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中国の“ドカ買い”が石炭貿易市場を破壊する かつての輸入第1位、日本は価格交渉力失う
2012年7月10日(火) 大場 紀章
ここのところ、日本のエネルギーの未来を左右する大きな話題が目白押しで、対応に追われ少し連載間隔が空いてしまいました。大変申し訳ありません。
まず、5月末に基本問題委員会で2030年の電源構成の選択肢が提示され、国民的議論によりこの夏に決めることになりました。また、課題を残したまま関西電力の大飯原発の再稼働が政治決断され、7月からは一部価格設定に批判もある再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度が始まりました。ここまで大きなエネルギー政策の政治的決断が集中して行われたのは、オイルショック以来のことだと思います。しかし、長期的戦略的視野でこれらの判断がなされ、そして今後判断がされていくのかという点については、私は強い懸念を持っています。
また、ウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、米国政府が日本などの同盟国に対して米国からの天然ガス輸入の推進をしばらく見合わせるように要請したと報じられました。私がこれまでの連載で再三述べてきたように、米国政府が天然ガスの輸出に必ずしも積極的ではないことが明らかになってきたといえるでしょう。しかし、依然として盲目的に米国のシェールガス頼みという議論がまかり通っています。
こうした表に出てきている動きに関する分析ももちろん重要ですが、ともすれば見過ごしがちな背後の変化についてじっくり考えることが、この連載の本来の趣旨です。前回の予告通り、石炭のお話の続きで、今回は特に中国に注目します。
急増する中国の石炭輸入、日本を抜き世界一に
中国は世界最大の産炭国(世界の生産量の約半分)で、石炭埋蔵量も世界のトップ3に入る名実ともにそろったまさに石炭大国です。そんな、膨大な生産量と埋蔵量を誇る中国において今、異変が起きています。ほんの数年前まで石炭輸出国だった中国が、急激に石炭輸入を増やしているのです。
図1 主要な国の石炭輸入量の推移
2010年まではIEA統計、日中印については2011年の値、2012年は予測値を記載
実は、かつては世界で石炭を輸入していたのは日本くらいのもので、いわば日本は石炭輸入大国でした。図1をみると、歴史的には日本が世界の石炭輸入のほとんどを占めていた時代が長かったことが分かります。1990年代ごろから日本と似たエネルギー構成をもつ韓国や台湾が徐々に輸入量を増やしてきたというのが、数年前までの状況でした。
ところが、国内に莫大な埋蔵量を持つはずの中国(およびインド)が、近年急激に輸入量を伸ばし、従来の輸入国を軽く抜きさっています。中国は2011年についに日本を抜き、世界一の輸入国となりました。今年に入っても輸入量の急増は続き、5月までの統計で前年比67.8%の増加。特に、電力向けの一般炭の輸入増加が顕著で、5月の一般炭輸入量は前年同月比で181%の増加でした。
中国は2003年の時点ではオーストラリアに次ぐ世界第2位の石炭輸出国でしたが、2006年以降輸入が増加し、2009年の輸入急増により純輸入国に転落しました。当時、これを一時的な現象と見る専門家も多くいましたが、その後も輸入は伸び続けています。石炭が豊富にあるはずの中国でなぜこのようなことが起きるのでしょうか。
中国の石炭輸入拡大の理由として指摘されているのは、以下の点です。
(1)需要の急激な伸びと供給能力の限界
(2)産炭地と需要地の乖離(輸送インフラのボトルネック)
(3)石炭価格の内外価格差
(4)電力会社の石炭供給先多様化戦略
(5)深刻な環境問題
(6)鉱夫の安全性の問題
どれも見逃せない重要な要素で、相互に密接に関係しています。短・中期的な視点では(2)〜(4)が大きな要因なのですが、複雑な内部事情のすべてを一度に語ることはできません。そこで今回は長期的かつ大枠の視点に立ち(1)の石炭需給に着目したいと思います。また、インドの輸入量についても触れますが、その要因分析は今回は割愛します。
中国の国内生産は2020年代で頭打ちか
近年における中国の石炭消費量の増加はまさにすさまじく、戦後の約60年間で100倍に拡大しています。2003年ごろからは電力消費の伸びを背景に毎年、日本の石炭消費量を超える2億トンという量の増加を続けており、ここ10年間で増加した世界全体の一次エネルギー消費量のうち、約4割は中国の石炭消費増で説明できるほどです。
急速に進む原発の建設や、巨大な水力発電、世界一の設備容量を誇る中国の風力発電など、石炭以外のエネルギーの開発も大幅な増加傾向にありますが、エネルギー消費の伸び量で比較すると依然として石炭消費の増量が最大です。時代錯誤に聞こえるかもしれませんが、中国では将来の電力不足に備えて、現在においても石炭火力発電所の建設を推進しています。
一方、中国国内での石炭生産についてみてみます。中国の石炭生産量を議論する際に避けて通れないのが埋蔵量の扱いですが、前回も書いたように非常に不透明性が高いです。BPやIEA(国際エネルギー機関)などの国際統計ではどれも1145 億トンとなっていますが、この値は1992年から全く更新されておらず信頼性に疑問があります。
今後も石炭輸入を大きく伸ばす
中国政府の公式統計は国土資源部が2002年に公表した数字で、1886億トンとなっています。なぜ国際的な統計でこの数字が採用されないかは不明ですが、中国のある専門家の話では、中国政府自身がこの数字が採用されることを許可していないためだという指摘があります。また、中国では煤炭地質総局によって過去3回全国的な石炭探査が行われています。現在は2006年に開始された第4回探査の最中で、中間報告値として2040億トンという数字が挙げられています。このように、埋蔵量の評価に倍近くも差があるわけです。
2010年、厦門大学(アモイ大学 Xiamen University)の林波強(Lin Bo-qiang)教授らは、中国の将来の輸入量を見積もる研究結果を学術誌「Energy Policy」に発表しました。林教授は、1993年〜2006年までアジア開発銀行の主席エネルギーアナリストを務め、現在は厦門大学中国エネルギー経済研究センター所長で、政府のエネルギー政策を助言する専門組織である「国家能源専門家諮問委員会」のメンバーでもあります。
彼らの結果によると、石炭埋蔵量の数値を現在の政府公式統計である1886億トンと仮定し、単純なロジスティック曲線およびガウシアン曲線と呼ばれる数学モデルによって将来の生産量を予測すると、ロジスティック曲線の場合は2025年に年産38.3億トン(3.83 billion tons)、ガウシアン曲線の場合は2027年に年産36.7億トン(3.67 billion tons)で生産ピークに達するというものでした(図2)。中国の東北大学や筆者の所属するスウェーデンのウプサラ大の研究チームなど、厦門大学以外の研究結果をみても概ね同様の結果で、2020年代の後半に40億トン(4 billion tons)以下の値で生産ピークに達するという見方が多いように思われます。
図2 厦門大学 林教授らによる中国石炭需給予測(筆者加筆)
厦門大学の論文による石炭需要予測は、厦門大学中国エネルギー経済研究センターのエネルギー構造モデルに、高・中・低のGDP成長シナリオを適用し、2030年までの石炭需要を予測しています。例えば、高成長シナリオでは2030年に7%、低成長シナリオでは5%のGDP成長率が維持されると設定されています。その結果、中国の石炭輸入量は今後も増え続け、2030年には11億〜31億トンにもなると予想されています(図2)。
また、米国資本で世界最大の民間石炭企業であるPeabody Energy(ピーボディー・エナジー)と、大手エネルギー調査会社であるWood Mackenzie(ウッド・マッケンジー)の予測でも、中国(およびインド)は今後も石炭輸入を大きく伸ばすとの予測を出しています(図3)。
図3 中国およびインドの石炭輸入量各種予想(筆者作成)
もし中国やインドが、これらの予想のように石炭輸入量を急拡大させた場合、何が起きるでしょうか。世界の石炭埋蔵量はまだまだ莫大(と言っても急速に減りつつありますが)にありますので、石炭が一気になくなってしまうことはありません。
世界的な「石炭戦争」の懸念
中国もインドも自国の石炭資源を使いこなせていない面があるだけで、資源がないわけではないのです。ざっくり言えば、中国は主に輸送の問題、インドは石炭の質の問題を抱えていて、輸入に頼らざるを得ません。そうなると、石炭を輸出する国が輸出量を増やさなければなりませんが、輸出国が今後の急拡大に対応できるかが問題です。しかし、炭田から港までの輸送インフラや、港湾の整備など、輸出拡大には時間もお金もかかります。
また、問題なのは現在の中国の石炭輸入量は世界一とはいえ、中国の石炭消費量の規模からするとわずか数%に過ぎないということです。日本をはじめとする従来からの石炭輸入国からすると、中国の輸入量は莫大にみえますが、中国にしてみればいわば誤差の範囲のようなもので、ちょっとした情勢の変化で石炭貿易市場は吹き飛んでしまうほど非常に大きな影響を受けてしまうということになります。まさにクジラが水たまりに入りかけたような状態です。
林教授は、中国が急激に石炭輸入量を増やすことは、他の輸入国に大きな影響を与えることになると警告しています。特に、日本や韓国のエネルギー安全保障や国家安全保障の問題が発生するだろうと指摘しています。
また、韓国の中央銀行は4月に発表した報告書「中国の石炭輸入が急増した背景と啓示」で、中国が石炭輸入を確保するために石炭輸出国への影響力を徐々に強め、これが取引国間の争いのきっかけとなって国際石炭価格を不安定にさせ、世界的な「石炭戦争」が勃発するとの懸念を示しています。
石炭の貿易市場は長年日本がリードしてきたため、主に日本とオーストラリアの二国間で石炭価格を決めてきました。しかし、中国やインドが大幅に石炭輸入を増加させることによって、これまでの世界最大の石炭輸入国としての日本の価格交渉力は失われるでしょう。そして、急激な需要増に石炭輸出国が対応できなければ、価格の上昇か、あるいは政治的圧力などによって、どこかでいずれかの国が我慢をしなければならなくなるでしょう。
一方、中国もインドも慢性的な電力不足に悩んでおり、十分な石炭を安価に確保できなければ、現在の経済成長を継続することは難しくなります。経済成長が鈍化すれば、国民の不満が鬱積して不安定化することも懸念されます。いずれにせよ、すべての国の成長を維持するだけの石炭供給を継続することは持続不可能に思われます。どこかでいずれかの国が破綻するであろうことは目に見えています。
ただし、中国やインドの両国は現時点で石炭消費のかなりの部分を自給していますので、ほぼ全量を輸入に依存している日本とは影響の度合いが違うことに注意することが必要です。
オーストラリアとの関係さえ良好でも安泰ではない
2009年に日本エネルギー経済研究所が発表した「中国の石炭需給動向」というレポートによれば、中国は2010年に300万トン、2030年に4000万トンの輸入となっています。しかし、実際には2012年にも2.6億トンに達しようとしています。日本だけではなく、海外の主要なエネルギー機関によっても、中国の急激な輸入増加は全く予測されていませんでした。
日本の石炭関係者が表向きに発信している情報や私が伺った話では、オーストラリアには十分な埋蔵量があり、日本はオーストラリアと良好な関係さえ結んでいれば、石炭は安価で安定供給できるエネルギー資源、という経験的な認識が広くあるように思われます。
多くの日本人は、石炭を過去のエネルギーとして関心の対象にすらしていないか、または石炭がエネルギー安全保障上の問題になることをごとんど想定してこなかったため、危機意識が非常に薄い状態にあるということは否めません。石炭に対する考え方を大きく改めなければならない時が来ているのではないでしょうか。
大場 紀章(おおば・のりあき)
1979年生まれ、愛知県江南市出身。2008年京都大学大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。株式会社テクノバ研究員。ウプサラ大学物理・天文学部博士課程グローバルエネルギーシステムグループ在籍中。専門は、化石燃料供給、エネルギー安全保障、無機物性化学。テクノバは、エネルギー・環境、交通、先端技術分野の調査研究を行う技術系シンクタンク。
「そもそも」から考えるエネルギー論
原発事故を受けて現在、エネルギー利用の新しいあり方について広く議論されています。その中では、「原発はダメで、自然エネルギー拡大を、でもそれには時間がかかるから、とりあえず天然ガス発電を増やす」という声がきこえてきますが、実はこの議論は日本のエネルギー消費の23%に過ぎない電気のことだけを語っているに過ぎません。エネルギー消費の5割を超える石油は、2020年ごろから生産減退することがかなりの確度で予想されています。安定供給が期待される天然ガスや石炭も、実は多くの問題を抱えています。その影響の大きさは脱原発の比ではありません。果たして、我々はエネルギー問題にどのように向き合えばよいのか。表層的な議論に流されず、「そもそもどう考えるべきか」を問題提起していきます。
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