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■■ 編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■
Q:1271への回答、ありがとうございました。先々週から「貧困」に関する質
問が続いていますが、ロンドン五輪をTV観戦していて、貧困層がスポーツを楽しむの
は簡単ではないと思いました。オリンピックにしても、最初のころは欧州の先進国が
中心で、第2次大戦前は、アジアやアフリカ、それに中東からの出場国は非常に限ら
れたものでした。ジョギングしているホームレスは見たことがありませんし、過酷な
雇用環境にいる非正規労働者で、スポーツジムで体を動かしている人はほとんどいな
いでしょう。
ただし、そういったことがオリンピックの感動に水を差すわけではありません。水
泳の400メートルメドレーリレー決勝では、男子女子とも、日本チームはすばらしい
パフォーマンスを見せたと思います。とくに、男子平泳ぎの北島康介の泳ぎは、見て
いて、鬼気迫るものがありました。「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかないと
3人で話し合った」というバタフライの松田選手の試合後のコメントには胸を打たれ
ました。
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■今回の質問【Q:1272(番外編)】
ヒューマニズムの問題とは別に、貧困層の存在は、日本社会、経済にどのようなリ
スクをもたらすのでしょうか。
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村上龍
◇回答
□水牛健太郎 :経済評論家
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■今回の質問【Q:1272(番外編)】
ヒューマニズムの問題とは別に、貧困層の存在は、日本社会、経済にどのようなリ
スクをもたらすのでしょうか。
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村上龍
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■ 水牛健太郎 :経済評論家
経済の面における問題は無数にあると思います。教育が効果的になされないことに
よる人的資源の質の低下、消費への抑制効果、福祉などの財政コストの増大、出生率
の低下による労働力の減少などです。
一定の教育レベルが保たれることは、経済の成長に不可欠です。現代社会における
労働は、それがマニュアル的なものであっても、最低限マニュアルを理解する学力が
必要ですし、創造性を必要とするものならばなおさらです。
しかし、貧困層に対する教育は様々な困難を伴います。貧困家庭の子供はしばしば、
学校に毎日来ることさえできません。来ても腹を空かしていて授業に集中できないこ
ともあり、家に帰っても落ち着いて勉強ができる環境にありません(たとえばの話、
失業した両親が酔っぱらって暴れたり叫んだりしている状況で、どんな家庭学習がで
きるでしょうか)。アメリカでの調査で、所得水準と学校の成績は常に強い相関関係
を示しますが、当然のことです。日本でも教育困難校と貧困の問題は切っても切り離
せません。
現代では最低限の学力がない人は、まともな仕事に就くことはできません。以前は
あった「家業を継ぐ」という選択肢は、第一次産業と小規模な小売業が衰退したこと
で、少なくなっています(こうした職業は学力がなくてもできたというつもりはない
のですが、いわゆる地頭さえしっかりしていれば、学校の成績が悪くても、やがては
独り立ちできるチャンスがあったことは事実でしょう)。まともな仕事に就けなけれ
ばその人たちの子供も十分な教育を受けることは難しく、貧困が再生産されていきま
す。それによって生活保護など社会保障費も増大し、財政にも負担となります。
こうした人たちの多くは、子供時代にちゃんとした教育を受ける機会さえあれば、
本来の能力を発揮し、仕事を通じて価値を生み出すことができ、福祉の世話にもなら
ずに済んだでしょう。この点だけを見ても、貧困の経済的コストは明らかなものがあ
ります。
それに加え、消費へのマイナス効果も大きいものがあります。貧困層の人たち自身
が消費を押さえ込んでぎりぎりの生活を送っているだけでなく、貧困層の存在が、中
流の人たちにも「自分たちもああなるのではないか」という不安を抱かせ、貯金への
志向を強めます。本来の消費レベルを下げてしまうのです。貧困層の存在は、経済に
対しデフレ的な効果を持つと言えるでしょう。
格差の増大による出生率の低下は、最近の日本でよく論じられるようになりました。
非正規労働者は将来への見通しがないため、結婚や子供を持つことに消極的になりま
す。非正規労働者の増加は、日本の出生率低下の有力な背景の一つだと言われます。
出生率の減少による人口・労働力減はそれ自体、経済を縮小させます。日本社会・経
済が選択した労働力の非正規化は、企業の当面の業績を改善させることには役だった
かもしれませんが、将来にわたって、じわじわと経済の活力を奪っていくでしょう。
結局のところ、タコが自らの足を食うような愚かなことだったと言わざるを得ません。
貧困層の存在の社会に対するリスクを一言で言えば、信頼の喪失だと思います。
「まじめに働けば豊かになれる」「努力が報われる」という素朴な考えが疑われる社
会は不幸な社会です。今の日本は、同じような能力の持ち主でも、学校を卒業した年
の景気によって生涯賃金が大きく違う可能性がありますし、同じ職場で同じ仕事をし
ているのに、いわゆる「正社員」と非正規労働者で待遇が二倍以上も違うことがあり
ます。非正規労働者はいくらまじめに働いても豊かにはなれません。出世もしません。
このような状況で、「努力が報われる」と素朴に信じることは難しくなっています。
「いくら努力しても報われない」という認識が一般的になると、人々の心の中には
ニヒリズム(虚無主義)が育っていきます。無力感にさいなまれ、前向きな考えや常
識をせせら笑い、「隠された裏」があるという陰謀論を信じ、デマに動かされやすく
なり、暗い破壊願望にとりつかれ、現状を打ち破る「救世主」の出現を待望するよう
になります。
その典型例がナチズムでした。第一次大戦後のドイツでは経済が不安定化し、格差
が増大する中で、多くの人が「自分たちが困難に陥っているのは、裏で画策している
ユダヤ人のせいだ」というナチスの陰謀論を信じ、ヒトラーの支持者になっていきま
した。いや、実は、すべての人がユダヤ人の陰謀を真剣に信じていたわけではありま
せん。多くのドイツ人は、ナチスはいんちきっぽいと思っていたようです。しかし、
「どうせ嘘で塗り固めた世の中だ」と思うと、現状を打ち破るためなら嘘でも構わな
いと思うようになるのです。それがニヒリズムの本当の怖さだと思います。
現在の日本でも、いわゆるネット右翼と言われる若年層を中心に、かつてのナチス
に似た陰謀論が広まりつつあるようです。若者の無力感を肥やしにして、ニヒリズム
と破壊願望が大きくなっています。わたしはかなりの危機感をもって、現状を見てい
ます。
経済評論家:水牛健太郎
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Q: 貧困層の存在がもたらすリスクとは?
◇回答
□真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
「貧困の影響」
わが国の場合には、1日を1ドル以下で暮らす"絶対貧困"と呼ばれる層は少ないと
思います。その意味では、わが国の貧困の問題は主に経済格差の拡大に基づく、"相
対的貧困"の問題と考えられます。経済格差の問題はわが国だけのものではなく、多
くの先進国でも同様の問題が発生しています。
そうした傾向は、一般的に「中間層の衰退」と表現されることが多いようです。そ
の背景には、経済のグローバル化が進み、相対的に人件費の低い新興国が工業化の段
階を迎えることによって、新興国で作られた低価格製品群が世界市場での優位性を発
揮していることがあります。低価格製品群が大挙して人件費率の高い先進国に流入す
ると、当該国の製品はコスト競争に勝つことができず淘汰される可能性が高まります。
その結果、企業は、人件費を引き下げて何とか競争力を維持するか、あるいは生産
拠点を人件費が相対的に低い新興国へと移転することになります。そうなると、国内
の労働市場の需給は緩み、失業率が上昇したり賃金水準が低下することが避けられま
せん。そして、それまで企業の管理職などのポジションを占めていた中間層は次第に
必要性が低下することになります。そうした傾向が進むと、社会全体の中での中間層
が衰退していくはずです。
中間層の衰退は、社会全体の仕組みに大きな影響を与えることが考えられます。ま
ず、最初に浮かぶ点は、中間層の衰退によって政治体制が不安定化する可能性です。
「安定した民主主義は中間層が土台」という表現が使われてきました。一般的に、富
裕層や貧困層が多いと、どうしても特定の権力者やポピュリズムに走る扇動的な政治
体制になり易いと言われています。
それに対して、中間層の人々は、それなりに経済的な余裕をもって社会全体を見る
観点を持っていることが多く、また社会的・経済的成功にたいする意識が高いことと
みられるため、民主主義の政治体制を安定させ易いと考えられます。特に、現在の様
に世界的に経済状況が不安定化していると、どうしても政治体制は右傾化しやすいと
いう指摘もあります。
かつて、1930年代の大恐慌時代では、主要国が経済低迷に落ち込んだことを背
景にして、それぞれの国の政治体制が右傾化したと言われています。右傾化した政治
は自国の景気回復を優先し、最終的に自国の供給能力の過剰分をカバーするために、
主要国は植民地の争奪戦に走り、それが最終的に第二次世界大戦にまで発展したとい
う見方もあります。
経済格差の拡大は、社会全体の経済状況にも大きな影響を与えます。まず、政治の
課題として、貧困層を救済することが求められます。救済するためには、生活保護な
どの給付を拡充することになります。一方、救済にはコストがかかりますから、その
コストを賄うため増税などの措置が必要になります。結果として、社会全体の所得の
再配分の機能を見直すことが必要になります。政治が上手くそうした機能を果たせれ
ばよいのですが、それができないと社会全体に不満が蓄積することにもなりかねませ
ん。
また、貧困層が増大すると国全体の購買力が低下し、国内の需要項目が伸び悩むこ
とが想定されます。それが現実味を帯びてくると、国内企業は新たな需要を求めて、
海外市場に積極的に進出することが必要になります。
現在のわが国は少子高齢化が進んでいますから、そうした動きが加速される可能性
が高くなるでしょう。結果的に、経済全体の輸出依存度が高まり、経済構造全体が少
しずつ変化することになるはずです、こうして考えると、経済格差の拡大は、社会・
経済に大きな影響を与えることが想定されます。
信州大学経済学部教授:真壁昭夫
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