http://www.asyura2.com/12/hasan76/msg/854.html
Tweet |
高橋洋一の俗論を撃つ!
【第43回】 2012年7月12日
高橋洋一 [嘉悦大学教授]
ヒッグス粒子発見!
すぐには役に立たぬものに
おカネを出す意義を考える
7月4日、「見つけたと思うが、どうだろうか?」と欧州原子核研究機構(CERN:European Organization for Nuclear Research)の所長ロルフ・ホイヤー(Rolf Heuer)氏は問いかけた。CERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC:Large Hadron Collider)で実験を行っている2つの研究チームが、未知の「ヒッグス粒子」をほぼ確実に発見したとの発表があった。
ほぼ確実とは、99.9999%間違いない確率で実験的に検証されたということ。昨年12月時点で99.7%間違いないレベルで見つかっていたので、予想通りの話だ。この粒子は顕微鏡で見えたということではなく、LHCで陽子と陽子の衝突実験を行って「見える化」する。ヒッグス粒子の存在する場合と存在しない場合を素粒子物理で計算して、実際の実験結果に照らし合わせて存在の確率を計算するわけだ。衝突実験を重ねるほど、確率精度は増すので今回の偉業に至ったわけだ。
CERNの年間予算は900億円
未知の素粒子発見というだけで、何か心が躍る出来事だ。筆者は学生の時に物理をかじり、一応「素粒子の標準理論」を習っている。それは美しくシンプルだった。その時は、実際に発見されていたものは数少なかった。そのうち、社会人になると物理とはまったく無縁な世界に入ったが、新素粒子発見にはそれなりの関心があった。
6つのクォーク、6つのレプトン、5つのゲージ粒子(数は括り方によって異なる)が発見され、残りはヒッグス粒子だけになった。2008年からCERNのLHCが稼働し10年以内に発見されるといわれていた。もし発見されなければ、標準理論に修正を加える必要があり、そのほうが物理学のためになるという理由で、有名なホーキング博士は発見されないことに100ドル賭けていたが、負けてしまったようだ。もちろん喜んで負けた。
2008年からCERNのLHCは稼働したが、運転当初に事故があった。また、あまりに高いエネルギーを発生させるために、局所的に「ブラックホール」が発生し、最悪の場合に地球が飲み込まれる可能性もあると報じられた。運転当初の事故を乗り越え、また、懸念されたブラックホールもあまりに小さく、すぐ蒸発するので問題になっていない。これはホーキング博士のいうとおりだ。
次のページ>> 小柴昌俊博士の正直な感想
CERNにどのくらいカネがかかっているかというと、年間予算は900億円程度だ。日本の高エネルギー加速器研究機構の年間予算が400億円程度なので、それほどかかっていないというべきだろう。
小柴博士の正直な感想
欧州は経済危機で各国ともにCERNの予算を拠出するのが苦しい。目先を考えて、ヒッグス粒子が発見されて、何の役に立つのかという疑問がわくだろう。役に立たなければ予算を出さないという考えが背景にある。財政が厳しいというのが各国の財政当局の口癖だ。
本コラムで何回も紹介してきたように、日本の財政危機の話は増税キャンペーンの一環であって、あまり信用できない。それでも、重要な予算カットの口実にするときもある。日本の研究開発費は世界でもトップクラスである(下図参照)。それは誇るべきことなのだが、それさえも予算カットの口実にするかもしれない。
正直言えば、ヒッグス粒子が発見されても社会には何の役にも立たない。かつて、宇宙ニュートリノの検出でノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊博士が、自分の研究が役に立つかと問われて、「何の役にも立ちません」、「百年くらいしないと分からない」と堂々と述べている。基礎科学とはそういうもので、研究者としての正直な感想だ。
次のページ>> 独創的な研究は美しくシンプル
筆者は学生のときに物理をかじりながら、数学を専攻していた。社会に役立たないといわれる典型例だ。もっとも数学は紙と鉛筆があればいいので、予算もかからずその意味で社会に迷惑をかけることも少ない。
数学に限らず科学では、研究者の思惑とまったく別のところで社会に使われるものがしばしばある。今、金融工学を学ぶとき、確率解析で「伊藤の補題」を使っていろいろな方程式を解く。日本人数学者・伊藤清が今から70年ほど前の戦時中に書いた論文が契機になっている。もちろん本人も、今日の金融で使われようとは夢にも思っていなかった。
こうした独創的な研究は、美しくシンプルだ。美しくシンプルなので、今では学部学生でも習っていて、それが社会への貢献を生みやすくしている。アインシュタインの特殊相対性理論も、勉強熱心な高校生でも理解できるほど、美しくシンプルだ。
また、今のインターネットで不可欠なものとして暗号がある。容易に解けないようにカード決済などで暗号が使われている。これも18世紀以前の初等整数論の定理を応用したものがベースになっている。この整数論も数学好きな高校生なら理解可能なくらい、美しくシンプルだ。筆者が大学時代にのめり込んだ「楕円関数の数論」も、最近では暗号に使われていると聞いてとても驚いた。
余談だが、なぜ「楕円関数の数論」にのめり込んだかというと、大学の図書館で「谷山豊・志村五郎の予想」のオリジナル論文をみつけ、それがあまりに美しくシンプルだったからだ。学部学生だったので、とても予想を証明するには至らなかったが、いろいろな数値例で確かめるために「楕円関数の数論」を勉強した。後で、プリンストン大学にいったとき、ワイルズ教授が数学史上有名な「フェルマーの最終定理」を証明した際に、「谷山豊・志村五郎の予想」を証明してその成果を使ったと聞いて、本当の真理には予想外の事が見えないところで連なっていると驚いたものだ。
次のページ>> 超長期的にみれば社会への貢献も多い
美しくシンプルな独創性への対価
ヒッグス粒子の発見についても、それがどのように役に立つかをいえる人はいない。元素周期表に新しい元素名を追加したところで、社会にはほとんど影響がなかったように、ヒッグス粒子の発見も美しくシンプルな標準理論に残された最後のマス目を埋めただけだ。
もちろん、気鋭の物理学者なら、標準理論の次の「新しい素粒子論」を熱く語るだろう。つまり、ヒッグス粒子の発見は知識向上という人間の営みなのだ。
美しくシンプルな独創性に社会がカネを出す。独創性というのは希少性があり、相対評価の高いものだ。科学の世界では独創性はこれまで正しく評価されてきている。一種の美的感覚にもなるが、多くの英知をうならせるような評価を受けるものは、超長期的にみれば社会への貢献も多いようだ。
こうした基礎科学への予算を正当化するために、俗っぽくいえば、知識の優れた人間を次世代にも絶やさぬようにするために資金援助していると思えばいいだろう。美しくシンプルな独創性の希少性への対価という説明は、経理屋ばかりの財政当局に有効だと思うが、どうだろうか。
質問1 すぐには役に立たない基礎科学にも予算を投じるべき?
積極的に投じる 60
それなりに投じる 34
あまり投じる必要はない 1.5
ほとんど投じる必要はない 1
財政状況により変わる
>>投票結果を見る
http://diamond.jp/articles/-/21429
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。