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デフレ脱却優先論の論理的陥穽  デフレ脱却こそ景気回復の大前提
http://www.asyura2.com/12/hasan76/msg/859.html
投稿者 MR 日時 2012 年 7 月 13 日 17:37:22: cT5Wxjlo3Xe3.
 


デフレ脱却優先論の論理的陥穽
池尾 和人(@kazikeo) / 記事一覧
池田さんがツィートしていたので、馬淵澄夫・衆議院議員の「デフレ脱却こそ景気回復の大前提。量的緩和による金利上昇リスクばかりを強調する日銀に異議あり」という記事を読んでみた。正直に言って、論理がつながっていない(少なくとも説明不足の)ところが散見された。ただし、世間的に流布している「デフレ脱却優先論」は、このレベルのものが大半だと懸念されるので、論理の不足がどこにあるのかを改めて指摘しておくことにも多少の意義があろう。


デフレとは「持続的な物価下落」を指すというのが公式の用法のはずであるが、日常的には「経済の低迷した状況」を総称するものとして使われている。前者の意味を「狭義のデフレ」、後者の意味を「広義のデフレ」と呼ぶことにしよう。これら2つの意味の入れ替えによって、しばしば誤った論理の展開がもっとらしく見せかけられているので、両者の区別には自覚的でなければならない。

馬淵氏の記事では、最初の方に「デフレ脱却のための更なるインフレ目標の設定や量的緩和などによるマネタリーベース拡大という金融政策を取ってインフレに転じたとき」という記述がある。ここでのデフレは、「狭義のデフレ」=持続的な物価下落の意味であろう。しかしそうだとして、インフレ目標の設定や量的緩和などによるマネタリーベース拡大を行うとどうしてインフレになるのかについては、是非、そのトランスミッション・メカニズムを(馬淵氏以外の方でも結構なので)教示してもらいたい。

たぶん貨幣数量説的な考え方が常識としてあるのだろうが、ゼロ金利下でそうした常識が無条件に成り立つわけではない(この点に関連しては、この記事がきわめて有益である)。ゼロ金利下の世界は、いわばアリスの迷い込んだ「不思議の国」である。したがって、金利が正の世界では常識であることについても、ゼロ金利下でも同様に成り立つというためには、その理由を説明する必要がある。これが、「論理の不足」を感じる1点目である。

因みに、先月26日に日本銀行の当座預金残高は過去最高水準を更新している。もちろん日銀券の発行残高も過去最高水準なので、マネタリーベースも過去最高水準に増加している。足下の名目GDPの大きさは20年間とほぼ同じだけれども、ベースマネー残高は20年前と比べて3倍以上に増加している。この事実は、貨幣数量説的な考え方とどのように調和させられるのであろうか。流通速度が3分の1以下に低下したということで、もちろん定義式としての貨幣数量方程式は成り立っているけれども、貨幣 --> 物価という因果関係がどうして成立するといえるのか。乞う、説明である。

次に、馬淵氏の記事では、「デフレ脱却による株価の上昇や設備投資の活発化、企業収益の改善、円安などを考えると」という記述がされている。ここでのデフレは、狭義・広義のいずれの意味で使われているのだろうか。広義に「経済の低迷した状況」を総称する意味でなら、この文章はほとんど同義反復だといえる。しかし、そうだとすると、デフレという言葉の意味が、途中ですり替えられていることになる。「持続的な物価下落」ということなら、物価の安定を使命とする中央銀行に第一義的な責任があるという言い草も成り立ち得るだろうが、「経済の低迷した状況」ということなら、第一義的な責任は政府・与党にこそある。

他方、かりに上記引用文におけるデフレの意味が狭義のそれだとすると、どうしてインフレになると「株価の上昇や設備投資の活発化、企業収益の改善、円安など」がもたらされるのかについてのトランスミッション・メカニズムを説明してもらいたい。ここでも、たぶん狭義のデフレが広義のデフレの原因になっているというような理解があるのだろうが、そうした理解が正しいという論拠をちゃんと説明したものを寡聞にして知らない(あるなら、教えて下さい)。これが、「論理の不足」を感じる2点目である。

私は、そうした理解は原因と症状の取り違えに過ぎないと思っているので、ロジックとデータに基づく反論を是非いただきたい。金利上昇にも(財政リスクの上昇等を嫌気した)悪い金利上昇と(景気拡大に伴う)良い金利上昇が考えられる。良い金利上昇の場合には、馬淵氏の記事の本旨である銀行が受けるダメージが必ずしも大きいとは限らないという主張は正しいと思う。しかし、財政ファイナンスのような手段でインフレをもたらしたときに生じる金利上昇は、悪い方のそれであろう。

デフレ脱却優先論の背後には、「貨幣量の増大 -- (1) --> 物価の上昇 -- (2) --> 景気の回復」といった推論があると思われるが、(1)のメカニズムも、(2)のメカニズムも、われわれが暮らしている「不思議の国」では当然視されてよいものではない。その主張者は、理詰めでトランスミッション・メカニズムの説明を行う義務がある。

−−
池尾 和人@kazikeo
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http://agora-web.jp/archives/1469824.html


 


デフレ脱却こそ景気回復の大前提。量的緩和による金利上昇リスクばかりを強調する日銀に異議あり
2012年07月02日(月) 馬淵 澄夫
 社会保障と税の一体改革に関する法案の衆議院裁決があり、賛成多数で可決した。
 これにより、三党合意の下、与野党一体となって2014年4月の消費増税に進むこととなる。しかし、当然それまでの二年弱の間、徹底した経済状況の好転に結び付く成長政策の実行とその前提となるデフレ脱却を実現していかなければならない。
 私自身、与党議員の責任として賛成票を投じたのだが、129時間8分に及ぶ社会保障と税の一体改革議論についてはまだまだ十分ではないと思われる点もあった。5月23日に私が質疑(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32676)で質したことも含めて明らかでないところもいくつかある。これらは参院で改めて審議に付していただくことを願っている。
 その中で気になっているのは、デフレ脱却のための更なるインフレ目標の設定や量的緩和などによるマネタリーベース拡大という金融政策を取ってインフレに転じたときに生じる、とされる金利上昇リスクについてである。国会審議では置き去りだったように感じるので改めて指摘しておきたい。
 5月17日社会保障と税の一体改革に関する特別委員会質疑で金利上昇リスクについて、前原政調会長は下図を示して以下のように述べている。
「一%金利が上がれば、国債の評価損が生まれ、三・五兆円の評価損が生まれる。地銀、第二地銀等では二・八兆円の評価損が生まれる。」このことについて日銀の試算を例にとってパネルで説明を行った。
 さらに、ティアT(中核的自己資本)比率の押し下げ幅についても「大手銀行は、一%金利が上がれば自己資本比率が一・六下がる、地域銀行は一・九下がる。自己資本比率が下がるので資本注入をしない限りは、貸し出しを抑制しなければいけない。経済活動が萎縮をしてしまって、景気に悪影響を及ぼしてしまうということになる。」と述べた。

この指摘については、野田総理も安住財務大臣も直接的には答弁を行っていない。しかし、テレビ中継もあったので、多くの視聴者に、インフレによる金利上昇局面における金融機関のBS(バランスシート)の悪化ということを、漠然と印象付けられる結果になったのではないかと危惧する。
 前原政調会長は日銀の試算を例に問うているので、これはやはり日銀による意図的な議論の誘導の可能性に注意を払わなければならない。日銀が公表している資金循環統計をもとに2010年度の国内銀行の金融資産負債残高の表を作成したので以下に示す。

 これによると、国内銀行の金融資産は871兆円、株式以外の証券195兆円、貸出465兆円、株式・出資金30兆円、対外証券投資25兆円となっている。
 金利の上昇1%で影響を受ける部分は株式以外の証券195兆円の部分になると思われる。
 一方、デフレ脱却による株価の上昇や設備投資の活発化、企業収益の改善、円安などを考えると、貸出465兆円の質の改善が見込める。これは、金利上昇による債券の評価損に比べればすぐには数字として表れないが、日本経済全体が良くなることで金融機関の体質改善になる。具体的には貸倒引当金計上額の減少などのBSの改善も見込まれる。そもそも金融機関は貸し付けが本来業務であり、インフレは本来業務が軌道に乗ると言い換えてもよい。
 またデフレ脱却で株価が上昇することにより、保有株式の時価評価が上昇する。つまり、デフレ脱却を民間が見通せば、株価は上昇に転じる可能性は極めて高い。さらに円安により対外証券投資25兆円も時価評価が上昇する。
 また、金融機関はそもそも派生商品を使ってヘッジをかけることもできるので、内国債の評価損だけが切り取られて議論されるのはおかしい。そもそも銀行などの金融機関は日銀のスタンスを見ながら、「日本経済のデフレ継続」に対して「債券投資」で賭けをしているとも言える。言い換えれば、日銀の今日までのスタンスが金利上昇時の評価損をもたらす結果を招いているのだ。日銀がデフレ脱却の意志を明確に示してこなかったツケとも言えるだろう。
 金融機関は、日銀が政策のスタンスを変更すれば、収益を上げるべく、ヘッジを含め、様々な戦略を立てる。一時的には債券の評価損が目立つかも知れないが、長期的には、日本経済好転のボーナスを金融機関は受け取ることになる。
 このように、経済全体を論じなければならない立場の日銀が、ことさらにインフレ局面のリスクばかりを強調することに大きな違和感を覚えるのである。このような日銀の言説に惑わされてデフレ脱却を放置させてならない。デフレ脱却こそが景気回復の大前提なのだから。
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http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32907


 


 

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コメント
 
01. 2012年7月13日 22:21:43 : IanDpFU7gs
金融緩和すればインフレに成り、景気が良くなるに決まっているじゃん。

コモディティー市場が今か今かと金融緩和を待ちわびている。
どんどん金融緩和すればガソリン、資源、穀物などが上がってインフレに成るよ。

金融業界も投機資金がじゃぶじゃぶ出来るので好景気に沸く。

他の所は知らないよ。


02. 2012年7月13日 22:33:26 : MdkRza1k1k

デフレとは、供給力に対して需要が足りない、ことを言う。

いくら金を刷り増しても、需要の増大につながらなければデフレ解消にはならない
外国に流れたり、博打銭になったりするだけ

民間で需要が作りだせないなら政府が作りだす。これがデフレ対策だ。
金を刷り増して政府がこれを用いて公需を作り出す


03. 2012年7月14日 00:03:17 : QyC3shODcQ
>>02

>民間で需要が作りだせないなら政府が作りだす。これがデフレ対策だ。
金を刷り増して政府がこれを用いて公需を作り出す

1000兆円公債を積み上げて、それ行け、やれ行けで公共事業をしても景気は回復しないのに、まだ政府需要で何とかしようというの???


04. 2012年7月17日 09:42:24 : 3CNLte9sGM
日本経済浮沈の命運を握る7大テーマの大激論!
論客のガチンコ対決で見えてくる経済迷走の“なぜ?” 

どうすれば日本はバブル崩壊後の「失われた20年」を取り戻すことができるのだろうか。『週刊ダイヤモンド』7月21日号の特集「激論!日本経済」では、これまでさまざまな専門家が挑んできたこの難題について、16人の論客が喧々諤々の議論を繰り広げる。互いに一歩も譲らない火花を散らす熱論を通して、問題の論点を整理し、経済混迷の本質に迫る。答えはどこにあるのか。「激論」の一部をお伝えしよう。

「金融政策でデフレ脱却できるか」 
池尾和人・慶應義塾大学教授 vs. 武藤敏郎・大和総研理事長

武藤 10年金利が1%の日本では結局、量的緩和以外に選択肢がない。少しは意味があることをやり続けるのは、理論的には議論があるかもしれないが、実務的には決して軽視すべきではない。(中略)政策当局としては、ほぼ効果がないから何もせず、「時間が解決する」というわけにはいかないんです。

池尾 私は、もうやめたらいいのにと思いますが。既に0.8%ぐらいの長期金利を、頑張って0.3%まで下げたところで、絶好の設備投資の機会だと思う人はまずいない。

武藤 政策金利がたった0.1%でも、数字がついているところに私は意味があると思っている。まだ、ゼロ金利ではない。

 しかしさまざまな弊害はある。どんな政策にも副作用はつきもので、今の日本は副作用を考慮しても、窮状を乗り越えるべく緩和を続けることも必要だと思います。

池尾 デフレ脱却が景気回復の前提だという方がいますが、これは明らかにおかしい。デフレ脱却の意味によりますが、経済の低迷からの脱却という意味なら、それは景気回復とほとんど同義反復です。

 健全な形でインフレ期待が醸成されることが景気回復の前提だというなら理解できる。しかし実際に物価の下落が止まるのは景気回復した後なんです。

(本誌の対談より抜粋)

次のページ>> 猪子寿之 vs. 藤沢数希「グローバル化で日本企業は生き残れるか」

「グローバル化で日本企業は生き残れるか」 
猪子寿之・チームラボ社長 vs. 人気ブロガー・藤沢数希

猪子 そもそも欧米は未来で勝つほうに国が環境を整える意思がある。スイスが違法ダウンロードを法的に認めたけど、政府発表のコメントがすごい。「新技術をアドバンテージとして生かせる人が勝者となり、その進歩に取り残されて、旧来のビジネスモデルに従い続ける人は敗者となる」って。これ、消費者行動の変化に適応しなさい、さもなければ死になさいって国が言ってるわけ。

藤沢 スイスは、今でも世界的な企業がたくさんあって、すごい国だよね。でも僕は、日本企業がアップルやグーグルみたいになるのは無理だと諦めている。ソフトウエアの会社って、一握りの天才がつくっていくから、パナソニックとかソニーが生まれ変われる類いの話ではない。もはや文化からつくり替えないと(笑)。

 でも、小粒だけどクリエイティブな日本人はたくさんいるから、プラットフォームは米国の企業に握られても、それを使う日本の個人や小さい会社が頑張ればいい。

猪子 世界でプラットフォーム取れるサービス、日本にもあるよ! 初音ミク(ネット上のバーチャルアイドル歌手)も生まれてるし。これは米国では生まれない(笑)。

藤沢 僕は、個人が初音ミクでいい曲を作ってiTunesで売ればいいと思ってる。個人でやる分には自由だし。日本はプラットフォームでは負けたけど、電子部品も外食産業も強いし、全部勝たなくてもいいよ。

猪子 でも、50年先を考えたら日本経済も弱くなって、面白くなくなるんじゃない。

藤沢 確かに、これからも日本からソフトウエアのすごい企業が出てこないと日本経済はジリ貧かもしれない。ただ経済成長については、僕は政府が何かやるべきだとは思っていない。個人や民間が自由にやればいい。成長戦略がないのが一番の成長戦略なんだよ。

(本誌の対談より抜粋)

次のページ>> 日本経済復活の処方箋、答えはどこにあるのか?

日本経済復活の処方箋
答えはどこにあるのか?


 1990年代初頭のバブル景気崩壊以降、日本は「失われた20年」と呼ばれる長期の景気停滞の最中にあります。この間、どうすれば景気を回復させることができるのかを巡ってさまざまな経済論争が巻き起こりましたが、いまだ景気回復には至っていません。

『週刊ダイヤモンド』7月21日号の特集「激論!日本経済」は、16人の錚々たる論客が、日本経済浮沈の命運を握る7大テーマを巡ってガチンコの大激論を展開します。

 巻頭では、舌鋒鋭い池田信夫・アゴラ研究所所長と新進気鋭の飯田泰之・駒澤大学准教授が、日本経済復活の処方箋について議論を戦わせています。

 いわゆる構造改革派(池田氏)とリフレ派(飯田氏)として対立する両者ですが、激論を続けていくうちに意見の一致をみたテーマがあります。「税負担と受益の関係をもっと明確にすべきだ」という点です。

 税金を中央にプールしてから配分するのではなく、国が地方にある程度徴税権を渡していく。つまり、自分たちのお金が身近なところで何に使われるのかが目に見えれば、高い税率でもみんな受け入れられるのではないか、という考え方です。

 16人の論客による侃々諤々の激論は、その丁々発止のやり取りだけでも十分読みごたえがあるものですが、問題の理解を深めるために、両者の対立点と一致点を明らかにした論点整理のチャートも用意しました。

 本特集では、激論の「結論」は示されていません。答えはどこにあるのか。自分で考えることでしか、それは見つからないのだと思います。

(『週刊ダイヤモンド』副編集長 前田 剛)


質問1 日本は「失われた20年」を取り戻すことができると思う?
思う
思わない52
どちらとも言えない

http://diamond.jp/articles/-/21574/votes


05. 2012年7月17日 09:43:46 : 3CNLte9sGM

伊藤元重 [東京大学大学院経済学研究科教授、総合研究開発機構(NIRA)理事長]
 

日本が「一人当たりGDP=6万ドル」の壁を
突破するために必要なこと


人口減少や高齢化の
異なる側面

 日本経済の将来に関する悲観論が蔓延している。人口は減少するし、高齢化も進行する。近隣の韓国や中国に追い上げられ、国内ではデフレが続いている。たしかに悲観的な要素ばかりのように見える。

 しかし冷静になって考えてみると、悲観論にも怪しい面が数多くある。いろいろな国のデータを検証すればわかることだが、人口の伸びと経済成長の間には、短期でも長期でもほとんど相関は見られない。

 人口が急増している多くの途上国のなかには、マイナス成長の国も少なくない。逆に、日本より激しく人口が減少しているドイツは、目下のところ経済は好調である。人口が減るからといって、日本が貧しくなると決めつけてはいけない。

 もちろん、高齢化の問題はある。より少ない現役世代でより多くの高齢者を支えようとすれば、経済的には厳しいことになる。しかし、日本人の平均寿命が長くなれば「若い高齢者」も増える。そのなかには元気な人も多いはずだ。彼らの多くが仕事を続ける可能性も考えなければいけない。高齢化時代になれば社会システムも変わっていくのだ。

 人口減少が成長にプラスに働く面もある。私たちにとって重要なのは、経済全体の所得であるGDP(国内総生産)やGNI(国民総所得)ではなく、それを人口で割った「一人当たりGDP」や「一人当たりGNI」であるからだ。

 社会や経済の仕組みを根本から変えるという気持ちがあれば、楽観的な将来像を描くことは可能だ。もちろん、人間はこれまで慣れ親しんだものを変えることには大きな抵抗を感じる。しかし、経済のメカニズムは、ときには過去の制度や慣習の維持を許さない。この連載のキーワードである「創造的破壊」とはそうしたものだ。

 あまり激しい破壊に起きてほしくはない。だが、ある程度の破壊について覚悟を決めれば、その先にある新たな創造の部分を考えてみたくなるものだ。それが楽観主義につながる。

世界のなかの
日本のランキング

 日本の一人当たりGDPは、おおよそ4万5900ドルである(2011年数値)。多少円高であるので、この数字は若干過大評価かもしれない。ちなみに、日本を激しく追い上げている韓国の一人当たりGDPはおおよそ2万2800ドルである。韓国はリーマンショック後はかなりのウォン安なので、この数値は若干過小評価かもしれない。

 しかし、世界中を見回すと、日本よりもはるかに高い一人当たりの所得を稼いでいる国がいくつかある。2011年の数値で見ると、ルクセンブルグが11万3500ドル、スイス8万1200ドル、スウェーデン5万7000ドル、デンマーク6万ドル、オーストラリア6万5500ドルである。金融センターであるルクセンブルクは例外的に高いとしても、「6万ドルクラブ」に入っている国はたくさんある。

 オーストラリアは資源大国なので、所得水準が高いのは何となく納得がいく(もっとも資源国で所得水準の低い国はたくさんある)。しかし、スウェーデンやスイスのような国は、資源も豊かではなく気候や地理的条件もけっして恵まれているわけではない。それでもそれぞれの理由があって、高い所得を稼いでいる。

 スイスの所得水準が高いことは、経済の国際化と密接な関係にある。スイスには、グローバル展開している企業がたくさんある。医薬品メーカーのロシュ、食品のネスレ、UBSやクレディスイスといった金融機関などだ。これらはスイスに本部を置いているが、グローバル企業として多くの国でビジネスを展開している。ジュネーブやバーゼルには、さまざまな国際機関の本部がある。また、スイスで行われるダボス会議(世界経済フォーラム)は、世界のトップリーダーたちを集める場として、大きな影響力を及ぼしている。

 スウェーデンやデンマークの所得水準が高いことが、福祉国家と密接な関係にあるのは明らかだ。消費税率25%前後、それより重い所得税と、日本とは比較にならないほど重い国民の税負担である。その税金を使って社会保障や教育などで手厚いサービスが提供される。

次のページ>> 北欧諸国は徹底した競争社会

 これら北欧の国に共通しているのは、一方で重い税負担と質の高い社会保障が提供されるが、他方で徹底した競争社会でもあるということだ。企業の雇用責任は日本ほど重くない。それゆえ都合に合わせていつでも解雇できる。職を失った労働者は、手厚い公的な雇用政策によって守られている。日本よりもはるかに長い期間、失業手当が支給されるし、再雇用のための職業訓練も充実している。

 企業は解雇が容易にできる分だけ、新規雇用にも積極的になれる。結果として失業率は高くないし、労働移動も活性化している。税制についても、消費税や所得税がフラットになっており、税の存在が経済活動をゆがめることが少ない。法人税率を下げており、相続税なども軽くなっている。消費税の負担は重いが、税が経済活動を阻害することがないような配慮がなされている。

 日本では消費税を上げると景気が悪くなる、という議論がよくなされる。しかし、日本よりもはるかに消費税率が高いデンマークやスウェーデンのほうが、所得水準も、雇用状況も、そして経済成長率も圧倒的に優れたパフォーマンスを発揮していることに注目すべきだ。

日本は「罠」から
抜け出せるのか?

 最近、中国経済の将来を議論するときに、「中所得国の罠(わな)」(middle income trap)という考え方がしばしば出てくる。世界銀行の報告書がそれを使ったからだ。「罠」(trap)という言い方は、もともと「貧困の罠」(poverty trap)からきている。

 貧困の罠は、なかなか貧困から抜け出せない低所得経済の状況を表したものだ。所得が低いから教育を受けさせられない。だから人的資源が育たない。貧しいから子どもをたくさん産む。だからますます生活は厳しくなるし、社会全体では人口爆発と食料問題に苦しむ。社会が貧しいから政治が混乱する。これがますます貧困を悪化させる。……こうした貧困に関する諸々の悪循環をまとめて、貧困の罠という。

次のページ>> 日本が陥った「罠」


 一人当たりの所得が5000ドル前後の国を中所得国と呼ぶ。貧困の罠を脱して急成長を続け、中所得国に入った国は多くある。しかし、そこからさらに高い所得の国に発展することは簡単ではない。多くの国が「中所得国の罠」にはまっている。たとえば、20年以上成長を続けてきたタイは突如成長が止まってしまった。韓国やシンガポールのように、中所得国から高所得国への移行に成功した国もあるが、例外的とも言える。

 そうしたなかで世界が注目しているのは、中国がはたして中所得国の罠から抜け出せるのかということだ。中国経済については、この連載の後半で詳しく取り上げる予定だが、ここでは一言だけ述べておきたい。

 過度に輸出産業や製造業に依存し、人民元の管理に象徴されるような管理型の市場運営を続けてきたことが、中国を中所得国に押し上げるうえで重要な役割を果たしてきた。しかし、中所得国から高所得国に移行するには、こうしたこれまでやり方が足かせになる。中国もその点はよくわかっており、いま懸命に経済や社会の構造を変えようとしている。しかし、それはけっして容易なことではない。

 同じような意味で、日本もある種の「罠」に陥っている。これまでの産業構造や社会構造を維持していただけでは、4万ドルクラブの罠から抜け出すことはできない。それどころか、韓国や台湾など後ろから追いかけてくる国との競争がさらに激化し、日本経済はより厳しい状況に陥る。

 日本のある家電メーカーのトップが言っていた。「なぜサムスンが強いのか徹底的に調べた。いろいろ細かい要因もあるが、最も大きな要因は驚くほど単純だった。要するにサムスンの人件費は我々の半分程度だったのだ」と。一人当たりGDPが2万2800ドルの韓国の企業が、一人当たりGDP4万5900ドルの日本の企業よりも、人件費が圧倒的に安いのは当然だ。

 ようするに、韓国や台湾といった国と同じレベルで競争していたのでは、日本は永遠に6万ドルクラブには入れない。それどころか、韓国や台湾だけでなく、その後から追ってくる多くの新興工業国との競争に巻き込まれ、じり貧になる可能性が強い。

次のページ>> 製造業の海外展開とサービス業の生産性

 もう成長などいらない、心安らかに生活することを求める──そうした考え方が広がっているようだ。しかし残念ながらこれまでと同じような経済や社会のあり方を続けていたら、安らかな生活どころか、悲惨な社会となってしまう。いまの日本の状況からも、そうした事態が想像できるはずだ。

「日本の罠」から日本が脱却するためには、経済や社会の仕組みを本質的に変えていかなければならない。誤解がないように付け加えるが、日本の維持してきたすばらしい伝統や社会制度をすべて壊せと言っているわけではない。ただ、変えるべき点はあまりにも多い。その変化こそ社会の創造的破壊となるはずだ。それを通じて、日本の罠からの脱却が可能となる。

今後予想される
変化のイメージ

 今の日本を見れば、どこが変わるべきかは明らかだ。ただ、変化すべき項目があまりに多いので、実現するのは難しいように思える。しかし、いま足下では旧来の制度が一つずつ音をたてて崩れつつある。変化する分野が多いほど、日本が新たな活力を見出すチャンスも多くなる。

 以下で、今後予想される変化について、思いつくままに代表的なものを列挙してみた。個々の項目については、今後連載のなかでさらに掘り下げていきたい。

●日本の製造業は急速に海外展開をしていかなければいけない。アジアの中間所得層が急速に厚みを増している。海外展開することの利益は大きいはずだ。こうした動きは、国内では「空洞化」ととらえられがちだが、そうではない。当事者の企業は大変だが、さらなる国際化を目指すことで、はじめて日本の産業の競争力を引き上げることができる。

●日本経済が停滞している理由の一つは、経済の7割以上を占めるサービス産業の生産性が非常に低いことにある。もしサービス産業の生産性を欧米の先進的な国レベルまで引き上げることができれば、経済成長に大きく貢献するはずだ。現在の生産性が低いがゆえに向上の余地は大きい。

次のページ>> 膨れ上がる政府債務と小規模農業の限界

 医療にしても介護にしても、既存の仕組みを維持したのでは生産性を引き上げることは難しい。向上のためには何らかの破壊が伴うだろう。高齢化のなかで現在の医療や介護の仕組みを維持することは難しい。大きな制度改革に迫られる時期が必ずくる。そのときこそ改革の大きなチャンスである。

●膨れ上がる政府債務は、日本経済の最大のリスク要因だ。高齢化で社会保障費はさらに増加していく。誰が見てもこのままでは財政はもたない。何らかの財政危機が起きることに備えなくてはいけない。財政危機は日本経済にとって嬉しいことではないが、それによって否応なしに改革が求められる。年金の支給開始年齢の引き上げ、高齢者医療制度の抜本的な見直しなど、平時ではできない改革が進めば、社会保障制度は持続可能となる。

●国際競争力がないと言われている農業分野も、現在の制度が破壊されることで新たな産業活力が出てくるかもしれない。今の農業には兼業農家が多すぎる。専業農家への農地の移転も進まない。ただ、小規模な米農家の平均年齢が70歳前後になっており後継者もいないことを考えると、否応なしに変化は訪れるはずだ。小規模な兼業農家の土地を専業農家に移し、専業農家が実力を発揮できるようになれば、日本の農業の国際競争力は格段に高くなるだろう。

 創造的破壊とは、既存秩序の破壊でもある。いまの仕組みをできるだけ残そうと考えている人たちには心地よいものではない。だが、なかなか変わらない既存の仕組みが日本経済衰退の主たる原因であるとすれば、それを破壊することこそ、新たな日本の創造となるのだ。


質問1 2011年時点で日本の「一人当たりGDP」は4万5900ドルですが、2020年にはどのくらいになっていると思いますか。
4万ドル以下
4万ドル〜4万5000ドル
4万5000ドル〜5万ドル
5万ドル〜5万5000ドル
5万5000ドル〜6万ドル
6万ドル以上

http://diamond.jp/articles/-/21572/votes


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