していたんですよ。しかも、最初はAKB48よりも人気がありました。はっきり言って、デビュー当時のAKB48は、踊りはばらばらで、歌もそこそこ。劇場にはお客さんが入っていませんでした。
森永卓郎(もりなが・たくろう)氏
経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。1957年東京都生まれ。東京大学経済学部卒。日本専売公社、三井情報開発総合研究所、三和総合研究所などを経て2007年独立。大学で教鞭をとるかたわら、メディアで幅広く活躍している。主な著書に『新版 年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『構造改革の時代をどう生きるか』(日経BP社)、『庶民は知らないデフレの真実』(角川SSC新書)など多数。
最初のメイドカフェができた2000年から09年まで、アキバはメイドを中心とした萌えの時代でした。2010年頃からアキバが歌と踊りの街になっていきます。今でもアキバでしか通用しないアイドルという人たちがたくさんいて、彼女たちにはわずか数十人だけどコアなファンがついています。そして、ライブハウスで彼女たちが歌うと、「オタ芸を打つ」というのですが、オタクたちが歌に合わせて一緒に踊るんですね。
そうしたアイドルがアキバには無数にいると聞いています。
森永:私はうかつにも最初は彼女たちとAKB48は似たようなものだと思っていて、正直、こんなにブレークするとは予想していませんでした。でも、両者には大きな違いがありました。秋元康さんら作詞家や作曲家、レコード会社など、AKB48をプロデュースする人たちが超一流だったことです。周囲の期待に応えるかのように、AKB48のメンバーも毎日歌って踊ることでどんどん成長し、進化していきました。今の彼女たちは踊りもそろっているし、歌もうまい。テレビや大きな会場で歌ってお金をとれるエンターテインメントして確立しています。一般の人たちに受け入れられる十分な品質を獲得したのです。
「広く薄く」でなく「狭く深く」でビジネスを成立
森永:秋元康さんのビジネスに対する先見性が素晴らしかったのだと思います。例えば、同じ女性アイドルであるおニャン子クラブの場合、「夕やけニャンニャン」という番組に彼女たちを出し続けることによってアイドルに育てていきました。しかし、今のテレビ局に素人の子を番組に出し続ける体力はありません。そこで秋元さんは彼女たちが長く活躍できる場としてAKB48劇場をつくり、それを支える財源と言ったら言いすぎですが、コアなサポーターとして「オタク」を見出したんですね。
AKB48のコアなサポーターになると自分の好きな子を応援するために総選挙の投票券が入ったCDを何枚も購入するというニュースも流れました。
森永:これまでのアイドルはファンに「広く薄く」負担を求める形でした。一方、初期のAKB48をはじめとするアキバアイドルは「狭く深く」負担を求めるビジネスモデルです。
アイドルに限らず、多くの場合、いきなり“全国区”を狙っても難しいのが現実です。ですから、全国に出るまでの間、いかに自社の商品を支えてもらうか。固定したマニアに来てもらうための仕掛けを構築できれば、価格競争に巻き込まれることなく、ライバルを心配する必要もないステージから、ビジネスをスタートさせたり、商品を育てたりすることができます。
例えば、サッカーJリーグのセレッソ大阪が黒字化した際の取り組みの1つに、サポーター会費のカード引き落としがあります。会費を払い続けるかぎり、会員番号は変わりません。会員番号1番の会員はずっと1番でいることができる。こうしてサポーターのロイヤルティーを高めていったんです。市場において単純に価格で勝負するのではなく、絶対に裏切られないコアなファンをつかむ仕掛けをいかに作り上げるかが大事になるのです。
格差拡大の流れが遅れて日本にやってきた
ファンをつかむ仕掛けが大きく変わってきたわけですね。そこには、消費者を取り巻く経済環境の変化も関係していそうです。森永さんは著書でこの10年間の日本経済を振り返っています。ちょうど10年前の2003年は、森永さんがベストセラー『年収300万円時代を生き抜く経済学』を出版した年です。一部に大金持ちが現れる一方で、サラリーマンの年収が300万円台に近づくと予測され、見事に的中しました。今はもっと状況が悪化しています。
森永:『年収300万円時代』を出したときは、「本当に300万円なんかになるのか」という意見も多かったのですが、現実にこの時期は小泉純一郎元首相による構造改革の最盛期でした。私はこのまま行ったら大きな格差社会になると確信していました。ただ10年経って振り返ってみると、これは日本だけの現象ではなくて世界で起こる格差拡大の流れが、むしろずいぶん遅れて日本にやってきたのだと考えています。
その端緒となったのが、1979年に発足した英国のサッチャー政権が構造改革の名の下に行った新自由主義政策でした。サッチャー政権誕生の2年後に米国でレーガン政権が発足して、このサッチャリズムを受け継ぎ、お金を稼ぐ人が偉いという“社会の常識”がどんどん広がっていきました。その後、日本でも小泉政権がサッチャーと同じ構造改革路線を採用しました。
その結果、どんなことが起こったのでしょうか。
森永:サッチャーが何をやったかというと、まずマーケットで全てを決める市場原理主義を導入し、規制緩和や民営化を断行しました。これが、小泉内閣のときの郵政民営化とか、道路公団の民営化につながったわけです。
また、サッチャーは小さな政府を掲げて社会保障費を叩き切りました。小泉内閣も毎年2200億円ずつ社会保障費を抑制しました。サッチャーは、金持ちを優遇して所得税の最高税率を半減し、法人税も引き下げた一方で、消費税率を2倍にしました。小泉内閣も相続税の最高税率を大幅に引き上げるなど、ほぼ同じことをやりました。その後、日本は何度も首相が代わり、政権与党も交代しました。しかし、大きな流れはまったく変わっていません。言うなれば、サッチャーがやったことを、日本はこの10年をかけてやってきたということになりますね。
その結末も実によく似ていて、かつて「一億総中流社会」と呼ばれた日本の平等社会は音を立てて崩れ、所得格差が大きくなりました。庶民がずるずると所得を減らす一方、その裏側で実は巨万の富を得る人がたくさん出てきています。
こうした所得格差の拡大に加えて、日本ではデフレが引き起こされました。緩やかなデフレが続いているのでこの悪影響は認識されにくいのですが、デフレ突入から15年で、日本の名目GDP(国内総生産)は55兆円、11%も減少しています。また生活保護の受給者は2倍以上に増えているのです。新自由主義による弱肉強食政策とデフレによって、これまで世界に誇ってきた日本の平等社会は失われてしまいました。
デフレとは無縁の成長市場がある
とはいえ、悲観ばかりもしていられません。これからを生き抜くためにはどうしたらいいとお考えですか。
森永:デフレが続き、弱肉強食の世の中で、庶民の懐はどんどん寂しくなっています。例えば、お父さんのお小遣いはもうバブル期の半額になっている。その中で勢いを得てきたのは、1つは価格破壊型のマーケット。これは、200円台で食べられる牛丼など安くて画一的な商品を、市場シェアを上げることよって量を稼ぎ、採算をとるというビジネスです。ただこれは、ごく一部の勝ち組だけがうるおうだけなんですね。
ところが世の中の全てがこうなっているわけではありません。普段の生活はきついんだけれども、一生懸命に節約をして、なんとか余裕を生み出して、その人なりの楽しみを得るマーケットが同時に広がっています。一つひとつのマーケットサイズは小さいけれども、確実に価格競争に巻き込まれない、高付加価値型のマーケットが生まれてきている。これもこの10年で起きた大きな特徴だと思います。
その代表例が、オタクたちのライフスタイルであり、彼らがつくるマーケットだというのですね。
森永:おっしゃるとおりです。アキバに来てオタクたちを見てください。彼らは普段の生活では徹底的な節約をして、浮かせたお金で、同人誌を買い、フィギュアを買い、メイドカフェに通い、アキバアイドルと一緒にオタ芸を打っています。こうした分野こそが、デフレとは無縁の成長市場となっているのだと私は思います。
新自由主義の嵐が吹き荒れた日本で、所得格差が拡大し、低所得層が増えました。しかし、このことが消費市場を単純に低単価へとシフトさせていくのかというと、それだけではないというのが実体経済の面白いところなのですね。
アキバに生まれる無数のビジネスモデル
家電、オーディオ、パソコン、マルチメディア、萌えなど、アキバは日本の産業構造を10年先取りしているとも森永さんは指摘しています。アキバの魅力はどこにありますか。
森永:秋葉原界隈の家賃がこの10年で2倍になっているのをご存知でしょうか。こんな地域は恐らく日本にはないでしょう。アキバは意外と広いのですが、中央通りを超えたあたりから家賃は安くなります。ちょっと離れたところには怪しいお店が立ち並んでいます。私は裏秋葉原と呼んでいますが、いろいろ変わったものを売っていてとても楽しいですよ。カオスのような界隈ですが、ここから中心部にだんだんと進出してくるビジネスがある。
例えば、「アキバギルド」というメイドさんがディーラーを務める“カジノ”があります。ここはどんどんいい場所に移転してきているので、もしかしたら次の流れになるかもしれません。入れ替わりも激しいのですが、アキバにはこのような無数の新しいビジネスモデルがあります。
その中にこれからの新しいビジネスの種やヒントがあるというわけですね。
森永:今までの経済やビジネスの常識が通用しない部分に、新しいマーケットの動きが起こっているように思います。おそらくGDP統計にも載らないような経済活動が増えています。例えば、ファンが少ないアキバアイドルが有料で撮影会をしたりチャットをしたりするんですが、こうした活動は経済統計に載っていないと思います。
こういったビジネスからどう変化の芽を嗅ぎ取っていち早く大きなビジネスにできるかが問われます。現在はいろんな商品を売り出してもなかなかヒットしません。ヒットしたとしても、マーケットが小さいうえ、その小さなマーケットも割と早く消えてしまいます。ですから新しい高付加価値マーケットでのビジネスはすごく難しいのですが、ただそこにチャレンジし続けていかなければいけない。
だから、例えて言えば、まず散弾銃のように撃ちまくり、その中で当たりをとっていくしかないと思います。単行本では、この10年間の日本経済を振り返りながら、萌えやオタクのビジネスだけでなく、ネットを活用したマイクロマーケットや、東日本大震災以降の親孝行ビジネスなども分析しているので、新規事業や新商品開発のヒントになると思います。
田中 和之(たなか・かずゆき)
日経トップリーダー編集部プロデューサー
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20120822/235918/
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。