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石黒不二代の勝手に改革提言!ニッポンの新しい教育
【第19回】 2012年7月24日
石黒不二代 [ネットイヤーグループ代表取締役社長兼CEO]
日本の教育格差はこの20年で広がっていた!
米国より深刻な“隠された貧困”と“教育現場の危機”
ティーチフォージャパン松田悠介代表理事×
ネットイヤーグループ石黒不二代社長【前編】
2012年度の全米文系大学生の「就職先人気ランキング」(Universum社調べ)で、ウォルトディズニー、国際連合に続いて“あるNPO団体”が第3位を獲得した。それが、教育NPO「ティーチフォーアメリカ(TFA)」だ。TFAは、全米から自己成長意欲が高く、情熱のある若手人材を集め、必要なトレーニングを提供し、困難な状況にある学校に2年間教師として送り込むというプログラムを実施。アメリカで深刻な社会問題となっている教育格差の是正に大きな成果を挙げている。
そして今、TFAの活動は世界25ヵ国に広がっており、日本における活動で先頭に立つのが2010年7月に設立された「ティーチフォージャパン(TFJ)」の代表理事・松田悠介さんだ。日本でも子どもの7人に1人が貧困状態にあると言われる今、TFJも自己成長意欲が高く、情熱のある若者を教育現場に派遣し、学習困難な状態にある子どもをサポートし、教育格差の是正に取り組んでいる。前編である今回は、松田さんがTFJを通じて見てきた今の日本における“教育現場の真実”を探る。
教育格差の解消とリーダー育成が同時に!?
超エリート学生が集う“教育NPO”の正体
石黒 実は、松田さんにお会いするまでティーチフォージャパン(以下、TFJ)を詳しくは存じ上げなかったのですが、改めてどんな組織か教えていただけませんか?
まつだ・ゆうすけ/ Teach for Japan代表理事。1983年千葉県生まれ。2006年日本大学文理学部体育学科卒業後、体育科教諭として都内の中高一貫校に勤務。体育を英語で教えるSportsEnglishカリキュラムを立案。部活指導では都大会の予選ですら勝つ事ができなかった陸上部を全国大会に導く。その後、千葉県市川市教育委員会教育政策課分析官を経て、2008年9月ハーバード教育大学院修士課程(教育リーダーシップ専攻)へ進学し、修士号を取得。卒業後、外資系戦略コンサルティングファームPricewaterhouseCoopersにて人材戦略に従事し、2010年7月に退職。Teach for Japan創設代表者として現在に至る。
Photo by Toshiaki Usami
松田 TFJは、教育格差是正を目的に、自己成長意欲が高く、情熱のある人材を2年間教師として学校現場に派遣するという、22年前にアメリカで立ちあがったティーチフォーアメリカ(以下、TFA)のモデルを日本でも広めようと設立した組織です。
教育格差の是正を考える上で一番重要なのは子どもの前に立つ「人」です。アメリカの場合、教育貧困地区に意欲が高く、情熱のある先生が集まらないために良い教育ができず、この地域の子どもたちは高校さえ卒業できず、就職もままならない状態に陥っています。TFAの創設者であるウェンディ・コップ氏は、そうした問題を解決するためにTFAを設立し、毎年1万名以上の意欲が高く、情熱のある人材を最貧困地区の教育困難校に派遣しています。
石黒 派遣される人たちは、元々先生になりたい人ばかりなのですか?
松田 そういう人ばかりではありません。アメリカの場合、教員免許の有無にかかわらず子どもに教えられる仕組みがあるので、TFAで行う5週間の合宿形式の事前トレーニングを経た様々な分野(法律、経済、政治など)の自己成長意欲が高く情熱のある人材が学校現場で教えています。そして今やTFAは、2012年度文系学生就職先人気ランキングで3位になり、ハーバード大学卒業生の18%がTFAの採用試験を受けるほどです。
結果的に、短期とはいえ課題解決できる人材が課題山積の学校現場に入って、2年間徹底して課題を解決していくことで、教育環境は改善されています。ある学校ではTFAから3、4人の先生が派遣されて、2割前後だった進級率が90%に改善しています。
そして同時に、今まで教育をキャリアとして考えなかった人材を教育界に巻き込むことができています。TFAに入ってくる人材に、当初「2年間のプログラム終了後、自分は教育の分野に残っていると思いますか」と質問をしたところ、「はい」と答えた人は6%しかいませんでした。しかし、実際には2年後、70%近くの修了生が教育の世界に残ることになります。2年間徹底して困難を抱える子どもたちと向き合うことで当事者意識を持ち、教育こそこの国を支えていくことだと彼らは認識してくれるのです。
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残りの30%は、もともと志望していた投資銀行などに転職していきますが、これにも意味があります。彼らはどの業界に行ってもリーダーになるからです。元々TFAは、リーダーとなるポテンシャルを持つ人材を採用するとともに、2年間の教師経験が最高のリーダーシップ育成プロセスになります。30〜40人の子どもの前に立ち、あるべき姿を描いて課題解決を行い、子どもたち1人ひとりと信頼関係を築くためにコミュニケーションをとる。学級崩壊当たり前の課題山積の場所で力を発揮していくことこそ、究極のリーダーシップ育成なのです。
さらに修了生が様々な業界のリーダーになれば、教育にヒト・モノ・カネの投資をするようになりまる。例えば、政治家になった修了生であれば教育格差是正のための法案や予算を通す努力をしてくれます。つまり、TFAのプログラムは教育格差問題解決に向けた当事者意識を持つ人材を増やす運動にもつながっています。
日本の子どもの7人に1人が貧困状態
なのに“貧困”が語られていない!?
いしぐろ・ふじよ/ネットイヤーグループ代表取締役社長兼CEO。スタンフォード大学にてMBA取得後、シリコンバレーにてハイテク系コンサルティング会社を設立し、日米間の技術移転等に従事。2000年よりネットイヤーグループ代表取締役として、ウェブを中核に据えたマーケティングを支援し独自のブランドを確立。著書に『言われた仕事はやるな!』(朝日新聞出版)がある。
Photo by Toshiaki Usami
石黒 私もアメリカで暮らし、特に、子どもの義務教育を現地で受けさせる中で、アメリカにおける貧富の差や教育格差を肌で感じていました。私学と公立の格差、また、同じ公立でも富裕層が住む地域での教育と貧困地域での教育には雲泥の差があります。
また、アメリカでは政府が小さいために、教育が合衆国政府から州政府に委託され、州政府は各市町村に、また、市町村は学校に、学校は先生にという権限委譲があり、日本では考えられないくらいに現場の裁量が大きいのです。それゆえ、格差が教育格差を生み出す仕組みになってしまっていると思います。しかし、今の日本には、アメリカほどの貧富の差や、また制度的な教育格差があるように思えないのですが、実際にあるんですか?
松田 今、日本では7人に1人の子どもが貧困状態にあると言われています。OECDの調査では、日本の相対的貧困率は14.9%とOECD加盟国中、メキシコ、トルコ、アメリカに次いで4番目に高く、アメリカの17.1%に迫っています。
石黒 それは不思議ですね。アメリカには様々な人種もいるし、貧困がある現実がよくわかるのですが、日本ではそこまで格差があるようには思えませんよね。
松田 まさにそれこそが問題だと思っています。アメリカの場合、貧困問題が解決されていないことが明らかで、だからこそみんなが問題に取り組み、お金も動きます。でも日本では、存在しているにもかかわらず、貧困はあまり語られないんです。だからこそ、問題が根深く残ってしまっています。
石黒 それは昔からですか?高度経済成長期は雇用もあったし、お給料も平均的だったはず。この“失われた20年”の間に増えたのですか?
次のページ>> 生活保護率が70%の中学校も…
「高度経済成長期には存在した仕事が日本ではなくなり、仕事を失った人たちが多いんですね」(石黒)
Photo by Toshiaki Usami
松田 この20年の間に増えたといえますね。我々が九州で支援しているある中学校は、生活保護率が70%にも上っているんです。
今、生活保護の問題が取り沙汰されていますが、生活保護を受けると働く意欲がなくなるのもやむを得ないとも言われております。大阪市は以前、生活保護受給者8000人に対して、仕事の斡旋や研修を提供するなどして就労支援を行いました。しかし1年後、生活保護を抜け出したのは全体の2%に留まります。その主な理由は、紹介される仕事が最低賃金、非正規雇用、つまらない、キャリアが描けないから。また、中にはマニュアルを渡されてもマニュアルがきちんと理解できない人もいます。
そんな状況で、最低賃金で労働基準法いっぱいの月160時間働いたとしても約14万円にしかなりません。一方で子どもが2人、30代前半の人なら、地域によっては生活保護費23〜4万円がもらえる上、医療費が無料なんですよ。
石黒 高度経済成長期には存在していた生産工程での仕事はほぼ空洞化して、仕事を失った人たちが多いんですね。
松田 そうだと思います。工業化の時代と、現在の社会で求められている人材と現在の教育で輩出される人材には、大きなギャップが生まれています。
工業化の時代には工業化の教育があり、それが記憶偏重で右向け右の教育でした。もちろん、それがあったからこそ日本の高度経済成長を支える人材が輩出されたので、否定するつもりはありません。とはいえ、脱工業化社会の今、国内の生産拠点は多くが海外に移転し、もしくは国内の生産拠点では海外の人材がその仕事を担いつつあります。
今は、人をマネジメントする力や数多ある情報を取捨選択し、新しいものを創造する力が、リーダー層のみならず、すべての層に求められる時代です。しかし、今の教育手法や教員育成の在り方は20年前からそこまで変わっているわけではありません。そのギャップは埋めていくべきでしょう。また公の仕組みで子どもが生き残るための力を身に付けられるよう担保すべきで、お金がないと身に付けられないなんてことがあってはなりません。
通常、格差是正の活動は学校外のものが多いのですが、我々は学校内の活動や公の仕組みに入っていくなかで、教育を通じて貧困の連鎖を食い止めたいと思っています。
「教育の重要性」を知るのは社会に出てから
社会人が教員になれる新しい仕組みを
石黒 でも、日本ではアメリカと違って教員資格がないと学校では教えられないのでは…?
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松田 そうです。ただ、実は中等教育の教員免許取得者のうち、実際に教員になるのは10%で、残りの90%は民間企業に就職しています。そのなかにも自己成長意欲の高い人材がいるので、新卒はもちろんのこと、ビジネス経験があり、社会に出てから教育に強く問題を感じた方々に積極的にアプローチしています。
大学入学前の17歳頃に教員になると決意している人って、実は珍しいと思うんです。教育への思いや重要性は、社会に出ていろんな課題と直面したり、子どもを育てたりするなかで気付くことが多いですから。
そこで今、文科省と教員免許を持たない社会人人材をどう活用することができるのか、意見交換をさせて頂いております。海外では代替教員免許制度があり、正規教員育成の仕組みで育たなくても免許を取れるのですが、同様に日本でも仮免許を1、2年付与して、その間に夜間や週末に教職に必要な単位を取得して、仮免許の期間中に教員免許を付与できる仕組みを作りたいと考えています。もちろん、制度を変えるのはハードルが相当高いので、既存の制度の活用も考える必要があります。既存の制度でも特別免許状や臨時免許状という、教員免許を持たない者に対して免許を付与する制度が存在しているので、自治体への活用促進を呼び掛けていきたいとも思っています。
来年4月からプログラムが本格的に始まり、30〜40名を派遣します。TFA同様、配置前に250時間以上の研修をし、指導力や社会人力を鍛え上げます。困難を抱えている子どもたちと向き合う上でどうすればいいか、重点的に研修するだけでなく、配置後もバーンアウトしないよう教員をサポートしていく予定です。
今や教員免許が“就活の保険”に…
なぜ教師は「なりたくない職業」になったか
「昔のように先生が1番なりたい仕事になってほしいですね」(松田)
Photo by Toshiaki Usami
松田 それから最近、教育委員会や現場の方々とお話をさせて頂く中で、教員の資質そのものが低下しているという問題意識を共有して頂くことがあります。まず、一部の学生たちにとって、教員免許が就職できなかったときの“保険”になっていると聞きます。4年生の夏に教員採用試験がありますが、志の高い人材は大学3年生の末から就職活動を始めます。そこで、教師になろうと思っていた人も、おもしろい大人や会社に出会い内々定をとると、教育実習や教員採用試験に挑んでも、結局は企業に入ってしまうんです。
さらに教職課程で教員育成に携わっている先生の中で、初等・中等教育の現場で先生を経験している方も限られています。
もう1つの問題は、教員育成に関する理論が21世紀に必要な理論を必ずしも反映していないという点です。今の社会に適応している理論ではなく、20年前に打ち立てた理論をそのまま継承されているケースは少なくありません。学校は子どもたちが社会に出ていく準備をさせる場ですから、現場の先生たちが現代の社会状況をさらに知っている必要があるでしょう。
50年前のように先生が1番なりたい仕事、社会的地位の高い仕事になるべきだと考えています。昔は尊敬される仕事だったからこそ意欲の高い情熱ある人材が入ってきて世界最高水準の教育インフラを整えることができました。子どもたちに夢を持て、自尊心を持て、論理的思考が必要だという先生自身が、そうしたものを持っているほうがいいですよね。
次のページ>> 実は文科省、教育委員会も教育を変えたいと思っている
石黒 アメリカでも、実は、(小中学校の)先生というのは、最もなりたくない職業の筆頭ですよね。もはや日本の問題ではなく先進国に通じる共通の問題ではないですか?
松田 だからこそ、TFAはそれに一石を投じる組織なんです。今や人気就職先ランキング上位になっているわけですから。
これまで数万人を派遣しているといっても、教職員全体の1%に過ぎません。なので、確かに限界はあると思います。とはいえ、TFAの取り組みによって「教師ってかっこいいよね」というイメージを植え付け、既存の教員養成大学と連携し、教員育成を一緒に考えるなど影響力を与えています。少しずつですが、教師に対する人々の考え方や育成手法は変わってきていると思います。
実は文科省、教育委員会も
教育を変えたいと思っている
石黒「文科省からすごく抵抗があったように思いますが…」松田「いえ、文科省も教育を変えたいという思いを持っていますよ」
Photo by Toshiaki Usami
石黒 アメリカは、文科省にあたる機関がそもそも小さいので、それゆえ、現場がTFAと連携がしやすいように思いますが、日本はがっちりルールが決まっていますから、TFJの活動にも文科省からすごく抵抗があったのではないですか?
松田 いえ、そんなことはありません。文科省の課長や課長補佐クラスはすごく情熱があって、何とかしないといけないと思っていますよ。基本的に応援してくださっています。
活動で直接的に関係を持つ教育委員会にも応援していただいていています。我々は、選抜された自己成長意欲が高く、情熱のある人材を250時間以上トレーニングした状態で紹介させていただくわけですから。ただ、実績を気にされたり、制度的な限界もあります。そのギャップを埋めるためにどうすればよいか、調整している状態です。
石黒 文科省や教育委員会が変わらないから問題だ、なんて声も聞きますが、そうでもないんですね。
松田 世間は「教育委員会って閉鎖的だよね」という前提を立てて議論し、教育に対する問題意識もそこに帰結させています。しかし我々はここ2ヵ月で全国70の教育委員会と話をする中で信頼関係を築き、教育委員会の思いや、やりたくてもできないニーズが少しずつ分かってきました。それにもかかわらず、多くの日本人はアクションを起こすことなく、先入観で決めつけ、責任のなすりつけ合いだけをしていると思います。
石黒 日本人の特質でしょうか。問題意識があってもアクションを起こすやり方を知らないということかもしれませんね。また、政治的にリスクが生まれてくることを恐れているということもありますね。
松田 そうですね。だから我々がそのやり方、アクションを提示すれば、必ず文科省や教育委員会のみならず、学校現場にも共感していただけると思っています。
※後編は、7月31日(火)公開予定です。
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http://diamond.jp/articles/-/21953
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