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生活保護のリアル みわよしこ
【第7回】 2012年8月10日
みわよしこ [フリーランス・ライター]
生活保護受給者と直接かかわる福祉事務所の
“お役所仕事”どころではない日常
福祉事務所とケースワーカーは、生活保護受給者が直接接する窓口であるだけではない。生活保護制度の実際の運用を行い、生活保護費の支出、つまり福祉への税の使用を直接決定・処理する重要な存在である。
今回は、東京都・江戸川区の福祉事務所の日常を通じて、生活保護制度を支える側の素顔に迫ってみたい。
「頭が切り替わらない」が悩み
福祉事務所とケースワーカーの多忙な日常
江戸川区役所福祉部・生活援護第三課。いわゆる「福祉事務所」である。約55名のケースワーカーが、ケース世帯約4600世帯に対応する。
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江戸川区には、3つの福祉事務所がある。正式名称は「福祉部生活援護第一課・第二課・第三課」である。「福祉を受ける」を余儀なくされる人々の意識を「役所から必要なサービスを受ける」へと変えるために、その名称も少しは役に立っているかもしれない。以下、本文中では「福祉事務所」と呼ぶ。
3つの福祉事務所には、合わせて233名の常勤スタッフがいる。165名のケースワーカーの他に、経理など福祉事務所の運営に欠かせない業務を担当する事務職員が含まれている。各福祉事務所は、平均55名のケースワーカーが約4600世帯の生活保護受給世帯に対応する体制となっている。以下、今回はケースワーカーの立場を通しての記述なので、生活保護受給者を「ケース」と表記する。
ケースワーカーの勤務時間は、朝8時30分から夕方5時15分である。この勤務時間の間に行わなくてはならない業務は、非常に多種多様である。
まず、「生活保護を受給したい」という住民や、担当ケースの相談に乗る必要がある。対面相談である場合も、電話での相談の場合もある。対面相談は、1人1回あたり30分以上かかることもある。
重要な職務の1つに、担当ケースの訪問がある。少なくとも、1ケースに対して年に2回以上の訪問調査を行うことが義務付けられている(注1)。江戸川区では、少なくとも毎年4月の時点では、ケースワーカー1人あたりの受け持ちケース数が80世帯を超えないように配慮している(注2)。80世帯に対して1年間に2回の訪問を行うとすれば、一人のケースワーカーが、一年間に160回の訪問を行うことになる。実際には、一年に三回以上の訪問を必要とするケースも少なくない。
相談や訪問の合間を縫って、ケースの経過記録を書く。
さらに、生活保護費の算定を行う。生活保護費の基本部分(生活扶助+住宅扶助)は、年齢・居住地などに基づいて決まる。しかし、「入院した」「施設に一時入所した」といった事態が発生すれば、その事態に対応した再計算を行わなくてはならない。また、就労しているケースに対しては、必要経費等の控除の計算が必要になる。生活保護費の算定の実際は、極めて困難かつ煩雑なのだ。
(注1)厚生労働省社会・援護局保護課長通知による(「生活保護手帳」2011年度版)。
(注2)社会福祉法第16条が定める基準による。
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生活援護第三課の入り口は、建物正面からは見えない位置にある。「福祉事務所に出入りするところを他の人に見られたくない」というニーズは多い。
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デスクワークに集中する時間を確保できるわけではない。保健所・児童相談所・ハローワークなど、連携している機関からの問い合わせもある。また、ケースの近隣住民からの「あそこのお父さんは生活保護なのに毎日パチンコに行っている、不正受給ではないか」といった問い合わせもある。そのような問い合わせがあれば、確認に赴いたり調査したりする。生活保護は、適正に実施されなくてはならないからだ。
1つの事案が一段落ついたと思ったら、また次の、まったく性格の異なる事案が飛び込んでくる。
そうこうするうちに、午後5時となる。福祉事務所の閉所時間だ。午後5時15分で、勤務時間は終了となる。ときどき、午後5時直前に訪れたケースの相談が長引いて午後5時30分を過ぎたり、ケース経過記録を書き終わるのが午後6時になったりすることもある。
多忙ながらも平穏な毎日が続くとは限らない。2012年4月26日、刃物を持ったケースが、江戸川区・生活援護第二課を訪れて暴れ、取り押さえた若い男性職員を負傷させた。時には、このようなトラブルも発生するのが福祉事務所だ。生活援護第二課・課長の米田さんは、
「ケースには、いつも暖かく丁寧に接すればよいわけではありません。たとえば病気なのに通院しないケースには、イヤな顔をされても『通院してください』と言う必要があります。不正受給の可能性が高いケースや、自堕落な生活態度の続くケースには、毅然とした態度で、告発も含めて対応する必要があります。このような業務を遂行するケースワーカーにとっては、心と身体の健康維持が大切です」
という。
ケース数は、江戸川区でも年々増加している。5年前、2007年には約11900人だったケース数は、2012年6月には約19700人にまで増加している。もちろん、ケースワーカーも増員されている。
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福祉事務所に配属されるまでの
さまざまな経緯
生活援護第三課内に掲示されている、各種イベントの案内(左)と就職支援情報(右)。イベントは、仕事を見つけにくい若者・ニートの子を持つ親などが、同じ悩みを持つ人々と出会うきっかけとなりうる。また就職支援の機会が数多く用意され、ひとり親世帯など、対象を絞った就職支援も充実している。
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生活援護第一課・課長の甲斐さんは、1995年に大学を卒業し、福祉職として江戸川区に入区した。以後、江戸川区立の知的障害者通所施設・高齢者向け独自福祉サービスなどの業務に関わり、2012年4月から、現在の生活援護第一課・課長を務めている。わかりやすく言えば「福祉事務所の現場の責任者」だ。
甲斐さんが都内の進学校に通っていた1991年、「バブル崩壊」が発生した。甲斐さんは「人の幸せって、何だろう?」と考えはじめ、福祉系大学に進学した。大学での学習や実習を通じ、「ずっと福祉の仕事をしていきたい」と考えるようになった。そして、福祉に熱心に取り組んでいることで定評のあった江戸川区役所の福祉職採用試験(当時)を受験した。福祉事務所で働くことは、学生時代からの夢だったので、やりがいをもって仕事をしているという。
生活援護第二課・課長の米田さんは「江戸川区で生まれ育ってきたので、これからも自分の住んでいる街を良くしたい」と考えて、江戸川区役所に事務職として就職した。それぞれの地域が特色をもっている江戸川区では、求められる取り組みが地域ごとに異なる。それらの取り組みを通じて「地域は良くなり、自分も成長する」と日々感じているそうだ。
生活援護第三課・課長の鈴木さんは「大学で学んだことを生かせると思い、公務員になりました。街づくりにも関心がありました」と語る。今の福祉事務所勤務に関しては「難しいことはたくさんあるけれど、やりがいもたくさんあります」と、誇りを持って語る。
江戸川区は、東京23区内で唯一、「江戸川区を希望する人だけを採用する」という方針を取っている。だから、職員の多くに、「この地域のために」というモチベーションの高さが共通している。
限られた財政力の中でも
福祉に注力する江戸川区
ここで、江戸川区の財政状況について見てみよう。
2011年度予算、江戸川区一般会計の歳入は約2200億円。うち特別区税は約450億円であり、歳入の多くを占めているのは国庫・東京都からの交付金である。歳出は約2200億円。うち福祉費は1000億円、歳出の概ね半分だ。全国的に注目されているのは手厚い子育て支援だが、高齢者が元気に・住み慣れた地域で暮らせるための支援など、独自の福祉施策が数多い。福祉費のうち生活保護費は、2012年度予算では約350億円である。歳出の16%、特別区税収入の約76%にあたる。
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江戸川区の財政力は「強い」というわけではない。財政力指数は0.41(2010年度)。全国810自治体の中では657位。ちなみに財政力指数の上位には、千葉県浦安市(2位)・愛知県豊田市(3位)・千葉県成田市(9位)など、大規模事業所のある自治体が目立つ。江戸川区の「0.41」という財政力指数は、2006年に「共働きの市職員は減給」という方針が検討されて物議をかもした大分県日田市と同等である。
しかし一方で江戸川区は、3年連続で「健全財政日本一」という側面も持つ。これは、「将来に対する区の借金が少ない」ということを示している。江戸川区の、長年にわたる健全財政への取り組みの成果である。
これらのデータから、筆者は「裕福ではないけれど堅実、必要な支出は惜しまない」というイメージを受ける。
高齢化率が低くても
生活保護費の抑制は難しい
生活援護第三課の近辺は、中小規模、単身者や少人数の家族を対象としたマンションが多い。
次に、江戸川区の生活保護の現状について見てみよう。
2012年6月、江戸川区のケース世帯は約14100世帯、ケース数は約19700人である。生活保護率は約2.9%。東京都平均の1.95%よりは、かなり高い。
ケース世帯の内訳は、高齢世帯が41%、障害者・傷病者世帯が28%、母子世帯が9%、その他世帯が22%。鈴木さんによれば、
「『江戸川区だから』という特徴は、特にありませんね。日本全国と共通しています。ただ、高齢化率は低い方です。2011年度は18.4%。東京都平均が20.7%、日本全国では22.5%ですから、比較的低い方です。それでも、高齢化率は増加しつつあり、それにつれて生活保護の医療扶助も増加し、保護費全体に占める割合は40%に近づいています」
ということだ。
ちなみに、2009年度の住民1人あたりの生活保護費ランキングでは、江戸川区は全国で高い方から50位の約4万4000円/人であった。前後には、福岡県福岡市・東京都中野区などの大都市と、青森県青森市・長崎県対馬市などの地方自治体が並ぶ。
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「自立」とは、経済的自立?
建屋内の案内は、英語・中国語(簡体)・ハングル・中国語(繁体)が併記されている。
「○○市の福祉事務所では、生活保護廃止(生活保護からの脱却)に至る人数に年間ノルマが課されていて、『自立指導』という名目での強引な就労指導が行われている」
といった風聞は後を絶たない。しかし、筆者が甲斐さんに率直に尋ねてみたところ、
「江戸川区では、そのような数値目標は設定していません」
という答えが、即座に返ってきた。逆に
「ご自分の考える『生活保護からの自立』って、何ですか?」
と問いかけられた。筆者は障害者であり、車椅子等の補装具を必要としている。「障害者の自立」とは、補装具が不要になることではない。筆者は、ケースにとっての生活保護費は、自分にとっての補装具と同じと考えている。でも、この考え方は、「生活保護は甘え」という主張の持ち主に受け入れられるだろうか?
返答に窮してしまった筆者に、甲斐さんはこう語った。
「私たちは、自立を3つに分けて考えています。経済的自立、日常生活の自立、社会生活の自立。まず、一人一人に合わせた、その段階での『自立』を考えます。各ケースワーカーも考えますし、担当チームや係でも話し合います」
「経済的自立」は、生活保護水準以上の収入が得られる就労をすれば実現できる。しかし、無理にそのような就労を目指すと、せっかく就職しても短期間で心身の健康を害するかもしれない。
「日常生活の自立」は、経済的自立の前提条件でもある。たとえば、精神疾患を持つケースのうち相当数は、引きこもって昼夜逆転した生活をしている。これでは、通院もできない。この段階での目標は、まず「昼間起きていられること」になる。
「社会生活の自立」は、生活するために必要不可欠なことである。たとえば介助の必要な重度障害者にとって、「自分の意志を表明する」「支援者とのコミュニケーションを取る」は、生存を維持し、少しずつでも生活の質を高めていくために必要なことである。
人間が1人1人異なる以上、個人の特性を無視した画一的な「自立指導」は成立しないのだ。
次のページ>> 雇用状況に左右されるケースの経済的自立
雇用状況に左右されるケースの経済的自立
今回、インタビューをさせていただいた3人の生活援護課長は、最後に口を揃えて
「ケースは高齢者や傷病者を除き、ほとんど、経済的自立に向けて、懸命に誠実に努力しています。一部マスメディアで報道されるような『不正受給』『適当で自堕落な生活態度』といったことは、皆無ではありませんが、極めて少数です」
と強調した。それではなぜ、少なくとも稼働年齢層に対して、生活保護廃止(生活保護からの脱却)を目標に就労指導できないのだろうか?
米田さんは、
「今、就職は大学新卒でも難しい状況があります。ハローワークと連携して就労支援ナビゲーターの方に来ていただいたり、求人している企業とのコネクションを持っている事業者に業務委託を行ったりしているんですが、就労実現は困難な課題になっています」
と語る。
生活援護第三課の近くには、大規模リサイクルショップがある。コストを抑えて生活することが、比較的容易な環境だ。
たとえば傷病から就労が難しくなり、生活保護受給が数年に及んでいるケースの場合、治癒し、主治医が「就労可能」と診断していても、ケース本人は「就労する」への恐怖心でいっぱいであったりする。だから、まずは「1日に1時間」の就労を目指す。それが可能だったら、次には「1日に3時間」を目指す。このような対応を、米田さんは「いきなり高すぎるハードルを設けない」と形容する。適切なハードルの設定は、日常的な細やかな関わりと状況の把握があって、はじめて可能なことだ。
ケースワーカーたちがこれだけの努力を払うことによって、江戸川区では、年間に約300人のケースが、何らかの形で就労できている。区が支出すべき生活保護費も、いくらか減額できている。しかし、生活保護廃止にまで至る例は、年間30人程度である。雇用状況の改善が見えない現在、生活保護からの脱却は、困難すぎて現実的に目指すことのできないゴールになってしまっているのだ。
さらに深刻な問題は、生活保護世帯の子どもたちが、成人後にまた生活保護世帯を形成してしまうことである。良好とはいえない環境で育つ子どもたちの多くは、最終学歴が中卒・高校中退となる。そして、不安定就労を続け、生活保護受給に至り、望むと望まざるとに関係なく、自分の子どもたちを同じように育ててしまう。この不幸な世代連鎖を断ち切る方法はないだろうか?
次回は、生活保護世帯の子どもたちに対し、江戸川区で長年行われている試みの1つを紹介する。
http://diamond.jp/articles/-/22919
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