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三橋貴明の「経済記事にはもうだまされない!」
第164回 十年一日のごとく (1/3)
2012/07/24 (火) 12:44
今回のタイトルは「十年一日のごとく」であるが、実際には「五十年一日のごとく」が正しい。何しろ、朝日新聞は高度成長期の頃から日本の経済や社会生活の基盤である公共投資を否定し、「コンクリート(公共事業)から人(社会保障)へ」という、我が国の国土的条件を無視した主張を平気で紙面に掲載していた。
田中角栄の「日本列島改造論」が刊行されたのは、1972年(四十年前)であるが、同書の中に以下の一説がある。
『福祉は天から降ってこない
一部の人びとは「高度成長は不必要だ」「産業の発展はもうごめんだ」とか「これからは福祉の充実をはかるべきだ」と主張している。しかし「成長か福祉か」「産業か国民生活か」という二者択一式の考え方は誤りである。福祉は天から降ってくるものではなく、外国から与えられるものでもない。日本人自身が自らバイタリティーをもって経済を発展させ、その経済力によって築き上げるほかに必要な資金の出所はないのである。(田中角栄:著「日本列島改造論」(日刊工業新聞社)』
田中角栄については、色々と批判もあるが、上記の「福祉は天から降ってこない」という言葉は紛れもなき事実である。何しろ、福祉すなわち社会保障の「原資」は国民の税金だ。そして、税金とは国民の所得から支払われる。さらに、国民の所得の合計こそがGDP(国内総生産)なのだ。
国民の所得の合計であるGDPの成長(=経済成長)なしで、社会福祉を充実させるなどできるはずがない。福祉の源泉となる税収は、天から降ってくるものでも、外国に与えてもらうものでもない。日本国民が働き、経済を成長させなければ、社会福祉の源泉を確保することはできないのだ。
日本経済の成長なしに、社会福祉を拡大させることなどできない。いや、厳密にはできないわけではないのだが、日本国民が経済を成長させるべく働き、投資を積み重ね、経常収支の黒字を稼がなければ、日本国は過小貯蓄状態に陥る(注:統計的に、経常収支が赤字の国は必ず過小貯蓄になる)。国内に過剰貯蓄が無い状況で、無理やり社会福祉を充実させようとすると、日本政府は外国から金を借りざるを得ない。その状況が長く続くと、最終的には現在のギリシャのような事態に陥る。すなわち、政府の対外債務のデフォルトの危機を招くのである。
というわけで、田中角栄が書いた通り、社会福祉を充実させたいならば、国民経済(GDP)を成長させるしかない。GDPが成長すれば、政府の税収は増え、社会福祉の原資が確保される。
無論、スウェーデンやノルウェーなどのように「高税率」で社会福祉の原資を得る方法もないことはない。だが、スウェーデンの人口は920万人、ノルウェーは480万人である。それに対し、日本の人口はスウェーデンの十倍を超えるのだ。スウェーデンやノルウェーが高い輸出依存度(両国ともに30%を超えている)で経常収支の黒字を稼ぎ、「高税率、高社会福祉国家」を成り立たせることは可能でも、同じ真似は日本ではできないし、するべきでもない。何しろ、日本の輸出依存度を30%超にするためには、新たに100兆円の輸出拡大が必要になる。少なくとも現在は、バブル崩壊と需要縮小に苦しめられている主要国が、日本からの新たに100兆円を超える輸出を引き受ける(=輸入する)ことは不可能だ。
また、そもそも日本国民がスウェーデンやノルウェーのように国民負担率60%(日本は40%程度)を認めるのだろうか。たとえ国民感情が認めたとしても、デフレ期に国民負担を高めると、デフレ深刻化と名目GDPの縮小を招き、税収減により結局は社会福祉の拡大が不可能になってしまう。
第164回 十年一日のごとく (2/3)
2012/07/25 (水) 13:47
いずれにしても、日本のように経済規模が大きい国が社会福祉を充実させたいならば、内需中心の経済成長を実現するしかないのだ。そして、日本国の「内需中心の経済成長」を妨げるための報道を繰り返してきたのが、まさに朝日新聞なのである。
『2012年7月22日 朝日新聞「(社説)公共事業―「防災」便乗は許されぬ」
http://www.asahi.com/news/intro/TKY201207210432.html
政府・民主党や自民、公明両党が、「防災」を掲げて公共事業の拡充へと動き始めた。
東日本大震災は、防災・減災対策の重要性をあらためて突きつけた。高度成長期に集中的に整えられた社会基盤は、更新期を迎えてもいる。
対策は待ったなしである。
一方で国の財政は火の車だ。「防災」に便乗したバラマキは許されない。社会保障と税の一体改革で消費増税の道筋がついたいまこそ、予算の使い道を吟味しなければならない。
一体改革で足並みをそろえた民自公3党が、そんなギリギリの検討をへて公共投資を唱えているとは、とても思えない。
まず政府・民主党である。国土交通省は今年度から5年間の社会資本整備重点計画の案を示した。68の項目のうち半分近くが防災関連だが、どれを優先するのかメリハリを欠く。(中略)
自民党が国会に提出した国土強靱(きょうじん)化基本法案は「先祖返り」ともいえる内容だ。
基本理念として「国土の均衡ある発展」「多極分散型国土」「複数国土軸の形成」といったことばが並ぶ。60年代から90年代に5次にわたってつくられた全国総合開発計画(全総)のキーワードだ。「3年で15兆円」「10年で200兆円」と、事業費の目標も掲げている。
全総の策定や事業費の明示がバラマキの一因になった。その反省から、自民党政権時代に方針転換したのではなかったか。
公明党が骨子をまとめた法案も、ソフト面の対策の必要性に触れながら「10年で100兆円」とうたっている。
バラマキ合戦の根っこは、3党による消費増税法案の修正協議にある。増税で「財政による機動的対応」が可能になるとし、「成長戦略や防災・減災に役立つ分野に資金を重点的に配分する」と法案の付則に盛り込んだ。このままでは、公共事業のための増税になりかねない。
公共投資を増やせば、目先の経済成長率は高まる。近づく国政選挙への対策のつもりでもあるのだろう。しかし、そうした発想が財政赤字の膨張を招いた歴史を忘れてもらっては困る。』
上記は朝日新聞の「社説」であるため、新聞社としての意見というわけだ。それにしてはあまりのレベルの低さに、愕然としてしまう。レベルが低いというよりは、「ウソ」ばかりがちりばめられた記事になっているわけだが、ポイントを以下に整理する。
第164回 十年一日のごとく (3/3)
2012/07/26 (木) 13:50
1.朝日新聞は「一方で国の財政は火の車だ。」と書いている。財政が火の車の国家の長期金利がわずかに0.74%と、スイスと並んで「世界最低」なのはなぜなのだろうか? 日本が「火の車」ならば、日本よりも長期金利が高い国々(スイスを除く全ての国々)の財政は焼け落ちているはずだが、PIIGS諸国以外でデフォルトが騒がれないのはなぜなのか? 長期金利が低いとは、政府に「金を貸したい人」が多いという話だが、財政が火の車の国の国債を、なぜみんな買いたがるのか?
2.記事中に「バラマキは許されない」とあるが、朝日新聞にとって、バラマキの定義とは何なのだろうか?
(1) 政府支出全て
(2) 公共投資(GDP上の公的固定資本形成)
(3) 政府最終消費支出
(4) 有効需要にならない所得移転
筆者は上記の内、(4)については「バラマキ」と定義しても構わない(直接的にGDPを増やさないため)と考えている。それに対し、(2)(3)は現在の日本に必要な有効需要であるため、バラマキとは呼ぶべきではない。朝日新聞は有効需要創出のための支出と「バラマキ」を区別しているのだろうか。
3.自民党の国土強靭化について「先祖返り」とレッテルを貼っているが、過去の日本の経済成長の原動力となった「国土計画(全国総合開発計画)」の何が問題なのか? 朝日新聞的には「日本を経済成長させたから」こそ、国土計画が許せないのか?
朝日新聞の社員にしても、国土計画に基づき建設されたインフラストラクチャーの上で生活しているわけだが、それを理解しているのか。また、自民党の国土強靭化の理念「国土の均衡ある発展」「多極分散型国土」「複数国土軸の形成」は、実際問題として日本の強靭化に寄与する。昔の用語を使っているからといって、別に国民の生命を守るための強靭化投資の価値が下がるわけではない。そもそも、田中角栄の時代と現代とでは、上記の用語の意味が違う。日本国は早期に「多極的」に「複数の国土軸」を持つように成長しなければ、現実問題として次なる大震災に対応できない可能性があるのだ。
4.記事中に「公共事業のための増税になりかねない。」とあるが、国土強靭化や防災の財源は、当たり前の話として建設国債である。なぜ朝日新聞は「増税が公共事業の財源」という印象操作を行うのか?
【図164−1 日本の国債種別発行残高(単位:億円)】
出典:財務省 図164−1の通り、日本の国債発行残高増の原因は特例国債(赤字国債)であり、建設国債ではない。これだけ公共事業を削減しているわけだから、建設国債を発行する必要はなく、「残高」が05年以降は横ばいで推移している。 そして、なぜ赤字国債が急増したのかと言えば、ずばり「税収が減ったため」である。そもそも、赤字国債とは税収の不足を補うための国債なのだ。公共投資のための資金調達手段である建設国債とは目的が違う。 さらに、なぜ日本の税収が減り、赤字国債発行残高が増えたのかと言えば、もちろんデフレで名目GDPが増えないためである。本稿冒頭にも書いたが、税収の原資は国民の所得だ。そして、国民の所得の合計こそがGDPなのである。より具体的に書くと、名目GDPになる。 租税収入の原資は名目GDP(国民の所得の名目値での合計)以外にはない。名目GDPが増えれば、政府は放っておいても税収増になる。逆に、名目GDPが減れば、政府はたとえ増税をしたとしても、減収になってしまう。結果、政府は赤字国債(建設国債ではない)を発行せざるを得ない。 繰り返すが、日本の国債発行残高が増えているのは、建設国債ではなく、赤字国債の増大が原因だ。赤字国債は「税収不足」の補填のために発行される。公共事業の原資確保のために発行するわけではないのだ。 そして、日本がデフレから脱却できず、GDPが成長しない原因の一つが、公共投資を「増やしていない」ためなのだ。橋本政権が公共投資、公共事業の削減を始めた97年以降、日本のデフレは本格化した。今や、日本の公共投資は橋本政権期の半分にまで縮小してしまった。 デフレとは「有効需要」の不足が主因であるが、政府自ら「公共投資(GDP上の公的固定資本形成)」という有効需要を削減していったわけである。デフレが深刻化しなければ、そちらの方が不思議である。 というわけで、朝日新聞の社説に対する最後の疑問だ。 なぜ朝日新聞は、自民党の公共投資増が「財政赤字の膨張を招いた」という明確なウソを平気で紙面に書けるのだろうか? 上記の事実やデータを知らないためなのか? それとも、知っていてウソを書いているのか? 前者ならば、朝日新聞の記者には情報産業に従事する資格がない愚か者ということになる。後者ならば、朝日新聞の記者は悪質なデマゴーグということになる。 さて、答えはどちらなのだろうか。
第164回 十年一日のごとく (3/3)(07/26)
第164回 十年一日のごとく (2/3)(07/25)
第164回 十年一日のごとく (1/3)(07/24)
第163回 スペインの選択(3/3)(07/19)
第163回 スペインの選択(2/3)(07/18)
第163回 スペインの選択(1/3)(07/17)
第162回 政府の「バラマキ」を定義する(3/3)(07/12)
第162回 政府の「バラマキ」を定義する(2/3)(07/11)
第162回 政府の「バラマキ」を定義する(1/3)(07/10)
第161回 イデオロギー的な公共投資批判論を批判する (3/3)(07/05)
1994年、東京都立大学(現:首都大学東京)経済学部卒業。
外資系IT企業ノーテルをはじめ、NEC、日本IBMなどに勤務した後、2005年に中小企業診断士を取得、2008年に三橋貴明診断士事務所を設立する。現在は経済評論家、作家として活躍中。
インターネット掲示板「2ちゃんねる」での発言を元に執筆した『本当はヤバイ!韓国経済―迫り来る通貨危機再来の恐怖』(彩図社)が異例のベストセラーとなり一躍注目を集める。同書は、韓国の各種マクロ指標を丹念に読み解き、当時日本のマスコミが無根拠にもてはやした韓国経済の崩壊を事前に予言したため大きな話題となる。
その後も、鋭いデータ読解力を国家経済の財務分析に活かし、マスコミを賑わす「日本悲観論」を糾弾する一方で、日本経済が今後大きく発展する可能性を示唆し「世界経済崩壊」後に生き伸びる新たな国家モデルの必要性を訴える。
『崩壊する世界 繁栄する日本』(扶桑社)、『中国経済がダメになる理由』(PHP研究所)、『ドル崩壊!』 など著書多数。ブログ『新世紀のビッグブラザーへ blog』への訪問者は、2008年3月の開設以来のべ230万人を突破している(2009年4月現在)。
http://www.gci-klug.jp/mitsuhashi/2012/07/24/016445.php
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