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10年後をにらめば消費増税は必然
長期トレンドを見ることの重要性
伊藤元重 [東京大学大学院経済学研究科教授、総合研究開発機構(NIRA)理事長]
中国の2030年ビジョン
昨年9月、世界銀行の招待で北京に向かった。世界銀行と中国の国務院が共同で進める2030年中国のビジョンに関する議論に参加するためだ。
中国はいまさまざまな難しい問題に直面している。たとえば人民元の自由化をどのようなスピードで進めるかという問題だ。為替介入を続けると国内で景気過熱が深刻化してしまう。だからといって、拙速に人民元自由化を進めると、輸出産業の競争力が落ちて、雇用に厳しい影響が出る。自由化を期待したホットマネーの動きも気になる。
足下のいろいろな動きを気にすると、人民元への対応は非常に複雑なように見える。しかし、2030年という少し遠い先を見れば、問題はいたって簡単だ。人民元を自由化するしかない。金融市場を外に開き、人民元が国際通貨として通用するようにする。それで人民元が切り上がっていくようなら、それは中国の購買力が高くなっていくということでもある。
中国が人民元の自由化をどのようなスピードで進めていくかはわからないが、長い目で見れば、これしか人民元の方向性はあり得ないのだ。2030年のビジョンにも、その点は明確に書いてある。
中国社会の不安定化の原因となっている戸籍制度も同じだ。現在の制度では、農村部で生まれた人は都市の戸籍を持てない。農民工などのかたちで都市部に住んでいる農村出身者たちは、移民としていろいろな差別を受けている。それがあちこちで起きる暴動の原因ともなっている。
今すぐにこの戸籍制度を改革しようとしても、いろいろと難しい問題が出てくることが予想される。しかし、2030年という遠い先を想定すれば、答えは一つしかない。都市と農村を差別する戸籍制度を撤廃する──これしかないのだ。これも2030年ビジョンに書いてある。
次のページ>> 足下の細かい動きに惑わされるな
一見複雑に見える経済や社会も、少し遠い先を見れば、きわめて単純であることが少なくない。
私たちは日々の細かいニュースに左右されすぎている。経済の動きを追うことは大切だが、表面的な動きに惑わされて大局を見失ってはいけない。長期的な視点をもってこそ、足下の多様な変化も正しく読み取れるのだ。
たとえば、この原稿を書いている現在、消費税法案を巡って民主党が分裂したことがニュースになっている。小沢一郎氏が誰に会ってどう動いたかなど、マスコミはこと細かく伝えている。政治のダイナミズムに関心のある人であれば、そうした動きを追うことに興味を持つかもしれない。
しかしそれらは、「消費税」という問題を長期的視点から見た場合、あまり重要なことではない。日本が経験する少子高齢化のスピード、公的債務の大きさなどを考えたら、10年後あるいは20年後に消費税率がもっと高くなっていないかぎり、経済は成り立たないからだ。
財政危機が起きてからあわてて消費税を上げるのか、それとも、そうした危機にならないように先手を打って増税措置をとるのか──もちろんこの違いは大きい。だから、消費税率の引き上げを急ぐ必要はある。ただ、どの道、10年後になっても消費税率も上げられないで、日本経済が無事ですむはずはない。そう考えれば、少し先の流れは消費税率引き上げしかない。
日本の長期トレンドは
「高齢化」と「アジアの成長」
では、日本経済の長期トレンドを考える上で重要なものは何だろうか。「高齢化」と「アジアの成長」の二つであることは明らかだろう。当たり前すぎると思われるかもしれないが、この二つのトレンドを無視した議論があまりに多いのだ。企業の行動を見ても、このトレンドをしっかり把握していないと思われるような例が多い(この点については後で触れる)。
次のページ>> ポイントを外している議論
経済の中長期の展望を語るとき、人口推計ほど確実なものはない。10年後、20年後の日本の人口構造は、今の時点でほぼ正確に予想することが可能だ。残念ながら、その未来図は楽観的なものではない。15歳から64歳の間の人口である生産年齢人口でいえば、2011年の時点で8134万人であるのが、2020年には7364万人、2030年には6740万人と急速に縮小していく。当面の展開だけに限定しても、団塊世代が引退することで、生産年齢人口は大変なスピードで減少する。
総人口に占める65歳以上の人口の割合は、逆に急速に高まっていく。2011年に23.3%であるのが、2020年には29.2%、2030年には31.8%になると予想されるのだ。それだけ、医療・介護・年金という社会保障に関する現役世代の負担が重くなっていく。
こうした数字を見れば、いま世の中で行われている議論のいくつかは、明らかにポイントが外れていることがわかるはずだ。
すでに述べたように、消費税率をいまの状態で維持することなどほとんど不可能である。消費税率を少々高くしたとしても、現状の社会保障制度を維持することはできない。ましてや消費税を上げもせず、どのようなファイナンスで社会保障制度を維持しようというのか。
年金についても同様だ。いま行われている議論は給付を手厚くする話ばかりだ。もちろん、そうした話も重要だが、年金問題の本質はいかに持続可能な制度を確立するのかという点にある。いくら手厚い年金制度を作り上げても、その財源が手当てできないのではどうにもならない。
高齢者の割合が増え、平均寿命が高くなっていけば、年金の支給開始年齢を引き上げることを真剣に考えざるを得ない。いまそうした議論が本格的に行われているようには見えないが、今後10年〜20年の人口動態を考えれば、支給開始年齢の引き上げなしに、年金制度を維持することは不可能だ。
対応を先延ばしすれば、結局、年金財政は破綻するだけである。早いか遅いかの違いはあっても、年金の支給開始年齢を引き上げることは避けられない。そうした予測をベースにいろいろなことを考えるべきだ。
次のページ>> さらに重要度を増す医療制度改革
人口の長期動態を見ると、もう一つ重要な点が浮かび上がってくる。それは医療の問題だ。日本の医療費は、いまから10年ほどすると急速に増えていくことが予想される。団塊世代が75歳を超えるあたりだ。75歳という年齢に特に意味があるわけではないが、この年齢を超える頃から医療費が上がっていくとされる。75歳以上を後期高齢者と呼ぶのは、医療の視点からは意味があるのだ。
残念ながら、日本では医療制度改革の議論はほとんど進んでいない。特に、今後高齢者の医療費が急速に拡大することへの対応策については、ほとんど議論されていないといってよいだろう。
日本だけでなく、米国でも欧州でも、高齢化が進んだときに本当にコスト負担が大きくなるのは医療分野である。年金も介護も重要であるが、社会的な費用負担ということでいえば医療のウェイトが大きい。日本でも、もっと医療改革の議論を加速化していく必要がある。
アジアの成長の
スピードを実感せよ
もう一つの長期トレンドである「アジアの成長」についても少し触れておきたい。アジアが成長していることは誰でも知っている。しかし、その成長のスピードやマグニチュードをどこまで実感しているのかとなると、多くの人の認識は甘いように思える。
実際、アジア諸国は急速なスピードで成長している。隣の中国を例にとってみよう。20年前、中国の経済規模(GDP)は日本と比較してどの程度だったかご存じだろうか。なんと8分の1しかなかったのだ。それが10年前には3分の1に、そして現在では日本よりも大きくなっている。
20年前のアジアの経済地図は、いまとはまったく違うものだった。日本が圧倒的に大きく、その次は日本の8分の1の中国。他の国はもっと小さかった。20年後である現在のアジアの経済地図では、中国、インド、ASEANと、日本より大きなGDPの国と地域が三つも出現している。日本が小さくなったわけではないが、アジアの経済地図は大きく様変わりしたのである。
次のページ>> 韓国は政策競争でも日本に勝ったと自信
残念ながら、日本の国民も、企業も、そして政府も、こうした変化のスピードやマグニチュードをまったく認識していないかのごとく行動をしてきた。バブル崩壊後の混乱からデフレにいたる過程で、日本国民の意識はまったく内向きになってしまった。
経済連携協定の締結が遅れていることなどは、内向きになった日本の象徴的な事例だ。海外でいろいろな識者と話をする機会があるが、どの人も総じて日本の内向きの姿勢を指摘する。韓国のビジネス界や政策担当者たちは、政策競争でもビジネスでも日本に勝ったという自信を強めてさえいる。
日本人もこうした事態にうすうす気づいているが、あえて動こうとしない。経営学者が「ゆでガエル」と呼ぶ現象だ。「カエルを熱湯に入れればあわてて跳び出す。しかし、ぬるいお湯の中に入れて徐々に熱を加えていけば、カエルはあわてて跳び出さず、結局はゆで上がってしまう」というのだ。実際のカエルがどうなのか知らないが、対応を先延ばしにして結局は取り返しのつかない状態になってしまうことを戒めたたとえ話である。
アジアの成長を知りながら、それへの対応を先送りしてきた企業が、いま苦しんでいる。テレビや携帯電話の事業で韓国勢に大きく差をつけられた日本メーカーは、その代表的な存在だろう。
韓国の企業は、もともと自国市場がそれほど大きくないので海外で勝負しなければいけないという気持ちが強い。国内でしばらくはそこそこにやっていける日本企業とは違う。その危機感の違いが両者の競争力の差となった。
もちろん、まだ巻き返すチャンスは十分にある。日本企業はいま必死になってアジアへの展開を加速化している。対応が遅れた分、これからはよりスピードを上げてグローバル展開を進めていくしかない。
今後は、これまでの10年とはまったく違ったマグニチュードで企業のグローバル化が進むと考えるのが自然だろう。もしそうでなければ、日本企業の国際競争力の劣化を食い止めることはできない。そうならないことを願うばかりだ。
質問1 2020年に日本の消費税率は何%になっているべきだと思いますか?
5%のまま13
8%
10%24
15%35
20%以上22
わからない
>>投票結果を見る
http://diamond.jp/articles/-/21236
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